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2023年9月

2023年9月29日 (金)

西村純子・池田心豪編著『社会学で考えるライフ&キャリア』

9784502464010_430 最近、社会学者といえば現実を知らない空理空論を並べる奴みたいな妙な印象操作が流行っている一方で、マックス・ウェーバーも読まないで云々とやたらに高邁なことをぶつ御仁もこれあり、まことに困ったことじゃのうと思っておられる方々も多いのではないかと拝察しますが、いやいや社会学というのはまさに現実社会と真正面に向き合って、その内在的論理を掴もうとするものなんだということを、大変わかりやすく解説してくれる本がこれです。

社会学で考えるライフ&キャリア

オビにも「今こそ社会学は役に立つ」とありますが、「はじめに」の冒頭でも、

https://www.biz-book.jp/book_data/browse/978-4-502-46401-0/index.html?pNo=2

社会学を勉強しておくと、卒業後の人生を歩んでいくうえで大いに役に立ちますよ、これが本書のメッセージです。・・・

と、大学生向けに宣伝していますね。

目次は下にコピペしておきますが、各章の冒頭にイントロとしていろんな会話みたいなのが置かれていて、第4章の「なぜ就活しないといけないのか」(福井康貴さん執筆)では、こういうやや作ったような先輩と後輩の会話から始まります。

後輩A「わたし、大学を卒業したら世界を放浪して、それから世界を変えるような仕事をしたいんですよ!」

先輩A「何を夢みたいなこと言ってるの。就活の時期を逃したら人生台無しだぜ?」

先輩B「そうそう。日本の会社はね、本音では出る杭を求めていないのよ」

後輩B「やっぱり学生のうちに就活しないといけないんですか?」

先輩A「世の中には2種類の人間しかいない。新卒かそれ以外かだ」

先輩B「履歴書に空白があるとまずいって聞くね」

後輩A「そんなのおかしくないですか?大事なのは仕事ができるかですよね。履歴書に空白があると何かまずいんですか?」

先輩A「会社の人に言ってくれよ。俺に言われても困る」

先輩B「夏休みに行けばいいじゃない。それから休学したら」

後輩B「そういう先輩たちはどんな仕事をするんですか」

先輩A・B「まだ決まってない」

後輩A「決まっていない?就活は終わったんですよね?」

先輩A「お前は何も知らないんだな・・・。あのな、日本の会社では仕事は上が決めるの。俺たちは配属先で頑張るわけ」

後輩B「日本は就職ではなく就社だってどこかで読んだことがあります」

先輩A「まあ、そんな感じかな。職業を選ぶんじゃなくて会社を選ぶわけだから」・・・

この様に労働社会学、教育社会学のネタが(わざと)てんこもりで、これらを一つ一つ解説していくわけです。それは世間知らずの大学生には「役に立ちます」ね。

こういう調子で、仕事と生活に焦点を合わせた全14章でまともな社会学をするっと勉強できます。

はじめに
プロローグ やりたいことが見つからない? 池田心豪/西村純子
イントロダクション
1 今という時代を生きる
2 産業化の帰結―安定型ライフ&キャリアの社会的背景
3 多様化の模索―ライフ&キャリアのニューウェーブ
4 変化の時代を生きる
ブックガイド

◀第1部 現代社会で人生を歩むということ▶
第1章 資本主義社会日本で働くということ 山下 充
イントロダクション
1 日本の資本主義社会で働くということ
2 日本的雇用慣行の形成(黎明期:1945年-1950年代)
3 雇用システムの形成(1960年代-1980年代)
4 経営環境の変化と雇用システムの転換
(1990年代-2020年代)
ブックガイド
第2章 福祉社会日本で生きるということ 山下 充/池田心豪
イントロダクション
1 誰と助け合って生きていくか
2 日本における社会保障・社会福祉の形成(戦前から高度成長期まで)
3 リスク社会を生きる
4 縮小する福祉社会を生きる
ブックガイド
第3章 階層社会日本で生きるということ 竹ノ下弘久
イントロダクション
1 格差社会とライフコース
2 社会階層論の基本的な考え方
3 高度経済成長期と社会階層
4 近年の階層構造の変化
5 階層構造の変化とライフコース
ブックガイド

◀第2部 就職して「社会人」になるということ▶
第4章 なぜ就活をしないといけないのか 福井康貴
イントロダクション
1 新卒一括定期採用という謎
2 日本型雇用システムと大衆教育社会
3 「失われた20年」と新卒採用
4 横並び型「シューカツ」のゆくえ
ブックガイド
第5章 異動や昇進はしなくてはいけないのか 佐野嘉秀
イントロダクション
1 昇進・異動をめぐる企業と人
2 長期雇用と昇進・異動
3 昇進・異動の変化と企業内キャリア
4 昇進・異動とキャリアの選択
ブックガイド
第6章 転職・独立という選択肢 福井康貴
イントロダクション
1 会社を辞めるという選択
2 高度経済成長期の転職と自営業
3 安定成長期以降の転職と自営業
4 これからの転職と独立
ブックガイド
第7章 ずっとパート・アルバイトではいけないのか 佐野嘉秀
イントロダクション
1 非典型雇用と非正社員
2 正社員と非正社員
3 雇用システムと非正社員の基幹化
4 正社員と非正社員のキャリアのちがい
ブックガイド
第8章 なぜ貧困は生きづらさにつながるのか 森山智彦
イントロダクション
1 日本に貧困はあるのか
2 こうして貧困から抜け出した―戦後からバブル期までの日本の貧困
3 こうして貧困がまた生まれた―バブル崩壊から現代までの日本の貧困
4 貧困にどう立ち向かうのか
ブックガイド
第9章 地域に密着して働くことは楽しい? 土居洋平
イントロダクション
1 地方移住やコミュニティへの注目の高まり
2 拡大と成長の時代―都市で働くことを通じて自己を実現する時代
3 拡大と成長の時代の終焉―自己実現の場はどこか?
4 おわりに―何のために働くのか
ブックガイド

◀第3部 「普通の人生」はあるのか▶
第10章 未婚のままでいることは気楽か 大風 薫
イントロダクション
1 未婚期間の長期化と親子関係の変化・リスク
2 結婚適齢期からの解放とパラサイト生活
3 重なり合う親子のライフコースとキャリア選択
4 リスク社会における個人の自立と格差
ブックガイド
第11章 結婚は幸せか 西村純子
イントロダクション
1 近世の結婚から「近代家族」へ
2 「結婚=幸せ」の時代
―高度経済成長期から1980年代ごろまで
3 「結婚=幸せ」への疑問
4 これからの結婚を考える
ブックガイド
第12章 親になるということ 三部倫子
イントロダクション
1 「母親らしさ」「父親らしさ」って何?
2 出産と子育てのための(異性)結婚
3 女性カップルの子育て
4 親になることの多様性
ブックガイド
第13章 ひとり親として日本社会をどう生きるか 藤間公太
イントロダクション
1 はじめに
2 ひとり親家庭を「例外」とする日本社会
3 ひとり親家庭が経験する困難
4 離婚を「不幸」につなげない社会を作るために
ブックガイド
第14章 働きながら親の介護をすること 池田心豪
イントロダクション
1 年老いた親の介護は誰が担うのか
2 女性にとっての介護問題
3 多様化する介護問題
4 柔軟な発想で介護に対応することが重要
ブックガイド
エピローグ ライフ&キャリアはいつまで続くのか 池田心豪/西村純子
イントロダクション
1 人生100年時代のライフ&キャリア
2 定年退職からライフ&キャリアを考える
3 超高齢社会のライフ&キャリア
4 年齢にとらわれないライフ&キャリアは可能か
ブックガイド
索 引 

 

 

トラック運転手の賃上げのための法制化?

Ki 昨日、岸田首相が斉藤国交相、矢田稚子補佐官を連れて運送会社を視察し、トラック運転手の賃上げのための法制化をするというようなことを喋ったようです。

ドライバー負担減、来週に緊急対策 首相、経済対策に盛り込む方針

岸田文雄首相は28日、トラック運転手の負担減や人手不足解消に向けた緊急対策を来週の関係閣僚会議で取りまとめる考えを示した。10月中にまとめる経済対策に具体策を盛り込む。政府は運転手の賃上げを進めるため、来年以降の法改正をめざす方針だ。・・・

その来週の緊急対策というのを見ないと詳細はわかりませんが、先日の建設業のに続き、産業政策としての賃上げ政策というのが次々に出てくるようです。

本当はここで、産業別最低賃金というのがあるはずだとか、労働協約の一般的拘束力制度ってのもあるぞ、と言いたいところですが、なかなか実態がそういうことが言えるような水準でないので、こういう話の流れになっていくのでしょう。

ちなみに、連合を揺るがせた例の矢田稚子補佐官は、しっかりこの問題に付いてきていますね。

 

 

 

 

 

 

 

2023年9月28日 (木)

連合総研ブックレット『労使関係思想から見たジョブ型・メンバーシップ型』

Miraijuku 連合総研から、ブックレットNo.20 『『連合総研「日本の未来塾」講演記録集Ⅳ(第9回~第10回)』が送られてきました。これには、わたくしの「労使関係思想から見たジョブ型・メンバーシップ型」と、岩田一政さんの「新しい資本主義:Wellbeing Capitalism」が収録されています。

わたしの発言録自体は、既に連合総研のHPにアップされていますので、それと同じです。

「労使関係思想から見たジョブ型・メンバーシップ型

 

 

 

男性の育児休業取得率 17.13%@『労務事情』2023年10月1日号

B20231001 『労務事情』2023年10月1日号に「男性の育児休業取得率 17.13%」を寄稿しました。

◎数字から読む 日本の雇用 濱口桂一郎 第17回 男性の育児休業取得率 17.13%

 かつて本誌に「気になる数字」を連載していた頃、2017年8月1/15日号に「「男性の育児休業取得率3.16%」を執筆しました。2016年度に男性の育児休業取得率が始めて3%を超えたと話題になっていた頃です。それから6年経った2022年度には、男性の育児休業取得率は17.13%と激増しています(令和4年度雇用均等基本調査)。・・・・

 

メアリー・L・グレイ、シッダールタ・スリ『ゴースト・ワーク』@労働新聞書評

71kv4jf5b0l_sl1500_ 例によって月1回の労働新聞書評、今回は メアリー・L・グレイ、シッダールタ・スリ『ゴースト・ワーク』(晶文社)です。

https://www.rodo.co.jp/column/166499/

 2018年に当時リクルートワークス研究所におられた中村天江(現連合総研主幹研究員)のインタビューを受け、日本ではジョブ型で騒いでいるが、世界ではむしろ安定したジョブが壊れてその都度のタスクベースの労働社会になるのではないかという危惧が論じられていると語ったことがある(https://www.works-i.com/column/policy/detail017.html)。
 2023年になっても状況は変わっていないが、タスク型社会の明暗をそれぞれ強調する翻訳書が出た。(日本支社はジョブ型の売り込みに余念のない)マーサー本社のジェスターサン&ブードロー『仕事の未来×組織の未来』(原題:「ジョブなきワーク」)(ダイヤモンド社)が,伝統的なジョブ型雇用社会の駄目さ加減をこれでもかと徹底批判するのに対し、今回取り上げる『ゴースト・ワーク』は、タスク型労働社会の絶望的なまでの悲惨さを、アメリカとインドの底辺労働者の現実を克明に描き出すことによって訴える。
 「ゴースト・ワーク」とは何か?世間ではAIによって多くの仕事が失われると騒ぐ声が喧しいが、失われるのはまとまった安定的なジョブであって、AIが繰り出す見事な技の背後には膨大な量の隠された人間労働があるのだ。印象的な数字がある。AIをトレーニングするためには膨大な量の画像にラベルを貼る必要がある。最初は学生たちを雇ってやらせたがそれでは作業完了には19年かかる。機械学習でやらせたが間違いが多すぎて使い物にならない。そこで、クラウドワーク大手のアマゾン・メカニカル・タークを使い、167か国4万9千人のワーカーを使って320万の画像に正確にラベル付けできたという。メカニカル・ターク(機械仕掛けのトルコ人)とは、人が中に入っていかにも機械仕掛けのように振る舞うチェス自動(実は手動)機械のことだ。なんと皮肉なことか。
 そう、人間がやってないような顔をしているAIは膨大な人間労働によって支えられているのだ。ただしそれは、一つ一つのタスクを瞬時に世界中で奪い合う苛酷な社会である。彼らは画面上でアルゴリズムに従って作業するだけで、お互いに何のつながりもない。彼らの労働の融通性とは極度の神経集中であり、自主性とは孤独とガイダンスの欠如であり、技術的不具合や善意の努力のせいで不正行為と判断されアカウントを停止され、報酬をもらえないこともしばしばだ。彼らAIを支えるゴースト・ワーカーたちを著者は「機械の中の幽霊」(ゴースト・イン・ザ・マシン)と呼ぶ。アーサー・ケストラーの有名な本のタイトルであるこの言葉が、これほどに似合う人々もいないだろう。
 著者は,2055年までには今日の全世界の雇用の6割が何らかの形のゴーストワークに変わる可能性が高いと警告する。自動化対人間労働というのは偽りの二項対立だ。ジョブという確立した社会安定装置が崩壊し、そのときそのときの見えざる「機械の中の幽霊」労働が世界を覆うだろうと。最後に著者が並べ立てる解決策には、ポータブル評価システム、ゴーストワークのサプライチェーンの責任の所在を明らかにするグッドワークコード、新たな商事改善協会としての労働組合、国民皆保険制度、そして成人労働者全員に被雇用者として基本給を支払う一種のベーシックインカムなどがある。しかし、これで未来は安心だというのはなかなかない。人間の未来は機械の中の幽霊なのだろうか。
ここには書きませんでしたが、著者の一人の名前の「シッダールタ」には、思わず「お、お釈迦さま!」と口走ってしまいました。

 

 

 

 

2023年9月27日 (水)

前浦穂高『コロナ禍の教訓をいかに生かすか』

0823104211_64e563f3232ff 前浦穂高著、全日本自治団体労働組合・衛生医療評議会監修『コロナ禍の教訓をいかに生かすか―医療従事者の働き方の変化から考える』(ぎょうせい)を、著者の前浦さんよりいただきました。

コロナ禍の教訓をいかに生かすか ―医療従事者の働き方の変化から考える

・コロナ感染者に対応した経験のある医師(5人)、看護師(8人)、救命救急士(5人)、保健師(6人)にインタビュー調査を実施し、コロナ以前からの働き方の変化、コロナ禍での苦労話などを聞き出しまとめた一冊。・インタビュー調査の結果を基に、今後の感染症対策、医療従事者を含めた地方公務員の人材確保など、次のパンデミックへの出口戦略を解説しています。

前浦さんはJILPTの研究員ですが、この調査研究はJILPTのものではなく、自治労衛生医療評議会の協力の下で独自に行ったものです。スタイルはいつもの前浦さんと同様の丁寧なヒアリングですが、最後の第7章では公務員制度の在り方について自らの考えをかなり明確に提示しています。

まえがき

第1章 はじめに
1.本書の概要
2.コロナ禍の時期区分
3.調査概要

第2章 コロナ禍における働き方の変化
1.コロナ前の医療従事者はどのような働き方をしていたのか
2.コロナ禍で職場の人員はどのような状況になったのか 
3.コロナ禍の変化にどのように対応したのか
4.小括

第3章 コロナ禍の医療従事者の苦労・職場での無理解・風評被害
1.コロナ禍の苦労にはどんなものがあるのか
2.職場での無理解にはどんなものがあるのか
3.風評被害にはどんなものがあるのか
4.小括

第4章 医療従事者の意識の変化
1.満足度はどのような変化を見せたのか
2.なぜ満足度は低下したのか
3.エピソード:満足度低下の背景
4.小括

第5章 感染リスクと離職の間(はざま)で
   ―医療従事者を支えるもの
1.医療従事者の離職の状況
2.医療従事者は何に支えられているのか
3.エピソード:医療従事者を支えるもの
4.小括

第6章 コロナ禍の課題と要望・提言
1.行政内に見られた諸問題とは何か
2.行政によるサポートのあり方の問題とは何か
3.受け入れ態勢の問題とは何か
4.コロナ禍の業務負担とは何か
5.資器材の確保に関わる問題とは何か
6.次の感染症の感染拡大に向けて何が必要か
7.小括

第7章 次の感染症の感染拡大に向けて
1.コロナ化で医療従事者の就業実態はどうなったのか
2.なぜ医療従事者は離職を選択しなかったのか
3.地方公務員の役割の大きさと業務量の変化
4.減り続ける地方公務員
5.地方公務員の人数はどのように決められるのか
6.医療従事者を含めた地方公務員確保の必要性

あとがき
刊行に寄せて

本書の読みどころの一つは、医療従事者の肉声が多く収録されているところでしょう。

ある救急救命士はこんな感慨を語っています。

【O氏】一番ピークは、真夏の暑いときに、感染防護衣を着て電話を何十件も受けていた時は、「コロナにかかった方が楽ではないか」というのはありましたね。コロナにかかって2週間か3週間休める方がいいんじゃないかということは、自分の中でちょっとありましたね。

 

 

バイデン大統領がUAWストライキに参加

もちろん選挙運動の一環なんですが、それにしても現職大統領が現在進行形のストライキに「参加」するというのは初めてのことではないかと。

Biden Joins Autoworkers on Picket Line in Michigan

President Biden grabbed a bullhorn and joined striking autoworkers in Michigan on Tuesday, becoming the first sitting president to join a picket line in an extraordinary show of support for workers demanding better wages.

