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2023年5月27日 (土)

日本的インターンシップとジョブ型ヨーロッパのトレーニーシップ

B20230601  一昨日届いた『労務事情』6月1日号は、私の「自己都合離職による給付制限割合52.8%」という1ページのコラムの次に、倉重公太朗さんの「インターンシップに関する法的留意点」という20ページ近い力の入った論考が載っています。

倉重さんもツイッターで紹介していますね。

https://twitter.com/kurage4444/status/1661588773971566592

労務事情でインターンシップについて書かせてもらいました。箸の上げ下げまで国に指導されるのはなんか違うと思うので少し強めのトーンで。

でもわたしは、ちょうどEUで欧州議会がトレーニーシップについての決議を見たところだったので、日本ってなんてのんきな国なんだろう、という感想を持ってしまいました。

というのも、昨日午後、都内某所で例によってジョブ型についての講演をしたところだったこともあり、ジョブ型社会の若者というのはとても厳しいのです。ジョブ型雇用社会では、募集とはすべて具体的なポストの欠員募集であり、企業があるジョブについてそのジョブを遂行するスキルを有する者に応募を呼びかける行動であり、応募とはそのポストに就いたら直ちにその任務を遂行できると称する者が、それ故に自分を是非採用してくれるように企業に求める行動です。その際、その者が当該ジョブを的確に遂行できるかどうかを判断する上では、社会的に通用性が認められている職業資格や、当該募集ポストで必要なスキルを発揮してきたと推定できるような職業経歴を提示することが最も説得力ある材料となります。そうすると、学校を卒業したばかりの若者は職業経歴がないのですから、卒業したばかりの学校が発行してくれた卒業証書(ディプロマ)こそが、最も有効な就職のためのパスポートになります。しかしながら、すべての学校の卒業証書がその卒業生の職業スキルを証明してくれるわけではありません。そうすると、自分の職業スキルを証明してくれる材料を持たない若者は、つらく苦しい「学校から仕事への移行」の時期を過ごさなければなりません。

 という話は、これまで様々なところで喋ったり書いたりしてきたことですが、その「移行」のための装置としてかなりのヨーロッパ諸国で広がってきているのがトレーニーシップ(訓練生制度)です。スキルがないゆえに就職できない若者を、労働者としてではなく訓練生として採用し、実際に企業の中の仕事を経験させて、その仕事の実際上のスキルを身につけさせることによって、卒業証書という社会的通用力ある職業資格はなくても企業に労働者として採用してもらえるようにしていく、という説明を聞くと、大変立派な仕組みのように聞こえますが、実態は必ずしもそういう美談めいた話ばかりではありません。むしろ、訓練生という名目で仕事をさせながら、労働者ではないからといってまともな賃金を払わずに済ませるための抜け道として使われているのではないかという批判が、繰り返しされてきているのです。

 とはいえ、ジョブ型社会のヨーロッパでは、訓練生であろうが企業の中で仕事をやらせているんだから労働者として扱えという議論が素直に通らない理由があります。最初に言ったように、労働者として採用するということはそのジョブを遂行するスキルがあると判断したからなのであって、そのスキルがないと分かっている者を採用するというのは、そのスキルがある応募者からすればとんでもない不正義になるからです。スキルがない者を採用していいのは、スキルを要さない単純労働だけです。そして、単純労働に採用されるということは、ほっとくといつまで経ってもそこから抜け出せないということを意味します。ジョブ型社会というのは、本当に硬直的でしちめんどくさい社会なのです。

 スキルがない者であるにもかかわらず、スキルを要するジョブの作業をやらせることができるのは、それが教育目的であるからです。労働者ではなく訓練生であるという仮面をかぶることで、スキルのない(=職業資格を持たない)者がスキルを要するジョブのポストに就くことができるのである以上、この欺瞞に満ちたトレーニーシップという仕組みをやめることは難しいのです。

