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2024年2月

2024年2月21日 (水)

遺族補償年金の男女差の原点@『労基旬報』2024年2月25日

『労基旬報』2024年2月25日に「遺族補償年金の男女差の原点」を寄稿しました。

 労働者災害補償保険法第16条の2は、遺族補償年金を受給できる者について、次のように夫と妻で年齢要件の格差をつけています。
第十六条の二 遺族補償年金を受けることができる遺族は、労働者の配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹であつて、労働者の死亡の当時その収入によつて生計を維持していたものとする。ただし、妻(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。以下同じ。)以外の者にあつては、労働者の死亡の当時次の各号に掲げる要件に該当した場合に限るものとする。
一 夫(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。以下同じ。)、父母又は祖父母については、六十歳以上であること。
二 子又は孫については、十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあること。
三 兄弟姉妹については、十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあること又は六十歳以上であること。
四 前三号の要件に該当しない夫、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹については、厚生労働省令で定める障害の状態にあること。
 一言で言えば、同じく労働者の配偶者であっても、男性労働者の妻であれば年齢要件がかからないのに対し、女性労働者の夫であれば60歳以上という年齢要件がかかるのです。いや、妻以外であれば、父母であれ祖父母であれ子や孫であれ兄弟姉妹であれ18歳未満か60歳以上という要件がかかるのに、妻だけそれがなく、18歳から60歳までの間であっても「労働者の死亡の当時その収入によつて生計を維持していた」のであれば、遺族補償年金の対象になるといった方がいいかもしれません。
 同様の規定は国家公務員災害補償法第16条や地方公務員災害補償法第32条にもあり、後者については、地公災基金大阪府支部長(市立中学校教諭)事件の大阪地裁判決(平成25年11月25日)が違憲判決を下したのに対し、大阪高裁判決(平成27年6月19日)が合憲判決を下し、最高裁が平成29年3月21日に合憲判決を下して決着したことは周知の通りです。とはいえ、男女共同参画社会が進展する中で、こういう男女役割分業を前提とした規定がいつまで正当性を主張しうるのかは、議論のあるところでしょう。本稿では、そうした法解釈論に深入りするつもりはありませんが、そもそもなぜこうした男女異なる規定が設けられたのかを、立法の歴史を遡って確認しておきたいと思います。
 
 まず、この男女異なる要件は、労働者災害補償保険法上のものであって、労災保険が担保すべきとされている労働基準法上の災害補償規定には存在しません。1947年に労働基準法が制定されたときの規定ぶりはこのようになっていました。
 労働基準法
(遺族補償)
第七十九条 労働者が業務上死亡した場合においては、使用者は、遺族又は労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持した者に対して、平均賃金の千日分の遺族補償を行わなければならない。
 労働基準法施行規則
第四十二条 遺族補償を受けるべき者は、労働者の配偶者(婚姻の届出をしなくとも事実上婚姻と同様の関係にある者を含む。以下同じ。)とする。
② 配偶者がない場合には、遺族補償を受けるべき者は、労働者の子、父母、孫及び祖父母で、労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持していた者又は労働者の死亡当時これと生計を一にしていた者とし、その順位は、前段に掲げる順序による。この場合において、父母については、養父母を先にし実父母を後にする。
 そして、同時に制定された労働者災害補償保険法においては、遺族補償受給者の範囲もその額も労働基準法のそれと全く同じでした。今日のような年金制度ではなかったからです。この点は、戦前の工場法時代もそうでした。工場法施行令第10条は「遺族扶助料ヲ受クヘキ者ハ職工ノ配偶者トス」と規定していたのです。この点で、労働基準法上の災害補償規定は本質的に変わっていません。「又は労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持した者」が削除されただけで、男女間に差をつけていないのです。
 では、いつから男女に差をつける規定が盛り込まれたのかといえば、それまで一時金であった遺族補償給付が年金化された1965年改正によってです。労災補償給付の年金化の問題は、炭鉱労働者の珪肺や脊髄損傷をめぐって大きな政治課題となり、紆余曲折を経て1965年改正で実現に至ったことは周知の通りですが、その立法過程を見ていくと、1964年7月25日の労働者災害補償保険審議会の答申「労働者災害補償保険制度の改善について」において、次のように示されたのが出発点になります。
(4) 遺族補償費
(イ) 遺族年金
 遺族補償費は、年金として支給することとし、受給権者の範囲及び順位については、労働者の死亡当時生計維持関係にある者を中心とし、国際慣行等を勘案して定めることとする。
(ロ) 遺族一時金
 労働者の死亡当時遺族年金の受給権者がない場合又は労働者の死亡後短期間のうちに遺族年金の受給権者がなくなった場合には、遺族のうち一定の範囲の者に、ある程度の額の遺族一時金を支給することとする。
 これをもとに同年10月12日に同審議会に諮問され、12月12日におおむね了承された法律案要綱は、現行法とほぼ同じ規定ぶりで、妻のみ年齢要件がなく、夫やそれ以外の遺族は18歳未満ないし60歳以上という年齢要件が付せられていました。この改正には労使双方からいろいろな意見がついていますが、この点については誰も何も文句を言っていません。そういう時代であったということでしょう。
 1965年改正時の解説書(労働省労災補償部編『新労災保険法』日刊労働通信社(1966年))は、この遺族補償年金について「妻以外の遺族については、独立の稼得能力がある者にまで年金を支給するに及ばないということである」と、はっきり断言しています。興味深いのは、「国際慣行」を根拠に挙げていることで、男女異なる扱いは国際的に見ても妥当なものだと考えられていたわけです。同書の末尾には、諸外国の労災保険制度の概要が掲載されていますが、その遺族給付のところを見ると、まずILO第17号条約が「適用を受ける事故は、扶養者の死亡の結果その寡婦又は子が被る扶養の喪失を含み」と、第67号勧告が「寡婦には寡婦たる全期間、子女には18歳まで、又はその一般教育若しくは職業教育を続行しているときは21歳まで補償を行わなければならない」と、第102号条約が「扶養者の死亡に関する定期払い金は、少なくともその寡婦及び子に対して確保しなければならない」と規定しているように、明確に寡婦と鰥夫で異なる扱いにしていました。各国の現状を見ても、寡婦は無条件で受給資格がありますが、鰥夫は通常被扶養者であるか労働不能である場合にのみ受給資格があると書かれています。当時の労災保険担当者は、これが半世紀以上後に大きな問題となるなどとは全く考えていなかったのでしょう。
 この1965年改正を中心とした労災保険独自の給付の拡充は、「労災保険の社会保障化」とか「労災保険の一人歩き」等と呼ばれています。労働基準法上の災害補償規定は使用者の無過失補償責任に基づくものであるので、労働者が男であるか女であるかによって差がつけられるべきではありませんが、それを超えて労災保険制度が独自に設けた年金給付については、使用者の補償責任を担保するものではなく国が福祉国家の理念に基づいて行う給付なのだから、その社会的実情に即して給付をするのが当然だ、という訳なのでしょう。その意味では、この部分の見直しが議論されるようになってきたのは、2012年国民年金法改正により、妻が死亡した夫にも遺族基礎年金が支給されるようになり、男女で支給要件に差がある遺族厚生年金についてもその見直しが議論されるようになってきたことが背景にあります。