バイデン大統領は火曜日、拡声器を掴むとミシガン州の自動車産業労働者のストライキに参加し、ピケットラインに加わった史上初の現職大統領となり、労働者達の賃金引上げ要求に驚くほどの支持を示した。

これは、トランプ前大統領がやってくるのを察知してその機先を制したもののようです。

He joined the workers one day before his predecessor and likely 2024 rival, former President Donald J. Trump, is scheduled to visit a nearby county and deliver remarks to current and former union members.

彼は前任者にして2014年選挙のライバルであろうトランプが近隣を訪れて組合員たちに演説する予定であった1日前に労働者に参加したのだ。

つまり、バイデンとトランプの労働者の支持の取り合いというわけです。民主党はバラモン左翼じゃねえぞ、と。

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今ごろ官邸では、どこかで賃上げ要求のストライキがあったら、岸田首相が行って「頑張ろう」くらい言わせて、へぼ野党から票をむしり取ろうかとか、誰かが相談しているかも知れないし、いないかも知れない。

 

 

 

 

健康診断の源流

希流さんが、拙著に関わってこう呟いていますが、

濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か』を読んで思わず目からウロコが落ちたかのように思わず実感させられたのは、労働者の健康診断を使用者に義務付けるのはメンバーシップ型雇用の発想だというくだり。これは本来公衆衛生の領域だという。

労働者個人の健康管理を使用者がするのは当然だと正直思い込んでいましたが、やはりこれは違うか。職場の労働安全衛生については使用者が責任を持たなければならないが、基本的に個人の健康管理を企業が行うというのはやはり違うでしょうね。有害業務とかだとまた話は違うのでしょうが。

D20230815 この日本独特の職場健康診断の問題は、昨年の日本労働法学会でも取り上げられましたが、その堀江正知さんが最近、『労働判例』のコラム「遊筆」で、次のように述べています。

 会社の定期健康診断には、医師が驚く2つの特徴がある。労働者に受診義務を課していることと、その結果が事業者に報告され保存されていることである。医師の日常は、患者への説明と同意なしには誰にも伝えられない情報で溢れている。その医療機関を選んだのは患者であり、受診するかどうかも患者の自由である。診察の強制は精神保健福祉法や麻薬取締法が規定する場合に限られるはずである。ところが、労働安全衛生法は、約6000万人の労働者に受診を強制し、その結果を他人に渡している。その理由は、科学的な合理性と国際標準ではなく、歴史的な経緯と保守的な文化である。
 1938年、国家総動員法の公布直後に、工場法の省令(工場危害予防及衛生規則)が改正され、工場医による健康診断が規定されたのが発端である。・・・・

この歴史的な経緯については、わたしも最近、『労基旬報』にやや詳しい解説を書いたことがあります。

健康診断の労働法政策@『労基旬報』2023年6月25日

 2022年10月29,30日に開催された日本労働法学会の第139回大会は「労働安全衛生法改正の課題」というテーマで大シンポジウムを開きましたが、そこにただ一人労働法学者以外から登壇していたのが産業医科大学教授の堀江正知氏でした。「産業医制度の歴史と新たな役割」というその報告で、堀江氏は戦時体制下で作られた一般健康診断という制度が他国に例を見ない独特の制度であることに注意を促しました。
 現在労働安全衛生法第66条以下に規定されている健康診断については、我々ほぼ全てが労働者として毎年受診してきた経験を持つこともあり、違和感を感じることもないまま過ごしてきていると思われますが、その源流は堀江氏が指摘するとおり、戦時体制下の健民政策にあり、それが戦後80年近くにわたってさらに拡大発展してきたという歴史があります。本稿では、労働法学の本流からは軽視されがちな労働安全衛生法制において、日本独特の発展の方向性を根底で形作ってきたものともいうべき職場における健康診断の源流を見ていきたいと思います。
 現在の労働安全衛生法の出発点は、1911年に制定され1916年に施行された工場法の第13条ですが、これに基づき制定された省令には健康診断規定はありませんでした。現行労働安全衛生法の健康診断規定の直接の原型である規定が初めて設けられたのは、1938年の工場危害予防及衛生規則改正(昭和13年4月16日厚生省令第4号)によってです。この背景には、戦時体制が進む中で、結核対策と国民の体力向上に熱心な陸軍のイニシアティブで厚生省が設置されたことと国家総動員法が制定されたことがあります。
 厚生省が設置されたのは1938年1月11日ですが、これは支那事変が始まった盧溝橋事件から6か月を経過し、近衛文麿首相が「蒋介石政権を対手とせず」と声明した同年1月16日の直前でした。しかしその動きは陸軍省医務局長・陸軍軍医総監であった小泉親彦が1936年秋頃、国民の体力向上のため強力な衛生行政の主務官庁を作る衛生省構想を提起したことに始まります。小泉はその理由を、「全国から某師団に集まる優良なる壮丁三千五、六百名の中で約二百名が慢性の胸の疾患を有つてゐる。然し是は甲種合格である。甲種にならなかつた乙種の体格者、それから不合格者の者を合せれば、全壮丁中の過半数以上となるが、此等の不良体格者の中に、如何に多数の胸の悪い青年が存在するか想像に難くない。病気でなく、日々仕事に励むで居る青年で、口から結核菌を吐出す人が百人に付二人づゝあるのであるから、此の有疾無息の健康者が全日本にどれ位多数あるか、能く考へて見なければならぬ」と述べていました。
 そこで陸軍は、近衛文麿に対し内閣支持の条件として同構想の受入れを求めたのです。一方近衛には福祉国家構想から内務省社会局を中心とした新省設置の考えがあり、この両者を合体させて、「国民体力の向上及び国民福祉の増進を図るため」保健社会省を設置することとしたのです。ところが枢密院から、国内情勢に照らして「社会」という文字は不適当という意見が出され、書経の「正徳利用厚生」からとった「厚生」という言葉を用いることとなり、体力局、衛生局、予防局、社会局、労働局の5局プラス保険院からなる厚生省が設置されたのです。新生厚生省の中でも最重要課題とされたのは国民体力の向上でした。体力局は鋭意調査を進め、国民体力管理法案を作成して議会に提出し、1940年4月8日国民体力法として成立に至りました。同法は未成年者に対する体力検査を義務づけるとともに、同局は国民運動として健民運動を展開しました。こうした動向が、健康診断規定の導入発展の背景事情として存在していたことは重要です。
 1938年工場危害予防及衛生規則改正の主眼は、安全管理者、工場医、安全委員といった、これもまた今日の労働安全衛生法に連なる安全衛生管理体制を義務づけたことにありますが、その工場医の任務として年1回の健康診断が初めて規定されたのです。
第三十四条ノ三・・・ 
⑦工業主ハ工場医ヲシテ毎年少クトモ一回職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ
⑧前項ノ健康診断ニ関スル記録ハ三年間之ヲ保存スベシ
 工場危害予防及衛生規則は1940年10月7日に改正され、工場医の選任義務が職工500人以上から100人以上に拡張されるとともに、衛生上有害業務従事者に対する年2回の特殊健康診断(という名称ではありませんが)の規定が設けられました。
第三十四条ノ三・・・
⑦工業主ハ工場医ヲシテ毎年少クトモ一回職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ
⑧工業主ハ瓦斯、蒸気又ハ粉塵ヲ発散シ其ノ他衛生上有害ナル業務ニ従事スル職工ニ付テハ工場医ヲシテ毎年少クトモ二回健康診断ヲ為サシムベシ
⑨其ノ年ニ於テ国民体力法ノ体力検査ヲ受ケタル者ニ付テハ一回ヲ限リ前二項ノ規定ニ依ル健康診断ハ之ヲ為サシメザルコトヲ得此ノ場合ニ於テハ国民体力法ニ基キ体力検査ヲ行ヒタル工業主以外ノ工業主ハ国民体力法ノ体力検査票又ハ精密検診票ノ写ヲ作製スベシ
⑩前三項ノ健康診断ニ関スル記録又ハ体力検査票若ハ精密検診票ノ写ハ三年間之ヲ保存スベシ
 このように創設拡充されてきた健康診断規定が、大東亜戦争中の1942年に大きく再編拡充されましたが、これは規定の置かれる省令がそれまでの工場危害予防及衛生規則から工場法施行規則に移行する形を取りました。それまでは安全衛生管理体制の一環として工場医の任務という位置づけであったのが、正面から工業主が職工に対して実施すべき義務として位置づけられたわけです。
第八条 工業主職工ヲ雇入レタルトキハ雇入後三十日以内ニ医師ヲシテ其ノ職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ但シ厚生大臣ノ指定スル健康診断ヲ受ケ三月ヲ経過セザル者ヲ雇入レタルトキハ此ノ限ニ在ラズ
第八条ノ二 工業主ハ医師ヲシテ毎年少クトモ一回職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ
②瓦斯、蒸気又ハ粉塵ヲ発散シ其ノ他衛生上有害ナル業務ニ従事スル職工ニ付テハ前項ノ健康診断ハ毎年少クトモ二回之ヲ為サシムベシ
③其ノ年ニ於テ前条ノ規定ニ依ル健康診断又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ヲ受ケタル者ニ付テハ其ノ受ケタル回数ニ応ジ前二項ノ規定ニ依ル健康診断ハ之ヲ為サシメザルコトヲ得
第八条ノ三 前二条ノ健康診断ニ於テハ左ノ項目ニ付計測、検査又ハ検診ヲ行フベシ但シ其ノ年二回以上ノ健康診断ヲ行フ場合ニ於テハ身長、体重及胸囲ノ測定並ニ視力、色神及聴力ノ検査ハ之ヲ一回行フヲ以テ足ル
一 身長、体重、胸囲
二 視力、色神、聴力
三 感覚器、呼吸器、循環器、消化器、神経系其ノ他ノ臨床医学的検査
四 「ツベルクリン」皮内反応検査
②前項第四号ノ検査ハ其ノ反応陽性ナルコト明カナルモノニ付テハ之ヲ省略スルコトヲ得
③「ツベルクリン」皮内反応ガ陽性若ハ疑陽性ノ者又ハ医師ニ於テ必要ト認ムル者ニ付テハ「エツクス」線間接撮影又ハ「エツクス」線透視ヲ行フベシ
④ 前項ノ検査ニ依リ結核性病変又ハ其ノ疑ヲ認ムル者ニ付テハ「エツクス」線直接撮影赤血球沈降速度検査及喀痰検査ヲ行フベシ
⑤地方長官ハ前二項ノ検査ノ実施ヲ困難トスル工場ニ付テハ之ヲ免除スルコトヲ得
⑥業務ノ種類又ハ作業ノ状態ニ依リ厚生大臣必要アリト認ムルトキハ第一項、第三項及第四項以外ノ項目ニ付テモ検査ヲ行ハシムルコトヲ得
第八条ノ四 工業主第八条又ハ第八条ノ二ノ規定ニ依リ職工ノ健康診断ヲ為サシメタルトキハ健康診断ノ結果ニ関スル記録ヲ作成スベシ
②第八条ノ二第三項ノ規定ニ依リ健康診断ヲ為サシメザリシ場合ニ於テハ工業主ハ国民体力法ノ体力検査ノ体力検査票若ハ精密検診票又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ノ結果ニ関スル記録ノ写ヲ作成スベシ
③前二項ノ規定ニ依ル健康診断ノ結果ニ関スル記録、体力検査票若ハ精密検診票ノ写又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ノ結果ニ関スル記録ノ写ハ各三年間之ヲ保存スベシ
第八条ノ五 工業主ハ職工ノ健康診断ノ結果注意ヲ要スト認メラレタル者ニ付テハ医師ノ意見ヲ徴シ療養ノ指示、就業ノ場所又ハ業務ノ転換、就業時間ノ短縮、休憩時間ノ増加、健康状態ノ監視其ノ他健康保護上必要ナル処置ヲ執ルベシ
第八条ノ六 工業主ハ毎年一回第八条又ハ第八条ノ二第一項若ハ第二項ノ規定ニ依ル健康診断ノ結果(第八条ノ二第三項ノ規定ニ依リ健康診断ヲ為サシメザリシ者ニ付テハ体力検査又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ノ結果)ヲ様式第七号ニ依リ地方長官ニ報告スベシ
第八条ノ七 工業主其ノ他健康診断ノ事務ニ従事シ又ハ従事シタル者ハ其ノ職務上知リ得タル職工ノ秘密ヲ故ナク漏洩スベカラズ
第二七条ノ二 第八条ノ七ノ規定ニ違反シタル者(工業主ヲ除ク)ハ百円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス
②前項ノ罪ハ告訴ヲ待テ之ヲ論ズ
 この改正により、健康診断を実施する義務は工場医選任義務のある職工100人以上工場だけではなく、工場法の適用される職工10人以上工場の工業主に課せられます。それゆえ、健康診断を担当するのは工場医に限らない「医師」とされています。また、年1回の定期健康診断と年2回の特殊健康診断に加えて、雇入時の健康診断も義務づけられました。さらに、検査項目にもツベルクリン検査やエックス線撮影など結核対策が前面に打ち出されています。この前年の1941年7月18日、陸軍軍医中将の小泉親彦は第3次近衛文麿内閣で厚生大臣に就任しており、同年10月18日の東条英機内閣でも留任して、1944年7月18日の総辞職までその職を務めました。この省令改正は、「結核は亡国病である」という小泉の信念を実現しようとするものであったと言えましょう。
 戦後になって制定された労働基準法は、労働時間規制をはじめとしてさまざまな分野で戦前の水準を遥かに超える労働者保護を達成した法律ですが、よく見ると戦時下の諸法令で導入されていたいくつもの規定がほぼそのまま、あるいは若干形を変えて盛り込まれていることが分かります。労働安全衛生管理体制や健康診断に関わる領域はその最も顕著な分野です。
 労基法には第5章として「安全及び衛生」が置かれ、危害の防止(第42~45条)、安全装置(第46条)、性能検査(第47条)、有害物の製造禁止(第48条)、危険業務の就業制限(第49条)、安全衛生教育(第50条)、病者の就業禁止(第51条) といった規定に続いて、次のような規定が設けられました。
 (健康診断)
第五十二条 一定の事業については、使用者は、労働者の雇入の際及び定期に、医師に労働者の健康診断をさせなければならない。
②使用者の指定した医師の診断を受けることを希望しない労働者は、他の医師の健康診断を求めて、その結果を証明する書面を、使用者に提出しなければならない。
③使用者は、前二項の健康診断の結果に基いて、就業の場所又は業務の転換、労働時間の短縮その他労働者の健康の保持に必要な措置を講じなければならない。
④第一項の事業の種類及び規模並びに定期の健康診断の回数は、命令で定める。
 法律の文言上は特殊健康診断と一般健康診断がまとめて規定されてしまっていますが、省令レベル(労働安全衛生規則)ではより詳細な規定が設けられています。まず雇入時健康診断は労働者50人以上事業と各号列記されている有害業務の常用労働者に義務づけられます。前者は安衛則第11条により医師である衛生管理者と医師でない衛生管理者の選任義務が課せられている事業と同じですが、1942年規則が工場法の適用される職工10人以上工場に雇入時健康診断を義務づけていたのに比べると小規模工場が対象から外れています。一方定期健康診断については、年1回型と年2回型があるのは1942年規則と同じですが、労基法の適用範囲が工場法よりも大きく拡大したこともあって、規定ぶりが複雑になっています。まず、年1回の定期健康診断が義務づけられるのは、上記雇入時健康診断の対象労働者に加えて、農林水産業と金融広告業、官公署等を除く大部分の業種の常用労働者です。これらには規模要件はありません。言い換えれば事実上ほぼすべての事業の労働者に一般定期健康診断を義務づけたことになります。これに対し、規模に関わりなく雇入時健康診断が義務づけられる各号列記の有害業務については、年2回の定期健康診断が義務づけられています。
 こうしてほぼ戦時下の法令をベースにして作られた健康診断規定が、1972年には労働安全衛生法上により詳細に規定され、その後も累次の改正によって次々と膨れあがっていったことは、読者もよくご存じの通りです。今や労働安全衛生法の第66条から第66条の10までの計13か条、労働安全衛生規則の第43条から第52条の21までの計40か条に及ぶ膨大な健康診断関連規定の原点は、戦時体制下の国民体力向上の必要性にあったという事実は、関係者によってもっと知られてもいいことだと思われます。

つまり、戦時体制下で、国家的メンバーシップの観点から、天皇の赤子としてやがて出征すべき労働者を預かる企業に義務づけられた健康診断規定が、戦後企業的メンバーシップの文脈に読み代えられて、今日まで脈々と継続されてきたわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年9月26日 (火)

中村天江さんが『はなえみ』で拙著を紹介

Hanaemi 『はなえみ』というのは、公益社団法人日本看護家政紹介事業協会の広報誌です。つまり、家政婦紹介所の連合体ですね。

そこに、連合総研の中村天江さんがインタビューを受けていて、その中で拙著もご紹介いただいています。

Special Interview 経営する側も働く人も社会変化に合わせ大変革が求められる時代 連合総研 主任研究員 中村天江 氏

・・・ 「ジョブ型雇用」という考えを提唱したことでも知られている、濱口桂一郎さんが『家政婦の歴史』(文春新書)という本を今年の7月に出版しています。この本の中で、家政婦がなぜ労基法の適用対象外となってしまったかの経緯をつまびらかにしています。
この本を読むと、今の法律や制度のひずみが歴史のどこに端を発しているのかがよくわかります。業界関係者の方にはぜひご一読いただきたいです。

 

 

 

 

「公務員はジョブ型だった」は○?×?

