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2023年1月28日 (土)

「ジョブ型」という言葉を最初に使ったのは木下武男さんだが・・・

たまたまネット上で、濱口桂一郎が憎たらしい余りこういうことを口走っている御仁を見つけましたが、

https://blog.goo.ne.jp/21century-world/e/5bf9f0a960e5fef1b147b7b8f0b89375

木下武男『労働組合とはなにか』 岩波書店,2021年3月が発行されたとき,早速購入し読んでみた。しかし,巻末の参考文献には濱口桂一郎の本は挙げられていない,本文中でも「ジョブ型雇用」だとか「メンバーシップ雇用」といった,ちまたにおいては一定限度流通している新造語も相手にされていない。・・・

この御仁は、「ジョブ型」という用語はけしからぬ濱口が作り出した許しがたい用語であり、木下武男さんのようなまともな研究者は、そういうふざけ切った用語には見向きもしないのだ!と言いたくてこう書いているんでしょうな。

ところが,木下武男『労働組合とは何か』2021年3月は,この雇用形態論を提唱した識者の主著を,参考文献にさえとりあげていない。木下は,現状日本における雇用問題は「19世紀型の野蛮な労働市場」だ(250頁)と判断している。

 21世紀にもなおつづく日本の労働市場におけるその野蛮を,まるで・ともかく,前提要件として認容するほかない「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」といった疑似理念型的な発想は,社会科学論の見地から一度は徹底的に批判されつくす余地がある。

 以上のその判断がまっとうな知見(=問題意識の設定)だとすれば,いいかえれば,「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」という『単なる思考のための便宜的な枠組』が,いきなり日本の労働市場「問題状況」のなかにもちこみまれた状態のまま,いつまでもこの雇用問題のために利用されうると勘違いされている。このままだと,日本における労働組合論はまともに進展させえない。

木下さんの本は、謹呈いただいたときに若干の批判も含めて論及したことがありますが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/03/post-9c1e6b.html

しかし、本書については、「ありがとうございます」で済ますわけには生きません。

「労働組合論という今どきあまり関心を持たれない」(あとがき)テーマを一般向けの新書で取り上げたという意味では、昨年の『働き方改革の世界史』を書いた私としては、おざなりではなく、疑問点をいくつも提起しておくべきだと考えるからです。

ジョブ型雇用の希薄な日本でジョブ型労使関係をどう論ずるのかという問題意識がほぼ類似しているからこそ、そこをきちんと指摘しておかなければなりません。・・・

木下さんこそは、日本において「ジョブ型」という用語を労働問題の分析に本格的に導入した一人なのです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-7d5856.html

こたつさんと焦げすーもさんが「ジョブ型」って言葉を言い出したのは誰か?をめぐって論争(?)しているようですが、

https://twitter.com/ningensanka21/status/1287016917979394050

「ジョブ型」のフレーズを作ったのは木下武夫先生だと昔どっかで聞いたような。

https://twitter.com/yamachan_run/status/1287218971809214464

起源はよくわかりませんが、hamachan先生のネタ元は田中博秀氏という労働官僚のようですね。

https://twitter.com/ningensanka21/status/1287228009909379075

そういえばそういうのありましたね。木下先生のは「ジョブ型正社員」でしたかね。記憶が曖昧ですが、何かは木下先生だったと聞いた気がします。

まず、「木下武夫」→「木下武男」ね。人の名前は慎重に。

次に、私のネタ元は、これまでの日本の労働研究の総体です、キリッ。「就職型」と「就社型」とか、「職務型」と「所属型」とか、いろんな人がいろんな言い方をしてきたほぼ同じコンセプトに、「ジョブ型」と「メンバーシップ型」という新たなラベルをぺたりと貼り付けただけ。

田中博秀さんもその一人ですが、実はその中でも特にネタ元としての性格が強いのは、他の論者に比べて、新卒採用の局面に最も注目して、そこに日本型雇用の本質を見いだしているところでしょう。特に、労働法系の人はどうしても解雇の局面に一番本質を見いだそうとしがちですが、入口に一番着目した点が田中さんのポイントで、だから『若者と労働』では主として田中著を引用する形で論を進めたのです。

