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2023年4月 3日 (月)

無限定正社員型大学教授の論理的帰結

https://twitter.com/yshhrknmr/status/1641798489939283969

「大学教員の『雑用』は仕事か否か」っていうよりも、専門家がその専門性を発揮できずに誰でもできるようなことばかりやらされて、その結果、専門家が専門性を発揮できる世界各国の研究者にボロ負けしてますよ、と言う話。「じゃあ日本から出て行け」という非建設的な罵詈雑言までが日本のテンプレ。

云いたいことはとてもよく分かるけれども、そもそも、学部廃止であんたの専門的ジョブがなくなるンだよと云われても、いやいや俺たちはジョブがあろうがなかろうが大学教授という身分なんだから整理解雇は許されないという主張をして、日本国裁判所もそれを認めると云う、まことにメンバーシップ型の定向進化を遂げてきたことの論理的帰結が、義務教育諸学校等と類似の無限定正社員型大学教授という雇用システムなのであってみれば、会社の中にやらせる仕事がある限り解雇が制限される正社員と同じように、如何なる作業も「雑用」だなどと云って拒否することが許されないのは当然の論理的帰結でありましょう。

それが望ましい姿であるか否かの価値判断は別として、ものごとはすべてワンセットのシステムとして存立して居るのであり、いいとこ取りをするわけにはいかないわけです。そのことの社会経済的帰結をどのように評価するかは、まず何よりも大学教授と言われる人々の自己規定-ジョブ型専門職なのかメンバーシップ型正社員なのか-から始まるべきものでありましょう。

 

 

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コメント

> 「大学教員が専門性のない雑用をまかされてる」のじゃなく、「なぜかけっこう複雑な仕事が専門性のない雑用で誰でもできると見なされている」のが問題
https://twitter.com/Cristoforou/status/1642547310621249537

こういう言い方の方が、圧倒的に筋が通っていると思いますね。

複雑な仕事であるのか、単純な仕事であるのかは本質ではありませんね。
要するに、大学教授の本務(と思われている)仕事とは全然別の、ジョブ型社会であれば他の人がそれ用に宛がわれるべきと考えられている仕事を、無限定正社員としてやらされているということが本質です。

hamachan先生

>要するに、大学教授の本務(と思われている)仕事とは全然別の、ジョブ型社会であれば他の人がそれ用に宛がわれるべきと考えられている仕事を、無限定正社員としてやらされているということが本質です。

 これは大学教授だけではないですね。
 医師、教師など高度な専門知識を必要とする専門職は本来ジョブ型であれば専門職以外の事はする必要はなく、周辺の事務仕事などはこれまだジョブ型の事務職にまかせれば良い。
 でも日本ではメンバーシップ型で仕事はジョブ型に切り分けられていないものだから、周辺の事務仕事、すなわち「雑用」を難しかろうが、単純だろうか引き受けさせられる。
 そのため教師ば放課後の部活動の指導、医師は処方箋を書く、などもしなければならず、過重労働に陥り、退職に追い込まれてしまう。

 メンバーシップ型の雇用形態はジョブがなくなった人たちでも雇用される可能性は高くなるので結果として失業率を下げる、と言う効用はあったのかもしれないですが、その代わりに過重労働が蔓延したという事でしょうね。

まあ、いずれにしても、ジョブ型の場合、こういうのも含めて
「専門的」(であると考える)訳ですね。教授さまがやるべき
仕事が普遍的に難しいか、どうかも定かではないと思います。
それは労使交渉で、一時的に定まるものでしかないでしょう。

> オーダーを取る人
> 麺を準備する人
> 麺を茹でる人
> 茹でた麺を渡す人
> 麺を冷やす人
> 麺をお椀に入れる人
> お椀に汁を入れる人
> お椀にトッピングを入れる人
> お椀をお客さんに渡す人
> 天ぷらを揚げる人
> 揚げた天ぷらを並べる人
> 会計をする人
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2022/02/post-8966c4.html

