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2022年12月 8日 (木)

労使関係思想から見たジョブ型・メンバーシップ型@連合総研「日本の未来塾」

連合総研の「日本の未来塾」で、8月4日に「労使関係思想から見たジョブ型・メンバーシップ型」という話をしたのですが、その講演録が連合総研のサイトにアップされたようなので、紹介しておきます。

https://www.rengo-soken.or.jp/info/ad5a26f82bc2f53ab1f17a10c07096e32ad6aa94.pdf

(1)ジョブ型は古い
 本日はジョブ型雇用についての講演依頼をいただいたのですが、あえてこれに「労使関係思想から見た」という形容詞を付けさせていただきました。
 なぜかといいますと、この 2 年半の間、ちょうど新型コロナウィルス感染拡大が始まった2020 年の初めぐらいから、新聞や雑誌、ネットでもジョブ型という言葉を目にしない日がない、毎日のようにいくつもジョブ型を論じたと称する記事が山のように出ておりました。こういうこともあって、私もこの 2 年半の間、あちこちでジョブ型について講演する機会が多かったのですが、正直言ってもう飽きました。
 毎回同じことを話すのですが、この 2 年半ほど、日経新聞をはじめとするメディア、あるいは人事コンサルタントや評論家の方々は、「ジョブ型だ、日本の仕組は古い、世界はジョブ型に向かっている」と言っていますが私は「それは全部インチキだよ、うそだよ」、ということをあちこちで言い続けてきたのです。毎回同じことばっかり言っていると、正直、こんなことばかり話していていいのか、という気がしないでもありません。
 もう一つ言うと、毎回ジョブ型についてお話をする際に冒頭、どう話をするかというと、ジョブ型は古い、日経新聞やインチキコンサルタントがこれからはジョブ型だ、最新の新型商品だ、と言っているが、それはうそだと一生懸命話してきたのですが、どのように古いのかということをきちんとまとまって話したことが実はあまりないのです。
 先ほど、私の著作の話がでましたがその本でも、最初のほうに「ジョブ型は古臭い」と、書きましたが、その話はその点について細かく突っ込んでおりません。それより今、世に氾濫している議論をいかに根本的に修正するかを一生懸命やっているわけですが、しかし、考えてみると、日経新聞を見て、あるいはコンサルタントの話を聞いて、これからはジョブ型だと思っている人には、まさにそういうレベルの話をする必要があります。
 『日本の未来塾』にお集まりの皆さんには、「実はジョブ型は古臭い」ということ、こちらの本では省略したその話こそが本当はふさわしいのではないか、と思ったのです。

(2)ジョブ型を語るなら労使関係の歴史から

Ⅰ.トレードからジョブへ

1.出発点は集合取引(collective bargaining)

2.「労働は商品じゃない」の本当の意味

3.ジョブ型労働運動の哲学

Ⅱ.パートナーシップ型労使関係という奇跡

4,共同決定というもう一つの産業民主主義

5.労使は経営共同体のパートナーシップ

Ⅲ.パートナーシップなき企業内労使関係の苦悩

6.労使パートナーシップへの淡い夢

7.パートナーシップなきイギリスの職場

8.ジョブ・コントロール型労使関係は崩壊の一途

9.メンバーシップ型アメリカ企業の雌伏、栄光、挫折

Ⅳ.自主管理思想の理想郷は

10.労働者自主管理という理想像の逆説

V.片翼だけの労使関係

11.事業一家の覇者交替

12.戦後日本社会の設計図

13.従業員組合のアンビバレンツとその帰結

<質 疑>

 

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コメント

労働運動の世界規模の困難は、見誤りの結果ではないですかね。

労働組合が対峙する賃金交渉、団体交渉の(本質的な)相手は、(仮初めの代理である)経営者ではなく、所有者だと思うのですよね。
労働組合は「待遇交渉で所有者(の代理)と対峙する」一方で、従業員代表は、それとは「全く別の事柄」に取り組む存在であるということでしょう。

「所有者の代理」と「労働者の代理」が同一だと対峙は困難な訳ですから、経営者と労働組合の役員の兼務は、利益相反となりますが。
一方、「所有者、兼、労働者」という在り方は、ほとんど問題はないように思いますね。
実際、株主、兼、従業員であることが大きな問題を引き起こすことはほとんどないように思われます。
労働者協同組合が(所有者と労働者の程度が大きく異なる人々がいる中で)「所有者の代理」と「労働者の代理」を一緒くたにするものなのか、それとも、「所有者、兼、労働者」という在り方なのかが、あまり分別されてないような気がします。

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