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« EUの男女賃金格差の透明性指令案の成立が目前 | トップページ | 岸田首相の深慮遠謀? »

2022年12月16日 (金)

国・渋谷労基署長(家政婦過労死)事件@東大労判

Mita 本日、東京大学労働判例研究会で、国・渋谷労基署長(家政婦過労死)事件について報告してきました。

労働判例研究会                            2022/12/16                                    濱口桂一郎
家政婦の労災保険法不適用
国(渋谷労働基準監督署長)事件(東京地判令和4年9月29日)
(判例集未搭載)
 
Ⅰ 事実
1 当事者
X:死亡したAの夫
Y:国(処分行政庁は渋谷労働基準監督署長)
A:Bに家政婦兼訪問介護ヘルパーとして登録されていた女性、Xの妻(当時69歳)
B:訪問介護事業及び家政婦紹介所を営む株式会社
C:Aの派遣先家庭の支援対象者(当時93歳)
D:Aの同僚家政婦
 
2 事案の経過
・Bは昭和54年10月1日設立以降、有料職業紹介事業の大臣許可を受けて家政婦等の紹介斡旋業を営んできたが、平成12年4月に介護保険制度が開始された後は、介護保険事業者として、居宅介護支援、要介護者等の日常生活における訪問介護サービス等も併せて行うようになった。
・平成25年8月18日、AはBに家政婦として登録し、同月20日にBとの間で非常勤の訪問介護ヘルパーとしての労働契約を締結した。
・AはBに登録した後、特別加入団体の構成員として政府の承認を受けておらず、特別加入による労災保険の適用を受けていなかった。
・重度の認知症で寝たきりのC宅で家政婦兼訪問介護ヘルパーとして勤務していたDの休暇取得の代替要員として、平成27年5月20日から同月27日までC宅に住み込んで、家政婦として家事及び介護を行う(本件家事業務)とともに、訪問介護ヘルパーとして訪問介護サービスを提供(本件介護業務)した。
・Aは午前0時から午前5時までの休憩時間を除く19時間を本件家事業務及び本件介護業務の時間として指定されていたが、このうち、本件介護業務に係る労働時間は、午前8時から午前9時40分まで、午後0時から午後1時10分まで、午後3時30分から午後4時40分まで、午後8時から保護8時30分までの合計4時間30分/日とされ、それ以外が本件家事業務の実施時間(ただし、休憩時間を含む。)とされていた
・AはC宅の業務を終えた平成27年5月27日、都内入浴施設のサウナ室で倒れ、搬送先病院で急性心筋梗塞又は心停止により死亡した。
・平成29年5月25日、Xは渋谷労働基準監督署長に対し、Aの死亡はBの業務に起因するとして労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を請求した。
・平成30年1月16日、渋谷労働基準監督署長は、Aは家事使用人として介護・家事に従事しており、労基法116条により適用除外され、労災保険法も適用されないとして、不支給とする処分を行った。
・平成30年4月2日、Xは本件処分を不服として審査請求したが、平成30年9月4日、東京労働者災害補償保険審査官は審査請求を棄却した。
・平成30年10月16日、Xは再審査請求をしたが、令和元年9月11日、労働保険審査会は再審査請求を棄却した。
・令和2年3月5日、Xは本件処分の取消を求めて本件訴訟を提起した。
・本件訴訟において、Yは処分理由として、上記「家事使用人であるから」に加えて、Aの発症と死亡は業務上ではないとの主張を追加した。
 
3 関連法令
 
・労働基準法(昭和22年法律第49号)
(適用除外)
第百十六条・・・
② この法律は、同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については、適用しない。
 
・解釈通達(昭和63年3月14日基発第150号)
一 家事使用人に該当するか否かは、従事する作業の種類、性質の如何を勘案して具体的に当該労働者の実態によって決定すべきであり、家事一般に従事している者がこれに該当する。
二 法人に雇われ、その役職員の家庭において、その家族の指揮命令の下に家事一般を行う者は家事使用人である。
三 個人家庭における家事を事業として請け負う者に雇われて、その指揮命令の下に当該家事を行う者は家事使用人に当たらない。
 
