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2023年7月

2023年7月30日 (日)

『家政婦の歴史』に英国メイド研究者から感想

51trqp0we9l_sy291_bo1204203200_ql40_ml2_ 英国メイドの研究者である久我真樹さんが、拙著『家政婦の歴史』を読まれて、感想をtwitter(X?)にアップされています。

https://twitter.com/kuga_spqr/status/1685471727953100800

『家政婦の歴史』、読み始める。

過労死した家政婦の裁判についての話から始まり、「家事使用人は法の保護の適用外」という話がありつつ、「そもそも家政婦は家事使用人ではない」という今まで論点にならなかった点を指摘し、その理由を説明していく流れが素晴らしい。

西洋のメイドとの比較という視点は、私には全くなかったものなので、久我さんの指摘はとても興味深いものです。

https://twitter.com/kuga_spqr/status/1685490472494813185

『家政婦の歴史』は様々な行政文書や、関連する地方自治側から中央省庁への問い合わせの質問と回答、検討委員会などの公的文書から、家事使用人・家政婦の位置が読み解かれていく。

「家事使用人」と異なって労働法が適用された「家政婦」が、適用除外される経緯の説明も秀逸。

https://twitter.com/kuga_spqr/status/1685507266798383104

『家政婦の歴史』読了。想像した以上にすごい本だった。ただ、巻末に参考文献がない(一次資料言及は文中に豊富)のは、基本的に研究書がないからか。

あとで、noteの方にもまとめるのと、「近代日本の女中(メイド)事情に関する資料一覧」にも追加を。

過分な評価、ありがとうございます。

できれば、労働法や労使関係方面の方からの感想もいただきたいな、と。

 

 

 

 

2023年7月29日 (土)

欧州労使協議会指令改正に関する第2次協議

去る7月26日、欧州委員会は欧州労使協議会指令の見直しに関する労使団体に対する第2次協議を行いました。

https://ec.europa.eu/social/main.jsp?langId=en&catId=522&furtherNews=yes&newsId=10646

The Commission has launched the second-stage consultation of European social partners on a possible revision of the European Works Councils Directive.

協議期間は10月4日までとのことです。これが何らかの指令改正につながっていくのかどうか、関心を持って追いかけていきたいと思います

 

2023年7月28日 (金)

ロバート・D・パットナム/ シェイリン・ロムニー・ギャレット 『上昇』

Mb36014m ロバート・D・パットナム/ シェイリン・ロムニー・ギャレット 『上昇 (アップスウィング)アメリカは再び〈団結〉できるのか』(創元社)を、編集に当たった小野紗也香さんよりお送りいただきました。

https://www.sogensha.co.jp/productlist/detail?id=4686

緻密な統計分析と幅広い領域を見渡すダイナミックな論理展開で、現代アメリカにおける格差拡大の背景と社会関係資本〈ソーシャルキャピタル〉の重要性を論じてきたR・D・パットナム。

『孤独なボウリング』『われらの子ども』などのベストセラーに次ぐ本書では、気鋭の作家S・R・ギャレットの協力のもと、アメリカの過去100年における「われわれ(We)」性の上昇と下降が描く逆U字曲線に着目する。

19世紀末には極端な個人主義だったアメリカ社会が、約半世紀をかけて徐々に差別と格差を縮小させ、利他性とコミュニティ志向を強めたのち、1960年代をピークに再び下降して現在の排他的な差別・格差社会に至るまでの大きな流れを、政治・経済・社会・文化・人種・ジェンダーなどさまざまな角度から検証。危機的状況にある現在のアメリカが再び〈上昇〉するためのヒントを探る。

 パットナムの本は、以前『われらの子ども』をお送りいただき、ここでも紹介したことがありますが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-0416.html(ロバート・パットナム『われらの子ども』)

今回の本はさらにマクロな視点からこの100年以上にわたるアメリカ社会の推移を骨太に描き出していきます。

第一章 過ぎ去りしは序幕
第二章 経済――平等性の盛衰
第三章 政治――部族主義から礼譲へ、そして元通りに
第四章 社会――孤立と連帯の間
第五章 文化――個人主義 対 コミュニティ
第六章 人種とアメリカの「われわれ」
第七章 ジェンダーとアメリカの「われわれ」
第八章 二〇世紀の弧
第九章 漂流と統御

こういう世紀単位の動きといえば、もちろん思い出すのはピケティの議論です。本書でも彼の議論が第2章の経済のところでいくつか取り上げられていますが、パットナムの視野は上の目次に見られるように大変広くかつ微細なところにまで入りこんでいます。出て来る名前のあれこれが妙に懐かしい感じを与えるのも世代のせいだけではないでしょう。

 

 

 

 

 

 

2023年7月27日 (木)

金井勇人『ビジネス必携 伝わる文章の裏ワザ・表ワザ』

F1c9681bb0aff68468a26c0e194db9e19b58e4f7 金井勇人『ビジネス必携 伝わる文章の裏ワザ・表ワザ』(経団連出版)をお送りいただきました。

https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/pub/cat9/098ce5bab0bdecef4be0e7c2ee17311bcd02b354.html

◆文章力を上げる、表現力を磨く
◆どこを、どう変えたらいいのか
◆読点(、)を移すだけでも、わかりやすくなる!?
 ビジネスを進めるうえでは、企画書や報告書、メール文など、さまざまな文章を日々、作成していますが、それら文章の果たすべきもっとも大きな役割は、正しく意図を伝えるということです。しかし実際は、何を言いたいのかわからない文章、なんとなく違和感を感じる言い回しなども少なくありません。普段、当たり前のように、「無意識に」使っている日本語ですが、その仕組みを学び、意識して用いることができれば、もっと魅力的な表現に高めていくことができます。
 たとえば、日本語の(丁寧体の)文末は「です」と「ます」しかなく、非常に単調になりがちです。また、過去のことを表すときには、「でした/ました」と、今度は「た」ばかり続いてしまいます。そうした制約の中で、いかに工夫して多彩さを出すかということが、書き手の腕の見せどころとなります。
 本書では、ビジネスで遭遇しうるさまざまな場面を素材に、まずルールを意識せずに書かれた文章をBeforeとして取り上げ、その短所を改善する方法を探るとともに、日本語のルールを活かして推敲された文章をAfterとして紹介します。ひと工夫を加えることで、より読みやすく、わかりやすい文章を作るコツを、日本語教育のエキスパートが伝授しますので、ご自身の書かれる文章に、すぐに応用いただけます。相手を引きつける話し方、正しい敬語など、実務に即したスキルも、多様な事例を用いて解説します。

本書の内容
1.文法
  「が」が連続すると読みにくい/「という」が必要なとき、不要なとき/
  そんなに単純ではない複数形「たち」
2.文の構造
  「ら抜き/さ入れ」は誤用?それとも合理的?/主語と述語が合っていない?/
  現実を語順に反映させる
3.敬語と丁寧さ
  ちょうどよいレベルの敬語とは?/謙譲語は何を高めて、何を低めるのか/
  丁寧語を使わないことのメリット/美化語は敬語なのに敬意を表していない!?
4.レトリックと表現効果
  促音・撥音・長音の表現効果/ひらがな・漢字・カタカナと、その印象/
  文章にアクセントをつける/隠喩や換喩で重層的に

 

 

 

岩井克人『経済学の宇宙』@労働新聞書評

81p2y7zdzs_ac_uf10001000_ql80_ 例によって月1回の労働新聞書評、今回は岩井克人『経済学の宇宙』です。

https://www.rodo.co.jp/column/153750/

 著者は東京大学経済学部名誉教授であり、日経新聞からこのタイトルで出れば、偉い学者の『私の履歴書』みたいなものと思うのが普通だ。実際、生い立ちからMIT留学までは、貧しいながらも知的な家庭から東大に進学し、米国に留学する立志伝的な話。ところがそこから話がとてつもない方向に逸れていく。新古典派経済学の真っ只中にいながら、市場経済がその根底に不安定さを秘めていることを暴露する不均衡累積過程の理論を構築し、非主流派の道を歩み始める。ちょうどそこへ東大経済学部から声が掛かり、1981年帰国。このとき、評者は法学部生として岩井助教授の「近代経済学」の初講義を聴いたはずだが、中身はまったく記憶にない。

 ここから経済学者の枠を超える岩井の大活躍が始まる。柄谷行人らとの交流のなかから、マルクスの価値形態論の限界を突破し、貨幣商品説と貨幣法制説の双方を超克する貨幣の自己循環論法理論を構築する。その後日本経済論を経て、法人論に取り組むことになる。彼が法人という存在の不思議さに気が付いたのは、プリンストン大学の図書館で戦前の『法律学辞典』の「法人」という項に、末弘厳太郎(「末廣巌太郎」というのは誤り)が「法人とは自然人にあらずして法律上“人”たる取扱いを受くるものを言ふ」と書いているのを見て、驚きのあまり本を落としそうになったときだ。

 私も含めて法学部出身者にとっては、これは民法総則の初めの方で勉強する常識中の常識で、何ら驚くことではない。ところが、学生時代に「法律などという権力の道具にすぎないものを勉強するなんてとんでもない」と思って法律に関する講義は一度も取っていなかった岩井は、ヒトでありながらモノでもある不可思議な存在に驚いた。ヒトは主体としてモノを所有し支配する。モノは客体としてヒトに所有され支配される。奴隷社会や家父長制社会とは異なり、ヒトをモノとして扱ってはいけないのが近代社会のはずだ。だが法人は、モノであるのにヒトとして扱われ、ヒトとして扱われているのにモノでしかない。こんな不思議な存在になぜ今まで気が付かなかったのだろうと。驚いた岩井はそこから法人論や会社法の猛勉強を始め、会社統治の議論に乱入し、流行していた株主主権論を論破する。素直に民法の授業を聞いていた法学部出身者にはできない荒技だ。

 マイケル・ジェンセン(参照記事=【本棚を探索】第5回『マイケル・ジェンセンとアメリカ中産階級の解体』ニコラス・レマン 著/濱口 桂一郎)のエージェンシー理論によって歪められた会社統治のあるべき姿を探し求めて、岩井は「信任関係」という概念に辿り着く。日本では知られていないこの英米法概念こそ、資本主義社会の中核にある会社という存在を根底で成り立たせている経営者の会社に対する忠実義務であり、「倫理=法」なのだ。その根底にあるのは、トマス・シェリングの「人は自分と契約できない」という原理である。経済学は「私的悪こそ公共善だ」と嘯いて倫理を葬ったはずなのに、会社の中核には倫理が法として存在しているというこの逆説。そして、経営者の会社への信任関係を否定して株主利益に奉仕するエージェンシーに貶めたマイケル・ジェンセンのイデオロギーは、株主に奉仕すると称して「自分と契約」することによってお手盛りで巨額の報酬を得る経営者たちとして実現した。

 

末弘厳太郎の字が間違っているとわざわざ指摘しているのは、世の中にはこの間違いがけっこう多いから。末弘であって、末廣じゃありません!

