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2022年11月24日 (木)

家政婦は女中に非ず・・・のはずが・・・@『労基旬報』2022年11月25日号

『労基旬報』2022年11月25日号に「家政婦は女中に非ず・・・のはずが・・・」を寄稿しました。

 去る9月29日、東京地裁はある判決を下しました。訴訟類型は遺族補償給付等不支給処分取消請求事件。よくある労災認定訴訟ですが、普通と違っていたのは、死んだ原告の妻が家政婦だったということでした。当日の東京新聞の記事を引用しますと:
 家事代行の長時間労働の末に亡くなった女性=当時(68)=が過労死だったとして、労災を認めなかった国の処分取り消しを女性の夫(75)が求めていた訴訟の判決で、東京地裁(片野正樹裁判長)は29日、請求を棄却した。労働基準法は家事労働者に適用しないと同法が規定しており、女性が家事をしていた時間は、過重労働かを判断する上での労働時間の算定から省いた。家事サービスのニーズが増える中、多くの担い手が法で守られない状況が放置される。
 労基法は家事労働者には「適用しない」と明記。労働時間の上限規制や死亡時補償などの対象外になっている。ただ、厚生労働省は業者に雇われて家庭に派遣されている場合は対象になるとの通達を出している。
 女性は2015年5月、訪問介護・家事代行サービス会社の斡旋あっせんで、寝たきり高齢者のいる家庭で24時間拘束され、1週間働いた後に急死した。地裁は女性が働いた時間のうち、介護業務は同社に雇われ派遣されて担ったが、家事については家庭との直接契約になっていたと判断。待機時間などを含む1日19時間の業務中、労働時間は家事の時間を算入せず介護業務の4時間30分のみとして、「過重業務していたとは認められない」と結論付けた。
 原告側は裁判で「家事労働者が労基法で守られないのは憲法の『法の下の平等』に反する」として、労基法の規定自体が憲法違反に当たるとも主張したが、地裁は判断を示さなかった。
 原告の夫の代理人の明石順平弁護士は「長時間働いた実態を見ず形式的に介護の時間だけを労災対象と判断した」と批判。夫は「高齢者のため献身的に働いた妻を労働者と認めてほしかった。これからも闘う」として控訴の考えを示した。
 同紙は翌日もこの問題を追及しています。
 長時間の家事労働の末に亡くなった高齢女性について、東京地裁は労災認定をしなかった国の決定を容認し、女性は過労死と認められなかった。全ての労働者を保護するはずの労働基準法の例外規定が、厚い壁となって立ちはだかる。国は問題の放置を続け、現場の働き手から改善を求めて切実な声が高まっている。
 同紙を始めとして、多くの人々はみな、この問題を労基法116条2項の適用除外規定の是非の問題だととらえています。その問題が重要であるのはその通りで、労基法制定時にもその是非が問題になりましたし、1993年5月の労基法研究会報告「今後の労働契約法制等のあり方について」でも、次のようにその見直しが提起されていました。
・・・これについては、近年発展してきたシルバーサービス産業に雇用されるホームヘルパーなど家庭における介護業務を企業が請け負い、その企業に雇用される労働者が家庭において就労する場合については労働基準法の適用があることとの関係等から、現状において、家事使用人であることを理由として、労働条件の基本法である労働基準法を全体として適用除外とするまでの特別の理由は乏しくなってきたと考えられる。・・・労働基準法の適用除外はできる限り少ないことが望ましいことから、家事使用人についての適用除外の規定は廃止することが適当である。その際、就業の場所が家庭であることを踏まえた履行確保のあり方及び家事使用人に係る労働時間に特例を設けることの是非について検討すべきである。
 今後この問題が議論される際にも、それは専らこうした文脈で議論されることになるのでしょう。もちろんそれは間違っているわけではありませんが、実はこの問題には、圧倒的に多くの人々の視野からこぼれ落ちているある側面があるのです。それは、本件のような、家政婦紹介所から紹介されて個人家庭で就労している家政婦というものは、そもそも労働基準法が適用除外している「家事使用人」に該当するのか?という根本問題です。
 意外に思われるかもしれませんが、この適用除外規定がもともと念頭に置いていた「女中」タイプの家事労働者と、今回の方のような「家政婦」タイプの家事労働者とは、もちろんやっている作業自体はほとんど共通ではあるものの、その法的性格は明確に違っており、実は労働基準法は家政婦に対してまで適用除外しようとはしていなかったのではないかと考えられるのです。
 労働基準法の制定過程については詳細に明らかになっていますが、今の家事使用人の適用除外規定の原型は、一番最初の第1次案に既に現れています。ただし、その表現はだいぶ違いました。
