求人情報誌規制の蹉跌と募集情報等提供事業規制の成立@『労基旬報』2023年5月25日号
『労基旬報』2023年5月25日号に「求人情報誌規制の蹉跌と募集情報等提供事業規制の成立」を寄稿しました。
去る2022年3月に成立し、同年10月に施行された改正職業安定法は、2017年改正で導入された募集情報等提供事業という概念に対して、初めて本格的な規制を導入しました。これは、これまで職業紹介という行為に規制の焦点を当ててきた労働市場規制が、情報提供というより広い領域に拡大してきたものと捉えることができます。しかしながら、労働市場における情報流通自体を規制対象にするという発想は、実は今から40年前から30年前にかけての時期に、当時の労働省においてかなり真剣に検討されたテーマでもありました。結果的に何ら立法にはつながらなかったためにその経緯はほぼ忘れられていますが、募集情報等提供事業に対する規制が成立した今日の視点から、このかつての政策過程を振り返ってみることは意味のあることではないかと思われます。ただ、その当時と今とでは労働市場規制の枠組みが全く異なっていたということを最初に念頭に置いておく必要があります。日本の労働市場法制は、1938年の改正職業紹介法から1999年の職業安定法改正に至るまでの約60年間にわたって、職業紹介については国の独占を原則とし、有料職業紹介事業は原則として禁止されていました。若干の専門職については許されていたとはいいながら、普通の労働者を対象に大々的に職業紹介事業を行うということは不可能であったのです。そういう中にあって、いわば規制の対象外であった求人情報誌というビジネスモデルで急拡大していったのが、リクルートをはじめとする就職情報産業であったのです。求人情報誌に対する規制を求めていたのは労働組合側でした。当時のナショナルセンターの総評は、1984年3月に坂本三十次労働大臣に対し、「誇大広告などによる就職後の被害も増大傾向にある」と指摘し、その規制を求めました。労働省では部内で規制を検討していたようですが、その内容は明らかになっていません。ただ、労働省の規制の動きに反発した就職情報誌側が職業安定法研究会を設け、1984年7月に報告書を公表しており、その中に労働省事務局の規制案とおぼしきものが書かれています。すなわち、募集広告への倫理規定の新設、雇用情報誌への許可又は届出制、雇用情報誌への立入権、業務停止権、罰則の追加等です。同報告書は憲法を持ち出してこれらに猛反発しています。当時、リクルート社が政治家や官僚に未公開株をばらまくリクルート事件が世間を騒がせましたが、その背景にはこの情報誌規制の動きがあったともいわれています。いずれにしても、この時は1985年の労働者派遣法の制定に併せて行われた職業安定法改正により、第42条第2項として、文書募集「を行おうとする者は、労働者の適切な職業選択に資するため、前項において準用する第十八条の規定により当該募集に係る従事すべき業務の内容等を明示するに当たつては、当該募集に応じようとする労働者に誤解を生じさせることのないように平易な表現を用いる等その的確な表示に努めなければならない」として挿入されるにとどまりました。しかし話はそれで終わりではなく、その後1987年から1992年までの5年間、民間労働力需給制度研究会と中央職業安定審議会民間労働力需給制度小委員会において、この問題が議論され続けたのです。まず、1987年10月に設置され、1990年6月に報告書を取りまとめた民間労働力需給制度研究会は、求人情報提供事業について、募集主だけではなく労働者募集広告事業者にも責任を追及すべき点があることを確認した上で、具体的に労働者募集広告事業者に対する広告内容の適正化のための指導、業界団体等による自主規制による広告内容の適正化の促進、被害を受けた労働者に対する対応、コンピュータによる検索機能を有する求人情報提供システムの適正化、映像媒体や音声媒体を利用した労働者募集広告の取扱いの明確化、労働者の情報選別能力の向上、情報ネットワークの普及拡大に伴う問題への対応といったかなりソフトな対策を提起していました。しかしその後の審議会の場では労使間で意見がまとまらず、1992年9月の中間報告では「検討が必要」と書かれるにとどまり、その先の立法過程に進むことはありませんでした。具体的に労働者募集広告については、「一義的には職業安定法に規定されるとおり募集主の責任として行われるものであるが、広告内容の適正化において労働者募集広告を掲載する就職情報誌紙の果たすべき役割は少なくないと考えられ、現実に関係事業者団体等において掲載基準の作成及び普及により自主的な規制を実施している。