759_10 『日本労働研究雑誌』10月号は、「公務員の職務と働き方」が特集です。

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2023/10/index.html

 特集:公務員の職務と働き方

提言
非正規地方公務員=会計年度任用職員制度の抜本的改善を! 早川 征一郎(法政大学名誉教授)

解題
公務員の職務と働き方 編集委員会

論文
国家公務員の職務概念─職階制の形骸化から見える現状と課題 岡田 真理子(和歌山大学准教授)

公務員の職業倫理─長時間労働との関係を探って 中谷 常二(近畿大学教授)

公務員の働き方と労使関係 松尾 孝一(青山学院大学教授)

「非正規」公務員をめぐる「改革」と課題 早津 裕貴(金沢大学准教授)

公務員の人事異動と人材形成─大卒ホワイトカラーの公民比較からの分析 圓生 和之(神戸学院大学教授)

地方自治体における採用活動の現状と課題─採用試験の見直しを中心に 大谷 基道(獨協大学教授)

国家公務員の幹部供給源に関する変化─国際比較の視点も交えて嶋田 博子(京都大学教授)

いろんな観点からの論文が並んでいますが、人事院出身で『職業としての官僚』という著書のある嶋田博子さんの論文の冒頭のこの台詞には、思わずそうそうと口走ってしまいました。

「日本の国家公務員人事は、1948年から2007年まで米国と同様のジョブ型・公募型だった」という文章の正誤を問われれば、×と即答する人が大半だろう。しかし、法律上はこれが正解である。一方、「キャリア官僚」と俗称される上級・Ⅰ種試験合格者が幹部ポストのほとんどを独占してきたことも間違いない。日本の官庁人事の最大の特徴は、法律と運用の大きな乖離にあると言えよう。・・・

さらに言えば、職階制こそ2007年改正で廃止されたとはいえ、フーバー以来のジョブ型の母斑は公務員法のここかしこになおいっぱい残っています。しかしその運用の実態たるや、恐らく民間のどの企業よりもメンバーシップ型が強固に作動しています。

職階制-ジョブ型公務員制度の挑戦と挫折

その帰結は様々な箇所に矛盾として表出していますが、あまり人が指摘しない点として、ジョブ型社会でないが故にブルシットジョブのジョブディスクリプションをこまごまと作成するという究極のブルシットジョブがなくて済んでいるこの日本社会において、

デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ-クソどうでもいい仕事の理論』

・・・という本格的な批判はいくらでも出てくるのだが、ここではややトリビアな話題を。近年流行の「ジョブ型」論で言えば、ブルシット・ジョブといえどもジョブ型社会の「ジョブ」なので、ジョブ・ディスクリプションが必要なのだ。本書88ページ以下には、中身のない仕事の職務記述書をもっともらしくでっち上げるという究極のブルシット・ジョブが描写されている。日本にも山のようにブルシットな作業やら職場やらがあるのだろうが、ただ一つ絶対に存在しないのは、ブルシット・ジョブのジョブ・ディスクリプションを事細かに作成するというブルシットな作業であろう。
 なぜなら、日本ではそんなめんどくさい手続きなど一切なしに、もっともらしい肩書き一つで「働かないおじさん」がいくらでも作れてしまうのだから。もっとも、それがいいことなのか悪いことなのかの評価はまた別の話ではある。

法の基本設計がジョブ型でできている公務員に関する限り、「働かないおじさん」用のブルシットジョブのジョブディスクリプションをこまごまと作成し、曼荼羅図の如きポンチ絵でもって組織増員要求をするという究極のブルシットジョブから逃れることはできません。

また、この特集でも早津さんが取り上げている非正規公務員問題の根源も、なまじ終戦直後に官吏身分概念を廃棄し、ジョブに着目して末端の作業員まで悉く公務員であるという建前で法制度を作ったにもかかわらず、その後実質的に身分概念を復活させて、しかも法律上はそうじゃないふりをし続けたことの帰結とも言えましょう。

いろんな意味で興味をそそるテーマがいっぱい詰まっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建設業の標準労務費@WEB労政時報

WEB労政時報に「建設業の標準労務費」を寄稿しました。

 国土交通省の社会資本整備審議会産業分科会建設部会基本問題小委員会(学識者・業界団体関係者等20名、委員長:小澤一雅氏)は、2023年9月19日に中間とりまとめ「担い手確保の取組を加速し、持続可能な建設業を目指して」を公表しました。同中間とりまとめは、請負契約の透明化による適切なリスク分担と並ぶ大きな柱として「適切な労務費等の確保や賃金行き渡りの担保」を掲げ、適切な工事実施のために計上されるべき標準的な労務費を中央建設業審議会が勧告するとともに、労務費を原資とする廉売行為の制限のため、受注者による不当に低い請負代金での契約締結を禁止し、指導、勧告等の対象とすることを求めています。これは、建設業という産業政策の観点からの明確な賃金底上げ政策ということができ、大変興味深いものです。・・・・

 

 

2023年9月25日 (月)

人材会社対人材会社事件

裁判所HPに、人材紹介会社が人材紹介会社を訴えためずらしい事件の判決が載っています。令和4年12月22日の東京地裁判決で、原告は医師の紹介事業等を目的とする株式会社リンクスタッフ、被告はグローバルで人材紹介事業を行う企業の日本法人であるAllegis Group Japan 株式会社です。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/383/092383_hanrei.pdf

本件は、原告が、原告とその従業員の退職をめぐるトラブルに関連して、被告従業員が、被告の指示の下、原告に無断で原告事務所内に立ち入り、また、上記原告従業員を教唆して同人の退職に伴う業務の引継ぎを拒絶させ、原告の業務を妨害したと主張して、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権(民法 709 条又は 715条)に基づき、原告に生じた損害の一部である 140 万円の賠償及びこれに対する不法行為の日である令和 3 年 5 月 21 日から支払済みまで民法所定の年 3%の割合によ25 る遅延損害金の支払を求める事案である。

原告人材会社の従業員が退職したいというのを原告会社が認めようとせず、退職したら500万円払わせるぞという書類にサインさせようとしたトラブルに、その従業員の退職を進めている人材会社の従業員が関わって原告会社にやってきて、退職する権利はあるぞと叫んでますますトラブったという事件です。普通だったら事業会社と合同労組の間でよくありそうなトラブルですが、その当事者がどちらも人材会社というあたりが、何だか今風で面白いですね。

結論は常識的で、「以上のとおり、Aらによる原告事務所立入り及びDの引継ぎ拒絶のいずれの点においても、被告の原告に対する違法な業務妨害行為は認められない。したがって、その余の争点について検討するまでもなく、原告は、被告に対し、不法行為(民法 709 条又は 715 条)に基づく損害賠償請求権を有しない」というものですが、これ、分類は「不正競争・民事訴訟」に分類されていて、労働事件だと思われていないようです。でも、これは当事者がやや特殊なだけで、典型的な労働事件なんですよね。でも、『労働判例』に載るかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

晴山一穂・早津裕貴編著『公務員制度の持続可能性と「働き方改革」』

633909 晴山一穂・早津裕貴編著『公務員制度の持続可能性と「働き方改革」あなたに公共サービスを届け続けるために』(旬報社)をお送りいただきました。

国家公務員は、憲法15条で「全体の奉仕者」として規定されている。 一部の政治家や「特権階級」のために奉仕するものではない。

まえがき                   【晴山一穂】
第Ⅰ部 公務員とはなにか
 第1章 公務員の全体像            【秋山正臣】
 第2章 日本国憲法と公務員          【晴山一穂】
 第3章 国の行政のしくみと国家公務員     【秋山正臣】

第Ⅱ部 公務員の役割と公務労働のあるべき姿
 誰のためにどこを向いて仕事をしているのか   【日本国家公務員労働組合連合会】
 労働者の権利を守るための労働行政を担う    【全労働省労働組合】
 人や物の移動から災害対策まで担う       【国土交通労働組合】
 日本の情報通信インフラを担う         【全情報通信労働組合】
 国民のための「人権の砦」を担う        【全司法労働組合】
 安全・安心な社会の実現を担う         【全法務省労働組合】
 国民のいのちを守る医療体制を担う       【全日本国立医療労働組合】
 県民のための沖縄開発を担う          【沖縄総合事務局開発建設労働組合】
 税務行政の民主化をめざして          【全国税労働組合】
 国民の人生に寄り添った公務・公共サービスを担う【全厚生労働組合】
 国民のための経済・産業・エネルギー政策を担う 【全経済産業労働組合】

第Ⅲ部 公務員の働き方・あり方を考える

 公務・公共サービスの現在           【早津裕貴】
 第1章 非正規公務員をめぐる現状と課題    【西口 想/安田真幸】
 第2章 公務の市場化・民間化         【萩尾健太/三澤麻衣子/恒川隆生】
 第3章 行政・公務の民営化・市場化が
     公務労働者(公務員制度)に及ぼす影響 【永山利和】
 第4章 多様な公務・公共サービス、また、その担い手の
     持続可能な発展に向けて        【早津裕貴】

労働法の観点から読む値打ちがあるのは第Ⅲ部の非正規公務員をめぐる問題を論じているところでしょう。この問題については自治総研の上林陽治さんが地方公務員法上の諸問題を精力的に訴えてきていますが、実は地公法と国公法とでは制度の仕組みが若干異なり、本書を読むとそのあたりの感覚がわかります。

 

 

 

2023年9月22日 (金)

水町勇一郎『詳解 労働法 第3版』

1121396186b64a0abd6a488bf810864c 水町勇一郎さんより、メガリスの如き巨大なるテキストブック『詳解 労働法 第3版』(東大出版会)が送られてきました。2年前の第2版からさらに50ページ近く増えて、36+1534ページに達しています。物理的な分厚さでいえば、年刊の川口美貴テキストや最近のピケティの『資本とイデオロギー』とそれほど変わりませんが、恐らく紙の薄さでページ数を極大化しているのでしょう。

https://www.utp.or.jp/book/b10033288.html

働き方のルールを定めた労働法制のすべてが分かる概説書。法令や告示・通達など制度の枠組みを分かりやすく解説するとともに、裁判など実際の紛争事例を数多く採り上げ現在の基準を鮮やかに示す。障害者雇用促進法の改正やフリーランス保護法の制定など法令の新たな動向や、名古屋自動車学校事件(最高裁)判決など近時の裁判例を踏まえた、待望の改訂版。

この2年刊の立法や判例を取り入れているだけではなく、細かなところでいろいろと書き込んでいるところがあります。たとえば、p34では工場法の「職工」の意義について注でやや詳しく論じています。

ただ、ここでの水町説には若干異論もあって、以前季労に書いたように、昭和8年5月24日発労第52号は「近時工場法ノ適用ヲ免レンカ為ニ職工間接雇傭ノ方法ニ依リ或ハ職工ヲシテ社員若ハ組合員タラシムル等工場経営ノ組織形態ヲ変更シテ工業主ト職工トノ間ニ使用関係ナシト為スモノ有之候処工場法ニ所謂職工トハ工業主ニ対シ従属的関係ニ於テ有償ニ工業的作業ニ従事スル労働者ヲ謂フ義ニ有之如上ノ場合ニ於テモ法規適用ノ対象タル工業主及職工間ノ使用関係ヲ否定スルコトヲ得ス従ツテ当然工場法ヲ適用スヘキ次第ニ有之候条御了知相成度」と言っていて、職工概念そのものを明確にしていたと思います。

なお、昨年の家政婦過労死事件については3箇所で触れていて、p59の注104では、「しかし、事業として組織的に編成され定型的な指示を受けて家事業務に従事している者の「家事使用人」性を肯定した点で、同判決には疑問がある」と述べていますが、その趣旨がいささか判然としません。そもそも家政婦はもともと派出婦会の派出の事業に雇用される者であったので、労基法が予定する家事使用人ではない、という私の考えとどう異なるのかもよく分かりません。

 

 

