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2022年10月

2022年10月31日 (月)

あっせん、審判、訴訟はほぼ同数3,700件前後@『労務事情』11月1日号

B20221101 『労務事情』11月1日号に「あっせん、審判、訴訟はほぼ同数3,700件前後」を寄稿しました。

https://www.e-sanro.net/magazine_jinji/romujijo/b20221101.html

2001年に個別労働関係紛争解決促進法が施行されて労働局のあっせんが開始され、2006年には労働審判法が施行されて裁判所による労働審判が開始され、既存の民事訴訟と並んでさまざまな雇用紛争処理システムが整備されてきました。労働委員会のあっせんも含めてこれら制度が今日までどれくらい利用されてきているかを振り返ってみましょう。・・・・・

 

 

『法の支配』2022年10月号

34_1000x1414  『法の支配』2022年10月号が届きました。特集は「環境変化の中での労働法の課題」で、わたくしは「新型コロナウイルスと労働政策の課題」という小文を寄稿しています。

https://www.jpnba.or.jp/houshihai/view/30/

第1部の座談会は、山川隆一さんを司会に、島崎量、町田悠生子、水町勇一郎の各氏が意見をぶつけ合っています。

あとは、石崎由希子さんがテレアーク、山下昇さんが雇用調整助成金、鎌田耕一さんがフリーランス、大内伸哉さんがDX、大久保幸夫さんが人材ビジネスという分担です。

特集「環境変化の中での労働法の課題」
〇<巻頭言>諏訪康雄 「遠い夏の思い出から」
第1部 座談会
「環境変化の中での労働法の課題」
 山川隆一/嶋﨑 量/町田悠生子/水町勇一郎
第2部 論文
〇濱口圭一郎「新型コロナウイルスと労働政策の課題」
〇石﨑由希子「テレワークと労働法の諸問題」
〇山下 昇 「緊急対応時の雇用保険制度の機能―雇用調整助成金等を中心に」
〇鎌田耕一 「就業形態の変化とフリーランスの法的保護」
〇大内伸哉 「DXのもたらす影響と労働政策の課題」 
〇大久保幸夫「人材ビジネスと労働市場政策」 
<編集後記>

 

 

 

 

2022年10月30日 (日)

篠田徹・上林陽治編著『格差に挑む自治体労働政策』

08913 篠田徹・上林陽治編著『格差に挑む自治体労働政策 就労支援、地域雇用、公契約、公共調達』(日本評論社)をお送りいただきました。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8913.html

格差や貧困など社会の危機に、良質な事業者を育成し、働く人を下支えして誇りを回復するという視点からの自治体労働政策を考察。

上林陽治さんから今回お送りいただいた本書は、非正規公務員の話ではなく、副題にあるように、就労支援、地域雇用、公契約、公共調達といった自治体独自の労働政策の試みを集約したものです。出発点は、2017年に韓国のソウル市で開催された「ディーセントワークを目指す都市国際フォーラム」で、当時のソウル市の取り組みに触発されながら、日本の各地で行われている様々な動きを紹介しています。

序 地方自治体と労働政策――三つの役割・五つの視点……上林陽治
________________________

第一部 就労支援政策
________________________

第一章 働くことを通じた自立支援 その意味……櫻井純理

第二章 自治体就労支援政策の意義と課題――豊中市の事例……櫻井純理

第三章 自尊感情の回復と中間的就労――釧路市の生活保護自立支援プログラムの取り組み……正木浩司

第四章 「標準」に達することを求めない――秋田県藤里町社会福祉協議会の「活躍支援」という実践……上林陽治

________________________

第二部 地域雇用政策
________________________

第五章 地域就労支援から地域労働市場への対応――豊中市の実践にみる地方版ハローワークの可能性……正木浩司

第六章 グローバル資本主義に対抗する支え合いの経済……原田晃樹

________________________

第三部 公契約・公共調達
________________________

第七章 社会的価値を反映させた公共調達(付帯的政策)の可能性――英国自治体の取り組みからの示唆……原田晃樹

第八章 入札を活用した政策実現――公契約の適正化と政策目的型入札改革……野口鉄平

第九章 公契約条例がめざすもの――制定条例の現状と課題から考える……野口鉄平

第一〇章 公契約条例の実務と理論……斉藤徹史

終章 地域の労働政策・雇用政策を考える――「繋がり支え合って働ける社会」をつくるために……篠田 徹
 

 

 

2022年10月29日 (土)

山本陽大『 解雇の金銭解決制度に関する研究』が日本労働法学会奨励賞を受賞

Dismissal_20221029221901 本日開催された日本労働法学会第139回大会において、山本陽大『 解雇の金銭解決制度に関する研究』が日本労働法学会奨励賞を受賞しました。

https://www.rougaku.jp/contents-taikai/139taikai.html

https://www.jil.go.jp/publication/sosho/dismissal/index.html

我が国における解雇の金銭解決制度の立法化をめぐる議論をドイツ法との比較で考察した学術的体系書

解雇の金銭解決制度というのは、どのような順序で、またどのような点に目配りをしながら議論すべきであるのか。制度導入をめぐる議論全体の"見取り図"を、主にドイツ法との比較検討から提示することを試みた1冊です。

ちょうど、一昨日の労働政策審議会労働条件分科会に、JILPTの労働審判・裁判上の和解の解決金額調査結果が報告されたところでもあり、解雇の金銭解決問題が話題になる時期に、頭の整理にために最も有用な本です。是非お手元に一冊。

