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2023年4月30日 (日)

税金は取られ損の意識はどこから 専門家が指摘する企業頼みの構図@朝日新聞デジタル

本日の朝日新聞デジタルに、浜田陽太郎記者による私のインタビュー記事が載っています。

https://www.asahi.com/articles/ASR4W72GWR4VUTFL009.html

Jj 子育て支援のお金をどう集めるのか。岸田政権が訴える「異次元の少子化対策」の成否は財源確保にかかっています。天からお金が降ってくるわけではないので、何らかの形で国民が払わなければならないはず。でも、負担増への拒否感は根強くあります。厚生労働省出身で、労働政策研究・研修機構(JILPT)の濱口桂一郎・労働政策研究所長は、強い拒否感は、日本における雇用のあり方と密接に関係しているといいます。話を聞きました。

 ――岸田政権の訴える少子化対策の財源確保策についてどう見ますか。
 「その質問に関係して最近のエピソードで興味深かったのは、『五公五民』という言葉がネットで急激に盛り上がったことですね」

 ――国民所得に占める税や社会保険料の割合を示す「国民負担率」が、2022年度に47.5%になったと財務省が発表し、ツイッターでトレンド入りしました。
 「取り上げられた税金は我々庶民のところに戻ってくるものではなくて、どこかでうまいメシを食っているあいつらが取るんだと。そんな感覚でしょう」 

 ――「一揆起こさなあかん」とか「江戸時代とどっちがマシなのか」などとつぶやかれたようです。
「自分の取り分を減らして、政府に預けておけば、めぐりめぐって、自分を含めたみんなを潤すという回路が感じられていない」
「でも、それは良い悪いじゃなくって、社会構造がそうなっていたからです」

――どういうことでしょうか。
「自民党や野党が一斉に、児童手当の所得制限をやめるとか言い出しているのに、世論調査をしてみると、反対の方が多い。児童手当は貧しい人のためのもの、みんなに配るなんておかしい。そう考えるのは、勤務先の企業が子育てに必要なお金は面倒をみるべきだという規範が岩盤のようにあるからです」
 「企業が家族を養うための手当を出すんであって、国の手当なんて意味がない、という考え方が主流としてあり、日本社会は動いてきた。国なんかにカネを出すよりも、会社に預けておいた方がいい。残業代がまともに出ないかもしれないのに長時間労働するのは、会社に恩を売っておけばちゃんと自分に返ってくると思っているからです」・・・・・・・・・・・・

その先の方では、これが左派やリベラルといわれるような人々の問題でもあることを指摘しています。

――介護のための社会保険が23年前に導入され、保険料で財源が確保されました。介護と子育て支援はどこが違うのですか。
 「介護保険は新たな公的支援を望む国民の声があったから実現できたと思います。メインストリームにいる人たちにとっても、親の介護は、企業が面倒をみてくれる対象ではなく『公が何とかしなくちゃいかん』というロジックが突破力をもっていた。もちろん、当時も前近代的な家族意識から『年寄りは嫁が面倒をみるべきだ』などと考える政治家らもいたのですが、それよりも『大変だ。どうにかしないと』という有権者の声の方が大きかったということでしょう」

 ――負担が増えても子育て支援を求める有権者の声が高まっていないのでしょうか。朝日新聞の世論調査でも、「少子化対策にあてるため国民負担が増えてもよいか」と尋ねたら、「増えるのはよくない」が6割を占めました。
 「今の50歳以上の人たちの多くは、何とか自分たちで子育てしてきたと思っている。『近頃の若い人たちは子どもに自分のカネを使わないのは何事か』などと感じているのかもしれません。そんな『生活態度としての保守層』が多数派のうちは、負担増の受け入れはなかなか難しいでしょう」 

――大きな壁ですね。
「メンバーシップ型雇用の恩恵を享受してきた保守層は、企業福祉より見劣りすると感じる『政府による福祉』に無意識の敵対心を抱く。そこに小さな政府を志向する新自由主義的なグループや、国家権力による再配分に反発する層も加わり『神聖なる憎税同盟』を形成しているのが日本社会です」

 ――日本では左派やリベラルも増税に否定的ですか。
 「欧州では国民から集めた税金を再分配することこそが社会民主主義です。しかし、日本の戦後の左派にはその感覚が少ない。あったのは税金の廃止を理想とするようなものだった。この日本的な左派と、世界的に広がる新自由主義的なグループの考え方が意図しない形で結びついている。メンバーシップ型を前提とする給料が当然だと考える雇用層も加わって、『五公五民』意識が強化されてきたのではないでしょうか」・・・・・・

(追記)

はてぶをみていると、人間というものがいかに(こんな短い文章であっても)そのごく一部だけに脊髄反射し、全体の文脈が読み取れないものであるかということがよく分かります。

https://b.hatena.ne.jp/entry/4735832787436111653/comment/nanamino

左派関係ないでしょ。稼げば稼ぐ程損だとか言って累進課税の原則に反対するとか、取られ損だと思っている人は寧ろ右派に多い。

いや、一般的にはまさにそうであって、それこそ西欧のイデオロギー配置であれば、税金取って再配分しろが左派、税金取るな再配分反対が右派と極めてわかりやすいのだが、そこのところが戦後日本の憎税左派は(本来の左派に反して)そうではないという話なのに、そこがもう読み取れずに脊髄反射してしまう。

ここで言っているのは、こういう話なんですよ。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-972110.html(「憎税」左翼の原点?)