欧州労使協議会指令の改正に向けた動向@『労基旬報』2023年9月25日

『労基旬報』2023年9月25日に「欧州労使協議会指令の改正に向けた動向」を寄稿しました。

 今年(2023年)に入ってから、2月2日に欧州議会が欧州労使協議会指令の改正提案を含む欧州委員会への勧告を決議し、4月11日に欧州委員会がEUレベル労使団体への第1次協議を開始し、7月26日には第2次協議に進むという風に、同指令の改正に向けた立法の動きが加速化しています。今回はこの指令のこれまでの歴史を概観するとともに、今回の改正に向けた動向を概説したいと思います。
 EUの欧州労使協議会指令は、長期にわたる労使間及び加盟国間の鬩ぎ合いの結果、いまから30年近く前の1994年9月に成立したEU労使関係法制の要石ですが、その鬩ぎ合いの副産物として異様に複雑怪奇な仕組みとなってしまいました。指令の適用対象は、EU全域で1000人以上かつ2以上の国で各150人以上雇用する多国籍企業ですが、設立手続として本則の特別交渉組織による自発的設立のほかに、経営側が6か月交渉に応じないか労使が3年間合意しない場合に附則の補完的要件に基づいて強制設立されるというムチの規定、そして指令の施行日(1996年9月22日)までに欧州労使協議会に相当する協定を結んだ場合には指令を適用しないというアメの規定がありました。これはつまり、先行して労使協議会みたいなものを作っておけば、指令の細かい規定に拘束されずに済むというもので、30年近く経った現在でも大部分はこのレガシー協定です。
 同指令は2009年5月に改正されていますが、文言整理のための「recast(再制定)」指令と位置づけられており、あまり内容に関わる改正はありません。ただ、1994年指令が特別交渉組織について「自ら選択した専門家の援助」とのみ規定していたのが、「権限ある認知されたEUレベル労働組合組織を含む」と明記され、さらに「かかる専門家及び労働組合代表は特別交渉組織の依頼により諮問的地位をもって、交渉会合に出席することができる」と付け加えられました。これが現行の欧州労使協議会指令です。
 今回の動きの出発点は、欧州労連が2014年10月に採択した「職場のさらなる民主主義のための新たな枠組に向けて」という決議です。これは、情報提供と協議に加えて役員会レベルの労働者参加までをEU指令で規定すべきというものでした。欧州議会は2021年12月16日の決議「職場の民主主義:被用者の参加権の欧州枠組及び欧州労使協議会指令改正」において、下請連鎖やフランチャイズを含めたあらゆる欧州企業における情報提供、協議及び参加の枠組を導入するとともに、先行設立企業の適用除外(レガシー協定)を終わらせることを求めました。その後、欧州議会は2023年2月2日の決議「欧州労使協議会指令の改正に関する欧州委員会への勧告」において、同指令案の改正案を勧告として添付しつつ、2024年1月31日までに指令改正案を提案するように求めました。具体的には、情報提供と協議がされるべき「国境を超えた事項」概念の拡大、「協議」の定義を修正して欧州労使協議会の意見に対して理由を附した回答を求めることやその意見が経営側によって考慮されるべきことも規定すること、情報提供と協議がなされなかった場合に企業の意思決定が保留され、2千万ユーロないし売上げの4%の罰金を科し、公共調達から排除すること、欧州労使協議会に機密事項かどうかを判断する客観的な基準を示し、企業活動を著しく阻害するとみなす情報へのアクセスを制限する際に事前の司法当局の認定を求めること、欧州労使協議会設置の交渉期間を18か月に短縮すること、そして先行設立企業の適用除外を終わらせること、などが挙げられています。今年の4月、7月と急に欧州委員会が労使団体への協議を開始したのは、これを受けてのことでした。
 4月の第1次協議文書はこれまでの本指令をめぐる経緯を長々と述べた上で、各項目ごとに現状と欧州議会の改正案を示し、最後にEU行動の必要性について問うています。これに対して欧州労連は5月22日付の回答で、欧州議会の改正提案が問題を的確に捉えていると述べ、特に情報提供・協議義務違反の場合に企業意思決定を一時的に保留する権利の提案を支持し、違反が繰り返される場合には企業意思決定を無効にすることすら提起し、このため行政ないし司法機関が無休かつ短時間で決定できるようにすべきとしています。また、労働組合の関与を特別交渉組織だけではなく欧州労使協議会の日常業務自体にも拡大するという欧州議会の提案を支持し、欧州委員会の協議文書がこの点に注意を払っていないことに不満を表明しています。機密情報規定についても欧州議会の提案を支持するとともに、このためやはり無休かつ48時間以内に決定を下せる機関が必要だとしています。欧州労使協議会設置の交渉期間については3年のままでかまわないとしつつ、特別交渉組織の設置と第1回会合のデッドラインを6か月とすべきだとしています。
 一方欧州経団連は5月25日付けの回答で、欧州労使協議会のあり方は自社のことを最もよく知る企業レベル労使に委ねるべきであり、指令改正の必要はないと強調して、欧州議会の直近の動きを批判しています。そして欧州労使協議会の発展のためには、画一的な規制強化ではなく、欧州委員会勧告や行為規範の形が望ましいと述べています。
 これらを受けて7月に出された第2次協議文書は、ほぼ欧州労連や欧州議会の提案に沿った形で、指令改正の方向性を提示しています。すなわち、①国境を超えたレベルでの労働者の情報提供と協議の権利について正当化されない相違を避けるため、すべてのEUレベル企業に一定の規則を適用し、現行の適用除外をなくすこと、②効率的かつ効果的な欧州労使協議会の設置のため、被用者による設置要求後の手続を簡素化し、交渉期間中の不必要な遅延や被用者側資源の不足のリスクを解消すること、③欧州労使協議会の情報提供・協議の手続をより効果的にするため、「国境を超えた事項」概念の明確化、機密事項や非開示条項の明確化、欧州労使協議会運営経費に関する規則の強化、④指令のより効果的な施行のため、特別交渉組織や欧州労使協議会の被用者代表による行政・司法手続へのアクセスの改善、などです。
 ここから、恐らく本年中に提案されるであろう欧州労使協議会指令の改正案の内容がほぼ透けて見えます。すなわち、まず1994年指令以来の先行設立企業の適用除外の段階的廃止です。ただし、既に改正指令の要件を充たしているものは経過措置で維持するようです。また企業グループにおける「支配企業」概念について、構造的には独立の企業だが契約上の取決めによって他企業の運営に影響を及ぼすものにも拡大することを示唆しています。
 特別交渉組織の設置と第1回会合の明確なデッドライン(欧州労連は6か月)を設定すべきとするとともに、特別交渉組織の法的援助に係る経費も経営中枢が負担すべきこと等の明確化も示されています。なお、欧州労使協議会の男女バランスのため、より少ない性の代表を増やすような仕組みを考慮すべきとも述べています。
 「国境を超えた事項」概念については、欧州議会勧告が「潜在的効果」を有するものに拡大するとしているのに対し、欧州委員会は「精査する」と述べるにとどまっています。「協議」概念については、欧州労使協議会の意見に対して理由を附した回答を求めるという欧州議会勧告の考え方を示しつつ、国内法や慣行との整合性にも言及しています。欧州労使協議会の利用できる資源については、基本的には経営中枢と被用者代表の決めるべき事トしつつ、専門家、訓練、法的助言及び訴訟の費用についてはより詳細を明確化することが必要としています。機密事項に関しては、欧州労使協議会が共有した機密情報を国レベルや地域レベルの労使協議会で機密保護ルールに従いつつ共有することを促進しうること、共有した機密情報の保秘義務の期間を特定すること、関係情報の開示が企業運営に深刻な被害をもたらすかどうかに関する客観的な基準を示すこと、さらには、特定の情報を非開示とすること自体を事前の行政・司法の認可に係らしめるという可能性すら検討しています。
 指令による情報提供・協議義務を遵守しない場合の制裁や司法手続については、①欧州委員会勧告、②指令中に加盟国が関係規定を設けるよう定める、③指令中により具体的な規定を定める、といった選択肢を提示しています。
 このように、欧州委員会は明確に欧州労使協議会指令の改正に舵を切っており、恐らく年内にも上記内容の改正案を提案することになると思われます。
 なお、第2次協議文書附属作業文書によると、現在全欧州労使協議会1001のうち、本社が日本に所在するものは計31社となっています。一方欧州労研のデータベースで日系企業を検索すると、設置年順にホンダ、住友ゴム、ソニー、富士通、パナソニック、東芝、リコー、東レ、花王、パイオニア、キヤノン、三菱電機、トヨタ自動車、TDK、日立製作所、ブリジストン、シャープ、三洋電機、コマツ、セイコーエプソン、日産自動車、日本たばこ、AGC、ダイキン、ヤマハ、武田製薬、ユーシン、イオン、ジェイテクト、ヤンマー、ヤザキ、アサヒビール、ムサシ、NTTと34社が出てきます。設置年を見ると先行設立企業もかなりあるようです。これらには今回予定されている改正はかなりの影響を及ぼす可能性があります。

 

2023年9月20日 (水)

ジャニーズ清算事業団

新会社を設立し、全タレントを移籍させて、現会社は補償会社として存続させるというのは、まさにジャニーズ清算事業団方式ということかな。

2023年9月19日 (火)

ココナツ・チャーリイさんの難問

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230919233301 昨日、ココナツ・チャーリイさんの拙著評を紹介するとともに、若干のコメントをしたところ、さっそくそれへのお返事がありました。

『家政婦の歴史』書評に著者からリプライを頂きました

私が改めて指摘した労基法9条と10条が「事業」を適用の前提としていることについて、

 本書中でももちろんこの点は指摘しており、私ももだえながら読んだところです。「事業」に使用される者を対象にするという点は、労基法の根幹に当たる部分です。条文はもちろんのこと、解釈や運用の変更となっただけでも一大事ですから、まず手を付けられない規定だろうと思います。

 ゆえに法改正も、法の解釈や運用の変更も必要ない形での落とし所として、濱口さんは派遣事業化を訴えたわけであり、その趣旨はよく理解できます。

と認めつつも、

 それでも、一般的に非正規労働への印象が悪い中で「派遣に転換せよ!」という主張が分かりにくいのは否めません。「家事使用人除外規定は憲法違反」のような「正義」のほうがまだ、直感的には分かりやすい。「派遣じゃだめだ! 正社員じゃないと意味がない!」のようなハードルの上がり方さえあり得そうな気もします。コレット的な態度というのはかくまでに、魅惑的で困ったものなのですね。

と、世間一般の労働問題に対する価値判断の方向性を真っ向から逆向きであることへの当惑感を示しています。

そう、まさにそこがこの問題の一番ねじれていて収まりにくいところなんでしょう。

労働者供給事業という極悪非道の事業を、まっとうな職業紹介事業にしてやったんだ、それのどこが悪い、という素朴な感覚と、いやそのために労働基準法や労災保険法の保護がはぎとられてしまったんだ、という法理の筋道とが、なかなか脳内で整合しないからこそ、そういう難しい問題に向き合いたくない人々によって70年以上も放置されてきてしまったわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年9月18日 (月)

ココナツ・チャーリイさんのたっぷり拙著評

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230918230401 ココナツ・チャーリイさんがnoteで、拙著『家政婦の歴史』についてたっぷり紙幅をとって書評されています。

https://note.com/charlieinthefog/n/n3e6516af13a3

『ジョブ型雇用社会とはなにか』(2021年、岩波新書)のヒットが記憶に新しい著者が、なぜ家政婦の歴史?と思いながら手にとった。
 「はじめに」を読むと、なるほど「家政婦」という職業が、労働行政上、宙に浮いた存在であることがわかる。
 そしてさらに読み進めると、家政婦というビジネスモデルが戦前には法的にもその独自性を認められたにもかかわらず、戦後の混乱の中でさまざまな似て非なるものと同一視され、無理な当てはめを受けざるを得ず、現代に至るまでその矛盾を引きずっていることが分かる。・・・・・

以下、本書の内容を詳細に追いかけて行って、

・・・・社会正義の実現を志すコレットの大鉈振るいにより、家政婦という近代的なビジネスモデルが、行政上さまざまな制度に無理に当てはめられ、とりあえずその当てはめが落ち着くと、まもなく官僚も関心を失う。そして当てはめの無理がたたって、長時間労働規制の対象から漏れてしまう。
 そんな悲しい状況が、長きにわたり放置されてきたことに驚く。制度の網から抜け落ちる弱者、というのは他にもさまざま指摘されているが、まさか家政婦がそのような存在だったとなぜ気付き指摘する人がこれまでそういなかったのだろうか。
 本書ではそこまで書いてはいないが、放ったらかしにされた一因に、家事労働、あるいはケア労働そのものの地位の低さがあることは直感せざるを得ない。
 ところで著者は労働法政策の研究者であり、法やその運用、解釈の積み重ねに一定の重要性を認める立場である。家事使用人は適用外という労基法の規定にはいろいろと問題があるが、制定の経緯をたどればそう簡単に否定できるものでもない。この重みを踏まえた議論をしている点が真摯である。
 ただ、家政婦という先進的なビジネスモデルの元の在り方に即する形で、堂々と派遣事業化すればいいという著者の提唱は、理屈としてはそうなのだろうが、そもそも実際に派遣が解禁されても派遣事業へ移行しなかった家政婦紹介所が、今もなお存在し、結果、悲劇が起こり裁判にまでなったという帰結ではないのだろうか。あまり処方箋としての筋が見えないのが残念だ。

もちろん、現実に存在する家政婦紹介所がそう簡単に派遣事業に移行するとは思っていません。下記のように、むしろ労基法に縛られずに長時間労働したいという家政婦が多いこともあるでしょう。

ただ、本書にもちらりと書きましたが、世間でこの問題に憤っている人々が考えているほど、この問題の解決は簡単ではないということがあります。

たぶん、世間の圧倒的に多くの人々は、労基法116条2項の家事使用人の適用除外規定を削除すれば、現在の家政婦たちに労基法や労災保険法がめでたく適用されることになると思っているのでしょう。

しかし、残念ながらそうは問屋が卸さないのです。なぜなら、家事使用人であろうがなかろうが、労基法の適用対象は「事業」に限定されているからです。本書の241ページから242ページに引用してあるように、労基法の第9条と第10条は、「労働者」の定義においても、「使用者」の定義においても、「事業」であることを要件としています。


(定義)
第九条 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。

第十条 この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう。

「事業」に使用されなければ、労基法上の労働者ではありません。

かつて労基法施行時には、派出婦会の派出の事業というれっきとした「事業」に使用される者だから、家政婦は労基法の適用対象だったのです。

それが紹介所に紹介されるだけで事業ならざる一般家庭に使用されるようになったため、家事使用人であろうがなかろうが、労基法の適用から外れてしまったのです。

なので、そこを改めるためには、家事使用人の規定を削除しても仕方がないので、家政婦の使用者を「事業」にしなければならないのです。

なので、私は「だったら派遣事業にしたら?」と言っているわけです。

POSSEの人をはじめ、この問題で運動している人々は、ここのところの構造がどこまで理解されているのか、いささか懸念されるところです。

なお、チャーリーさんは最後に、これにも言及されています。

 余談だが、著者の所属組織、労働政策研究・研修機構が最近「家事使用人の実態把握のためのアンケート調査」の結果を公表している。
 長時間労働規制を忌避したくてわざわざ、家庭に雇用されることを望む人も少なくないようで、これはこれで悩ましい。

これは、こちらに全文が載っています。

https://www.jil.go.jp/institute/research/2023/230.html

 

 

公明新聞に短い紹介が載ったようです

本紙は確認していませんが、下記X(旧ツイッター)によると、本日付の公明新聞に『家政婦の歴史』の短い紹介が載ったようです。

『家政婦の歴史』/濱口桂一郎著 #公明新聞電子版 2023年09月18日付

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だから、メンバーシップ型社会では数合わせがやりやすいんだよ

東京新聞にこんな記事が載っているようですが、

地方銀行に「水増し」が横行? 「職員3人に2人以上が管理職」にして女性管理職比率が増 各行に聞いた

有価証券報告書(有報)への記載が求められる女性管理職比率を巡り、複数の地方銀行が、厚生労働省の原則では管理職に当てはまらない「課長代理」や「部下なし社員」を含めて算定していたことが分かった。これらの銀行の多くが、全行員に占める管理職数が半数近くまたはそれ以上だったことも判明。企業開示の専門家は「管理職数を水増しし女性比率の高さを取り繕っていると思われても仕方ない」と批判する。

本紙が女性管理職比率の高い地銀を中心に取材した。池田泉州銀行(大阪市)は女性管理職比率23.5%で、管理職の範囲を「課長代理 調査役以上」と有報に記載。管理職比率は68.4%に上り、行員1人に対して2人以上の管理職がいることになっていた。・・・

いやいや、もう9年も前になりますが、女活法が作られようとしていた時に、ちゃんとこう警告(?)しておいたはずで、今ごろそんなこと言うてもね・・・。

数合わせがやりやすいメンバーシップ型社会

・・・・・それに、余り多くの方が指摘しない点ですが、日本型雇用システムの下では、数合わせがやりやすいという面があるのです。
 そもそも欧米で一般的なジョブ型労働社会では、募集・採用も昇進も同じことであり、「あるジョブディスクリプション(職務記述書)で記載されているポストが空席になったときに、それに応募してきた男女から適格な人を選び出す」ということを意味します。そのため、「ジョブディスクリプションに適合しているにもかかわらず差別的に排除すること」が差別になるのであって、それが男女均等の出発点です。
 次に、応募者の複数名がいずれも当該ジョブに相応(ふさわ)しい資格を有しているときに、より少ないほうの性(普通は女性)を優先的にそのポストに付けようというのが、ポジティブアクションとかアファーマティブアクションとか言われるものですね。欧米の裁判例ではよく出てきます。男女どちらも昇進する資格がある場合、オレのほうが優秀なのに何であの女を昇進させるんだ――といった事案です。
 欧米社会では女性活用の数値目標を議論する際にも、このジョブ型ルールを大前提にしています。例えば、ある病院で医者が男性ばかりだから、看護師から女性を昇進させて数合わせをしよう――なんてことはあり得ないわけです。そういう性別職務分離(ジョブセグレゲーション)を解消するためには、まずは女子が医学部にどんどん進学して資格のある女性をたくさん作らないといけません。日本も医療界はジョブ型社会ですから、そういうことになります。
 ところが、そういうジョブ型ルールで動いていない日本のメンバーシップ型社会では、話がまったく違う様相を呈します。そもそも「同じ職業資格を持っているのに差別される云々(うんぬん)」というところが不明確です。日本ではそんなもので採用したり昇進させたりしているわけではないので、判断基準は結局はなはだ一般的な「人間力」になってしまい、仮に差別があってもそれを差別だと立証しにくいという面が間違いなくあります。
  その一方で、とにかく数合わせさえすればいいというむちゃな要求でも、そもそもそのジョブに相応しい資格があるか否かというような基準で採用したり昇進させたりしてきていないので、何でもありでやれてしまう面があるのです。実際には暗黙のルールとして年次昇進があり、今までは「いやいやまだまだ女性が育っていませんので……」というのが言い訳になっていたわけですが、そもそも論としてこれは女性を管理職に付けないことの絶対的な理由ではありません。ジョブ型社会で「当該ジョブに応募できるだけの資格がない」というのとは話が違います。
 そ雇用システムをジョブ型にするというきちんとした意図もないまま、ただ表面的に「年功制解消」ともてはやしている評論家や新聞も見られます。そういう流行に素直に乗ってしまうと、女性活躍のためという大義名分で数合わせがやりやすいのです。本連載第37回でも言いましたが、かつては何回当選で大臣というそれなりにルールがあった閣僚ポストも、いまや何でもあり。そこに女性登用という至上命題が来ると、資質はともかく女性大臣を量産することは可能になります。
 このように、ジョブディスクリプションなきメンバーシップ型社会は、ジョブ型からすれば不当な差別を差別と言いにくい社会であると同時に、ジョブ型からすれば信じられないような数合わせでもやれてしまう社会でもあるのです。

 

2023年9月16日 (土)

関西弁の影響?