なお、上記裁判所の実態調査結果はそのうちに報告書になる予定ですので、その節はまたよろしくお願いします。

 

 

2022年10月27日 (木)

『新入社員に贈る言葉』

Book1943thumb1811x2772662 経団連出版編『新入社員に贈る言葉』(経団連出版)をお送りいただきました。

https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/pub/cat8/46b83d51e3c49abc037cea238f140297404889eb.html

本書は、さまざまな分野の第一線で活躍している50名の方々が、働くとはどういうことか、充実した人生を送るコツは何かなどを、学窓を巣立って社会人となる方々に向けて贈る、励ましの言葉や職場生活へのアドバイスです。
2022年発行の最新版では、スキージャンプ選手の高梨沙羅さん、フラワーアーティストのニコライ・バーグマンさん、日本科学未来館館長の浅川智恵子さん、経団連会長・住友化学会長の十倉雅和さんなどに新たにご登場いただきました。
ジャーナリストの有働由美子さん、指揮者の大野和士さん、いけばな草月流家元の勅使河原茜さん、古美術鑑定家の中島誠之助さん、宇宙飛行士の山崎直子さん、ヴァイオリニストの川畠成道さんなどの多彩な諸先輩が、自分の新入社員のころの思い出や人生経験を踏まえてやさしく語りかけるメッセージの一つひとつは、これからはじまる職場生活への貴重なヒントとなり、ひいては人生の指針となるでしょう。
新入社員へのプレゼントとしてはもちろん、新入社員に向けてのスピーチ作成の参考書としてもご活用いただけます。
 
《掲載者》
高梨沙羅/ニコライ・バーグマン/関口仁子/十倉雅和/サヘル・ローズ/山本篤/浅川智恵子/松尾豊/杉村純子/佐々木俊弥/土井善晴/古市憲寿/豊長雄二/千住 博/佐山展生/大田弘子/coba/山崎直子/松井孝典/ピーター・フランクル/清家 篤/西郷真理子/森田正光/本川達雄/伊丹敬之/茂山七五三/ウェイウェイ・ウー/山田五郎/青木奈緒/大野和士/西垣 通/岸本葉子/松沢哲郎/嵐山光三郎/池野美映/勅使河原茜/石川九楊/中島誠之助/岩松 了/香山リカ/佐伯啓思/米本昌平/川畠成道/ランディー・チャネル宗榮/井原慶子/箭内道彦/藤原美智子/荒俣 宏/小泉武夫/富田 隆

各界のいろんな人々が言葉を贈っていますが、でも新入社員に贈る言葉を、一度も新入社員になったことがなさそうな人々が贈り付けているというのも、なんだかいささかシュールな気がしないでもありません。

そこをちゃんと断ってから言っている人もいますけど、

 わたしは大学院を出てすぐにある大学に就職したので、企業で働いた経験はありません。だからアドバイスなどというものはできないのですが・・・・(佐伯啓思)

いきなり自分の感想を書く人もいて、

 仕事って、RPG(ロールプレイングゲーム)に似ているなあと思います。「ドラゴンクエスト」などのRPGでは、大きな目標を達成するために・・・・(古市憲寿)

新入社員になったことのない人々が新入社員に向けてどんなことを口走っているのかを垣間見るには役に立ちます。

 

 

 

 

 

 

2022年10月24日 (月)