ちなみに末弘厳太郎は拙著『家政婦の歴史』にも登場して、暴れ回っています。

 

 

 

 

2023年7月26日 (水)

小嶌典明『労使関係法の理論と実務』

716qtg72tfl_ac_uf10001000_ql80_ 小嶌典明さんより『労使関係法の理論と実務』(ジアース教育新社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.kyoikushinsha.co.jp/book/0645/index.html

「現実を直視し、物事を考える」をモットーとする著者が、労使関係法の領域において著した主な論考21編を収録。労使関係法の世界に、本来あるべき常識を取り戻すべく論考を重ねた著者の半世紀にわたる軌跡と到達点。

本書自体は昨年末に刊行されたものですが,収録されている論文の大部分はかなり昔のもので、そのときにはかなり大きなインパクトを与えた論文でした。

例えば冒頭に収録されている「労働組合法を越えて」は、『日本労働研究雑誌』の1992年7月号に掲載されたものですが、この論文を読んで「いやあ、そんな領域があったのか!」と目を見開かされた思いはいまでも覚えています。

団体交渉とか協約というのは労働者による労働組合に限られたものだと思い込んでいた(私を含む)多くの人々にとって、中小企業協同組合法をはじめとするいくつもの経済法に、れっきとした自営業者たちが組合を結成して団体交渉をし、団体協約を締結する権利があり、あっせんや調停まで規定されているというのは驚くべき知識であったのです。

そのショックはずっと残り、2004年に東大の公共政策大学院で労働法政策の講義を始めるときに執筆した最初の教科書『労働法政策』(ミネルヴァ書房)では、第15章の「非雇用労働の法政策」の中に「協同組合の労働協約締結権」という一項を挿入したくらいです。

また、3番目の論文「労使自治とその法理」は、それよりももっと前の『日本労働協会雑誌』1987年4月号に掲載されたものですが、労働組合と事業所代表制という2つの集団的労使関係の枠組が現に日本の労働法の中に組み込まれているということを正面から明示した記念碑的論文です。

上記『労働法政策』で、第Ⅴ部の「労使関係法政策」を、大きく「集団的労使関係システム」と「労使協議制と労働者参加」という章立てにしたのも、ヨーロッパの二本立て集団労働法の影響を受けたこともありますが、日本法をその枠組みで記述することに逡巡しなかったのは小嶌論文の影響があったからだと思います。

その他にも、発表当時話題を呼んだ問題論文がいくつも収録されていて、改めて通読するとけっこう思い出深いものがありました。

 

 

 

 

 

2023年7月25日 (火)

信長殺しは光秀でない、秀吉か、家康だ

81heimn4jol_ac_uf10001000_ql80_ 前にわたくしの中ニ時代の黒歴史を告白したことがありますが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/01/post-b498ba.html(ボクちゃんだけが真実を知ってる症候群)

要するに、「ボクちゃんだけが真実を知ってる症候群」なんだけど、クラスの半分くらいが不良や不良予備軍みたいな公立中学校の大したことのない目立たぬ二年生のぼうやが、なぜかほかの生徒や教師も読んでなさそうな八切止夫の歴史モノに嵌まってしまい、『信長殺し、光秀ではない』とか『上杉謙信は女だった』とか『徳川家康は替え玉だった』とか、もう何十冊も読みふけって、これこそほかの馬鹿どもが知らない歴史の真実だ!!と思い込んでしまったわけです。で、挙げ句の果てに、その公立中学校で社会科の教師をしている可哀そうな先生に、「あなたの教えているのはうそばっかりだ、歴史の真実はここに書いてあるから勉強するように」などと、めんどくさいことを言ってたんだから、まあ恥ずかしい話です。わが黒歴史。

まあ、そんじょそこらの中二のぼうやに比べりゃ、大人向けの歴史モドキの本を山のように読んでるだけで遥か認識の高みに上ったつもりになってるんだけど、そもそも歴史学ってのは、まず史料ってのがあってだな、ということがわかってない厨房だから、たまたま自分が読んだ活字がそのまま真実だと思い込んじゃう。そういう典型的なメカニズムを、中二時代にある意味一番いいサンプルで経験したもんだから、このあほだら踊りをしている人々の精神構造がじわじわわかってしまうところもあったりするわけです。

これをまた思い出してしまいました。なにしろ、NHKの大河ドラマが堂々と家康が信長殺しを企む姿を流してしまうんだから、思わず我が中ニ時代に読みふけった八切止夫のこれやあれを思い出さないわけにはいかないでしょう。

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2023年7月24日 (月)

入管法の運用はますますメンバーシップ型へ

今朝の日経の1面にでかでかと、

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE29AUT0Z20C23A6000000/(専門学校の留学生、就職先拡大 「専攻に限定」秋にも緩和)

法務省は今秋にも専門学校に通う外国人留学生の就職先を大幅に広げる。これまで専攻分野に限定していたが、国の認定校卒業生は関連が薄い分野でも可能とする。大学卒の留学生並みへ方針を転換する。専門学校の卒業生は言葉や文化になじんだ貴重な人材。就職先の少なさなどから帰国する人ら年3千人ほどのつなぎ留めを目指す。・・・

法務省は専門学校生について「専攻科目と従事しようとする業務は相当程度の関連性が必要」とガイドラインで定めてきた。今秋にもこれを改定し、文部科学省認定の専門学校に通う留学生は大卒者並みの運用とする。・・・

この問題はいままで何回も論じてきましたが、口先ではジョブ型とか口走っている日本企業が、入管法の硬直的なジョブ型の運用にしびれを切らして、「ジョブなんて下らんもんはどうでもええやんか」と、純粋メンバーシップ型の運用を求めて突っ走っているという視角が、なぜかこういう報道では全く消えてしまうというあたりが不信感なんですよ。

いや、日本企業はジョブなんて馬鹿なもので動いていないのだから、専門学校の専門やなんてどうでもええやないか、というのは1つの合理的な立場だし、現実の日本社会では妥当な政策でもありましょう。

でも、それがジョブを完全に馬鹿に仕切ったメンバーシップ型発想の極致であることくらいは、わきまえておいてほしいと思うのですね。

Nikkei_20230724134001

(参考)

Fzmhfluacaaelep_20230724134201 既にメンバーシップ型運用がされている大卒留学生については、拙著『ジョブ型雇用社会とは何か』の中でこう論じています。

1 ジョブ型「技人国」在留資格とメンバーシップ型正社員の矛盾

「技人国」はジョブ型の制度だが
 以上は単純労働力ではないとしても、どちらかといえばローエンドの技能労働力としての外国人労働者の導入に係る政策でしたが、これとは対照的に、ハイエンドの外国人は積極的に受け入れるという政策がとられてきました。その中でも、普通のホワイトカラーサラリーマンの仕事に相当する在留資格が技術・人文知識・国際業務、いわゆる「技人国」です。入管法の別表では、「本邦の公私の機関との契約に基づいて行う理学、工学その他の自然科学の分野若しくは法律学、経済学、社会学その他の人文科学の分野に属する技術若しくは知識を要する業務又は外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務に従事する活動」と、定義されています。要するに理科系と文科系の大学を卒業し、そこで学んだ知識を活用して技術系、事務系の仕事をする人々ということですから、ジョブ型社会における大卒ホワイトカラーを素直に描写すればこうなるという定義です。つまり、日本の入管法は他の多くの法律と同様に、欧米で常識のジョブ型の発想で作られているのです。
 ジョブ型の常識で作られているということは、メンバーシップ型の常識は通用しないということです。法務省の「『技術・人文知識・国際業務』の在留資格の明確化等について」という文書には、「従事しようとする業務に必要な技術又は知識に係る科目を専攻していることが必要であり,そのためには,大学・専修学校において専攻した科目と従事しようとする業務が関連していることが必要」と書かれています。何という職業的レリバンスの重視でしょうか。これは、専門技術職は積極的に受け入れるけれども、単純労働力は受け入れないという原則を掲げている以上当然のことです。ところがそれが日本のメンバーシップ型社会の常識と真正面からぶつかってしまいます。今まで留学生の在留資格だった外国人が、日本の大卒者と同じように正社員として採用されて、同じように会社の命令でどこかに配属されて、同じように現場でまずは単純作業から働き始めたとしたら、それは「技人国」の在留資格に合わないのです。大卒で就職しても最初はみんな雑巾がけから始める、などというメンバーシップ型社会の常識は通用しないのです。

