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2023年4月24日 (月)

「労働者災害『補償』保険」@『労基旬報』4月25日号

『労基旬報』4月25日号に「労働者災害『補償』保険」を寄稿しました。

 我々が普通「労災保険法」と呼んでいる法律の正式名称は、もちろんご存じの通り「労働者災害補償保険法」です。あまりにも日常的に目にしているので何の違和感も感じないかも知れませんが、よく考えると労働災害の「補償」の保険とはどういう意味なのでしょう。素直に考えると、労働基準法第8章に基づき労働災害の「補償」義務を負っているのは使用者であるので、その「補償」責任を担保するための保険だということになりそうですが、でも労災保険法はそういう仕組みではありません。現在の労災保険法第1条はやたらに複雑怪奇な条文になってしまっていますが、1947年4月に制定された時の第1条は次のようになっていました。
第一条 労働者災害補償保険制度は、業務上の事由による労働者の負傷、疾病、癈疾又は死亡に対して迅速かつ公正な保護をするため、災害補償を行い、併せて、労働者の福祉に必要な施設をなすことを目的とする。
第二条 労働者災害補償保険は、政府が、これを管掌する。
 このように、政府が管掌する労災保険制度が直接労働者の災害を補償するのです。労働基準法の使用者の災害補償責任に基づく補償給付自体を保険対象としているわけではありません。これは、実は労災保険法制定過程で変遷した点です。
 最初に厚生省事務局が作成した労働者災害補償保険金庫法案要綱は、戦前の労働者災害扶助責任保険法と同様に、使用者の災害補償責任を保険対象とする自賠責型の制度でした。
第1 労働者災害補償保険は労働基準法に基づく使用者の災害補償の責任を保険すること。
第2 労働者災害補償保険は労働者災害補償保険金庫(以下金庫と称する)が之を行ふこと。
第3 労働基準法案第7条第3号、第5号及び第6号中林業に関する事業の使用者は金庫と保険契約を締結すること。
 注)前項に定める以外の事業の使用者は金庫と任意に保険契約を締結することができること。
第4 保険契約者を以て保険金受取人とすること。
第7 保険契約者又は保険金受取人が左の場合に該当したときは金庫は保険金の全部又は一部を支払はないことが出来ること。
 一 告知義務を怠つたとき
 二 故意又は重過失によつて保険料の払込を遅滞したとき
 三 使用者又は労働者の重過失に因つて保険事故を生じたとき
 次に作成された労働者災害補償責任保険法案要綱は、金庫ではなく政府管掌としながらも、その構造は依然として使用者の災害補償責任を保険するものでした。
第1 労働者災害補償責任保険においては、労働基準法及び船員法に基く使用者の災害補償の責任を保険するものとすること。
第2 労働者災害補償責任保険は、政府がこれを管掌すること。
第4 この法律で保険契約者とは前条第1項及び第2項の事業の使用者を謂ふこと。
第5 この法律においては保険契約者を以て保険金受取人とすること。
第13 第3条第1項の強制適用事業の使用者は、政府と保険契約を締結しなければならないこと。但し労働基準法案第87条の場合においては元請負人又は生産責任者において保険契約を締結しなければならないこと。
第23 保険金受取人の行方不明、資力薄弱其の他の事由によつて補償を受けること困難なりと認める場合は、補償を受ける者に保険金を支払ふことができること。
第24 保険契約者又は保険金受取人が左の場合に該当したときは、保険金の全部又は一部を支払はないことができること。
 1 保険契約者が悪意又は重大な過失によつて保険料算定の基礎である重要な事実を告知しないとき又は其の事実について不実の告知を為したとき
 2 保険契約者が故意又は重大な過失に因つて保険料払込を遅滞したとき
 3 保険契約者又は保険金受取人が故意又は重大な過失によつて補償責任の原因である事故を発生させたとき
 ところが、こういう案に対してGHQは「保険契約者を保険受取人にすると使用者が保険金を中間搾取する恐れがあること、使用者の不実の告知や保険料滞納により労働者が支給制限を受けるのは不合理であること」を指摘し、三〇余回にわたる折衝の末、今日の労災保険法の原案が作成されたのです。
 これによって、使用者の災害補償責任を担保する責任保険ではなくなったのですが、とはいえ労働者の労働災害それ自体をを険する特殊な医療保険たる労働者災害保険になったのかというとそうでもなく、「補償」という二文字が残されました。一体これはどういう意味なのでしょうか。
 本法制定の責任者であり、本法施行時の労災保険課長であった池辺道隆は、著書『最新労災保険法釈義』(三信書房、1948年)で、「労災保険は、労働基準法によつて使用者に課せられた災害補償義務を、政府が使用者に代わつて行う制度である」と述べ、それを示すのが労働基準法第84条であると論じます。
 (他の法律との関係)
第八十四条 補償を受けるべき者が、同一の事由について、労働者災害補償保険法によつてこの法律の災害補償に相当する保険給付を受けるべき場合においては、その価額の限度において、使用者は、補償の責を免れ、又は命令で指定する法令に基いてこの法律の災害補償に相当する給付を受けるべき場合においては、使用者は、補償の責を免れる。
② 使用者は、この法律による補償を行つた場合においては、同一の事由については、その価額の限度において民法による損害賠償の責を免れる。
 責任保険ではないけれども補償保険ではあるというこの説明は、厚生省から労働省が分離独立するという時期に、新設の労災保険法の所管をめぐって厚生サイドと労働サイドが綱引きをしていたという時代背景を抜きには理解できないでしょう。
 当時、労災保険を労働省において所管すべきとする理由を、部内資料(『労災補償行政史』労働法令協会)1961年)所収)は次のように述べていました。
 理論上の理由
一 労働者災害補償保険は憲法第27条に基づいて規定された労働条件を保険化したものであつて、憲法第25条に云う社会保障を目的とする他の社会保険とは根本的に異る。
