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2023年6月24日 (土)

ジョブなきワークの時代

もう5年以上も前になりますが、当時まだリクルートワークス研究所におられた中村天江さん(現連合総研主幹研究員)のインタビューを受けたことがあります。

https://www.works-i.com/column/policy/detail017.html(濱口桂一郎氏 『メンバーシップ型・ジョブ型の「次」の模索が始まっている』)

Interview01_01

 中村さんは私に、メンバーシップ型の問題点とジョブ型への展望を語らせたかったようですが、あまのじゃくな私はわざと逆のことを喋りました。

中村 人生100年時代では、60歳を超えて80歳まで就業するケースも出てきます。そうなると雇用システムは今のメンバーシップ型でいいのか、あるいはジョブ型がふさわしいのか。どういう方向に進化していくと考えていますか。

濱口 日本では今、メンバーシップ型に問題があるのでジョブ型の要素を取り入れようという議論をしています。ですが、今の私のすごく大まかな状況認識は、これまで欧米で100年間にわたり確立してきたジョブ型の労働社会そのものが第4次産業革命で崩れつつあるかもしれないということです。欧米では新しい技術革新の中で労働の世界がどう変化していくのかに大きな関心が集まっています。

そもそもメンバーシップ型もジョブ型も自然にできたものではありません。産業革命で中世的なメンバーシップ型社会が崩れて労働者がバラバラの個人として市場に投げ出された中で、その拠り所として労働者が普通に働いていける社会のルールとして組み立てられたのがジョブ型です。ジョブ型とメンバーシップ型はある意味でそのルールの作り方の違いなのです。

日本でもマイクロエレクトロニクス(ME)が工場やオフィスに入り始めた30~40年前は、日本的雇用システムの柔軟性こそがME時代に最も適合していると誇らしげに語られました。もちろん間違っていなかったわけですが、ここ20年の間にメンバーシップ型の悪い点が露呈し、うまく対応できないということでジョブ型が注目を集めているのです。

しかし今の欧米は違う。欧米ではこれまで事業活動をジョブという形に切り出し、そのジョブに人を当てはめることで長期的に回していくことが効率的とされた。ところがプラットフォーム・エコノミーに代表されるように情報通信技術が発達し、ジョブ型雇用でなくともスポット的に人を使えば物事が回るのではないかという声が急激に浮上している。私はそれを「ジョブからタスクへ」と呼んでいます。

中村 メンバーシップ型でもジョブ型でもない就業システムが新しい技術革新によって生まれつつあるということですね。いつ頃から議論が始まっているのですか。

濱口 実は欧米でこんな議論が高まったのはこの2~3年です。つまり欧米の労働社会を根底で支えてきたジョブが崩れて、都度のタスクベースで人の活動を調達すればいいのではないか。あるいはそれを束ねるのが人間のマネジメントだと言われていたものでさえもAIがやるみたいな議論が巻き起こっているのです。

それに対して働く側はこれまでジョブ・ディスクリプションに書いてあることをちゃんとやればよかったけど、ジョブがなくなったら自分たちはどうすればいいのかという危機意識がすごく強い。ジョブがなくなれば今後の立脚する根拠をどこに、何を作ればよいのかという議論も起きています。

本当に先が見えない中でものすごい危機感を持って右往左往している状況です。ところが日本でそれほど騒がれていないのが不思議でなりません。

9784478117385  ここで私が言っていた「ジョブ型からタスク型へ」という議論の集大成のような本が去る3月に出ました。ラヴィン・ジェスターサン/ジョン・W・ブードロー『仕事の未来×組織の未来』(ダイヤモンド社)というあんまり食欲をそそらない平凡な邦題になっていますが、原題はこの書影に映っているように「WORK WITHOUT JOBS」(ジョブなきワーク)です。

https://www.diamond.co.jp/book/9784478117385.html

 まさに古くさくて硬直的なジョブ型から柔軟なタスク型への移行を唱道する本です。皮肉なのは、著者はマーサー本社の人で、翻訳はマーサージャパン。現在日本でジョブ型雇用すばらしいぞ、と必死に新商品として売り込んでいる当のマーサーがそれを自己否定するような本を出しているわけです。