メンバーシップ型の常識に道を譲る
 ところが、それでは日本企業が回らないという批判に、あっさりジョブ型制度が後退してしまいました。前述の2018年12月の入管法改正を受けて同月策定された「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」では、留学生の就職率が3割強にとどまっていることから、大学を卒業する留学生が就職できる業種の幅を広げるために在留資格の見直しを行うとされ、翌2019年5月の告示改正で、「日本語を用いた円滑な意思疎通を要する業務」という名目の下、飲食店、小売店等でのサービス業務や製造業務も特定活動として認めることとしたのです。同時に出されたガイドラインの具体的な活動例を見ると、飲食店で店舗管理業務や通訳を兼ねた接客業務、工場のラインで日本人の作業指示を他の外国人に伝達しつつ自らもライン業務、小売店で仕入れ、商品企画や通訳を兼ねた接客販売業務、ホテルや旅館で外国人客への通訳を兼ねたベルスタッフやドアマンとしての接客業務といったものが並んでいます。
 ハイエンド労働者は入口からハイエンドの仕事をし、ローエンド労働者はずっとローエンドの仕事をするというジョブ型社会の常識が、ハイエンド(に将来なる予定の)労働者が入口ではローエンドの仕事をするという日本社会の常識に道を譲ったわけです。それは、もしその就職した留学生たちが全て本当にハイエンド労働者を予定しているのであれば、ジョブ型の制度趣旨に反するというだけで、否定されるべきではないのかもしれません。しかしながら、日本の外国人政策における留学生の位置付けを振り返ってみると、その点にもかなりの疑問符が付きそうです。

 

EUのプラットフォーム労働指令案に理事会合意@『労基旬報』

115351 『労基旬報』7月25日号に、「EUのプラットフォーム労働指令案に理事会合意」を寄稿しました。

 去る6月12日、EUの労働社会相理事会で、プラットフォーム労働指令案について、議長国スウェーデンの妥協案に合意が成立しました。27か国中22か国の賛成多数で、エストニア、ドイツ、ギリシャ、ラトビア、スペインの5か国が棄権しただけでした。本指令案については、本紙2022年1月5日号でかなり詳細な紹介をしたところですが、2021年12月9日に欧州委員会が指令案を提案してからほぼ1年半で、EUの2つの立法機関のうちの1つがゴーサインを出したことになります。今後、もう一つの立法機関である欧州議会との間で、提案者の欧州委員会も含めて協議が行われていくことになります。
 今回の合意されたテキスト(「一般的アプローチ」)は、元の欧州委員会提案に比べるといくつか修正されています。どこがどのように修正されたのかをざっと見ていきましょう。
 まず、第2a条として、仲介業者を利用したからといってプラットフォーム労働遂行者の保護が縮減されることのないようにせよという規定が挿入されています。仲介業者とは下請も含めてプラットフォーム労働遂行者やデジタル労働プラットフォームとの契約関係を成立させる個人又は法人を指します。この規定を設けた理由は前文第18aにあり、プラットフォーム労働遂行者がデジタル労働プラットフォームと直接契約関係を持たず、仲介業者を介しているケースが見られ、その場合三者間関係のために責任の所在が曖昧になりがちだが、雇用上の地位や自動的意思決定などのリスクには同じように曝されるので、共同責任を含む適切な措置をとるべきだとされています。
 本指令案の最大の目玉商品はもちろん雇用関係の法的推定規定(第4条)ですが、原案の5要件のうち2つ満たせば雇用関係を推定するというのが、7要件のうち3つ満たせば推定するという風になっています。もっとも、新たな要件が加わったわけではなく、原案の第d号が3つに分かれただけです。
(a)デジタル労働プラットフォームが報酬の水準の上限を設定していること、
(b)デジタル労働プラットフォームがプラットフォーム労働遂行者に対し、出席、サービス受領者に対する行為又は労働の遂行に関して、特定の規則を尊重するよう要求すること、
(c)デジタル労働プラットフォームが、電子的手段を用いることも含め、労働の遂行を監督すること、
(d)デジタル労働プラットフォームが、制裁を通じても含め、労働時間や休業期間を選択する裁量を制限することによって、自らの労働を編成する自由を制限していること、
(da)デジタル労働プラットフォームが、制裁を通じても含め、課業を受諾するか拒否するかの裁量を制限することによって、自らの労働を編成する自由を制限していること、
(db)デジタル労働プラットフォームが、制裁を通じても含め、再受託者や代替者を使うかの裁量を制限することによって、自らの労働を編成する自由を制限していること、
(e)デジタル労働プラットフォームが、顧客基盤を構築したり、第三者のために労働を遂行したりする可能性を制限していること。
 こうした労働者性の判断基準は日本でも違和感のないものですが、7つのうち3つで労働者判定というのは、原案の5つのうち2つで労働者判定に比べて、やや厳格になったといえるかも知れません。
 一方、本条では原案の第2項以下がすべて削除され、代って第1a項として、本条が雇用関係の存否の確認に関する国内裁判所及び行政当局の裁量権に影響しないという規定が盛り込まれており、実質的にかなりの骨抜きが可能になっています。第4a条では、この法的推定が行政及び司法手続に適用されると原則を述べた上で、税制、刑事及び社会保障の手続に適用されないこと、さらに権限ある国内行政機関が自発的に法遵守を確認するような場合には法的推定を適用しないことができるとしています。こういった点に関して、ベルギー、オランダ、スペインなど8か国は批判する共同声明を発しています。一方フランスは雇用の安易な法的推定に極めて否定的な声明を発しています。フランスは司法府の破毀院は労働者性の認定に積極的ですが、行政府は自営業者を自営業者として保護するという政策を追求しているようです。
 本指令案のもう一つの柱であるアルゴリズム規制はより強化されています。第3章の章題も「アルゴリズム管理」から「自動的なモニタリング又は意思決定システムによる管理」となり、原案はまず雇用関係を有するプラットフォーム労働者について規定をした上で、それを雇用関係のないプラットフォーム労働遂行者にも適用していた(旧第10条)のを、はじめからすべてのプラットフォーム労働遂行者に適用される形で規定し直しています。また、両概念については、第2条に定義規定を置き、「自動的モニタリングシステム」は「電子的な手段によりプラットフォーム労働遂行者の個人データを収集し、その労働遂行を監督又は評価するために用いられるシステム」と、「自動的な意思決定システム」とは「とりわけ課業の提供又は割当、報酬、労働安全衛生、労働時間、訓練機会及び契約上の地位(アカウントの制限、停止、解除を含む)においてプラットフォーム労働遂行者に重大な影響を与える意思決定をしたり支援するのに用いられるシステム」と定義されています。
 まず原案第6条第5項は独立の第5a条として、デジタル労働プラットフォームは、自動的なモニタリング又は意思決定システムにより、①プラットフォーム労働遂行者の感情的又は心理的な状態に関する個人データ、②労働者代表との意見交換を含め、私的な会話に関する個人データ、を取り扱ってはならず、③プラットフォーム労働遂行者がプラットフォーム労働を提供又は遂行していない間に個人データを収集してはならないと定めています。
 自動的なモニタリング又は意思決定システムの透明性(第6条)の規定ぶりも整理され、加盟国はデジタル労働プラットフォームがプラットフォーム労働遂行者に対し、①自動的なモニタリングシステムに関しては、(i)かかるシステムが用いられ又は導入過程にある事実、(2)かかるシステムにより収集されるデータ又は監督、評価される行動類型(サービス受領者による評価を含む)を、②自動的な意思決定システムについては、(1)かかるシステムが用いられるか又は導入過程にあること、(2)かかるシステムにより行われ又は支援される意思決定の類型、(3)かかるシステムが考慮に入れる主要なパラメータと、自動的意思決定システムにおけるかかる主要パラメータの相対的重要性(プラットフォーム労働者の個人データや行動がその意思決定に影響を及ぼす仕方を含む)、(4)プラットフォーム労働者のアカウントを制限、停止、解除したり、プラットフォーム労働者の遂行した労働への報酬の支払を拒否したり、プラットフォーム労働者の契約上の地位に関わる意思決定の根拠、について情報提供すべきことを求めなければなりません。デジタル労働プラットフォームは上記情報を電子媒体を含む文書の形で、遅くとも労働の開始日までに簡潔かつ分かりやすい文言で提供しなければなりません。この情報はプラットフォーム労働者の代表や国内当局者にも要請に応じて提供されます。
 次の第7条は人間によるモニタリングの原則です。加盟国は、デジタル労働プラットフォームが定期的に労働条件に関する自動的なモニタリングと意思決定システムによってなされたり支援される個別の意思決定の影響をモニターし、評価するよう確保しなければなりません。加盟国はデジタル労働プラットフォームが上記個別の意思決定の影響をモニターするための十分な人員を確保するよう求めなければなりません。このモニタリングの任務を負った者は、自動的な意思決定を覆すことも含め、必要な能力、訓練、権限を持たなければならず、その役割を果たしたことを理由とする解雇、懲戒処分その他の不利益取扱いから保護されなければなりません。この評価に関する情報は、プラットフォーム労働遂行者及びプラットフォーム労働者の代表や国内当局者にも提供されます。
 これとよく似た発想ですが、第8条は重大な意思決定の人間による再検討を要請しています。加盟国は、上述のプラットフォーム労働遂行者に重大な影響を与える自動的な意思決定システムによってなされたり支援されたいかなる意思決定についても、プラットフォーム労働遂行者がデジタル労働プラットフォームから説明を受ける権利を確保し、特にデジタル労働プラットフォームがプラットフォーム労働遂行者に対して当該意思決定に至る事実、状況及び理由を明らかにする窓口担当者を指名し、この窓口担当者が必要な能力、訓練、権限を有するようにしなければなりません。
 デジタル労働プラットフォームはプラットフォーム労働遂行者に対し、そのアカウントを制限、停止、解除したり、プラットフォーム労働遂行者の遂行した労働への報酬の支払を拒否したり、プラットフォーム労働遂行者の契約上の地位に関わるいかなる自動的な意思決定システムによる意思決定についても、書面でその理由を通知しなければなりません。
 プラットフォーム労働遂行者がその説明や書面による理由に納得しない場合や、その意思決定が自らの権利を侵害していると考える場合は、デジタル労働プラットフォームに対してその意思決定を再検討するよう要請する権利があります。デジタル労働プラットフォームはかかる要請に対し、遅滞なく2週間以内に実質的な回答をしなければなりません。その意思決定がプラットフォーム労働遂行者の権利を侵害していた場合には、デジタル労働プラットフォームは遅滞なくいかなる場合でも2週間以内にその意思決定を是正しなければならず、それが不可能な場合には十分な補償をしなければなりません。そして将来かかる意思決定が起こることのないよう、自動的意思決定システムの修正を含む必要な措置をとらなければなりません。
 労働安全衛生に関しては第8a条として独立の条項となり、デジタル労働プラットフォームは、①自動的なモニタリングと意思決定システムのプラットフォーム労働者の安全衛生に対するリスク、とりわけ作業関連事故や心理社会的、人間工学的リスクに関して評価し、②これらシステムの安全装置が作業環境の特徴的なリスクに照らして適切であるかを査定し、③適切な予防的、防護的措置を講じなければなりません。自動的なモニタリングと意思決定システムがプラットフォーム労働者に不当な圧力を加えたり、その心身の健康を損なうような使い方は許されません。第9条はプラットフォーム労働者の労働者代表への情報提供と協議を確認的に規定しています。
 以上が本指令案の核心的な部分です。以下第4章(プラットフォーム労働の透明性)では、使用者たるデジタル労働プラットフォームが労働・社会保障当局にプラットフォーム労働を申告すべきこと(第11条)、プラットフォーム労働者数やその労働条件、仲介業者などの情報をこれら当局や労働者代表に提供すべきこと(第12条)を定めています。
 第5章(救済と執行)では、有効な紛争解決機関と権利侵害の場合の救済(第13条)、プラットフォーム労働遂行者のために活動する機関(第14条)、プラットフォーム労働遂行者のコミュニケーション・チャンネル(第15条)、証拠開示(第16条)、不利益取扱いからの保護(第17条)、解雇又は契約終了からの保護(第18条)、監督と罰則(第19条)などが規定されています。第18条は原案では解雇のみでしたが、今回の妥協案では契約終了又はそれと同等のものも追加されています。
 今後、理事会サイドと欧州議会サイドの間で指令採択に向けて協議が進められていくことになりますが、その焦点が労働者性の判断基準をどういうふうに規定するかにあることはいうまでもなく、とりわけ今回の妥協案で盛り込まれた国内裁判所及び国内行政当局の裁量の余地をめぐって議論が交わされることになると思われます。