 

2024年2月20日 (火)

大内伸哉『最新重要判例200[労働法] <第8版>』

Fc0f45e804b14b6f9d8692fd12b59677 大内伸哉『最新重要判例200[労働法] <第8版>』(弘文堂)をお送りいただきました。

https://www.koubundou.co.jp/book/b10045191.html

膨大な判例の中から新しいものを中心に一貫した視点で重要判例を選び、単独執筆により統一的に理解できる判例ガイド。
 判旨の要点がひと目でわかるよう2色刷りにし、読者の学習に配慮した判例解説の決定版です。
 今改訂では、必要かつ十分な判例を読者に届けるという目標を再確認し厳選した結果、6判例を削除、新規判例6件を追加しました。限られた紙幅の中で、できるだけ新たな法律や裁判例に関する情報を盛り込んだ200判例を収録しています。法学部生をはじめ、各種国家試験受験生、社労士、企業の人事・労務担当者に最適の1冊。

大内さんの一人判例集も第8版です。『判例百選』の倍の判例が載っているのはありがたいという人も多いでしょう。

ただ、これは『判例百選』も含めて、この手の判例集全般に対して感じていることなんですが、あるトピックについて一つの代表的判例について大変詳しく解説し、その他の判例はちょびっと言及するか、名前だけ挙げるだけ、というのは、実際の使い勝手という観点から見てどうなんだろうか、という気がしています。

たとえばそうですね、採用内定と言えばかならず大日本印刷事件になるわけですが、これは新卒一括採用の正式内定のケースなわけです。新卒一括採用でも正式内定じゃない「内々定」では、まだ労働契約は成立していないというコーセーアールイー事件があるわけですし、そもそも中途採用では、内定取消を無効としたインフォミックス事件もあれば、有効としたユタカ精工事件もあります。特定の状況下のものだけを代表的判例としてしまっていいのか、いやまあ、100とか200とか制限のある中で選ぶんだから仕方がないじゃないかと言われればそうなんですが、もう少し扱いを公平にしてもいいんじゃないかと。

能力不足解雇についても、大体どの判例集でもセガエンタープライゼズ事件なわけですが、でもこれは新卒採用の若年者のケースであって、そもそもメンバーシップ型で素人を採用して鍛えるのが上司の任務だという前提があるわけで、中途採用者について有効という判例と無効という判例があるのを、ちらと言及だけというのもどうなのかなあ、と思ったりもします。

こういうのは、私が雇用システムの関心から、新卒採用の労働者と中途採用の労働者では社会の認識も違うし、判例のスタンスも違うし、そこは明確に示されるべきではないかと感じるからですが。

まあ、判例集というのはどういうものであるべきなのかというのは難しいですね。

 

 

EUプラットフォーム労働指令案の迷走@WEB労政時報

WEB労政時報に「EUプラットフォーム労働指令案の迷走」を寄稿しました。

WEB労政時報 有料版

 情報通信技術の急速な発展の中で、世界的にプラットフォーム労働が拡大しており、日本でもコロナ禍でウーバーイーツが急速に普及し、その労働者性を巡って労働委員会に問題が持ち込まれる一方、労災保険の特別加入も進められています。この問題に関してはアメリカでもヨーロッパ諸国でも労働者性を巡る裁判が起こされ、多くの国で労働者性を認める判決が出されていることは周知のとおりです。また、欧州連合(EU)では2021年12月に、「プラットフォーム労働における労働条件の改善に関する指令案」が行政府たる欧州委員会から提案され、立法府である閣僚理事会と欧州議会で審議が進められてきました。そして、昨年2023年12月13日に、両者は合意に達したと、それぞれが発表するに至りました。これで、ほぼ2年越しの懸案はついに決着したと、ほとんどすべての人が思ったでしょう。私もそう思ったので、翌日早速拙ブログにその旨を書きました。ところが、そう簡単に問屋は卸してくれなかったのです。・・・・・

 

 

2024年2月17日 (土)

橋本陽子『労働法はフリーランスを守れるか』が3月7日発売予定

橋本陽子『労働法はフリーランスを守れるか  これからの雇用社会を考える』(ちくま新書)が、3月7日発売予定だそうです。

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784480076120

アプリで仕事を請け負う配達員など、労働法に保護されない個人事業主には多くの危険が潜む。労働法は誰のための法か。多様な働き方を包摂する雇用社会を考える。

Picture_pc_15392c7b27795184b54b2751675c4 書影はまだ出ていませんが、もちろん上半分がクリーム色で下はクリーム色の斑点が散らばり、その間に小さな字でごちゃごちゃ書いてあるあの表紙カバーのはずです。