去る9月11日、最高裁が全日本建設運輸連帯関生支部事件について大阪高裁に差し戻したことについては既に報じられていますが、

逃げた最高裁/憲法第28条はどこへ?/産業労働組合「関生支部」大弾圧事件

その最高裁の判決文が早速裁判所HPに載っています。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/347/092347_hanrei.pdf

しかしながら、人に義務の履行を求める場合であっても、その手段として脅迫が用いられ、その脅迫が社会通念上受忍すべき限度を超える場合には、強要罪が成立し得るというべきであるから、原判決が、Gを雇用している旨の就労証明書を作成等すべきE社の義務の有無について、第1審判決が事実を誤認したことを指摘しただけで、前記第2の1(2)のとおり第1審判決が前提とするその余の事実関係について、第1審判決の認定が不合理であるかどうかを検討しないまま、強要未遂罪の成立を認めた第1審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるとしたことは、是認することができない。

この判決文を読みながら、話の本筋とはやや違うことながら、こういう判断が出てくるのは、組合側の喋っている言葉が関西弁、それもいかにも三流やくざ映画に出てきそうな典型的な「われ」「おんどれ」系のやくざ風関西弁であることが影響しているのではないかという感想が湧いてきました。

たとえば、

「何をぬかしとんねん、われえ、おい、こらあ、ほんま。労働者の雇用責任もまともにやらんとやな。団体交渉も持たんと、法律違反ばっかりやりやがって。こら。こんなもんで何ぬかしとんねん、こら、われ、ほんま。」

を標準語に翻訳してみると、

「何を言っているんだ、お前、おい、こら、ほんとに。労働者の雇用責任もちゃんとしないでだな。団体交渉も持たないで、法律違反ばっかりしやがって。こら。こんなもので何を言っているんだ、こら、お前、ほんとに」

なんだか一段か二段ぐらいまともになった感じがします、少なくともやくざが恐喝している感じはかなり薄れます。言ってる中身は全く同じですが。

 

 

 

 

売春/性労働をめぐる欧州議会の二つの認識

一昨日(9月14日)欧州議会でEUにおける売春規制に関する決議が採択されたのですが、その元になった報告案を見ると、欧州議会の女性議員たちの間で売春/性労働をめぐる認識に鋭い対立があることが分かります。

REPORT on the regulation of prostitution in the EU: its cross-border implications and impact on gender equality and women’s rights

この最後に説明的声明(EXPLANATORY STATEMENT)としてつけられているのが多数派議員の認識で、売春とは女性に対する暴力だというものです。

Prostitution is a form of violence and both a cause and a consequence of gender inequality. The gender-specific nature of prostitution reflects the prevailing power relations in our society. Prostitution reproduces and perpetuates stereotypes about women and men. This clearly includes the view that women’s and girls’ bodies must be for sale in order to satisfy the male demand for sex, and the view that men must and have a right to live their sexuality with another person. This also has a clear impact on gender equality and the further realization of women’s rights.

売春は暴力の一形態であり、男女不平等の原因でもあり結果でもある。売春の性別特有の性質は、私たちの社会に蔓延している力関係を反映している。売春は女性と男性に関する固定観念を再生産し、永続させる。これには明らかに、男性の性的欲求を満たすために女性や少女の身体は販売されなければならないという見解と、男性は他者とセクシュアリティを享受しなければならず、またその権利を持っているという見解が含まれている。これは、男女平等と女性の権利のさらなる実現にも明らかな影響を及ぼす。

一方で、その後につけられている少数派意見(MINORITY OPINION)では、全く異なる認識が展開されています。

The terms used in this report, i.e. “prostitution”, “women in prostitution”, denote value judgements, carry connotations of criminality and immorality, and stigmatise a marginalised community; people who sell sexual services prefer the term “sex workers” because the use of “prostitute” contributes to their exclusion from society, including access to health, legal and social services; 

We see that the criminalisation of any element of sex work often compromises the safety of people selling sex, leading them to work covertly and preventing them from organising and effectively addressing exploitation in the sex industry.

この報告書で使用されている用語、つまり「売春」、「売春中の女性」は、価値判断を示し、犯罪性や不道徳性の意味合いを含み、社会から疎外されたコミュニティに汚名を着せるものである。性的サービスを販売する人々は、「売春婦」という用語を使用することが、健康、法律、社会サービスへのアクセスを含む社会からの排除につながるため、「性労働者」という用語を好む。

性労働のあらゆる要素が犯罪化されると、性を販売する人々の安全が損なわれることが多く、彼らが秘密裏に働くようになり、性産業における搾取に組織的に対処したり効果的に対処したりすることが妨げられると考える。

 

 

2023年9月15日 (金)

「応援手当」といういかにもメンバーシップ型助成金

7c1eb32fce08a818c23a047c01ef18d2e1693397 労働新聞の記事に、

両立支援助成金拡充 “応援手当”支給を後押し 育休時に最大125万円 厚労省来年度

厚生労働省は令和6年度、両立支援等助成金を拡充し、育児休業取得者の業務を代替する労働者に“応援手当”を支給する中小事業主向けの新コースを設定する考えだ。業務引継ぎの体制を整備して手当を支給した場合に、育休取得者1人につき最大125万円を助成。代替要員の新規雇用に対しても最大67.5万円を支給する。短時間勤務など、育児期の柔軟な働き方に関する制度を複数導入した企業を支援するコースも創設する。

この「応援手当」、記事によると、「育休や育児短時間勤務期間中の業務体制を整備するために、業務を代替する周囲の労働者への"応援手当"(業務代替手当)を支給」云々とあり、自分もけっこうな量の仕事を担当している「周囲の労働者」が育休で抜けた同僚の分まで「応援」することを前提とした制度設計になっているようです。

実は今までも、両立支援等助成金の育児休業等支援コースには、「新規雇用」と「手当支給等」というのがあり、前者は育休者穴埋めのための新規採用、後者は社内の他の労働者に代替させていることで、前者は一人当たり50万円、後者は一人当たり10万円だったのですが、それが新規雇用は67.5万円に微増に対して、周囲の労働者が「応援」すると125万円に跳ね上がるようです。

周囲の労働者の「応援」を前提にしていること自体が、いかにも日本的なメンバーシップ型の発想ですが、そちらの方が遥かに評価されるという新制度は、それが極限まで昂進している感じがします。

91ar7e9all_ac_uf10001000_ql80_  まあでも、育休世代のジレンマで『悶える職場』に対しては、こういうことにならざるを得ないのかも知れません。

・・・いざ、この部署で働くと、その通りになっていました。部署の責任者である課長は、50代前半の女性。育休明けの2人は、毎日5時に帰ります。部署全体が忙しくとも、5時に帰るのは「当然の権利」という雰囲気を漂わせています。・・・
 私の月の残業時間は、平均80時間ほど。多いときは、100時間目前になっていました。午前10時頃から午後11時半頃まで、フル稼働でした。月に3~4日は休日出勤。そのうちのいくらかは当然、サービス残業となります。・・・
「もう、限界に近い。これ以上、仕事を抱え込むことはできない」
「2人とも意識が家庭に向いていて、仕事に集中できていない」
「このままでは、私たち2人は潰れる」
「『女性の職場進出』や『母性保護』の犠牲になりたくない」
 いつの間にか、部署全体が機能しなくなっていきました。課長と私、そして育休明けの2人のコンビの間に大きな溝ができたのです。

 

 

 

 

 

 

電機連合出身の首相補佐官

2023091400686354fnn0001view 岸田改造内閣のニュースの中で、こんなのが飛び込んできました。

首相補佐官に前国民参院議員の矢田稚子氏を任命へ…「自公国」構想実現への布石狙い

岸田首相は、首相補佐官に国民民主党前参院議員で労働組合出身の矢田 稚子わかこ 氏(57)を任命する方針を固めた。近く正式に任命する見通しだ。国民との政策連携の仲介役となることを期待しており、自民、公明両党の連立政権に国民を加える「自公国」構想実現への布石とする狙いがある。

政治評論家や政治部記者的には、そういう政党関係の話が中心になるのでしょうが、矢田さんは立憲と国民に別れる前の民進党時代から、電機連合の組織内議員として活動してきた方なので、この人事は何よりも、岸田政権が労働組合の中に直接手を突っ込んできたということを意味し、その含意は自公国連立といった規模の小さな話を超える射程を持っているようにも思われます。

とりわけ、その所掌が、

補佐官としての担当政策は、賃金・雇用とする方向だ。政府・自民内では、国民が重視する政策を担ってもらうことで、国民との政策連携が促進されることへの期待が出ている。

いやいや賃金・雇用というテーマは、別に小さな国民民主党だけが重視するテーマではないでしょう。それこそ、連合自体にとって一番重要なテーマであり、それを官邸内で所管しているのが電機連合出身の首相補佐官だとしたら、そこがメインゲートにならないはずがない。

それこそ、連合のもう一つの組織内議員を抱える政党であるより大きな立憲民主党が、そういう組合員の関心事項とはかけ離れたことにばかりかまけていると、重要事項ほどスルーされてしまう危険性すらあり得ます。

この一手がどこまでを睨んで打った一手なのかは、首相の腹の中ですが、労働問題の観点からすると、「自公国」構想実現などというみみっちい話に止まらないような気がします。

 

 

 

 

2023年9月14日 (木)

三浦淳さんの拙著書評

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230914210701 「隗より始めよ・三浦淳のブログ」で、拙著『家政婦の歴史』を書評いただいています。

http://blog.livedoor.jp/amiur0358/archives/1082488184.html

 出たばかりの新書。著者は1958年生まれ、東大法卒、労働省官僚、政策研究大学院教授などをへて、労働政策研究・研修機構労働政策研究所長。著書多数だが、私がこの人の本を読むのは初めて。
 タイトルと内容にややズレがある本である。
 タイトルからすると、文字どおりに家政婦の歴史をたどり、その仕事内容や労働条件、或いはその供給源や雇用する家庭の事情などについて、例を多数挙げながらたどった本なのか、と思う。 

うーーん、『働き方改革の世界史』(ちくま新書)は確かにタイトルと中身がミスマッチでしたが、今度のはタイトルはむしろ内容に合っているように思っています。

実を言うと、最初に私が考えていたタイトルは、よりメッセージ性の強い『家政婦は女中なんかじゃない』とか『家政婦は女中じゃなかったのに』というものでしたが。編集者からもっとシンプルにということで、このタイトルになったという経緯があります。

自分で振り返ってみても、今まで誰もまともに書いたことがなかった家政婦の歴史をその発祥から今日まできちんと書いた最初の本であり、『家政婦の歴史』がふさわしかったと思っています。

 いずれにせよ、本書はそういうわけで、日本の法律の持っている欠陥によって、過重労働を強いられて死んだ家政婦、およびその夫が何の補償もされずに放置されてしまったという、ショッキングな問題を詳細に解き明かす内容である。タイトルにあるような「家政婦の歴史」を知るには、別の本を読んだほうがよい。ただしそうした文献も紹介されている。 

いや、家政婦に関する限り、一般向けの「そうした文献」というのは残念ながら存在しないのです。本書で使ったのは、大部分が政府ないし政府関連団体の発行した政策文書や統計の類いであり、あとは小説やルポルタージュの類いで、家政婦の歴史をまともに描いた本というのは、驚くべきことに過去100年以上にわたって全く存在しません。

だからこそ、編集者の薦めてくれた『家政婦の歴史』という素っ気ないようなタイトルがマッチしていると思っているのです。

芸能人が自営業者だというのならこの方が当然?

例のジャニー喜多川事件の関連で、各社が続々とジャニーズという会社との契約の見直しに走っている中で、大変興味深い動きがあったようです。

桜井翔さんと個人契約検討 アフラック、事務所は解除

 アフラック生命保険は14日、ジャニーズ事務所との広告契約を解除する方針だと明らかにした。所属タレントに非はないとして、現在広告に起用している桜井翔さん個人との契約に変更することを検討する。

 アフラックは、ジャニー喜多川氏による性加害は重大な人権侵害であり、事務所がこれまで発表している対応は不十分だと指摘。その上で「所属タレントの活躍の場が奪われてしまうことは遺憾」として、タレント個人との契約を含めたさまざまな可能性を検討しているという。

多くの日本人がこれに違和感を感じてしまうのは、芸能人をあたかも芸能事務所に雇用されている労働者であるかのように感じているからでしょう。ところが、我が日本国の法制度上、(本当はかなり疑問があるにもかかわらず)芸能人は自営業者として扱われています。この労働者性の議論をここでやり出すと収拾がつかないのでそれはやめておきますが、法律上自営業者扱いされていながら、実態としては労働諸法によって保護される雇用労働者よりも契約自由の名の下に、自由を奪われた様々な拘束に縛られてしまっていることは、色々漏れ伝わってくるあれこれからも窺えるところです。

そこの問題を労働者性を追求するという方向で考えるのが普通の労働法の世界の発想なんでしょうが、逆にそもそも自営業者だって言うのなら、事務所抜きに個人契約してもいいではないか、という方向に問題を追求することもありうるわけで、このアフラックの動きは、今この期に及んでジャニーズ事務所も嫌だとは言えないでしょうから、もしかしたら大変面白い方向に動いていくことになるかも知れません。

あんまり芸能ネタに深入りするつもりはないのですが。

 

栄剣『現代中国の精神史的考察』

629929_lrg 栄剣著、石井知章監訳『現代中国の精神史的考察 繁栄の中の危機』(白水社)を、石井さんからお送りいただきました。

現代中国の精神史的考察

ハンナ・アーレント、ハイデガーの思索を導きに、あるいはロナルド・コースの経済学を頼りに、現代中国を俯瞰する、精神史的考察

 序
 自序
I 「重慶モデル」批判
 第一章 重慶に馳せ参じる学者たち
 第二章 「重慶モデル」は左右の争いを超えることができるか
 第三章 強者政治と権威主義政治
 第四章 重慶の神話化と脱神話化
II 時務評論
 第五章 中国の国家主義はこの先どこまで進むことができるか
 第六章 新民主主義への回帰は可能か
 第七章 「ポスト紅」の憂患意識と経路依存
 第八章 憲政と中国共産党の政治的合法性の再建
 第九章 中国共産党のアキレス腱
III 社会批判
 第十章 中国における道徳の困難
 第十一章 革命家の勝利は何を意味するのか
 第十二章 汪暉と「ハイデガーの時」
 第十三章 特異な時代における道徳的事件と道徳的実践者
 補章 日中関係三論──東京大学での講演
 監訳者あとがき/訳者略歴

オビに「新全体主義の時代経験」とあるように、以前『労働新聞』で取り上げた張博樹『新全体主義の思想史』にも登場していた栄剣さんの現代中国論です。

【GoTo書店!!わたしの一冊】張博樹『新全体主義の思想史 コロンビア大学現代中国講義』

本書の最後に収められた「補章 日中関係三論──東京大学での講演」の最後の方の一節が痛切です。

一方中国を見ると、愛国主義の旗印の下、二つの主義が非常に高まっている。ナショナリズムとポピュリズムであり、これと相応する二つの感情が非常に高まっている。つまりは革命の感情と戦争の感情だ。ナショナリズムの旗印を掲げ、街をデモし、日本に抗議し、日本製品をボイコットし、さらには破壊行為をする人々は、大多数は中国の底辺で生活し、国家の発展からいかなる利益も得ていないのであり、彼らは内心では、戦争や革命により現有の権力や利益構造を転覆したいと思っており、現有体制では変えることができない生活の状態を再び変えたいと思っているのだ。

それゆえもし誰かがナショナリズムやポピュリズムを利用しようとするなら、そのリスクは非常に大きなものであり、今日日本に向けて点けられた怒りの火が明日には尖閣諸島ではなく、中国の政府の建物に引火するかも知れない。民意を利用できると考えてはならず、真の民意はそれを操ろうとする者の手にはないのである。

この一節を読んで、「丸山真男をひっぱたきたい」赤木智弘氏を思い出した人もいるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

熊沢誠『イギリス炭鉱ストライキの群像』

633450 熊沢誠さんより『イギリス炭鉱ストライキの群像』(旬報社)をお送りいただきました。

イギリス炭鉱ストライキの群像 新自由主義と闘う労働運動のレジェンド

鎌田 慧(ルポライター)氏推薦!