 
Ⅱ 判旨 請求棄却
1 Aが労基法116条2項所定の「家事使用人」に該当することを理由にされた本件各処分の違法性の有無(Aが従事していた本件家事業務及び本件介護業務は一体としてBの業務といえるか)
(1) Aが従事していた本件家事業務及び本件介護業務は一体としてBの業務といえるか
「Aは平成27年5月20日から同月27日までの間、C宅に住み込んで家政婦としての家事業務(本件家事業務)及び訪問介護ヘルパーとしての訪問介護サービスに係る業務(本件介護業務)を提供していたところ、上記の業務のうち本件介護業務についてはBの業務として提供されていたものといえるが、本件家事業務についてはAとCの息子との間の雇用契約に基づいて提供されていたものといえるから、これをBの業務であると認めることはできないといわざるを得ない。」
 X側の、本件家事業務と本件介護業務とは明確に区別されておらず、一体として提供されていたから、いずれもBの業務に当るとの主張に対して、「Bが登録家政婦を家政婦兼訪問介護ヘルパーとして求人者に職業紹介する場合、家政婦としての業務に関しては、求人者と登録家政婦との間で雇用契約の締結が予定され、現に、Aは、家政婦としての業務についてはCの息子と雇用契約を締結していたのであって、訪問介護サービスの提供業務とその他の家事及び介護業務の使用者がそれぞれ異なることは明確であったものと認められる。また、前提事実等によれば、Bの登録家政婦には、Bの職業紹介に応じるか否かについて諾否の自由があり、Bが賃金の基準額を求人者に提示していたという事情はあるにせよ、賃金額等の労働条件は求人者との交渉によって設定する機会は与えられていたことが認められ、他方、介護保険業務(訪問介護サービス)に関する指示や監督、要介護者宅の要望や注意事項の伝達、要介護者と登録家政婦とのトラブルの仲介等の域を超えて、Bが、登録家政婦と要介護者宅との家政婦業務に関し、登録家政婦に対して指揮命令をしていたと認めるに足りる的確な証拠はない。この点、平成17年事務連絡は、介護保険法の適用により公的負担の対象となる訪問介護サービスの提供と要介護者の全額負担とされるべき家政婦の役務提供が明確に区分できない場合には介護報酬を算定することが出来ない旨を通知したものであるところ、これは飽くまでも介護保険の適用に関して介護報酬の算定が困難となる場合の行政対応の指針を示した事務連絡であり、また、訪問介護サービスに係る事業と家政婦としての事業の内容に共通性や連続性があるために実際の業務遂行の際に両業務を明確に区別することが困難な場合が生ずるとしても、本来、両業務は異なる事業主体による業務であって、それにより介護保険法の適用の有無が措定されることになる以上は、両業務は原則として峻別されることになる旨を行政解釈として示したものと認められるのであって、平成17年事務連絡が、家政婦としての家事業務と訪問介護ヘルパーとしての訪問介護サービスに係る業務が峻別困難な場合に両業務の提供に係る法律関係を求人者とサービス提供者との間の単体の契約とみなしたり解釈することが相当である旨を指摘したものとまでは認められない。その他本件全証拠を子細に検討しても、BとAとの間で本件介護業務に加えて本件家事業務も含んだ雇用契約が締結されたことを認めるに足りる的確な証拠はない。」
(2) Aが労基法116条2項所定の「家事使用人」に該当することを理由にされた本件各処分の違法性の有無
「AがC宅において提供していた業務のうち本件家事業務に係る部分については、Cの息子との間の雇用契約に基づいて提供されていたものと認められる。
 しかして、Xの本件各申請は、AがBに雇用された労働者であることを前提に、Bの業務に起因してAが本件疾病を発症して死亡したとして遺族補償給付及び葬祭料の支給を求めるものであるところ、AのC宅における業務のうち本件家事業務に係る部分については、前示のとおりBの業務とはいえず、Cの息子との間で締結された雇用契約に基づく業務であり、当該業務の種類、性質も家事一般を内容とするものであるから、当該業務との関係では、Aは労基法116条2項所定の「家事使用人」に該当するものと云わざるを得ない(150号基準に照らしても「家事使用人」に該当しないとはいえない。)」
