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2022年12月21日 (水)

労働組合が賃上げできないのはイデオロギーのせい?

こういうツイートがありましたが、

https://twitter.com/kikumaco/status/1605167021473206273

労働組合はイデオロギー以前にまず賃上げを目指すべき

この人が頭の中で想定しているのとは多分まったく違う意味で、この言葉は言い当てている面があります。

この呟いている人が想定している「イデオロギー」ってのは、多分マルクスだのレーニンだのスターリンだの毛沢東だのといった、いわゆる世間でそう言われているところの「いでおろぎー」って奴なんでしょうけど、正直このご時世で、そういうなんたら経みたいなものを抱きしめて旗振ってる労働組合なんてのは端っこの方のごく少数派であって、まあ絶滅危惧種みたいなもんでしょう。

ところが、ideologyという言葉の元来の意味からすると、もっとまともな、あるいはより正確に言うと世間でまっとうと見られているような、ある種の思考枠組みみたいなものも立派にイデオロギーであり、世間内存在としての労働組合もそういう世間の常識にマッチするようなイデオロギーには余り抵抗力が無く、わりと素直にそういうイデオロギーに流されてしまいがちなんですね。

何を言っているかというと、『世界』1月号で書いた「日本の賃金が上がらないのは『美徳の不幸』ゆえか? 」で書いたことなんですが、労働組合が自らの独善的利益よりも優先して、世間常識的に正しいこと、美徳とされるようなことを、率先垂範してきたことが、結果的に賃上げできなくなってしまった最大の要因なんではないか、という話です。

オイルショックで狂乱物価になっているのに、労働組合がそれを取り戻そうとして大幅賃上げを要求して勝ち取ったりしたら、ますますインフレが昂進して、賃金と物価のスパイラルがとめどなく進行する。だから、ここは労働組合がマクロ経済のためにあえて本来やれるはずの賃上げを要求しない。それによって物価を沈静させることが天下国家のためになるんだ。

なんと素晴らしい英雄的な決断でしょうか。こんなことが言える日本の労働組合は賞賛に値します。しかしながら、このことが日本の労働組合を、インフレからマクロ経済を断固守り抜く守護神という役割に縛り付けてしまったのです。

マクロ経済のために自分たちの局部的利益を捨てて天下国家に奉仕する。これこそ、なんたら経みたいなほとんど流行らない「いでおろぎー」とは異なり、まさに世の中に力を振るう言葉の正確な意味でのideologyというべきでしょう。

『世界』の論文では、もう一つのやはり世間でみんなが余りにも当たり前に受け入れているideologyも指摘しました。それは消費者の利益こそが一番大事だ。物価が高いことが一番悪いことだ。労働者も一面消費者なんだから、企業と一緒になって、物価の引下げに粉骨砕身しようという、これは今から30年ほど前の連合の運動です。

当時は内外価格差という言葉が流行って、日本の物価が高すぎることが諸悪の根源であって、物価を引き下げれば世の中万事うまく廻るようになるという思想が世にはびこっていました。

「物価引下げ→実質所得向上→経済成長」
 物価引下げによる実質所得の向上は、当然、国全体の実質購買力の増加となる。1992年度の数字で考えれば、仮に3年で10%の物価が引き下げられれば、毎年約9兆円の実質所得の向上になるが、これは各年度の雇用者所得を約4%程度も引き上げるのと同じ数字になるということも認識すべきである。
 その結果は、国民は新しい購買力を獲得し、そこから商品購買意欲の高まりが生まれる。それにより、企業としても、新商品開発、新産業分野への参入など積極的な行動がとれるようになり、将来の市場動向の安定をみて、研究開発や新規設備投資を行いやすい環境となる。このように、個人消費と設備投資の拡大は、経済成長を大いに刺激することになる。

こういう思想を「イデオロギー」と呼ぶ用語法は余りなさそうですが、これこそまさに「虚偽意識」という意味で、その後の30年間の日本社会を呪縛してきた「イデオロギー」そのものというべきでしょう。

日本の労働組合は、上のツイートをした人が想定しているような意味でのなんたら経をふりかざす「いでおろぎー」とはほとんど無縁の存在になっていますが、こういう世間でイデオロギーと思われていないようなideologyにはどっぷり浸かっていて、なかなかその呪縛から抜けられないままにきたことが、賃上げができなくなってしまったことの根っこにあるのではないか、という話です。より詳しくは、まだ本屋さんの店頭に置かれていますので、是非お買い求め下さい。

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コメント

hamachan先生の論文が掲載されている「世界」を購入しましたが、まだ読んでおりません。申し訳ありません。
にもかかわらずコメントするのは気が引けるのですが、賃上げを阻んできた「イデオロギー」なるものはまさしく阿部謹也先生の言われる「世間」あるいは山本七平さんの言われる「空気」ではないでしょうか。

「空気」は昭和天皇が対米戦争開戦時に「妙な空気が流れていて」それに歯向かう事が出来ずに開戦せざるを得なかった、と言っていたと記憶しています。
恐らく日本に「個人」と言う概念が根づいておらず、そのために「社会」が未成熟でいまだに「世間」が蔓延っているために「空気」がまん延しているのでしょう。
欧米社会でも中世までは「世間」はありましたが、キリスト教の信仰の個人化が近世になって進み、それゆえに「世間」は消滅に向かい「社会」が成立したと阿部謹也先生は言っておられたと思います。