 ヨーロッパの中でもドイツ、スイスその他のドイツ系諸国においては、いわゆるデュアルシステムという仕組みが社会的に確立しており、学校教育自体がパートタイムの学習とパートタイムの就労の組み合わせになっていて、学校を卒業する時には既に3年か4年の職業経験を持った立派な職業資格を獲得できるので、若者の失業問題はあまり顕在化しないのですが、フランスをはじめとする多くの諸国では、そういう仕組みが乏しいために、学校卒業後に訓練生として実地で仕事を覚える時期を強いられることになりがちです。

 とはいえ、さすがにそれはひどいではないかと声が高まり、EUでは2014年に「トレーニーシップの上質枠組みに関する理事会勧告」という法的拘束力のない規範が制定されています。そこでは次のような事項が求められています。トレーニーシップの始期にトレーニーとトレーニーシップ提供者との間で締結された書面によるトレーニーシップ協定が締結されること。同協定には、教育目的、労働条件、トレーニーに手当ないし報酬が支払われるか否か、両当事者の権利義務、トレーニーシップの期間が明示されること。そして命じられた作業を通じてトレーニーを指導し、その進捗を監視評価する監督者をトレーニーシップ提供者が指名すること。

 また労働条件についても、週労働時間の上限、1日及び1週の休息期間の下限、最低休日などトレーニーの権利と労働条件の確保。安全衛生や病気休暇の確保。そして、トレーニーシップ協定に手当や報酬が支払われるか否か、支払われるとしたらその金額を明示することが求められ、またトレーニーシップの期間が原則として6カ月を超えないこと。さらにトレーニーシップ期間中に獲得した知識、技能、能力の承認と確認を促進し、トレーニーシップ提供者がその評価を基礎に、資格証明書によりそれを証明することを奨励することが規定されています。とはいえこれは法的拘束力のない勧告なので、実際には数年間にわたり訓練生だといってごくわずかな手当を払うだけで便利に使い続ける企業が跡を絶ちません。

 ごく最近の2023年5月、欧州議会の雇用社会問題委員会がEUにおけるトレーニーシップに関する決議を採択し、その中で欧州委員会に対して、訓練生に対して十分な報酬を支払うこと、労働者性の判断基準に該当する限り労働者として扱うべきことを定める指令案を提出するように求めています。欧州労連はこれを歓迎していますが、欧州経団連はトレーニーシップは何より教育目的なのだと厳しく批判しています。それが単なる逃げ口上ではないのは、上述の通りです。ジョブ型社会というのは(近頃はやりのインチキジョブ型コンサルタントの言うこととは全く異なり)かくも硬直的な社会システムなのです。

 そういうEUの姿を見てきた目で日本における最近のインターンシップをめぐる議論を見ると、その間のあまりの落差に目がくらむ思いがします。職業資格や職業経験がある者を欠員補充として採用するジョブ型社会とは全く異なり、そんなもののまったくないど素人を好んで採用し、採用してから適当な職場に配置して、上司や先輩がその若者に作業をさせながら鍛え上げていくというのが、最もメインストリームの労働者像である日本社会において、インターンシップという名で呼ばれるある活動が、ヨーロッパ社会におけるトレーニーシップとはほとんど何の関わりもない全く別次元の代物となるのは、当然のことだと言えるでしょう。採用してからど素人を鍛え上げていく前提である以上、そのインターンシップなるものに職業スキルを身につけるための何事かが含まれることはあり得ません。では、インターンシップとは何のためにやるのかと言えば、まさにメンバーシップ型の採用のための道具以外ではあり得ないわけです。

 にもかかわらず、日本政府はインターンシップは採用のために使ってはいけないなどという欺瞞に満ちた政策を言い続けてきました。もっとも、政策といってもこちらも法的拘束力のある法令などではありません、文部科学省、厚生労働省、経済産業省による「インターンシップ推進に当たっての基本的考え方」なる文書が、インターンシップとは学生が在学中に将来のキャリアに関連した就業体験を行うことであり、そこで取得した学生情報を採用選考活動に使用してはならないと言っていただけです。ジョブ型社会からすれば完全にひっくり返った発想ですが、ジョブのスキルなどではなく、何でも前向きに取り組み、こなしていけるような人間力こそが大事だという日本的発想からすれば、これこそ素直な考え方であったのでしょう。

