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2023年9月22日 (金)

欧州労使協議会指令の改正に向けた動向@『労基旬報』2023年9月25日

『労基旬報』2023年9月25日に「欧州労使協議会指令の改正に向けた動向」を寄稿しました。

 今年(2023年)に入ってから、2月2日に欧州議会が欧州労使協議会指令の改正提案を含む欧州委員会への勧告を決議し、4月11日に欧州委員会がEUレベル労使団体への第1次協議を開始し、7月26日には第2次協議に進むという風に、同指令の改正に向けた立法の動きが加速化しています。今回はこの指令のこれまでの歴史を概観するとともに、今回の改正に向けた動向を概説したいと思います。
 EUの欧州労使協議会指令は、長期にわたる労使間及び加盟国間の鬩ぎ合いの結果、いまから30年近く前の1994年9月に成立したEU労使関係法制の要石ですが、その鬩ぎ合いの副産物として異様に複雑怪奇な仕組みとなってしまいました。指令の適用対象は、EU全域で1000人以上かつ2以上の国で各150人以上雇用する多国籍企業ですが、設立手続として本則の特別交渉組織による自発的設立のほかに、経営側が6か月交渉に応じないか労使が3年間合意しない場合に附則の補完的要件に基づいて強制設立されるというムチの規定、そして指令の施行日(1996年9月22日)までに欧州労使協議会に相当する協定を結んだ場合には指令を適用しないというアメの規定がありました。これはつまり、先行して労使協議会みたいなものを作っておけば、指令の細かい規定に拘束されずに済むというもので、30年近く経った現在でも大部分はこのレガシー協定です。
 同指令は2009年5月に改正されていますが、文言整理のための「recast(再制定)」指令と位置づけられており、あまり内容に関わる改正はありません。ただ、1994年指令が特別交渉組織について「自ら選択した専門家の援助」とのみ規定していたのが、「権限ある認知されたEUレベル労働組合組織を含む」と明記され、さらに「かかる専門家及び労働組合代表は特別交渉組織の依頼により諮問的地位をもって、交渉会合に出席することができる」と付け加えられました。これが現行の欧州労使協議会指令です。
 今回の動きの出発点は、欧州労連が2014年10月に採択した「職場のさらなる民主主義のための新たな枠組に向けて」という決議です。これは、情報提供と協議に加えて役員会レベルの労働者参加までをEU指令で規定すべきというものでした。欧州議会は2021年12月16日の決議「職場の民主主義:被用者の参加権の欧州枠組及び欧州労使協議会指令改正」において、下請連鎖やフランチャイズを含めたあらゆる欧州企業における情報提供、協議及び参加の枠組を導入するとともに、先行設立企業の適用除外(レガシー協定)を終わらせることを求めました。その後、欧州議会は2023年2月2日の決議「欧州労使協議会指令の改正に関する欧州委員会への勧告」において、同指令案の改正案を勧告として添付しつつ、2024年1月31日までに指令改正案を提案するように求めました。具体的には、情報提供と協議がされるべき「国境を超えた事項」概念の拡大、「協議」の定義を修正して欧州労使協議会の意見に対して理由を附した回答を求めることやその意見が経営側によって考慮されるべきことも規定すること、情報提供と協議がなされなかった場合に企業の意思決定が保留され、2千万ユーロないし売上げの4%の罰金を科し、公共調達から排除すること、欧州労使協議会に機密事項かどうかを判断する客観的な基準を示し、企業活動を著しく阻害するとみなす情報へのアクセスを制限する際に事前の司法当局の認定を求めること、欧州労使協議会設置の交渉期間を18か月に短縮すること、そして先行設立企業の適用除外を終わらせること、などが挙げられています。今年の4月、7月と急に欧州委員会が労使団体への協議を開始したのは、これを受けてのことでした。
 4月の第1次協議文書はこれまでの本指令をめぐる経緯を長々と述べた上で、各項目ごとに現状と欧州議会の改正案を示し、最後にEU行動の必要性について問うています。これに対して欧州労連は5月22日付の回答で、欧州議会の改正提案が問題を的確に捉えていると述べ、特に情報提供・協議義務違反の場合に企業意思決定を一時的に保留する権利の提案を支持し、違反が繰り返される場合には企業意思決定を無効にすることすら提起し、このため行政ないし司法機関が無休かつ短時間で決定できるようにすべきとしています。また、労働組合の関与を特別交渉組織だけではなく欧州労使協議会の日常業務自体にも拡大するという欧州議会の提案を支持し、欧州委員会の協議文書がこの点に注意を払っていないことに不満を表明しています。機密情報規定についても欧州議会の提案を支持するとともに、このためやはり無休かつ48時間以内に決定を下せる機関が必要だとしています。欧州労使協議会設置の交渉期間については3年のままでかまわないとしつつ、特別交渉組織の設置と第1回会合のデッドラインを6か月とすべきだとしています。