「他方で、AのC宅における業務のうち訪問介護サービスに係る部分(本件介護業務)については、Bの業務と認められ、当該業務の種類、性質も家事一般を内容とするものであったとはいえないから、当該業務との関係では、Aが労基法116条2項所定の「家事使用人」に該当するとはいえない。しかして、前示のとおり、本件各申請は、AがBに雇用された労働者であることを前提に、Bの業務に起因してAが本件疾病を発症して死亡したとして遺族補償給付及び葬祭料の支給を求めるものであるところ、上記のとおり、本件介護業務との関係ではAはBと雇用契約を締結した労働者であり、労基法116条2項所定の「家事使用人」に該当するものとは認められないのであるから、処分行政庁が、本件各申請について、Aが労基法116条2項の「家事使用人」に該当することのみを理由に本件各処分を行ったことについては、同規定の適用を誤った違法があるものと云わざるを得ない。したがって、Xの上記主張は、その限度において理由があるというべきである。」
2 Yによる処分理由の追加は許されるか
「労災保険法は、保険給付の種別に応じて処分要件を措定し、申請者が申告した具体的な「傷病」及びその「災害原因」の存否に関する判断を踏まえて申請に係る保険給付の支給の可否を決定するという仕組みを採用しているといえるから、同一の種別の保険給付の範囲内であり、対象疾病の内容及びその原因について同一性があるといえる限りは同一の処分として取り扱うという立法政策を採用しているものと解するのが相当である。」
「Yによる処分理由の追加により本件各処分の同一性が害されることになるか否かについて見ると、本件各処分は、Aが労基法116条2項の「家事使用人」に該当することを理由に不支給としたものであるが、同規定は「家事使用人」について労基法の適用を除外し、労災保険法の適用も排除するという法律効果を定めた規定であると解されるから、「家事使用人」の該当性の有無は、業務起因性と同様に労災保険給付の支給要件と位置付けているものと解される。また、本件各処分が処分時において前提としたAの傷病と災害原因はYによる処分理由の追加によっても変わるところはない。」「異常によれば、本件ニおいて、Yが本件各処分の処分理由として業務起因性の不存在を追加的に主張したとしても本件各処分の同一性は害されないといえるから、Yによる処分理由の追加は許されるものと解するのが相当である。」
3 Aの本件疾病の発症及び死亡結果の発生につき業務起因性が認められるか
上記1(2)の認定を前提として、「労働者災害補償保険に係る保険関係は、事業主の行う事業ないし事業場を単位として成立するものとされており(労災保険法6条、労災(ママ)保険の保険料の徴収等に関する法律3条、5条)、本件各申請がされた当時において、労災保険法上の保険給付の業務起因性の有無を判定するに際し、複数の事業場の業務を競合させ又は一括して考慮することは予定されておらず、むしろ、労災保険制度は、あくまで使用者の災害補償責任を担保する保険制度であって、前記3において認定し説示したとおり、労災保険給付の支給要件である業務起因性の有無も当該使用者に係る事業ないし事業場を単位として判定することが予定されていたと解される。そうすると、本件各申請は、AにつきBの業務に起因する労働災害について遺族補償給付及び葬祭料の支給を求める請求であるところ、AがC宅において従事していた業務のうち本件家事業務に関する部分はBの業務ではないと認められるから、当該業務と本件疾病の発病との間の業務起因性については検討の対象にはならないといわざるを得ない。」
「そこで、Aの業務のうちBの業務であった本件介護業務と本件疾病の発症との間の業務起因性の有無について検討するに、・・・・本件疾病の発症前おおむね1週間である平成27年5月20日から同月26日までの間のAの本件介護業務に係る総勤務時間は、168時間(24時間×7日)の拘束時間のうちの31時間30分にとどまることになり、その業務時間、業務量が特に過剰であったとか、著しい疲労の蓄積をもたらすものであったとは認めがたく、認定基準に照らしてみても、Aが短期間の過重業務や長期間の過重業務に就労していたとは認められない。」よって、「AがBの業務に内在又は通常随伴する危険の現実化として本件疾病を発症して死亡したと認めることは困難といわざるを得ない。」
 
