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2024年2月 1日 (木)

マイケル・リンド『新しい階級闘争』@『労働新聞』書評

9784492444719_600 今年第2回目の『労働新聞』書評は、マイケル・リンド『新しい階級闘争』(東洋経済新報社)です。

https://www.rodo.co.jp/column/172266/

近頃世界的に無責任な言説をまき散らすポピュリストが蔓延して困ったものだ、・・・と感じている人は多いだろう。しかし、これは階級闘争なのだ。知的エリート階級に経済的のみならず知的にも抑圧されているノンエリート労働者階級の「反乱」なのだ。
 「階級闘争」という言葉は時代錯誤に見えるかも知れない。かつて産業革命時代に資本家階級と労働者階級の間で闘われた熾烈な階級闘争は、20世紀中葉に労働組合による団体交渉と福祉国家を基軸とする階級平和に移行し、マルクスの教えを古くさいものとした。だが20世紀の末期、再び階級闘争の幕が切って落とされた。先制攻撃を加えたのは経営管理者と専門職からなる知的上流階級だ。経済停滞の元凶として労働組合と福祉国家が叩かれたことはよく知られている。しかし、ネオ・リベラリズムによる経済攻勢と手に手を取って粗野な労働者階級文化を攻撃したのは、左派や進歩主義者たちによる反ナショナリズムと国境を越えたグローバリズムに彩られ、人種やジェンダーによる差別を糾弾するアイデンティティ・ポリティクスだった。
 といえば、思い出す概念がある。昨年9月に本欄で紹介したトマ・ピケティの『資本とイデオロギー』の「バラモン左翼」だ。そう、かつては経済的格差を最も憂慮し、労働者階級の味方であった左派が、リベラルな高学歴エリートに占められるようになり、その代わりに「外国人どもが福祉を貪っているから君たちの生活が苦しいんだ」と煽り立てるソーシャル・ネイティビストがはびこっているというあれだ。これこそが叩いても叩いてもはびこるポピュリズムの社会学的下部構造であり、理屈を積み重ねて論破できると思うこと自体が間違っている。
 知的エリートの中には、普遍的ベーシックインカムが解決策だと唱える者もいる。しかし、人種やジェンダーによる差別のみがなくすべき社会悪であり、低学歴低技能ゆえに(当然の報いとして)低賃金や失業に苦しむ者には慈悲を与えようというご立派な思想は、誇り高い労働者階級によって拒否される。ふざけるな、俺たちが欲しいのはそんなまがい物じゃない。まっとうに働いてまっとうに給料をもらいまっとうに生活できる社会だ。それを破壊したのは・・・あの移民どもだ。あいつらを追い出せ、壁を作れ。と、ポピュリストの甘い声がささやくのだ。
 ポピュリズムに陥らずに再びかつての階級平和を取り戻すにはどうすべきか。リンドが提示するのは拮抗力を伴う民主的多元主義だが。この言葉ではわかりにくいだろう。かれが再建すべきと唱えるのは、労働組合や教会、大衆参加型政党だ。とりわけ労働組合が団体交渉や三者構成協議などによって経済エリートたちに対する拮抗力を回復することが急務だという。それと同時に、知的エリートに対する文化的拮抗力も必要だ。かつては工場の門を出たらボスのいない世界でくつろぐことができた。今では仕事が終わった後もボス階級が目を光らせ、不健康な飲食にふけるのを注意したり、プロレタリアート向けの俗悪で煽情的な情報を「検閲」したがるのだ。傲慢でお節介な「大領主様」に反発するのも当然だろう。現代の参加型運動は、最良の意味でvulgar(粗野な/庶民的な)でなければならない。

 

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コメント

男性の人的資本が賃金に向けられるのに対して、女性の人的資本は
どのような階級の男性に囲まれるか、に向けられるが故に、女性の
多くが知的上流階級の価値観に染まるのは致し方ないのでしょう。
ところが、知的上流階級の男性も、女性の好みについては、本音は
非知的階級の男性とあまり変わらないので、男性の粗野な好みから
自分は外れていると自己認識したときに、ますます、男性の粗野な
本音に憎悪を掻き立てられるのでしょう。

> 「女性の価値は若さではない」とか「女性は年を重ねれば重ねるほど魅力が増す」などと調子のよいことを言っていた人も、いざ結婚する段になればちゃっかり若い女性と結婚し、それを公には発表しないだけの「意趣返し」をしている
https://president.jp/articles/-/77859

国家による福祉の発展=福祉国家の成立と教会の”力”の減退は表裏一体のパラレルだと読んだことがあります(教会税→地方税)。
リンド氏の「労働組合や教会、大衆参加型政党」のうち教会に関しては無理を承知で述べているのでしょうか。(米英独仏にイスラム教政党ができる未来の可能性も、否定はしませんが…)

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