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2023年8月

2023年8月31日 (木)

西武池袋ストライキに一言コメント

20230831ds44_p 本日、西武池袋本店がストライキを決行しているということで、私にも一言コメントが求められました。詳しい事情は知らない部外者なので、一般論でしか喋れませんよと申し上げましたが、それでもいいとのことなので、そういう一言コメントになっています。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2023083000924

・・・一方、そごう・西武の労組が28日に開いた記者会見には、高島屋など複数の大手百貨店の労組幹部が同席し、支援する姿勢を鮮明にした。連合は30日、「苦渋の決断をした組合員が雇用不安を抱えている状況を憂慮し、経営側に早期の収拾を強く求める」とのコメントを発表した。
 労使問題に詳しい浜口桂一郎労働政策研究・研修機構所長は「ストは労働者の権利だ。今回の結果がどうなるか分からないが、売却後の使用者の(雇用維持などについて)対応にくぎを刺す狙いもあるのかもしれない」とみている。

 

 

 

 

トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』@労働新聞書評

31f57aheptl_20230830211501 例によって月1回の労働新聞書評、今回は トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』(みすず書房)です。

【書方箋 この本、効キマス】第32回 『資本とイデオロギー』 トマ・ピケティ著/濱口 桂一郎

 もう5年以上も前になるが、『21世紀の資本』がベストセラーになって売れっ子だったピケティの論文「Brahmin Left vs Merchant Right」(バラモン左翼対商人右翼)という論文を拙ブログで紹介したことがある。この「バラモン左翼」という言葉はかなり流行したが、右翼のリベラル批判の文脈でしか理解しない人も多く、造語主ピケティの真意と乖離している感もあった。
 原著でも1000ページ、邦訳では1100ページを超える本書は、このバラモン左翼がいかなる背景の下に生み出されてきたのかを人類史的視野で描き出した大著だ。第1章と第2章は中世ヨーロッパの三層社会-聖職者、貴族、平民-を論じ、第3章から第5章はそれが近代の所有権社会に転換していった姿を描く。第6章から第9章は欧州以外の奴隷社会、植民地社会を描くが、特に第8章ではインドのカースト社会を論じる。ここまでで400ページ。いつになったら今日の格差社会の話になるのだとじりじりする人もいるかも知れないが、いやいやこれらが全部伏線になっているのだ。
 20世紀初頭に財産主義に基づく格差社会の極致に達した所有権社会は「大転換」(ポランニー)によって社会民主主義社会に転換する。(ドイツや北欧の)社民党、(フランス等の)社会党、(イギリスの)労働党、(アメリカの)民主党が主導したこの転換は、保守政党によっても受け継がれ、社会は著しく平等化し、1980年代までの高度成長を生み出した。しかし、やがて新たな財産主義のイデオロギーが世を覆うようになっていく。本書では、1950-1980年代と1990-2010年代の間にいかに世界中の国々で格差が拡大していったかという統計データがこれでもかこれでもかと載っている。
 このネオリベ制覇の物語は誰もが知っているが、なぜそんなことが起こったのかについて、本書が提示するのが左翼のバラモン化なのだ。半世紀前には、上記左派政党の支持者は明確に低学歴、低所得層であり、保守政党の支持者は高学歴、高所得層であった。低学歴層に支持された左派政権は教育に力を入れ、高学歴化が進んだ。その結果、学歴と政党支持の関係に大逆転が起こった。左派は高学歴者の党となり、右派が低学歴者の党になったのだ。インテリ政党と化した左翼は、もはや「うるせぇ、理屈はいいから俺たちに金寄こせ」というかつての素朴な叫びからはほど遠く、経済学者や社会学者のこむつかしい屁理屈を振り回す頭でっかちの連中でしかない。その姿を、かつての三層社会の聖職者(インドではバラモン)に重ね焼きして「バラモン左翼」と呼ぶピケティの哀しき皮肉をじっくり味わってもらいたい。
 バラモン左翼に愛想を尽かして社会民主主義政党から離れた低所得層に、「君たちの窮状の原因は移民どもだ」と甘い声をかけるのがネイティビスト(原住民優先、移民排斥の思想で、「自国主義」という訳語は違和感がある)だ。特に、「外国人どもが福祉を貪っているから君たちの生活が苦しいんだ」と煽り立てるソーシャル・ネイティビストが世界中で蔓延っている。ピケティは最後の章で21世紀の参加型社会主義を提起するが、そしてそれは評者の理想と極めて近いものではあるのだが、現実との落差はため息が出るほどだ。 

 

 

2023年8月30日 (水)

『日刊ゲンダイ』に著者インタビュー

Image0-gendai 本日の日刊ゲンダイに、「著者インタビュー」として、わたくしが『家政婦の歴史』について喋っています。

明日には日刊ゲンダイデジタルにも掲載されるとのことなので、今日帰宅途中に買われた方以外は、明日そちらをご覧下さい。

(8/31)今朝デジタル版に掲載されました。

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/328351

見出しとして大きく、「家政婦と家事使用人は別。通いで働く近代的女性労働として誕生したのが家政婦です」と載っていますね。

 

いじめ・嫌がらせのあっせん申請件数とパワハラの調停申請件数 866件・368件@『労務事情』9月1日号

B20230901 『労務事情』9月1日号の「数字から読む日本の雇用」に「いじめ・嫌がらせのあっせん申請件数とパワハラの調停申請件数 866件・368件」を寄稿しました。

https://www.e-sanro.net/magazine_jinji/romujijo/b20230901.html

 去る6月30日に例年通り令和4年度個別労働紛争解決制度の施行状況が公表されました。全体の傾向はここ数年変わらず、総合労働相談件数は124万8,368件で微増、民事上の個別労働相談件数は27万2,185件で微減、労働局長による助言・指導申出件数は7,987件、紛争調整委員会によるあっせん申請件数は3,492件とかなりの減少を見ています。
 ここでは、2014年度に解雇を抜いて以来ずっとあっせん申請の1位であったいじめ・嫌がらせのここ数年の動向を見ておきたいと思います。・・・・・

なお、本号の巻末近くの「Bookshelf」に、『家政婦の歴史』が紹介されています。

 家政婦の過労死該当性が争われた国・渋谷労基署長(山本サービス)事件(東京地判令4.9.29)では、家政婦は家事使用人であり、労基法や労災保険法の適用を受けないという理由で遺族の訴えが退けられた。本書は、家政婦は家事使用人ではないとして判決に異を唱える著者が、その論拠を示した一冊である。・・・・

・・・豊富な文献や統計資料が説得力を高めている。

 

 

2023年8月29日 (火)

フリーランスの労働安全衛生政策@WEB労政時報

WEB労政時報に「フリーランスの労働安全衛生政策」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/article/85565

本連載の2021年10月26日付記事「建設アスベスト最高裁判決と一人親方の労働安全衛生政策」で、非雇用労働者への労働安全衛生政策の拡大の動きについて触れてから2年近くが経ちました。同記事で述べた労働政策審議会安全衛生分科会では、建設アスベスト最高裁判決の「安衛法が人体に対する危険がある作業場で働く者であって労働者に該当しない者を当然に保護の対象外としているとは解し難い」という判示を受けて、もっぱら有害物等による健康障害の防止措置を事業者に義務づける労働安全衛生法第22条に基づく省令の改正について審議が行われ、翌2022年1月の答申を経て、同年4月に労働安全衛生規則を始め、有機溶剤中毒予防規則、鉛中毒予防規則、四アルキル鉛中毒予防規則、特定化学物質障害予防規則、高気圧作業安全衛生規則、電離放射線障害予防規則、酸素欠乏症等防止規則、粉じん障害防止規則、石綿障害予防規則、東日本大震災により生じた放射線物質により汚染された土壌等を除染するための業務等に係る電離放射線障害防止規則が改正されました。これらは、雇用労働者でなくても、請負人への発注者が労働安全衛生責任を負うことを規定した初めての立法です。

 しかし話はこれで終わりではありません。・・・・

 

 

2023年8月28日 (月)

札幌国際大学(大月隆寛懲戒解雇)事件の地裁判決文

今年2月に札幌地裁で下された札幌国際大学(大月隆寛懲戒解雇)事件については、新聞記事に基づいてこんなエントリを書きましたが、

定年前解雇者の定年後解雇無効判決による地位確認

労働法学的に興味深い論点はここです。

大月さんは、裁判中に定年の63歳を迎えた。裁判では、定年後再雇用の成否も争点となったが、解雇事由がないことなどから、雇用が継続されるものと期待することに合理的な理由があるとして、現在についても、定年後再雇用された教職員としての労働契約上の地位にあると認めた。

判決文はまだ見られていないので、どういう理屈建てになっているのかはわかりませんが、おそらく高年法に基づき65歳までの継続雇用が義務付けられていることを根拠に、63歳定年後も65歳までは雇用が継続されることになっていたはずだと判断したのでしょう。ただ、「定年後再雇用された教職員としての労働契約上の地位」の確認というのは、具体的にどのような雇用条件で再雇用されたものと認定されたのか、興味をそそられます。 

この地裁判決文が裁判所HPにアップされました。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/324/092324_hanrei.pdf

事案の内容からして、

よって、本件懲戒解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、無効である。 

というのはまあそうだろうな、というところですが、上記定年後再雇用の成否という論点についてはどう判断しているかというと、

3 争点②(定年後再雇用の成否)について

⑴ 本件就業規則10条1項本文は、大学教員は満63歳に達した日の属する年度の終わりをもって定年とする旨を定め、同項ただし書は、本人が希望し、解雇事由又は退職事由に該当しない者については、本件特任就業規程により、退職日の翌日から1年ごとの雇用契約を更新することにより満65歳まで継続雇用する旨を定めている。
これに加え、証拠(甲48)によれば、被告の理事長は、平成29年3月14日発行の学園報において、教員の定年及び定年後の雇用について、満68歳まで雇用されるのが原則ではなく、例外であり、原則は、満65歳に達した日の属する年度の終わりまでであり、これを周知徹底する旨を述べたことが認められることを踏まえれば、被告においては、本件就業規則10条1項ただし書の要件を満たす者は、満65歳に達する日の属する年度の終わりまでは、原則として再雇用されるというべきである。
そして、原告は、本件訴訟係属中である令和4年▲月に満63歳に達し(前提事実⑴イ)、同年3月31日をもって定年に達したと認められるところ、原告は、本件訴訟において、上記定年後は再雇用による雇用契約の継続を希望していたと認められ(弁論の全趣旨)、既述のとおり、原告に解雇事由があるとは認められず、その他退職事由もうかがわれないから、上記再雇用の要件を満たすものと認められる。
以上に鑑みれば、原告において、定年による雇用契約の終了後も満65歳まで雇用が継続されるものと期待することに合理的な理由があると認められ、原告の人事考課の内容(前記2⑶)等を踏まえれば、原告を再雇用しないことにつきやむを得ない特段の事情もうかがわれないから、再雇用をすることなく定年により原告の雇用が終了したものとすることは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認めることはできない(最高裁平成23年(受)第1107号同24年11月29日第一小法廷判決・裁判集民事242号51頁参照)。
⑵ したがって、原告は、令和4年4月1日以降は、被告との間で定年後に再雇用された教職員としての労働契約上の地位にあると認められる。
そして、その労働条件は、本件就業規則、本件特任就業規程及び本件特任給与内規の定めに従うことになるものと解される。

というわけで、基本的には大学側の就業規則の規定の解釈に基づき(言い換えればそれが準拠している高齢法の規定に基づき)、定年後再雇用されたものという地位を認めています。

 

 

 

 

 

 

 

2023年8月26日 (土)

高谷幸さんが朝日読書欄で『家政婦の歴史』を紹介

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230826104201 本日の朝日新聞の読書欄「新書速報」で、高谷幸さんが『家政婦の歴史』を紹介いただいているようです。

https://www.asahi.com/articles/DA3S15725537.html

 濱口桂一郎『家政婦の歴史』(文春新書・1100円)は、数年前に起きた家政婦死亡事件をきっかけに、これまで顧みられてこなかった彼女たちの歴史を辿る。「家政婦」とは、20世紀初頭に主婦たちが始めた事業であり、「女中」すなわち「家事使用人」とは別物だった。だが戦後、業界が生き残りを図る中、その位置づけは曖昧化されてしまった。家事介護の外部化で利用が広がる労働者の位置づけに、歴史的な観点から一石を投じる著作だ。

 

2023年8月25日 (金)

山下ゆさんが『家政婦の歴史』に8点

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230825213001 ブログ書評界の巨匠山下ゆさんに拙著『家政婦の歴史』を取り上げていただきました。8点という採点です。

濱口桂一郎『家政婦の歴史』(文春新書) 8点

 『新しい労働社会』や『ジョブ型雇用社会とは何か』(ともに岩波新書)などで、日本の雇用システムの歴史や問題点をえぐり出してきた著者ですが、今回は「家政婦の歴史」というかなり小さな話を扱った本になります。
 ところが、「家政婦」という1つの職業の変転の中に、日本の労働政策の大きな転換とそこで隠されてしまった矛盾点が見えてくるのが本書の面白さでしょう。
 女中と家政婦、似たようなことをしているように見えてその出自は違い、しかし、その出自の違いはGHQの占領政策によって見えなくなってしまう…、このように書くとミステリーのようですが、本書はそうしたミステリーとしても楽しめると思います。  

そう、日本の労働法制の裏面を暴く深刻な内容であるとともに、スリルたっぷりに楽しめる歴史ミステリーとしても楽しめるようにと思って書きました。

この後、山下ゆさんは大変丁寧に本書の筋をたどっていただいていますが、そこを飛ばして最後のパラグラフにいくと、

 このように、本書は違うものだった女中と家政婦(派出婦)がいつの間にか同じものにされていき、法の保護の狭間に落ち込んでしまった歴史的経緯を描き出しています。
 終章のタイトルは「「正義の刃」の犠牲者」となっていますが、GHQのコレットは当然ながら派出婦を切った自覚はなく、日本の役人たちも10年も立たないうちに切り捨てたことを忘れてしまっているという事例です。