「イギリス労働運動の敗北と復活の歴史から、異議申し立ての文化と連帯、
 相互扶助の精神を引き出し、復活させた渾身の力作」

1980年代以降、イギリスでは保守党サッチャー政権による改革が行われ、世界的な新自由主義拡大の嚆矢となった。
その一方で、改革に抵抗し、自らの誇りとコミュニティを護るために闘い抜いた炭鉱労働者とその家族の姿がある。
本書はストライキをはじめ、みずから望ましい労働環境を獲得しようという意識の失われた現代の日本に、イギリス炭鉱ストライキのもつパワーと、連帯の意義を伝える。

熊沢さんは既に80代半ばですが、労働運動に対するほとばしるような思いはなお枯れることなく、1980年代半ばにサッチャー政権に挑戦して敗れていったイギリス炭鉱労組の「英雄なき闘い」を一冊の本として世に問わんとしています。

序章 今なぜ、イギリスの炭鉱ストライキ(一九八四.八五年)の物語を描くのか
第1章 イギリス炭鉱ストライキ(一九八四~八五年)の史的検証
第2章 第Ⅰ期:八四年春 ストライキの拡大と強権の始動
第3章 炭坑夫とはどのような人びとなのか
第4章 第Ⅱ期の苦闘:八四年夏~秋
第5章 ストライキを持続させるムラ・コミュニティ
第6章 第Ⅲ期の軌跡:八四年一一月~八五年三月
第7章 その後の憂鬱な経過
第8章 思想的・体制論的な総括
むすびにかえて
英略語一覧
主要参考文献一覧

正直いって、このNUMの闘いに勝算はなかったのだろうな、と思わざるを得ません。読みながら、1950年代の日本の労働争議の敗北に次ぐ敗北の歴史を想起する人も多いと思います。

熊沢さんはサッチャーの勝利が招いた社会として新自由主義が支配する社会が到来したとし、近年それに対抗する動きが出てきたにもかかわらず、日本だけはそれがないと批判します。

そして、現在の日本で唯一希望を持てる労働運動として刑事弾圧を受けている関生支部を挙げるのです。このあたりの感覚は、かつて本ブログで疑問を呈した木下武男さんと共通しています。

それゆえ、本書に対する違和感も、木下さんの本に対するものと共通しています。

木下武男『労働組合とは何か』

・・・ここに、私は本書の一つ目の問題点を見ます。半世紀前の英米労働史中心史観のままでは、現在の世界の労使関係状況を分析できないのではないかということです。そしてそれはもう一つの大きな論点につながります。

なぜドイツ始めとする大陸ヨーロッパ諸国は産業別労働条件決定システムを維持しているのか。人によっていろいろ議論はあると思いますが、まちがいなく事業所委員会などの企業内従業員代表制が企業内のことを担当してくれているから、安心して企業の事情に引きずられない産別決定が可能になっているのではないかと思うのです。この話が、本書では欠落しています。むしろ、従業員代表制がアメリカでは会社組合とされ禁じられてしまうがゆえに、安定した企業レベルと産業レベルの分業体制が構築できず、今日のノンユニオン型に陥ってしまったのではないか、ということを考えれば、これは極めて大きな問題です。

いや、木下さんが明示的に書かなかったこの点を正面から取り上げたのが本書なのではないか、と言われるかも知れません。

・・・しかし、話はそこで終わってはいないのです。

イギリスはその後、労働組合のコントロールの及ばないショップスチュワードの世界が展開し、それが政治問題になり、それがちょうど拙著ではアラン・フランダースの本で説明した辺りですが、その後サッチャーの手で労働組合に壊滅的な打撃が加えられ、労働組合による集団的決定の世界は非主流化してしまいました。今のイギリスはむしろノンユニオン型です。

熊沢さんはいうまでもなく、イギリスとアメリカの労働運動史から研究史を始められた方であり、伝統的なトレードユニオニズムに親和感を持つのは当然とも言えますが、半世紀前に叩きつぶされた路線こそが希望の道だったのだというわけにもいかないでしょう。叩きつぶされることなく生き残り、むしろ今日まで力を発揮し続けてきている労働運動はなぜそれができてきているのか、という問いも等しく重要なはずです。

でも、考えてみれば、そういう議論すら最近の日本ではほぼまったくされることもないまま、労使関係論などは完全に放置プレイの対象扱いされてきていることを考えれば、ものごとをもういっぺん考え直すうえで、この40年前の敗北戦の歴史を読み直すことは決して無意味なことではないと思います。

 

 

 

 

 

2023年9月13日 (水)

拙著短評ともう一つ

Kaseihu_20230913091401 拙著『家政婦の歴史』に、読書メーターで「てくてく」さんの短評:

『働く女子の運命』などの著作のある、労働省官僚を経て労働法研究者となった著者の、2022年家政婦過労死事件裁判判決にインスパイアされた新書。歴史的変遷を取り扱っているため割と手ごたえがあるが、家事使用人概念をめぐる女中と家政婦(家事手伝い)に対する法規制の矛盾が明らかにされていて大変楽しかった。

もう一つは、「古本虫がさまよう」というブログなんですが・・・・・

http://kesutora.blog103.fc2.com/blog-entry-6015.html

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冒頭から脱線で恐縮だが……。

「家政婦」と聞くと思い出すことがふたつある?

ひとつは、わが家には「家政婦」がいた。通いのおばさん。小学生の時か……。朝、通いでわが家にやってくる。午前8時?
洗濯とかやってくれていたのかな。昼御飯は、食卓で一緒に食べることも。おばさんは弁当をもってきていた。そのあと、夕方まで…。

母親は専業主婦だったが……。家政婦がきていたのは数年ぐらい。弟が生まれて育児がいろいろとあって、その分、家事をやってもらっていたのか?  実家は田舎でそこそこ広いから、庭掃除とかやることはあったのかも。正味3~4年ぐらい?

あと大人になってから知った「家政婦」(文学)の世界。これは「兄嫁文学」「未亡人文学」「看護婦文学」「女教師文学」と同じレベルでのもの。ただし、1983年からテレビ放送された『家政婦は見た』あたりから。フランス書院文庫でも「家政婦」モノが今はたくさん出ているが、昔はあまりなかった分野だとは思う。
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昔ながらの「女中」的な「家政婦」は核家族化もあって廃れていた。いっときの「ハイボール」のようなもの。近年、派遣婦としての家政婦が介護やらで『家政婦は見た!』で復活? 短時間の清掃等々をダブルインカム族のためにやってくれるようになってきたのかな?

ともあれ、家政婦の歴史を真正面から捉えて、生真面目な筆致で分析した書。
本書の「はじめに」も『家政婦は見た!』から話が始まっている。そしてある家政婦の「過労死」をめぐる裁判に触れ、家政婦は労働基準法に定める家事使用人にあらずという判決は不当であり、間違っているとの指摘。本格的な法律解釈書でもあるのだ。

いや、脱線は大いにけっこうなんですが、「家政婦は労働基準法に定める家事使用人にあらずという判決」じゃなくて、「家政婦は労働基準法に定める家事使用人であるという判決」というか、そもそも原告側もそれを争っていなくて、原告、被告、裁判官と当事者みんながそれを前提にしているけれども、それは間違っていると、本書の著者だけが史料に基づいて叫んでいるという構図なんです。

戦前からの派出婦の歴史、戦後のGHQのお達し(とりわけ、スターリング・コレットなる担当官の個人的見解(一知半解?)による「労働者供給事業の[ほぼ]全面的禁止」)による法律制度の改変等々による変化、戦後の派出婦会の隆盛等々……。

矢次一夫氏の『臨時工問題の研究』(労働事情調査所・1935年』や『この人々 私の生きてきた昭和史』(光書房)などの引用分析まだ出てくる。矢次さんも「家政夫」の仕事をしていたこともあった?
 そのほか、個人的に注目している女流作家・由紀しげ子さんの作品に「女中っこ」というのもあるそうな。

うーーん、「戦後」は派出婦会は存在を許されず、家政婦紹介所という世を忍ぶ仮の姿を纏わざるを得なかったので、「隆盛」はしていないですし、矢次一夫は家政夫なんていう吞気な仕事じゃなくって、まさに監獄部屋の人夫として何年もただ働きさせられていたんです。

そこから話がだんだんとエロい方向に向かっていきまして、

ドラマは特に見ていないが、初期の市原悦子さんだと「おばさん家政婦」のイメージだが、そのあとのドラマでは松島菜々子さんも担ったとか。それだとフランス書院文庫的イメージもありうる。男(松岡昌宏)が演じる「家政夫」もあったということで、「家政婦」と「家政夫」と使い分けるようになっていればベターだと思うけど?
最新の「家政婦」事情を勉強するために、関連文献を読む必要があるかな?

望月薫氏の『溺れ家政婦: 恥ずかしい命令でも従います』 (フランス書院文庫) や、村崎忍氏の『僕の家には美しくていやらしい家政婦がいる』 (フランス書院文庫)など?

それらの本は未読だが、草凪優氏の『家政夫はシタ』 (双葉文庫)はマイブログで紹介ずみ。いうまでもなく『家政婦は見た』や『家政婦のミタ』のパロディ版? 以下再録風になるが……。

リストラされた40代の中年男が主人公。「一人会社」で、「家政婦」ならぬ「家政夫」となり、掃除や片づけなどあらゆる雑用仕事をこなす。奥さんはいる。
要請を受けて、行く家、行く家、なぜか美人妻、専業主婦、キャリアウーマンばかり。そしてなぜか誘惑され、なるようになってしまうという男のメルヘンを描いた佳作だった? ううむ、こんな酒池肉林の世界が、得られるのなら、リストラされなくとも早期退職してフリーになりたいものだ?  

しかし、美人家政婦なら、家政婦としてのサラリーのみならず、メルヘンのサラリーももらえそうだが、家政夫の場合は、メルヘンのほうは現物支給のみ。

男女差別はやはり、「家政労働」という「同一労働」にあっても、「時間外労働?の有無」によって存在するようだ。
草凪さんの小説は、男女平等社会構築のためにも、これでいいのだろうか?と思案させる平成版プロレタリア小説であった。

そういう「関連文献」はわたしも未読ですが、そもそもあまり関連していないような気もしますが。

ちなみに、後に右翼の大物になる矢次一夫は若き日にポン引きに騙されて監獄部屋の人夫生活をしていたのであって、家政夫の酒池肉林の世界にいたわけではありませんぞ。

 

 

 

2023年9月12日 (火)

X(旧twitter)でVTsIK-RSFSRさんの短評

X(旧twitter)で、拙著『家政婦の歴史』に対するVTsIK-RSFSRさんの短評がありました。

なお、くまざわ書店会津若松店のX(旧twitter)に、福島民報に載ったとおぼしき大橋由香子さんによる拙著の書評がぼんやりと映っています。「労基法適用外の理由探る」という見出しの字は読めます。

https://twitter.com/kuma_aizu/status/1700340108581642751

F5jsug3a4aalqzv

 

 

 

建設業の標準労務費

K10014191191_2309102012_0911063054_01_02 NHKの報道で知りましたが、

建設現場の待遇改善へ賃金に目安 下回る契約は行政指導 国交省

大工や左官など建設現場で働く人たちの待遇改善につなげようと、国土交通省は賃金の目安を新たに設けます。
工事の契約の際、目安を大きく下回る賃金を設定した場合には、業者に対して行政指導も行う方針です。

 国土交通省の社会資本整備審議会産業分科会建設部会基本問題小委員会は、2023年9月の中間取りまとめ「担い手確保の取組を加速し、持続可能な建設業を目指して」において、請負契約の透明化による適切なリスク分担と並ぶ大きな柱として「適切な労務費等の確保や賃金行き渡りの担保」を掲げ、適切な工事実施のために計上されるべき標準的な労務費を中央建設業審議会が勧告するとともに、労務費を原資とする廉売行為の制限のため、受注者による不当に低い請負代金での契約締結を禁止し、指導、勧告等の対象とすることを求めたようです。これは、建設業という産業政策の観点からの明確な賃金底上げ政策ということができ、大変興味深いものがあります。

中間とりまとめ(案)

中間とりまとめ(概要)

 この中間取りまとめでは、請負契約締結の際に労務費の相場観を与える役割をもち、廉売行為を規制するに当たっての参考指標としても用いるため、適正な工事実施のために計上されるべき労務費を中長期的にも持続可能な水準で設定し、これを「標準労務費」として、学識者・受注者・発注者から構成される公平中立な機関である中央建設業審議会から勧告すべきとしています。また、施工不良を引き起こしかねず、労働者の処遇を配慮しないような労務費を原資とする廉売行為を受注者が行わないよう制限するため、不当に低い請負代金での請負契約の締結を禁止することを検討すべきとし、併せて、受注者・注文者いずれの発意による廉売行為についても、禁止措置の実効性を確保するための警告、注意や勧告等の仕組みを導入するよう検討すべきとしています。さらに、「標準労務費」を参照した技能労働者への適切な水準の賃金の支払いや法定福利費の技能労働者への支払いを確保するために、法令において、建設業者に対し労働者の適切な処遇確保に努めるよう求めるとともに、標準約款に、適正な賃金支払いへのコミットメント(表明保証)や賃金開示への合意に関する条項を追加することを検討すべきであるとしています。

『季刊労働法』2022年秋号(282号)のコンテンツ

282_h1 労働開発研究会のサイトに『季刊労働法』2022年秋号(282号)の内容が公開されたようなので、こちらでもご紹介。

https://www.roudou-kk.co.jp/books/quarterly/11046/

特集:企業倫理はどこまで浸透したか

 ビジネスと人権や、CSR、SDGsは重要、というのは多くの論者の意見が一致するところだと思いますが、実務に携わる弁護士などの立場からどう見えているのか、どこまでその精神が浸透しているのか、企業倫理について、あらためて考えます。小特集では、無期転換ルールの見直しと労働条件明示義務の強化、裁量労働制の見直しといった労基則改正について論じます。そのほか、日弁連シンポジウム「シフト制労働のあるべき姿」、集中連載「AI・アルゴリズムの導入・展開と労働法」も掲載しています。

というわけで、ビジネスと人権が大特集ですね。残念ながら、今大騒ぎになっているジャニーズの話は時間的余裕がなかったので出てこないと思われますが、その問題を考えるうえでも参考になるはずです。

ちなみに、わたくしは昨年の日弁連シフト制シンポジウムに出演しております。「労働法の立法学」はお休みです。

特集 企業倫理はどこまで浸透したか

SDGsやビジネスと人権から考えるコンプライアンスの新視点 国際労働機関(ILO)駐日事務所 プログラムオフィサー 渉外・労働基準専門官 田中 竜介

仕事における労働者の人権保障―ビジネスエシックス、ディーセントワークが要請される時代に 法政大学兼任講師 浅野 毅彦

労働者の人権とビジネスエシックス 弁護士 中野 麻美

インハウスロイヤーが見た企業における人権 マクニカホールディングス株式会社 ジェネラル・カウンセル 弁護士 榊原 美紀

【小特集】改正労基則―労働条件明示、裁量労働制

無期転換ルールの見直しと労基法15条に基づく労働条件明示義務の強化 久留米大学教授 龔 敏

裁量労働制の見直し動向の検討 北海学園大学・弁護士 淺野 高宏

【日弁連シンポジウム】シフト制労働のあるべき姿

独立行政法人労働政策研究・研修機構 濱口 桂一郎 研究所長(基調講演)

首都圏青年ユニオン 原田 仁希 執行委員長

イオン株式会社 人事部 柴山 裕司 リテール人事

弁護士(東京弁護士会) 新村 響子(労働者側弁護士)

弁護士(愛知県弁護士会) 佐藤 有美(使用者側弁護士)

弁護士(大阪弁護士会) 渡邊 徹(司会・コーディネーター)

弁護士(東京弁護士会) 竹村 和也(コーディネーター)

【集中連載】AI・アルゴリズムの導入・展開と労働法

連載の趣旨 九州大学准教授 新屋敷 恵美子

AI・アルゴリズムと協働する働き方と労働法規制へのインパクト:イギリスにおけるコントロールの形態変化と労働法規制の根拠・形態 九州大学准教授 新屋敷 恵美子

AIマッチングにおける二つの公平性:労働法的検討の基礎として 慶応義塾大学教授 大屋 雄裕 九州大学准教授 東藤 大樹

■論説■

ドイツの賃金透明化法(2・完) ボーフム大学名誉教授 ロルフ・ヴァンク 学習院大学教授(解説 訳) 橋本 陽子

フランスにおけるデジタルプラットフォームについての団体協約 パリ第1大学助教授・弁護士 フランシス・ケスラー 東北大学教授(解題および翻訳) 桑村 裕美子

労災支給決定処分に対する特定事業主からの取消訴訟と労災メリット制―あんしん財団事件東京高裁判決・研究会報告の検討を中心に 東洋大学准教授 北岡 大介

■要件事実で読む労働判例―主張立証のポイント 第5回■

就業規則に定めた労働条件の不利益変更に関する要件事実―山梨県民信用組合事件・最二小判平成28・2・19民集70巻2号123頁を素材に 弁護士 平井 康太

■アジアの労働法と労働問題 第53回■

マレーシアにおける企業別組合 神戸大学名誉教授 香川 孝三

■判例研究■

育児休業等の期間中及び復帰後の人事措置と「不利益な取扱い」アメックス(育児休業等)事件(東京高判令和5年4月27日LEX-DB25595095) 九州大学名誉教授 野田 進

国立大学法人職員のパワハラ行為と国賠法適用の有無 国立大学法人筑波大学ほか事件(宇都宮地裁栃木支部判平成31年3月28日労判1212号49頁) 弁護士 千野 博之

下請事業者がフリーランスを元請事業者の事業所内で就業させたことの「労働者派遣」該当性 ハンプティ商会・AQソリューションズ事件(東京地判令和2年6月11日労判1233号26頁) 東洋大学名誉教授 鎌田 耕一

■重要労働判例解説■

大学の非常勤講師の労働者性が否定された例 国立大学法人東京芸術大学事件(東京地判令和4・3・28労経速2498号3頁) 日本大学法科大学院非常勤講師 小宮 文人 

 

 

 

 

 

2023年9月11日 (月)

Amazon Exclusive JAM THE WORLD - UP CLOSEで「そごう・西武労組によるストライキに見る 日本の労使交渉の課題」を語りました

8b57f1db5114443e8ff9eb4f6c35dc4110358697 ネット上のニュース解説番組(なのかな)の「Amazon Exclusive JAM THE WORLD - UP CLOSE」というところからの依頼で、先日のそごう・西武労組によるストライキについて質問に対して答える形でかなり喋りました。

2023-09-11 津田大介「そごう・西武労組によるストライキに見る 日本の労使交渉の課題」

先月31日、そごう・西武の労働組合は、親会社のセブン&アイ・ホールディングスによるアメリカの投資ファンド「フォートレス」への株式譲渡に反対するため百貨店としては61年ぶりのストライキを決行しました。他の業界を見渡しても、日本でストが行われて大きな影響が出た事例は、最近、聞きません。なぜ、日本ではストを実施する労働組合が少ないのでしょうか?今回は・・・労働政策研究・研修機構 労働政策研究所 所長/濱口桂一郎さんのコメントを中心にお届けします。

