フォト
2024年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« それはベーシックインカムじゃなくって最低所得 | トップページ | 『家政婦の歴史』に見られる人々のマヌケさ »

2023年8月24日 (木)

EUトレーニーシップに関する労使への第1次協議@『労基旬報』2023年8月25日号

『労基旬報』2023年8月25日号に「EUトレーニーシップに関する労使への第1次協議」を寄稿しました。

 ジョブ型雇用社会では、募集とはすべて具体的なポストの欠員募集であり、企業があるジョブについてそのジョブを遂行するスキルを有する者に応募を呼びかける行動であり、応募とはそのポストに就いたら直ちにその任務を遂行できると称する者が、それ故に自分を是非採用してくれるように企業に求める行動です。その際、その者が当該ジョブを的確に遂行できるかどうかを判断する上では、社会的に通用性が認められている職業資格や、当該募集ポストで必要なスキルを発揮してきたと推定できるような職業経歴を提示することが最も説得力ある材料となります。そうすると、学校を卒業したばかりの若者は職業経歴がないのですから、卒業したばかりの学校が発行してくれた卒業証書(ディプロマ)こそが、最も有効な就職のためのパスポートになります。しかしながら、すべての学校の卒業証書がその卒業生の職業スキルを証明してくれるわけではありません。そうすると、自分の職業スキルを証明してくれる材料を持たない若者は、つらく苦しい「学校から仕事への移行」の時期を過ごさなければなりません。
 という話は、これまで様々なところで喋ったり書いたりしてきたことですが、その「移行」のための装置としてかなりのヨーロッパ諸国で広がってきているのがトレーニーシップ(訓練生制度)です。スキルがないゆえに就職できない若者を、労働者としてではなく訓練生として採用し、実際に企業の中の仕事を経験させて、その仕事の実際上のスキルを身につけさせることによって、卒業証書という社会的通用力ある職業資格はなくても企業に労働者として採用してもらえるようにしていく、という説明を聞くと、大変立派な仕組みのように聞こえますが、実態は必ずしもそういう美談めいた話ばかりではありません。むしろ、訓練生という名目で仕事をさせながら、労働者ではないからといってまともな賃金を払わずに済ませるための抜け道として使われているのではないかという批判が、繰り返しされてきているのです。
 とはいえ、ジョブ型社会のヨーロッパでは、訓練生であろうが企業の中で仕事をやらせているんだから労働者として扱えという議論が素直に通らない理由があります。最初に言ったように、労働者として採用するということはそのジョブを遂行するスキルがあると判断したからなのであって、そのスキルがないと分かっている者を採用するというのは、そのスキルがある応募者からすればとんでもない不正義になるからです。スキルがない者を採用していいのは、スキルを要さない単純労働だけです。そして、単純労働に採用されるということは、ほっとくといつまで経ってもそこから抜け出せないということを意味します。ジョブ型社会というのは、本当に硬直的でしちめんどくさい社会なのです。
 スキルがない者であるにもかかわらず、スキルを要するジョブの作業をやらせることができるのは、それが教育目的であるからです。労働者ではなく訓練生であるという仮面をかぶることで、スキルのない(=職業資格を持たない)者がスキルを要するジョブのポストに就くことができるのである以上、この欺瞞に満ちたトレーニーシップという仕組みをやめることは難しいのです。
 ヨーロッパの中でもドイツ、スイスその他のドイツ系諸国においては、いわゆるデュアルシステムという仕組みが社会的に確立しており、学校教育自体がパートタイムの学習とパートタイムの就労の組み合わせになっていて、学校を卒業する時には既に3年か4年の職業経験を持った立派な職業資格を獲得できるので、若者の失業問題はあまり顕在化しないのですが、フランスをはじめとする多くの諸国では、そういう仕組みが乏しいために、学校卒業後に訓練生として実地で仕事を覚える時期を強いられることになりがちです。
 とはいえ、さすがにそれはひどいではないかと声が高まり、EUでは2014年に「トレーニーシップの上質枠組みに関する理事会勧告」という法的拘束力のない規範が制定されています。そこでは次のような事項が求められています。トレーニーシップの始期にトレーニーとトレーニーシップ提供者との間で締結された書面によるトレーニーシップ協定が締結されること。同協定には、教育目的、労働条件、トレーニーに手当ないし報酬が支払われるか否か、両当事者の権利義務、トレーニーシップの期間が明示されること。そして命じられた作業を通じてトレーニーを指導し、その進捗を監視評価する監督者をトレーニーシップ提供者が指名すること。