 

『日本の労働経済事情 2023年版』

1950_2023labereconomicsinjapanjpgthumb14 経団連事業サービスの大下さんより『日本の労働経済事情 2023年版 人事・労務担当者が知っておきたい基礎知識』をお送りいただきました。

https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/pub/cat2/d61b3563806cd137e955e75d38520845fe54c290.html

 人事・労務全般に関する基本的な事項や、重要な労働法制の概要と改正の動向、わが国の労働市場の動向などについて、1テーマ・1頁を基本に、図表を用いてわかりやすく簡潔に解説します。
 2023年版では、労働基準法、障害者雇用促進法等の重要な法令改正のほか、リカレント教育をはじめとした人材育成に関する実務上の留意点、エンゲージメント向上のための施策、人的資本経営の開示等、最新の動向を解説しています。
 人事・労務部門の初任担当者がはじめに学習する際に役立つことはもちろん、新任管理職など、業務等を通じて人事・労務に関心を持たれた方が基本的な事項を理解・確認する手引きとしてもご活用いただけます。

自社型雇用システムのところで、日本型雇用システムの概要と自社型雇用システムの検討もさらりと書かれています

 

 

 

2023年7月23日 (日)

欧州委員会がトレーニーシップに関する労使への第1次協議を開始

去る7月11日に、欧州委員会がトレーニーシップに関する労使への第1次協議を開始しました。

https://ec.europa.eu/social/main.jsp?langId=en&catId=522&furtherNews=yes&newsId=10634

Today, the Commission launches the first-stage consultation of European social partners on reinforcing the EU Quality Framework for Traineeships.

The existing framework sets out 21 quality principles for traineeships that Member States are recommended to put into practice to ensure high-quality learning and adequate working conditions. This includes providing written traineeship agreements, clear learning objectives, as well as transparent information on remuneration and social protection. 

トレーニーシップというのは、ジョブ型社会ならではの存在とも言え、当該ジョブに就くだけの十分な資格や経験を持たない若者を、そのスキルを身につけるためのトレーニングだという建前で、実質的に労働者として使いながら、労働者ではないからとまともな給料も払わないということが横行しているからです。ジョブのスキルなんかよりもやる気のある若者であることが何よりも尊重される日本とは正反対ですが、そのために起こる問題を解決するための法的対応を、既に欧州議会が決議で求めていて、今回の労使協議はそれを受けたものという面もあります。

 

読売新聞(7/22)に登場

7月22日(土曜)の読売新聞の第6面に「労働市場改革へ指針 「ジョブ型」で賃上げ課題 日本型雇用との調整必要」という倉貫編集委員の記事が載っており,そこに、わたくしのインタビュー記事も載っております。

https://www.yomiuri.co.jp/commentary/20230721-OYT8T50062/

1980年代は日本経済が高い成長が続き、日本型雇用制度が礼賛され、欧米のジョブ型の硬直的な制度はだめだと言われていた。90年代以降は日本の職能給や資格給制度が硬直的で、生産性が落ち込んだ要因と言われ、制度の見直しの気運が高まっているのだろう。ただ、岸田内閣が打ち出した職務給に着目したジョブ型は、採用から退職・転職までセットにした欧米型とは異なる点が多い。
 半世紀以上前に職務給を巡る議論がはやった時も新卒一括採用の見直しや教育訓練制度の見直しにまでは至らなかった。
 新卒で一括採用して社内で育てるメンバーシップ型において、賃金体系を職務給に変えることはなかなか難しい。IT技術者のような専門性の高い人は別立ての賃金体系にするといった制度を導入するケースはあるが、それをもってジョブ型を採用したということにはならない。結局、採用してからしばらくはメンバーシップ型で人材育成し、ある時点で賃金制度を変えて、職務ごとに処遇を定めるジョブ型的な運用にすることになるのではないか。
 欧米は、仕事のスキルに値札があり、転職を通じて賃金水準が上がっていく。日本は定昇とベアの水準が春闘で労使が交渉するが、全体の水準は決まるが社員個々人がいくらになるかは分からない。ジョブ型の社会は、個々人の仕事の値札を上げることで全体の賃金水準が上がる。ジョブ型への移行を目指すなら労使交渉のやり方も大きく変える必要があるのではないか

 

 

 

2023年7月20日 (木)

大塚久雄とナチスとユダヤ人

417iuyir0l_sy344_bo1204203200_ 大塚久雄といえば、戦後日本の進歩的文化人の代表格で、西洋経済史の権威で、日本の封建性を口を極めて批判した人として知られていますが、その彼が戦時中に極めて反ユダヤ的な言辞を弄していたことは、中野敏男が暴露するまで知られていませんでした。

このことを詳細に検証したのが恒木健太郎の『「思想」としての大塚史学』です。

それは1943年に『経済学論集』に掲載された「マックス・ウェーバーと資本主義の精神-近代社会における経済倫理と近代工業力」の一節で、

ユダヤ人のうちに、かの「寄生的」(非生産力的)な営利「慾」が純粋培養に近い姿で見出されることは、ヒットラーを待つまでもなく、すでにウェーバーが、むしろ彼こそが、強調してやまなかったところである。

と、露骨にナチス賛美、ユダヤ人排撃をあらわにしていますが、戦後こういう表現はすべて温和化されて繰り返し刊行され、戦後日本における経済史学の中心に居続けました。

しかし、露骨な表現であろうがなかろうが、大塚史学の根幹が、生産にかかわらない遠隔地交易や高利貸しのような「前記的資本」を蛇蝎の如く忌み嫌い、こつこつと生産に励みそれを局地的市場で交換して拡大していく「中産的生産者層」を資本主義の精神を体現するものとして褒め称えるものであったことは周知の通りです。

その意味では、表面のナチス賛美やユダヤ排撃が露呈していようがそうでなかろうが、戦後日本の経済史学を牛耳った大塚史学の本質には変わりはなかったということになります。

実際、多くの経済学部で経済史の教科書として多くの学生に読み続けられた『欧州経済史』には、こんな一節があります。

アントウェルペンの取引所は、その建物に「民族と言語の如何を問わずあらゆる商人の使用のために」と記されていたというが、まさしく「悪魔の集う殿堂で、そこには金融業者、遠洋航海の船乗り、投機や先物取引をやる者、巨大商人-そして金儲けさえできるなら、どんな手段でも暗殺さえも喜んでやる詐欺師や山師までが群がり集うていた」(ピレンヌ)、各地から参集する商人たちの間で自由な商品取引や手の込んだ金融操作がなされていたばかりではない。既に様々な投機や富籤までが盛んに行われていた。

わたしはベルギー在住時何回もアントウェルペンを訪れました。往時の世界貿易の中心地時代の風情はありませんが、かつての栄光の跡が街のあちこちに残っています。この街が、大塚久雄には前期的資本という悪の集う「悪魔の殿堂」と見えていたのです。

その精神構造たるや、戦時中にナチス賛美をしていた時と寸分違いません。(ユダヤ的な)商人資本や高利貸し資本は非生産的な前期的資本であるから極悪人であり、(プロテスタンティズムに基づき)生産活動にいそしみ倹約して産業資本として勃興していく中産的生産者こそが正義の騎士だというわけです

しかし文章の表面上に出てこないからといって、大塚久雄の経済思想に何の変化もなかったのですから、戦後日本人はみんなご立派な進歩的思想として隠されたナチス経済思想をありがたく拝聴し続けていたことになりましょう。

そんな大塚久雄が、1967年ごろには対談で毛沢東の文化大革命を褒め称える発言までしていたというのですから、あきれて物も言えませんが。

実のところ、正面からナチスを礼賛するなどという莫迦なことをやるのはそれで目立ちたいチンピラライター位でしょうし、そんなものは無視しておいても大して実害もないでしょう。真の問題は、そうとは見えない反ユダヤ的経済思想がいかにも正義の論であるかのような形で忍び込んでくることです。

ほら、ナチス礼賛本などというチンケな雑書よりも遙かに膨大な数の、(今では前期的資本などという大塚用語は死語になっていますが)国際金融資本の陰謀で我々こつこつと生産活動に励む庶民の経済が破壊されている云々といった類いの煽情的な本が本屋を埋め尽くしているではありませんか。

 

 

 

 

 

2023年7月19日 (水)

『家政婦の歴史』は明日発売です

拙著『家政婦の歴史』(文春新書)がいよいよ明日発売されます。

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「家庭のなかの知られざる労働者」の知られざる歴史が浮かび上がる!

