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2023年2月16日 (木)

ジョブ型と賃上げの関係

ますます訳の分かっていない人があれこれ分からないことを分かったように言うもんだから、ますます訳が分からなくなるというスパイラルに入っているようですな。

ごくごく単純化して言えば、ジョブ型社会というのは、賃上げしないと賃金が上がらない社会だ。

一見同義反復のように見えるし、ジョブ型社会の人々にとっては実際同義反復でしかないのだが、人に値札が付いているんじゃなくて座る椅子に値札が付いている社会だから、同じ椅子に座っている限り賃金は上がらない。

どこかの国の親切な人事部みたいに勝手に昇進させてくれたりしないので、個人レベルで賃金を上げたければ、社内社外の欠員募集に応募して、今よりもっと高い値札の付いた椅子に座るしかない。でも、これは「賃上げ」ではない。

ジョブ型社会の賃上げとは、ほっとくと永遠に上がらない賃金を上げるために、働くみんなが団結して、団体交渉して、時には争議に訴えて、椅子に張り付けられた値札を一斉に高い価格に張り替えること。

賃上げしないと賃金が上がらないのがジョブ型社会というのはそういう意味だ。

ジョブ型社会というのは、賃金を上げたかったら、みんなで「賃上げ」するしかない社会なのだ。

ジョブ型と賃上げの関係というのは、要するにそういうことであって、それ以外のあれこれは全てどうでもいいことだ。上で述べた個人ベースで賃金の高いジョブを狙って上昇するというのは、社会全体の賃金上昇とは関係ない話に過ぎない。そういうのをジョブ型の賃金上昇だと思い込んであれこれ語る人の言っていることは全部無視して良い。

さて、では日本のメンバーシップ型社会はどうか。

ごくごく単純化して言えば、賃上げしなくても賃金が上がる社会だ。

一見語義矛盾のように見えるし、実際ジョブ型社会の人から見ればただのたわごとだろうが、日本の正社員社会ではれっきとした現実だ。

椅子に値札が付いているんじゃなくて人の背中に値札が付いていて、これが毎年少しずつ上がっていく社会だから、同じ椅子に座っていても賃金は毎年上がっていく。椅子も2,3年ごとに順番で次々に席替えをしていくんだが。

この定期昇給というのは、毎年一番賃金の高い人が定年退職していって、一番賃金の低い新入社員が入ってくるので、全体としてはプラスマイナスゼロで総額人件費は変わらないんだが(年齢構成一定ならば)、労働者個人の立場で見れば、毎年確実に賃金が上がってくれる仕組みだ。

ジョブ型社会のノンエリート労働者たちのように、みんなで団結して団体交渉して時には争議に訴えて、椅子に張り付けられた値札を一斉に書き換えるということをしなくたって、自分の賃金は上がるんだ。

自分の賃金だけじゃない。みんなの賃金も同じように上がるのだ。みんなの賃金が上がるのに、その上がったはずの賃金を全部足し合わせると、なぜか全然上がっていないということになるんだけれど、でも、上がっているからいいじゃないか。

賃上げしなくても賃金が上がるのがメンバーシップ型社会というのはそういうことだ。

メンバーシップ型社会というのは、みんなで「賃上げ」しなくても、賃金が上がる社会なのだ。だから、わざわざめんどくさい思いをしてまで「賃上げ」しようとしないのだ。

ジョブ型じゃないということと賃上げの関係というのは、要するにそういうことであって、それ以外のあれやこれやは全部どうでもいいことだ。どうでもいいことばかり語りたがる人がいっぱいいるけれども、どうでもいいことはしょせんどうでもいいことだ。

ということで、以上を(一見パラドクシカルな言い方で)まとめると、

賃上げしないと賃金が上がらないので、賃上げをするので賃金が上がるジョブ型社会と、

賃上げしなくても賃金が上がるので、賃上げをしないので賃金が上がらないメンバーシップ型社会、

ということになるのかな。

(追記)

https://twitter.com/osakaspy/status/1626988373683613696

ベアと定昇の違いと実質賃金について言及がない /ジョブ型と賃上げの関係 - hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

同じブログの別の記事を見ればわかることを、鬼の首をとったみたいに自慢げに触れ回る方もいるようです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2022/02/post-c68d30.html(ジョブ型でなくなるのはベアじゃなくて定昇)

依然としてジョブ型をめぐって混乱した話が飛び交っていますが、ジョブ型になったらベアがなくなるというのは、厳密な議論をすれば別ですが概ねウソです。

もちろん、「ベア」(ベースアップ)というのは、ベース賃金という日本独特の概念に基づくものなので、厳密にはジョブ型社会には対応しませんが、でもジョブ型社会でも産別組合が団体交渉して各職種の賃金額を引き上げるわけで、その総計の平均をベアみたいなものだといってそれほど間違いではない。それは確かに労働組合が交渉で勝ち取った賃上げ分なのですから。

これに対して、ジョブ型社会ではありえないのが「定昇込みいくら」という賃上げの表示方法です。定昇(定期昇給)というのは、その労働者本人にとっては確かに自分の賃金が上がることですが、労働者全体の入れ替わりを考えたら概ね高給の人が出ていって低給の人が入ってくるので平均したらとんとんであって、マクロ的には全然賃金は上がっていないのです。

マクロには賃金が上がっていないのに、ミクロ(本人)にとっては昇給してるからまあいいや、というごまかしの賃上げを「定昇込みいくら」という言い方で積み重ねてきたのが日本であって、そういうのは確かにジョブ型社会ではあり得ないんですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2023/01/post-1ca4ff.html(毎勤の賃金上昇を決めているのはベア。定昇ではない@中井雅之)