 一方欧州経団連は5月25日付けの回答で、欧州労使協議会のあり方は自社のことを最もよく知る企業レベル労使に委ねるべきであり、指令改正の必要はないと強調して、欧州議会の直近の動きを批判しています。そして欧州労使協議会の発展のためには、画一的な規制強化ではなく、欧州委員会勧告や行為規範の形が望ましいと述べています。
 これらを受けて7月に出された第2次協議文書は、ほぼ欧州労連や欧州議会の提案に沿った形で、指令改正の方向性を提示しています。すなわち、①国境を超えたレベルでの労働者の情報提供と協議の権利について正当化されない相違を避けるため、すべてのEUレベル企業に一定の規則を適用し、現行の適用除外をなくすこと、②効率的かつ効果的な欧州労使協議会の設置のため、被用者による設置要求後の手続を簡素化し、交渉期間中の不必要な遅延や被用者側資源の不足のリスクを解消すること、③欧州労使協議会の情報提供・協議の手続をより効果的にするため、「国境を超えた事項」概念の明確化、機密事項や非開示条項の明確化、欧州労使協議会運営経費に関する規則の強化、④指令のより効果的な施行のため、特別交渉組織や欧州労使協議会の被用者代表による行政・司法手続へのアクセスの改善、などです。
 ここから、恐らく本年中に提案されるであろう欧州労使協議会指令の改正案の内容がほぼ透けて見えます。すなわち、まず1994年指令以来の先行設立企業の適用除外の段階的廃止です。ただし、既に改正指令の要件を充たしているものは経過措置で維持するようです。また企業グループにおける「支配企業」概念について、構造的には独立の企業だが契約上の取決めによって他企業の運営に影響を及ぼすものにも拡大することを示唆しています。
 特別交渉組織の設置と第1回会合の明確なデッドライン(欧州労連は6か月)を設定すべきとするとともに、特別交渉組織の法的援助に係る経費も経営中枢が負担すべきこと等の明確化も示されています。なお、欧州労使協議会の男女バランスのため、より少ない性の代表を増やすような仕組みを考慮すべきとも述べています。
 「国境を超えた事項」概念については、欧州議会勧告が「潜在的効果」を有するものに拡大するとしているのに対し、欧州委員会は「精査する」と述べるにとどまっています。「協議」概念については、欧州労使協議会の意見に対して理由を附した回答を求めるという欧州議会勧告の考え方を示しつつ、国内法や慣行との整合性にも言及しています。欧州労使協議会の利用できる資源については、基本的には経営中枢と被用者代表の決めるべき事トしつつ、専門家、訓練、法的助言及び訴訟の費用についてはより詳細を明確化することが必要としています。機密事項に関しては、欧州労使協議会が共有した機密情報を国レベルや地域レベルの労使協議会で機密保護ルールに従いつつ共有することを促進しうること、共有した機密情報の保秘義務の期間を特定すること、関係情報の開示が企業運営に深刻な被害をもたらすかどうかに関する客観的な基準を示すこと、さらには、特定の情報を非開示とすること自体を事前の行政・司法の認可に係らしめるという可能性すら検討しています。
 指令による情報提供・協議義務を遵守しない場合の制裁や司法手続については、①欧州委員会勧告、②指令中に加盟国が関係規定を設けるよう定める、③指令中により具体的な規定を定める、といった選択肢を提示しています。
 このように、欧州委員会は明確に欧州労使協議会指令の改正に舵を切っており、恐らく年内にも上記内容の改正案を提案することになると思われます。
 なお、第2次協議文書附属作業文書によると、現在全欧州労使協議会1001のうち、本社が日本に所在するものは計31社となっています。一方欧州労研のデータベースで日系企業を検索すると、設置年順にホンダ、住友ゴム、ソニー、富士通、パナソニック、東芝、リコー、東レ、花王、パイオニア、キヤノン、三菱電機、トヨタ自動車、TDK、日立製作所、ブリジストン、シャープ、三洋電機、コマツ、セイコーエプソン、日産自動車、日本たばこ、AGC、ダイキン、ヤマハ、武田製薬、ユーシン、イオン、ジェイテクト、ヤンマー、ヤザキ、アサヒビール、ムサシ、NTTと34社が出てきます。設置年を見ると先行設立企業もかなりあるようです。これらには今回予定されている改正はかなりの影響を及ぼす可能性があります。

 

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