ではキリスト教信者が百人に一人もいない日本ではどうすれば「世間」を消滅させることが出来るのか、日本に百人に一人もいないキリスト教信者の私は大いに悩んでおります。

全く同感です。とくに左派系野党が揃いも揃って消費減税論で、雇用や賃金の話に消極的なのは、日本における消費者中心主義の悪しき現れとしか言いようがありません。ケア労働者の賃上げという左派政党の看板であるべき政策ですら、先の選挙ではその看板を自民党に取られてしまいました。しかし、石油危機後に労使協調で賃金抑制を実現したのはオランダのワセナール協定も全く同じだと思いますが、日本だけそれが永続化した理由は濱口先生がおっしゃる雇用システムとそれに基づく「イデオロギー」の違いなのかが気になりました。また、日本でも既に労使協調の賃金抑制を実現していたのに、2000年前後にオランダ型ワークシェアリングの導入が当時の左派系野党から叫ばれていたのも皮肉です。

 英国労働党関係のニュースを専門的に扱っているサイト、 LabourList(https://labourlist.org)
をかなり頻繁に拝見しています。ロシアのウクライナ侵攻にはじまる、急激な物価上昇に賃金の上昇が追いつかない、ということで、ストライキを含む、労働組合の攻勢がかなり強まっていて、これに関係するニュースもずいぶんと多くなっています。

 英国では、レーニンやら毛沢東やらの「いでおろぎー」はほとんど受容されていませんが、大戦後最も偉大な首相に、戦後に社会保障・社会福祉制度を確立した、アトリーが選ばれたことがあったことからもわかるように、英国流の社会主義(socialism)は(これは他の欧州諸国も同様ですが)ごく普通に健在ですね。

 私は、日本の労働組合が賃上げができないことの原因として、メンバーシップ型雇用システムの下での企業別組合として、企業横断的な労働条件の規制・改善能力が著しく弱いことの他に、レーニン何ちゃらの「いでおろぎー」ではない、社会主義イデオロギーを定着させることに失敗してしまった、ということが、相当に大きな原因になっているものと考えています。

 もちろん、英国においてもピケティ先生いうところの、「バラモン左翼」化はかなり進行していますが、労働党(労働代表委員会として1900年結成)、労働組合会議(TUC、1868年第1回大会)、フェビアン協会(知識人主体のシンクタンク組織、1884年設立)という三位一体の長い伝統によって、このような社会的変動を比較的うまく乗り切ったということでしょうか。

日本で社会主義イデオロギーの定着が失敗してしまった事についてですが、明治時代の西欧思想の導入の際にすでに問題は孕まれていたのであろうと思います。

日本で明治時代ベストセラーになったのは英国のスマイルズの「自助論」を中村正直が翻訳した「西国立志伝」でした。これはまさしく自助努力で「天は自ら助くるものを助く」を「成し遂げた偉人たちの挿話集。今で言うところの「自己啓発書」。恐らくプロテスタンティズムの資本主義者の倫理を説いたものですね。
当時は明治維新後で身分制は崩壊し、農民や商人のような武士でなかった人たちも自助努力で社会的地位を得る事が出来るようになったので、この「西国立志論」的な自助努力の精神が日本の「世間」にビルドインされてしまった。
だから現在でも生活保護受給者は「生存権」を行使しただけなのに、その事で不当なバッシングをされてしまったりする。
だからせっかく「隣人愛」に基づくキリスト教的な社会主義の思想が導入されても上手く根付かなったのでしょうね。
最近になって自助努力論の限界を説く人も増えてはいるのでもしかしたらキリスト教社会主義的な思想もこれから根付くのかもしれない、と希望しながら努力を続けるのが良いのかもしれません。

労働運動の中にいる者の実感として、組合が賃上げをできない/しない理由が、概念的な空気や世間というものがゼロではないにせよ、会社に対する慮りや明確なロジックを提示することができないからとみています。交渉議事録がどこまで外部にオープンになっているかはわかりませんが、そこで出される賃上げ抑制の理屈として、会社の当期の業績、将来の見通しが思わしくない、不透明であることから、賃上げを断念せざるを得ないとしたことは、多くの企業別組合に共通しているのではないでしょうか。

連合の賃上げ率が、本来であればインフレ率を上回る率を提示してしかるべきですが、それよりもマイルドな4%や5%としているのも、春闘方針を定めていく議論の中で、各業界・企業の業績に跛行性がある中で、アグレッシブな数値を出そうにも構成員からのネガティブな反応を恐れてか考慮してかということの結果だと理解しています。

その点、欧州の労働組合がとりわけコロナ禍以降(欧州では、はっきり言ってコロナはもう終息したものと捉えられています)、高いインフレ率によって購買力が浸食されているためそれを超える賃上げを要求し、交渉が行き詰まると積極的にストライキやデモを行っています。英国NHIの看護師が賃上げ率約20%というのは、今の日本人の感覚からすると驚きです。一般組合員からすれば、日本の労組もそれぐらい要求しろと思うでしょうし、組合役員からすればそんな要求レベルはとんでもないとなるでしょう。