これ、実際に喋ったのはスト翌日の9月1日で、オンラインで質問を受けて答える形だったのですが、質問のところを津田大介さんがまとめる形で編集されています。

 

 

 

 

 

2023年9月10日 (日)

ウェーバー歴史観はほんの30年前までは生きていたんだが

1904年に「資本主義の発展はプロテスタンティズムと関連があるんだよ!!」と唱えたヴェーバーの気持ちはまぁわからんでもないんだけど、日本とか中国とかインドがバリバリ経済発展してる2023年にヴェーバーをやたら持ち上げてる人は何考えてんの?とは思う。

これは、世代差が結構効いていると思うんだが、実を言うと、ほんの30年くらい前までは、「資本主義の発展は、プロテスタンティズム及び近世日本におけるその等価物と関連があるんだよ!!」という歴史観が、非マルクス系社会科学においては極めて強力な影響力を持っていたことは、もっと認識されていいと思う。

その近世日本における等価物については、アメリカのロバート・ベラーの『トクガワ・レリジョン』をベースに、多くの学者があれやこれやと議論し、イザヤ・ベンダサンこと山本七平氏も多くの著書を書いている。1970年代から80年代の頃の日本経済が世界を制覇するかのような議論が盛んだった頃の、その社会文化的説明として、当時政府系の研究会などでももてはやされていたのは、大体こういう修正ウェーバリアン的歴史観だった。

細々したことはどうでもいいけど、これらの議論は要するに、世界中で資本主義が発展したのは欧米と日本だけであるというほんの30年くらい前までは皆が当然の前提と認める事実を、ウェーバー的な歴史観と整合性あるように説明をつけるためのあれやこれやだったわけだが、そのほんの30年くらい前から、プロテスタンティズムとも近世日本のあれこれの思想とも縁のなさそうな、まさに東洋的停滞の極みと思われていたような中国やらインドやらが急速に資本主義的発展を遂げてきてしまったので、かつてはあれほど流行りに流行っていた議論が、急激に萎みきっていき、今では誰もかつてそんな議論が華やかに行われていたなんて知らなかったような顔をするに至っているわけだ。

だから、この浮き世離れした哲学者氏は、120年も時代遅れというわけではなく、せいぜい30年前の流行りの議論が脳みそに残っているだけに過ぎないのかも知れない。

 

2023年9月 9日 (土)

Amazonに英文の詳細なレビューが

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230909173301 Amazonで『家政婦の歴史』に英文のそれも詳細なレビューがつきました。

https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R26YF8DGW797UD/ref=cm_cr_dp_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4166614142

タイトルが「How was "dura lex" over temp housemaids historically made?」と、一瞬意味不明に突き落とされそうになりますが、これは本文中に、「Dura lex, sed lex」と完全な形ででてきます。一般に「悪法も法なり」と訳されるようですが、厳密には「(これは)厳しい法であるが、それでも法である(だから従わないといけない)」という意味のようです。

どういう文脈で出てくるのかというと、例の家政婦過労死事件をめぐって、裁判官も監督署も弁護士も家政婦が家事使用人であることに疑問を持たなかった、濱口を除いて・・・という文脈です。

Everyone concerned with the trial-judges, the Inspection Office and lawyers-, however, had no issue with a confined scope, "Dura lex, sed lex", save Hamaguchi.

このレビュー、この問題に関するすばらしい英文による解説になっています。私も、ああ、そう訳すのか、と思ったりして。

かなり詳細に本書の内容を解説した最後に、こうコメントしています。

This book gives us a couple of implications. First, social justice more often than not produces newer injustice. Laborer provision business was inhibited according to the Employment Security Act in order to uproot clientelistic business through which employees were exploited. The act was originally planned and issued in light of universal humanism during GHQ's occupation; it had a negative butterfly effect down the road in 2022.

Second, people often forget the origins of laws or social constructions; among them is the Labor Standards Act. We need to invent a way to facilitate both businesspeople and academicians to trace why and how a law has been made.

これもかっこいい文章ですね。社会正義はしばしば新たな不正義を生み出すのだ、とか、英文の方が数段かっこいいや。

 

 

 

2023年9月 8日 (金)

児童労働問題としてのジャニーズスキャンダル

いまやマスメディアはジャニーズスキャンダル一色ですが、この問題、企業と人権デューディジェンス問題であるとともに、児童労働問題でもあるんじゃないかという指摘が、『労働新聞』で鎌田耕一さんがしていました。

【ぶれい考】複雑化する子役の労働問題/鎌田 耕一

91b4bdb5c01c2cfec8ef7ccfd23a97ac  国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会のメンバーが7月24日~8月4日の日程で来日し、日本政府や企業が人権をめぐる義務や責任にどう取り組んでいるかを調査した。最終日に公表されたステートメントは、差別とハラスメント、労働関係の人権侵害、外国人および先住民族の権利などさまざまな分野における懸念を記している。報道では、某芸能事務所創設者による性加害が大きく注目された。被害者が少年であることが衝撃をもって報じられたが、子役・未成年タレント保護の全体像を視野に入れた報道は少なかったように感じる。

 児童労働は、発展途上国の問題であって、日本を含む先進国では大きな問題ではないと見る人もいるかも知れない。確かに、・・・

 現在では、子役の労働問題は、アイドル希望者の増加、デジタル技術の発展によって、以前より多様化・深刻化している。・・・

今はみんなジャニーズのことばかりに熱中していますが、そろそろ芸能界における未成年労働者問題という切口で広い観点から議論する人が出てきてほしいところです。

 

 

 

『週刊エコノミスト』で拙著紹介

9_20230908090201 本日発売の『週刊エコノミスト』9月19日・26日合併号の「話題の本」に、拙著『家政婦の歴史』が短く紹介されています。

https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20230907/se1/00m/020/005000d

Kaseihu  著名なテレビドラマの印象が強いが、その成り立ちは案外知られていない家政婦。昨年9月に判決が出たある過労死裁判で、家政婦が法的にはあいまいな存在にあると知った専門家が、職業として成立した経緯を克明に追った。1910年代末に東京・四谷の女性が創始し人気を集めたが、戦後の米軍占領下でGHQが法改正。長時間労働抑制などの保護を十分受けられないまま現在に至っているという。歴史の谷間に埋もれた驚きの事実が明かされる。(W)

最後の「(W)」は筆者のイニシアルだと思われます。草が生えているわけではない、と。

 

 

2023年9月 7日 (木)

日経BOOKプラスで拙著紹介

02_20230907195701 日経BOOKプラスの経済学の本棚で、『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)が「「ジョブ型雇用」の誤解を解き、意義を問い直す2冊」の一冊として紹介されています。もう一冊は鶴光太郎さんの『人事の経済学』ですから、まあほぼ似た主張の本を紹介していることになります。

https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/122100175/082500017/

低成長、少子高齢化、人口減少に対応できる雇用システムへの改革として、雇用形態をメンバーシップ型からジョブ型へ移行すべきだと唱える論者が日本では多いが、両者の違いは必ずしも明確ではない。「経済学の書棚」第9回前編は、「ジョブ型」と「メンバーシップ型」を誤解して議論を展開する論者たちを戒める『ジョブ型雇用社会とは何か』と、ジョブ型を踏まえ、日本の雇用システムの改革案を提示する『日本の会社のための人事の経済学』を紹介する。

書かれている前田裕之さんという名前には覚えがありました。

先日『労働新聞』に書評を書いた岩井克人談の『経済学の宇宙』の聞き手の方です。この本はとても面白い本でした。岩井さんの不思議な魅力をうまく引き出しています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2023/07/post-bbf250.html

その方に、拙著と鶴さんの本が取り上げられているのは、なんだか嬉しくなります。

 高度成長期に確立した日本型雇用システムの持続可能性が改めて問われている。多くの日本企業は低成長、少子高齢化、人口減少に対応できる雇用システムを模索してきたが、結果として正社員と非正規社員の二極化が進み、日本の経済社会に深刻な分断をもたらしている。他の選択肢はないのだろうか。

 雇用の形態を「ジョブ型雇用」と「メンバーシップ型雇用」に二分し、日本はメンバーシップ型からジョブ型へ移行すべきだと唱える論者は多い。ジョブ型に対する期待は大きいものの、両者の違いは必ずしも明確ではない。

「ジョブ型雇用」の誤解を解く

 労働法と社会政策が専門の濱口桂一郎氏は『 ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機 』(岩波新書/2021年9月刊)で、ジョブ型とメンバーシップ型の概念を整理し、両者を誤解して混乱した議論を展開する論者たちを戒める。 

 

 

お気持ち傷つけ罪@中国

中国、国民の「感情を傷つける」服装の禁止を検討-法改正案公表

 中国では、国民の感情を害すると見なされる服装を理由に人々に罰金や懲役刑を科す法改正の可能性を巡り、国民が懸念を示している。
  全国人民代表大会(全人代、国会に相当)常務委員会はこのほど、「中国人の精神に害を及ぼし、中国人の感情を傷つける」服装や発言を含むさまざまな行為を禁じることを検討中とする法改正案を公表した。どのような行為が15日以下の拘留または5000人民元(約10万円)以下の罰金に当たるのか、具体的には明記されていない。この改正案は今年の優先事項の一つに挙げられている。
  法改正案は中国の習近平国家主席が就任以来10年強にわたり、インターネット検閲を強化するなど、市民の自由を締め付けてきたかを浮き彫りにしている。上海近郊の都市、蘇州の警察は昨年、公の場で日本の着物を着ていた女性を拘束した。中国は第2次世界大戦中の行動を巡り日本と長年確執があり、最近は東京電力福島第1原子力発電所の処理水海洋放出決定を受け、さらに悪化している。
  ここ1年に当局は、コンサートで虹柄のシャツを着たり、大学キャンパスで性的少数者(LGBTQ)を支持するシンボルの付いた旗を配ったりした人々を取り締まった。 

まあ、中国の場合は、その専制主義的体制からして、「国民」の感情というのは究極的には中国共産党のトップの感情ということになるので、そういう観点からの批判になるのでしょうが、そこを一旦括弧に入れて、「国民の感情を害すると見なされる服装」の禁止や刑罰といった点に着目すると、これは実は近年の先進諸国でも共通して見られるある現象の一つの極端な現れと捉えることもできそうな気がします。

むしろ、民主主義的な体制下においてこそ、ポピュリズム的に「国民みんなの気持ちを傷つけるようなこんな格好をしやがって」という思想が広がっていく可能性があるのではないかと。近年、日本でも「お気持ち傷つけ罪」が氾濫していますが、どこまで突き進んでいくことになるのか、心配です。

 

ジョブ型社会の中小企業、メンバーシップ型社会の中小企業

百万回以上言ってるんだが、ジョブ型もメンバーシップ型も、近代社会の発明物であり、ほっといたらそうならない使用者と労働者の関係をあるべき規範に従ってモデル化した労働社会の理念型に過ぎない。なので、どんな社会でも公共部門や大企業分野ではその社会の理念型に近いジョブ型やメンバーシップ型が存在している(とはいえ、そういうところでも現実は様々)けれども、中小零細企業になればなるほど、ワンマン社長の好き放題で運営され、あるべき労働社会の規範にはほど遠いという実態が増えていく。そういう点においては、ジョブ型もメンバーシップ型もあまり変わりはない。

何が違うかというと、労働組合や労働者のために頑張ってる人々が、そういうあるべき姿からかけ離れた姿をあるべき姿に近づけようと考えるときの、そのあるべき姿がどういうモデルなのかという点であって、ジョブ型社会では、ジョブもスキルもへったくれもなく勝手放題しているワンマン社長をちゃんとジョブ型社会の文法に従って行動させようとするのだし、日本では、その文法がメンバーシップ型になる。

実際、中小零細企業の労働運動なんかでは、いまでも、まともな賃金制度もないまま社長の好き勝手に「お前は可愛いからいくらだ」なんてやっているのを、ちゃんとした定期昇給制度を確立させて安心して働けるようにすることが最大の課題であったりする。

大体、日本でも中小零細企業ではスパスパとクビ切ってることは繰り返し述べているとおりであって、「明日はまともなメンバーシップ型になろう」というあすなろ中小企業が大部分であることは、多くの人が重々承知していること。

2023年9月 6日 (水)

志望動機を聞くのはメンバーシップ型だから

志望動機ウザすぎだろ お前が募集してたから応募したんだよ

昨日、都内某所で喋っていたことそのものなので思わずぷっと吹き出しました。

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「この仕事できる人いますか?」というのが募集であり、「はい、わたしこの仕事できます」というのが応募であり、「じゃあ、この仕事やって下さい」というのが採用であり、「では、この仕事やります」というのが就職である。

というのが、日本以外のジョブ型社会の常識中の常識なので、できると言ってるけれど本当にこの仕事ができるのかどうかという点はちゃんと確認しようとするが、志望動機なんていうジョブともスキルとも関係のないどうでもいいことには関心がないのは当たり前。

逆に、日本のメンバーシップ型社会では、「我が社の一員になる気がありますか」というのが募集であり、「はい、御社の一員になりたいです」というのが応募であり、「じゃあ、我が社の一員として粉骨砕身して下さい」というのが採用であり、「では、御社に骨を埋める覚悟で頑張ります」というのが就職なので、ジョブとかスキルとかいうどうでもいいことじゃなくって、志望動機こそが最重要項目になるのは当たり前。

いやいや、それは新卒一括採用の話だろう、これは即戦力を求める中途採用の話なんだぞ、と思ったあなた。詰めが甘い。日本の中途採用は決して素直なジョブ型じゃないのです。

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ちなみに、今では憶えている人はほとんどいないと思うけど、バブル真っ最中の1989年に、学生援護会のDODA(デューダ)が、「御社に骨を埋めさせていただきます」というCMを流していたんですね。イッセー尾形と大地康雄がいい味を出していました。

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https://youtu.be/NZFaRUgNO2g?si=JjwmxSsZErFFOLeX

 

 

 

 

 

 

 

日刊ゲンダイのインタビュ-記事筆者の井上理津子さんが

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230906085701 先日の日刊ゲンダイのインタビュ-記事を書かれた井上理津子さんが、

著者インタビュー 「家政婦の歴史」濱口桂一郎氏

X(旧ツイッタ-)で、こう呟かれています。

この記事、書きました。『家政婦の歴史』(濱口桂一郎著、文春新書)この本、スジ通ってます。「家政婦過労死事件」判決に物申しています。みなさん、この本読んでください。

読んで下さい。

 

 

2023年9月 4日 (月)

大橋由香子さんが時事通信配信で書評とのこと

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230904084601 フリーライターの大橋由香子さんという方が、時事通信配信で拙著『家政婦の歴史』を書評していただいた旨、x(旧ツイッター)で呟かれていました。

時事通信配信で、濱口桂一郎『家政婦の歴史』(文春新書)を書評しました。 どこか地方新聞に掲載されたかな。 家政婦は家事使用人だから労基法の適用を受けないという判決の矛盾を、法律や各種資料から紐解く痛快な本。家政婦を事業化した経緯も面白い。ケア労働と性差からの分析本も現れてほしい。

通信社の配信する書評というのは、私も経験しましたが、書いてからしばらくして、全国の地方紙のあちらにぽつり、こちらにぽつりという具合に、徐々に掲載されてくるものなので、しばらく待たないといけないと思いますが、とても楽しみです。

 

 

2023年9月 3日 (日)

健康診断の源流は結核にあり

日経に「健康診断見直しへ 厚労省、女性疾患追加やX線廃止検討」という記事が載ってたので、

厚生労働省は働く人が会社で受ける健康診断の内容を見直す。女性に特有の疾患を問診に加える。結核の把握を目的に始まった胸部エックス線を廃止し、心電図は年齢が高い人のみの受診に絞るといった方向で議論する。女性就業率の上昇や疾患の変化に対応し、効果を高める。 今秋に新たな検討会を立ち上げる。・・・

そもそも職場で義務づけられてる健康診断というのは、戦時体制下の結核予防問題から始まったんだよな、という感慨が湧く人も若干いるかも知れません。

先日、『労基旬報』の6月25日号に「健康診断の労働法政策」という小文を寄稿したところですが、そこでも労働安全衛生法の健康診断の源流が陸軍軍医総監小泉親彦の結核への懸念であり、職場健康診断には最初からツベルクリン検査やX線撮影が含まれていたことを書いています。