ちづかやの看板@『労基旬報』2022年10月25日号

『労基旬報』2022年10月25日号に「ちづかやの看板」を寄稿しました。

Chidukaya01  労働政策研究・研修機構の一階には労働図書館があり、労働に関する膨大な図書文書資料を集めています。いつも何人かの労働研究者や労働関係ライターの方が資料を探しに来ています。しかしその一角に、図書でも文書でもないある歴史的物件が展示されていることをご存じでしょうか。雑誌を展示してある閲覧室の片隅に、奇妙な木製の看板が無造作に立てかけてあります。「千束屋」と書かれたその看板に関心を向ける人は殆どありませんが、これは実は江戸時代から大正時代まで200年にわたって民営職業紹介事業を営んでいた千束屋(ちづかや)の看板なのです。この看板の裏側には、ひらがなで「ちづかや」という字も書かれています。
Chidukaya02  この看板の横には、小さな字の説明紙が貼ってあります。曰く
 この看板は、日本における職業紹介事業の父とも呼ぶべき故豊原又男翁が収集・所蔵されていたものであり、職業研究所創立10周年を祝って、子息豊原恒男氏(立教大学名誉教授、元職業研究所顧問)より寄贈された。
 千束屋(ちづかや)は享保5(1720)年に創業した「日本最古の口入屋・慶庵の元祖」ともいわれる営利職業紹介業者で、大正10(1921)年に廃業するまで9代200年間、日本橋・芳町で営業していた。・・・・
 尚、この看板は大正14年4月20日、東京府職業紹介所が飯田橋に新築・移転したのを記念して職業紹介事業参考資料展覧会が開催された際陳列されたことがある。
 これで大体のことは分かりますが、もう少し詳しい説明も欲しいところです。そもそもこの看板を所有していた豊原又男氏は、職業紹介関係の著書をいくつも書いていて、その中にはこの「ちづかや」についてのやや詳しい記述もあります。彼の著書『職業紹介事業の変遷』(財団法人職業協会、1943年)から、関係部分を引用しておきましょう。江戸のニュービジネスが勃興していくさまがビビッドに描かれています。
 本邦の奉公人制度は相当古くから行はれてゐたもので、上代の奴婢制度とも相通ずるものと称せられ、奉公なる事実の発生は王朝末期封建制度の萌芽期である庄園制度の発達せる時代に迄及ぶものと言はれているのであるが、其奉公人の媒介周旋を業とするものゝ起原に至つては、之を知るを得ないのである。然るに徳川時代から九代二百余年間之を継続経営してゐたと言はるゝ、我邦最古の口入所とも言はれ慶庵の元祖とまで伝へられた、日本橋芳(よし)町(ちよう)の名物であり旧家である「ちづかや」の由来をお話しして見ようと思ふ。
 「ちづかや」の創業は享保五年で今から数へれば二百二十二年前で大正十年まで之を継続してゐたのであつた。然るに時代の推移とその他の事情とで、歴史的有名であつた「ちづかや」も遂に廃業しなければならなくなつたのである。
 「ちづかや」は独り江戸東京のみでなく、日本全国津々浦々にまで其名が知れ渡つてゐたもので、江戸名所の一つとして数へられ東京新繁昌記に堂々載せられたものであつたのである。
 「ちづかや」の創業は前にも書いた通り享保五年であるが、其初代の主人公は千葉県房州八幡の藪附近の神(し)々(し)廻(ば)村の出身の人で吉右衛門といふ方で、芳町に於ても草分けといはるゝと共に口入業の創始者とも言はれた人であつたのだ。当時江戸で宿屋は馬喰町、慶庵は芳町とさへ相場がきまつて居たもので口入業者発祥の地とも云ふべき有名なものであつた。・・・
 武家屋敷に使はれてゐた仲間とか、陸尺とかいふ武家の奉公人を人入元締又人入稼業とも云はれてゐた。彼の有名なる一世の侠客花川戸の幡随院長兵衛などの一派が之をやつていたが、料理屋とかそばやなどの一般商家の奉公人は寄子宿の親方といふのがあつて雇主の便を計つて居り、又一般の奉公人は雇主の生国から之を呼び寄せることを普通としてゐたのであつて、当時奉公人を求めることが容易でなかつたことに着眼したのが、「ちづかや」の初代主人で口入所を芳町に設けたのが始めてゞある。
 併し開業当初の頃には商家などでは矢張り依然として従来の習慣を墨守して、地方故郷から女中や下女、下男等を連れよする者が多く、申込者も頗る少なかつたとの事であるが、幸ひにも堺町とか葺屋町などに芝居小屋が設けらるる様になり、漸次繁昌するに従ふれ芝居茶屋などで若衆達が手不足となり雑役婦としてお茶屋の注文が多くなると共に、世間にも知れ渡り便利なものとして利用する者が多くなるに至つたのであつた。
 勿論「ちづかや」の出来た当時には現代とは異なり、広告とか新聞などあつた訳でもなし、又習慣として奉公人は国許からといふことゝ又生身の人々を世話すると言ふことは随分苦心もしなければならないからといふので、依頼も求職者の集りも思ふ様に行かなかつたとのことであつた。
 そこで主人は一家をたて之が宣伝を工夫したのであつて其の方法は、芝居茶屋からの臨時雇人の注文のあつたのを利用することで、雨降りなどの時に観客の家に傘や下駄を取りに行くやうな時には、「ちづかや」の名を入れた傘を持たせてやつたり或は「ちづかや」の名前を左官に吹聴させたりなどしたのが効を奏し、あんな正直な人を世話する家であるならば、権助やお鍋などの世話をして貰つても大丈夫だらうと云はるゝ様になり、だんだん世間から信用を増すやうになつて来たといふ。所謂宣伝の効果で斯業に宣伝の重要なることは今も昔も同じことゝ思はれる。
 処が彼の水野越前守の御改革で芝居道が一時衰微したので困るかとも思ふたのであつたが、その時には基礎も出来求人求職も多数となり、芝居ものなどの世話をせずとも済むやうになり、田舎から金を拾ひに江戸へ出て来る辛抱人は、何れも芳町の「ちづかや」に行けば飯も喰へると押しかけるので、広い店先も田舎出の奉公人志望の者で、夜の明けぬうちから押すな押すなの状態を呈したのであつた。従つて「ちづかや」では毎日十数人の番頭が高い台に上つて求人の申込帳と首ツ引で声をからして誰がしさんは何処げ、誰れさんは何処へといふ風に、求職を分配就職せしむるのであつて、一枚の小札に雇入先の住所氏名を記入して之を持参せしむることは、恰も今日の紹介所が紹介状を交付するのと同様である。而かもその光栄を江戸自慢の錦絵となつて売出さるゝといふ様に一種の人気商売ともなつたのである。