第1次案:本法は左の各号の一に該当する事業にして同一の家に属せざる者を使用するものにこれを適用する。
第1次案修正:ただし同一の家に属する者のみを使用する事業についてはこの限りに非ず。
 表から書くか裏から書くかの違いはあれ、要するに「同一の家に属する者」であるかどうかで線引きしようとしていました。この時代にはまだ、住み込みの女中といわれる人々が結構いましたが、彼女らはまさにこの意味での「同一の家に属する者」でした。前近代には下男、下女と呼ばれていたそういう人々と、血縁関係のある家族を一緒にしたカテゴリーが、この「同一の家に属する者」であったと考えられます。
 この用語法が変わるのは、第7次案からです。
第7次案(修正):ただし同居の家族のみを使用する事業及び家事使用人には適用しない。
 この流れから判断すると、それまでの「同一の家に属する者」が、「同居の家族」と「家事使用人」に分割されたと考えられます。それまで入っていなかった同一の家に属していないような他人が「家事使用人」としていきなり入り込んできたわけではないのです。
 この規定ぶりが制定当時の労働基準法第8条柱書に(「家族」が「親族」になりますが)ほぼその形で盛り込まれ、現在は附則に移行してそのまま生きているわけです。
 そして、この「家事使用人」という言葉が、一般家庭と直接雇用契約を締結してその指揮命令を受ける「家政婦」にも適用されるのは当たり前だという理解のもとで、今回の判決に至っているわけです。
 しかし、本当にそうなのか、労働基準法の第1次案から第6次案まで存在していた「同一の家に属する者」というカテゴリーに、女中は当然含まれるとして、家政婦は本当に含まれるのか、というのは、実は疑問の余地があるのです。
 なぜなら、労働基準法とともに施行された労働基準法施行規則第1条には、法第8条の「その他命令で定める事業又は事務所」として、「派出婦会、速記士会、筆耕者会その他派出の事業」というのがあったからです。
 労働基準法施行規則(厚生省令第二十三号)
第一条 労働基準法(以下法という)第八条第十七号の事業又は事務所は、次に掲げるものとする。
一 弁護士、弁理士、計理士、税務代理士、公証人、執行吏、司法書士、代書、代願及び獣医師の事業
二 派出婦会、速記士会、筆耕者会その他派出の事業
三 法第八条第一号乃至第十五号の事業に該当しない法人又は団体の事業又は事務所
 派出婦というのは家政婦のことです。え?家政婦は適用除外される家事使用人じゃないのか?
 つまり、施行当時の労働基準法担当者は、自分らが作った条文に書かれている適用除外の「家事使用人」には、派出婦会から派出(=供給、派遣)されてくる家政婦は含まれていないと認識していたとしか考えられないのです。
 そして、それは労働基準法施行時点では何ら不思議なことではありませんでした。
 今から見れば終戦直後のどさくさで労働組合法やら労働基準法やら職業安定法やらが続々と作られたように見えますが、でもその間には時差があり、労働基準法が施行される直前までは戦前来の工場法が生きていたのであり、職業安定法が施行されるまでは戦前来の職業紹介法が生きていたのです。
 労働基準法の施行は1947年9月です。職業安定法の施行は1947年12月です。その間の3か月間は、労働基準法と職業紹介法が併存していました。つまり、職業紹介法に基づいて労務供給事業規則が存在し、許可を受けた労務供給事業は立派に合法的に存在していたのです。
 そして、1938年に制定された労務供給事業規則の別表1の所属労務者名簿の備考欄には、供給労務者の職種の例として、大工、職夫、人夫、沖仲仕、看護婦、家政婦、菓子職といったものが列挙されていたのです。
 そう、家政婦というのは、労務供給事業者である派出婦会に所属する労務者なのであって、派出される先の一般家庭に所属しているわけではないのです。似たような作業をしているからといって、女中と家政婦をごっちゃにしてはいけないのです。女中は働いている家庭の「同一の家に属する者」、つまり一般家庭に所属する者と認識されていたからこそ、労働基準法が適用除外されているのに対して、家政婦はあくまでも派出婦会から派遣されてきて家事労働に従事しているだけの「他人」なのであって、それゆえに、派出婦会から派遣されてくる家政婦は第8条柱書きの適用除外ではなく、各号列記の一番最後の第17号に基づく省令で定める事業として、立派に労働基準法の適用対象事業になっていたわけです。
 これは何ら問題のない法体系でした。1947年9月から同年11月までの3か月間は。
 ところが、1947年12月から職業安定法が施行され、GHQのコレットさんの強い主張により、弊害のあった労働ボス型の労務供給事業だけではなく、こういう派出婦会みたいなタイプのものも一律に禁止されてしまいました。そうすると、家政婦を使っていた家庭は大変困ってしまいます。