 日本の戦後処理では、在サハリン朝鮮人など、法の狭間に落ち込んでしまい長年に渡って救済を受けられなかった事例がありましたが、実は身近な家政婦が法制度の狭間に落ち込んでいて、しかもほとんどの人がその理由に気づいていなかったというのは、なかなか考えさせられることです。 

よ、本書で言いたかったことを見事に言語化していただいています。

 

『家政婦の歴史』に見られる人々のマヌケさ

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230825213001 save_asさんの「名前をつけて保存」というブログで、『家政婦の歴史』に過分の御評価をいただいています。

家政婦の歴史と、木下古栗の受けたパワハラ

濱口桂一郎の新刊『家政婦の歴史』を読んだんだけどこれがとんでもなくすさまじい本で、労働法にひっそりと書かれた時代錯誤な条文が戦後から今の今まで生き残っており、なおかつそのことに誰も気づいていなかったということを丁寧に実証していくというたいへんな労作であり、労働研究者らのフェミニズムへの関心のなさ(さらに穿った見方をすれば、フェミニストの労働問題への関心の弱さも?)を暴いた本として強烈に印象に残る。新書の書き手としてはベテランの濱口の軽妙な語り口も相まって、サラっと読めるわりにとてもスリリングな本でたいへんおすすめできる。・・・ 

過分の御評価、有り難い限りです。

この後の部分は、正直私には全く分からない分野の話なのですが、

・・・だが、『家政婦の歴史』に見られる人々のマヌケさを見てちょっと思いが変わった。たぶん古栗読者も、家政婦の問題を見落としていた人々と同じで、古栗の受けたパワハラを「見落としている」のだ。

でも、お互いにほとんど没交渉の社会のある部分と別の部分とに、思いがけない相似形が浮かび上がってくるということはあるのかもしれません。

 

 

2023年8月24日 (木)

EUトレーニーシップに関する労使への第1次協議@『労基旬報』2023年8月25日号

『労基旬報』2023年8月25日号に「EUトレーニーシップに関する労使への第1次協議」を寄稿しました。

 ジョブ型雇用社会では、募集とはすべて具体的なポストの欠員募集であり、企業があるジョブについてそのジョブを遂行するスキルを有する者に応募を呼びかける行動であり、応募とはそのポストに就いたら直ちにその任務を遂行できると称する者が、それ故に自分を是非採用してくれるように企業に求める行動です。その際、その者が当該ジョブを的確に遂行できるかどうかを判断する上では、社会的に通用性が認められている職業資格や、当該募集ポストで必要なスキルを発揮してきたと推定できるような職業経歴を提示することが最も説得力ある材料となります。そうすると、学校を卒業したばかりの若者は職業経歴がないのですから、卒業したばかりの学校が発行してくれた卒業証書(ディプロマ)こそが、最も有効な就職のためのパスポートになります。しかしながら、すべての学校の卒業証書がその卒業生の職業スキルを証明してくれるわけではありません。そうすると、自分の職業スキルを証明してくれる材料を持たない若者は、つらく苦しい「学校から仕事への移行」の時期を過ごさなければなりません。
 という話は、これまで様々なところで喋ったり書いたりしてきたことですが、その「移行」のための装置としてかなりのヨーロッパ諸国で広がってきているのがトレーニーシップ(訓練生制度)です。スキルがないゆえに就職できない若者を、労働者としてではなく訓練生として採用し、実際に企業の中の仕事を経験させて、その仕事の実際上のスキルを身につけさせることによって、卒業証書という社会的通用力ある職業資格はなくても企業に労働者として採用してもらえるようにしていく、という説明を聞くと、大変立派な仕組みのように聞こえますが、実態は必ずしもそういう美談めいた話ばかりではありません。むしろ、訓練生という名目で仕事をさせながら、労働者ではないからといってまともな賃金を払わずに済ませるための抜け道として使われているのではないかという批判が、繰り返しされてきているのです。
 とはいえ、ジョブ型社会のヨーロッパでは、訓練生であろうが企業の中で仕事をやらせているんだから労働者として扱えという議論が素直に通らない理由があります。最初に言ったように、労働者として採用するということはそのジョブを遂行するスキルがあると判断したからなのであって、そのスキルがないと分かっている者を採用するというのは、そのスキルがある応募者からすればとんでもない不正義になるからです。スキルがない者を採用していいのは、スキルを要さない単純労働だけです。そして、単純労働に採用されるということは、ほっとくといつまで経ってもそこから抜け出せないということを意味します。ジョブ型社会というのは、本当に硬直的でしちめんどくさい社会なのです。
 スキルがない者であるにもかかわらず、スキルを要するジョブの作業をやらせることができるのは、それが教育目的であるからです。労働者ではなく訓練生であるという仮面をかぶることで、スキルのない(=職業資格を持たない)者がスキルを要するジョブのポストに就くことができるのである以上、この欺瞞に満ちたトレーニーシップという仕組みをやめることは難しいのです。
 ヨーロッパの中でもドイツ、スイスその他のドイツ系諸国においては、いわゆるデュアルシステムという仕組みが社会的に確立しており、学校教育自体がパートタイムの学習とパートタイムの就労の組み合わせになっていて、学校を卒業する時には既に3年か4年の職業経験を持った立派な職業資格を獲得できるので、若者の失業問題はあまり顕在化しないのですが、フランスをはじめとする多くの諸国では、そういう仕組みが乏しいために、学校卒業後に訓練生として実地で仕事を覚える時期を強いられることになりがちです。
 とはいえ、さすがにそれはひどいではないかと声が高まり、EUでは2014年に「トレーニーシップの上質枠組みに関する理事会勧告」という法的拘束力のない規範が制定されています。そこでは次のような事項が求められています。トレーニーシップの始期にトレーニーとトレーニーシップ提供者との間で締結された書面によるトレーニーシップ協定が締結されること。同協定には、教育目的、労働条件、トレーニーに手当ないし報酬が支払われるか否か、両当事者の権利義務、トレーニーシップの期間が明示されること。そして命じられた作業を通じてトレーニーを指導し、その進捗を監視評価する監督者をトレーニーシップ提供者が指名すること。
 また労働条件についても、週労働時間の上限、1日及び1週の休息期間の下限、最低休日などトレーニーの権利と労働条件の確保。安全衛生や病気休暇の確保。そして、トレーニーシップ協定に手当や報酬が支払われるか否か、支払われるとしたらその金額を明示することが求められ、またトレーニーシップの期間が原則として6カ月を超えないこと。さらにトレーニーシップ期間中に獲得した知識、技能、能力の承認と確認を促進し、トレーニーシップ提供者がその評価を基礎に、資格証明書によりそれを証明することを奨励することが規定されています。とはいえこれは法的拘束力のない勧告なので、実際には数年間にわたり訓練生だといってごくわずかな手当を払うだけで便利に使い続ける企業が跡を絶ちません。
 これに対し、2023年6月14日に欧州議会がEUにおけるトレーニーシップに関する決議を採択し、その中で欧州委員会に対して、訓練生に対して十分な報酬を支払うこと、労働者性の判断基準に該当する限り労働者として扱うべきことを定める指令案を提出するように求めました。これを受ける形で、去る7月11日に、欧州委員会は「トレーニーシップの更なる質向上」に関する労使団体への第1次協議を開始しました。以下、その内容を概観していきたいと思います。
 この協議に先立って行われたユーロバロメータの調査によると、EUの若者の68%がトレーニーシップを経て就職しており、39%は同一使用者とのトレーニーシップでした。また、報酬を得ているトレーニーの割合は2013年の40%から2023年には55%に増加し、最後のトレーニーシップ期間が6か月を超えているのが15%から11%に減少しています。社会保障にフル加入できているのは33%、部分加入は28%で、76%はトレーニーシップで有用な職業経験を得たと答えています。1つでもトレーニーシップに参加したのは全体の78%に上りますが、うち26%は1つ、29%は2つ、23%は3つ以上で、複数のトレーニーシップ経験者の37%は同一使用者の元でした。期間制限を潜脱しているようです。本年1月のトレーニーシップ枠組実施状況報告によると、問題のあるトレーニーシップとしては、質の悪いトレーニーシップ、法を遵守しないトレーニーシップ、偽装トレーニーシップがあります。
 このような調査結果や上記欧州議会の決議を受けて、欧州委員会はトレーニーシップの更なる質向上のためのEU行動が必要だと考え、次のような事項を挙げています。まず、トレーニーシップの範囲拡大です。現在適用除外されている正規の教育訓練課程の一環として行われるトレーニーシップも対象に加えることが提起されています。もっとも、正規の教育訓練課程にある者は学生と分類されるので、EU条約上立法は困難であり(条約第165条第4項及び第166条第4項)、欧州議会が求める指令案の提案は難しいということになります。次にトレーニーシップの濫用防止です。正規雇用を代替するためにトレーニーを使うという事態を防止sするために、正規の教育訓練課程以外のトレーニーシップの期間の上限設定やその延長・更新に条件を付する等が示されています。
 欧州議会や労働組合サイドが繰り返し求めている公正な報酬と社会保障へのアクセスについては、やはり条約上の制約(第155条第5項)で立法化は難しいと述べていますが、最低賃金指令を制定しておいて何を言っているのかという気もします。ただ、そもそもトレーニーは労働法上の労働者なのか学生なのかという問題がある以上、スパッと割り切る解決は困難でしょう。
 なお、これに先立って今年4月18日、欧州経団連などEU経営団体が連名でトレーニーシップに関する声明を発表していますが、その中で欧州議会の決議に対して反論し、トレーニーシップは何よりも先ず職場経験を提供することによってスキルを向上させるための教育訓練なのであって、一般的には被用者ではないと論じています。それが単なる逃げ口上ではないのは、上述の通りです。ジョブ型社会というのは(近頃はやりのインチキジョブ型コンサルタントの言うこととは全く異なり)かくも硬直的な社会システムなのです。

 

2023年8月23日 (水)

それはベーシックインカムじゃなくって最低所得

31f57aheptl ようやく、ピケティの『資本とイデオロギー』の最終章までたどり着きました。第17章「21世紀の参加型社会主義の要素」は、ピケティの理想社会像を全面展開しているところで、ゲルマン型の労働者の経営参加制度と、累進所得税、累進資産税に加えて、「ベーシックインカム」を推奨しているんですが、ここに違和感が。

少なくとも日本で過去十数年間議論されてきている「ベーシックインカム」というのは、その人の所得の如何に拘わらず、どんなお金持ちにも一率に配分されるものという風に理解されていると思うのですが、少なくともここでピケティが言っているのは、そういうベーシックインカムではありません。その証拠に、邦訳898ページでこう述べています。

・・・ここでは、社会国家と公正な社会の要素としてのベーシックインカムの役割に専念しよう。ベーシックインカム(または最低所得保障)が多くの国、特に西欧諸国に存在しているのは素晴らしい。・・・

現に多くの西欧諸国に存在しているのは、いわゆる「ベーシックインカム」ではなく、最低所得制度です。これについては、昨年10月にEU最低所得勧告が採択され、私が簡単な紹介記事を書いています。

EUの最低所得勧告@『労基旬報』2023年2月25日号

・・・ここでいう「最低所得」とは、「十分な資源に欠ける人の最後の手段(last resort)としての非拠出型(non-contributory)で資産調査型(means-tested)の安全網(safety nets)」と定義されています。日本で言えば生活保護に相当する社会扶助のことです。

ただ、生活保護のことをベーシックインカムと訳すなんて訳者が悪いと罵倒したいわけではありません。だって、原文にはちゃんと「basic income」になっているからです。その意味では本書は忠実な訳です。でも、文の趣旨からすると、意味がずれてしまっているのですね。

ピケティ自身この「ベーシックインカム」について、

・・・たとえば、表17-1に示したそれなりに野心的なベーシックインカムを考えよう。他にまったくリソースのない個人への最低ベーシックインカムを、平均税引き後所得の60%に設定してある。この金額は、他の所得が増えたら減る。・・・

と、補完的制度として設計しています。

こういうのはなかなか難しいところですが、気がついた人が指摘をしておくべきだと思うので、メモ代わりに書き付けておきました。

 

 

 

2023年8月22日 (火)

ILOが『生成AIと仕事』報告書を公表

Wcms_890744 世間ではAIネタが大流行ですが、ILOも昨日付で、“Generative AI and Jobs: A global analysis of potential effects on job quantity and quality”(『生成AIと仕事:仕事の量と質への潜在的影響のグローバルな分析』)という報告書を公表したようです。

https://www.ilo.org/global/about-the-ilo/newsroom/news/WCMS_890740/lang--en/index.htm

GENEVA (ILO News) – Generative Artificial Intelligence (AI) is more likely to augment than destroy jobs by automating some tasks rather than taking over a role entirely, a new study from the International Labour Organization (ILO) has found.

ILOの新研究によれば、生成人工知能(AI)は役割を完全に奪い取るよりもいくつかのタスクを自動化することにより、雇用を破壊するよりはむしろ増大するようだ。

The study, Generative AI and Jobs: A global analysis of potential effects on job quantity and quality , suggests that most jobs and industries are only partly exposed to automation and are more likely to be complemented rather than substituted by the latest wave of Generative AI, such as chatGPT. Therefore, the greatest impact of this technology is likely to not be job destruction but rather the potential changes to the quality of jobs, notably work intensity and autonomy.