 其所で之を見た江戸子連もこんなうまい商売はないと気付いたので、千葉県人の神々廻氏に請ふて店を分けて貰ふようになり芳町は軒並に口入所町と化したのであつた。慶庵は芳町といふ評判の起つたいはれである。当時「ちづかや」に次ぐの店といへば富士屋、上総屋、千葉屋、立花屋、東屋、大阪屋などであつたが、その後大黒屋といふのが明治維新間際になつて出来たのもあつた。今でも以上の屋号で口入屋をやつているものもあるやうであるが、夫れは大抵以上の分れででもあると思はれる。
 「ちづかや」の紹介で下女、下男、丁稚、小僧などに奉公をした人々の中でも、随分出世して立派な商人となり女主人や主婦となつたものも、日本橋、銀座通りなどで相当沢山にあるとのことであるが、何れも奉公人上り或は小僧上りだなどと言はるるのを嫌い、之を秘して居らるるものも少くないとのことである。
 之れは約三十年近く前のことであり既に故人となられた神田区の選出市会議員であり且つ弁護士としても有名であつた斎藤孝治氏の如きも苦学時代に「ちづかや」の手により奉公され、成功された一人であつたのみならず、同氏は生前には毎年盆暮には「ちづかや」を訪問せられて、昔忘れぬ物語などされたものであると、主人は常に涙を流さぬまでに同氏の行為を喜んでゐたとのことである。此他之に類するものも沢山にあるのであるが、今一つの例として「ちづかや」が親元となり一流料理店の養子となり後には主人に迄成功された人もあるという実話である。・・・・
 豊原翁の昔話はまだまだ続きますが、これくらいにしておきましょう。ちなみに、この千束屋の名前は「百川」や「化け物使い」などの江戸落語の世界でもよく出てきます。
 こういった民営職業紹介事業は、1920年代以降次第に厳しい規制下に置かれるようになり、遂には事業そのものが禁止されるに至ります。その立法史の詳細については拙著『日本の労働法政策』の第1章「労働力需給調整システムに記述しましたが、基本的には公共無料の職業紹介事業のみを正当と考え、有料営利の民営職業紹介事業を敵視した国際労働機構(ILO)の累次の条約・勧告の思想的影響の下に、国内法においても規制・禁止を強めていったのです。
 まず1919年のILO失業に関する第2号条約、第1号勧告に基づき、原敬内閣時の1921年に職業紹介法が制定され、その規定に基づき1925年に加藤高明内閣の若槻礼次郎内務大臣の下で発せられた営利職業紹介取締規則により、許可制の下厳しい取締が行われました。
 その後1933年にはILOの有料職業紹介所条約(第34号)・同勧告(第42号)が採択され、条約の効力発効後3年以内に有料職業紹介所を廃止することを求め、例外として特別の状態の下に行われる職業に従事する種類の労働者についてのみ認めるという厳格な姿勢を打ち出しました。日本は同条約を批准はしませんでしたが、その後の法政策は基本的にそれに沿ったものでした。
 近衛文麿内閣時の1938年に職業紹介法は全面改正され、その第2条に「人ト雖モ職業紹介事業ヲ行フコトヲ得ズ」と明記されました。もっとも、直ちに全廃することは困難ということで、附則第21条に「本法施行ノ際現ニ行政官庁ノ許可ヲ受ケ有料又ハ営利ヲ目的トスル職業紹介事業ヲ行フ者ハ命令ノ定ムル所ニ依リ引続キ其ノ事業ヲ行フコトヲ得」という経過措置は認められましたが、これはあくまでも、既に許可を得ている紹介業者に対するお目こぼし措置なので新規の許可はありません。
 この厳格な姿勢をさらに強化したのが、戦後片山哲内閣時の1947年に制定された職業安定法です。同法は「何人も、有料で又は営利を目的として職業紹介事業を行つてはならない。但し、美術、音楽、演芸その他特別の技術を必要とする者の職業に従事する者の職業を斡旋することを目的とする職業紹介事業について、労働大臣の許可を受けて行う場合は、この限りでない」と規定し、経過措置は3か月に限りました。こうして、特別の職業でない普通の労働者向けの有料職業紹介事業、江戸時代以来の奉公人の紹介に対応するサラリーマンの紹介というのは、ほぼ完全に禁止されるに至ったわけです。町を歩いて目に付く民営紹介所といえば、看護婦家政婦紹介所とか、マネキン紹介所、モデル紹介所といった極めて特殊な世界のものだけになったのです。
 こうして20世紀半ばに規制・禁止の極限まで振れた民間人材ビジネスに対する姿勢が、その後20世紀後半に徐々に緩和されていき、1997年の民間雇用仲介事業に関するILO181号条約・188号勧告は、正面から民間職業仲介事業を認めるとともに、労働者保護を強調する方向に転じました。ちなみに、私はこの条約勧告が審議された1997年6月のILO総会に出席し、三者構成の議場の中に座って、政策が大きく動いていくさまを目の当たりにしていました。この新条約の精神に基づき、1999年に職業安定法が大改正され、それまでの原則禁止のポジティブリスト方式が、原則自由のネガティブリスト方式に転換しました。その後民間人材ビジネスは隆盛を極め、江戸の落語に「ちづかや」が登場するように、小説に「リクナビ」が 登場するようになりました。その中で、求人情報の的確性や個人情報の保護といった新たな問題点が指摘され、かつてとは違った観点からの新たな規制が模索されつつあります。今月から施行された2022年改正職業安定法による募集情報提供事業への規制はその一里塚と言えます。今年は規制の出発点となった職業紹介法が制定されてから101年になります。改めて労働力需給調整システムの歴史を振り返るにはいい時期なのかも知れません。
 なお、JILPT労働図書館では来る11月18日から来年1月20日までの間、「職業紹介と職業訓練 -「千束屋」看板と豊原又男- (仮)」という企画展示を予定しております。是非労働図書館まで足を運んでいただき、この「ちづかや」の看板を見ていただければ、天国の豊原又男翁も喜ぶのではないでしょうか。
 

