フォト
2024年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

« 本日の朝日論壇時評で、望月優大さんが拙論を挙げてくれました | トップページ | 亀田高志『管理職ガイド はじめてでも分かる若手のトリセツ』 »

2022年12月28日 (水)

男女賃金格差の開示をめぐって@『労基旬報』2023年1月5日号

『労基旬報』2023年1月5日号に「男女賃金格差の開示をめぐって」を寄稿しました。

 既に多くの方が周知のように、昨年7月8日の女性の職業生活における活躍の推進に関する法律に基づく一般事業主行動計画等に関する省令の改正により、常時雇用する労働者が301人以上の事業主には、「男女の賃金の差異」が情報公表の必須項目となりました。
これまで301人以上規模の事業主は、「女性労働者に対する職業生活に関する機会の提供」として、「採用した女性労働者の割合」や「男女別の競争倍率」、「役員に占める女性の割合」など、8項目のうちから1項目以上を選択して公表する義務がありましたが、今回の改正により、この他に男女の賃金差の公表が新たに独立の項目として義務づけられました。
 ただ、そのやり方はいささか大まかな感を与えるものとなっています。同日付で出された厚生労働省雇用環境・均等局長の通達(雇均発0708第2号)は、まず労働者を男女別で正規・非正規に区分し、4種類に分けた区分ごとに、それぞれの総賃金と人員数を算出します。総賃金とは、賃金、給料、手当、賞与など、使用者が労働者に支払うすべてが該当します。4種類に分けた区分ごとに算出した総賃金と人員数をもとに、年間平均賃金を算出します。また、すべての労働者の年間平均賃金も男女別に算出します。そして、労働者の区分ごとに男性の平均年間賃金に対する女性の平均年間賃金の割合を算出します。
こうして、各企業が公表すべき男女の賃金の差異のイメージは次のようなものになります。
  男女の賃金の差異 (男性の賃金に対する女性の賃金の割合)
全ての労働者 XX.X%
うち正規雇用労働者 YY.Y%
うちパート・有期労働者 ZZ.Z% 
 もっとも、これだけではなにが格差を生んでいるのかさっぱり分かりません。そこで、説明欄を活用して事業主による任意の追加的な情報公表ができるようになっています。その例として、同通達は①自社における男女の賃金の差異の背景事情の説明(女性活躍推進の観点から女性の新規採用者を増やした結果、前々事業年度と比較して相対的に賃金水準の低い女性労働者が増加し、一時的に女性の平均年間賃金が下がり、結果として前事業年度における男女の賃金の差異が拡大したといった事情)、②勤続年数や役職などの属性を揃えた公表(勤続年数や役職などの属性を揃えてみた場合、雇用する労働者について、男女の賃金の差異が小さいものであることを追加情報として公表)、③より詳細な雇用管理区分において算出した数値の公表(正規雇用労働者を更に正社員、職務限定正社員、勤務地限定正社員及び短時間正社員等に区分したうえで、それぞれの区分において男女の賃金の差異を算出し、追加情報として公表)、④パート・有期労働者に関して、他の方法により算出した数値の公表、⑤時系列での情報の公表を挙げています。
 さて、こうした政策はなぜ昨年突然出てきたのでしょうか。直接的な出発点は、一昨年政権に就いた岸田文雄首相が直ちに「新しい資本主義実現会議」を立ち上げたことにあります。11月8日には早速「未来を切り拓く「新しい資本主義」とその起動に向けて」と題する緊急提言を取りまとめました。しかし、その中には「男女間の賃金格差の解消」という項目がありましたが、具体的には「企業に短時間正社員の導入を推奨するとともに、勤務時間の分割・シフト制の普及を進める」、「保育の受け皿の整備や男性の育児休業の取得促進等を通じて、仕事と育児を両立しやすい環境を整備する」、「正規雇用と非正規雇用の同一労働同一賃金を徹底し、女性が多い非正規雇用労働者の待遇改善を推進する」といった施策が並んでいるだけで、開示の話はありませんでした。この時、労働界からただ一人この会議に参加している芳野友子連合会長は、「男女間賃金格差の主な要因は、男女の平均勤続年数や管理職比率の差異はもとより、女性の職務・職域によるキャリア形成の遅れ。男女雇用機会均等法・女性活躍推進法の履行確保の徹底が男女間賃金格差の解消につながる」と発言していました。
 その後、2022年4月の会議で「新しい資本主義に向けた非財務情報の可視化」が議論された際、芳野会長は「特に重要なことは、人的資本と人権に関するSの情報。人的資本については、賃金水準や労使関係、労働安全衛生、多様性などに関する情報に加え、男女間賃金格差や女性管理職比率などを開示すべき。また、非正規雇用を含めた全ての労働者を開示対象にすることも重要」と発言しており、これがはずみをつけました。