同研究が示唆するところでは、多くの職業と産業は部分的にのみ自動化にさらされ、チャットGPTのような生成AIの直近の波によって代替されるよりは補完されるようだ。それゆえ、この技術の最大のインパクトは雇用破壊ではなく仕事の質への潜在的な変化、とりわけ労働密度と自律性であろう。

Clerical work was found to be the category with the greatest technological exposure, with nearly a quarter of tasks considered highly exposed and more than half of tasks having medium-level exposure. In other occupational groups – including managers, professionals and technicians – only a small share of tasks was found to be highly exposed, while about a quarter had medium exposure levels.

事務作業は技術的変化に最も影響を受ける分野で、タスクのほぼ4分の1が高度に影響を受け、半分以上が中くらいに影響を受けよう。他の職業グループ-管理職、専門職、技術者-では、タスクのごく一部のみが高度に影響を受け、4分の1程度が中くらいに影響を受ける。

The study, which is global in scope, documents notable differences in the effects on countries at different levels of development, linked to current economic structures and existing technological gaps. It finds that 5.5 per cent of total employment in high-income countries is potentially exposed to the automating effects of the technology, whereas in low-income countries, the risk of automation concerns only some 0.4 per cent of employment. On the other hand, the potential for augmentation is nearly equal across countries, suggesting that with the right policies in place, this new wave of technological transformation could offer important benefits for developing countries.

国によっても違う。高所得国では総雇用の5.5%が自動化の影響を受けるが、低所得国ではわずか0.4%だ。

The potential effects of Generative AI are likely to differ significantly for men and women, the study finds, with more than twice the share of female employment potentially affected by automation. This is due to women’s over-representation in clerical work, especially in high and middle-income countries. Since clerical jobs have traditionally been an important source of female employment as countries develop economically, one result of Generative AI could be that certain clerical jobs may never emerge in lower-income countries.

生成AIの潜在的影響は男性と女性でも顕著に異なり、女性の雇用のシェアは自動化によって2倍以上影響を受ける。これは、女性がとりわけ高所得・中所得国において事務作業に多数を占めているからだ。事務作業は国が経済発展するにつれて伝統的に女性雇用の重要な源泉であり、生成AIの結果は低所得諸国においていくつかの事務作業が決して生み出されてこないであろうということである。

The paper concludes that the socioeconomic impacts of Generative AI will largely depend on how its diffusion is managed. It argues for the need to design policies that support an orderly, fair and consultative transition. Workers’ voice, skills training and adequate social protection will be key to managing the transition. Otherwise, there is a risk that only a few, well-prepared countries and market participants will benefit from the new technology.

報告書は結論として、生成AIの社会経済的影響はその普及をいかにマネージするかに係っている。統制のとれ、公正で労使協議による移行が必要だ。労働者の発言、技能訓練、十分な社会保障が移行をマネージする上で緊要だ。さもなければ、ごく一部の準備の整った国と市場参加者だけが新技術の利益を享受することになるだろう。

The authors note that the “outcomes of the technological transition are not pre-determined. It is humans that are behind the decision to incorporate such technologies and it is humans that need to guide the transition process”.

著者ら曰く、技術的移行の帰結は決してあらかじめ決定されていない。かかる技術を取り入れる決定する背後にいるのも人間であり、移行のプロセスを導く必要があるのも人間である。

最後の台詞は気の利いたことを言おうとしてなんだかよく分からない台詞になっていますな。

『働く女子の運命』の廃棄検討・・・

Rectangle_large_type_2_57525e476ca4ea3b4 noteに「本の廃棄を検討する」というシリーズを書き綴られている方がいまして、その記事の中に、なんと拙著『働く女子の運命』も捨てようかどうしようかという検討対象になっていました。

本の廃棄を検討する 8

濱口桂一郎『働く女子の運命』(文春新書 2015)

これも、中川美紀『〈女性職〉の時代 ソフトインテリジェンスの力』なんかと一緒に資料として買い求めた書籍である。何の資料なんだよといわれそうだけれども、それはちょっと秘密。仕事で、誰かを説得するときには、読んでないふりをしつつ、内容自体をトレースして説得力をもたらさなければならないことが結構あるということ。

これも結構いい本なんですよね。タイトルが象徴的なので、それだけで敬遠されそうな感じなんですが、読むと、均等法に財界が反対した時のロジックとか、改正均等法の際に総合職と一般職の区別を示す制服が撤廃されそうになったときのエピソードとか、その時分に慶大経を卒業して総合職として入社し、当時の企画部経済調査室副長を務めていた女性の話とか、ユニークなエピソードと歴史を絡めてわかりやすく説明してくれるいい本です。

その企画部経済調査室副長の方は、のちに「東電OL事件」の被害者となる方で、濱口さんは「いくら何でも彼女は「OL」ではなかったはずです」と苦言を呈している。ホントあのタイトルは事実誤認をもたらしましたね。

ということで捨てられない。

ということで、捨てられなかったようです。ホッ。

 

 

道幸哲也さんと労働教育

北海道大学で長く労働法を担当された道幸哲也さんが亡くなられたというニュースが流れました。

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/896048

427ac80b39d0efaecadfe976f4492de2_1 北大名誉教授で、労働法の第一人者、道幸哲也(どうこう・てつなり)さんが20日午前8時54分、心不全のため、札幌市北区の北大病院で死去した。75歳。

道幸さんはもちろん労使関係法に情熱を注がれた方ですが、晩年の十数年間は労働教育の必要性を倦むことなく説き続けていました。

若者の労働法の知識が乏しいためにブラック企業が横行しているという議論が出始め、半世紀ぶりに労働教育の必要性が論じられるようになってきた15年前、私も若干立ち上げに関わって、厚生労働省に「今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会」が設けられました。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-roudouseisaku_129263.html

その第2回目の会合に、NPO法人職場の権利教育ネットワーク代表理事として道幸さんが出席され、この法人設立の経緯や労働教育として何が必要なのかといったことを語られています。

https://www.mhlw.go.jp/content/2008__10__txt__s1003-3.txt

○道幸氏 いま紹介いただいたようにNPO法人職場の権利教育ネットワーク代表理事なのですが、本業は北海道大学で労働法を教えております。去年の暮に法人を立ち上げて、少しずつ仕事をやり始めているのですが、どれだけのことをやっているかというと、いまひとつ頼りない状況ですので、むしろなぜこういう問題で立ち上げたかということを中心に、かなり私的な思い入れもありますが、それを中心にお話させていただきたいと思います。資料は、レジュメでなくて文章にしておきました。・・・

 次に、NPOを作った経緯をお話したいと思います。3頁ですが、北海道労働審議会というのがあって、これは知事の諮問機関です。(1)の「本道における個別的労使紛争解決システムの整備について」は、北海道労働委員会で個別あっせん制度を導入するかということを議論した委員会です。この委員会で導入を決めたわけですが、その際に最後に個別的労使紛争の予防という観点からは、労働教育にも一層力を入れることが必要だということが書いてあります。これは私が審議会の会長で入れてもらったのですが、これからはこういうことが重要ではないかということです。・・・ 

2番目が一番の問題だと思うのですが、学校です。特に高校への働きかけは非常に難しいです。だんだんわかったのは、これは当たり前かもしれませんが、学校行事が目白押しのために、なかなか機会を持つのは難しいということです。それから、教育委員会が熱心ではないということ。さらに、自分もやってよくわかったのですが、こういう高校生を相手にする講演のスキルとか適切な教材はどういうものがあるか。それがいま緊急の課題ではないかということです。・・・

 3番目は、やはり権利教育の制度化は一定程度必要ではないか。カリキュラムを入れるのは難しくても、進路指導とか、総合学習の中の1つのモデルとして作るとか、ある種の括弧付きの義務化みたいなものは考える時期ではないか。特に我々は北海道、地域にいると、文部科学省本体が何かを言わない限り、地方の教育委員会はほとんど動かないということです。そのために、ある程度、全国的なレベルの制度化をする必要があるのではないかと考えました。以上をもちまして、半分は決意表明的な話なのですが、終わりにします。

この研究会は翌2009年2月に報告書をまとめ、その後2015年の青少年の雇用の促進等に関する法律に、第26条として労働教育に係る努力義務規定が設けられました。

(労働に関する法令に関する知識の付与)
第二十六条 国は、学校と協力して、その学生又は生徒に対し、職業生活において必要な労働に関する法令に関する知識を付与するように努めなければならない。

その後、超党派の議員連盟でワークルール教育推進法案の検討が進められ、2017年の通常国会に議員立法として提出する寸前まで行きましたが、政治情勢のためその後動きは止まったままです。

一方上記NPO法人は毎年ワークルール検定を実施するなど、活動を続けています。

https://www.kenrik.jp/

道幸さんのご冥福をお祈りするとともに、労働教育の動きが再度盛り上がることを期待したいと思います。

 

 

 

 

 

2023年8月21日 (月)

『家政婦の歴史』にレビューいくつか

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230821095101 『家政婦の歴史』にアマゾンのカスタマーレビューがつきました。海坊主さんです。

家政婦の波乱万丈の歴史を紐解く

本書は、家政婦過労死裁判を端緒に、労働基準法上の家事使用人概念をめぐる、「女中」と「家政婦」の変遷を簡潔・明瞭・平易に解説している。1918年に生まれた、家事業務を時間単位で切り売りする「家政婦」については、労基法制定当初は、施行規則で「派出婦会」と明記され、法の適用が明らかであったものの、その後の職安法改正に伴い、労務供給事業が原則禁止となり、「派出婦会」は有料職業紹介事業に位置付けられる。その結果、雇い主が「派出婦会」から、「一般家庭」になったため、労基法が適用されず今日に至る。解決策として、労基法116条の「家事使用人」の解釈変更を求め、「派出婦会」の実態を踏まえ、家政婦紹介所を使用者とみなして、労基法を適用すること、あるいは、偽装請負の判例法理を類推適用して、派遣法を適用させる論理構成を提示。さらに、ゴルディアスの結ぶ目を解く手法として、家政婦紹介所を、本来の姿に近づけ、派遣事業者と位置づけることで、20万人以上にのぼるともみられる家政婦(夫)に労基法を適用することが可能との見解を明示。これは、法令改正が不要で、住み込みの女中には労基法が適用されないという除外規定は残るものの、現状の法制度を限りなく実態に近づけたもので、「ようやく本来の姿に見合った衣装を纏うことができるようになった。そうしない理由はない」(246頁)と締め括る。浅学非才の私には、ゴルディアスの結び目は解けなかったが、著者が提唱する、家事・介護派遣という「たった一つの冴えたやり方」以外の解法がないか、自分なりに検討を深めたい。
そういう切っ掛けを与えてくれた一冊だった。

また、読書メーターにもレビューがつきました。Francisさんです。

https://bookmeter.com/reviews/115622307

2022年の家政婦過労死事件裁判の判決を受けて書かれた労働法政策がご専門の著者の新著。「家政婦」はかつては「派出婦」と呼ばれ、本来であれば労働基準法を適用されるべき労働者として扱われるべきだった。ところが占領期GHQのある担当者が実態をよく見ないままその「派出婦」を派遣する派出婦会を労働者供給事業として禁止してしまったためにおかしなことになり、いつのまにか「家政婦」は労働者の扱いをされなくなってしまった・・、と言う。近代日本社会はもしかしたら今も女性労働者を男性と対等な労働者として認めたくないのですかね?

 

 

職安法の解像度を上げる本は・・・

Rfa6y6tw_400x400_20230821094801 びー助さんがこう呟いているのですが、

hamachan先生の最新刊を読むと職安法の解像度が爆上がるな。新書だし職安法を学ぶ際の副読本にも最適だと思った。

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230821095101 『家政婦の歴史』を高く評価していただくのは大変有難いのですが、とはいえ本書はあくまでも派出婦、家政婦という特定分野の歴史を追いかけた本なので、職安法全体の歴史については、本書の元になった労働政策レポート『労働市場仲介ビジネスの法政策-職業紹介法・職業安定法の一世紀』を見ていただいた方が、その全貌をつかめると思います。

https://www.jil.go.jp/institute/rodo/2023/014.html

Jilptchukai_20230821095401 約一世紀にわたる労働市場仲介ビジネスに対する規制の有為転変の歴史をたどり、職業安定法の将来像を考える上で役立つ情報を提供する。

労働市場仲介ビジネスに対する法政策は、ILO条約に沿って容認から規制、禁止へ、その後再度規制、容認へと転換してきた。その中でGHQの労働者供給事業禁止政策によって家政婦が有料職業紹介事業に移行したため、家事使用人とされてしまった。また、1980年代に問題となった求人誌規制はいったん消えた後、近年になって募集情報提供事業規制として登場した。