家政婦と女中はどう違う?
家政婦は歴史上、いつから家政婦と呼ばれるようになったのか?
2022年9月、ある家政婦の過労死裁判をめぐって、日本の労働法制の根本に潜む大きな矛盾に気づいた労働政策研究者の著者は、その要因の一端を、市原悦子演じるドラマ『家政婦は見た!』に見出し、家政婦をめぐる歴史をひも解くことを決意した。

戦後80年近くにわたって、労働法学者や労働関係者からまともに議論されることなく放置されてきた彼女たちのねじれた歴史を、戦前に遡って描き出す驚くべき歴史の旅程。

本書の「はじめに」です

 家政婦、といえば、現代日本人の大部分は、「市原悦子演じる石崎秋子が大沢家政婦紹介所の家政婦として上流階級の華やかな暮らしぶりの家庭に派遣され、そこで繰り広げられる陰謀・騒動・醜聞を覗き見し、最後に自分が見聞した事柄を家族全員が集まる席で洗いざらいぶちまけて去っていく」というストーリーの『家政婦は見た!』を思い浮かべるのではないでしょうか。その後、松嶋菜々子演じる三田灯(あかり)や松岡昌宏演じる三田園薫のバージョンもありましたが、やはり家政婦といえば市原悦子の顔が思い浮かびます。
 ところが2022年9月29日、その家政婦をめぐってある裁判の判決が下され、新聞等マスメディアで注目されることになりました。それは、家政婦がある家庭に泊まり込みで7日間ぶっ通しで働いた後に急性心筋梗塞で亡くなったことを過労死だと訴えた事件だったのですが、東京地方裁判所は原告(亡くなった家政婦の夫)の訴えを退けたのです。その理由が、(細かいことを省略すると)確かに長時間労働はしていたけれども、家政婦は家事使用人であって労働基準法や労災保険法の適用を受けないから、というものでした。
 家事使用人とは、個人家庭に雇用されて家事に従事する労働者のことで、労働基準法第116条第2項に「この法律は、同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については、適用しない。」とあるので、労働基準法も労災保険法も最低賃金法もすべて適用されない、ということになっているのです。それはおかしいのではないか、憲法違反ではないか、というのがこの裁判の原告側弁護人であった指宿(いぶすき)昭一、明石順平という両弁護士の主張でしたが、東京地裁の裁判官はそれを一顧だにしませんでした。多くのマスコミも、この枠組みを前提にして、それがいいとか悪いとかといった論評を繰り返しましたが、そこを一歩踏み込むような報道は見当たりませんでした。
 私は東京大学の労働判例研究会の末席に名を連ねており、年に2回くらい判例評釈の当番が回ってくるのですが、12月16日の研究会でこの判決を取り上げ、そもそも家政婦は労働基準法が適用除外している家事使用人ではなかったのだと指摘をしました。これは、研究会のメンバーにとっても意想外だったようで、いろいろと議論が弾みました。しかし、労働法学の本流からすると余りにも周辺的な話題だったためか、特にその後議論が展開するということにはなっていません。
 実はこの問題は、掘り返せば掘り返すほど様々な論点が芋づる式に次から次に湧き出てくる大変興味深いテーマなのです。一見、今日の労働問題の議論の焦点からはかけ離れた好事家的な話題のように見えて、その実は戦後日本の労働法制の根本に潜む矛盾を一身に集約するような問題でもあります。この「はじめに」の冒頭の『家政婦は見た!』の解説(「市原悦子演じる・・・去っていく」の部分)は、実はWikipediaの文章をそのまま引用したものですが、そこには(恐らく記述者も気が付いていないであろう)矛盾があるのですが、それがなんだかお分かりになるでしょうか。その矛盾こそが、本来家事使用人ではなかった家政婦を家事使用人だとして、労働基準法や労災保険法の保護を剥奪してしまった根源に関わるものなのだといえば、びっくりするかも知れません。
 原告側も被告側も裁判官も含めて、今回の家政婦過労死裁判の関係者の恐らく誰一人も気が付いていないであろう、この問題の根源を探る歴史の旅路に、これからひとときお付き合いいただければ幸いです。

 

 

2023年7月10日 (月)

ナチス「逆張り」論の陥穽(再掲)

最近、田野さんの本が話題になっているということなので、この点はきちんと明確にしておかなければならないと思い、昨年のエントリをそのまま再掲することにしました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2022/05/post-ed416b.html

As20220524001471_comm 昨日の朝日新聞の15面に、「逆張りの引力」という耕論で3人が登場し、そのうち田野大輔さんが「ナチスは良いこともした」という逆張り論を批判しています。

https://www.asahi.com/articles/ASQ5S4HFPQ5SUPQJ001.html

 私が専門とするナチズムの領域には、「ナチスは良いこともした」という逆張りがかねてより存在します。絶対悪とされるナチスを、なぜそんな風に言うのか。私はそこに、ナチスへの関心とは別の、いくつかの欲求があると感じています。
 ナチスを肯定的に評価する言動の多くは、「アウトバーンの建設で失業を解消した」といった経済政策を中心にしたもので、書籍も出版されています。研究者の世界ではすでに否定されている見方で、著者は歴史やナチズムの専門家ではありません。かつては一部の「トンデモ本」に限られていましたが、今はSNSで広く可視化されるようになっています。・・・

正直、いくつも分けて論じられなければならないことがややごっちゃにされてしまっている感があります。

まずもってナチスドイツのやった国内的な弾圧や虐殺、対外的な侵略や虐殺といったことは道徳的に否定すべき悪だという価値判断と、その経済政策がその同時代的に何らかの意味で有効であったかどうかというのは別のことです。

田野さんが想定する「トンデモ本」やSNSでの議論には、ナチスの経済政策が良いものであったことをネタにして、その虐殺や侵略に対する非難を弱めたりあわよくば賞賛したいというような気持が隠されているのかもしれませんが、いうまでもなくナチスのある時期の経済政策が同時代的に有効であったことがその虐殺や侵略の正当性にいささかでも寄与するものではありません。

それらが「良い政策」ではなかったことは、きちんと学べば誰でも分かります。たとえば、アウトバーン建設で減った失業者は全体のごく一部で、実際には軍需産業 の雇用の方が大きかった。女性や若者の失業者はカウントしないという統計上のからくりもありました。でも、こうやって丁寧に説明しようとしても、「ナチスは良いこともした」という分かりやすい強い言葉にはかなわない。・・・

ナチスの経済政策が中長期的には持続可能でないものであったというのは近年の研究でよく指摘されることですが、そのことと同時代的に、つまりナチスが政権をとるかとらないかという時期に短期的に、国民にアピールするような政策であったか否かという話もやや別のことでしょう。

田野さんは、おそらく目の前にわんさか湧いてくる、ナチスの悪行をできるだけ否定したがる連中による、厳密に論理的には何らつながらないはずの経済政策は良かった(からナチスは道徳的に批判されることはなく良かったのだ)という議論を、あまりにもうざったらしいがゆえに全否定しようとして、こういう言い方をしようとしているのだろうと思われますが、その気持ちは正直分からないではないものの、いささか論理がほころびている感があります。

これでは、ナチスの経済政策が何らかでも短期的に有効性があったと認めてしまうと、道徳的にナチにもいいところがあったと認めなければならないことになりましょう。こういう迂闊な議論の仕方はしない方がいいと思われます。

実をいうと、私はこの問題についてその裏側から、つまりナチスにみすみす権力を奪われて、叩き潰されたワイマールドイツの社会民主党や労働組合運動の視点から書かれた本を紹介したことがあります。

Sturmthal_2-2 連合総研の『DIO』2014年1月号に寄稿した「シュトゥルムタール『ヨーロッパ労働運動の悲劇』からの教訓」です。

https://www.rengo-soken.or.jp/dio/dio289.pdf

・・・著者は戦前ヨーロッパ国際労働運動の最前線で活躍した記者で、ファシズムに追われてアメリカに亡命し、戦後は労使関係の研究者として活躍してきた。本書は大戦中の1942年にアメリカで原著が刊行され(1951年に増補した第2版)、1958年に邦訳が岩波書店から刊行されている。そのメッセージを一言でいうならば、パールマンに代表されるアメリカ型労使関係論のイデオロギーに真っ向から逆らい、ドイツ労働運動(=社会主義運動)の悲劇は「あまりにも政治に頭を突っ込みすぎた」からではなく、反対に「政治的意識において不十分」であり「政治的責任を引き受けようとしなかった」ことにあるという主張である。
 アメリカから見れば「政治行動に深入りしているように見える」ヨーロッパ労働運動は、しかしシュトゥルムタールに言わせれば、アメリカ労働運動と同様の圧力団体的行動にとどまり、「真剣で責任ある政治的行動」をとれなかった。それこそが、戦間期ヨーロッパの民主主義を破滅に導いた要因である、というのだ。彼が示すのはこういうことである(p165~167)。