これらについては、一定の成果が認められるものの、特に、未組織の事業者等においては、自主規制の効力は及ばず、また、規模の小さいものが多いことから、これらの趣旨が十分に配慮されていない状況もみられる。このため、その適正化の在り方等について、表現の自由の問題等との関係も勘案しつつ、引き続き検討するとともに、当面、行政において、掲載についての基準をガイドラインとして策定する等により、その内容の適正を担保するよう指導することが必要である。また、その普及を図るため、未組織の事業者の組織化について促進を図る必要がある。併せて、募集主に対する指導も強化する必要がある」と書かれています。しかし結果的に行政のガイドラインも策定されることはなく、実質的には事業者団体による自主規制に委ねられることになったのです。その後有料職業紹介事業の規制緩和、自由化が大きな政策課題となっていく中で、この問題は約四半世紀にわたって論点からこぼれ落ちた状態のまま推移していきました。そして、この当時ニューメディアとかパソコン通信といった古称で呼ばれていた情報通信技術が格段に発展してきた近年になって、募集情報等提供事業に対する規制が再び政策課題としてせり上がってくることになります。この問題が議論の場に上せられたのは、2016年9月から始まった労働政策審議会労働力需給制度部会の場でした。同部会ではJILPTが行った求人情報・求職情報関連事業実態調査結果が報告され、それに基づいて突っ込んだ審議が行われた結果、同年12月の労政審建議では募集情報等提供事業に関する記述が大きく盛り込まれたのです。これを受けて行われた2017年3月の職業安定法改正により、労働条件明示義務の強化、求人申込の拒否等の規定と並んで、募集情報等提供に係る規定が導入されたのです。もっとも、この時の規定ぶりはまだおっかなびっくり気味で、あまり踏み込んだものではありませんでした。まず何よりも重要なのは、この2017年改正により職業安定法上に初めて「募集情報等提供」という概念が定義されたことです。すなわち、「労働者の募集を行う者若しくは募集受託者の依頼を受け、当該募集に関する情報を労働者となろうとする者に提供すること」又は「労働者となろうとする者の依頼を受け、当該者に関する情報を労働者の募集を行う者若しくは募集受託者に提供すること」と定義されたのです。かつて求人情報誌規制をめぐって議論が繰り広げられ、結局立法に至らなかったことを考えれば、情報通信技術が飛躍的に発展した時代になって、改めて労働市場における情報流通サービスそれ自体を規制の対象として取り上げる段階にようやく到達したと評することもできるでしょう。とはいえ、この段階での規制の範囲はまだ極めて限られた領域に留まっていました。たとえば、第5条の4の求職者等の個人情報の取扱いについても、公共職業安定所、特定地方公共団体、職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者並びに労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者を列挙して、個人情報保護を義務づけているのに対し、募集情報等提供事業者はそこに含まれていません。第51条の守秘義務の対象でもありませんし、厚生労働大臣の改善命令や厚生労働大臣への申告の対象でもありません。募集情報等提供事業を行う者に関する明示的な規定としては、第42条第1項に「当該労働者の募集を行う者が募集情報等提供事業を行う者をして労働者の募集に関する情報を労働者となろうとする者に提供させるときは、当該募集情報等提供事業を行う者に対し、必要な協力を求めるように努めなければならない」と追加され、同条第2項に「募集情報等提供事業を行う者は、労働者の募集を行う者若しくは募集受託者又は労働者となろうとする者の依頼を受け提供する情報が的確に表示されたものとなるよう、当該依頼をした者に対し、必要な協力を行うように努めなければならない」と規定され、さらに第42条の2で「募集情報等提供事業を行う者は、労働者の適切な職業選択に資するため、それぞれ、その業務の運営に当たつては、その改善向上を図るために必要な措置を講ずるように努めなければならない」と規定されたものが中心です。いずれも努力義務ですが、これらを受けて作られた法第48条に基づく指針の中に、かなり詳しく記述されています。この改正法の施行後、多くの人の耳目を揺るがすような事件が起こりました。リクナビ事件です。