第1章 前史:職業紹介法制定以前
 第1節 職業紹介事業の発生
 第2節 営利職業紹介事業の取締り
 第3節 労働者募集人の実態
 第4節 公的職業紹介事業の始まり
 第5節 ILO第2号勧告の制定
第2章 職業紹介法時代
 第1節 職業紹介法の制定
 第2節 職業紹介法による営利職業紹介事業の規制
 第3節 職業紹介法下の営利職業紹介事業
 第4節 労働者募集取締令
 第5節 労務供給請負業の問題
 第6節 派出婦会の登場
 第7節 ILO有料職業紹介所条約・勧告
第3章 改正職業紹介法時代
 第1節 職業紹介所の国営化と勤労動員政策
 第2節 民営職業紹介事業の原則禁止
 第3節 労務供給事業の規制
 第4節 労務者募集の規制
 第5節 労務報国会の結成
 第6節 戦時統制と労務供給事業
  1 従業者移動防止令
  2 労務調整令
  3 その後の省令改正
第4章 職業安定法体制の成立
 第1節 職業安定法の制定
 第2節 有料職業紹介事業の推移
  1 有料職業紹介事業の厳格な規制
  2 旧労務供給事業対象職種の有料職業紹介事業化
  3 家政婦と家事使用人
  4 家政婦紹介所の実態
  5 その後の有料職業紹介事業
  6 1949年法改正
 第3節 無料職業紹介事業の推移
 第4節 労働者募集の規制
 第5節 労働者供給事業のほぼ全面的な禁止
  1 労働者供給事業に対するスタンス
  2 労働組合の労働者供給事業
  3 請負と労働者供給事業の区分
  4 供給労働者の使用禁止
  5 コレット旋風
  6 労働者供給事業規制の緩和
第5章 新たな労働市場仲介ビジネスの胎動
 第1節 ILO有料職業紹介所条約
 第2節 人材紹介型ビジネスモデルの展開と規制緩和
 第3節 有料職業紹介事業の推移
 第4節 労働者募集規制の見直し
 第5節 労働者派遣法の制定
 第6節 労働者派遣立法と連動した職業安定法の見直し
 第7節 求人情報提供事業の規制の試み
  1 求人情報誌規制をめぐる対立
  2 民間労働力需給制度研究会報告書
  3 審議会における議論の収縮
 第8節 人材スカウト業、アウトプレースメント業への規制の試み
  1 民間労働力需給制度研究会報告書
  2 審議会における議論の収縮
  3 最高裁判決による決着
 第9節 国外にわたる労働力需給調整に関する制度の整備
  1 民間労働力需給制度研究会報告書
  2 審議会における議論の展開
  3 1993年省令改正
 第10節 家政婦と介護労働をめぐる問題
  1 民営職業紹介事業への認識
  2 新たなシステムの模索と介護雇用管理改善法
  3 介護労働への労働者派遣システム導入の試み
第6章 労働市場仲介ビジネスの自由化時代
 第1節 1997年の擬似的ネガティブリスト化
  1 行政改革委員会規制緩和小委員会の意見
  2 経済審議会行動計画委員会雇用・労働ワーキンググループの意見
  3 中職審の建議
  4 技巧的な省令改正
 第2節 ILOの方向転換と第181号条約
  1 ILO第96号条約に対する圧力の増大
  2 ILO民間職業仲介事業所条約・勧告
 第3節 1999年改正職業安定法
  1 行政改革委員会から規制緩和委員会へ
  2 雇用法制研究会
  3 中職審の建議
  4 1999年改正職業安定法
  5 個人情報保護法制の先駆
  6 有料職業紹介事業の完全ネガティブリスト化
  7 無料職業紹介事業
  8 労働者の募集
  9 供給・派遣制度
  10 その他の規定
  11 求人情報・求職者情報提供と職業紹介との区分に関する基準
 第4節 2003年改正職業安定法
  1 手数料問題の推移
  2 2003年改正への推移
  3 2003年改正職業安定法
  4 家政婦の労災保険特別加入と紹介手数料
第7章 情報社会立法としての新・職業安定法の時代へ
 第1節 2017年改正職業安定法
  1 規制改革の動き
  2 求人トラブルをめぐる法政策の動き
  3 雇用仲介事業等の在り方に関する検討会
  4 労政審の建議
  5 有料職業紹介事業関係の改正
  6 労働条件明示義務の強化
  7 求人申込みの拒否
  8 募集情報等提供に係る改正
 第2節 2022年改正職業安定法
  1 リクナビ事件の衝撃
  2 労働市場における雇用仲介在り方研究会
  3 労政審の建議
  4 募集情報等提供事業への規制
  5 求人情報の的確な表示
  6 個人情報の保護
 第3節 フリーランスの労働市場仲介ビジネス
  1 個人請負型就業者研究会
  2 2022年改正時の議論
  3 フリーランス新法における規定の試み

 

 

2023年8月19日 (土)

『日本の雇用と中高年』に久しぶりの読書メーター書評

4480067736_20230819131801 『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)を出したのは2014年ですから、今からもう9年前になりますが、それでも細々と読み継ぐ方がおられるようで、最近も読書メーターにアナクマさんのこんな書評が投稿されていました。

https://bookmeter.com/reviews/115422945

アナクマ雇用問題を雇用システム改革の問題として論じる。例えば、ライフサイクルに応じて労働者にかかるコストは「社会が健全に再生産していくために必要不可欠なコストですが、労働者の提供する労務の対価とは直接関係がありません」そこで、さまざまな社会保障や雇用上の対応策が採られるが、それらの保障システムは互いに関わり合っているので、一部をいじれば済むという話ではない。◉「表層的な損得論をもてあそんでいるような人々の手に負え」ないのだと断じる彼の著作は、雇用問題全般の基礎構造を知るためには必読だと思います。

NHKクローズアップ現代で家事代行サービスを取り上げるようです

Bwlnrhkh_400x400 弁護士の指宿昭一さんのX(旧ツイッター)で、NHKクローズアップ現代の番組の予告が紹介されています。

家事代行サービス 急拡大の陰で... 初回放送日: 2023年8月22日 NHKクローズアップ現代  私が担当している家事労働者過労死事件についても取り上げられる予定です。

>今やアプリで気軽に呼べるまでに進化した家事代行サービス。1時間のスポット利用や価格が従来のおよそ半額のサービス、高齢者向けの低額サービスまで登場。市場規模はこの10年で6倍、8千億円に達するという試算も。

一方で、家庭という“密室”ゆえに、手抜きのトラブルや、家事代行者がカスタマーハラスメントに巻き込まれたり、亡くなったのに「ある理由」で労災が認められなかったケースも。家事の専門家が読み解く。

X79iel5a 番組の中でどれくらいのウェイトで取り上げられるのかは分かりませんが、この「私(=指宿弁護士)が担当している家事労働者過労死事件」を糸口にして、日本の労働市場法制の絡み合った闇を明らかにしたのが、先月刊行した『家政婦の歴史』(文春新書)です。

 指宿さんが担当しているこの過労死事件の今後の控訴審においても、是非拙著で明らかにした歴史認識が反映されて欲しいと切に願っています。

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166614141

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230819125201   「家庭のなかの知られざる労働者」の知られざる歴史が浮かび上がる!

家政婦と女中はどう違う?
家政婦は歴史上、いつから家政婦と呼ばれるようになったのか?
2022年9月、ある家政婦の過労死裁判をめぐって、日本の労働法制の根本に潜む大きな矛盾に気づいた労働政策研究者の著者は、その要因の一端を、市原悦子演じるドラマ『家政婦は見た!』に見出し、家政婦をめぐる歴史をひも解くことを決意した。

戦後80年近くにわたって、労働法学者や労働関係者からまともに議論されることなく放置されてきた彼女たちのねじれた歴史を、戦前に遡って描き出す驚くべき歴史の旅程。

 

 

 

2023年8月17日 (木)

chikanabeさんの『家政婦の歴史』寸評

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230817191501 旧ツイッターのXで、chikanabeさんが拙著『家政婦の歴史』を寸評されています。

濱口桂一郎『家政婦の歴史』読了。労働基準法第116条、1人の女性の死、そして、彼女たち、に捧げられた研究書だと思う。めちゃくちゃ面白かった。

めちゃくちゃ面白かった」との言葉、有り難い限りです。

 

 

 

『資本とイデオロギー』の一訳語について

61onumtnwgl_ac_uf10001000_ql80_ まだ膨大な『資本とイデオロギー』を読んでいる途中なので、中身についてあれこれいうには早いのですが、ある言葉の訳語についてやや気になったので一言だけ。

それは「社会自国主義」という訳語です。元の言葉は「social-nativisme」(仏語)「Social Nativism」(英語)で、ネイティヴィズムというのは原住民優先主義のことですが、日本語の原住民という言葉には先住民のようなマイノリティ的なニュアンスがありますが、そうではなく、近年の排外右翼のような移民排斥の思想を指します。ソーシャルという形容詞がついているのは、こいつら移民どもに福祉が食い物にされているという福祉右翼だからですが、いずれにしてもネイティヴィズムを「自国主義」と訳するのはかなりの程度ずれているんではないか、という疑問を感じました。

訳者も色々と考えた上でこの訳語を選んでいるのだとは思いますが、どうにも気になったので、一言だけ。

2023年8月16日 (水)

法政策としての靖国問題(前振り付再掲)

5sy4ret_400x400_20230816163401 弁護士の堀新さんがこうつぶやいているのですが、

靖国神社が宗教施設であることで、実は国も靖国神社自身も、厄介な議論から逃れることができているとも言える。
仮に「靖国国立戦士廟」みたいな国営の非宗教施設だったらどうか。誰を追悼対象にするか、歴史的評価をどうするか、過去の戦争の行為を賞賛して良いのか…などの問題が起こり

政府は頭を悩ませることになるだろう。
一方の靖国神社も「一度合祀した神霊は分離できない」等の宗教的な理屈を持ち出して、分祀や移転を否定し、さらには「何をやろうと誰を祀ろうと民間の宗教法人だから自由だ」と開き直ることもできる。
国立の施設だったらそういう逃げ道がないのである。

この問題は、表と裏が逆ですが、政府の政策という観点から、もう17年も前に本ブログで取り上げたことがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_5ca4.html法政策としての靖国問題

いや、別にヒートアップした論争に加わろうなどという気はありません。ただ、法政策として見たときに教訓になることがあるように思われるので、その点だけ。

言うまでもなく、靖国神社は戦前は陸海軍管下の別格官幣社で、内務省管下の一般の神社とは異なり事実上軍の組織の一環でした。敗戦後、GHQの神道指令で、国の機関たる神社は国から引き離されて宗教法人になったわけですが、このとき靖国神社は神社であることを止めて国の機関として残ることもあり得たのですが、結局そうならなかったわけです。これが第一のボタンの掛け違えですね。このとき陸海軍の機関として残って居れば、第一復員省、第二復員省を経て、厚生省援護局の機関となり、恐らく今頃は厚生労働省社会・援護局所管の独立行政法人靖国慰霊堂という風になっていたと思われますが、その道を選ばなかった。

次は独立後の50年代、このころ靖国神社を国の機関にしようという動きがあり、自民党から靖国○社法案、社会党から靖国平和堂法案が提起されています。政教分離を意識して神社といわないのですが、このころは社会党も戦没者の慰霊を国がやることには否定的でなかったことが分かります。「平和堂」というところが社会党的ですが、客観的に言えば一番まともな案だったかも知れません。

一番実現に近づいたのは、60年代後半から70年代初めにかけて、自民党から5回も靖国神社法案が提出され、最後は衆議院を通過しながら参議院で廃案になった時期です。神社でありながら特殊法人といういかにも憲法上筋の悪い法案ではありましたが、しかしこれを潰してしまった結果、今のような事態に立ち至ってしまったことを考えると、まことに惜しいことをしたと言えましょう。そりゃ、とんでもない法案だったかも知れないけれど、有は無に優るのでね。こうやって靖国神社を政府のコントロールの利かない一宗教法人のまま野放しにしてしまったために、いささか問題のある方々を勝手に合祀したりして、かえって問題をこじらせてしまったわけです。特殊法人の長だったら監督官庁の許可を得ずに勝手にそんなことできません。

まあ、ここまで来たら今さらどういっても仕方がないですし、よそ様の分野に何をどうすべきだというようなことを言うつもりもないのですが、これは他の分野の法政策にもいい教訓となるように思われます。そんな悪法だったら要らない!なあんて、あまりうかつに言わない方がいいですよ。ほんとに潰れてしまったら、事態はもっと悪くなるかも知れないんですからね。え?何の話?何の話しでしょう。

政府のコントロールの効かない一宗教法人のままであったからA級戦犯を合祀して、しかも宗教施設だから介入できないなどという奇怪な話になってしまったわけで、さっさと国の機関乃至準機関にしておいたら、こういう事態にはならなかったという話ですが、でもまあ、そういう冷静な話ができるんだったら、こういう事態になっていないよ、といわれて終わりかも知れません。

 

 

2023年8月15日 (火)

ココナツ・チャーリイさんの『家政婦の歴史』短評

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230815162301 ココナツ・チャーリイさんがX(旧ツイッター)で拙著『家政婦の歴史』をこう評されています。

「めちゃくちゃ面白い」との評、ありがとうございます。

法令は巻末資料にしたら良かったのではないかとのおことばですが、軽く読めるべき新書に、学術書ばりの巻末資料というのは却っていかがなものかと考えた次第です。

 

2023年8月14日 (月)

トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』

09048_1_20230814091901 トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』(みすず書房)を版元よりお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.msz.co.jp/special/09048/

この本、実は一昨年(2021年)のちょうど今ごろ、内容見本(非売品)が送られてきたことがあり、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/08/post-e7dad0.html

そのときの「はじめに」と、今回の分厚い本の冒頭の「はじめに」を読み比べてみると、この間翻訳に繰り返し手を入れていたことが窺われます。

2年前にも書きましたが、わたくしのような者にまでこの大著をお送りいただいたのは、私がその少し前に、本ブログでピケティのバラモン左翼論を紹介していたからでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/post-83eb.html(バラモン左翼@トマ・ピケティ)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/05/post-3616d9.html(バラモン左翼と商売右翼への70年)

しかし、浩瀚な本書の中で、バラモン左翼論は全17章の中の第15章に過ぎません。下記目次を見ればわかるように、人類史を総なめにする勢いの本書をそれだけで紹介するのはもったいないというものです。

一昨年も書いたように、

これはもう、『労働新聞』で月一回当番で回ってくる書評用には当選確実ですが、それだけじゃなく本気でじっくりと隅から隅まで読んでみたい本です。

『労働新聞』の書評の次回原稿は10月分なので、それに向けてじっくりと読ませていただこうと思います。

序文と謝辞

はじめに
イデオロギーとは何か/境界と財産/イデオロギーを本気で考える/集合的な学習と社会科学/本書で使った情報源――各種の格差とイデオロギー/人間の進歩、格差の復活、世界の多様性/格差の復活――最初の方向性/エレファントカーブ――グローバル化をめぐる冷静な議論/極端な格差の正当化について/歴史から学ぶ――20世紀の教訓/イデオロギーの凍結と新しい教育格差/複数エリートの復活と平等主義連合形成の困難/所有、教育、移民の公正を再考する/世界の多様性――「長期」の不可欠性/自然言語と数学言語の相補性について/本書の構成

第I部 歴史上の格差レジーム

第1章 三層社会──三機能的格差
三機能の論理――聖職者、貴族、平民/三層社会と現代国家の形成/三層社会の正統性低下――革命と植民地化のはざまで/三層社会の現代性/三層社会における格差の正当化/分断されたエリート、統合された平民?/三層社会と国家形成――ヨーロッパ、インド、中国、イラン

第2章 ヨーロッパの身分社会──権力と財産
身分の社会――権力バランスの一形態?/三機能身分、自由労働の促進とヨーロッパの運命/聖職者と貴族の規模とリソース――フランスの場合/アンシャン・レジーム末期に減少する貴族と聖職者/貴族の減少はどう説明できる?/貴族――革命と王政復古の間の財産階級/財産所有組織としてのキリスト教教会/豊かな教会vs豊かな世帯と相続慣行/教会財産――経済法と資本主義の起源?

