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2023年9月 3日 (日)

健康診断の源流は結核にあり

日経に「健康診断見直しへ 厚労省、女性疾患追加やX線廃止検討」という記事が載ってたので、

厚生労働省は働く人が会社で受ける健康診断の内容を見直す。女性に特有の疾患を問診に加える。結核の把握を目的に始まった胸部エックス線を廃止し、心電図は年齢が高い人のみの受診に絞るといった方向で議論する。女性就業率の上昇や疾患の変化に対応し、効果を高める。 今秋に新たな検討会を立ち上げる。・・・

そもそも職場で義務づけられてる健康診断というのは、戦時体制下の結核予防問題から始まったんだよな、という感慨が湧く人も若干いるかも知れません。

先日、『労基旬報』の6月25日号に「健康診断の労働法政策」という小文を寄稿したところですが、そこでも労働安全衛生法の健康診断の源流が陸軍軍医総監小泉親彦の結核への懸念であり、職場健康診断には最初からツベルクリン検査やX線撮影が含まれていたことを書いています。

健康診断の労働法政策

 2022年10月29,30日に開催された日本労働法学会の第139回大会は「労働安全衛生法改正の課題」というテーマで大シンポジウムを開きましたが、そこにただ一人労働法学者以外から登壇していたのが産業医科大学教授の堀江正知氏でした。「産業医制度の歴史と新たな役割」というその報告で、堀江氏は戦時体制下で作られた一般健康診断という制度が他国に例を見ない独特の制度であることに注意を促しました。
 現在労働安全衛生法第66条以下に規定されている健康診断については、我々ほぼ全てが労働者として毎年受診してきた経験を持つこともあり、違和感を感じることもないまま過ごしてきていると思われますが、その源流は堀江氏が指摘するとおり、戦時体制下の健民政策にあり、それが戦後80年近くにわたってさらに拡大発展してきたという歴史があります。本稿では、労働法学の本流からは軽視されがちな労働安全衛生法制において、日本独特の発展の方向性を根底で形作ってきたものともいうべき職場における健康診断の源流を見ていきたいと思います。
 現在の労働安全衛生法の出発点は、1911年に制定され1916年に施行された工場法の第13条ですが、これに基づき制定された省令には健康診断規定はありませんでした。現行労働安全衛生法の健康診断規定の直接の原型である規定が初めて設けられたのは、1938年の工場危害予防及衛生規則改正(昭和13年4月16日厚生省令第4号)によってです。この背景には、戦時体制が進む中で、結核対策と国民の体力向上に熱心な陸軍のイニシアティブで厚生省が設置されたことと国家総動員法が制定されたことがあります。
 厚生省が設置されたのは1938年1月11日ですが、これは支那事変が始まった盧溝橋事件から6か月を経過し、近衛文麿首相が「蒋介石政権を対手とせず」と声明した同年1月16日の直前でした。しかしその動きは陸軍省医務局長・陸軍軍医総監であった小泉親彦が1936年秋頃、国民の体力向上のため強力な衛生行政の主務官庁を作る衛生省構想を提起したことに始まります。小泉はその理由を、「全国から某師団に集まる優良なる壮丁三千五、六百名の中で約二百名が慢性の胸の疾患を有つてゐる。然し是は甲種合格である。甲種にならなかつた乙種の体格者、それから不合格者の者を合せれば、全壮丁中の過半数以上となるが、此等の不良体格者の中に、如何に多数の胸の悪い青年が存在するか想像に難くない。病気でなく、日々仕事に励むで居る青年で、口から結核菌を吐出す人が百人に付二人づゝあるのであるから、此の有疾無息の健康者が全日本にどれ位多数あるか、能く考へて見なければならぬ」と述べていました。
 そこで陸軍は、近衛文麿に対し内閣支持の条件として同構想の受入れを求めたのです。一方近衛には福祉国家構想から内務省社会局を中心とした新省設置の考えがあり、この両者を合体させて、「国民体力の向上及び国民福祉の増進を図るため」保健社会省を設置することとしたのです。ところが枢密院から、国内情勢に照らして「社会」という文字は不適当という意見が出され、書経の「正徳利用厚生」からとった「厚生」という言葉を用いることとなり、体力局、衛生局、予防局、社会局、労働局の5局プラス保険院からなる厚生省が設置されたのです。新生厚生省の中でも最重要課題とされたのは国民体力の向上でした。体力局は鋭意調査を進め、国民体力管理法案を作成して議会に提出し、1940年4月8日国民体力法として成立に至りました。同法は未成年者に対する体力検査を義務づけるとともに、同局は国民運動として健民運動を展開しました。こうした動向が、健康診断規定の導入発展の背景事情として存在していたことは重要です。