 

EUプラットフォーム労働指令案は当分の間成立は無理そう

Adf9953c0dff62d09e0c5f90a92c4a5e800x 昨年12月から混迷が続いているEUプラットフォーム労働指令案ですが、閣僚理事会議長国のベルギーが欧州議会との間で暫定的に合意した「骨抜き」指令案ですら、フランスを始めとする4カ国の反対で特定多数決が困難で、当分の間、欧州議会選挙のある6月までは、成立の見込みはなさそうだと、EUobserver紙が伝えています。

EU deal on new gig-workers rules unlikely before June elections

No EU deal on platform work directive was reached on Friday (16 February), as four member states decided not to support the latest agreement to improve conditions for gig workers in Europe — making the chances of a directive before the elections unlikely.
Germany, France, Greece, and Estonia formed a blocking minority, preventing the EU Belgian presidency from reaching a qualified majority to agree on a final text for platform workers. 

金曜日(2月16日)にはプラットフォーム労働指令に合意がならなかった。4カ国が最終提案を支持しなかったからだ。なので選挙までに指令が成立する可能性はほぼない。

ドイツ、フランス、ギリシャ、エストニアが多数決を阻止する少数派をなし、議長国ベルギーが特定多数決で合意に達することを妨げた。

反対派のコアはフランスのマクロン大統領で、他はそれにおつきあいしている感がありますが、それにしてもなかなか前途多難です。

 

子ども・子育て支援金と雇用保険

000254286 昨日国会に提出された「子ども・子育て支援法等の一部を改正する法律案」については、一人当たり月500円というのがなにやら話題になっていますが、条文を細かく読んでいくと雇用保険との関係がなにやら複雑怪奇になっているようです。

子 ど も ・ 子 育 て 支 援 法 等 の 一 部 を 改 正 す る 法 律

財政面をざっくり言うと、こども・子育て政策の全体像と費用負担の見える化を進めるため、年金特別会計の子ども・子育て支援勘定及び労働保険特別会計の雇用勘定(育児休業給付関係)を統合し、子ども・子育て支援特別会計を創設するとともに、医療保険者から子ども・子育て支援納付金を徴収することとしています。この部分が、健康保険料等に上乗せされるというので、いまの騒ぎになっているわけですが、この子ども・子育て支援金という健康保険等から来るお金が、雇用保険法上に新設されるる出生後休業支援給付と育児時短就業給付の原資になるという仕組みになっているようです。

この両者は、この子ども・子育て改正法案により(別に既に提出されている雇用保険法改正案ではなく)、雇用保険法上に第61条の10,第61条の12としてそれぞれ規定されるのですが、その原資は、雇用保険料ではなく、健康保険料から納付される子ども・子育て支援金なんですね。

(子ども・子育て支援納付金)

第六十八条の二 出生後休業支援給付及び育児時短就業給付に要する費用並びにこれらの給付に関する事務の執行に要する経費については、子ども・子育て支援法(平成二十四年法律第六十五号)第七十一条の三第一項の規定により政府が徴収する子ども・子育て支援納付金をもつて充てる。

育児休業給付金と、出生時育児休業給付金の方は雇用保険のお金で面倒を見て、今回新たにできる二つの給付は健康保険等のお金で面倒を見るという理屈はどういう風になっているのかはよくわかりませんが、雇用保険財政でお金を出さない制度を雇用保険法上に規定するという理屈もよくわかりません。財源が別の両制度をまとめて「育児休業等給付」とするというのも、政策立法たる育児・介護休業法上ならわからないでもないのですが、これら政策的給付に関しては財源法である雇用保険法上に、雇用保険料で面倒を見ない制度を規定するのはどういう理屈なのか、いずれにしても大変複雑怪奇な仕組みになっていることは確かなようです。

 

 

 

 

2024年2月16日 (金)

リクルートワークス研究所の大嶋寧子さんとAIを語る

 リクルートワークス研究所の大嶋寧子さんとAIを語りました。ワークス研のサイトに載っています。

AIがもたらす「日本ならではの危機」とは何か。生まれる余白を新たな共同体の再構築へ

日本企業は長い間、現役世代の生活保障、人材育成、健康管理など、社会の安定に関わる、極めて多くの役割を果たしてきた。しかし生成AIの活用拡大で仕事の総量が減るとの予測が有力視されるようになり、それに伴う労働移動の加速も見込まれる中、企業は従来の機能を担いきれなくなりつつある。AIがもたらす「日本社会ならではの危機」とは何か、そこに打つべき手にはどのようなものがあるか。労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎氏と、リクルートワークス研究所の大嶋寧子が話し合った。

いろんなことを語り合っております。「そうだそうだ」と感じるところもあれば、「何を言っているんだ」と感じるところもあるでしょうが、中で言っているように、わからないことをわからないなりに語っている対談ですので、そういう風にお読みいただければ、と。

Dialoguespeakers_8_20240217125101

 

 

2024年2月13日 (火)

古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』

002514 古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)をお送りいただきました。

https://presidentstore.jp/category/BOOKS/002514.html

2040年には働き手が1100万人足りなくなる――
テレビ、新聞、ネットで大反響の衝撃の未来予測シミュレーション、待望の書籍化!!

2040年には働き手が1100万人足りなくなる――。

2023年3月にリクルートワークス研究所が発表した未来予測シミュレーションは、テレビ、新聞、ネットで数多く取り上げられ、大きな反響を呼んだ。

これまで「人手不足」は企業の雇用問題として報じられてきたが、これから起ころうとしている「人手不足」は、まったく様相が異なるという。

業種別にシミュレーション結果を見ると、2040年には
・介護サービス職で25.2%
・ドライバー職で24.1%
・建設職で22.0%
の人手が足りなくなる。

そうすると何が起こるのか?