Ⅲ 評釈 判旨反対だが、そもそも当事者の認識が間違っている。
 
1 そもそも家政婦は家事使用人ではなかった
 
 本件において、X側は、Aの介護業務と家事業務が区分できず、一体としてBの業務に従事していたという主張を(介護保険制度を援用しつつ)しており、さらに家事使用人の適用除外が憲法違反だという主張をしているが、家政婦の家事業務自体は家事使用人に該当するという点は疑っていない。しかしながら、一民事訴訟としては当事者の主張の範囲内でしか議論の余地はないにしても、法政策論の観点からはそこに大きな論点がある。結論を先に言えば、1947年9月に労働基準法が施行された時点において、家事使用人は労基法の適用除外であったが、家政婦は労基法の適用対象であったことは明白である。
 1998年改正により現在の第116条第2項に移るまでは、家事使用人の適用除外規定は適用事業を定めた第8条の柱書の但書であった。施行当時の規定は以下の通りである。
(適用事業の範囲)
第八条 この法律は、左の各号の一に該当する事業又は事務所について適用する。但し、同居の親族のみを使用する事業若しくは事務所又は家事使用人については適用しない。
一 物の製造、改造、加工、修理、浄洗、選別、包装、装飾、仕上、販売のためにする仕立、破壊若しくは解体又は材料の変造の事業(電気、ガス又は各種動力の発生、変更若しくは伝導の事業及び水道の事業を含む。)
二 鉱業、砂鉱業、石切業その他土石又は鉱物採取の事業
三 土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊、解体又はその準備の事業
四 道路、鉄道、軌道、索道、船舶又は航空機による旅客又は貨物の運送の事業
五 船きよ、船舶、岸壁、波止場、停車場又は倉庫における貨物の取扱の事業
六 土地の耕作若しくは開墾又は植物の栽植、栽培、採取若しくは伐採の事業その他農林の事業
七 動物の飼育又は水産動植物の採補若しくは養殖の事業その他の畜産、養蚕又は水産の事業
八 物品の販売、配給、保管若しくは賃貸又は理容の事業
九 金融、保険、媒介、周旋、集金、案内又は広告の事業
十 映画の制作又は映写、演劇その他興業の事業
十一 郵便、電信又は電話の事業
十二 教育、研究又は調査の事業
十三 病者又は虚弱者の治療、看護その他保健衛生の事業
十四 旅館、料理店、飲食店、接客業又は娯楽場の事業
十五 焼却、清掃又は、と殺の事業
十六 前各号に該当しない官公暑
十七 その他命令で定める事業又は事務所
 労基法の施行と同時に、労働基準法施行規則(厚生省令第23号)が施行されており、その第1条には、上記労基法第8条第17号を受けて、適用事業が次のように列記されていた。
第一条 労働基準法(以下法という)第八条第十七号の事業又は事務所は、次に掲げるものとする。
一 弁護士、弁理士、計理士、税務代理士、公証人、執行吏、司法書士、代書、代願及び獣医師の事業
二 派出婦会、速記士会、筆耕者会その他派出の事業
三 法第八条第一号乃至第十五号の事業に該当しない法人又は団体の事業又は事務所
 ここに出て来る派出婦会というのは、派出婦会、家政婦会等々の名称で戦前1920年代から拡大し、当時の職業紹介法に定める営利職業紹介事業には該当しないと解されていたが、1938年の改正職業紹介法により労務供給事業の許可制が導入されるとともに、その下で運営されていた事業である。同法に基づく労務供給事業規則の別表様式の所属労務者名簿や労務者供給簿の備考欄には、職種の例として、大工、職夫、人夫、沖仲仕、看護婦、家政婦、菓子職が列挙されており、派出婦会は典型的な労務供給事業であったことが判る。
 労基法が施行された1947年9月1日時点では、なお職業紹介法とそれに基づく労務供給事業規則が生きており、従って派出婦会は全く合法的な事業であった。同時に施行された労基法と同施行規則は一体として、「家事使用人は労基法の適用除外だが、派出婦は適用対象である」という認識を明白に示している。これは、施行当時労働基準局監督課長であった寺本広作著『労働基準法解説』(1948年7月刊)においても、その172ページで家事使用人について次のように述べた後、
 家事使用人についてはこれが女子労働者中に占める割合も多く、その使用関係には封建的色彩の濃厚なものがあるが、その労働の態様は本条に列記された各種事業における労働とは相当異なったものがあってこれを同一の労働条件では律しかねる場合が多い。又先進諸国に於いても家事使用人の労働条件に関する立法例が極めて少ないので、この法律制定の際には幾多の論議を重ねつつ将来の研究問題として残されることになった。
 その数行先で、何のためらいもなくこう述べている。
 命令で定める事業又は事務所としては施行規則の第一条で弁護士弁理士等の自由業、獣医師の事業、派出婦会等の如き派出の事業及び第一号乃至第十五号の事業に該当しない法人又は団体の事業又は事務所が指定された。
 規則第1条に列挙されている多数の事業の中から取り上げた少数の例示にわざわざ「派出婦会」を明記していることからしても、労基法制定担当課長にとって派出婦が家事使用人に該当しないことは明らかなことであったと思われる。
 ちなみに、1947年8月12,13日に東京で開催された労働基準法施行規則案に関する公聴会には、使用者側代表の一人として、東京派出婦会組合も招待されているし、同月15日に大阪で開催された公聴会には、やはり使用者側の出席者として大阪府看護婦会組合が載っている。いずれにおいても規則第1条は全く議論になっていないが、派出婦会がれっきとした使用者であり、そこから派遣される看護婦や家政婦が労働基準法の適用対象であることに対して、行政も労使も誰一人疑問を抱くことのない常識中の常識であったことが窺われる。
注:念のため論じておくと、法第8条の規定ぶりからは、文理解釈として、規則第1条を含む同条の各号列記に該当しつつ家事使用人であることは排除されないとも解しうる。しかしながら、派出婦会というのはほぼ個人営業で、経営者たる会長の外はすべて派出婦であることが一般的であり、かかる解釈は、当該事業において適用対象となるべき労働者のすべてが家事使用人として適用除外となるような事業をわざわざ法文上に規定したと主張することになる。寺本広作がそれに気が付かぬほど愚かであったと主張することは説得的ではない。
 この事態が少し変わったのは、同年12月1日に職業安定法が施行され、翌1948年2月末を以て労働者供給事業が(労働組合以外は)すべて禁止されたことである。これにより、労基則第一条第2号の派出婦会というのは違法の事業となった。しかしながら、当該事業が違法であることは当該事業で働く労働者に労基法が適用されることに何ら影響を及ぼすものではない。そもそも上記寺本名著は派出婦会が違法化された後の1948年7月に刊行されているし、1950年2月に労働基準局長として刊行した『改訂新版』においても、上記記述を一字一句変更していない。家政婦は家事使用人ではないという認識に何の変化もなかったのである。
 