 

2022年10月23日 (日)

権丈善一・権丈英子『もっと気になる社会保障』

611474 権丈善一・権丈英子『もっと気になる社会保障』(勁草書房)をお送りいただきました。

https://www.keisoshobo.co.jp/book/b611474.html

社会保障政策は最大規模の公共政策であり、国民経済と国民生活の現在と未来を左右するものである。社会保障政策の舵取りはどうあるべきか。改革の青写真を論じ続けている著者が来るべき制度改革への指針を示す良質のガイド。既刊『ちょっと気になる~』シリーズ姉妹編として、「社会保障」をめぐるより深い知識と視点に導く一書。

「ちょっと気になる」シリーズの最新刊かと思いきや、よく見ると「もっと気になる」でした。

しかも、表紙にある「へのへのもへじ」と「へめへめしこじ」がずらりと7人も並んでいて壮観です。

この本はたぶん、権丈夫妻のはじめての共著じゃないでしょうか。タイトルは「社会保障」ですが、中身は年金、医療介護、労働、税などなど盛りだくさんです。

はじめに,そして勤労者皆保険の話
 『ちょっと気になる社会保障』から『もっと気になる社会保障』へ
 社会保障をめぐる環境の変化
 書名など
 労働力希少社会を迎えて
 勤労者皆保険について
 社会保険の適用除外が非正規雇用,格差,貧困を生む

拙著文献表

年 金

第1章 不確実性と公的年金保険の過去,現在,未来観
 将来不安という人間の恐怖を制御してきた制度の進化
 資本主義と不確実性
 公的年金保険の制度設計
 1954年改革──日本の公的年金の原点を創る
 国民皆年金へ
 1985年改革──基礎年金の導入
 1994年,2000年改革における支給開始年齢の引き上げ
 2000年年金改革の挫折から2004年改革へ
 人生100年時代における公的年金保険に向けて
 最後に──頑強で,堂々としていて,壊しがたいもの

第2章 働き方の変化と年金制度,そしてライフプラン
 働き方改革──日本型「同一労働同一賃金」へ
 女性労働
 非正規雇用と被用者保険の適用拡大
 高齢期雇用
 テレワークと柔軟な働き方
 働き方の変化と年金制度,そしてライフプラン

第3章 令和時代の公的年金保険に向けて
 「不確実」という言葉に込めた意味
 年金,社会保障と税
 社会保障と一般会計の関係
 次期年金改革について
 公的年金保険を取り巻く環境の変化
 公的年金の負担と給付の構造
 社会保障の在り方を規定する価値,目標の比重が変わる
 植樹のような意識で

第4章 日本の労働市場における被用者保険適用拡大の意義
 要 旨
 はじめに
 被用者保険の適用拡大と日本の非正規雇用の特徴
 被用者保険の適用拡大の展開
 おわりに

医療と介護

第5章 コロナ禍の今,日本医療の特徴を考える──この国の医療の形はどのように生まれたのか
 公的所有主体の欧米,私的所有主体の日本
 占領期にGHQが与えた影響
 独立後,高度成長期の医療政策はどうなったか
 取り組まれている医療提供体制の改革

第6章 日本医師会は,なぜ任意加入なのか
 1945年終戦
 1946年
 GHQと日本医師会の齟齬
 波乱の1946年11月,日本医師会第6回臨時総会
 「任意設立・任意加入」体制確立──1946年12月9日改組委員会第1回会合
 1947年は特殊法人を断念して社団法人へ

第7章 日本の医療政策,そのベクトルをパンデミックの渦中に考える
 医療政策におけるある種の法則
 内生的医療制度論
 内生的医療制度と医療費
 政策形成過程までもが内生的に変化
 議論が求められる課題までもが変化してきている
 今後とも追加的な財源が必要となる医療と介護

第8章 社会的共通資本としての地域医療連携推進法人
 ほっこりする文章
 2013年の社会保障制度改革国民会議の頃の議論
 競争から協調へ
 社会的共通資本としての地域医療連携推進法人
 制度というのは進化するもの

第9章 かかりつけ医という言葉の誕生と変遷の歴史
 「かかりつけ医」という言葉の誕生
 かかりつけ医から,かかりつけ医機能へ
 厚労省におけるかかりつけ医機能の用法
 かかりつけ医機能とかかりつけ医
 新しく生まれた「かかりつけの医師」と再定義された「かかりつけ医機能」
 かかりつけ医機能とプライマリ・ケア

労 働

第10章 育児休業制度の歴史的歩みと現在
 はじめに
 育児休業法の成立
 育児休業制度の拡充
 育児休業の取得状況と課題
 おわりに

第11章 最低賃金制度の歴史的歩みと現在
 最低賃金制度の確立
 最低賃金引き上げへ
 最低賃金に関する経済学の考え方
 最低賃金に関する最近の国際的動向

税の理解

第12章 日本人の租税観
 維新の元勲の租税観
 国民負担って変じゃないか?