ですが、田中さんは「ジョブ型」なんて言葉は使っていません。

ciniiで「ジョブ型」を検索してみると、タイトルでは2010年2月の木下武男さんの「「年功賃金」は持続不可能 「ジョブ型賃金+福祉国家」で」(『エコノミスト』)が初出ですが、全文検索では(オペレーションズリサーチ系のものを別にすれば)2009年7月のやはり木下武男さんの「雇用をめぐる規制と規制緩和の対抗軸」(『季刊経済理論』)が最初のようです。ここでは既に「ジョブ型正社員」という言葉が登場しています。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/peq/46/2/46_KJ00009409281/_pdf/-char/ja

とすると、やはり「ジョブ型」という言葉を最初に用いたのは木下武男さんということになりそうですが、実はそれより前の2008年4月のリクルートの『Works』に「三種の神器を統べるもの」というインタビュー記事が載ってて、これはciniiの全文検索では引っかかってこないのですが、リクルートワークス研究所のサイトに全文アップされていて、

https://www.works-i.com/works/item/w_087.pdf

このなかで「ジョブ契約」「メンバーシップ契約」という言い方をしています。

ただ、「ジョブ型正社員」という言い方自体は、私の場合2010年2月に『労基旬報』に寄稿した「ジョブ型正社員の構想」が初出ですので、木下さんよりはあとになります。

41zgbjhq23l_sx290_bo1204203200_ まあでも、これってたかが言葉尻の話であって、そもそも木下さんは1999年に出した『日本人の賃金』(平凡社新書)の中で、職務型賃金への移行を強く主張していますし、遡れば高度成長期にはそういう議論は山のようにあったものなので、どっちが先とかあととかあんまり意味のない議論です。

というわけで、ciniiで検索できる限りの学術論文において、「ジョブ型」という用語を本邦で初めて用いたのは、木下武男さんであることは明らかです。この点については、私は堂々と世間に向かって申し述べたい。

も一ついうと、これは学術論文ではなく、『POSSE』という若者主体の労働運動誌の第4号(2009年)において、木下武男さん考案になる「格差論壇MAP」というのが載っていますが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/posse-fb68.html

Ef409dd006967b9a147c14ff5ab2eb82_4

そういう木下武男さんをつかまえて、こともあろうに「「ジョブ型雇用」だとか「メンバーシップ雇用」といった,ちまたにおいては一定限度流通している新造語も相手にされていない」などというのは、おそらくこの御仁は誉めているつもりかもしれませんが、これほどの侮辱はないのではないかと思われるくらいのとてつもない罵詈讒謗に等しい暴言というべきでしょう。

言ってみれば、マルクスさんをつかまえて、『資本論』を読んだけれども、どこにも社会主義やら共産主義なんていう馬鹿げたことを言ってないぞ、と褒め称えているようなものですからね。いやはや。

G112301500 この調子でいくと、今度はPOSSEの今野晴貴さんあたりをつかまえて、彼の書くものを全部読んでもどこにもジョブ型などという愚劣な言葉は出てこないぞと、居丈高に呼ばわるのでしょうか。

濱口桂一郎が憎くて憎くてしょうがないという思いのたけはひしひしと伝わってきますが、濱口憎けりゃジョブ型まで憎いとばかりにめったやたらにねじけた贔屓の引き倒しばかりやっていると、自らのひった糞が跳ね返ってこないとも限りませんので、ほどほどにしておいた方が宜しかろうと愚考する次第です。

 

 

 

 

 

 

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コメント

リンク先に行って見ましたが、一瞬「世に倦む日々」?かと思いました。
「世に倦む日々」の著者が研究者だったらこんなブログを書かれるのでしょうか(^^;

そうですね、世に倦む日々氏をもう少し妙な方向にこじらせるとこうなるという感じでしょうか。

この人のツイッターアカウントを見かけてブログにも行ってみたのですが。学術的な権威にやたら執着するあたりがよく分からないですね。研究者というわけでもなさそうだし、不思議です。

世に倦む日々氏もこれらのブログタイトルと似たようなことを仰っていた記憶があります。
 
 
「ジョブ型雇用だメンバーシップ型雇用だとか学問的範疇として比類にはなりえない観念で日本経営の人事・労務を語る俗流式思考」
https://blog.goo.ne.jp/21century-world/e/be6e50a2005fadc19a30acb2b7ea1131
「日本企業の人事・労務管理問題をジョブ型雇用だ,メンバーシップ型雇用だなどと区分した議論をするうちに,この国の産業経済力はさらに下降線をたどってきた」
https://blog.goo.ne.jp/21century-world/e/9f3023e62733ab53089d2dc54d24eb5d

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