健康診断の労働法政策

 2022年10月29,30日に開催された日本労働法学会の第139回大会は「労働安全衛生法改正の課題」というテーマで大シンポジウムを開きましたが、そこにただ一人労働法学者以外から登壇していたのが産業医科大学教授の堀江正知氏でした。「産業医制度の歴史と新たな役割」というその報告で、堀江氏は戦時体制下で作られた一般健康診断という制度が他国に例を見ない独特の制度であることに注意を促しました。
 現在労働安全衛生法第66条以下に規定されている健康診断については、我々ほぼ全てが労働者として毎年受診してきた経験を持つこともあり、違和感を感じることもないまま過ごしてきていると思われますが、その源流は堀江氏が指摘するとおり、戦時体制下の健民政策にあり、それが戦後80年近くにわたってさらに拡大発展してきたという歴史があります。本稿では、労働法学の本流からは軽視されがちな労働安全衛生法制において、日本独特の発展の方向性を根底で形作ってきたものともいうべき職場における健康診断の源流を見ていきたいと思います。
 現在の労働安全衛生法の出発点は、1911年に制定され1916年に施行された工場法の第13条ですが、これに基づき制定された省令には健康診断規定はありませんでした。現行労働安全衛生法の健康診断規定の直接の原型である規定が初めて設けられたのは、1938年の工場危害予防及衛生規則改正(昭和13年4月16日厚生省令第4号)によってです。この背景には、戦時体制が進む中で、結核対策と国民の体力向上に熱心な陸軍のイニシアティブで厚生省が設置されたことと国家総動員法が制定されたことがあります。
 厚生省が設置されたのは1938年1月11日ですが、これは支那事変が始まった盧溝橋事件から6か月を経過し、近衛文麿首相が「蒋介石政権を対手とせず」と声明した同年1月16日の直前でした。しかしその動きは陸軍省医務局長・陸軍軍医総監であった小泉親彦が1936年秋頃、国民の体力向上のため強力な衛生行政の主務官庁を作る衛生省構想を提起したことに始まります。小泉はその理由を、「全国から某師団に集まる優良なる壮丁三千五、六百名の中で約二百名が慢性の胸の疾患を有つてゐる。然し是は甲種合格である。甲種にならなかつた乙種の体格者、それから不合格者の者を合せれば、全壮丁中の過半数以上となるが、此等の不良体格者の中に、如何に多数の胸の悪い青年が存在するか想像に難くない。病気でなく、日々仕事に励むで居る青年で、口から結核菌を吐出す人が百人に付二人づゝあるのであるから、此の有疾無息の健康者が全日本にどれ位多数あるか、能く考へて見なければならぬ」と述べていました。
 そこで陸軍は、近衛文麿に対し内閣支持の条件として同構想の受入れを求めたのです。一方近衛には福祉国家構想から内務省社会局を中心とした新省設置の考えがあり、この両者を合体させて、「国民体力の向上及び国民福祉の増進を図るため」保健社会省を設置することとしたのです。ところが枢密院から、国内情勢に照らして「社会」という文字は不適当という意見が出され、書経の「正徳利用厚生」からとった「厚生」という言葉を用いることとなり、体力局、衛生局、予防局、社会局、労働局の5局プラス保険院からなる厚生省が設置されたのです。新生厚生省の中でも最重要課題とされたのは国民体力の向上でした。体力局は鋭意調査を進め、国民体力管理法案を作成して議会に提出し、1940年4月8日国民体力法として成立に至りました。同法は未成年者に対する体力検査を義務づけるとともに、同局は国民運動として健民運動を展開しました。こうした動向が、健康診断規定の導入発展の背景事情として存在していたことは重要です。
 1938年工場危害予防及衛生規則改正の主眼は、安全管理者、工場医、安全委員といった、これもまた今日の労働安全衛生法に連なる安全衛生管理体制を義務づけたことにありますが、その工場医の任務として年1回の健康診断が初めて規定されたのです。
第三十四条ノ三・・・ 
⑦工業主ハ工場医ヲシテ毎年少クトモ一回職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ
⑧前項ノ健康診断ニ関スル記録ハ三年間之ヲ保存スベシ
 工場危害予防及衛生規則は1940年10月7日に改正され、工場医の選任義務が職工500人以上から100人以上に拡張されるとともに、衛生上有害業務従事者に対する年2回の特殊健康診断(という名称ではありませんが)の規定が設けられました。
第三十四条ノ三・・・
⑦工業主ハ工場医ヲシテ毎年少クトモ一回職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ
⑧工業主ハ瓦斯、蒸気又ハ粉塵ヲ発散シ其ノ他衛生上有害ナル業務ニ従事スル職工ニ付テハ工場医ヲシテ毎年少クトモ二回健康診断ヲ為サシムベシ
⑨其ノ年ニ於テ国民体力法ノ体力検査ヲ受ケタル者ニ付テハ一回ヲ限リ前二項ノ規定ニ依ル健康診断ハ之ヲ為サシメザルコトヲ得此ノ場合ニ於テハ国民体力法ニ基キ体力検査ヲ行ヒタル工業主以外ノ工業主ハ国民体力法ノ体力検査票又ハ精密検診票ノ写ヲ作製スベシ
⑩前三項ノ健康診断ニ関スル記録又ハ体力検査票若ハ精密検診票ノ写ハ三年間之ヲ保存スベシ
 このように創設拡充されてきた健康診断規定が、大東亜戦争中の1942年に大きく再編拡充されましたが、これは規定の置かれる省令がそれまでの工場危害予防及衛生規則から工場法施行規則に移行する形を取りました。それまでは安全衛生管理体制の一環として工場医の任務という位置づけであったのが、正面から工業主が職工に対して実施すべき義務として位置づけられたわけです。
第八条 工業主職工ヲ雇入レタルトキハ雇入後三十日以内ニ医師ヲシテ其ノ職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ但シ厚生大臣ノ指定スル健康診断ヲ受ケ三月ヲ経過セザル者ヲ雇入レタルトキハ此ノ限ニ在ラズ
第八条ノ二 工業主ハ医師ヲシテ毎年少クトモ一回職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ
②瓦斯、蒸気又ハ粉塵ヲ発散シ其ノ他衛生上有害ナル業務ニ従事スル職工ニ付テハ前項ノ健康診断ハ毎年少クトモ二回之ヲ為サシムベシ
③其ノ年ニ於テ前条ノ規定ニ依ル健康診断又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ヲ受ケタル者ニ付テハ其ノ受ケタル回数ニ応ジ前二項ノ規定ニ依ル健康診断ハ之ヲ為サシメザルコトヲ得
第八条ノ三 前二条ノ健康診断ニ於テハ左ノ項目ニ付計測、検査又ハ検診ヲ行フベシ但シ其ノ年二回以上ノ健康診断ヲ行フ場合ニ於テハ身長、体重及胸囲ノ測定並ニ視力、色神及聴力ノ検査ハ之ヲ一回行フヲ以テ足ル
一 身長、体重、胸囲
二 視力、色神、聴力
三 感覚器、呼吸器、循環器、消化器、神経系其ノ他ノ臨床医学的検査
四 「ツベルクリン」皮内反応検査
②前項第四号ノ検査ハ其ノ反応陽性ナルコト明カナルモノニ付テハ之ヲ省略スルコトヲ得
③「ツベルクリン」皮内反応ガ陽性若ハ疑陽性ノ者又ハ医師ニ於テ必要ト認ムル者ニ付テハ「エツクス」線間接撮影又ハ「エツクス」線透視ヲ行フベシ
④ 前項ノ検査ニ依リ結核性病変又ハ其ノ疑ヲ認ムル者ニ付テハ「エツクス」線直接撮影赤血球沈降速度検査及喀痰検査ヲ行フベシ
⑤地方長官ハ前二項ノ検査ノ実施ヲ困難トスル工場ニ付テハ之ヲ免除スルコトヲ得
⑥業務ノ種類又ハ作業ノ状態ニ依リ厚生大臣必要アリト認ムルトキハ第一項、第三項及第四項以外ノ項目ニ付テモ検査ヲ行ハシムルコトヲ得
第八条ノ四 工業主第八条又ハ第八条ノ二ノ規定ニ依リ職工ノ健康診断ヲ為サシメタルトキハ健康診断ノ結果ニ関スル記録ヲ作成スベシ
②第八条ノ二第三項ノ規定ニ依リ健康診断ヲ為サシメザリシ場合ニ於テハ工業主ハ国民体力法ノ体力検査ノ体力検査票若ハ精密検診票又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ノ結果ニ関スル記録ノ写ヲ作成スベシ
③前二項ノ規定ニ依ル健康診断ノ結果ニ関スル記録、体力検査票若ハ精密検診票ノ写又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ノ結果ニ関スル記録ノ写ハ各三年間之ヲ保存スベシ
第八条ノ五 工業主ハ職工ノ健康診断ノ結果注意ヲ要スト認メラレタル者ニ付テハ医師ノ意見ヲ徴シ療養ノ指示、就業ノ場所又ハ業務ノ転換、就業時間ノ短縮、休憩時間ノ増加、健康状態ノ監視其ノ他健康保護上必要ナル処置ヲ執ルベシ
第八条ノ六 工業主ハ毎年一回第八条又ハ第八条ノ二第一項若ハ第二項ノ規定ニ依ル健康診断ノ結果(第八条ノ二第三項ノ規定ニ依リ健康診断ヲ為サシメザリシ者ニ付テハ体力検査又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ノ結果)ヲ様式第七号ニ依リ地方長官ニ報告スベシ
第八条ノ七 工業主其ノ他健康診断ノ事務ニ従事シ又ハ従事シタル者ハ其ノ職務上知リ得タル職工ノ秘密ヲ故ナク漏洩スベカラズ
第二七条ノ二 第八条ノ七ノ規定ニ違反シタル者(工業主ヲ除ク)ハ百円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス
②前項ノ罪ハ告訴ヲ待テ之ヲ論ズ
 この改正により、健康診断を実施する義務は工場医選任義務のある職工100人以上工場だけではなく、工場法の適用される職工10人以上工場の工業主に課せられます。それゆえ、健康診断を担当するのは工場医に限らない「医師」とされています。また、年1回の定期健康診断と年2回の特殊健康診断に加えて、雇入時の健康診断も義務づけられました。さらに、検査項目にもツベルクリン検査やエックス線撮影など結核対策が前面に打ち出されています。この前年の1941年7月18日、陸軍軍医中将の小泉親彦は第3次近衛文麿内閣で厚生大臣に就任しており、同年10月18日の東条英機内閣でも留任して、1944年7月18日の総辞職までその職を務めました。この省令改正は、「結核は亡国病である」という小泉の信念を実現しようとするものであったと言えましょう。

 

 

 

kobutayamaさんの短評

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230903113801 kobutayamaさんのX(旧ツイッター)での短評:

いわゆる女中と派出婦が違うとは全く知りませんでしたし、法による社会制度の構築というものがいかに困難であるかということに嘆息しました。彼女たちの存在が第一次主婦論争などにどのような影響を与えたのか知りたくなりました。

 

2023年9月 2日 (土)

ポンコツジョブとポンコツ従業員

アメリカ社会の凄い所は、基本的にクズでポンコツでヤル気も能力もない従業員が作業をしても、全体では生産性が高くなるように、一部のとてつもなく優秀な人たちが良い仕組みを作り続けてることだと思うな。マネジメントってそういう事だよね。バカとハサミは使いよう。

正確に言えば、ポンコツでも務まる下級ジョブにはそれにふさわしい人を選んではめ込み、その上のまあまあな人でないと務まらないけどまあまあな人でも務まる中の下のジョブにはそういう人を選んではめ込み、その上のそれなりの人でないと務まらないけどそれなりの人なら務まる中の中のジョブにはそういう人を選んではめ込み、その上の相当な人でないと務まらないけど相当な人なら務まる中の上のジョブにはそういう人を選んではめ込み、その上のとても優れた人でないと務まらないような上級ジョブにはそういう人を選んではめ込む、というのが、実際にそういう風に理想的になっているかどうかは別として(かなりの場合そうなっていないんだろうけど)、少なくとも理念型としてのジョブ型組織のあるべき姿ということになっているはず。

上記ツイート(X)は、まずそもそもの前提として具体的なジョブへのはめ込み以前に「クズでポンコツでやる気も能力もない従業員」という一般的存在を前提としている点で、極めて日本的な組織の有り様に引きずられた考え方になっているように思われる。

正確に言えば、日本の組織というのは、ジョブ型社会ならポンコツ用の下級ジョブから優秀者用の上級ジョブまで、何でもやらせる前提の『能力』の高いことになっている従業員が、ジョブなどという硬直的なものにとらわれずにフレキシブルにその『能力』を発揮して仕事をするということになっているので(これまた理念型であって、実際にはそんなうまい具合に行かないことが多いんだけど)、うまくいかないと従業員がポンコツやからだめなんやと責任をなすりつけたがるんだろうね。

ogawabさんの短評

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230902105101 ogawabさんのX(旧ツイッター)での短評:

『家政婦の歴史』(文春新書)読了。本来法律のプロであるはずの裁判官や弁護士、行政官も、制定当初の意図や用法を忘れ、法文を恣意的に用いて気づかない、という興味深くも相当に恐ろしい事態を、家政婦という職業を通して描き出す。

 

2023年9月 1日 (金)

『POSSE』No.54

514nyzj9utl_sl500_ 『POSSE』No.54をお送りいただきました。

https://info1103.stores.jp/items/64e6d0d63097d70030954854

特集は「地方移住の先にユートピアはあるのか? 」ですが、巻末に近いところに、家政婦過労死事件に関わる記事が二本あります。

◆父の過労死──会社と闘ってきた10年間
第6回 家事労働者過労死裁判の支援活動から見えてきた社会運動の可能性
高橋優希

◆家事労働過労死裁判に取り組む意義とその射程
佐藤 学(NPO法人POSSE・総合サポートユニオン)

ただ、残念ながら、いずれもそもそも家政婦は家事使用人ではなかったという私の議論はまったく考慮に入れていないようです。

『家政婦の歴史』はPOSSEにも一冊お送りしたのですが、活動に忙しくて読まれていないのかも知れません。

今後も断固として、家政婦が家事使用人として労基法や労災保険法の適用除外であることを何の疑いもなく受け入れつつ、それが不当だ、憲法違反だと主張するということなのでしょうが、その理屈は少なくとも裁判所の解釈論としてはなかなか受け入れてもらえそうもないのではないかと思われます。

 

 

 

最低賃金全国加重平均1500円を目指す!?

と、岸田首相が述べたという記事を見て、官邸HPで確認すると、確かにそう言っていますね。

https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202308/31shihon.html

 我が国の実質GDPは4~6月期の速報値で、年率換算6パーセントの成長率となりましたが、エネルギー食料品価格が高騰する中で、内需主導の経済成長を実現していくためには、賃上げが当たり前となる経済、そして投資促進が鍵となります。

 今年の賃上げ率は3.58パーセント、中小企業に限っても3.23パーセントであり、30年ぶりの高水準となりました。また、今年度の最低賃金額は全国加重平均1004円となり、目標の1000円超えを達成いたしました。最低賃金については、さらに着実に引き上げを行っていく必要があります。引き続き、公労使三者構成の最低賃金審議会で、毎年の賃上げ額についてしっかりと御議論いただき、その積み上げにより2030年代半ばまでに全国加重平均が1500円となることを目指してまいります

 賃金及び最低賃金の安定的な引き上げが必要であり、そのためには中小・小規模企業の労務費の円滑な転嫁が必要です。政府・公正取引委員会は実態調査の結果を踏まえ、年内に発注者側のあるべき対応を含め、詳細な指針を策定・公表し、周知徹底を行います。

 また、賃上げに向けた中小・小規模企業の支援のため、直ちに、事業再構築補助金、ものづくり補助金、IT導入補助金及び業務改善助成金について、要件緩和を実施いたします。また、現場の意見を踏まえ、今後取りまとめる新たな経済対策において省人化・省力化投資の支援措置などの抜本強化を図ります。

 さらに、国内投資促進に向けたさらなる政策的対応として、戦略的に重要な分野であるが、初期投資コストやランニングコストが高い分野について集中的に支援する税制や、知的財産の創出に向けた研究開発投資を促す税制を検討するとともに、新たな経済対策において、地方において賃上げが可能となるよう、中堅・中小企業による投資促進策を強化いたします。

 これらにより、賃金や投資を含む成長と分配の好循環を拡大してまいります。

今年1000円を超えたばかりなので、あと12年ほどで1500円ということは、単純計算で毎年41円以上上げ続けなければなりません。もちろん、それが必要であればそうすればいいのでしょうが、気になるのは、それでは労働組合が一生懸命団体交渉して賃上げしていくという努力が限りなく希薄化していってしまうのではないか、ということです。実は、過去20年以上にわたってほとんど本当の賃上げがされてこなかった(定昇込みいくらというインチキ数字では毎年2%ずつ上がっていることになっているけれども、真水はほぼ0%)にもかかわらず、最低賃金だけは政権の如何を問わず着実に引き上げられてきたために、正社員の高卒初任給が最低賃金に追いつかれ始めています。

ここは、そもそも労働社会における賃金設定は何を基本とすべきなのか、という社会哲学の根本に関わる問題なので、基本は(政府の関与しない自主的な)労使交渉による賃上げであって、しかしそれでは及ばない社会の周辺分野のあまりにひどい低賃金は国家権力がしゃしゃり出て最低賃金未満を禁止するという考え方を維持するのであれば、この岸田発言はそう簡単に賛成していいのかどうか、きちんと議論すべき点のはずです。

というのも、昨年末に成立したEUの最低賃金指令をめぐって、法定最低賃金などという情けない代物を持たない北欧(スウェーデンとデンマーク)の労働組合が猛反発しているという事態があるからです。

 

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