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2023年6月19日 (月)

ジョブ型社会の男女賃金格差、日本の男女賃金格差

ジョブ型社会とは同一ジョブ同一ペイであり、裏返して言うと異なるジョブ異なるペイである。この一番肝心要が分かっていない人が多いが、ジョブ型社会とはジョブがもっとも正当な格差をつける理由となる社会である。

それゆえ、同じジョブで男女平等であったとしても、ジョブの性別分布によって社会全体としては男女不平等となる。よりアグレッシブで闘争的な(いわゆる「マッチョ」な)高給ジョブは男性が多く、より対人関係配慮的でケア志向的な(いわゆる「フェミニン」な)低給ジョブは女性が多いからである。それを問題だとする労働フェミニストと雖も、ジョブ型社会の根本原則(異なるジョブ異なるペイ)を否定するわけではなく、高給ジョブに女性をもっと多くしろというか(ポジティブアクション)、女性の多いケア労働などの低給ジョブの職務評価をもっと高くしろ(正確な意味での同一価値労働同一賃金)ということになる。

同一ジョブでも成果によって差をつける成果給は、少数派ではあるが近年拡大傾向にある。ただ、圧倒的に多くの日本人の認識とは逆に、ジョブ型社会の成果給とは、そうしなければジョブにへばりついた固定価格から上げられない賃金を成果を上げたという理由で個別に引き上げるものである。

そして、近年労働フェミニストが問題だとしているのは、このジョブ型社会の成果給が男性により有利に、女性にはより不利に働いているという点だ。これはジョブの性別分布のために、アグレッシブで闘争的なジョブほど成果給による個別引上げが容易であり、対人関係的でケア的なジョブほどそれが困難だからである。男性の方が成果給の恩恵を受け、女性は成果給の恩恵を受けにくいことそれ自体が間接差別であるというロジックだ。

日本的なメンバーシップ型社会では、以上のロジックがすべて逆向きに回転する。

メンバーシップ型社会とは同一身分同一賃金であり、裏返して言えば異なる身分異なる賃金である。やってる仕事が同じか違うかなどという枝葉末節はどうでもよくて、同じ正社員か、同じ総合職か、といった身分がすべてである。

それゆえ、男女賃金格差の生成要因は主として、男女の雇用区分間の分布の不均衡によるものとなる。男性は正規に多く、女性は非正規に多い、男性は総合職に多く、一般職はすべて女性である。それゆえ、それを解決するロジックも、女性をより多く正規へ、総合職へ、というコースの平等を志向することとなる。

日本的な年功賃金は決してストレートな年齢給、勤続給ではなく、ほぼ全員に対して能力評価、情意評価というブラックボックスによる差別化が行われる点に特徴があるが、ここで意識的無意識的に男性に高評価、女性に低評価の傾向が生じるのは、会社への貢献志向度(実際にどれくらい貢献したかではなく、貢献する気があるか)に自ずから男女差があるからである。

さて、日本でも成果主義と称する賃金制度が四半世紀前に導入されたが、その意味合いはジョブ型社会の成果給とは全く逆であった。ほっとくと上がらない賃金を、成果を上げた労働者について個別的に引き上げるのがジョブ型社会の成果給だが、それとは全く逆に、日本の成果主義というのは、ほっとくと(能力が毎年上がっているという建前に基づいて)ほっとくとどんどん上がってしまう(主として中高年男性の)高賃金を、「お前は成果を上げていないではないか」と難癖をつけて個別に引き下ろすための道具である。

よって、成果主義の影響をもろに受けるのは能力評価の積み重ねで上がりきってしまった中高年男性であって、その結果相対的に男女格差を縮小する効果をもたらすことになる。別段女性が成果主義で高く評価されて引き上げられるなどということはないのだが、結果的に特殊日本型成果主義は特殊日本型能力主義による中高年男性の高給を引き下げることによって、女性を相対的に引き上げることになる。

成果給の男性バイアスを厳しく批判するジョブ型社会の労働フェミニストから見れば、信じられないようなアリスのワンダーランドというべきであろうか。

 

 

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コメント

> 会社への貢献志向度(実際にどれくらい貢献したかではなく、貢献する気があるか)に自ずから男女差がある
> (主として中高年男性の)高賃金を、「お前は成果を上げていないではないか」と難癖をつけて個別に引き下ろす

仮に、このような引き下げ策が成功した暁には、(当該企業の)男性の多くの給与はどの道、上がらない訳だから、貢献志向も低下をすることになるでしょう。かなり、男女格差が解消をされそうですね。

一方、「バリキャリを増やせ」みたいなのは、現実性ないでしょう、あれ。いや、もちろん、一部の企業では、あり得ますよ。要するに、「一部の高学歴で閉じた世界」での男女格差解消に関心があるのでしょうね。

”ほっとくと(能力が毎年上がっているという建前に基づいて)ほっとくと”
 「ほっとくと」二つも要りますか? あるいはカッコの位置?

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