宅配便の遅延が当たり前になり、ドライバー不足でコンビニやスーパーの商品の補充も毎日できなくなり、建設現場の人手不足で地方の生活道路が穴だらけになってしまう。注文したものの配送、ゴミの処理、災害からの復旧、道路の除雪、保育サービス、介護サービス……。
私たちは今、これまで当たり前に享受してきたあらゆる「生活維持サービス」の水準が低下し、消滅する危機に直面しているのである。

これから訪れる人手不足は「生活を維持するために必要な労働力を日本社会は供給できなくなるのではないか」という、生活者の問題としてわれわれの前に現れるのだ。

本書では、詳細なシミュレーションをもとに、今後われわれ日本人が直面する「労働供給制約」という不可避の社会課題を明らかにする。
もちろん、ただ危機を「座して待つ」だけではない。これから確実に直面する働き手不足の問題を解消するための4つの打ち手も提案する。
いずれの打ち手も机上論ではなく、すでに地域や個人、企業が実践しているもので、すでに芽が出ている取り組みである。

世界ではじめて人類社会の新局面に直面する日本において、働き手不足がもたらすのは「危機」だけではない。
じつは労働供給制約は、私たちに新しい働き方をもたらし、日本をまったく新しい豊かな社会に変えるための突破口になるかもしれない。
労働市場の研究者である著者が、「危機の時代」を「希望の時代」にするために筆を執った衝撃の未来予測。 

未来予測シミュレーション自体は、JILPTが以前行った試算を使って延長したものであり、実はJILPTの研究員がいま新たなデータを用いて計算しているところです。わたしは全く理解できないので、何をどういう風に計算してるのか全然分かりませんが、計量経済の専門家はシミュレーションモデルの式を見れば、何をしているのか分かるのでしょう。

でも、本書を読んで一番面白かったのは、全国の様々な企業の人々に、異次元の人手不足の状況を丹念に聞いているところです。

・【事例1】「地元の企業同士で若者の取り合いになる」 
・【事例2】「人手不足で店を畳まざるをえない」 
・【事例3】「閑散期のはずなのに毎日仕事を断っている」
・【事例4】「このままでは車検制度が維持できない」
・【事例5】「減便でも『しかたない』ほどの人手不足」
・【事例6】「配達員は70代、80代が中心。毎日1000部配達できない」

この現場の声の生々しさは一読の値打ちがあります。

また、後半で働き手不足を解消する4つの打ち手として提起しているもののうち、「徹底的な機械化・自動化」とか「企業のムダ改革とサポート」とかは、この界隈でいままでも言われてきたことですが、「ワーキッシュアクトという選択肢」というのは新鮮でした。というか、そもそもこの「workish act」という言葉自体、古屋さんの造語らしく、本業でも「副業」でもなく、半ば趣味活動、半ばボランティア、半ば地域活動みたいな、仕事じゃないけど社会のためになってるような活動を指す言葉のようで、こういうのは目の付け所がいいなあと感心します。

本書の最後のところにハンナ・アレントの『人間の条件』に出てくる、労働、仕事、活動の3つの行動がでてくるので、それがこのワーキッシュアクト概念の背景にあることがわかります。

ちなみに、末尾の著者プロフィールを見ると、主たる著者の古屋星斗さんの名前は「しょうと」であり、共著者の中村星斗さんの名前は「せいと」なんですね。まぎらわしいような、まぎらわしくないような。

 

 

indeedのサイトに取材記事が載っていました

昨年のだいぶ前に取材を受けてそのままになっていたインタビュー記事が、人材情報会社のindeedのサイトに載っていることを知らされました。

求職者のスタート地点を考える 「雇用機会の均等」ってなんだろう?

Ogp11 日本とその他の国々における雇用システムには大きな違いがあります。なかでも、スタート地点である雇用機会の仕組みの違いは、雇用機会均等のあり方も変化させます。この違いをきちんと認識することが、今後、日本国籍の有無を問わず外国にルーツを持つ方やLGBTQ+のマイノリティ労働者の雇用機会均等を考えるうえでのヒントになります。

そもそも雇用機会とはどのようなことを指し、それが均等であるとはどのような状態なのか。日本と諸外国、それぞれの仕組みについて解説します。

日本と諸外国「雇用機会」の仕組みの違い

「雇用機会」とは、雇用システムの入り口のことです。企業にとっては募集・採用、求職者にとっては、応募・就職の機会をいいます。

そもそも、日本と日本以外の諸外国における雇用システムには大きな違いがあります。旧来の日本の雇用システムを「メンバーシップ型」、諸外国の雇用システムを「ジョブ型」といいます。とりわけ、その違いが明確なのが、募集・応募、採用・就職の雇用機会の仕組みです。

◆メンバーシップ型……日本

人に仕事をつける。所属部署や仕事内容が決まっていない段階で企業の正社員というメンバーシップを付与(内定)する仕組み。基本的に労働者は企業が決めた仕事を行い、ゼロベースからキャリアを積んでいく。企業の指示で配転や海外勤務が命じられ、キャリア形成は企業に委ねられる。

◆ジョブ型……諸外国

仕事に人をつける。仕事があるところに人をはめ込む仕組み。企業は「この仕事ができる人はいますか?」と仕事ありきで人材を募集し、「できます」という人が応募する。基本的に応募者は学校で勉強したことがそのまま職務になり、働くことでより専門性を深めていく。自身でキャリアを形成する。

メンバーシップ型とジョブ型「雇用機会の均等」の違い

雇用機会均等は1964年、アメリカにおいて性別や人種による差別を禁止する「公民権法」が制定されたことに始まります。世界的に男女差別や人種差別をなくそうという気運が高まっていきました。日本は1985年に「男女雇用機会均等法」を制定し、募集・採用・配置などについて、男女の均等な取り扱いが努力義務となりました。

その後、1997年に同法律が改正され、女性であることを理由とする差別の禁止と、男女の雇用機会均等が義務化されました。日本には、人種差別が社会的問題と意識されなかったため、男女の平等にのみ焦点が当てられてきました。