 また労働条件についても、週労働時間の上限、1日及び1週の休息期間の下限、最低休日などトレーニーの権利と労働条件の確保。安全衛生や病気休暇の確保。そして、トレーニーシップ協定に手当や報酬が支払われるか否か、支払われるとしたらその金額を明示することが求められ、またトレーニーシップの期間が原則として6カ月を超えないこと。さらにトレーニーシップ期間中に獲得した知識、技能、能力の承認と確認を促進し、トレーニーシップ提供者がその評価を基礎に、資格証明書によりそれを証明することを奨励することが規定されています。とはいえこれは法的拘束力のない勧告なので、実際には数年間にわたり訓練生だといってごくわずかな手当を払うだけで便利に使い続ける企業が跡を絶ちません。
 これに対し、2023年6月14日に欧州議会がEUにおけるトレーニーシップに関する決議を採択し、その中で欧州委員会に対して、訓練生に対して十分な報酬を支払うこと、労働者性の判断基準に該当する限り労働者として扱うべきことを定める指令案を提出するように求めました。これを受ける形で、去る7月11日に、欧州委員会は「トレーニーシップの更なる質向上」に関する労使団体への第1次協議を開始しました。以下、その内容を概観していきたいと思います。
 この協議に先立って行われたユーロバロメータの調査によると、EUの若者の68%がトレーニーシップを経て就職しており、39%は同一使用者とのトレーニーシップでした。また、報酬を得ているトレーニーの割合は2013年の40%から2023年には55%に増加し、最後のトレーニーシップ期間が6か月を超えているのが15%から11%に減少しています。社会保障にフル加入できているのは33%、部分加入は28%で、76%はトレーニーシップで有用な職業経験を得たと答えています。1つでもトレーニーシップに参加したのは全体の78%に上りますが、うち26%は1つ、29%は2つ、23%は3つ以上で、複数のトレーニーシップ経験者の37%は同一使用者の元でした。期間制限を潜脱しているようです。本年1月のトレーニーシップ枠組実施状況報告によると、問題のあるトレーニーシップとしては、質の悪いトレーニーシップ、法を遵守しないトレーニーシップ、偽装トレーニーシップがあります。
 このような調査結果や上記欧州議会の決議を受けて、欧州委員会はトレーニーシップの更なる質向上のためのEU行動が必要だと考え、次のような事項を挙げています。まず、トレーニーシップの範囲拡大です。現在適用除外されている正規の教育訓練課程の一環として行われるトレーニーシップも対象に加えることが提起されています。もっとも、正規の教育訓練課程にある者は学生と分類されるので、EU条約上立法は困難であり(条約第165条第4項及び第166条第4項)、欧州議会が求める指令案の提案は難しいということになります。次にトレーニーシップの濫用防止です。正規雇用を代替するためにトレーニーを使うという事態を防止sするために、正規の教育訓練課程以外のトレーニーシップの期間の上限設定やその延長・更新に条件を付する等が示されています。
 欧州議会や労働組合サイドが繰り返し求めている公正な報酬と社会保障へのアクセスについては、やはり条約上の制約(第155条第5項)で立法化は難しいと述べていますが、最低賃金指令を制定しておいて何を言っているのかという気もします。ただ、そもそもトレーニーは労働法上の労働者なのか学生なのかという問題がある以上、スパッと割り切る解決は困難でしょう。
 なお、これに先立って今年4月18日、欧州経団連などEU経営団体が連名でトレーニーシップに関する声明を発表していますが、その中で欧州議会の決議に対して反論し、トレーニーシップは何よりも先ず職場経験を提供することによってスキルを向上させるための教育訓練なのであって、一般的には被用者ではないと論じています。それが単なる逃げ口上ではないのは、上述の通りです。ジョブ型社会というのは(近頃はやりのインチキジョブ型コンサルタントの言うこととは全く異なり)かくも硬直的な社会システムなのです。

 

« それはベーシックインカムじゃなくって最低所得 | トップページ | 『家政婦の歴史』に見られる人々のマヌケさ »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« それはベーシックインカムじゃなくって最低所得 | トップページ | 『家政婦の歴史』に見られる人々のマヌケさ »