2 労基法の想定する「家事使用人」とは世帯員たる女中である
 
 では、家政婦を含まない「家事使用人」とはいかなるものであったのかを、労基法の立法過程から考察する*1。この柱書の適用除外規定の原型は、1946年4月12日付の第1次案に既に現れているが、その表現はだいぶ違っていた。
○法ノ適用範囲
第一【三】条 本法ハ左ノ各号ノ一ニ該当スル事業ニシテ同一ノ家ニに属セザル者ヲ使用スルモノニ之ヲ適用ス【但シ同一ノ家ニ属スル者ノミヲ使用スル事ニ付テハ此ノ限ニ在ラズ】
 表から書くか裏から書くかの違いはあれ、要するに「同一の家に属する者」であるかどうかで線引きしようとしていた。この用語法が変わるのは、同年10月30日付の第7次案からである。
適用事業の範囲
第七条 この法律は左の各号の一に該当する事業【及事務所(以下事業と称する)】に適用する但し同一【同居】の家に属する者【族】のみを使用する事業【及家事使用人】には適用しない
 この流れから判断すると、それまでの「同一の家に属する者」が、血縁関係のある「同居の家族」と血縁関係のない「家事使用人」に分割されたと考えられる。それまで入っていなかった同一の家に属していないような他人が「家事使用人」としていきなり入り込んできたわけではない。
 これは、主人の世帯の一員とされているか否かによる区分であると考えられる。昭和15年の国勢調査時の「昭和十五年国勢調査ノ事務ニ従事スル者ニ示スベキ申告書記入心得」*1には、「普通世帯トハ住居及家計ヲ共ニスル者ノ集リヲ謂フ」とし、世帯主が記入すべき世帯員として、妻から従兄弟姉妹に至る親族に加えて、同居人、下宿人、女中、小間使、子守、乳母といったものが列挙されている。家政婦はいうまでもなく家計を別にするし、一時的な泊まり込みを除けば住込みではなく通いが普通なので、世帯員には該当しない。
 なお、昭和16年の労務調整令は従業員の解雇や退職、雇入や就職を厳しく制限したものであるが、女中のような「家事使用人」については一世帯につき1人まではその制限から部分的に除外される一方で、家政婦のような「供給従業者」についてはネガティブリスト方式による禁止の対象とされており、両者が全く異なるカテゴリーに属することは常識であった。
 ちなみに、この考え方は現在の国勢調査でも受け継がれており、令和2年国勢調査においても、調査票の「4 世帯主との続き柄」の欄には、「他の親族」の次に「住込みの雇人」という選択肢がある。主人宅に女中部屋があり、そこが住所である女中は、政府全体の認識では戦前から今日に至るまで一貫して主人の世帯の一員であり、「同一の家に属する者」であり、「他の親族」と同一カテゴリーに属する。これに対して、主人宅に住み込んではおらず、原則として「通い」で、場合によっては本件Aのごとく「泊まり込み」をする家政婦は、やはり日本政府全体の認識では一貫して主人の世帯の一員ではなく、「同一の家に属する者」ではなく、国勢調査においても独立の世帯をなすものとして扱われるのである。ちなみに、本判決でAについて繰返し「住込み」と称しているが、1週間足らずの泊まり込みを「住込み」と呼ぶ用語法は日本語として異様である。「住込み」とは世帯内に女中部屋等を用意して中長期的に住み込んでいる者をいうのが常識である。本判決の裁判官は、Aがたまたま泊まり込んでいる1週間足らずの間に国勢調査の調査員が来たら、Aを「住込みの雇人」としてCの世帯員に計上するとでも考えているのであろうか。Aと世帯をなしているXは一人寂しく別の世帯に引き離されるのであろうか。閑話休題。
 