 翌5月に「人への投資」がテーマになったとき、事務局が示した論点案には「男女の賃金の差異の解消を図っていくため、少なくとも大企業については、男性の賃金に対する女性の賃金の割合の開示を早急に義務化するべきではないか」というのが盛り込まれており、この間にそういう方向への政策判断がなされたのでしょう。この時芳野会長はさらに「男女の賃金差異解消に向けては、情報開示はもちろんのこと、女性活躍推進法を活用し、男女別の賃金実態把握と要因分析を行い、格差是正に向けた取り組みを進めることが重要であると考えます」と述べていました。他の委員はほとんどこの問題には触れていないので、これはほぼ芳野会長と事務局のキャッチボールで進められた案件のようです。
 こうして6月7日に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、次のような方向性が打ち出されました。
②男女間の賃金差異の開示義務化
 正規・非正規雇用の日本の労働者の男女間賃金格差は、他の先進国と比較して大きい。 また、日本の女性のパートタイム労働者比率は高い。
 男女間の賃金の差異について、以下のとおり、女性活躍推進法に基づき、開示の義務化を行う。
・情報開示は、連結ベースではなく、企業単体ごとに求める。ホールディングス(持株会社)も、当該企業について開示を行う。
・男女の賃金の差異は、全労働者について、絶対額ではなく、男性の賃金に対する女性の賃金の割合で開示を求めることとする。加えて、同様の割合を正規・非正規雇用に分けて、開示を求める。
(注)現在の開示項目として、女性労働者の割合等について、企業の判断で、更に細かい雇用管理区分(正規雇用を更に正社員と勤務地限定社員に分ける等)で開示している場合があるが、男女の賃金の割合について、当該区分についても開示することは当然、可能とする。
・男女の賃金の差異の開示に際し、説明を追記したい企業のために、説明欄を設ける。
・対象事業主は、常時雇用する労働者301人以上の事業主とする。101人~300人の事業主については、その施行後の状況等を踏まえ、検討を行う。
・金融商品取引法に基づく有価証券報告書の記載事項にも、女性活躍推進法に基づく開示の記載と同様のものを開示するよう求める。
・本年夏に、制度(省令)改正を実施し、施行する。初回の開示は、他の情報開示項目とあわせて、本年7月の施行後に締まる事業年度の実績を開示する。
 さて、新しい資本主義の枠で議論が始まるまで、この問題は取り上げられてこなかったのでしょうか。実は必ずしもそうではありません。2019年5月の女性活躍推進法の改正に向けた労働政策審議会雇用均等分科会の審議の中で、この問題は取り上げられていました。2018年10月12日に、労働側の齋藤久子委員から次のような提起がされています。
○齋藤委員 ・・・そもそも企業として賃金を支払っている以上は、男女間における賃金の差異ということは、もちろん当然に把握ができていると思いますし、その他の項目についても把握ができていると思いますので、こういったことをしっかり状況把握をして、それを基に、どういった行動計画を立てていくのかということについて向き合って議論をしていくということが必要なのではないかと思っていますので、その点について取組の前進の ために、基礎項目の中に男女の賃金の差異ということを設けていただきたいと思っております。
 これに対して、使用者側の飯島真理委員から困難を訴える発言がありました
○飯島委員 ・・・男女の賃金格差についても、情報把握基礎項目及び情報公表項目にするべきではないかという御意見もありますけれども、社内でも公表していないデータを公表するのは非常に難しいと考えます。
 そして公益の武石恵美子委員から次のように極めて慎重な意見が示されています。
○武石委員 ・・・私は賃金格差というのは、慎重に検討すべき だと思います。率直に言うと、義務化とか、ましてや情報公開というのは、見る人にすごく誤解を招くデータになっていくと思うので、そこは慎重にすべきだと思います。
 これに対して労働側の井上久美枝委員が次のように反論していますが、
○井上委員 ・・・男女の賃金の差異については、取組の結果を測るための指標だと思っております。前々回に、使側のほうから 、機会の平等がもう担保されているのだからいいではないかという話がありましたが、機会の平等をしたことで、でも結果の平等はどうだったのかというところを、きちんと見ているのか。その間の取組がきちんとされていないことが、結果として今の男女間の賃金格差につながっていると思いますので・・・。
 これに対して、使用者側の布山祐子委員は次のように、各国の賃金体系の違いから意味がないと断じています。
○布山委員 ・・・これは各国の賃金体系によって、こういう形で形づくられているのかと思っております。日本の場合、例えば同じ学歴の新卒者が入って、同じ総合職になったときに、賃金表の同じ所にいれば、基本的に同じ賃金ですので、それを比べてどうするのかという気がしています。そういう意味で、労側委員が男女と単に分けた差異を言われているのであれば、それを出して何か分析ができるわけでも ありませんので、これについてはやはりすでに資料に出していただいている、前回、2年前の議論と同じですけれども、必要ないのではないかと思っています。