 まあ、コンサルタントというのは普通のことをいっていたのでは商売にならないわけで、メンバーシップ型が鞏固に根を張る日本だからそんなのは古いぞ、とばかりジョブ型を新商品として売り込むわけだし、ジョブ型が厳然と確立しているアメリカだから、ジョブ型は古いぞ、タスク型にならなきゃだめだと脅しつけるわけでしょうね。

 実は私は著書の中でも「ジョブ型は古くさいぞ」と繰り返しているのですが、メンバーシップ型の社会的弊害をこれでもかとあげつらうために、あたかもジョブ型を新商品として売り歩く人材コンサルの同類のように見られがちです。日本におけるジョブ型の導入とは、古びた新商品のメンバーシップ型の弊害を縮小するための復古的改革というべきものですが、そういうマクロ的観点が欠如した浅薄な議論が横行するのには閉口します。閑話休題。

では、ジョブ型の本家本元のマーサー本社の人の説く「ジョブなきワーク」とはどういうものでしょうか。ジョブなきメンバーシップの日本型雇用システムとどこが同じでどこが違うのか、詳しいことは是非本書を読んでみていただきたいのですが、ここではちょびっとだけ。

 本書はいうまでもなくジョブ型雇用社会に生きる人々を相手に書かれています。職務記述書(ジョブディスクリプション)に箇条書きの形でまとめられたガチガチの固定的な「ジョブ」(職務)を雇用契約を結んだ従業員(ジョブホルダー)が遂行するという古くさいオペレーティングシステム(OS)を脱構築(デコンストラクション)して、 ジョブを構成する個々のタスクを、インディペンデント・コントラクター、フリーランサー、ボランティア、ギグワーカー、社内人材など多様な就労形態で遂行する仕組みに移行せよというのです。

 伝統的なジョブ型はなぜだめなのか。労働者の能力を職務と結びつけて判断し、職務経験や学位と無関係な能力を把握できないからです。従業員の能力を丸ごと把握することができないからです。そのため、そのジョブに必要な資格を有しているかいないかでしか判断できず、その仕事(個々のタスク)を遂行するにふさわしい人材を発見できないからです。

 というマーサー本社の人の議論を聞いていると、日本のメンバーシップ型はそうじゃないよといいたくなります。資格や経験よりも人格丸ごとを把握し、企業の必要に応じて適宜仕事を割り振っていく日本型を褒め称えているようにすら見えます。いや実際、上記人材リストの中の「社内人材」というのは、フルタイムの従業員であっても「人を職務に縛り付けず、自由な人材移動を可能にする」というものですから、まさに日本型です。

 とはいえ、似ているのはそこまでです。マーサー本社の唱えるタスク型の本領は、伝統的なジョブという安定した雇用形態ではないさまざまな柔軟な就業形態で、タスクベースで人材を活用していこうというものですから、ジョブ無限定でタスク柔軟型の代わりに社員身分がこの上なく硬直的で、社員である限り何かもっともらしい仕事をあてがわなければならない日本型とは対極的であるともいえます。

 冒頭で紹介した私のインタビュー記事でも述べたように、こういう議論が流行る背景にあるのはいうまでもなく情報通信技術の急速な発展で、本書でもITやAIによって仕事の未来がどうなるかというテーマが繰り返されます。近年の労働経済学の議論を踏まえて、あるジョブを構成するタスクのすべてが機械に代替されるわけではなく、代替されるタスクと代替されないタスクがあるのだ、というところから、旧来のジョブという枠組みにこだわるのではなく、機械に代替されない人間用のタスクを柔軟に働く人々に配分していこうという議論につながっていくわけです。

 

 

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