3 派出婦会が看護婦・家政婦職業紹介所となった後の労基法上の地位
 
 上述のように、1947年12月1日に職業安定法が施行され、翌1948年2月末で労働者供給事業がほぼ全面的に禁止される直前の2月7日に職安法施行規則が改正され、「看護婦」が有料職業紹介事業の対象職種に加えられた。これは医療資格職としてというよりは、戦前来「付添婦」という名称で呼ばれていた患者の看護に当る者のことで、現在の介護労働者に相当する。しかし、それ以外の一般家事についてはなお揉め続け、ようやく1951年10月17日に「家政婦」も対象職種に加えられた。これにより、戦前来の派出婦会は看護婦・家政婦紹介所という名称でほぼ同様の事業を継続していけることとなった。「職業紹介」といいながら、その実態は紹介所附属の寄宿舎に多くの家政婦を住まわせ、家庭からの注文を受けて臨時的に派遣しては終わってすぐ戻ってくるというビジネスモデルであって、実態は限りなく労働者供給事業そのものであった。弊害の少ないものまで全面禁止しようとした占領下の過度な政策がもたらした異形の制度である。
 とはいえ、それでビジネスが廻っている限りは当事者にとって問題はない。問題が発生するのは、派出婦会が看護婦・家政婦紹介所になったために、家政婦は派出婦会に所属する労務者ではなく、紹介所は単に第三者として雇用関係の成立を斡旋しているだけということになり、家政婦は紹介先の一般家庭に雇用される労働者ということになってしまったことである。一般家庭に雇用されて家事を行うという点では、本来全く異なる存在であったはずの女中等の「住込みの雇人」と同一の法的地位になってしまう可能性がある。
 実際、その後の労働行政は、家政婦が労基法の適用除外される「家事使用人」であることを前提として進められていく。後述の労災保険の特別加入の対象としたことからもそれは明らかである。しかしながら、その判断が正しいかどうかは再検討する必要がある。
 紹介所によって紹介され一般家庭に雇用される家政婦が家事使用人に該当するという解釈は、家事使用人のメルクマールを単純に一般家庭との雇用関係の存在に求めているところから来る。しかしながら、上記労基法立法過程からすると、家事使用人とは本来「同一の家に属する者」のうち血縁関係のないもの(今日でも国勢調査で世帯員に計上される者)を指していたのであり、一般家庭と雇用関係があっても当該世帯員ではなく他人として通ってきたり、時に泊まり込んだりするだけの者(今日の国勢調査でも独立の世帯をなしている者)は、家事使用人には該当しないという解釈がより適切であると考えられる。
 しかしながら、一般家庭に雇用される家政婦は、労働基準法116条2項により適用除外される家事使用人には該当しないが、同法9条の「労働者」の定義が「職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者」であることから、一般家庭が事業でないと解される限り、同法の適用対象外であると解さざるを得ない。同法10条の「使用者」の定義からも同様の結論が導かれる。
 しかしながら、これは政府が本来労基法の適用対象であった労働者から、(労働者供給事業の禁止を口実として)一方的にその保護を剥奪したことにほかならず、本来それに代わる保護の措置を講ずべき責務があったはずである。しかしながら、労働基準行政、職業安定行政のいずれも、この点を考慮することは全くなかった。むしろ、そもそも問題の所在すら認識することはなかった。
 