 とはいえ、経団連が(どこまで本気かはともかく)ジョブ型などと口走り、政府の中枢からもジョブ型を目指すかの如き言辞が弄されるようになってくると、さすがにそれで通すことも難しくなってきたようで、昨年の2022年6月にこの三省は上記「基本的考え方」を改訂し、一定基準を満たしたインターンシップで企業が得た学生情報を採用選考活動に使うことを認めました。一定の基準とは、具体的には、就業体験要件(実施期間の半分を超える日数を就業体験に充当)、指導要件(職場の社員が学生を指導し、学生にフィードバックを行う)、実施期間要件(汎用能力活用型は5日間以上。専門活用型は2週間以上)、実施時期要件(卒業・修了前年度以降の長期休暇期間中)、情報開示要件(学生情報を活用する旨等を募集要項等に明示)です。また、2023年4月に4府省から経済団体宛にされた就職・採用活動に関する要請の中では、2025年度卒業生から、専門活用型インターンシップを活用する者については、6月1日ではなく3月1日から採用選考を開始できる旨を示しています。それにしても、労働者として扱われない訓練生として長期間にわたり無報酬ないし低報酬で働き続けているヨーロッパの訓練生たちにとっては、似たような言葉で呼ばれる日本の若者たちの状況は、同じ地球上の出来事とはとても考えられないようなことでしょう。

 

 

 

 

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コメント

> すべての学校の卒業証書がその卒業生の職業スキルを証明してくれるわけではありません。

それは、そうなのですが、もしも仮に、そんな学校が多く、存在をし得ているのだとしたら、
その構造的な基盤が気にはなりますね。保育所とか、少年院とか、の類似物なのでしょうか?

> 訓練生という名目で仕事をさせながら、労働者ではないからといってまともな賃金を払わずに済ませるための抜け道として使われている

「当該ジョブに対する労働需要に比して、職業教育を通しての供給が不足しているので、トレーニーだ」と言う筋立てになっているところ、実際には大して不足していないジョブにもトレーニーが導入されて、「ここで安い労働力として働いて経験を積めば、そのジョブに就けるようになるよ」という甘言が通用しているのではないでしょうかね。日本の少なくとも見掛けはジョブ型っぽい界隈でよく見られるのと似た現象として。

なんだ、技能実習制度じゃないですか。

 そうか、技能実習制度は日本の支配階級が光栄あるメンバーシップ型雇用制度を世界に広めるための策略だったのか!

・・・なわけはなくて、技能実習制度なんざ不足している労働力を補うために外国人を安い賃金でこき使うための制度ですよね。

教育訓練のための崇高な行為であるぞよ、という建前と、それにかこつけて労働者としての保護を剥奪して搾取できるぞ,という本音とが。表裏一体でぴたりと貼り付いているという点において、両者はよく似ていると言えますね。

なぜ教育訓練であるという空疎な建前が横行するかと言えば、ジョブ型雇用社会では公認されたスキルがあってこそ採用できるという規範があるからであり、外国人雇用ではスキルのない単純労働者は認めないという規範があるからですが、現実のアクターはそういうのを見事に活用して利益を得ようとするわけです。

よく日本では、フランスでは若者や労働者が立ち上がっている、という話になりがちなのですが、しかしこの背景に若年者が厳しい立場へ置かれるというジョブ型雇用特有の問題があるとすれば、それはまた興味深いことではありますね。

搾取目的ではなく、インターンシップで優秀な人材を青田刈りしようと考えてる某外資系企業は、某受験塾の生徒相手に募集をかけてましたね。まあ親の関係もあるのでしょうが。

いずれにしても、「未熟者の丁稚奉公」ですから、ホワイト、ブラックは様々、あり得ましょうが、
メンバーシップ型っぽくなるんでしょうね。ただ、「ジョブ型への移行」を想定しているところが、
メンバーシップ型丁稚奉公と大きく異なりますが。

そう言えば、ジョブ型で未経験者優遇(ポテンシャルに期待)は
「社会で冷遇される傾向にある者」を優遇する逆差別になるんで
しょうけど、メンバーシップ型で未経験者優遇(ポテンシャルに
期待)は単なる差別(日本では広く許容されている?)ですよね

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