 1938年工場危害予防及衛生規則改正の主眼は、安全管理者、工場医、安全委員といった、これもまた今日の労働安全衛生法に連なる安全衛生管理体制を義務づけたことにありますが、その工場医の任務として年1回の健康診断が初めて規定されたのです。
第三十四条ノ三・・・ 
⑦工業主ハ工場医ヲシテ毎年少クトモ一回職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ
⑧前項ノ健康診断ニ関スル記録ハ三年間之ヲ保存スベシ
 工場危害予防及衛生規則は1940年10月7日に改正され、工場医の選任義務が職工500人以上から100人以上に拡張されるとともに、衛生上有害業務従事者に対する年2回の特殊健康診断(という名称ではありませんが)の規定が設けられました。
第三十四条ノ三・・・
⑦工業主ハ工場医ヲシテ毎年少クトモ一回職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ
⑧工業主ハ瓦斯、蒸気又ハ粉塵ヲ発散シ其ノ他衛生上有害ナル業務ニ従事スル職工ニ付テハ工場医ヲシテ毎年少クトモ二回健康診断ヲ為サシムベシ
⑨其ノ年ニ於テ国民体力法ノ体力検査ヲ受ケタル者ニ付テハ一回ヲ限リ前二項ノ規定ニ依ル健康診断ハ之ヲ為サシメザルコトヲ得此ノ場合ニ於テハ国民体力法ニ基キ体力検査ヲ行ヒタル工業主以外ノ工業主ハ国民体力法ノ体力検査票又ハ精密検診票ノ写ヲ作製スベシ
⑩前三項ノ健康診断ニ関スル記録又ハ体力検査票若ハ精密検診票ノ写ハ三年間之ヲ保存スベシ
 このように創設拡充されてきた健康診断規定が、大東亜戦争中の1942年に大きく再編拡充されましたが、これは規定の置かれる省令がそれまでの工場危害予防及衛生規則から工場法施行規則に移行する形を取りました。それまでは安全衛生管理体制の一環として工場医の任務という位置づけであったのが、正面から工業主が職工に対して実施すべき義務として位置づけられたわけです。
第八条 工業主職工ヲ雇入レタルトキハ雇入後三十日以内ニ医師ヲシテ其ノ職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ但シ厚生大臣ノ指定スル健康診断ヲ受ケ三月ヲ経過セザル者ヲ雇入レタルトキハ此ノ限ニ在ラズ
第八条ノ二 工業主ハ医師ヲシテ毎年少クトモ一回職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ
②瓦斯、蒸気又ハ粉塵ヲ発散シ其ノ他衛生上有害ナル業務ニ従事スル職工ニ付テハ前項ノ健康診断ハ毎年少クトモ二回之ヲ為サシムベシ
③其ノ年ニ於テ前条ノ規定ニ依ル健康診断又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ヲ受ケタル者ニ付テハ其ノ受ケタル回数ニ応ジ前二項ノ規定ニ依ル健康診断ハ之ヲ為サシメザルコトヲ得
第八条ノ三 前二条ノ健康診断ニ於テハ左ノ項目ニ付計測、検査又ハ検診ヲ行フベシ但シ其ノ年二回以上ノ健康診断ヲ行フ場合ニ於テハ身長、体重及胸囲ノ測定並ニ視力、色神及聴力ノ検査ハ之ヲ一回行フヲ以テ足ル
一 身長、体重、胸囲
二 視力、色神、聴力
三 感覚器、呼吸器、循環器、消化器、神経系其ノ他ノ臨床医学的検査
四 「ツベルクリン」皮内反応検査
②前項第四号ノ検査ハ其ノ反応陽性ナルコト明カナルモノニ付テハ之ヲ省略スルコトヲ得
③「ツベルクリン」皮内反応ガ陽性若ハ疑陽性ノ者又ハ医師ニ於テ必要ト認ムル者ニ付テハ「エツクス」線間接撮影又ハ「エツクス」線透視ヲ行フベシ
④ 前項ノ検査ニ依リ結核性病変又ハ其ノ疑ヲ認ムル者ニ付テハ「エツクス」線直接撮影赤血球沈降速度検査及喀痰検査ヲ行フベシ
⑤地方長官ハ前二項ノ検査ノ実施ヲ困難トスル工場ニ付テハ之ヲ免除スルコトヲ得