政策論としての社会保障

第13章 国民経済のために,助け合い支え合いを形にした介護保険を守ろう
 話題其の壱
 話題其の弐
 話題其の参
 話題其の四
 話題其の五
 話題其の六
 話題其の七
 サービス経済と医療福祉
 将来の介護労働・医療福祉需要
 非情な市場と対峙する助け合いを形にした制度
 介護と財政

第14章 再分配政策の政治経済学という考え方
 第1回 民主主義はどのように機能しているのか
 第2回 経済成長と医療,介護の生産性
 第3回 将来のことを論ずるにあたっての考え方
 第4回 分配問題と価値判断
 第5回 社会保障の再分配機能
 第6回 手にする学問によって答えが変わる

第15章 制度,政策はどのように動いているのか
 物心ついた頃から? の問題意識
 政府とは
 『君主論』に学ぶ望ましい政策とは
 為政者の保身
 力と正しさ

未来に向けた社会保障

第16章 今後の子育て・両立支援に要する財源確保の在り方について
 負担する人たちに,どう納得してもらうか
 なぜ,子育て支援連帯基金が考えられるのか?
 子育て支援連帯基金,2017年からのその後
 子育て支援連帯基金の財源候補

第17章 総花的な「公的支援給付」が生まれる歴史的背景
 プライバシーの自由と生存権保障インフラ
 バタフライ・エフェクト其の壱「日本型軽減税率」
 バタフライ・エフェクト其の弐「グリーンカード」
 マイナンバーは社会保障ナンバーに育ちうるのか

第18章 日本の社会保障,どこが世界的潮流と違うのか──カンヌ受賞作に見るデジタル化と所得捕捉
 映画『わたしは,ダニエル・ブレイク』に思うもの
 イギリスにおける行政のデジタル化と貧困救済策
 就労しても給付が減らない仕組み
 本当に困っている人がわからない日本
 就労福祉と最低賃金制度の組み合わせ効果
 マイナンバーの社会保障ナンバー化を拒むもの

おわりに

知識補給
 WPPを知らないのは,もういいだろう,放っておいて
 社会保険における高所得層の包摂
 医療政策を取り巻く政治環境の変化
 公的年金の創設,拠出制か無拠出制か?
 年金財政検証が用いる新古典派成長モデルの特徴
 ロマンとして生まれた国民皆年金
 いわゆる「支給開始年齢の引き上げ」と将来の給付水準の引き上げ
 「支給開始年齢の引き上げ」まわりの見せかけの相関
 ワーク・ライフ・バランス憲章の総括について
 終身保険は民間でなく公的となる理由
 医療政策で「需要」と「ニーズ」を使い分ける理由
 内生的医療制度論という話,再び
 医師・患者関係と「患者の責務」規定
 日本の医療,固有の歴史的特徴と政策課題との関係
 医療情報の共有化を遮るもの
 終末期の医療をめぐるこの十数年の大きな変化──いかに生きるかの問題へ
 好事例か,それとも創造的破壊者か
 成長はコントローラブルなものなのだろうか
 高齢者は経済の宝,社会保障で地方創生は可能──「灌漑施設としての社会保障」という考え方
 気質と理屈,どっちが先か?
 どうして,連帯基金?
 年金積立金を用いた国民皆奨学金制度の合理性

どの章もお二人が最近あちこちに書いた文章で、例によって権丈節は健在ですが、一冊の本としてのまとまりは若干薄いかも知れません。

英子さんの方の書いた第2章「働き方の変化と年金制度,そしてライフプラン」には、

・・・hamachanブログでも有名な濱口桂一郎氏の論考を見ますと・・・

という一節が出てきて、ドキッとします。

 

 

 

2022年10月21日 (金)

正社員の初任給に最低賃金が迫るのは異常事態なのか?

いや別に、筆者の溝上さんやメディアのビジネスインサイダーに文句をつけているというよりも、それを「異常事態」だと脊髄反射的に感じてしまう日本人の「常識」に疑問を呈したいのです。

https://www.businessinsider.jp/post-260734(正社員の初任給に「最低賃金が迫りつつある」異常事態。このままでいいのか?)

・・・正社員の給与が上がらない日本だが、今や行政が主導する「最低賃金の引き上げ」が、正社員の賃金の上昇を上回り、最低賃金に応じて給与を引き上げるという事態すら起きている。

・・・それだけではない。上がらない賃金を象徴する異常な事態も発生している。正社員の賃金を非正規主体の法定最賃が徐々に追い上げているのだ。

・・・もちろん最賃アップの影響を受ける社員の中には大企業の非正規社員も含まれているが、正社員の中で最も影響を受けているのが高卒初任給だ。

たぶんここまで読むと、ほとんどの読者はなんていう異常事態だ、と思うでしょう。

でも、これに続けて溝上さん自身が書く通り、この事態は日本で最低賃金が始まった頃の業者間協定時代の状況なのです。

・・・そもそも日本の最低賃金制度は1959年、当時多かった中卒初任給の最低額を決定する業者間協定方式の法制化に由来する。

・・・つまり最賃の出発点は中卒初任給を下回らないとする、まさに最低の賃金水準だった。ところが今や高卒初任給が最賃を下回るという60年前の状況に逆戻りしているのだ。まさに異常事態というしかない。

それを異常事態だと認識するということは、そもそも正社員とパート・アルバイト等非正規労働者とは隔絶しているべきであり、正社員の最低クラスも非正規のベテランよりもずっと高給であるべきだと、無意識のうちに思い込んでいるということでもあります。

いかに均等だの均衡だのいったところで、根っこにそういう思い込みがある以上、同一労働同一賃金なるスローガンが空疎な看板でしかないのはあまりにも当然のことといえましょう。

最低賃金法が出来た60年前は、政府の国民所得倍増計画が同一労働同一賃金による職務給の導入を唱道していた時代でもあります。

当時の最低賃金は、中卒初任給と臨時工の両方を睨むような存在でした。

その時代のごく普通の感覚を異常としてしか認識し得ないような長い年月を、われわれ日本人は過ごしてきたということがよく分かります。

もちろん、日本の賃金が30年間上がらないでいることの異常性はきちんと論じられるべきですが、それを「正社員の初任給に最低賃金が迫る異常事態」という回路でしか認識できないとすれば、そのこと自体の異常性にも気が付いた方がいいのではないかという気もします。