雇用機会の均等について論じられ、法律などの整備が行われてきたのは欧米をはじめ世界共通ですが、メンバーシップ型である日本とジョブ型である諸外国の公正・公平の定義は異なります。

◆メンバーシップ型の公正・公平と差別の基準

<公正・公平の基準>
  • 企業の正社員というメンバーシップを男女平等に与えること
<差別の基準>
  • 配置や管理職への昇進において男性を女性より優遇すること

◆ジョブ型の公正・公平と差別の基準

<公正・公平の基準>
  • 募集した仕事ができる人を採用すること
<差別の基準>
  • 「この仕事ができる人」という募集に対して、応募してきた優秀な女性・黒人よりも職務能力(当該仕事への適性)が劣っている男性・白人を優先して採用すること

    日本の男女雇用機会均等法では、「採用選考において男女で異なる扱いをすること」を禁じていますが、そもそも具体的な職務基準が明確でないがゆえに、入り口における差別が法的な問題となることはほとんどありません。

    一方、ジョブ型による公正・公平は明確で、「その仕事ができるか・できないか」だけです。あるポストについて募集があり、そこに男性と女性、白人と黒人が応募してきたとき、経歴や経験などを見る限り、明らかに女性や黒人のほうが優秀なのに、女性は育児などで仕事をきちんとやらない、黒人は嫌いといった理由で男性や白人を採用するのが差別です。

    ただし、女性や黒人を採用しないことがすべて差別ではありません。あくまで、個々の能力の問題であり、女性や黒人より男性や白人のほうが優秀であれば、後者を採用するのが平等です

「日本風」の男女雇用機会均等は実現しつつある

日本は世界共通の男女平等という課題に対して、「日本風」の公正・公平を生み出しました。それが、企業の正社員というメンバーシップを男女平等に与えていくことであり、数の論理です。

実際に1997年の「男女雇用機会均等法」改正以降、企業の意識は大きく変化し、女性の採用率は格段に上がっていきました。この四半世紀の間にキャリアを積んだことで、男性と同じように管理職ポストに到達する女性が増え、多くの女性が活躍する時代になりました。「日本風」の男女の雇用機会均等は実現しつつあるといえるでしょう。

男女雇用機会均等法が施行される以前の雇用において、たしかに女性の地位はマイノリティだったといえます。しかし、社会全般において人口における数の割合で見れば、女性はマイノリティではありません。そのため、男女雇用機会均等という課題に対しては、数の論理で公正・公平を定義することが可能でした。これが、あくまでも「日本風」の男女雇用機会均等であることを正しく認識する必要があるでしょう。

本当の意味でのマイノリティの雇用機会均等を考える

男女における雇用機会均等は、人数・割合という論理で公正・公平を定義づけることができました。しかし、外国籍やLGBTQ+など、本当の意味でのマイノリティには、日本風の平等は通用しません。女性とは違い、そもそも人数が少ないため、日本人の数や性的マジョリティの数に近づけることはできないからです。

一方、ジョブ型の男女平等は「劣っている男性を優秀な女性より優遇しない」という明確なものです。このロジックは外国籍やLGBTQ+などマイノリティの労働者にも同様に当てはまります。

つまり、「劣っているマジョリティを、優秀なマイノリティより優遇しない」だけの話です。そもそも外国人にはメンバーシップ型の発想はありません。彼らにとっての公正・公平は、「あの人よりも自分のほうが仕事ができる」ということだけです。

ジョブ型では明らかな公正・公平が、日本のメンバーシップ型の雇用機会になると、定義があやふやになってしまいます。

だからといって、日本の企業も世界に合わせてジョブ型に変えればいいという単純な話ではありません。少なくとも現在の日本において、外国籍やLGBTQ+などマイノリティの労働者の雇用機会を企業単体で解決するのは非常に難しいといえるでしょう。新卒一括採用をやめる、教育制度を変えて即戦力となる人材を養成するといった、根本的な社会システムから見直す必要があるからです。

昨今、ジョブ型を取り入れようとしている企業は多く見られます。しかし、以上の理由から、ジョブ型の一面である賃金体系を年功序列型から成功報酬型に変える程度の導入になっているのが実情です。

現在、外国籍やLGBTQ+など、マイノリティの雇用機会均等について規定した法律ありません。今後、こういった人たちの雇用機会均等を考えるうえで重要なことは、日本の雇用システムや雇用機会均等は、他の国とは異なるということを正しく認識することです。それが、本当の意味での雇用機会均等を考えるヒントになるはずです。

 

 

2024年2月11日 (日)

小谷野敦さんが『家政婦の歴史』を取り上げてくれました

Neobk2941372 『中央公論』恒例の新書大賞。今回の第1位は今井むつみ/秋田喜美『言語の本質』(中公新書)とのことで、私も読んで感心した本なので、もっともだとおもいます。以下30位までランキングが載っています。

https://chuokoron.jp/chuokoron/latestissue/

そして例によって「目利き49人が選ぶ2023年私のオススメ新書」では、目利きな人々がそれぞれにこれぞという5冊を提示していますが、わりと上位ランク入りしたのとは違う本が多く、今回は特定の上位の本を別にすれば、だいぶ票が割れたみたいですね。

さて、昨年はわたしも『家政婦の歴史』(文春新書)を出していますが、あまりにも周縁的なテーマであったために多くの読書人の関心を引かなかったと見えて、ランキングにはかすりもしていませんが、お一人だけこの拙著を取り上げていただいている方がいました。文芸評論家の小谷野敦さんです。

小谷野さんの拙著評に曰く:

2022年に、過労死した家政婦が「家事使用人」として労働基準法の対象から外れていたため、裁判に敗れた事件を発端とし、「家事使用人」の意味と、かつて「派出婦会」が労働基準法の適用対象であったのに、1948年にGHQの担当者コレットによって奴隷労働的なものとして禁止されたという複雑な法学的議論が展開されている。果たして家政婦は、家政婦紹介所に所属する労働者なのか、派遣された家庭に雇用された労働者なのかという法学のバグを、「女中」の歴史をからめつつ論述してゆく。法学者必読の書であろう。