第3章 所有権社会の発明
1789年の「大区分」と現代財産の発明/労働賦役、強制使用義務、地代――封建主義から財産主義へ/ロッドとアンシャン・レジーム下での重層的な永続権/規模を考慮せずに、財産を新しい基盤に乗せることは可能か?/知識、権力、解放――三層社会の転換/革命、中央集権国家、公正についての学習/財産主義イデオロギー――解放と神聖化とのはざまで/所有権社会における格差の正当化

第4章 所有権社会──フランスの場合
フランス革命と所有権社会の発達/格差を減らす――「世襲中流階級」の発明/格差の首都パリ――文学から相続文書まで/ポートフォリオ分散化と財産の形態/ベル・エポック(1880-1914年)――財産主義的で不平等的な現代性/1880-1914年のフランス税制――静謐な蓄積/「四人の老婦人」税、資本課税と所得税/普通選挙、新たな知識、戦争/革命、フランス、平等性/資本主義――工業化時代の財産主義

第5章 所有権社会──ヨーロッパの道筋
聖職者と貴族の規模――ヨーロッパの多様性/戦士貴族、所有者貴族/イギリスと三層=財産主義の漸進主義/イギリス貴族は財産貴族/古典小説での所有権社会/バークの貴族名鑑――准男爵から石油億万長者まで/貴族院、財産主義秩序の守護者/累進課税をめぐる戦いと貴族院の凋落/アイルランド――三機能、財産主義、植民地主義イデオロギーのはざまで/スウェーデンと四身分社会の憲法化/一人百票――スウェーデンにおけるハイパー制限選挙民主主義(1865-1911年)/株式会社と制限選挙――お金の力の限界とは?/19世紀所有権社会の不平等化/所有権社会の三つの課題

第II部 奴隷社会、植民地社会

第6章 奴隷社会──極端な格差
奴隷のいる社会――奴隷社会/イギリス――奴隷廃止の補償、1833-1843年/奴隷所有者補償の財産主義的な正当化/フランス――1794-1848年の二重の廃止/ハイチ――奴隷財産の公的債務化/1848年奴隷制廃止――補償、規律工房、「志願兵」/強制労働、財産主義神聖化、賠償金問題/米国――戦争による奴隷制廃止、1860-1865年/米国における段階的な奴隷制廃止や補償の不可能性について/奴隷制の財産主義的正当化と社会的正当化/「再建」と米国の社会自国主義の誕生/ブラジル――帝国と人種混合による廃止、1888年/ロシア――弱い国家での農奴制廃止、1861年

第7章 植民地社会──多様性と支配
ヨーロッパ植民地主義の二つの時代/入植者植民地、入植なしの植民地/奴隷社会と植民地社会――極端な格差/財産と所得の最大限の格差/植民者のための植民地化――植民地予算/歴史的に見た奴隷と植民地収奪/植民地収奪の残虐性から「穏やかな商業」の幻想へ/他の国に所有される困難/宗主国の合法性、植民地の合法性/フランス植民地における合法的な強制労働、1912-1946年/晩期植民地主義――南アフリカのアパルトヘイト、1948-1994年/植民地主義の終焉と民主連邦主義の問題/フランス=アフリカ連邦からマリ連邦へ

第8章 三層社会と植民地主義──インドの場合
インドの発明――手始めに/インドと四層身分――バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラ/バラモン的秩序、菜食主義、父権主義/ジャーティの多文化的な豊富さと、ヴァルナの四層身分/ヒンドゥー封建主義、国家建設、カーストの変容/インドにおける国家構築の特異性/インドの発見とイベリア半島のイスラム包囲/武力による支配、知識による支配/インドにおけるイギリスの植民地国勢調査、1871-1941年/インドとヨーロッパの三機能社会における社会集団を数える/識字地主、行政官、社会統制/植民地インドとカーストの再硬直化/独立インド、過去からの地位格差に直面/インドにおけるアファーマティブ・アクションの成功と限界/財産の格差と地位の格差/社会枠およびジェンダー枠とその変容の条件

第9章 三層社会と植民地主義──ユーラシアの道筋
植民地主義、軍事支配、西洋の繁栄/国家が夜警もできないほど小さかった頃――近代国家の二つの躍進/国家間の競争と共同のイノベーション――ヨーロッパの発明/スミス的中国とヨーロッパのアヘン商人/保護主義と重商主義――「大分岐」の起源/日本――三層社会の近代化加速/被差別部落民、不可触民、ロマの社会統合/三機能社会と中国国家の構築/中国帝国試験――士大夫、地主、戦士/中国の反乱と未完の分岐/立憲聖職者共和国の事例――イラン/シーア派聖職者の反植民地主義正当性/平等主義的なシーア派共和国、スンナ派石油王朝――言説と現実/イスラム諸国の平等、格差、ザカート/財産主義と植民地主義――格差のグローバル化

第III部 20世紀の大転換

第10章 所有権社会の危機
20世紀前半の「大転換」を再考する/格差と私有財産の崩壊(1914-1945年)/ヨーロッパ財産主義から米国新財産主義へ/所有権社会の終焉――賃金格差の安定性/私有財産減少の分析(1914-1950年)/収用、国有化措置、「混合経済」/民間貯蓄、公的債務、インフレ/過去の清算、正義の確立――私有財産に対する特別税/富の減少から永続的分散へ――累進税の役割/現代累進税制の英米起源について/財政国家と社会国家の隆盛/課税の多様性と税累進性の役割について/所有権社会、累進課税、第一次世界大戦/財産主義崩壊における社会イデオロギー闘争の役割/社会に組み込まれた市場の必要性について/帝国競争とヨーロッパ均衡の崩壊/異常な戦争賠償から新たな軍事秩序へ/所有権社会の崩壊と国民国家の超克/民主社会主義とオルド自由主義の間にある連邦連合

第11章 社会民主主義社会──不完全な平等
ヨーロッパ社会民主主義の多様性について/米国のニューディール政策――安売り社会民主主義/社会民主主義社会の限界について/公的所有、社会所有、一時所有/権限共有、社会所有の制度化――未完の歴史/ドイツ共同経営の成功と限界/ゲルマン北欧型共同経営の普及の遅れについて/社会党、労働党、社会民主党――交差する道筋/ヨーロッパ共同経営指令から「2x + y」提案へ/共同経営を超えて――社会所有と権限共有の再考/協同組合と自己管理――資本、権力、議決権/社会民主主義、教育、米国優位の終わり/米国――初等、中等教育の初期先進国/1980年以降取り残された米国下層階級/法、税制、教育制度の一次格差への影響について/高等教育化と教育、社会の新たな階層化/お金で大学に入れるか?/欧米での教育アクセスの格差/近代的成長の源泉としての教育の平等/社会民主主義と公正な課税――実現しなかった機会/資本主義と国民国家の超克に直面する社会民主主義/資本フローのグローバル化と自由化の再考/米国、ヨーロッパ、資産税――議論は続く/累進資産税、あるいは恒久的な農地改革/18世紀からの惰性で続く資産税/資産税についての集団学習と将来的な見通し/交差する軌跡と財産税の再発見

第12章 共産主義社会とポスト共産主義社会
財産理論なき権力掌握は可能か?/「マルクス・レーニン主義」政権の存続について/共産主義と反植民地主義による解放の浮沈/共産主義と正当な差の問題/分権的な社会組織における私有財産の役割について/ポスト共産主義ロシア――オリガルヒ、泥棒政治への転換/オフショア資産が総適法金融資産を超えるとき/「ショック療法」とロシア泥棒政治の起源/独裁混合経済としての中国/負の公有財産、私有財産の全能性/負債への逃避、課税公正性の放棄/中国の格差容認の限界について/中国の格差の不透明性/中国――共産主義と金権政治のはざまで/文化大革命が格差認識に与えた影響/中国モデルと議会制民主主義の超越について/選挙制民主主義、境界、財産/一党制国家と党管理民主主義の改革可能性/東ヨーロッパ――ポスト共産主義への幻滅の実験室/EUにおける市場原理の「自然化」について/ポスト共産主義と社会自国主義の罠

第13章 ハイパー資本主義──現代性と懐古主義のはざまで
21世紀の格差の形/中東――グローバル格差の頂点/格差測定と民主主義的透明性の問題/税務透明性の欠如について/社会的公正、気候的公正/国家間と個人間の炭素排出の格差について/格差の測定と政府の責任放棄について/不透明性の克服――公的金融台帳/情報時代における公式統計の劣化について/新財産主義、富の不透明、税制競争/ハイパー集中化した富の持続について/21世紀における家父長制の持続について/貧困国の貧窮と貿易自由化について/貨幣創造は私たちを救ってくれるのか?/新財産主義と新金融体制/新財産主義とオルド自由主義――ハイエクからEUまで/能力主義と新財産主義の創案/慈善幻想から億万長者の神聖化へ

第IV部 政治対立の次元再考

第14章 境界と財産──平等性の構築
左派と右派の脱構築――社会政治対立の次元/1945年以来の左派得票――労働者党から高学歴党へ/有権者的亀裂と政治‐イデオロギー的亀裂の世界的研究に向けて/民族‐人種的亀裂と社会自国主義の研究を国際化する/政党の刷新、投票率の低下/大衆階級の投票率低下について/教育的亀裂の逆転について――高学歴党の発明/教育的亀裂の逆転の堅牢性について/教育的亀裂の逆転、職業的亀裂の再定義/左派政党と大衆階級――決別の構造/「バラモン左翼」と、社会と教育の公正の問題/教育の公正に関する新しい規範の必要性について/左派と右派から見た財産について/左派と自営業者――不信の世紀年代記/「バラモン左翼」と「商人右翼」の強みと弱み/フランスにおけるアイデンティティと宗教的な亀裂の復活/自国主義の台頭と大いなる政治‐宗教的な混乱/宗教的な亀裂、出自をめぐる亀裂――差別の罠/境界と財産――四区分された有権者/有権者の四区分の不安定さについて/黄色いベスト、炭素、富裕税――フランスにおける社会自国主義の罠/ヨーロッパと大衆階級――決別の根拠/ヨーロッパが新財産主義の道具にされている点について

第15章 バラモン左翼──欧米での新たな亀裂
米国政党制の変容/民主党はグローバル化勝者の政党になるか?/米国における人種対立の政治利用について/「福祉の女王」と「人種枠」――共和党の南部戦略/有権者的亀裂とアイデンティティ対立――大西洋の両側での見方/アイデンティティの流動性と固定分類の危険性/民主党、「バラモン左翼」、人種問題/失われた機会と不完全な分岐点――レーガンからサンダースへ/イギリス政党制の変容/イギリスにおける「バラモン左翼」と「商人右翼」について/イギリスでのポスト植民地アイデンティティ的亀裂の台頭/イギリスにおける移民の政治問題化、パウエルからUKIPまで/EUと大衆階級の深まる溝

第16章 社会自国主義──ポスト植民地的アイデンティティの罠
労働者の政党から高学歴者の政党へ――類似性と変種/戦後期の左派‐右派政党制崩壊を再考する/ポスト共産主義東欧における社会自国主義の台頭/社会自国主義の台頭――イタリアの場合/社会自国主義の罠とヨーロッパへの幻滅/民主党――成功した社会自国主義?/国際競争と市場自国主義イデオロギー/市場自国主義イデオロギーとその拡散/ヨーロッパにおける社会連邦主義の可能性について/国家を超える民主的空間の構築について/欧州議会の主権を各国議会の主権から構築する/信頼の再構築と共通の公正規範の促進/ヨーロッパの永続的な公的債務危機を終わらせる/債務の歴史をたどり、新たな解決策を探す/ヨーロッパの社会連邦主義的変革に向けた政治的条件/分離主義の罠とカタルーニャシンドローム/イデオロギー的不協和、税制ダンピング、小国シンドローム/社会地域主義の罠と超国民国家の構築/インドの政党システムと亀裂の形成/インドの政治的亀裂――階級、カースト、宗教/インドにおける階級主義的亀裂の台頭の難しさ/大衆階級の共通の運命についての認識/階級的亀裂、アイデンティティ的亀裂――インドにおける社会自国主義の罠/インドにおける階級的亀裂と再分配の未来――交差する影響力/ブラジルにおける格差の不十分な政治問題化/アイデンティティ的亀裂、階級的亀裂――境界と財産/ポピュリズム論争の袋小路と落とし穴

第17章 世紀の参加型社会主義の要素
参加と熟議としての公正/資本主義と私有財産の超克/企業内での権限共有――実験的な戦略/累進資産税と資本循環/資産の分散とユニバーサル資本支給/累進課税の三面構造――資産、相続、所得/累進課税への復帰と永続的土地改革/社会的、一時的所有権に向けて/一つの国における富の透明性/憲法に公正な税制を記述する/ベーシックインカムと公正賃金――累進所得税の役割/炭素排出の累進課税について/教育における公正規範の構築について/教育の偽善から脱却し、透明性を促進する/公正な民主主義――民主的平等性バウチャー/平等主義的で参加型の民主主義を目指して/公正な国境――社会連邦主義をグローバルな規模で考え直す/超国家的な公正に向けて/協力と引きこもりの狭間で――超国家的格差レジームの発達