・・・社会民主党と労働組合は、政府のデフレイション政策を変えさせる努力は全然行わず、ただそれが賃金と失業手当を脅かす限りにおいてそれに反対したのである。・・・
・・・しかし彼らは失業の根源を攻撃しなかったのである。彼らはデフレイションを拒否した。しかし彼らはまた、どのようなものであれ平価切り下げを含むところのインフレイション的措置にも反対した。「反インフレイション、反デフレイション」、公式の政策声明にはこう述べられていた。どのようなものであれ、通貨の操作は公式に拒否されたのである。
・・・このようにして、ドイツ社会民主党は、ブリューニングの賃金切り下げには反対したにもかかわらず、それに代わるべき現実的な代案を何一つ提示することができなかったのであった。・・・
社会民主党と労働組合は賃金切り下げに反対した。しかし彼らの反対も、彼らの政策が、ナチの参加する政府を作り出しそうな政治的危機に対する恐怖によって主として動かされていたゆえに、有効なものとはなりえなかった。・・・

 原著が出された1942年のアメリカの文脈では、これはケインジアン政策と社会政策を組み合わせたニュー・ディール連合を作れなかったことが失敗の根源であると言っているに等しい。ここで対比の軸がずれていることがわかる。「悲劇」的なドイツと無意識的に対比されているのは、自覚的に圧力団体的行動をとる(AFLに代表される)アメリカ労働運動ではなく、むしろそれとは距離を置いてマクロ的な経済社会改革を遂行したルーズベルト政権なのである。例外的に成功したと評価されているスウェーデンの労働運動についての次のような記述は、それを確信させる(p198~199)。

・・・しかし、とスウェーデンの労働指導者は言うのであるが、代わりの経済政策も提案しないでおいて、デフレ政策の社会的影響にのみ反対するばかりでは十分ではない。不況は、低下した私的消費とそれに伴う流通購買力の減少となって現れたのであるから、政府が、私企業の不振を公共支出の増加によって補足してやらなければならないのである。・・・
それゆえに、スウェーデンの労働指導者は、救済事業としてだけでなく、巨大な緊急投資として公共事業の拡大を主張したのである。・・・

 ここで(ドイツ社会民主党と対比的に)賞賛されているのは、スウェーデン社会民主党であり、そのイデオローグであったミュルダールたちである。原著の文脈はあまりにも明らかであろう。・・・

田野さんからすれば「「良い政策」ではなかったことは、きちんと学べば誰でも分かります」の一言で片づけられてしまうナチスの経済政策は、しかし社会民主党やその支持基盤であった労働運動からすれば、本来自分たちがやるべきであった「あるべき社会民主主義的政策」であったのにみすみすナチスに取られてしまい、結果的に民主的勢力を破滅に導いてしまった痛恨の一手であったのであり、その痛切な反省の上に戦後の様々な経済社会制度が構築されたことを考えれば、目の前のおかしなトンデモ本を叩くために、「逆張り」と決めつけてしまうのは、かえって危険ではないかとすら感じます。

悪逆非道の徒は、そのすべての政策がとんでもない無茶苦茶なものばかりを纏って登場してくるわけではありません。

いやむしろ、その政策の本丸は許しがたいような非道な政治勢力であっても、その国民に向けて掲げる政策は、その限りではまことにまっとうで支持したくなるようなものであることも少なくありません。

悪逆無道の輩はその掲げる政策の全てが悪逆であるはずだ、という全面否定主義で心を武装してしまうと、その政策に少しでもまともなものがあれば、そしてそのことが確からしくなればなるほど、その本質的な悪をすら全面否定しがたくなってしまい、それこそころりと転向してしまったりしかねないのです。田野さんの議論には、そういう危険性があるのではないでしょうか。

まっとうな政策を(も)掲げている政治勢力であっても、その本丸が悪逆無道であれば悪逆無道に変わりはないのです。

繰り返します。

悪逆非道の徒は、そのすべての政策がとんでもない無茶苦茶なものばかりを纏って登場してくるわけではありません。

まっとうな政策を(も)掲げている政治勢力であっても、その本丸が悪逆無道であれば悪逆無道に変わりはないのです。

悪逆無道の輩はその掲げる政策の全てが悪逆であるはずだ、という全面否定主義で心を武装してしまうと、その政策に少しでもまともなものがあれば、そしてそのことが確からしくなればなるほど、その本質的な悪をすら全面否定しがたくなってしまい、それこそころりと転向してしまったりしかねないのです。

 

2023年7月 7日 (金)

前田正子・安藤道人『母の壁』

626360 前田正子・安藤道人『母の壁 子育てを追いつめる重荷の正体』(岩波書店)をお送りいただきました。

https://www.iwanami.co.jp/book/b626360.html

保育園入所のために妊娠中から保活、父親は仕事に忙殺されワンオペ育児、時短を取れば職場では二軍扱い。ある自治体で認可保育園に入所申し込みをした全世帯への調査から見えてきたのは、絡み合いながら母を追い詰める「壁」の存在だった。自由記述に溢れる悲痛な肉声から、浮かび上がる「日本の母の生きづらさ」。

表紙の頭を抱えて悩む女性の表情がとても印象的です。

下記目次のように、保育の壁、家庭の壁、職場の壁という3つの壁に直面する母親の肉声が胸に突き刺さる本です。

 はじめに 母親たちの肉声
第1章 母を追いつめる三つの壁
第2章 保育園入所が母親の運命を変える――調査で何がわかったか
第3章 保育の壁「子育て支援」が母を束縛する
第4章 家庭の壁 父親はパートナーか壁か
第5章 職場の壁 性別分業でつながる家庭と職場の壁
第6章 子ども罰とコロナ禍――母の壁は変わるか
 おわりに 真に子どもを持つことが祝福される社会を

職場の壁というのは、その職場で働く女性の扱いだけの問題であるというほど単純ではありません。こういうのも職場の壁なんです。

夫の会社は女性活躍や母親に優しいと有名で、、母親になった社員は残業も転勤もしなくてよい。しかし、子育て中の女性社員が増えて優遇されるほど、他の社員にしわ寄せがいっている現状がある。代わりに私の夫のような男性社員は長時間働き、転勤も頻繁にある。そのため転勤族の妻である私は、資格があっても働けない。女性に優しい会社なのに、男性社員やその妻には恩恵はない。不公平でおかしい気がする。

これは、かつて『働く女子の運命』で、「育休世代のジレンマ」で「悶える職場」と二つの本のタイトルを並べて論じたことの延長線上ですが、職務無限定のメンバーシップ型の職場でなまじ女性に優しい施策を実施すると、そのツケが男性や未婚女性社員に回るという構造の現れですね。その結果、ジョブ型社会であれば有利であるはずの「資格があっても働けない」ことになる。

しかしこれこそが終戦直後の日本人が自分たちの民主主義として勝ち取り実現した職場と家庭の有り様の行き着いた姿でもあるわけです。

 

 

 

 

再来週刊行の『家政婦の歴史』が労働法部門第4位

51sgqlf3yol_sy291_bo1204203200_ql40_ml2_ Amazon売れ筋ランキングの労働法部門の順位が何ともはや・・・

1位は『働いたら負けだべや』、2位が私も序章を書いている倉重さんらの『実務詳解職業安定法』、3位 が「2023年版 出る順社労士 当たる!直前予想模試」、そして4位にはなぜかまだ出ていない、再来週刊行予定の拙著『家政婦の歴史』がランクインしています。

https://www.amazon.co.jp/gp/bestsellers/books/505412/ref=pd_zg_hrsr_books

これは勿論瞬間風速でしょうけど、出る前から多くの皆様方に関心を持っていただいたおかげであり、感謝申し上げます。

そのかわり、というはなしではぜんぜんありませんが、版元の文藝春秋(今や話題の中心ですが)のサイトに本書の「はじめに」とそれに続く部分が「立ち読み」できるようになっていますので、チラ見していただければ幸いです。

https://books.bunshun.jp/list/browsing?num=9784166614141

はじめに

 家政婦、といえば、現代日本人の大部分は、「市原悦子演じる石崎秋子が『大沢家政婦紹介所』の家政婦として上流階級の華やかな暮らしぶりの家庭に派遣され、そこで繰り広げられる陰謀・騒動・醜聞を覗き見し、最後に自分が見聞した事柄を家族全員が集まる席で洗いざらいぶちまけて去っていく」というストーリーの『家政婦は見た!』を思い浮かべるのではないでしょうか。その後、松嶋菜々子演じる三田灯(あかり)や松岡昌宏演じる三田園薫(家政夫)のバージョンもありましたが、やはり家政婦といえば市原悦子の顔が思い浮かびます。
 ところが2022年9月29日、その家政婦をめぐってある裁判の判決が下され、新聞等マスメディアで注目されることになりました。それは、家政婦がある家庭に泊まり込みで7日間ぶっ通しで働いた後に急性心筋梗塞又は心停止で亡くなったことを過労死だと訴えた事件だったのですが、東京地方裁判所は原告(亡くなった家政婦の夫)の訴えを退けたのです。その理由が、(細かいことを省略すると)確かに長時間労働はしていたけれども、家政婦は家事使用人であって労働基準法や労災保険法の適用を受けないから、というものでした。
 家事使用人とは、個人家庭に雇用されて家事に従事する労働者のことで、労働基準法第116条第2項に「この法律は、同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については、適用しない」とあるので、労働基準法も労災保険法も最低賃金法もすべて適用されない、ということになっているのです。それはおかしいのではないか、憲法違反ではないか、というのがこの裁判の原告側代理人であった指宿(いぶすき)昭一、明石順平という両弁護士の主張でしたが、東京地裁の裁判官はそれを一顧だにしませんでした。多くのマスコミも、この枠組みを前提にして、それがいいとか悪いとかといった論評を繰り返しましたが、そこを一歩踏み込むような報道は見当たりませんでした。
 私は東京大学の労働判例研究会の末席に名を連ねており、年に2回くらい判例評釈の当番が回ってくるのですが、12月16日の研究会でこの判決を取り上げ、そもそも家政婦は労働基準法が適用除外している家事使用人ではなかったのだと指摘をしました。これは、研究会のメンバーにとっても意想外だったようで、いろいろと議論が弾みました。しかし、労働法学の本流からすると余りにも周辺的な話題だったためか、特にその後議論が展開するということにはなっていません。
 実はこの問題は、掘り返せば掘り返すほど様々な論点が芋づる式に次から次に湧き出てくる大変興味深いテーマなのです。一見、今日の労働問題の議論の焦点からはかけ離れた好事家的な話題のように見えて、その実は戦後日本の労働法制の根本に潜む矛盾を一身に集約するような問題でもあります。この「はじめに」の冒頭の『家政婦は見た!』の解説(「市原悦子演じる・・・去っていく」の部分)は、実はWikipediaの文章をそのまま引用したものです。そこには(恐らく記述者も気が付いていないであろう)矛盾があるのですが、それがなんだかお分かりになるでしょうか。その矛盾こそが、本来家事使用人ではなかった家政婦を家事使用人だとして、労働基準法や労災保険法の保護を剥奪してしまった根源に関わるものなのだといえば、びっくりするかも知れません。
 原告側も被告側も裁判官も含めて、今回の家政婦過労死裁判の関係者の恐らく誰一人も気が付いていないであろう、この問題の根源を探る歴史の旅路に、これからひとときお付き合いいただければ幸いです。