正直申し上げて、文芸評論の世界で有名な小谷野さんに、ここまで内在的な批評をしていただけるとは思っていませんでした。分野的に近いはずの人々があまり関心を向けないのに、遠いはずの方に、それも「法学のバグ」という絶妙な評語とともに取り上げていただき、ありがとうございます。

もっとも、小谷野さんが挙げた本はいずれもランキングには入っていないちょっと変わったというか、世間の注目からかなり外れたテーマの本ばかりなので(『ポテトチップスと日本人』とか『ソース焼きそばの謎』とか)、わたしの本もそういう「ロングテールの掘り出し物」枠だったのかもしれません。

なお、この目利きの5冊の中には、褒めているのかどうかよくわからないのもあります。たとえば、斎藤幸平さんは岩尾俊平『日本企業はなぜ強みを捨てるのか』(光文社新書)を挙げているのですが、その説明に曰く:

アメリカ万歳みたいなビジネス書はもちろん嫌い。日本人もっといいところあるから自信持てというポジティブなメッセージは、わたしは日本型雇用が嫌いだから完全には同意しないけれど、納得感もある。いい意味で論争したくなる一冊。

なんだか、敵の敵は味方だから戦略上手を握るけれども、ほんとはお前は嫌いだからなッ、とうそぶいているみたいで、著者はどう感じたでしょうか。

 

 

 

 

 

2024年2月 9日 (金)

EUプラットフォーム労働指令案は合意したみたいだけど依然霧中のよう

Shutterstock_1374104273800x450 本ブログで執念深く一々業界紙情報により事態の動きを追いかけているEUプラットフォーム労働指令案ですが、昨日(2月8日)にいったん再び閣僚理事会(を代表するベルギー議長国)と欧州議会(の雇用社会問題委員会の代表)の間で合意がまとまったらしいのですが、例によってまたも横やりが入ったらしくて、理事会における正式の投票は最終金曜日(2月16日)に延期されたと、この記事の冒頭に追記されています。

Platform work rulebook hangs by thread ahead of member states’ final nod

 Updates
This article was updated to reflect the fact that the vote in the Council has been postponed to next Friday (16 February)

Negotiators from the European Commission, Council and Parliament struck a deal on the Platform Work Directive – for the second time – on Thursday (8 February), with all eyes now on member states, who have been asked to rubberstamp it next Friday.

元の記事では、8日(木)に「次の金曜日」にあたる翌9日に理事会でペタンと判子を押すことになっていると書かれていたのが、翌日に「次の金曜日」にあたる翌週の16日に延期されたと追記が書かれているわけです。まぎらわしいなあ。

それはそれとして、ベルギー議長国が提示した指令案の案文は、労働者性の推定規定のところがかなり骨抜きになっているようです。

The substance of the text has changed radically in the past two months, with hopes it would alleviate France’s concerns.

条文の内容は過去2か月間に、フランスの懸念を和らげるために過激に変化した。

As it stands, the algorithmic management in the workplace chapter, which seeks to protect workers from automatic algorithmic decision-making, is identical to the December deal, but the legal presumption has been watered down considerably.

アルゴリズム管理の規制のところは12月の合意から変わっていないが、労働者性の法的推定のところは顕著に骨抜きになっている

The presumption is a novel mechanism looking to harmonise ways through which member states allow for the reclassification of platform workers from self-employed to fully employed, when evidence shows there is subordination between the worker and the platform.

For a long while, the presumption included clearly laid-out criteria, each of which hinted at subordination. If the platform worker met a certain number of these criteria, then the presumption could be triggered.

指令案では長らく推定は条文に明確に規定された従属性を示唆する基準に含まれていた。もしプラットフォーム労働者がこれら基準のいくつかに合致すれば推定が発動される。

The trilogue deal does away with criteria altogether, in line with a draft text circulated last week by the Belgium Presidency, and seen by Euractiv. However, the text requires that an “effective legal presumption” be created in all member states.

先週ベルギー議長国が回覧した案文では、三者交渉はこれら基準を完全に放擲してしまった。しかし案文は全加盟国で「有効な法的推定」が創設されるべきとしている。

 

 

第131回労働政策フォーラム「時間帯に着目したワーク・ライフ・バランス─家族生活と健康─」のご案内

来る3月2日~6日に、第131回労働政策フォーラム「時間帯に着目したワーク・ライフ・バランス─家族生活と健康─」をオンライン開催します。3月6日午後のパネルディスカッションは、ライブ配信で、わたくしが司会を相勤めさせていただきます。

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2024年2月 8日 (木)

正義の味方は自己責任@労災保険

これはほんとに雑件です。

『労働経済判例速報』の令和6年1月30日号に「中央労働基準監督署長事件」(東京地判令和5年3月30日)が載っています。労災に関する裁判例ですが、事案が(労働法学的な意味ではなく、世間的な意味で)興味深いのでちょっと紹介。

本件の原告は、ファミレスに勤務する普通のサラリーマンなんですが、深夜帰宅途中、山手線車内で女性客に迷惑行為(要するに痴漢行為ですな)をしていた中年男に注意したところ、逆恨みしたそいつから跳び蹴りを受けて負傷したという事案です。もちろんそれはそれで刑事事件になるわけですが、警察が治療費を払ってくれるわけではない。問題はこの負傷が労災-正確には通勤災害-になるかです。通勤災害も労災と同様手厚い補償を受けられるのですが、その認定基準では、通勤とは関係のない逸脱や中断があると認められません。通勤の帰りに関係ないところに立ち寄ったりすると認定されないわけです。さて本件、通勤経路という意味では何ら逸脱していないわけで、通勤車内で蹴られたわけですが、その原因は彼がなまじ正義感を出して痴漢中年男に注意したりしたからなんですね。監督署はこれは通勤の中断中に起きたものだとして不支給決定したので、審査請求を経て彼は裁判に訴えたというわけです。

裁判所の結論は監督署と変わらず、棄却となりました。労働法学的には当然の結論ということになるのですが、通勤中に車内で痴漢野郎を見つけても、余計なことをしない方がいいということにならないといいですね。

2024年2月 5日 (月)

EUプラットフォーム労働指令は骨抜きに?