結論
イデオロギーの闘争、そして公正の探究としての歴史/視線の脱西洋化の限界について/社会科学の市民的、政治的役割について

凡例
図表一覧/原注/索引

 

 

 

 

 

 

2023年8月13日 (日)

「どうしてこうなった」というやるせなさは家政婦だけの話ではない

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230813093001   旧ツイッターのXと、読書メーターで『家政婦の歴史』への短評がありました。

まず今までも拙著にコメントをいただいていたこたつさんは、X上で

と、拡げた感想を書かれていますが、「「どうしてこうなった」というやるせなさは家政婦だけの話ではない」というのは、まさに書いた私自身の思いでもあります。

一方、読書メーターではよっちさんが、

https://bookmeter.com/books/21378478

家政婦と女中はどう違う?家政婦は歴史上、いつから家政婦と呼ばれるようになったのか?戦後80年近くにわたり放置されたねじれた歴史を戦前に遡って描き出す一冊。ある家政婦の過労死裁判が浮き彫りにした労働基準法や労災保険の適用外とされる家政婦という立ち位置の歪さ。大正時代に生まれた派出婦会に始まり、そもそもの営利職業紹介事業の大部分が女中紹介だったこと、事業規制の時代からのサバイバル、そこから長らく続く家政婦紹介所の仮面という構図には驚かされましたが、著者の挙げる家事介護派遣などの何らかの対処は必要と感じました。

と、その構図に驚きを示されています。

 

オベリスクさんの拙著総評

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230813093001 オベリスクさんが『家政婦の歴史』を読み終わって、総評をブログに書かれています。

https://obelisk2.hatenablog.com/entry/2023/08/12/080037

 濱口桂一郎『家政婦の歴史』読了。承前。第六章から最後まで読んだが、なるほど、すべて読んでしまうと確かに著者のおっしゃるとおり、ミステリの感すらあって、おもしろかった。それにしても、かなり入り組んでいて手剛く、また悲しいようなミステリであった。ただし、プロット(?)の手剛いところは、きちんと終章でまとめられているので、わたしにも何とかわかったと思う。「家政婦」という存在は、労働法的に制度と運用のねじれの作り出したエアポケットに落ち込んでいて、それに気づいた者は、長いこと誰もいなかったということである。 

そうなんです。いくつものストーリーが絡み合いながら奇怪な帰結をもたらしていくのに、役人も学者も弁護士も裁判官も誰もそのことに気がつかない。現実の日本社会で展開した「悲しきミステリ」を堪能していただいたようです。

ちなみに、

  以上がメインのお話ということになろうが、それ以外にも個人的に蒙が啓かれたところがあった。本書で家政婦と対置される、「女中」である。女中は住み込みで家事を担うわけだが、彼女らはかつて戸籍上、なんと働くところの「世帯」に属する存在だったのだ! これには驚いた。だから、10代が主な若い女性がきわめて厳しい労働条件の下で働かされていたのが実体なのに、法的には家族・親族のような扱いで、当然のように労働基準法などは適用されなかった。まさに、封建的な遺制である。ちょっとわたしは思ったが、(本書からは逸れるけれど)家庭における「妻」も、かつては女中と同じ扱いを受けていたということなのだろうな。労働しているにもかかわらず、それを認められていなかったという意味で。女性と労働。読後の「悲しさ」に、それもあると思う。

ほぼそういう話なんですが、正確に言うと、戸籍上は女中のような家事使用人も主人の「家」の一員ではなく、その親の戸籍に属しているはずです。戸籍というのは、先祖代々の本籍でもって人を振り分ける仕組みですから。本書で言っているのは「世帯」です。女中のような家事使用人は、主人の世帯の一員として、その生活のすべてを主人の支配下におかれるので、労働基準法の適用外となるのです。これに対して、家政婦の源流である派出婦は、そもそも派出先の世帯の一員などではなく、れっきとした他人でした。それが世帯員たる女中とごっちゃにされてしまう悲喜劇が本書のメインテーマとなるわけです。

 

 

 

『プーチンは良いこともしたのか?』

https://www.cnn.co.jp/world/35207739.html(軍事支出と国内需要がロシア経済を牽引と誇示、プーチン氏)

9608b48fc90249e6a5f85295b6a7cdd8 (CNN) ロシアのプーチン大統領は12日までに、軍事支出と国内需要が自国経済を牽引(けんいん)しており、製造業での雇用規模は2021年の水準と同じ約1000万人と安定しているなどと報告した。

大統領府で産業界の首脳らと会談した際、工業生産の伸び率の3分の2は国防部門、残りは消費者の需要で賄っていると指摘。給与額も増えており、昨年の水準を20%以上上回っているとし、労働力不足が主因になっていると述べた。

労働生産性も約5%上昇したとしたが、対象の期間には触れなかった。生産の拡大は特にコンピューター分野や冶金の完成品で顕著だったとした。

誰か、『プーチンは良いこともしたのか?』って本を早く書いてくれないかな。

 

2023年8月12日 (土)

社会主義と資本主義と少数民族

321902000166 たまたま見かけて買った芳賀日出男『秘境旅行』(角川文庫)は、61年前に出た本が3年前に再刊されたもので、北は北海道の果てから南は(米軍支配下だった)沖縄まで、全国の秘境の姿を写真とともに描き出した名著ですが、その中の網走のオロッコ族の話は、近代史の荒波に揉まれた少数民族の姿が浮き彫りになっていて、何回も読み返しました。

https://www.kadokawa.co.jp/product/321902000166/

網走〈日本国籍を持つ北アジア系のオロッコ族を訪ねて〉―北海道―

オロッコ族やギリヤーク族は、戦前日本領だった樺太の先住民族で、その一部が戦後北海道の網走に住み着いていたのです。それを聞いた著者の芳賀は、網走に出かけて博物館の館長の紹介で網走に住むオロッコ族の人々に会いに行きます。

芳賀がオロッコ族の祭りを見せてくれと頼み込み、仕方なくそれに応じて踊ったら神様が焼けてしまい、祝祭が失敗する話など、すべてが沁みる話ですが、そもそもなぜ彼ら樺太の少数民族が網走に住んでいるのか。

・・・なぜ日本への帰属を選んだのだろう。姉の老女は口数少なく、

「神さま拝めません。けんかするとこわいでした」

という。つまり、ソ連領下ではオロッコもギリヤークも生産の仕事は狩猟や漁労にかかってくる。ノルマだけ与えられてもそのための弔祝の祈祷や感謝の祭りを一切認めてもらえないから、神さまに対して心苦しくて、生きていけなかったのだという。

・・・狩猟民族の中には細胞化されたソ連の近代社会へどうしても適応できない人々がいるのである。だから日本の方が貧乏のどん底にいてもまだましだという。

社会主義体制下で「生きていけない」少数民族は、しかし資本主義社会では貧乏のどん底に突き落とされます。

・・・この人たちは今後どうして生きてゆくのだろう。冬は男たちがアザラシを獲りに行くが、他の季節は日雇や土工をしてその日暮らしである。焼酎ばかり飲んでいる者もいる。こうして生活の無秩序と貧困が彼らを一人、二人と結核に追い込んでゆく。・・・

社会主義と資本主義と少数民族のパラドックスは、既に60年前にこうして描き出されていたのですね。

しかし、網走の市営住宅という、どうみても「秘境」ではないところに、これ以上ない日本の秘境を見出して描き出してしまうこの著者の力量はすごいものです。

 

 

 

 

 

 

 

2023年8月10日 (木)

人間文化研究機構(国際日本文化研究センター)vs呉座勇一事件が和解で解決

一昨年に訴訟が提起された時に、「これは労働法的にも大変興味深い事案なので、是非判決まで行って欲しい」と思ったこの事件ですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/10/post-fa4a02.html

今年10月から無期契約になると今年1月に決定を受けた有期契約労働者というのは、その間の期間は有期なのか無期なのか、有期であると同時に無期の内定状態でもあるのか、その間の期間に無期に転換するという決定を取り消されることはどういう法的な性質があるのか、単なる期待の消滅に過ぎないのか、それとも内定状態の無期契約の解除すなわち解雇であって、解雇権濫用法理の対象であるのか。うわぁ、これって、採用内定の法的性質の応用問題のようにも思われるのですが、皆さんどう考えますかね。

結局、呉座さん側の「勝利的和解」で解決したようです。

https://ygoza.hatenablog.com/entry/2023/08/09/185640(労働訴訟の和解成立のお知らせ)

お世話になっております。この度、大学共同利用機関法人人間文化研究機構を相手取って京都地方裁判所に提起しておりました労働訴訟(令和3年(ワ)第2712号 地位確認等請求事件および令和3年(ワ)第3080号 懲戒処分無効確認請求事件)において、和解が成立しました。和解内容の詳細は公表できませんが、私の研究者としての再起に資するものと考えております。 

「和解内容の詳細は公表できません」とのことですが、「私の研究者としての再起に資するもの」ということですので、復職なしの金銭解決ではなく、期間の定めのない雇用契約としての地位を確保されたものと思われます。

私の行った調査によると、裁判上の和解においては96.5%が雇用存続せずに金銭解決しており、雇用存続してかつ金銭補償も得ているのは1.1%に過ぎません(令和調査)。

https://www.jil.go.jp/institute/reports/2023/0226.html

詳細不明とは言え、呉座さんが嬉しそうに和解を報告するような形で決着したことは、「是非判決まで行って欲しい」という労働法関係者のエゴは満足されませんでしたが、呉座さんご本人にとってはよい解決であったと思われます。

 

 

オベリスクさんの『家政婦の歴史』評

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20230810081801 今まで多くの拙著をブログで書評してきていただいてるオベリスクさんが、今回は『家政婦の歴史』に若干の戸惑いを示しつつ感想を述べられています。

https://obelisk2.hatenablog.com/entry/2023/08/09/163259

 夜。
濱口桂一郎先生の『家政婦の歴史』を読み始めたが、社会科学全般に疎いので、読むのがたいへん。歴史についても無知で、そもそも本書に頻出する「派出婦会」や「派出婦」といった語すら、聞いたことがなかった有り様だ。だからというか、本書の何についてわたしは興味をもてばよいのか、とまどいながら読んでいたのであるが、第五章まで読んで、やっとおもしろくなってきた。うまく言語化できないのだが、「国家の定める法」と現実が乖離するとき、実際に何が起きるのか、ということである。
 「派出婦会」というのは1918年に最初にできたもので、家事を代行する「派出婦」を、パートタイマー的に家庭に送り込んで手数料を取る団体であり、これは(無給のことすらあった)「女中」の存在を衰退させるくらい、社会に必要とされたという。しかし敗戦から日本を統治した GHQ はこのような存在を前近代的な悪弊(労賃をピンハネしたり、劣悪な労働環境を強制する、というような)をもつ、悪しきものと見做し、法的にこれを規制しようとした。しかし「派出婦」は、現実に必要とされており、そのあたりの齟齬をどうするか、現場は困るというわけである。まだ、そこまでしか読んでいないが、その矛盾の帰結が、いまでも「家政婦」という存在に残っているということらしい。
 他人にはどうでもいいことだろうが、恥ずかしいけれど、わたしは「法」という観点から、国家を見たことがあまりなかったな。まったく、これまでいろいろ勉強してこなかったなあといまさら思う。

いやいや、労働法研究者を含め、本書を読む圧倒的多数の方々が、「派出婦会」という言葉を聞いたことがなかったと思いますよ。

そこのところを突っ込むのが本書なんで、まさに第5章あたりからいろいろな伏線が絡み合ってくることになるのです。

X(旧ツイッター)で安眠練炭さんが「労働法の闇の歴史の本」と評されていましたが、現在起こっている小さな事件の背後に数十年も昔の曰く因縁が隠されているという意味では、その昔の探偵小説に近いものがあるのではないかと思っています。

2023年8月 8日 (火)

引きこもりと自宅警備員と専業子ども

2023080400000001binsider0001view ビジネスインサイダーというネットメディアに、「競争社会を拒否、家の手伝いをして収入を得る… 中国で増加する「専業子ども」とは」という興味深い記事が載っています。

https://www.businessinsider.jp/post-273376

中国の若者の間では、伝統的なキャリアではなく「専業子ども」を選ぶ人たちがいる。
専業子どもはおつかいや掃除、食事の準備をして親からお金をもらっていることが多い。
失業率の高さや中国の「996」と呼ばれる働き方(午前9時から午後9時まで週6日出勤)がキャリアアップを魅力的なものでなくしている。

この記事自体、現代中国社会の一断面として大変面白いのですが、日本人としてこれを読んでつい思うのは、日本では悲劇的に引きこもりとか、喜劇的に自宅警備員と呼ばれてしまうような生活スタイルが、中国人にかかると「ただ、実家で生活をし、親からお小遣いをもらっているということではなく、専業子どもは何らかの決められた仕事をすることでお金を受け取っているのだ 」という対価的取引関係の正当性を纏って現れるのだなあ、という感想です。

実は、この「専業子ども」という訳語はおそらく「専業主婦」との類推で選ばれたのだと思いますが、原文では「full-time children」なんですね。

https://www.businessinsider.com/what-are-full-time-children-china-2023-7

Some young adults in China are opting to work as "full-time children" in place of traditional careers.
Full-time children are often paid by their parents to run errands, clean, and prepare food.
High unemployment rates and China's 996 work culture have made career-climbing less attractive. 