 

 

 

 

 

 

 

2022年10月19日 (水)

首藤若菜『雇用か賃金か 日本の選択』

 9784480017550 首藤若菜さんより『雇用か賃金か 日本の選択』(筑摩選書)をお送りいただきました。

https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480017550/

クビか、賃下げか。生産が縮小する時、労使は究極の選択を迫られる。今も日本はクビにしにくい国なのか? 国際比較と国内調査から、雇用調整の内実に迫る。

第1章と第2章は、コロナ禍で苦境に立たされた航空業界について、日本の全日空と欧米の各社での対応の違いを細かく調査分析して示しています。また第4章は長期衰退作業である百貨店の対応の姿を描いています。

前者は、ともすれば制度的な枠組みだけの議論に終わりがちな私たちにとって大変示唆的ですし、後者はともすればステレオタイプな議論で割り切りがちなものの細部にどんな意外な神が宿っているかを教えてくれます。

たとえば、第4章の百貨店の事例では、「日本の長期雇用は本籍主義である」と定式化したうえで、

・・・なお、かつて正社員のみに適用されてきたこうした長期雇用は、百貨店のケースを見る限り、今日では非正社員も対象となっている。・・・・無期雇用に転換し、組合に加入した非正社員は、たとえ勤務先が閉鎖しても、本人が希望する限り、勤務地や勤務先を変更させながら、雇われ続けている。雇用契約には勤務先が限定されていても、契約を更新させながら、メンバーシップに包摂されている。・・・・

と興味深い指摘をしています。

 

倉重公太朗編集代表『HRテクノロジーの法・理論・実務』

000010001 倉重公太朗編集代表『HRテクノロジーの法・理論・実務』(労務行政)をお送りいただきました。

https://www.rosei.jp/store/book/10001

これ、執筆陣がなかなかすごいです。

労務行政研究所 編 / 編集代表 倉重 公太朗(KKM 法律事務所 代表弁護士)
執 筆 者  今野浩一郎(学習院大学 名誉教授)
     岩本 隆(慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授)
     宇野禎晃(厚生労働省人材開発統括官付参事官) 
     酒井雄平(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー)
     丸吉香織(ソニーピープルソリューションズ株式会社)
     伊達洋駆(株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役)
     小島武仁(東京大学マーケットデザインセンター センター長)
     今村謙三・小田原悠朗(東京大学マーケットデザインセンター 特任研究員)
     江夏幾多郎(神戸大学経済経営研究所 准教授)
     藤本 真(労働政策研究・研修機構 主任研究員)
     白石紘一(東京八丁堀法律事務所 弁護士) 

我々にとっては当然、最後の第5章の法的視点が関心があるのですが、その前のいろんな章も大変興味深いです。とりわけ、第4章解説1の「マッチングアルゴリズムによる社内の最適配置」は、日本的な雇用システムの世界で従業員と部署のマッチングをどう考えるかというなかなかにスリリングな話を扱っています。

序章 人事管理にとってのHRテクノロジーの意義と活用ポイント

   学習院大学 名誉教授 学習院さくらアカデミー長 今野浩一郎

第1章 HRテクノロジー活用を巡る潮流と方向性

解説1  HR テクノロジー活用の潮流 

     慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授 岩本 隆

解説2  デジタル人材の育成に関する厚生労働省の取り組み 

     厚生労働省人材開発統括官付参事官(人材開発政策担当) 宇野禎晃

第2章 先進企業の取り組み事例

事例1  リコージャパン:データ分析と統計に基づく「科学的人事」と、多彩な HR テックツールの導入を進める

事例2  LINE:社内情報のタイムリーな可視化や分析を実現すべく、人事データを一元化。ピープルアナリティクスの PDCA を回す基盤を整備

事例3  NEC:360 度アセスメントデータの分析を軸に従業員エンゲージメント向上に向けたナレッジ獲得に取り組む

第3章 HRマネジメントの高度化を促す人事データの活用・分析

解説1 データやテクノロジーを武器にした、ビジネスインパクトをもたらす人事への進化 

    デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー 酒井雄平

解説2 働く体験価値を高める人事データ活用

    ソニーピープルソリューションズ株式会社 People Intelligence and Experience Lab 丸吉香織

解説3 人事課題解決に向けた組織サーベイの活用

    株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役 伊達洋駆

第4章 HRテクノロジーと人材の育成・活用

解説1  マッチングアルゴリズムによる社内の最適配置

     東京大学経済学部 教授

     東京大学マーケットデザインセンター センター長 小島武仁
     東京大学マーケットデザインセンター 特任研究員 今村謙三

     東京大学マーケットデザインセンター 特任研究員 小田原悠朗

解説2  データと感覚を両にらみする人事管理

     神戸大学経済経営研究所 准教授 江夏幾多郎

解説3  人材育成・能力開発におけるHR テクノロジーの活用
     労働政策研究・研修機構 主任研究員 藤本 真

第5章 法的視点から見るHRテクノロジー活用の課題と留意点

解説1 労働法視点から見た HR テクノロジー活用

    KKM 法律事務所 代表弁護士 倉重公太朗

解説2  HR テクノロジーと職業安定法―雇用仲介サービスに係る法的留意点

    東京八丁堀法律事務所 弁護士 白石紘一

解説3  個人情報保護法視点から見た HR テクノロジー活用

     ひかり総合法律事務所 弁護士 板倉陽一郎

 