Shutterstock_2036375684800x450 例によって、EUプラットフォーム労働指令についての消息筋情報をEURactivが報じています。

Belgium Presidency hopes for 11th-hour deal with watered-down platform work directive

Following failed interinstitutional negotiations over the platform work directive last week, the Belgium Presidency circulated yet another draft text, significantly watering down the file’s flagship chapter on the legal presumption of employment.

先週のプラットフォーム労働指令をめぐる機構間交渉の失敗を受けて、ベルギー議長国はまた新たな条文案を回覧したが、それは雇用の法的推定という旗頭的な章をほとんど洗い流してしまうようなものになっている。

どういう代物になっているのかというと、

It does away with criteria altogether, instead adding a reference to “facts indicating control and direction, according to national law, collective agreements or practice in force in the Member States and with consideration to the case-law of the Court of Justice”.

それは法的推定の基準を放り出して、その代わりに「国内法、労働協約又は加盟国で効力を有する慣行に従い、欧州司法裁判所の判例法を考慮して、支配と指揮を示す事実」への言及を付け加えるものである。

これで簡単に決着するとも思えませんが、労働者性の推定が実現するというほんの1ヶ月半のユーフォリアは、今や雲散霧消してしまったようですね。

 

 

 

 

 

 

働く/働かない×おじさん/おばさん

なんだか某方面から「おばさん」という用語が差別的で不適切だという声があり、それなら「おじさん」も不適切じゃないか云々という声もあるようですが、いささか違和感があり、2年半ほど前にこんなことを書いていたな、と思い出したので、再掲しておきます。

「働かないおじさん」は年齢差別か?

一昨日、慶應義塾大学産業研究所HRM研究会の35周年シンポジウムに参加し、報告と討論をしてきましたが(zoomで)、その中身はそのうち中央経済社から出版されるとのことなので、詳しくはそちらをどうぞなのですが、その最後あたりでややトリビアな、というかトリビアに見えるエピソードがあり、たぶん本には出てこないと思うので、ちょっと紹介しておきます。

https://www.sanken.keio.ac.jp/behaviour/HRM/

私は例によって「ジョブ型VSメンバーシップ型と労働法」という話しをしたのですが、そのなかで私自身もマスコミから何回も取材されたトピックである「働かないおじさん」云々という言葉を使ったんですが、パネルディスカッションの最後のあたりで、フロア(といってももちろんzoomの聴衆)の方から「働かないおじさんという言い方は差別的じゃないか、政治的に正しくないぞ」というような意見があったようです。

司会の八代さんからそういう意見があったと紹介されたので、その場でお答えしたのは、「働かないおじさん」とだけ言って「働かないおばさん」と言わないのは男女差別的だったかも知れない。かつての日本型雇用では女性正社員は結婚退職が前提なので「働かないおばさん」は存在しえなかったけれども、均等法後は「働かないおばさん」も出てきたので。

しかし、もし働かない「おじさん」という言い方が年齢差別的だという趣旨ならば、それはそもそも日本型雇用システムそのものが入口から出口まで年齢を最も重要な基準とする仕組みであるがゆえに発生する現象なので、言葉だけポリコレで叩いても意味がない。というようなことを喋った記憶があります。

日本型雇用で得をするのは若い男性であり、損をするのは中高年と女性だという話は報告の中でしておいたつもりなので、最後にポリティカルコレクトネスで批判を受けるとは意外でした。世の中、結構表層的な脊髄反射でものを言う人が多いんですね。

40歳定年だの、45歳定年だのといった妄言が繰り返しなされる所以もまさにそこにあるわけですから。

 

2024年2月 4日 (日)

連合総研編『非正規という働き方と 暮らしの実像』

640337 森ます美・本田一成・緒方桂子・上田真里・連合総合生活開発研究所 編『非正規という働き方と 暮らしの実像 ジェンダー・法制・労働組合を問い直す』(旬報社)をお送りいただきました。

https://www.junposha.com/book/b640337.html

日本の非正規雇用率は37%、女性だけだと50%以上!

非正規労働の〈今〉を伝え、政策・制度・労働組合の課題を提起する

非正規雇用労働は不安定な働き方から社会問題にもなっており、新型コロナ禍ではその問題がさらに浮き彫りになりました。

本書では非正規雇用で働く人たちの実像を、政府統計やアンケート調査の結果などから明らかにし、その問題点をいかに解決していくかを考え、労働組合がこの問題にどう立ち向かっていくべきかを提言します。

というわけで、内容は以下の通りです。

はじめに【森 ます美】
第Ⅰ部 非正規雇用労働者とは誰なのか
 第1章 非正規雇用労働者とは誰か【本田一成】
 第2章 日本の非正規雇用労働組合員【森 ます美】
 第3章 非正規で雇用される労働者の働き方および意識の現在
 ―「同一労働同一賃金」ルールと無期転換制度を中心に―【緒方桂子】
第Ⅱ部 非正規雇用労働とジェンダー
 第4章 非正規〈女性稼ぎ主〉世帯の仕事と暮らし【森 ます美】
 第5章 非正規雇用のなかの〝主婦パート〟【後藤嘉代】
 第6章 ケアを保障する国家【上田真理】
第Ⅲ部 非正規雇用労働と社会保障・労働法制
 第7章 ディーセントな生活を支える社会保障の課題【上田真理】
 第8章 ポストコロナ時代の非正規雇用労働法制の展望【緒方桂子】
 第9章 日本のシフト制労働をめぐる労働法制【石川茉莉】
第Ⅳ部 非正規雇用労働と労働組合
 第10章 「必ずそばにいる」存在になるために
 ―労働組合の取り組み―【久保啓子】
 第11章 非正規女性は労働組合の担い手になりうるか【後藤嘉代】
 第12章 非正規雇用労働者と労働組合
 ―「リアル組織率」を反転させるために―【本田一成】