・・・もう長いこと、どれくらい賃上げしたのかを「定昇込み」で何%という風習が続いていますが、それでみると、定期昇給はずっとほぼ2%前後で変わっていない。それに対してかつてはそれなりの割合を占めていたベースアップは2000年前後からほぼゼロに張り付いていて、第2次安倍政権下での官製春闘の時期にほんの0.5%ほどに上がっていた程度。

031fig3

で、労働組合も定昇込みで賃上げ幾らというけれども、それって本当に賃上げなのかを、毎月勤労統計の数字と重ね合わせて確認しようというのが、この中井さんのコラムの眼目です。

031fig4

毎勤の所定内給与の増減という客観的な指標と照らしあわせて見れば一目瞭然、マクロ経済的に正味の賃上げといえるのは定昇抜きのベア部分だけであって、定昇込み何%という数字は、現実の賃上げラインの遥か上の方を空虚にたゆたっているだけなのですね。

もちろん、個々の労働者個人にとっては、去年の給料よりも今年の給料が幾ら上がったかというのは定昇込みの数字なので、それだけ賃上げしていると思えてしまうのでしょうが、いうまでもなくその定昇部分というのは、毎年、一番高い人々が抜けていって、一番低い人々が入ってくることで、会社にとってはチャラになっているわけであり、それを全部足し合わせたマクロ経済でも全部合算すればチャラになっている(年齢構成の変動部分は一応抜きにして)ので、個人の主観における賃上げは社会の客観的な賃上げではないということになるわけです。

 

 

 

 

 

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コメント

hamachan先生、この本はお読みでしょうか?
中公新書ラクレ 古屋星斗「ゆるい職場」

https://realsound.jp/book/2023/01/post-1245753.html

 先月リスキリングを取り上げたある勉強会の今月の課題本です。
 途中まで読みましたが、最近の就活後の新入社員の仕事に対する意識が2016年以降変わってきている。
 以前メンバーシップ型雇用社会では当たり前だった新入社員の育て方「大学で学んだ事は会社に入ったら通用しないから全部忘れろ、俺たちがお前らなっていない若者をOJTでビシバシ鍛えて一人前にしてやる」が通用しなくなりつつある。
 そして若者たちの間では就活前の学生生活における研究室での企業との連携した活動、あるいはインターンシップなどの社会的経験の有無が入社後の職業生活に大きな影響を与えている。
 2015年の若者雇用促進法により企業が就活生に対し職場環境の情報公開を進めるなど職場環境が大きく改善されたことにより上記のような状況が生まれている、との事です。

 もしかしたら2016年以降就活を経て社会人となった若者たちの意識は従来のメンバーシップ型雇用社会を前提にしたものから少しずつジョブ型雇用社会に変わりつつあるのかな、と思いました。

先生もいくつかエントリで取り上げてますね。この本に書かれている若者たちの意識変化について。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2022/05/index.html

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2022/12/post-1b8327.html

多分「ゆるい職場」で古屋さんはこのエントリに見られる若者の職業意識がジョブ型雇用社会でのそれに近づきつつあることを説明しているのでしょう。

通りすがりのものです。いわゆるジョブ型採用な会社で25年ほど働いている社畜です。単純化のためにあえて触れられていないと思いますが、通常「椅子」に紐づけられている給与レンジには、かなり大きな幅(日本円で数百万円から一千万円程度)があるのが通常のため、その椅子に座っている人の給与がレンジの下の方に位置している場合、年次考課などで大きな問題がなければ、いわゆる定期昇給的な形での賃上げは珍しくありません(特に若手)。一方で、同じ「椅子」に長年座り続けていて、給与レンジの上限に近づいている人の場合、ほとんど昇給は望めません(これは書かれている通り)。この場合は、社内外で別の椅子(社内だと昇進とか異動)を見つけないと賃上げはありません。

「ゆるい職場」読了しました。

古屋さんはこれからの雇用形態としてジョブ型やメンバーシップ型を超えたハイパー・メンバーシップ型雇用を主張していますが、これはhamachan先生がこの記事で提唱されたギルド的メンバーシップとも通じると思います。

https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006090.html

そして今後は学校や職業など自らのキャリアの選択の自由度が増していく。
しかしそれは「自律なき自由」になる危険性もはらんでいる。
そうならないためにも今のメンバーシップ型雇用を前提とした「いい大学に入っていい大学に入り」社内であちこちの部署に異動してOJTをこなしながらキャリア形成を図るのはもう無理。
今後は転職があたりまえの雇用社会になるので転職ごとに「キャリアの仮決め」を繰り返すことになるだろうが、職業人生の手始めとしての「キャリアの仮決め」は早いほど良い、と言うのが大まかな趣旨であろうと思います。

似非ジョブ型雇用が日経新聞などのメディアをにぎわせていますが、現実はさらに進んでいると感じました。

そうならないためにも今のメンバーシップ型雇用を前提とした「いい大学に入っていい大学に入り」社内であちこちの部署に異動してOJTをこなしながらキャリア形成を図るのはもう無理。
今後は転職があたりまえの雇用社会になるので転職ごとに「キャリアの仮決め」を繰り返すことになるだろうが、職業人生の手始めとしての「キャリアの仮決め」は早いほど良い、と言うのが大まかな趣旨であろうと思います。

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