 それに対して労働側の井上委員は職能給制度における査定の問題にも踏み込みます。
○井上委員 男女間賃金格差を考えるときに、やはり日本として考えなければいけないのは、日本企業の中にある構造的な制度・慣行ではないかと思います。・・・職能資格給制度における人事考課や査定などは、職務上の知識や判断力のみだけはなくて、例えば熱意とか協調性とか、指導性とか、そういう不明瞭な基準に基づいて行われて いるところがあるのではないかと思います。基準が曖昧な分、上司の裁量の幅は大きいですし、例えば女性は子育てが大事だとか、責任ある仕事は任せられないみたいな、ジェンダー・バイアスも査定のところにつながっている、影響しているというように私たちは考えています。バイ アスのかかった査定自体、性差別そのものですので、やはり日本の企業の中に残っている性差別的なところをあぶり出すためには、今の法では未整備なところがあるのだと思っています。
 こういった議論を受けて、公益の権丈英子委員が次のようにまとめています。
○権丈委員 ・・・この状況で、情報公表項目とするのは厳しいのではないかということと、状況把握項目としてもう少し活用してもらうように努力してほしいと考えます。
 その後の雇用均等分科会では、何回か短いやりとりはあってもこれ以上議論が深まることはなく、結局この時点では男女賃金格差は公表義務の対象とはされなかったわけです。
 それが岸田首相の下で急転直下実現することになったのは、政治的にみれば労政審で使用者側と公益側の議論に押さえ込まれた労働側の意見が、新しい資本主義実現会議という場で芳野連合会長が再度攻勢を仕掛けて突破したということも出来るでしょう。
 2022年6月に男女間の賃金差異の開示義務化が閣議決定された直後に急遽開催された労働政策審議会雇用均等分科会の審議をみると、使用者側が(官邸の意向にもかかわらず)反対を維持しているのに対し、公益委員が賛成しつついくつもの疑問を提示しているのは、そのあたりの消息を語っているようにも思われます。
○武石委員 ・・・私は以前、この女活法で男女間の賃金格差を公表することに関しては慎重な意見を申し上げてきました。数値が一人歩きすることの弊害というのを感じて慎重な意見を申し上げてはきたのですが、今回、公表することの意義というものを確認して、前向きな議論に参加をさせていただいたということです。・・・ 私は、今日の提案については反対を申し上げるつもりはないので、これで一旦、施行でよろしいかと思うのですが、・・・やはり、一旦施行をしてみて問題があれば、これを大きく見直すということもあり得るということを前提にして考えるべきではないかと思います。今日は案に反対するつもりはないのですが、今後について、そういう課題を提起させていただきたいと思います。以上です。
 ただ、議論の本質という面からすると、日本的な雇用・賃金制度のゆえに男女賃金格差を公表することに意味が乏しいという批判をひっくり返したことの背景には、そもそも日本的な賃金制度自体に対して疑問を持ち、それを世界標準の職務給に変えていくべきだという発想があるのかもしれません。
 ここはやや皮肉なところで、労働組合サイドが日本的な年功賃金制度を見直して職務給にしていくことを望んでいるかというと、全体としてはむしろそうではない傾向が強いと思われるのですが、少なくともこの問題に関する限りは理論的には職務給への移行を唱道する立場に整合的な考え方を主唱してきていることになります。そして、表には現れてきませんが、官邸に置かれた新しい資本主義実現会議という場で、今までの使用者側や公益の議論をひっくり返すような結論に持って行く運営がされた背景には、官邸の枢要な人物が職務給移行に向けてかなり強い熱意を持っているからではないかという想像もされるところです。
 実際、本省令が施行された直後の2022年9月22日、岸田首相はニューヨークの証券取引所で、「日本の経済界とも協力し、メンバーシップに基づく年功的な職能給の仕組みを、個々の企業の実情に応じて、ジョブ型の職務給中心の日本に合ったシステムに見直す」と発言しています。そして10月3日の所信表明演説では、「構造的な賃上げ」という項目の中で、「年功制の職能給から、日本に合った職務給への移行など、企業間、産業間での労働移動円滑化に向けた指針を、来年六月までに取りまとめます」と述べていました。今のところ、これらは言葉の上だけにとどまっており、具体的にどういう施策を考えているのかよく見えてきませんが、考えてみれば男女賃金格差の公表義務化というのは、その先取り的な政策であったということになるのかもしれません。

 

« 本日の朝日論壇時評で、望月優大さんが拙論を挙げてくれました | トップページ | 亀田高志『管理職ガイド はじめてでも分かる若手のトリセツ』 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 本日の朝日論壇時評で、望月優大さんが拙論を挙げてくれました | トップページ | 亀田高志『管理職ガイド はじめてでも分かる若手のトリセツ』 »