本田さんが第一章で描き出している、様々な非正規の10のペルソナというのも大変面白いですが、ここでは連合総研の石川茉莉さんのシフト制の章を紹介しておきます。というのも、実は私の書いたものもかなり引用され、シフト制についての手頃なまとまった文章になっているからです。

日本のシフト制労働をめぐる今後の労働法制を検討する上では、特に次の2つの視点が重要である。第1に、シフト制労働の「濫用の防止」である。・・・第2に、「最低限の予測可能性」を確保した上で、シフト制労働者の「自己決定権」を尊重することである。・・・

以上の基本的な視点をもとに、日本において今後検討すべき法政策を3点挙げる。

第1に、より詳細な労働条件の明示を義務づけることが考えられる。・・・

第2に、最低限の労働予見可能性を確保するための制度を設けることが考えられる。・・・

第3に、最低労働時間規制の導入が考えられる・・・

 

 

 

 

 

 

2024年2月 2日 (金)

フリーランスまるごと労災保険の特別加入の省令が官報に

先日、『労基旬報』1月25日号に書いた話ですが、

「フリーランスまるごと労災保険の特別加入」@『労基旬報』2024年1月25日

一昨日(1月31日)の官報に、その労災保険法施行規則の改正省令が載っています。

https://kanpou.npb.go.jp/20240131/20240131g00023/20240131g000230134f.html

第四十六条の十七 法第三十三条第三号の厚生労働省令で定める種類の事業は、次のとおりとする。
十二 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(令和五年法律第二十五号)第二条第一項に規定する特定受託事業者(以下「特定受託事業者」という。)が同条第五項に規定する業務委託事業者(以下単に「業務委託事業者」という。)から同条第三項に規定する業務委託を受けて行う事業(以下「特定受託事業」という。)又は特定受託事業者が業務委託事業者以外の者から委託を受けて行う特定受託事業と同種の事業であつて、厚生労働省労働基準局長が定めるもの

施行はフリーランス新法の施行日なので、おそらく今年の秋になります。

 

 

2024年2月 1日 (木)

マイケル・リンド『新しい階級闘争』@『労働新聞』書評

9784492444719_600 今年第2回目の『労働新聞』書評は、マイケル・リンド『新しい階級闘争』(東洋経済新報社)です。

https://www.rodo.co.jp/column/172266/

近頃世界的に無責任な言説をまき散らすポピュリストが蔓延して困ったものだ、・・・と感じている人は多いだろう。しかし、これは階級闘争なのだ。知的エリート階級に経済的のみならず知的にも抑圧されているノンエリート労働者階級の「反乱」なのだ。
 「階級闘争」という言葉は時代錯誤に見えるかも知れない。かつて産業革命時代に資本家階級と労働者階級の間で闘われた熾烈な階級闘争は、20世紀中葉に労働組合による団体交渉と福祉国家を基軸とする階級平和に移行し、マルクスの教えを古くさいものとした。だが20世紀の末期、再び階級闘争の幕が切って落とされた。先制攻撃を加えたのは経営管理者と専門職からなる知的上流階級だ。経済停滞の元凶として労働組合と福祉国家が叩かれたことはよく知られている。しかし、ネオ・リベラリズムによる経済攻勢と手に手を取って粗野な労働者階級文化を攻撃したのは、左派や進歩主義者たちによる反ナショナリズムと国境を越えたグローバリズムに彩られ、人種やジェンダーによる差別を糾弾するアイデンティティ・ポリティクスだった。
 といえば、思い出す概念がある。昨年9月に本欄で紹介したトマ・ピケティの『資本とイデオロギー』の「バラモン左翼」だ。そう、かつては経済的格差を最も憂慮し、労働者階級の味方であった左派が、リベラルな高学歴エリートに占められるようになり、その代わりに「外国人どもが福祉を貪っているから君たちの生活が苦しいんだ」と煽り立てるソーシャル・ネイティビストがはびこっているというあれだ。これこそが叩いても叩いてもはびこるポピュリズムの社会学的下部構造であり、理屈を積み重ねて論破できると思うこと自体が間違っている。
 知的エリートの中には、普遍的ベーシックインカムが解決策だと唱える者もいる。しかし、人種やジェンダーによる差別のみがなくすべき社会悪であり、低学歴低技能ゆえに(当然の報いとして)低賃金や失業に苦しむ者には慈悲を与えようというご立派な思想は、誇り高い労働者階級によって拒否される。ふざけるな、俺たちが欲しいのはそんなまがい物じゃない。まっとうに働いてまっとうに給料をもらいまっとうに生活できる社会だ。それを破壊したのは・・・あの移民どもだ。あいつらを追い出せ、壁を作れ。と、ポピュリストの甘い声がささやくのだ。
 ポピュリズムに陥らずに再びかつての階級平和を取り戻すにはどうすべきか。リンドが提示するのは拮抗力を伴う民主的多元主義だが。この言葉ではわかりにくいだろう。かれが再建すべきと唱えるのは、労働組合や教会、大衆参加型政党だ。とりわけ労働組合が団体交渉や三者構成協議などによって経済エリートたちに対する拮抗力を回復することが急務だという。それと同時に、知的エリートに対する文化的拮抗力も必要だ。かつては工場の門を出たらボスのいない世界でくつろぐことができた。今では仕事が終わった後もボス階級が目を光らせ、不健康な飲食にふけるのを注意したり、プロレタリアート向けの俗悪で煽情的な情報を「検閲」したがるのだ。傲慢でお節介な「大領主様」に反発するのも当然だろう。現代の参加型運動は、最良の意味でvulgar(粗野な/庶民的な)でなければならない。

 

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