⑥業務ノ種類又ハ作業ノ状態ニ依リ厚生大臣必要アリト認ムルトキハ第一項、第三項及第四項以外ノ項目ニ付テモ検査ヲ行ハシムルコトヲ得
第八条ノ四 工業主第八条又ハ第八条ノ二ノ規定ニ依リ職工ノ健康診断ヲ為サシメタルトキハ健康診断ノ結果ニ関スル記録ヲ作成スベシ
②第八条ノ二第三項ノ規定ニ依リ健康診断ヲ為サシメザリシ場合ニ於テハ工業主ハ国民体力法ノ体力検査ノ体力検査票若ハ精密検診票又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ノ結果ニ関スル記録ノ写ヲ作成スベシ
③前二項ノ規定ニ依ル健康診断ノ結果ニ関スル記録、体力検査票若ハ精密検診票ノ写又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ノ結果ニ関スル記録ノ写ハ各三年間之ヲ保存スベシ
第八条ノ五 工業主ハ職工ノ健康診断ノ結果注意ヲ要スト認メラレタル者ニ付テハ医師ノ意見ヲ徴シ療養ノ指示、就業ノ場所又ハ業務ノ転換、就業時間ノ短縮、休憩時間ノ増加、健康状態ノ監視其ノ他健康保護上必要ナル処置ヲ執ルベシ
第八条ノ六 工業主ハ毎年一回第八条又ハ第八条ノ二第一項若ハ第二項ノ規定ニ依ル健康診断ノ結果(第八条ノ二第三項ノ規定ニ依リ健康診断ヲ為サシメザリシ者ニ付テハ体力検査又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ノ結果)ヲ様式第七号ニ依リ地方長官ニ報告スベシ
第八条ノ七 工業主其ノ他健康診断ノ事務ニ従事シ又ハ従事シタル者ハ其ノ職務上知リ得タル職工ノ秘密ヲ故ナク漏洩スベカラズ
第二七条ノ二 第八条ノ七ノ規定ニ違反シタル者(工業主ヲ除ク)ハ百円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス
②前項ノ罪ハ告訴ヲ待テ之ヲ論ズ
 この改正により、健康診断を実施する義務は工場医選任義務のある職工100人以上工場だけではなく、工場法の適用される職工10人以上工場の工業主に課せられます。それゆえ、健康診断を担当するのは工場医に限らない「医師」とされています。また、年1回の定期健康診断と年2回の特殊健康診断に加えて、雇入時の健康診断も義務づけられました。さらに、検査項目にもツベルクリン検査やエックス線撮影など結核対策が前面に打ち出されています。この前年の1941年7月18日、陸軍軍医中将の小泉親彦は第3次近衛文麿内閣で厚生大臣に就任しており、同年10月18日の東条英機内閣でも留任して、1944年7月18日の総辞職までその職を務めました。この省令改正は、「結核は亡国病である」という小泉の信念を実現しようとするものであったと言えましょう。

 

 

 

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コメント

情報公開の分野の答申を見ているオタクです。
兵庫県( https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk33/pa14_000000063.html )、愛媛県( https://www.pref.ehime.jp/h12200/jyouhoukoukai/koukai.html#koukai6 )、岐阜県( https://www.pref.gifu.lg.jp/page/4406.html )、石川県( https://www.pref.ishikawa.lg.jp/joho/koukai/toshin3.html )でちょうど同じようなテーマの答申が挙がっていて知ったんですけど、
感染症法施行規則第27条の5第1項の「法第五十三条の二の規定によって行った定期の健康診断及び法第五十三条の四の規定によって診断書その他の文書の提出を受けた健康診断について、次に掲げる事項を、一月ごとに取りまとめ、翌月の十日までに、」と安衛則第52条の「第四十四条又は第四十五条の健康診断(定期のものに限る。)を行つたときは、遅滞なく」で違いがあって面白いですし、自治体自身も実際それほど厳格に守っていないのもそれほどでもないんかなあと思っちゃいます。

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