 

2023年8月 7日 (月)

リベラルサヨクは福祉国家がお嫌い(再掲)とその前説

5sy4ret_400x400_20230807110601 弁護士の堀新さんがこう呟いている(Xしてる?)んですが、

https://twitter.com/ShinHori1/status/1686574496952758272

大戦後の日本の言論や論壇の世界では長らく左派が有力だったとかいう議論があるが、左派といっても実際は社会主義派というような人は少なくて、多数の評論家やジャーナリストは「なんとなく社会福祉だけはあってほしいアナーキスト」みたいな感じの論調が多かったような気がする。

もう少しいうと、日本の言論界で割と多かったのは
「社会福祉と文化施設だけはあってほしい無政府主義者」
みたいな緩やか左派的な論者だったのではないか。

こういうのは欧米流のポリティカルコンパスの「経済右派・左派」の図にはうまく落とし込めない。

変な言い方になるが、戦後日本の左派的な言論界の多数派も、ある意味「小さな政府主義者」だったのである。

戦後日本の左派言論の「社会福祉と文化施設だけやる小さな政府」を良しとする空気は、結局は「小さな政府」志向であることには違いがないから、結局は「政治家や公務員の無駄」の攻撃にとびつく。

朝日新聞が福祉軽視ではないのになぜか小さな政府志向で公共支出の無駄削減にうるさいのはその一例 ただ一般的にいう「小さな政府」は、警察や国防など安全維持の最低限の国家機能を意味するのだが、戦後日本の言論界の多くは「社会福祉と文化施設だけをやる小さな政府」を考えていた。

おおむねそういうことだろうな、と思うのですが、もっというと「社会福祉だけはあってほしい」すら希薄で、もっと先鋭な小さな政府主義者であったという指摘もあるんですね。

これはもう17年も前の本ブログのエントリですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_5af3.htmlリベラルサヨクは福祉国家がお嫌い

一昨日のエントリーで紹介した後藤さんの本ですが、なかなか面白い記述があります。1960年代に左派からなされた福祉国家批判なんですが、例えば鈴木安蔵編『現代福祉国家論批判』にこういう叙述が見られるとして紹介しているんですが、福祉国家論の自由競争批判と国家機能の拡大擁護という議論は、「レッセ・フェールの原理の否定」「国家統制の強化と個人意思の社会全体への従属の必要性の強調」だといって批判しているんですね。後藤さん曰く、「福祉国家は個人の自由を奪うものだという批判は、通常は資本家サイドからのものであり、古典的自由主義からの批判である。つまり、右派が言うべき批判を日本では左派が述べていたことになる。保守派ではなく、左派が個人主義と自由主義を擁護する先頭に立つという、よく見られた光景の一こまであろう」。

こういう左がリベラルで右がソーシャルという奇妙な逆転現象の背景に、当時の憲法改正をめぐる動向があったようです。当時の憲法調査会報告は「憲法第3章を眺めると、それは18世紀的な自由国家の原理に傾きすぎており、時代遅れである」「20世紀的な社会連帯の観念、社会国家の原理にそれを切り替える必要があり、基本的人権の原理については、現代福祉国家の動向に即応すべきである」と強調していました。サヨクの皆さんにとって、福祉国家とは国民主権の制限の口実に過ぎず、ただの反動的意図にすぎなかったのでしょう。

かくのごとく、日本のサヨク知識人はリベラルなことノージックよりも高く、アンチ・ソーシャルなことハイエクよりも深し、という奇妙奇天烈な存在になっていたようです。そうすると、福祉国家なんぞを主張するのは悪質なウヨクということになりますね。これを前提にして初めて理解できる発言が、「構造改革ってなあに?」のコメント欄にあります。田中氏のところから跳んできた匿名イナゴさんの一種ですが、珍しく真摯な姿勢で書き込みをされていた方ですので、妙に記憶に残っているのです。

>稲葉さんの偉さは、一左翼であることがリフレ派であることと矛盾しないことを左翼として始めて示した点だと思う。それまでの左翼は、ある意味ネオリベ以上の構造派で、つまりはアンチ・リフレであったわけだから。それに対して、稲葉さんはそれが「ヘタレ」にすぎないことを左翼として始めて断言したわけで、これは実はとても勇気のあるすごいことだと思う。

投稿 一観客改め一イナゴ | 2006/09/20 14:46:18

普通の人がこれを読んだら頭を抱えてしまうでしょう。特にヨーロッパ人が見たら、「サヨクは市場原理主義者であるはずなのに。稲葉氏はめずらしくソーシャルだ、偉い」といってるようなもので、精神錯乱としか思えないはず。でも、上のような顛倒現象を頭に置いて読めば、このイナゴさんは日本のサヨク知識人の正当な思考方式に則っているだけだということがわかります。

しかし、いい加減にこういう顛倒現象から抜け出さないといけませんね。その点(だけ)はわたしはゴリゴリサヨクの後藤氏と意見を同じくします。

20年近く経っても、似たような話が続くというのも、いささかうんざりします。

 

 

正社員の労働条件引下げによる同一労働同一賃金の実現は許されるか?@WEB労政時報

先週8月1日に、WEB労政時報で「正社員の労働条件引下げによる同一労働同一賃金の実現は許されるか?」がアップされていました。

https://www.rosei.jp/readers/article/85363

 過去20年にわたって非正規労働者の均等・均衡処遇問題が政策の重要課題となり、2018年の働き方改革では「同一労働同一賃金」といういささか的外れな標語を掲げてまで推し進められてきています。ところが、正社員と非正規労働者の格差というのは、後者の労働条件が不当に低いということを意味する限り、前者の労働条件が(少なくとも後者との関係において)不当に高いということを意味するはずです。もちろん、そもそも資本と労働の分配率が云々という議論はあり得ますが、非正規労働者から見れば正社員が自分たちの不当に高い労働条件を守るために言っている屁理屈に見えるでしょう。これが高度成長期のようなインフレ基調であれば、正社員をあまり上げないでいるうちに非正規労働者をどっと上げれば相対的に格差が縮小していくでしょうが、デフレ基調の社会ではそれも望み薄です。そこで、総額人件費がそれほど急激に上がっていかないことを前提に、正社員と非正規労働者の不当な格差を是正するためには、正社員の不当な高労働条件を削減するということを考えざるを得ません。
 ところが一方で、日本の労働法においては、労働条件の不利益変更法理という複雑怪奇な法理が発達し、様々な条件でもって合理性を判断した挙げ句、合理性のない不利益変更は無効になるということになっています。この領域はこれだけで本一冊が書けるくらいの膨大な議論が積み重ねられていますが、非正規労働者との格差是正という観点から見たときの重要なポイントは、会社側がまさに正社員と非正規労働者の格差是正を目的として前者の労働条件を引き下げたことに対して、労働者側が不合理な労働条件変更だといって訴えた場合、最高裁判所で最終判決が出るまでは結論が決まらないということです。この、労働条件不利益変更法理の法的安定性の欠如は今まで繰り返し指摘されながら、今日までまともに対応することが避けられてきた領域と言えます。
 たとえば、働き方改革による改正パート・有期法に基づく「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」では、・・・・・

2023年8月 5日 (土)

安眠練炭さんがツイ・・・じゃなくってXで拙著を書評

1500x500 安眠練炭さんがツイ・・・じゃなくってXで拙著を書評されています。

集団的健忘という言葉は、本書には出てきませんが(「2年ごとに部署をころころ変わってゆく役人たちは、1950年代において既にその健忘症を露呈しています」という一文は、「終章 正義の刃の犠牲者」に出てきます。)、派出婦・家政婦をめぐって起きたことを評するのに絶妙な言葉と言えるでしょう。

 

2023年8月 4日 (金)

品田知美他『離れていても家族』

1128sub1 品田知美・水無田気流・野田潤・高橋幸『離れていても家族』(亜紀書房)をお送りいただきました。

https://www.akishobo.com/book/detail.html?id=1128&st=1

〈「クレヨンしんちゃん」や「ちびまる子ちゃん」の家族はもういない。〉
父の不在、母のワンオペ育児と家事──。日本の家族の現実は過酷だ。
それでも多くの人が、「家族」を大切なものと考えている。

低い出生率と世界一進んだ高齢化、ひとり親世帯の貧困率の、さらには同姓を強いられる唯一の制度を持つ現代の日本の家族とはどのようなものなのか。
本書は、日本とイギリスの家族を調査、比較しながら、日本の家族の実相を探る。
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「ひとりでも生きられるようになってきた現代社会において、それでもなお人が〝家族〟を形成するのはなぜなのか?」
父が仕事で不在がちでも、ワンオペ育児と家事で女性たちが疲弊しても、意外にも今でも多くの人が、「家族」を大切なものと考えている。
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保守派が目論む自助を担う器ではなく、フェミニズムが忌避する女性を閉じ込める檻ではなく、一人ひとりが自由で、かつ頼り合える家族をどのように作ることができるのか。
社会学者たちが自らの体験を踏まえながら家族のこれからを語る。
《社会学者が分析する日本の家族の実像。日本の未来も、少子化対策も、ここからだ!》

品田さんの書かれたパートでは、日本の家族の特徴の一因をメンバーシップ型雇用に求めています。

 

 

神聖なる憎税同盟@『税務弘報』2023年9月号

602309_430 『税務弘報』2023年9月号の「T.REVIEW」という巻頭言みたいなエッセイとして、「神聖なる憎税同盟」を寄稿しました。

https://www.biz-book.jp/isbn/602309

 最近、あちこちで「神聖なる憎税同盟」という言葉を使っている。字面をよく見ていただきたい。「増税同盟」ではなく「憎税同盟」である。税金を憎む人々の群れである。もちろん、世の中の人々の多くが税金を愛好するわけはない。自分が払う税金はできるだけ少ない方がいいに決まっている。しかしながら世の中全体の税金の在り方については、大体増税派と憎税派に分かれる。そして近代社会の政治的配置においては、戦後日本社会という特殊例を除けば、おおむね労働者の利益を代弁する左派と呼ばれる政治勢力は増税して社会給付を手厚くせよという意見であり、事業者の利益を代弁する右派と呼ばれる政治勢力は減税して社会給付を縮小せよという意見であった。この構図自体は20世紀に確立し、21世紀の今日においても本質的には変わっていない。
 ところが、戦後日本社会では奇妙なことに、・・・・

 

2023年8月 3日 (木)

特定社会保険労務士の有馬美帆さんも『家政婦の歴史』を書評

51trqp0we9l_sy291_bo1204203200_ql40_ml2_ 労務屋さん、マシナリさんに続いて、特定社会保険労務士の有馬美帆さんにも『家政婦の歴史』を書評いただきました。

https://note.com/sharoushisignal/n/naa340833347d

表紙の帯がドラマ『家政婦は見た』的なかわいいイラストになっていて、書店でも手に取りやすそうな一冊なのですが……。「家政婦」を労働法の視点から調べ尽くし論じ尽くすという、あまりにもマイナー過ぎる内容に売れ行きを心配してしまいたくなるです。

う、売れ行きが悪いと文春の編集者にも合せる顔が・・・

有馬さんは先ず、本書発端の国・渋谷労働基準監督署長(山本サービス)事件について詳しく説明した後、

と、濱口先生の新刊を読んでいて怒りがガンガン込み上げてきたのですが、濱口先生はそんな私をあっけに取らせる展開を見せてくれました。

そもそも家政婦は家事使用人ではなかった!

え?え?えええええ?

ここから先はぜひ濱口先生のご本をお読みいただきたいです。
きっと、濱口先生の調査にかける熱意に圧倒されることでしょう。

最後はこう締めくくられています。

濱口先生は「はじめに」で、市原悦子さん演じるドラマ『家政婦は見た』から話を始めて、「あとがき」で見事に話を閉じられています。
2時間ドラマを鑑賞するよりは時間がかかると思いますが、人事労務関係の多くの方々に本書を手に取っていただいて、夏休み期間などにじっくりと『家政婦の歴史』の世界に入り込んでもらいたいと思います。

ありがとうございます。さくさく読めば二時間ドラマと大して変わらないかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年8月 2日 (水)

マシナリさんが『家政婦の歴史』を書評

51trqp0we9l_sy291_bo1204203200_ql40_ml2_ 昨日の労務屋さんに続いて、マシナリさんにも『家政婦の歴史』を書評していただきました。タイトルは「「正義の刃」の犠牲者たち」と、まさに私が言いたいことの核心に迫っていただいています。

http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-846.html

いやまあ「勢い」と書いてしまって本書が雑な論旨で煽っているように誤解されてしまうのは申し訳ないのですが、労務屋さんが「実際ほぼ一気読みしてしまいました」とおっしゃるように、ニュービジネスとして颯爽と登場した派出婦会が、ヤクザな労務供給請負事業と一緒くたにされて、結局戦後は「家政婦」と呼ばれて労働基準法の適用除外とされ、労災の適用も任意とされてしまう流れは、裕福な家庭の主人公に様々な困難が降りかかるドラマを見せられているような気分になります。

ただしそれはドラマではなく現在にまで続く歴史的事実であり、しかもハッピーエンドではないという後味の悪いものではあるのですが。

そう、自分とは直接関わりのない理由でいきなり不条理な状況に放り込まれてしまうドラマを描くつもりもありました。

このような優雅(?)な出自の派出婦会に対して、本書で引用されている矢次一夫の記述によると労務供給請負業はいわゆる人夫供給のブローカーであり、その描写からは、劣悪な環境で生活に困窮した男たちを薄給で酷使しながら自分は贅沢三昧を決め込むという五社英雄の映画に出てきそうな親分が頭に浮かびます。まあそもそも本書でも指摘されている通り、山口組は正に港湾労働での労務供給請負業がその起源ですのでイメージは間違っていないと思うのですが、それはともかく多重請負で末端の労働者が搾取されるという業態は現在にも通じるものがありますね。

