最低賃金の日給と時給@『労基旬報』2023年10月25日号
『労基旬報』2023年10月25日号に「最低賃金の日給と時給」を寄稿しました。
今年2023年は、最も高い東京都の地域最低賃金が1113円、最低の岩手県が893円となり、全国加重平均は1004円と初めて千円を超えました。さらに岸田首相が8月の新しい資本主義実現会議で、2030年代半ばまでに全国加重平均1500円を目指すと発言したことも話題を呼んでいます。しかしこの最低賃金が千円とか千五百円というのは、今から半世紀前にも飛び交っていた数字です。もちろん、時給ではありません。当時の最低賃金は日給建て表示だったのです。労働省/厚生労働省の『最低賃金決定要覧』各年度版によって過去半世紀の地域最低賃金の推移を見ると、日給表示が原則で、括弧書きで短時間労働者用に時給表示が附記されるという形でした。その後日給表示と時給表示が併記されるようになり、21世紀に入って日給表示が廃止されて時給表示のみとなったことがわかります。というか、今から半世紀前の1973年というのは、最低賃金はそれまでの業者間協定方式の流れを汲む産業別最低賃金が中心であって、ようやくすべての都道府県で地域最低賃金が設定されたのは1975年度からです。たとえば1973年度には東京都も大阪府は入っていません。この表で、最高値の欄はほとんど東京都ですが、初期には大阪府の方が若干高かったことがあります(正確には、日給表示では大阪が高く、時給表示では東京が高かった)。一方最低値の欄は、近年はほぼ沖縄県ですが、初期には東北諸県や鹿児島県のこともあり、直近の2023年度は岩手県でした。
年度
日給表示 時給表示 最高値 全国加重平均 最低値 最高値 全国加重平均 最低値 1973 1120 910 140 114 1974 1450 1015 181.25 127 1975 2064 1650 260 205 1976 2264 1900 310 237.5 1977 2481 2086 345 261 1978 2636 2226 365 279 1979 2796 2372 382 297 1980 2991 2541 405 318 1981 3182 2707 422 339 1982 3352 2858 442 358 1983 3458 2951 452 369 1984 3564 3357 3044 463 423 381 1985 3691 3478 3155 477 438 395 1986 3801 3583 3251 488 451 407 1987 3884 3666 3323 497 461 416 1988 4000 3776 3424 508 474 428 1989 4160 3928 3564 525 492 446 1990 4357 4117 3738 548 516 468 1991 4570 4319 3923 575 541 491 1992 4762 4501 4090 601 565 512 1993 4910 4644 4220 620 583 528 1994 5028 4757 4322 634 597 541 1995 5144 4866 4424 650 611 554 1996 5252 4965 4521 664 623 566 1997 5368 5075 4625 679 637 579 1998 5465 5167 4713 692 649 590 1999 5514 5213 4757 698 654 595 2000 5559 5256 4795 703 659 600 2001 5597 5292 4829 708 664 604 2002 708 664 604 2003 708 664 605 2004 710 665 606 2005 714 668 608 2006 719 673 610 2007 739 687 618 2008 766 703 627 2009 791 713 629 2010 821 730 642 2011 837 737 645 2012 850 749 653 2013 869 764 664 2014 888 780 677 2015 907 798 693 2016 932 823 714 2017 958 848 737 2018 985 874 762 2019 1013 901 790 2020 1013 902 792 2021 1041 930 820 2022 1072 961 853 2023 1113 1004 893 さて、ではなぜ2002年度から日給表示が消えてしまったのでしょうか。これは、2000年12月15日の中央最低賃金審議会目安制度のあり方に関する全員協議会報告で打ち出されたものなのです。ただ、その考え方は既に1981年7月29日の中央最低賃金審議会答申「最低賃金額の決定の前提となる基本的事項に関する考え方について」において示されていました。すなわち、そこでは「表示単位としては、賃金支払形態、所定労働時間などの異なる労働者についての最低賃金適用上の公平の点から、将来の方向としては時間額のみの表示が望ましいが、当面は、現行の日額、時間額併設方式を継続する」とされていました。それから約20年経って、日給表示をやめてしまう際には、次のようにやや詳しくその理由が説明されています。・・・しかしながら、昭和56年から約20年を経過した今日、就業形態の多様化はさらに進展しており、パートタイム労働者の比率は、昭和56年の10.2%から平成11年には21.8%と倍加するなど、賃金支払形態が時間給である者は増加し、また、一日の所定労働時間の異なる労働者が増え、そのばらつきは増加傾向にある。さらに、実際に最低賃金の影響を受ける労働者の就業実態を見ると、主に賃金支払形態が時間給のパートタイム労働者が多くなっている状況にある。従って、このような経済社会情勢の変化の方向性を見据え、最低賃金運用上の公平の観点及び実情を踏まえれば、表示単位期間については、現行の日額・時間額併用方式から時間額単独方式へ一本化することが適当である。最低賃金法制定の歴史をたどると、それが中卒労働者の初任給の規制を念頭に置いたものから始まったことがわかります。つまり正規労働者層の最低限を下支えするものという位置づけであったわけです。ところが、次第にパート、アルバイトなどの時間給による非正規労働者が拡大してくるとともに、正規労働者の初任給は最低賃金よりも遙かに上方に位置するようになり、最低賃金によって直接左右されるのは主として非正規労働者層の方になり、その結果日給表示はあまり意味のないものとなっていき、時給表示の方が適切だと意識されるようになってきたということでしょう。ところが、過去十数年間にわたって地域最低賃金が大幅に引き上げられてきたことから、近年正規労働者の初任給が最低賃金に追いつかれるという現象が起こっているようです。連合集計による2023年春闘結果では、基幹的労働者の定義を定めている場合の企業内最低賃金協定の妥結・回答額は、単純平均で月額17万2339円、時間額で1068円であり、基幹的労働者の定義を定めていない場合は、平均で月額17万937円、時間額は1000円だったそうです。時代が一回りし、最低賃金が正規労働者の最低限であった時代に逆戻りしつつあるのかも知れません。そうすると、専ら非正規労働者用ということで時給表示に一本化してしまったことについても、改めて見直す必要が出てくる可能性もあるかも知れません。
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