二 従つて、将来疾病、老齢その他人間不可避の事故について一般国民を対象とする社会保障法が制定される場合に於ても、これと、企業経営の責任上、当然の義務として労働者の災害を賠償すべしと云う理論に基く労働者災害補償保険は性質上峻別すべきものである。・・・
 この後、実際上の理由、歴史的な事情が延々と綴られていますが、要するに労災保険が労働基準法から切り離されて厚生省の健康保険に吸収されてしまわないために、この「補償」の二文字が労働基準法と労災保険法をがっちりとつなぎ止める「かすがい」の役割を果たしたわけです。
 しかしながら、その「かすがい」が、逆に労災保険制度の独自の発展を抑制する「足かせ」となり、それを少しずつ解除するのに大変な労力を要することになりました。ある意味で労災保険法75年の歴史は、この有難い「かすがい」を断固として維持しながら、厄介な「足かせ」をはずして、労働基準法の災害補償規定を超えたさまざまな制度を展開していくという無理ゲーを繰り返してきた歴史であったと言っても過言ではないでしょう。
 まず、責任保険ではないことになったはずなのに、なぜかその名残のように制定当時存在していた使用者責任による給付制限規定は、1965年改正でようやく削除されました。
第十七条 事業につき保険関係の成立している事業についての使用者(以下保険加入者という。)が、保険料算定又は保険給付の基礎である重要な事項について、不実の告知をしたときは、政府は、保険給付の全部又は一部を支給しないことができる。
第十八条 保険加入者が、故意又は重大な過失によつて保険料を滞納したときは、政府は、その滞納に係る事業について、その滞納期間中に生じた事故に対する保険給付の全部又は一部を支給しないことができる。
第十九条 故意又は重大な過失によつて、保険加入者が、補償の原因である事故を発生させたとき、又は労働者が、業務上負傷し、若しくは疾病に罹つたときは、政府は、保険給付の全部又は一部を支給しないことができる。
 池辺名著はこれについて、「この事業の目的を完遂しその円滑な運営を図るためには、これを阻害する事態の発生を防遏しなければならない。そこで、次のような場合は、本保険の円滑な運営を阻害することとなるので、これに対しては制裁として、保険給付の全部又は一部を支給しないこととしている」と解説していますが、それがまさに上でGHQが不合理だと指摘していたことのはずで、この段階ではまだかなりの程度「責任保険」の尻尾をくっつけていたと言わざるを得ません。
 1965年6月の法改正により、これらのうち使用者の責に帰すべき給付制限はすべて削除され、労働者の責に帰すべき場合のみ残りました。そして、それまで給付制限の対象であった場合に対しては特別の費用徴収がなされることとされました。これでようやく、「責任保険」の尻尾がとれたことになります。
第十九条の二 偽りその他不正の手段により保険給付を受けた者があるときは、政府は、その保険給付に要した費用に相当する金額の全部又は一部をその者から徴収することができる。
② 前項の場合において、事業主が虚偽の報告又は証明をしたためその保険給付が行なわれたものであるときは、政府は、その事業主に対し、保険給付を受けた者と連帯して同項の徴収金を納付すべきことを命ずることができる。
 これに対して、労働基準法の災害補償規定の代行であるという意味での「補償保険」的性格は、基本的に今日に至るまでずっと続いています。ただし、それを超える補償ではない広義の労働災害保険の部分が次第に拡大してきました。これを細かく見ていくと、ほとんど戦後労災保険史の叙述となり、膨大な紙幅が必要となるので、項目だけ挙げておくと、先ず進行したのは労働基準法の3年で打切補償という制約を超えて長期補償を行い、それが1965年改正で年金化したことです。それも「補償給付」と呼ばれていますが、労働基準法上の使用者の補償責任とは別の、いわば労災保険法上の国の補償責任というべきものでしょう。
 次は1972年9月の改正による通勤災害保護制度で、これは法律上、業務災害とは別の「通勤災害」という概念を作って、それも労災保険法に基づく給付の対象とするというやり方をとりました。2000年11月の改正による二次健康診断給付も同じ法技術によっていますが、そもそもこれは災害ではないので、使用者向けの労働福祉事業に対応する労働者向けの附帯給付というべきでしょう。
 「補償保険」的性格が複雑怪奇な法規定をもたらした典型例が、2020年3月の改正で導入された複数事業労働者休業給付や複数業務要因災害に関する保険給付です。働き方改革で副業・兼業を推進するという政策が進められる中で、複数就業者の給付額を非災害発生事業場の賃金額も合算することや、複数就業先での業務上の負荷を総合して認定することが、労災保険政策として行われる一方で、労働基準法上の使用者責任はそのままとしなければならないという条件をクリアするためには、そういうやり方をせざるを得なかったのでしょうが、ただでさえ読みにくい労災保険法がますます解読不能な代物になっていったことは間違いありません。なにしろ、現在の労災保険法第1条はこうなのです。
第一条 労働者災害補償保険は、業務上の事由、事業主が同一人でない二以上の事業に使用される労働者(以下「複数事業労働者」という。)の二以上の事業の業務を要因とする事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて、業務上の事由、複数事業労働者の二以上の事業の業務を要因とする事由又は通勤により負傷し、又は疾病にかかつた労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、労働者の安全及び衛生の確保等を図り、もつて労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする。

 

 

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