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2023年7月 5日 (水)

「送料無料」という名のまやかし@神津里季生

Dio3871 連合総研の『DIO』387号が届きました。今号の特集は「2024年問題-トラック運送業界が直面する影響と課題-」です。

https://www.rengo-soken.or.jp/dio/dio387.pdf

解 題
2024年問題に対して私たちができることは何か戸塚 鐘…………… 4
寄 稿
「2024年問題」とは 首藤 若菜…………… 6
物流の2024年問題 ―トラック運送業界の取り組み― 星野 治彦 ……………10
トラックドライバーの働き方改革と2024年問題 福本 明彦 ……………15

最近テレビでも大活躍の首藤若菜さんはじめ、読みでのある論文が並んでいますが、ここではその前におかれたエッセイを紹介しておきます。今は連合総研理事長に移った神津里季生前連合会長の、「懺悔」の言葉です。

 私自身も懺悔をしなければなりません。いわゆるネット通販なるものがこの世に出始めて私も手を染めたころ、「送料無料」という言葉に喜んで飛びついたものです。
 ****円以上お買い上げで送料無料、などと言われると、そうかあれも買い足せば送料無料になるな、などとその特典をゲットしようとしたものです。
 今ではこの「送料無料」は多くのネット商品でまるで当たり前のようになり、そうでなければ損をしたような感じにまでなってしまっています。
 自らの所作が実に馬鹿な振る舞いであるということを感じ始めたのは労組の役員として経験を重ねるなかでのことでしたが、決定的だったのは、某ネット通販大手が、送料無料を銘打つ店舗を優先的に利する施策を打ち出した時です。物流の世界のみならず、各店舗に対しても負担を強要するようなやり方であって、巨人が小さいものを踏みつけるような手法は、私の「送料無料」に対する抵抗感を決定的にしました。 

「労組の役員として経験を重ねるなかで」と言われていますが、神津さんは若い頃から労組の専従だったので、ネット通販で送料無料に飛びついた頃も労組の役員であったはずです。鉄鋼産業で労組活動をしていても、送料無料が運送業界においてどういう意味を持ちうるのかということには、なかなか思いが至らないというのは、ある意味で当たり前であって、人間という生き物は自分がかかわっていることにはちゃんと判断能力もあるし、変なことに対する感性もありますが、それが少しずれると全然分からなくなるのですね。

連合の事務局長、会長として、傘下の様々な業種のことも考えなければならなくなって、「送料無料」という言葉の裏側に思いが至るようになったというわけです。

送料無料というのは、その言葉を厳密に解釈するならば、ものを運送するという人間の労働をただ働きさせるという意味なのだ、ということが、商品の売り手と買い手との関係の中では見えないものになってしまう。実際には、運送業者にぎりぎり運送料金を払わなければならないので、その分は売り手が切り詰めて負担することになる。いずれにしても、その当然発生しているはずの労働コストが「送料無料」という言葉で不可視化されてしまうために、その分本来払われるべき流通コストが切り詰められ、運送業者とそこで働く労働者につけが回されるということになるわけです。

 



 

 

 

大東亜共栄圏と米英の手先(の入れ替わり)

Wangyiinternationalforum070323super169 中国の王毅さんが大東亜共栄圏みたいなことを言って,日本は米英の手先になるなよみたいなことを言ったようですが、

https://www.cnn.co.jp/world/35206110.html

中国外交トップの王毅(ワンイー)共産党政治局員は3日、日本と韓国に対し、「アジアの再生」へ向けた中国との連携を呼び掛けた。

中国東部の青島で開催された日中韓のフォーラムで、出席者らに語った。

欧米人の大半は日中韓の区別ができないと指摘し、「どんなに髪をブロンドに染めても、鼻の形をとがらせても、欧米人には決してなれない。自分たちのルーツがどこにあるのか知る必要がある」と訴えた。

フォーラムは2011年から毎年開催されている。王氏は開会式のあいさつで日韓両国に、アジアの価値観を広めて「戦略的自主性」を育て、地域の一体性と安定を維持し、冷戦思考の再来に抵抗するよう呼び掛けた。「地域の運命はわれわれの手の中にある」とも強調した。

王氏はさらに、米国をはっきりとは名指ししないまま、「地域外の大国」がイデオロギーの違いを誇張し、対立と分断を図っていると非難。このまま放置すれば、3カ国間の協力が妨げられるだけでなく、地域の緊張と対立が悪化すると懸念を示した。米国は近年、中国の影響力に対抗して、アジアの主要な同盟国である日韓との連携を強めている。

もちろん、これは習近平さんの考え方を示したものですから、現代中国はまさに80年前の大日本帝国と同様、東洋の夜明け、亜細亜の曙を目指して闘っているのであり、米英の手先としてそれを邪魔しようと策動する日本はまさにかの蒋介石の如き不埒者に見えているのでしょう。

20211221172204761150_d11f26ee327b146aff2 それがどういう風な見え方であるのかを、文学者の感性で素直に描き出した名文がありました。かの白樺派の文豪武者小路実篤の『大東亜戦争私感』(河出書房)です。

・・・今日の夕刊で蘭貢完全占領が報じられた。之をかいている時なので、ちょっとここに書いておきたくなった。

 これで重慶政府の輸血路が遮断されたことになった。米英から輸血されて日本と戦わなければ戦えない彼らを哀れむとともに、情けない気がする。米英の手先となったつもりでもあるまいが、事実は米英に買収されて日本と戦っているような感じを受ける。

・・・英雄の末路としての華々しさも感じられなくなる。しかしいつかは蒋介石も改心して,そんな時はないとも思うが、日本の真意を知り、共に亜細亜のために尽くし、米英から利用されるの愚を知ったら、我ら日本人は淡泊だから,昔のことは忘れて、彼の改心を喜ぶだろうと思う。しかし彼にそれを期待するのは、彼を買いかぶりすぎるのか。彼は夫人と同様心から米英崇拝で、喜んで走狗となっても,日本と戦い、東亜の裏切り者になりたいのか、彼は日本に満州を返せと言ったといわれているが、日本から満州を取り上げて米英に与えたいのか。香港はいつまでも英国に取られていたかったのか。僕は彼が一日も早く日本の真意を信頼し、改心することを望んでいる。しかしそれは例の僕の夢かも知れない。・・・

 

 

 

 

2023年7月 4日 (火)

ジョブなきワークの時代?@WEB労政時報

WEB労政時報に「ジョブなきワークの時代?」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/article/85203

 2018年ですからもう5年以上も前になりますが、当時まだリクルートワークス研究所におられた中村天江さん(現連合総研主幹研究員)のインタビューを受けたことがあります。

https://www.works-i.com/column/policy/detail017.html(濱口桂一郎氏 『メンバーシップ型・ジョブ型の「次」の模索が始まっている』)

 中村さんは私に、メンバーシップ型の問題点とジョブ型への展望を語らせたかったようですが、あまのじゃくな私は「今の私のすごく大まかな状況認識は、これまで欧米で100年間にわたり確立してきたジョブ型の労働社会そのものが第4次産業革命で崩れつつあるかもしれないということです」と全く逆の議論を展開しました。「欧米の労働社会を根底で支えてきたジョブが崩れて、都度のタスクベースで人の活動を調達すればいいのではないか」というわけです。・・・・・

 

 

 

2023年7月 3日 (月)

トマ・ピケティ『自然、文化、そして不平等』

61p3uecj2tl_ac_uf10001000_ql80_ トマ・ピケティ『自然、文化、そして不平等 ―― 国際比較と歴史の視点から』(文藝春秋)を、編集担当者の衣川理花さんよりお送りいただきました。

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163917252

世界的ベストセラー『21世紀の資本』のトマ・ピケティが、「格差」について考察。

「r>g」の衝撃から10年。戦争、気候危機、経済不安などを受け、世界は”第二次ピケティ・ブーム”へ。

その最新思想エッセンスを、ピケティみずからコンパクトな一冊にまとめたのが本書である。

・「社会は平等に向かうべき」との思想はいつ始まったのか
・所得格差が最も少ない地域、最も多い地域は?
・「所得格差」と「資産格差」について
・累進課税制度の衝撃
・世界のスーパーリッチたちの巨額税金逃れ問題について
・ジェンダー格差をどう考えるか?
・環境問題の本質とは、「自然資本の破壊」である
・炭素排出制限量において、取り入れるべきアイデア
・「戦争や疫病が平等を生む」という定説は本当か

ーー「持続可能な格差水準」は、存在するのだろうか?

