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2023年11月 6日 (月)

視点・論点で「家政婦は「家事使用人」ではなかった」放送

本日のお昼、Eテレで視点・論点「家政婦は「家事使用人」ではなかった」が放送されました。
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https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/489102.html

昨年9月29日、東京地方裁判所のある判決が注目を集めました。家政婦の女性が寝たきり老人の介護と家事で1週間泊まり込みで働いた後、心疾患で死亡したのです。7日間の労働時間は、介護は31.5時間、家事は101.5時間でした。月換算すれば過労死基準を充足します。夫は労災補償を請求しましたが、不支給となりました。
その理由は「家政婦は家事使用人だから」というものでした。夫は裁判に訴えましたが、裁判所も同じ結論でした。

確かに、労働基準法第116条第2項には「この法律は、同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については、適用しない」と書かれています。家事使用人に労働基準法や労災保険法は適用されません。しかしながら、家政婦は本当に家事使用人なのでしょうか?誰も疑問を呈さなかったこの問題に、私は疑問を持ちました。

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というのも、今から76年前の1947年9月に労働基準法が施行されたときには、確かに家事使用人の適用除外規定は存在しましたが、それと並んで「派出婦会の派出の事業」が適用事業として明記されていたからです。派出婦とは、家政婦、付添婦など、まさに介護・家事を担う労働者のことです。その源流は、今から105年前の1918年に、東京市四谷区で大和俊子さんという方が始めた事業で、夫の出勤後暇な主婦が他の家庭で主婦代わりに働くシェアリングエコノミーとして始まったのです。当時、『婦人之友』を主宰する羽仁もと子が絶賛し、同業者が続々参入して、瞬く間に女中代わりに使われるようになりました。
これに対し、家事使用人とは本来女中のことでした。しかし、封建的家父長的な雇傭関係を嫌がって、1930年代には、女中になりたいという女性が減少し、女中払底が世間の話題になりました。当時のノンフィクションや小説には、そうした姿が多く描かれています。派出婦は彼女ら女中にとって憧れの存在だったのです。
一方戦前には、やくざまがいの人夫供給業がはびこっていました。何々組の親分が、監獄部屋といわれる劣悪な宿舎に労働者を押し込め、厳しい肉体労働の報酬から何重にもピンハネし、借金漬けにして、徹底的に搾取する悪辣な事業です。当時の行政官は、「こんな連中は速やかに殲滅すべきだ」とまで批判していました。

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そうした中で、1938年に職業紹介法が改正され、新たに労務供給事業が許可制の下に置かれることになりました。その中身は、ほぼ6割が人夫、雑役、職夫といった男性型肉体労働、約4割が家政婦、付添婦、看護婦といった女性型対人サービス労働でした。いわば、殲滅すべき悪逆無道の人夫供給業と、女中にとって憧れの的であった派出婦会とを、同一の規制枠組に放り込むものだったのです。
終戦後の1947年12月に施行された職業安定法は、この労働者供給事業を全面禁止しました。当時のGHQの担当官コレット氏は、これを日本の民主化のための大改革だと考えていました。悪辣な人夫供給業についてはその通りです。しかし、これによってそれまでまっとうに運営され、女中の憧れの的であった派出婦会も一緒に非合法化されてしまったのです。とはいえ、家政婦や付添婦を求める社会の需要を満たさなければなりません。そこで政府は、職業安定法で認められた有料職業紹介事業に「家政婦」を入れ込みました。これにより、それまで派出婦会に所属していた家政婦は、一般家庭に直接雇われているということになってしまったのです。
その3か月前に施行されていた労働基準法では、まだ派出婦会が合法の存在であったので、「派出婦会の派出の事業」が適用事業に明記されていたのですが、その数か月後には「派出婦会」は違法の存在になり、家政婦は家事使用人扱いされてしまうようになったのです。しかし、本来家政婦は女中と異なり、家事使用人ではありません。労働基準法の制定経緯からしてもそうですし、政府が5年ごとに実施してきた国勢調査でも両者は別の存在です。家事使用人は、国勢調査では親族と並んで「住込みの雇人」として雇い主の世帯の一員として計上されますが、家政婦は別の世帯に属するからです。女中は女中部屋に住み込んでいる世帯員であり、そこが住所ですが、家政婦は(泊まり込みはあっても)「住み込みの雇人」ではありません。過労死した方は夫と夫婦世帯ですし、テレビドラマの「家政婦は見た」に出てくる市原悦子演ずる家政婦は紹介所の自室で猫と同居していました。
職業安定法によって、家政婦は派出婦会ではなく一般家庭が雇い主だということにされましたが、それは現実の姿とはかけ離れていました。

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職業紹介事業というのは、求人者と求職者をその都度マッチングして手数料をもらえばそれきりのはずですが、現実の家政婦紹介所は家政婦たちを宿舎に住まわせ、注文を受けては家庭に派遣し、終われば紹介所に戻ってくるという仕組みです。まさに戦前の労務供給事業であり、1985年に解禁された労働者派遣事業そのものです。ところが、一般家庭が雇い主であって紹介所は使用者ではないという虚構を維持するために、たとえば1992年の介護労働法では、なぜか紹介所に求職者に対する福祉増進措置が義務付けられています。
家事使用人扱いされたために労災保険が適用されなくなった家政婦のために、政府は労災保険の特別加入という制度を用意しました。建設業の一人親方のように、現場で作業を行う自営業者のための制度に、れっきとした雇われている労働者を入れ込むこと自体がおかしな話です。さらに、その保険料をだれが払っているのかというと、家政婦紹介所が紹介手数料に上乗せして一般家庭に請求しているのです。つまり、法律上の使用者である一般家庭が負担し、実質的使用者である紹介所が納入しているというわけです。何というねじれた制度でしょうか。実際加入率は高くありません。
さて、昨年の家政婦過労死事件判決を受けて、NPO法人POSSEは、ネット上で「家事労働者に労基法・労災保険の適用を! 1週間・24時間拘束労働で亡くなった高齢女性の過労死を認定してください!」というオンライン署名運動を展開しています。加藤前厚生労働大臣も、必要であれば労働基準法改正も検討すると表明しています。しかし、労働基準法第116条第2項を削除しただけでは、家事使用人とされている家政婦に労働基準法と労災保険法は適用されません。

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なぜなら、労働基準法第9条は「労働者」を「事業に使用される者」と定義し、「使用者」を「事業主又は事業の経営担当者」等と定義しているからです。「事業」でなければ、労働基準法は適用できません。その実態に反して一般家庭を雇い主とし続けている限り、労働基準法と労災保険法は適用できないのです。
労働基準法制定時の「派出婦会の派出の事業」を正面から認めない限り、紹介所という第三者によるその都度の紹介行為だという虚構を維持し続けている限り、彼女たちが救われることはありません。長年の虚構を捨て、家事・介護の労働者派遣事業であると正面から認めることが、彼女たちを救う唯一の道なのです。

 

 

 

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