経団連が労使協創協議制(選択制)の創設を提言
さて、『経営労働政策特別委員会報告』とおなじ1月16日付で、経団連は「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」というのを発表しておりました。
これが、読めば読むほど興味深い記述に満ち満ちており、どこまで本気なのか突っ込みたくなる文書になっています。
大きな方向性としては、労働時間法制の規制緩和を求めるものであって、その点に変わりはないのですが、そのための手法として、次の二つを打ち出しているのです。
① 【過半数労働組合がある企業対象】労働時間規制のデロゲーション#6の範囲拡大
② 【過半数労働組合がない企業対象】労使協創協議制(選択制)の創設
これまでの議論では過半数組合と過半数代表者を同列においてデロゲーションの要件とするものだったのですが、ここにきて労働者の自発的結社である労働組合と、そうでない過半数代表者を分けて、前者のみをデロゲーションにかからしめるという発想が(おそらく経営側の文書としては初めて)登場しています。
これは、労働法の根本哲学からすると、労働者の意思を反映していない過半数代表者による規制緩和に否定的な労働組合に対し、自らの権限の範囲内については責任を持てよ、という話なのであり、筋論としては「労働組合なんて信用できないからやめさせろ」と労働組合自身が声高に主張することは自己否定になる以上、変な反応の仕方をすることができないようなうまい球になっています。
しかしながら逆に言うと、これは組織率16%という現状において労働組合未組織の大部分の企業ではデロゲーションはできないということであり、とりわけ組織率1%未満の100人未満の中小零細企業では、圧倒的大部分の企業でデロゲーションは不可能になり、商工会議所や中央会からは「経団連さんはそれでいいかも知らんが、うちは困るんや」と苦情が出てきそうではあります。
そこで、というか、経団連が投げ込んでくるもう一つの球が、労使協創協議制(選択制)の創設というやつです。
法制面では、過半数組合がない企業の労使における意見集約や協議を促す一助として、新しい集団的労使交渉の場を選択的に設けることができるよう、「労使協創協議制」の創設を検討することが望まれる。
これは一体何なのか、というと、
具体的内容は今後さらなる検討が必要であるが、過半数労働組合がない企業に限り、有期雇用等労働者も含め雇用している全ての労働者の中から民主的な手続きにより複数人の代表を選出、行政機関による認証を取得、必要十分な情報提供と定期的な協議を実施、活動に必要な範囲での便宜供与を行うなどを条件に、例えば、同一労働同一賃金法制対応のため有期雇用等労働者の労働条件を改善するなど、労働者代表者と会社代表者との間で個々の労働者を規律する契約を締結する権限を付与することが考えられる#9。また、より厳格な条件の下、就業規則の合理性推定や労働時間制度のデロゲーションを認めることも検討対象になりうる。
有期雇用等労働者も含め雇用している全ての労働者の意見を丁寧に集約し労使で十分な協議を行うためには、そうした環境が整っている労使であることが重要である。労使自治の実効性を担保する観点から、同制度の導入は個別労使の判断に基づく選択制とすべきである。
ちょっと待って、これって、もしかして、今から10年以上も前にJILPTの研究会が公表した「様々な雇用形態にある者を含む労働者全体の意見集約のための集団的労使関係法制に関する研究会報告書」の、放置プレイのあとのよみがえりでしょうか。
【記者発表】 「様々な雇用形態にある者を含む労働者全体の意見集約のための集団的労使関係法制に関する研究会」報告書
様々な雇用形態にある者を含む労働者全体の 意見集約のための集団的労使関係法制に関する研究会 報告書
しかも経団連提言の興味深いところは、「過半数労働組合がない企業に限り」という要件の付け方が、連合の「労働者代表法案要綱骨子(案)」とも通底しているところです。
使用者は、常時 10 人以上の労働者を使用する事業場について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては、労働者代表委員会を設置しなければならない。
これが今後どういう風に動いていくのかいかないのか、注目していきたいと思います。
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コメント
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労働者代表制については連合も要求としては残しているもののほとんど忘れ去ってしまってるかのようです。ぜひ議論が行われて現実へとつながると面白いですね。しかし労使ともに過半数組合の代表制を容認するような志向を見せているとすると、その点には疑問を感じます。
投稿: 希流 | 2024年1月20日 (土) 15時20分
労働組合と労働者代表制は、そもそも全く別物ではないのか、という
疑義もあるように思います。
> ある時期までは確かに、労働組合が民主主義の学校だという議論があったのです。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-7489.html
民主主義というのは、主に「内部の利害を調整する仕方」ですけれど、
労働組合に内部の利害調整が全く不要という訳ではないのでしょうが、
主な役割は「労働者の待遇の向上」であり、利害調整の側面はかなり
小さい、と思います。ところが、一方では、同じ仕事をしている者が
より集まって、その仕事の待遇を上げる、という元来の労働組合では
なく、企業別労働組合の場合は、同一企業に勤める者の間での利害の
調整という側面も期待される、ということがあったのかもしれません。
投稿: とお | 2024年1月20日 (土) 17時37分
日本的賃金が単なる年齢ではなく、勤続年数も大きく加味されるのは、同一企業内の利害調整だからだし、
サボってる同僚の待遇を下げろと、日本的社員が義憤に駆られるのも、社員同士の利害調整なのでしょう。
> おれたちは一体いままで粒粒辛苦して、やっとこの地位になったんだ、これをおびやかすようなことをやってもらっては困るという気持ちが強い。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2023/02/post-95230e.html
> 「会社に飼い慣らされ思考停止した『社畜』のアルバイト版」であるバ畜の問題を(皮肉たっぷりに)とりあげています。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2024/01/post-1e0e15.html
投稿: かん | 2024年1月21日 (日) 09時07分
労働弁護団がこの提言を批判する幹事長談話を公表していますが、労使協創協議制については全く触れていません。ブログの最後で触れられていますが、連合の提案する労働者代表法制と共通する提案であるがゆえに批判しないのかと思いました。少数派組合がまだかなり存在しているはずの左派系からすると問題ある労働者代表制の提案だと考えられますが、労働弁護団がこの点に一切触れることができないのは連合への配慮ゆえでしょうか。仕方のないことではありますが。
投稿: 希流 | 2024年1月29日 (月) 09時37分