4 家政婦が家事使用人であることを前提にした労災保険の特別加入とその保険料支払の矛盾
 
 このように、派出婦会が看護婦・家政婦紹介所となり、派出先の家庭との間に雇用関係が存在するようになっても、家政婦は家事使用人になったわけではないが、一般家庭に労基法の適用要件である事業性が存在しないために、結果的に労基法の適用対象から排除されることとなってしまった。この間の法律関係について、政府の認識はかなり雑駁であり、緻密さに欠ける。
 1988年の解釈通達(基発第150号)は、「個人家庭における家事を事業として請け負う者に雇われて、その指揮命令の下に当該家事を行う者」は家事使用人でないというが、そもそも家事の請負で個人家庭側からの指揮命令がないということが不自然であり、少なくとも労基法施行時に適用事業であった派出婦会が遠く離れた家庭で就労する家政婦に指揮命令をしていたわけはないのであるから(労務供給事業は事業請負ではない)、指揮命令で線引きすることは無意味である。1985年に労働者派遣法が制定された後は、派遣会社に雇用されて一般家庭の指揮命令を受けるビジネスモデルは(政令指定を要するとはいえ)法的に可能となったにもかかわらず、この点を考慮していないこの通達は雑駁であると言わざるを得ない。とりわけ1999年改正でネガティブリスト方式に転換した後は、現実に家事の労働者派遣も法律上可能となっており、有料紹介と請負しか存在しないかの如き本通達がなお現在生き続けていることも、問題意識の欠如を示している。
 一方、2001年3月に家庭内の介護作業が、2018年2月に家事支援作業が、労災保険の特別加入の対象に加えられた。労働行政としては、既に特別加入制度を用意しているのだから、適用除外者であるにもかかわらずそれに加入しない者は対象にならないのは当たり前だと考えたのであろう。しかしながら、そこには大きな落とし穴がある。
 特別加入制度は本来、一人親方や家内労働者のように、そもそも雇用される労働者ではない(個別事案には問題があっても、カテゴリカルには労働者ではない)者について、自営業者たる本人の発意によって自らが保険料を負担して「特別に加入する」制度である。しかしながら、家政婦は労働者性の判断基準からすれば紛うことなく労働者であるものを、上述の如き経緯から法律の適用上除外しているに過ぎない。従って、自営業者本人の発意によって自ら保険料を払って個別に特別加入するという仕組みとは本来的に齟齬がある。
 そのため、家政婦の特別加入の保険料については、特別加入制度の本旨とは矛盾するような仕組みとなっている。すなわち、本来独立自営業者が自らの発意で自分の収入の中から保険料を払うという制度設計であるにもかかわらず、この特別加入においては、有料職業紹介所が求人者から徴収する紹介手数料(11%)に上乗せして、「第二種特別加入保険料に充てるべき手数料」として0.55%を求人者から徴収することとしているのである(職安則別表)。つまり、家事使用人の特別加入の保険料は、その雇用関係の当事者である一般家庭が使用者責任として負担することとなっているのである。複雑怪奇な回り道をしながら、結局使用者たる一般家庭が労災補償責任を保険料という形で負担させていながら、それを紹介所への手数料といういびつな形にせざるを得ないという点に、現在の法的位置づけの無理が露呈しているといえよう。独立自営業者が特別加入出来るのにあえて自らの意思で加入しなかったのとは異なり、家政婦が特別加入するためには、紹介所が上乗せ手数料を求人者から徴収しなければならないのである。いかに紹介所は紹介しているだけだといいながら、実質的には所属している家政婦の労働者供給事業であることを仕組み自体が告白しているような仕組みである。このため、2020年度末における介護作業従事者及び家事支援従事者の特別加入は2,360人に過ぎない(『労災保険事業年報』)。
 ちなみに、紹介所から紹介されてくる家政婦ではない古来の女中型の家事使用人については、そもそも紹介所もなければ紹介手数料も存在せず、従って保険料の徴収のしようもない。労基法施行時に適用除外であった世帯員型家事使用人は、今日においてもなお労災保険に特別加入することができないのであり、労基法施行時に労基法の適用対象であった派出婦会の後身の看護婦・家政婦紹介所の家政婦のみが、その紹介所の発意により実質使用者負担により「特別加入」することができるというねじれた制度になっているのである。
 