2019年8月、募集情報等提供事業であるリクナビを運営するリクルートキャリアが、募集企業に対し、募集に応募しようとする者の内定辞退の可能性を推定する情報を作成し提供したと報じられ、同年9月には厚生労働省が業界団体(全国求人情報協会、人材サービス産業協議会)に対して「募集情報等提供事業等の適正な運営について」を発し、本人同意なく、あるいは仮に同意があったとしても同意を余儀なくされた状態で、学生等の他社を含めた就職活動や情報収集、関心の持ち方などに関する状況を、本人があずかり知らない形で合否決定前に募集企業に提供することは、募集企業に対する学生等の立場を弱め、学生等の不安を惹起し、就職活動を萎縮させるなど学生等の就職活動に不利に働く恐れが高いと述べ、職業安定法第51条第2項(守秘義務)違反の虞もあると指摘しました。さらに同年12月には、日本経済団体連合会、日本商工会議所、全国中小企業団体中央会等の経済団体に対しても「労働者募集における個人情報の適正な取扱いについて」を発し、指針の遵守を求めるとともに、こうした個人情報の収集のための第三者によるサービスの利用は控えることを求めました。この事件は、募集情報等提供事業に対する更なる規制の必要を感じさせるものでした。こういった状況の中で、厚生労働省は2021年1月から労働市場における雇用仲介の在り方に関する研究会を開催し、同年7月に報告書を取りまとめました。これを受けて同年8月から労働政策審議会労働力需給制度部会で審議が始まり、同年12月に建議に至りました。そしてこれに基づき翌2022年3月に職業安定法が改正され、募集情報等提供事業への規制が抜本的に強化されるに至ったのです。すなわちまず「募集情報等提供」の定義に、「労働者の募集に関する情報を、労働者になろうとする者の職業の選択を容易にすることを目的として収集し、労働者になろうとする者等(=労働者になろうとする者又は職業紹介事業者等)に提供すること」(第4条第6項第2号)、「労働者になろうとする者等の依頼を受け、労働者になろうとする者に関する情報を労働者の募集を行う者、募集受託者又は他の職業紹介事業者等に提供すること」(同第3号)、「労働者になろうとする者に関する情報を、労働者の募集を行う者の必要とする労働力の確保を容易にすることを目的として収集し、労働者の募集を行う者等に提供すること」(同第4号)を追加し、これらも官民協力の対象と位置付けました。これにより、インターネット上の公開情報等から収集(クローリング)した求人情報・求職者情報を提供するサービスや、求人企業や求職者だけでなく職業紹介事業者や他の求人メディア等(募集情報等提供事業者)から求人情報・求職者情報の提供依頼を受けたり情報提供先に提供するサービスも、募集情報等提供事業者に該当することになります。これらのうち労働者になろうとする者に関する情報を収集して行うものを「特定募集情報等提供」と呼んでいます。そして「労働者の募集」の次に新第3章の3として「募集情報等提供事業」を置き、特定募集情報等提供事業者に届出義務を課しました(第43条の2)。特定募集情報等提供事業者には、その情報提供による労働者募集に応じた労働者からの報酬受領の禁止と事業停止命令、事業概況報告書の提出が規定され、それ以外も含む募集情報等提供事業を行う者には苦情処理体制の整備のほか、事業情報の公開等の規定が設けられました。その他、職業紹介事業者と募集情報等提供事業を行う者からなる事業者団体の規定が設けられています。また、これまで募集情報等提供事業者が含まれていなかった総則の情報の的確な表示(第5条の4)や個人情報保護の規定(第5条の5)、雑則の諸規定にも、他の雇用仲介事業者等と並んで募集情報等提供事業者が列挙されました。具体的な募集情報提供事業のイメージとしては、次のようになります。○募集情報等提供に該当するサービスの定義
事業類型 提供する情報 提供する情報の収集方法(例) 該当サービス(例) ・1号事業者(特定募集情報等提供事業者)
・1号事業者
求人情報
・求人企業から提供依頼
・職業紹介事業者から提供依頼
・他の求人メディアから提供依頼
・求人サイト
・求人情報誌
・求人情報を投稿するSNS・2号事業者(特定募集情報等提供事業者)
・2号事業者・ウェブ上から収集(クローリング)
・他の求人メディアの転載
・クローリング型求人サイト
・ハローワーク情報の転載サイト・3号事業者(特定募集情報等提供事業者)
求職者情報
・求職者が登録
・職業紹介事業者から提供依頼
・人材データベース
・求職者情報を登録・投稿するSNS・4号事業者(特定募集情報等提供事業者) ・ウェブ上から収集(クローリング)
・クローリング型人材データベース
いずれにしても、こうして30年以上前に頓挫した求人情報誌規制が、全く新たな情報通信技術の発達の中で、募集情報等提供事業規制という形で実現することになったわけです。
« 玄田有史・連合総研編『セーフティネットと集団』 | トップページ | 本田一成『メンバーシップ型雇用とは何か』 »
コメント