 これは実は職業安定法案を審議する第1回国会でも懸念されていたことでした。そもそも、8月15日の労働委員会で、米窪労働大臣の提案理由説明に続いて、上山顕職業安定局長が説明する中で、自分からこんなことを喋っています。
 次に第四十四條以下に勞働者供給事業について規定がございます。これはただいまの大臣の説明にもございましたように、いろいろ弊害を起しやすい仕事でございますので、原則的には全面的に禁止をいたしておるわけでございます。ただ關係者が自主的な組合をつくりましてやつてまいりたいという場合には、勞働組合の許可を受けさせまして、弊害がないと認めました場合には、無料の勞働者供給事業を認めたいつもりでございます。ことはたとえば、家政婦なんかも勞働者供給事業ということになつているわけでございますが、ただいまのように、営業的にやります家政婦會というようなものは認められないことになります。しかし現在家政婦であつた人たちが集まりまして、組合組織でやつてまいりたいというような場合には、勞働者供給事業ということにはなりますが、特に勞働大臣の許可を受けて認めていこう。こういう考えでございます。なおこの勞働者供給事業が廢止されますと、ただいま關係者が相當おりまして、現にこういう仕事をやつておる際でございますので若干影響は考えられるのでございますが、私たち對策といたしましては、一つはただいま申しました勞働組合法による組合をつくつてやる場合を認めております。
 当時の労働省職業安定局は、派出婦会はみんな労働組合にしてしまえば問題は解決すると思っていたようですが、実際には田園調布家政婦労働組合のように労働組合化したケースも若干はありましたが、大部分は組合化しなかったのです。この問題は尾を引いて、色々揉めたあげく、最終的に特定の職種についてのみ認められていた有料職業紹介事業として認めることで決着しました。
 この結果、ビジネスモデルとしてまごうことなき労務供給事業、すなわち現在でいうところの労働者派遣事業以外の何物でもなかったはずの派出婦会が、職業紹介をしているだけであって、使用者責任はすべて全面的に紹介した先の一般家庭にあるというおかしなことになってしまいました。
 やっている作業は似たようなものであっても、もともと家庭のメンバーである女中とは全く違い、派出婦会のメンバーとして家庭に派遣されてくるはずの家政婦が、女中と何ら変わらないことにされてしまったのです。「他人」だと思っていたらいつの間にか「家族」まがいにされてしまっていたわけですね。
 そして、おそらくこういうやり方で何とか片を付けた人々は全く意識していなかったのでしょうが、その結果として、職業紹介法とそれに基づく労務供給事業規則が存在した時代には、労働基準法施行規則第1条に基づき立派に労働基準法の適用対象であった派出婦会から派遣されてくる家政婦たちが、その派出婦会というのが職業安定法で非合法化されてしまった後は、女中と同じ家事使用人扱いされ、労働基準法の適用から排除されるという憂き目をみることとなってしまったわけです。
 大変皮肉なことに、職業安定法施行規則の有料職業紹介事業の対象職種の各号列記に「家政婦」が追加されたときの通達には、こう書かれていました。
しかして、ここにいう家政婦とは、従来家政婦、派出婦、派遣婦、付添婦等と呼ばれていた家事雑役、患者の雑事世話の仕事に臨時的に雇用される婦人労働者をいうのであって、会社、工場、商店、官署等の雑役、小使及び女中は含まないものである。
・・・看護婦と称して免許のないものを紹介し、あるいは家政婦の職業について許可された者が女中を紹介する等不正な紹介・・・と認める者は直ちに許可を取消し、悪質の違法に対しては告発する。
 家政婦は女中ではないぞ、家政婦と称して女中を紹介したら許さないぞ、と強硬に脅しつけていながら、その実は、それまで雇用上の身分が明確に異なっていた家政婦と女中とを全く同じ法的カテゴリーに放り込んでしまっていた、というこの皮肉が、70年以上経った今日において、ようやくその矛盾を露呈し始めたということかもしれません。
 ちなみに、法的地位ではまったく同じになってしまった女中と家政婦ですが、政府の統計上は全く異なる扱いになっています。5年ごとに行われる国勢調査において、女中に相当する「住込みの雇人」は雇い主の世帯の世帯員であり、まさに「同一の家に属する者」であるのに対して、実質的に家政婦紹介所に属して派遣されてくる家政婦はそうではなく、「民営の職業紹介機関やシルバー人材センターなどの紹介による場合」は「労働者派遣事業所の派遣社員」に当たらないという注意書きの対象です。

 

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