これは、拉致問題の絡みで旧日本社会党を批判するという文脈で持ち出されている古証文ではあるんですが、

https://twitter.com/nittaryo/status/1270557950738825217

「『北朝鮮はこの世の楽園』と礼賛し、拉致なんてありえないと擁護していた政治家やメディア」
と言われても実感が湧かない皆さんに、証拠を開示しよう。これは日本社会党(現社民党)が1979年に発行した「ああ大悪税」という漫画の一部。北朝鮮を「現代の奇蹟」「人間中心の政治」と絶賛している。 

Eahtrbevcaatscf

その文脈はそういう政治話が好きになひとに委ねて、ここでは違う観点から。と言っても、本ブログでは結構おなじみの話ですが。よりにもよって「ジャパン・ソーシャリスト・パーティ」と名乗り、(もちろん中にはいろんな派閥があるとはいえ)一応西欧型社民主義を掲げる社会主義インターナショナルに加盟していたはずの政党が、こともあろうに金日成主席が税金を廃止したと褒め称えるマンガを書いていたということの方に、日本の戦後左翼な人々の「憎税」感覚がよく現れているなぁ、と。そういう意味での「古証文」としても、ためすすがめつ鑑賞する値打ちがあります。

とにかく、日本社会党という政党には、国民から集めた税金を再分配することこそが(共産主義とは異なる)社会民主主義だなんて感覚は、これっぽっちもなかったということだけは、このマンガからひしひしと伝わってきます。

そういう奇妙きてれつな特殊日本的「憎税」左翼と、こちらは世界標準通りの、税金で再分配なんてケシカランという、少なくともその理路はまっとうな「憎税」右翼とが結託すると、何が起こるのかをよく示してくれたのが、1990年代以来の失われた30年なんでしょう。

31dsj9bb24l_sx307_bo1204203200_ いまさら井出英策さんがどうこう言ってもどうにもならない日本の宿痾とでもいうべきか。

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

hamachan先生
リンク先の記事興味深く拝読しました。
なるほどそう言う事でありましたか。

ただ、いくつか疑問が生じました。
介護保険は導入時の議論で「日本では北欧のように消費税を介護サービスの財源とするよりもドイツのような社会保険型の方が国民の理解が得られやすい」と言う声があり、結局ドイツを参考にした介護保険の導入に至りました。

また、健康保険、年金保険についても権丈善一先生等関係者の尽力により「世代間格差論」「年金は破綻する」と言う誤解が解消され、制度安定のための保険料率引き上げも行われています。

消費税よりは社会保険料であれば国民はまだ政府を信用しているようです。
これはもしかしたら社会保険料であれば半分は企業負担である、そして給与から企業が保険料を天引きしている、と言う制度の側面の一部を国民は疑似的な企業福祉制度として捉えており、その事が社会保険への信頼感につながっている、と言う事なのでしょうか。

社会保険料は給付と負担のつながりが税金よりもはっきり見える、と言う理由が信頼感につながっているのはよく分かるのですが。

まさにそれが、権丈先生らが(ベストではないと思いながらも)税財源ではなく社会保険財源の活用を主張する理由なのだろうと思います。
税となると完全に一方的な取られ損という憎税意識全開になってしまう日本人も、社会保険となると(俺たちの払った社会保険料があいつらに流用されているというような意識はあるにせよ)企業の福利厚生の延長線上に認識する傾向がなお強く、受け入れられやすいという判断なのでしょう。
それをフルに活用したのが介護保険の成功なのでしょうが、ただやはり老親介護と子供の保育とでは「どこまでが企業の年功賃金で賄うべきものか」についての国民感覚に大きな落差があり、権丈理論が通用するかどうかは予断を許しません。

>それをフルに活用したのが介護保険の成功なのでしょうが、ただやはり老親介護と子供の保育とでは「どこまでが企業の年功賃金で賄うべきものか」についての国民感覚に大きな落差があり、権丈理論が通用するかどうかは予断を許しません。

 まさしくその通りですね。
 民主党政権時に子ども手当が導入された時「俺は子供持ってないのに、何で他人の子どものために税金払わないといけないんだ!」と言う声がかなりあったと聞いています。
 今でも保育園や幼稚園で子どもの出す大声に「静かにしろ!」と文句を言ってきたり、「子供の声がうるさいから保育園などの子供のための施設が近くに来るのはお断り」と言う人たちもかなりいるらしいとか。

 日本では「なぜ社会的サービスを充実すべきなのか」の意義が十分理解されていないですね。
 子ども手当であれ、障碍者支援サービスであれ、介護保険であれ、健康保険であれ、年金保険であれ社会的サービス、社会保障を充実させることで人々の生活が安定し、安定した社会となる。
 だから税金は上がるから可処分所得が減り、以前よりも個人的な消費生活の水準は下がるかもしれないけど、以前よりも暮らしやすくなる。
 と言う事があまり理解されていないですね。

 戦後日本の国民の間には江戸時代から続く農村的ムラ社会の桎梏、あるいは明治民法の家父長制的家族制度の桎梏から解放されたい、という願望が強くあり、結果として個人的な消費への欲望を最大限充足させることが日本国民の大多数の幸福につながるのだ、と言う意識が根づいてしまっているのでしょう。

結局、長期的には「メンバーシップ型採用で集まった会社ごとの差異(どういったメンバーシップを有するか?)」の重要性を増大させることに貢献するだけではないですかね。という訳で、全く支持できません。

リベラル党が時折見せるある意味虚妄のソーシャリズムはどこまで信用していいのか判断に苦しみます。

ここではとにかく増税、それも庶民増税を歓迎しないと馬鹿扱いされる。
恐ろしいことだ!

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