まず最初に一言申し上げておくと、これは大変薄い本です。『21世紀の資本』のあのボリュームを想像すると全然違います。なにしろ、これは昨年3月にパリのシラク美術館で行われた講演の記録なので、さらっと読めます。全部で100ページもありません。

内容的には、巻末の参考文献に載っているピケティ自身の近著『平等についての短い歴史』と大著『資本とイデオロギー』の中身をぎゅっと凝縮して、かつ一般向けに希釈して喋ったものですから、けっこう深みがある話ではありますが、さらりと読むとほんとにさらりと読み過ごしてしまうものでもあります。

その中であえてピケティが言いたいことの1つは、ある社会が平等か不平等かは決して決まったことではなく、政治で変わりうるんだ,というメッセージでしょうか。

・・・スウェーデンは世界で最も平等な国の1つとみなされている。そして一部の見方によれば、その原因は時代を超えた国家の特質にあるという。つまり、「生まれながらにして」平等を好む文化があるというのだ。だが実際にはスウェーデンは長い間ヨーロッパでもっとも不平等な国の1つだったし、後述するように不平等な政治運営にかけて非常に巧みでもあった。しかし1930年代に入ってすぐ社会民主系の政党が政権を取り、国民の政治・社会参加の枠組が定まる中で、この状況は急速に変わっていく。社会民主主義を掲げるこの政党(スウェーデン社会民主労働者党)はそれから半世紀にわたって政権を担い、スウェーデンはそれまでの政権とは全く異なる政治綱領の下で能力を発揮することになった。

こうした経過を知ると、スウェーデンは決定論的な考え方を見事に退けた好例だということができよう。決定論は自然や文化的要因を重視し、この社会は永久に平等であるとか、あの社会(たとえばインド)は永久に不平等であるなどと決めつける。だが社会や政治の構造は変化するものだ。時には、同時代の人々の予想を大幅に上回るスピードで変化することもある。体制の勝者である支配層は,不平等を定着させ、あたかも永続的なもののようにふるまい、自分たちにとって快適な調和を脅かすような変化を警戒する姿勢を片時も崩さない。だが現実は彼らが思うよりずっと流動的で、永遠に再構築を繰り返す。現実は、権力闘争や制度上の妥協や未実現の選択肢の結果なのである。

というわけで、現時点で一番最新のピケティの言いたいことが詰まった本ということができるでしょう。

上記の2つの本は,現時点ではいずれも未邦訳ですが、『資本とイデオロギー』の方は一昨年の8月に内容見本が送られてきていて、みすず書房のサイトによれば来月には刊行される予定だということなので、本書でごくさわりだけさらりと語られた中身をじっくりと取り組むのにいい季節になるかも知れません。

 

 

 

2023年7月 2日 (日)

専門知をふりかざし市民を圧倒する人は専門家と呼べない

朝日新聞記者のこのツイートがさんざん批判されていますが、

https://twitter.com/erika_asahi/status/1674254761049337856

素朴な異論や懸念を「わかってない!」と封じ込める光景にTwitter等でよく遭遇します。
そうした「専門知をふりかざし市民を圧倒する人は専門家と呼べない」と三牧聖子さん
@SeikoMimaki
「専門家は市民の痛みや苦しみに人一倍敏感でなければ」の指摘、いいね100万回以上です。

実は話はも少しねじれている。

というのも、少なくともここ半世紀くらいは、専門知をふりかざして市民の素朴な異論や懸念を封じ込める偉そうな奴らだとさんざん罵倒されてきたのが、朝日新聞や岩波書店のようなそれなりにアカデミックな知識でもって世を啓蒙しようという人々であり、そういう専門家の知った風な議論をせせら笑って「ぼくのかんがえたさいきょうの」議論を振り回してきたのがwillやhanadaな人々であったわけで、いやまあそういうのがお好きなら別に止めはしませんけれど、という感想が湧いてくるのを抑えられない。

いや私の言ってるのはネットに書き込むこともままならないような「市民の痛みや苦しみ」の話なんで、ネット上で聞きかじった一知半解の知識を振り回している天下無敵なド素人の皆さんのことじゃない、と言いたいんだろうけど、それをどこで区別できるかと言えば、区別のしようはないわけです。そういう人々だって、主観的にはまさしく「市民の痛みや苦しみ」に充ち満ちているのであって、それは偽物の「市民の痛みや苦しみ」であり、私が抱えている方が真正なる「市民の痛みや苦しみ」だなんて、超越的な神の目線に立っているのでない限り証明することは不可能でしょう。

もちろん、専門家の議論には専門家の議論である故の見落としや落とし穴があり得、それを素人の異論や懸念が見事にえぐり出すと言うこともあります。というか、いつもいつもそんなことがあるわけではないけれども、ときにはそんなこともないわけではない、という程度にはあり得る。

とはいえ、その素朴な異論や懸念が実は専門家の議論の盲点を鋭く突くものであるということを的確に判断し、その位置づけをきちんと説明できるためには、ホントの素人の手には余るのであって、少なくとも専門家の中で議論できる程度の専門的知識を持っている人でないといけないわけです。

非常にうまくいけば、専門家集団の中で主流の議論に疑問を感じている専門家がそういう素人の素朴な異論や懸念をうまくすくい上げて的確に言語化し理論化するということも、ないわけではないし、それが学問の発展につながるということもないわけではないけれども、でも、いつもいつもそういうわけにはいかないし、ましてや素人の異論や懸念だけでそんなうまい話になるなんてことはあり得ない。

そういうのを全部すっとばかして、素人の素朴な異論や懸念を祭り上げるようなことをいっていると、「ぼくのかんがえたさいきょうの」議論ばかりが世を覆うことになるでしょうけど、それでいいのかな、ということです。

 

2023年7月 1日 (土)

専業主婦前提の「幸せな家庭像」

海老原嗣生さんは最近、プレジデント・オンラインで女性の生き方、働き方をテーマに連載記事を書いているようですが、昨日アップされた「専業主婦を量産した昭和の残滓が令和の女性を苦しめる…経済力を持った女性が結婚を選ばなくなった根本理由」では、戦前までの男女差別的な法制度では「なく」、戦後広がったある理想的なモデルが男女役割分業を増幅していったことを述べています。

https://president.jp/articles/-/70790

・・・日本の場合、1945年の敗戦で明治の法体系は捨て去られ、1946年公布の新憲法により、男女同権が謳われました。本当はそこで、女性の地位は回復するはずだったのですが、昭和の社会では、差別が巧妙に進化し、精密機械のような枷となって、より深く私たちの「常識」に染み込んでいきます。

見合いではなく恋愛で結婚相手を選び、老親から離れて核家族として世帯を持つ。そして、子ども2人を設け、標準家庭を築く。こんな西欧的な「ロマンティックラブ」が当たり前になる中で、夫は会社でバリバリ働き、妻は家を守るという専業主婦前提の「幸せな家庭」テーゼが、社会の隅々まで行き渡ってしまいました。この、異見を挟みにくい「幸せな家庭像」こそが、女性の社会進出を阻んでいくのです。

戦前の「妻は夫の所有物」テーゼとは異なりますが、「幸せな家庭」テーゼも、十二分に性別役割分担を維持強化したと言えるでしょう。

そうしたくびきが、女性の社会参加が進んだ今も尾を引き、令和の男女の心にも、その残滓ざんしが溢れています。晩婚・未婚・少子化問題の大きな原因がそこにあります。女性が外で働くことが当たり前になる一方で、家事、育児、そして介護までもが女性に偏重する状態は残り続ける。働く女性にとって、専業主婦を前提とした「幸せな家庭像」は、“無理ゲー”に他なりません。経済力を得た女性が結婚を選ばなくなったことは当然といえるのです。

この歴史認識は、女性労働をめぐる議論の世界ではごく常識的なものですが、世間では必ずしもそうではないのかも知れません。

実は、こういうメカニズムが始動し始めた終戦直後の時期の興味深い事例が、最近読ませていただき、本ブログでも紹介したある本に書かれていましたので、ちょっと言及しておきます。

Down それは、梅崎修・南雲智映・島西智輝『日本的雇用システムをつくる 1945-1995 オーラルヒストリーによる接近』(東京大学出版会)で、その第3章の「家族賃金」観念の形成というところです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2023/04/post-54c86d.html

これは、あの有名な近江絹糸人権争議の直後に勝ち誇る労働組合側が会社側に要求した賃金体系が家族賃金そのものであり、男女差別的なものであったことを論じています。いうまでもなく近江絹糸人権争議とは、宗教行事への強制参加の中止、信書の開封・私物検査の停止、結婚・外出の自由等を要求して100日間にわたる労働争議を闘い、全面的に勝利した戦後労働運動の金字塔です。当時の用語でいう「封建的」な家父長制的労務管理を打破し、職場に基本的人権を実現した争議として未だに多くの本が書かれ続けています。

それはそうなんです。近江絹糸の労働組合は戦後民主主義と基本的人権を職場にもたらしたのは確かです。でも、その戦後民主主義の理想像がいかなるものであったのかをよく示しているのが、この争議の直後に労働組合側が要求した賃金体系なんですね。それは一言で言って、まさに家族賃金そのものものでした。家族賃金とは、男性一人の賃金で家族を養い、妻は家事育児に専念するという、性別役割分業構造を反映した賃金体系です。

近江絹糸労組の要求案は26歳以降は男女別の年齢給でしたが、その理由は「まず一家の生活をさゝえる男子の賃金をひきあげ最低生活を保証する。ということで女子の年令給は独身の場合に据えおき,男子の年令給を世帯持の場合にまでひきあげました。そのため結果的に年令給に二六才以上の場合、男女差がつきました。・・・男女の差をつけるという前提ではなく、生活状態の相違(世帯生活と独身生活)から結果的にできた男女差です」とされていたのです。これに対し組合員からの反発や上部団体の全繊同盟からの批判を受け、最終妥結案では男女同一の賃金体系となりました。

基本的人権を求めて闘った人権争議の帰結が男女別賃金制度の要求であったというのは一見逆説的に見えますが、前近代的家父長制的労務管理に反発する近代的恋愛結婚イデオロギーは近代的性別役割分業意識の培養土でもあったということなのでしょう。これもまた戦後女性労働史で繰り返し登場する永遠のテーマでありました。

 

 

 

 

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