> TAは授業を教えるべきではないし、宿題を添削するべきではないし、研究員は研究をしてはいけない。研究が止まり、授業に混乱が起きることで致命傷を負うのは大学経営側であり、そのダメージを負わせ、労働者たちの価値を示すことこそがストライキの目的なのだ。
https://gendai.media/articles/-/106116

すみません、補足です。丸亀製麺のが誰でもできる訳でもないと思うのですよ。
ただ、「できる人が非常に多い割に、需要がそれ程、ある訳でない現状」では、
比較的に低賃金になりますね、というだけのことか、と。

すいません

さらに言いますと、メンバーシップ制で言うところの「誰でもできる」は
「うちのメンバーであるのならば、できなければならない」の意であって
文字通りの意ではないのだろうな、と思うところです

この場合には、うちの正規の教員さまならば、専門分野に依らず、誰でも
できることであり、(業務命令があれば)やらなければならない、という
ことになるでしょう。でも、そう考えることとこの人が望んでいることは
両立しないということが、ここで言われていることなのだろうと思います

さえ氏自身の考えは、これと一緒に見た方が良いのでないでしょうか?

> 私が最近、発達障害と診断された
> いろんなスキルが求められるのでできない仕事が発見され、そこから病院とか診断に
https://twitter.com/Cristoforou/status/1642792454696099840

「こんなことは誰でもできることだから、何の専門性も持たない人間にやらせればいいじゃないか?」みたいな発想ですよね。大学教員だろうが、医者だろうが、こんな発想で、自分たちの専門性は守られるのでしょうか?ドクターX大門は「誰でもできることは致しません」ではなくて、「医師免許がなくてもできることは致しません」と言っていたと思う。

> ジョブ型であれば専門職以外の事はする必要はなく、周辺の事務仕事などはこれまだジョブ型の事務職にまかせれば良い。でも日本ではメンバーシップ型で仕事はジョブ型に切り分けられていないものだから、周辺の事務仕事、すなわち「雑用」を難しかろうが、単純だろうか引き受けさせられる。そのため教師ば放課後の部活動の指導、医師は処方箋を書く、などもしなければならず、過重労働に陥り、退職に追い込まれてしまう。

「大学教員の『雑用』は仕事か否か」は法律論だけど、このツイは「大学教員の『雑用』は大学教員の仕事ではない(だから、違法状態だ)」と言っている訳ではないと思う。法律論としても、労働契約は労働者側の自己規定に従う訳でもないでしょう。ただ、このツイ主自身の自己規定が矛盾している感が強く漂っているので、先生はそこを突っ込んだものと思われます。

傍から見たら、メンバーシップ型組織の場合、量子力学的不確定性(彼らが雑用とみなしたものの押し付け合い)は必然的である、というだけでしょう。経営者が真面であれば、「それは雑用なんかではない」と適正に処遇して問題は回避されるのでしょうけどね。

> 他の部分的責任者の誰かがやるだろうと考えてしまうことが合理的
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2022/01/post-ecda89.html

この人の問題は、これでは専門性が有効に発揮されない、など、と言いつつ、
同時に、誰でもできる雑用など、とも言い放つ「人基準な考え」であるから、
内実は、陰湿な日本的似非エリート主義(で、暗黙に大学教員はエリートと
して処遇すべきと言ってる)ことだな。もっとも、これが大学教員のシニア
層の利益には良く適っているのかもしれない、ということこそが、今の日本
社会の問題の一端ではあるのだろう

北大で准教授らへの追い出し行為があったことが明らかになったようですが、准教授のポストにある方々もその標的になるのはいまひとつ腑に落ちない部分があります。

>「追い出し行為だ」 北海道大准教授ら、待遇改善を求め陳情書
https://news.yahoo.co.jp/articles/e2231a0beb742ae7e3bda55f5d1cc660cabcac6f

不勉強な大人様
もしかして東大などで問題になった「指導放置」の准教授版ですかね。

https://digital.asahi.com/articles/ASS225240RCXULBH001.html

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