ブログエントリに対するコメントなので空気だとか世間だとか、著名な学者の名前を挙げて分析するのかもしれませんが、実地でいる人間からするといささか自慰的に見えます。

素人の質問で申し訳ありませんが、日本以外の労働組合では賃上げが実現しているのでしょうか?
最近では
  日本では”失われた※※年”の間で賃金がほとんど上昇しなかったが、外国ではその期間に平均賃金が☆☆%上昇した
と報道されています。しかし賃金の動向を平均値で表すのは妥当でしょうか?
グローバル化によって先進国では多くの労働者が同じような(比較的高い)賃金が得られる産業(製造業等)は衰退し、代わりに発展した金融やIT産業は少数の労働者が高い賃金を得られる産業です。ですから金融やIT産業の発展で高給を得られる労働者が増えれば賃金の平均値は上昇するかもしれませんが、多くの労働者が得られる賃金が上昇したとは限らないと思います。もし中央値の賃金や下位20%の所得層の賃金が平均値と同様に上昇していれば、
  失われた人の得票でトランプ氏が大統領になったり
  大嫌いな金持ちが反対しているという理由で賛成した人の票でEU離脱が決定したり
  温暖化防止のためのガソリン税の増税に黄色い服を着た人たちが暴れまわって反対したり
する事はなかったように思います。
対象が違いますが、少し前に日銀総裁が消費者物価の上昇に関して
  消費者物価が上昇しているが、家庭はまだこの程度の上昇には耐えられる
と発言しました。その根拠となったのは 家庭の貯蓄額がコロナ前より大幅に増加している という事実でした。しかし増加額の9割は平均以上の所得の家庭の貯蓄でした。つまりお金持ちの家庭はコロナでよりお金持ちになったが、そうでない家庭はコロナで変わらなかった(より貧しくなった)という事ではないかと思います。このように格差が拡大している場合は状況を平均値で判断していては、支援が必要な状況を感知できない場合があると思います。
バイデン政権の初期には
  下位20%の階層の平均所得を <<富裕層の所得税や金融所得への増税によって>> 20%増加させる
という目標があったそうです。

>オイルショックで狂乱物価になっているのに、労働組合がそれを取り戻そうとして大幅賃上げを要求して勝ち取ったりしたら、ますますインフレが昂進して、賃金と物価のスパイラルがとめどなく進行する。だから、ここは労働組合がマクロ経済のためにあえて本来やれるはずの賃上げを要求しない。それによって物価を沈静させることが天下国家のためになるんだ。

麗しき ALL for ALL 精神の発露のように思えるのですが


>なんと素晴らしい英雄的な決断でしょうか。こんなことが言える日本の労働組合は賞賛に値します。しかしながら、このことが日本の労働組合を、インフレからマクロ経済を断固守り抜く守護神という役割に縛り付けてしまったのです。

日本の労働組合が ALL for ALL の精神を発揮していた時に他の構成員(企業, 政府)は何をしていたのでしょうか?
私は、問題なのは
  日本の労働組合が ALL for ALL の精神を発揮した
事ではなく
  他の構成員が労働組合に負担を押し付けて自分たちがやるべき事をしなかった (ALL for ALL ではなく ONE for ALL だった)
事ではないかと思います。

労働運動の中の人様

すみません、確かにご批判の通りです。
最近の日本経済、社会の動向に楽観的な見通しが持てないのでご批判の通りの説を展開してしまいました。

昨日の朝日新聞のアベノミクスに関する記事で考えさせられるものがありました。

https://digital.asahi.com/articles/ASQDX66DZQDWULFA01T.html?iref=comtop_7_06

デジタル記事のため会員のみが全文を読むことが出来る記事なのですが、会員のみが読める部分で「財務省が今月1日に発表した7~9月期の法人企業統計では、経常利益が円安を背景に19兆8千億円と、10年前より9割伸び、過去最高を更新。」とのこと。
 しかし「より深刻なのは「人への投資」の伸び悩みだ。人件費は12年度の197兆円から21年度は207兆円とほぼ横ばい。企業が人件費を抑えた結果、「安い日本」と呼ばれる現象が起きた。経済協力開発機構(OECD)によると、加盟38カ国の平均賃金が12年から21年に1割伸びたのに対し、日本は3%にとどまる。21年の平均賃金が最も高い米国は17%伸びていた。賃金も投資も伸び悩んだ結果、この10年間で日本の実質国内総生産(GDP)の伸びは、年平均で0・6%にとどまる。」だそうです。
 人件費の抑制策のため、企業に残った社員への研修の費用も抑制されている、との事です。
 としますと来年の春闘で「せっかく残ってくれた社員への研修などの投資が少なくなっているのは今後のわが社の発展のためにも良くない事である。研修費用の増加、そして社員の社外でのスキルアップの機会を増やすためにも賃上げをするべきである」と言う論理で賃上げを求める可能性が出てきたのかもしれないですね。

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