5 本来の解決策と当面の弥縫策
 
 以上のように、本件は当事者双方が考えているよりも遥かに深刻な問題を孕んでおり、とりわけ労働行政は自らが過去の経緯を忘却して安易な運用に走ってしまった結果が、このねじれきった事態を招いているのであるから、労働基準法制定当時の法適用状況に復帰させるべきである。既にかつての労務供給事業と同様の法的関係を実現しうる労働者派遣法が存在しているのであるから、本来であれば、有料職業紹介事業という現実と齟齬のある法形式から労働者派遣事業というより実態に即した法形式に移行させ、それにより家政婦を労基法上の労働者として認めるところから出発すべきである。
 とはいえ、既に70年間も有料職業紹介事業として運営されてきており、直ちにそうすることは困難であろう。そこで、当面の対応としては、紹介所が上乗せ手数料を徴収しなかったために特別加入出来ていない家政婦については、使用者が本来支払うべき労災保険料を支払っていなかった労働者について労災給付は行いつつ、使用者に対して滞納保険料を徴収するという仕組みに倣って、労災給付を行いつつ上乗せ手数料を特別加入保険料として事後徴収するというのが穏当な解決方法であろう。
6 労災認定について
 
 なお、Yによる処分理由の追加については省略し、Aの死亡の業務起因性について簡単に論じておく。
 労基法施行時の枠組みでは派出婦会が使用者なのであるから、本件では家事サービスも介護サービスもBの業務であり、当然両業務の労働時間は通算されることになったはずである。
 しかしながら、派出婦会が看護婦・家政婦職業紹介所となった後の労基法上の地位を、一般家庭に雇用される労基法上の労働者になったと考えるならば、家事サービスの使用者はCであり、介護サービスの使用者はBであり、使用者を異にする。そして、複数事業労働者の複数業務要因災害についての労働時間の通算規定が施行された2020年9月1日よりも前に発生した本件においては、両者は一応別々に計算されることになる。
 Bを使用者とする介護業務の労働時間は、判決にあるとおり発症前1週間に31時間30分にとどまるが、Cを使用者とする家事業務の労働時間は、介護+家事業務時間133時間(19時間×7日)から介護業務時間を差引いた101時間30分となる。そこから週法定労働時間40時間を差引いた週61時間30分を月換算すると、月当たり時間外・休日労働時間は272時間強となり、いわゆる過労死認定基準を充たすことになる。
 

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