矢次一夫や吉田英雄のどん底生活のどろどろした描写も、戦前の派出婦たちとの対比を狙ってわざと引用したものです。

しかし歴史的事実としては、戦後の占領下でGHQが法整備を進める中で、こうした視点を持たずに制定されたのが職業安定法であり、GHQの一担当官であるスターリング・コレットの個人的見解によって労働者供給事業が禁止されることとなります。このとき、hamachan先生の言葉を借りると「労働者供給事業撲滅への十字軍的な強い意志」によりコレットが声明文を作成するのですが、個人的にはこの声明文がいわば本書のクライマックスとして「勢い」を感じるポイントにもなっています。その「勢い」は是非お手にとって感じていただきたいところでして、「十字軍的な強い意志」と現実の制度が適切に機能するかは全くの別次元の問題だという教訓として銘記すべき事案ですね。

コレットの「正義」は、決して間違っていたわけではなく、彼の念頭にあった人夫供給業についてはまさに正しいものであったにもかかわらず、その「正義の刃」が何の罪もない派出婦たちを叩き斬る無情の刃になったというところにこそ、私が一番本書で読者に訴えたかった点があります。

この職業安定法によって、戦前は合法的なニュービジネスだった派出婦会の労働者供給事業が非合法化されたものの、それが現実にある需要と乖離したものであったため派出婦会によって賄われていた家政婦や附添婦などの現場が混乱に陥ります。そして、労働組合による労働者供給事業はこのときの代替案だったわけですが、これも労働委員会によって労働組合の資格審査ではねのけられてしまい、職業安定所が派出婦会の機能を肩代わりするなど迷走します。hamachan先生はこの経過を「派出婦会という労働者供給事業の枠組みでしか円滑に作動させることができない代物を、そのビジネスモデルをイデオロギー的に全面否定する枠組みの中でなんとかもっともらしくでっち上げなければならないという究極の無理ゲーを強いられた(p.157)」と評されるのですが、former地方公務員としても読んでいるだけで陰鬱な気分になります。

私も役人だったので、自分がこのときの職安局の役人だったらやっぱり同じように右往左往して醜態をさらしていただろうなと思います。

政治を論じる際には立場の如何を問わずこうした視点が不可欠だと思うところです。既存の仕組みを「イデオロギー的に全面否定する」ような威勢のいい言説はいつの世にも強い支持を得るものでして、またぞろ小沢信者界隈が政権交代すればすべて解決するというような動きを見せているようですが、現に施行された法規制やそれによって形成された人々の活動を軽視する「正義の刃」ほど怖いものはないという格好の事例として多くの人に読まれるべきと思います。

インチキな「正義」であれば、そのインチキを暴露すればいい。なまじ半分正しい「正義の刃」だから問題なんです。やってる本人も本気だし、その正義は確かに正しい。かなりの部分において。だけど、小さくても重要な点においてそうじゃない。正義じゃない。そういう「おおむね正義」が絶対正義として権力的に行使されると何が起こるのか。その絶好の実例だったんだろうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍井葉二『猪俣津南雄』

629216 龍井葉二さんより近著『猪俣津南雄 戦略的思考の復権』(同時代社)をお送りいただきました。

http://www.doujidaisya.co.jp/book/b629216.html

日本資本主義論争を尻目に農村踏査を行い、反ファッショの統一戦線を模索し続けた猪俣津南雄――。その闘いの軌跡

恐らく圧倒的に多くの人にとって、猪俣津南雄って誰?という状態でしょう。戦前のマルクス主義者の中で独自の位置にいる人です。アメリカ留学中に社会主義者になり、帰国後第一次共産党結成に参加するも、第二次共産党には参加せず、『労農』同人として、共産党系の講座派と対立する労農派の代表的な論者でしたが、その後『労農』も脱退し、多くの著作を残した人です。

248639 ちなみに、岩波文庫にも『窮乏の農村』が収録されています。

本書はそんな猪俣の評伝ですが、龍井葉二さんとどういう関係にあるかというと、彼の師匠の師匠に当る人なんですね。本書にも随所に若き日の高野実が出てきますが、猪俣の最後の内縁の妻だった大塚倭文子と高野実が結婚して、高野孟と津村喬の兄弟が生まれるのですね。

戦後高野実は総同盟主事から総評の事務局長となり、いわゆる高野時代を作ることになりますが、若き日の龍井さんは高野実の労働関係資料の整理に大船のお宅に通うようになったそうで、いわば高野実の弟子筋ということになりましょう。

お手紙には「20代半ば以来、40数年間も放置していたものを,リタイアを機にどうにか形にした」と書かれていて、その意味では龍井さんのライフワークということになります。

緒 言
  〈一〉時代を超えて共鳴し合うもの
  〈二〉ロシア革命インパクトと組織問題
  〈三〉批判的活動を通じた独自の思想形成
  〈四〉戦略的思考が切り開くもの
第一章 共産党結成と旧思想の克服 一九二一~二三
第二章 共産党再建と無産政党をめぐる確執 一九二四~二六
  〈一〉活動制限下の調査研究
  〈二〉猪俣の社会主義思想
第三章 独自の現段階分析と戦略規定
第四章 「帝国主義研究」と「現代日本ブルジョアジーの政治的地位」
  〈一〉世界革命の展望――『帝国主義研究』
  〈二〉日本革命の展望――「現代日本ブルジョアジーの政治的地位」
第五章 戦略論争と組織論争の展開 一九二八~二九
  〈一〉戦略規定をめぐる論争の展開
  〈二〉混迷深める無産政党合同問題
  〈三〉労働戦線再建の試みと『労農』脱退
第六章 戦略的思考と横断左翼論
  〈一〉戦略的思考――戦略論争が提起するもの
  〈二〉横断左翼論――統一戦線と前衛結成の交互作用
第七章 戦略論争の新展開
  〈一〉「野呂・猪俣論争」再考
  〈二〉「コミンテルン綱領」をめぐって
  〈三〉その後の猪俣の活動
第八章 「労働戦線」から「民衆戦線」へ
  〈一〉職場に根ざした労働組合の構築
  〈二〉反戦運動の展開と全評結成
  〈三〉加藤勘十訪米と「英文レポート」
  〈四〉「統一運動に現れた労働者大衆の生長」
第九章 ファシズム批判と未完の農村革命論
  〈最期の日々〉一九三七年~一九四二年
第一〇章 生い立ち~米国留学時代
  〈一〉俳人「鹿語」として
  〈二〉米国における留学生活

 

 

 

 

岩出誠編『ハラスメント対応の実務必携Q&A』

0000000014242_2gdirgx 弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所編/編者代表 岩出誠『ハラスメント対応の実務必携Q&A─多様なハラスメントの法規制から紛争解決まで─』(民事法研究会)をお送りいただきました。

http://www.minjiho.com/shopdetail/000000001424/005/

パワハラ、SOGIハラ、カスハラ、セクハラ、マタハラ、ケアハラ等の職場における多種多様なハラスメントが問題となる中、どのような事例がハラスメントに該当するのか、企業がハラスメントに対しどのような対応をすべきなのかについて、指針における該当例や労災認定例、企業・上司等に対する損害賠償請求裁判例、労働局での解決事例等を示しながら、わかりやすく解説! フリーランサーに対するハラスメントの規制(フリーランス法)にも言及!
多様なハラスメント実務対応の必携となるべく、適切な労務管理を行うために実務に必要となる防止規程や懲戒規定例、相談に適切に対処するための整備、トラブルが発生した場合の解決手続の選択の考え方や書式例なども織り込み、実務のニーズに応える、企業の人事・労務関係者や職場の管理・監督者、弁護士、社会保険労務士等のための必携の書!

目次は下記の通りですが、なんとまだ判決から1ヶ月も経っていない国・人事院(経産省職員)事件・最三小判令5・7・11についても3ページにわたって詳しく取り上げています。これ恐らく、再校か三校あたりでぶっ込んだんでしょうね。

第1章 ハラスメント総論

 [1]ハラスメントの類型発生状況─問題の深刻さ
 [2]ハラスメント対策の必要性
 [3]ハラスメントへの法的規制の概観

第2章 多様なハラスメントをめぐる法規制の概要と裁判例等の概要

 [1]職場におけるパワハラ──SOGIハラ、カスハラを含む
 [2]職場におけるセクハラ
 [3]職場におけるマタハラ、ケアハラ

第3章 ハラスメントに対して法令等で求められる対応

 [1]ハラスメント防止のための関係者の責務
 [2]ハラスメント防止のために事業主が雇用管理上講ずべき措置等

第4章 ハラスメントへの紛争の解決方法

 [1]ハラスメントへの紛争解決援助制度等
 [2]ハラスメント損害賠償請求紛争の解決方法──職場環境調整を含む

 

 

 

宮里邦雄さんの最後の事件

351 日本労働弁護団の『季刊・労働者の権利』2023年夏号は、追悼特集と銘打って、弁護士宮里邦雄が遺したものについて多くの弁護士や労働法学者が寄せ書きをしていますが、

https://roudou-bengodan.org/quarterly_newspaper/351%e5%8f%b7%ef%bc%882023%e5%b9%b47%e6%9c%88%e7%99%ba%e8%a1%8c%ef%bc%89/

その中で、中野麻美さんが書かれた「大学の自治と団体交渉権」という文章は、宮里さんが亡くなる直前まで担当していたある事件について熱っぽく論じていて、大変面白く感じました。

・・・学問の自由と大学の自治も、有期雇用法制の教職員への適用とともにその在り方が問われるようになっている今日、公募手続をめぐって提起されたこの事件は、大学や研究機関における学問研究の在り方を根底から問いかけるものと受け止められる。

 労働法学会に向けて先生が構想された講演はついに実現しなかった。先生の構想も私たちにはわからない。学術会議人事への政府の介入の動きもあって、学問の自由をめぐる問題が学界・大学の自治とともに労働問題として浮上するところで、歴史は、私たちが何をしたのかを問うことになるのだろう。ユニオンと組合員は、上告等の手続とあわせて,改めてこの情報開示・説明義務に関して新しい角度から団体交渉に挑戦している。機会があればその内容を紹介させていただくとして、宮里先生のご冥福を心よりお祈りして本稿を閉じる。

というのも、実は私はわりと最近、この事件を東大の労働判例研究会で評釈したところだったからです。

http://hamachan.on.coocan.jp/rohan230512.html

労働判例研究会                             2023/5/12                                    濱口桂一郎
大学教授の採用選考情報開示拒否
学校法人早稲田大学事件(東京地判令和4年5月12日)
(判例集未搭載)
 
Ⅰ 事実
1 当事者
X1:Yの専任教員募集への応募者(政治学者)
X2:X1が加入している組合(東京ユニオン)
Y:大学等を設置している学校法人(早稲田大学)

この評釈をしたときには、既に宮里さんは亡くなっておられたので、評釈の冒頭でこうコメントしていました。

Ⅲ 評釈 判旨に反対するのは困難だがいくつか論点がある
1 本事案の射程
 本判決を通常の労働法の感覚で評釈するならば、「判旨賛成、原告の訴えには無理がある、以上。」で終わるような事案であろう。しかしながら、それで済ませて良いのか、多くの人に何らかの違和感が残るのではなかろうか。ここでは、その違和感の依って来たるところを少し突っ込んで考えてみたい。
 一つ目は、募集採用に係る日本の判例法理として半世紀前に確立している三菱樹脂事件最高裁判決の射程がどこまで及ぶのか、言い換えればどのような募集採用に対しては及ぼすべきではないと考えられるのかという論点である。
 もう一つは、これはもはや労働法の範囲を逸脱するとも言えるが、一定の学問的・政治的対立が存在する中における一定の地位をめぐる争奪戦がどこまで法的紛争として救済の対象となり得るのかという論点である。
 本事案はこういった論点を考える上でいくつもの素材を提供してくれる事案である。以下は、厳密な意味での判例評釈というよりは、これら論点をめぐって思いついたことを書き連ねたエッセイに類する。
 なお、本件の原告側弁護士は宮里邦雄と中野麻美であり、被告側弁護士は木下潮音、小鍛治広道らであり、両陣営の大物が登場している。宮里は本件控訴審判決(令和5年2月1日)の直後の2月5日に亡くなっており、彼が最後に携わった事件ということになる。・・・・

 

2023年8月 1日 (火)

労務屋さんが『家政婦の歴史』を書評

51trqp0we9l_sy291_bo1204203200_ql40_ml2_ 労務屋さんに『家政婦の歴史』を書評していただきました。

https://roumuya.hatenablog.com/entry/2023/08/01/142950

女中とか家政婦とかいうのは大半の日本人にとってはフィクションの中でしか目にすることのない「関係ない」存在であるわけですが、そんな彼女たちの知られざる歴史と実態が描き出された本です、というとなにやら怪しげな気配もただようわけですが(笑)、基本的には家事労働者供給事業の法制史の本です。とはいえ小説や論評、事件などその時々の風俗もふんだんに盛り込まれており、背景としての(建設労働者や沖中仕といった)労働者供給事業の悪弊なども描かれていて読み物としても興味深く、私のような労働政策周りの人間にはまるで歴史ミステリーのような面白い本で、実際ほぼ一気読みしてしまいました。しかしまあまったくの善意に立脚した法規制が想定外の弊害をもたらすという図式は近年も繰り返されていて派遣労働というのはそういうものなのかもしれません。

この「歴史ミステリー」という言葉は、まさに私と文春の編集者とが狙っていた線です。

すべて公開された資料を厳密に読み解いていくことによって、誰も気がつかなかった歴史の隠された真実を明らかにするというのが、本書のモチーフでした。

なお私は本書で主役級の扱いで出てくる大和俊子という起業家にたいへん興味をひかれたのですがざっと調べた限りでは伝記とかの資料はないのね。

Oowatoshiko そう、本書で一部取り上げた当時の婦人雑誌の記事以外には、大和俊子という一世紀前のニュービジネスの旗手について書かれたものはほとんど存在しないのです。

 

 

 

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