玄田有史・連合総研編『セーフティネットと集団』
玄田有史・連合総研編『セーフティネットと集団 新たなつながりを求めて』(日本経済新聞出版社)をお送りいただきました。
https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/23/04/11/00769/
雇用が不安定な人のほうが、セーフティネットも脆弱であるという問題を、どう解決する?
コロナ禍が浮き彫りにしたさまざまな社会課題を、最新のデータと調査をもとに丁寧に読み解く。
2020年以降の新型コロナウイルス危機は、私たちの仕事や生活にさまざまな影響をもたらし、生活困窮者のみならず、非正規雇用やフリーランスで働く人たちのセーフティネットの脆さも浮き彫りにしました。
しかしこれらの問題は、これまで長年解決策が探られてきた制度や政策の課題が表面化しただけとも言えます。たとえば、最新の調査・分析によると、実は最も対応が不足していたのは、生活が困窮しきってはいなくても、単に非正規雇用だったために失業給付がないような中間層のための所得保障であったことがわかります。
本書では、労働経済学、社会保障、労働法、人事管理などの気鋭の研究者が、それぞれの専門の立場から、現状のセーフティネットの制度的課題を明らかにするとともに、それを補完する集団の機能(ERGや労働組合)、制度を動かす基盤としての人と人、人と組織の必要な「つながり」の意義について、国内外で注目されたユニークな取り組み事例なども紹介しながら、縦横無尽に論じます。
雇用が不安定な人のほうが、セーフティネットも脆弱であるという問題を、どう解決するか。従来の措置に欠けているものは何か。「多様性」の尊重が、分断や孤立を加速させるという新たなジレンマに、どう対処するか。そのための必要な「集団」のあり方とは?
最新のデータと調査をもとに、現状の課題を解き明かし、今後求められる「安全網」とは何かに迫る一冊です。
コロナ禍におけるセーフティネットの問題については、私自身も含め、この間多くの人々によって論じられてきましたが、本書は連合総研の研究会をもとにしているだけに、「集団」という切り口から論じています。
序章 安全とつながりの手応えを得るために
玄田有史(東京大学社会科学研究所教授)
第1章 雇用のセーフティネットを編む──中間層に届かない支援
酒井正(法政大学経済学部教授)
第2章 生活のセーフティネットを編む──誰もが利用できる安全網へ
田中聡一郎(駒澤大学経済学部准教授)
第3章 セーフティネットの基盤を考える──必要な人に制度を届けるために
平川則男(連合総研副所長)
第4章 職場の新たな「つながり」と発言──多様性のジレンマを乗り越える
松浦民恵(法政大学キャリアデザイン学部教授)
第5章 セーフティネットとしての集団──法と自治の視点から
神吉知郁子(東京大学大学院法学政治学研究科准教授)
第6章 ドイツの事例に学ぶ──「限界ギリギリのデリバリー運動」とは
後藤究(長崎県立大学地域創造学部専任講師)
終章 これからのセーフティネットと集団のあり方
玄田有史
もっとも、前半分(3章まで)は雇用と生活にかかわる第2のセーフティネットの話で、4章以後が集団の話です。
その中でも、本書のタイトルとほぼ一致している(「と」と「としての」)神吉さんの論文は、なかなか辛口の批評を交えながら、労働組合のこれからの姿を論じています。
ここでは、そのこれからの話ではなく、辛口の批評のところをちょっとだけ紹介しておきましょう。
・・・こうして他者のケア責任を負うことで仕事にフルコミットできない者は、まずは労働市場において低い処遇に甘んじることになる。格差是正が一筋縄でいかない根底には、日本ではパートタイムに対するフルタイム、有期に対する無期といった明確な軸による比較が不可能だという事情がある。正社員の価値が長期にわたる柔軟性そのものに置かれているため、日本の労働市場は、無制限に働けるかを分水嶺として、正規・非正規に分断されるのである。
そしてその分断は、労使自治というセーフティネット構築力にも反映される。自治は決して自然には達成されない。活動にかける時間、活動を支える資金(組合費)が必要になる。時間やお金という社会資源を持たない脆弱な個人には、つながること自体が難しくなる。自分のために自分の時間と経済的価値を使えない者、とくに時間を他者のケアに使わざるを得ない者は、つながりから排除されるために自治がままならなくなる。
労働者には所定就業時間中の職務専念義務があるため、組合の専従職員でもない限り、労使自治には私的な時間を割かなければならない。私的な時間を家族のケアに使う労働者は、そうしたセーフティネッティングに加わることが困難である。・・・
日本において圧倒的多数を占める企業別労働組合とその産別組織の多くは、典型的な男性型組織である。その中で、労働運動は主に男性組合員や男性役員を念頭においた取組として進められてきた。・・・
こうした状況は、変わっているのだろうか。・・・・
労使自治というセーフティネッティングには、一定以上の時間的・経済的余裕を持つ人でないと参加しにくい。集団で自前のセーフティネットを編める、つまり集団化できる余裕は、特権に近い。このことを無視して自治を定義すると、セーフティネットが結局は持てる資源や社会的資本に依存する状況を追認し、安易な自己責任論と接近する危険がある。・・・・
本書の読者層であるはずの労働組合の役員や組合員たちに、この言葉がどれくらい届くかが問題でしょう。
« 全身訴訟 | トップページ | 求人情報誌規制の蹉跌と募集情報等提供事業規制の成立@『労基旬報』2023年5月25日号 »
コメント
« 全身訴訟 | トップページ | 求人情報誌規制の蹉跌と募集情報等提供事業規制の成立@『労基旬報』2023年5月25日号 »
うーん、この批評を組合員や役員へ届けようとしたいのであればもっとくだけた表現を使わないと、とは思いました。この点は法律研究者の悪い一面かな、と。
投稿: 希流 | 2023年5月28日 (日) 07時16分