 

浜田敬子『男性中心企業の終焉』

Img_24a7de58e335efa61ae5fab08b2c0cc06035 浜田敬子さんから『男性中心企業の終焉』(文春新書)をいただきました。文春新書で女性問題といえば、かつて『働く女子の運命』なんて本を書いた奴もいましたなあ、と思っていると、「おわりに」の最後に、

・・・私がウェブメディアに書いた記事を読んで書籍化の話を持ちかけてくれた文藝春秋の鳥嶋七実さんには、二十年あまりの取材を振り返りまとめる貴重な機会をいただきました。

とあって、おお、これも鳥嶋さん担当の女性本でしたか。

浜田さんは朝日新聞に入社後、AERA編集長として活躍した後、ネットメディアのビジネスインサイダーの編集長を務め、今はフリーですが、朝日時代の自らの働き方を振り返りつつ描き出す日本の労働社会の絵図は痛切です。

なお、本書には『文藝春秋オピニオン2023年の論点100』のミニチラシが挟まっていますが、こちらは11月7日発売予定だそうです。

 

 

 

HRアワード2022

昨日、日本の人事部主催のHRアワード2022の表彰式というのがあり、『ジョブ型雇用社会とは何か』が書籍部門の優秀賞を受賞しました。

https://hr-award.jp/

https://hr-award.jp/prize.php

2022年10月18日、日本の人事部「HRアワード2022」の表彰式を執り行いました。各賞の受賞者13組、選考委員らが表彰式に出席。受賞者に順番に壇上にお上がりいただき、選考委員会から賞状と楯を贈呈しました。ご投票いただいた皆さま、また、すべての関係者の皆さま、誠にありがとうございました。 後日、式の様子を伝える動画を公開いたします。ご期待ください。

Hraward2022winner

 

2022年10月13日 (木)

安藤優子『自民党の女性認識-「イエ中心主義」の政治指向』書評

71oxatttlml-1 例によって月一回の『労働新聞』の書評コラムですが、今回は安藤優子『自民党の女性認識-「イエ中心主義」の政治指向』(明石書店)です。

https://www.rodo.co.jp/column/138093/

 安藤優子という著者名に聞き覚えのある方は多いだろう。テレビ朝日やフジテレビのニュースキャスターとして長年活躍してきた彼女は、一念発起して上智大学大学院に入学し、博士号を取得した。その博士論文が本書である。彼女は1958年生まれで筆者と同年齢。つまり均等法以前の世代であり、初めは男性司会者に「うなずく」アシスタントという役割から、政治の現場を取材し、メインキャスターを務めるようになる中で、政治家の、とりわけ自民党の女性認識に問題意識を持つようになったことがその背景にある。
 この手の議論ではだいたい、伝統的な価値観が残存しているため云々という話になるのだが、彼女は意外なところに目をつける。1970年代後半から1980年代にかけての時期の自民党政権の思想的再編成に着目するのだ。この着目は、筆者の労働政策の時代区分とみごとに一致する。それまでの高度成長期における欧米ジョブ型社会を理想像とする近代化主義がやんわり否定され、それよりも優れたモデルとして日本的な集団主義(あるいはむしろ「間柄主義」)が称揚され、封建的だと否定的なまなざしを向けられがちだった「イエ社会」原理が、欧米よりも競争力の高い日本の強さの源泉として賞賛されるようになった時代だ。
 労働政策においては、この転換は労働力流動化政策から雇用維持・社内育成重視政策への転換として現れたが、社会保障政策においては日本型福祉社会論、すなわち福祉の基盤は家庭であり、主婦が「家庭長」として外で働く男性を支え面倒を見、余った時間はせいぜいパートとして働くというモデルの称揚として現れた。彼女が引用する自民党研修叢書『日本型福祉社会』(1979年)には、「このような日本型社会の良さと強みが将来も維持できるかどうかは、家庭のあり方、とりわけ『家庭長』である女性の意識や行動の変化に大いに依存している。簡単にいえば、女性が家庭の『経営』より外で働くことや社会的活動にウエートを移す傾向は今後続くものと思われるが、それは人生の安全保障システムとしての家庭を弱体化するのではないか」といった記述が頻出する。皮肉なことに、国連の女性差別撤廃条約が成立し、男女均等法に向けた動きが始まるこの時期に、性別役割分業論を宣明する政策文書が作成され、それが配偶者特別控除やパート減税、第3号被保険者等に結実していくことになる。
 一方政治の世界では、それまでの派閥解消を掲げる政党近代化論が「古臭い」と否定され、派閥という「大イエ」の連合体としての自民党こそが日本型多元主義の現れとして称揚される。曰く「日本の保守党は、日本社会の組織的特質にしっかりと立脚した個人後援会-派閥-政党というゆるやかな組織原則を堅持するべきだ」(グループ1984年「腐敗の研究」)。そして、この時期に再確立した「イエ中心主義」が、いまや国会議員の過半数を占める二世三世などの血縁による議席継承を生み出していると説くのである。本書の後半はこの観点からの自民党議員のキャリアパス分析なのだが、ここの評価は人によってさまざまであろう。個人的にはかなり疑問がある。むしろ、同じ共産党一党独裁でありながらソ連と異なり共産党幹部二世の「太子党」が政治権力を握る中国との比較があってもよいのではないかと感じた。

2022年10月12日 (水)

ジョブ型・メンバーシップ型とプログラマー

こういう呟きがあったんですが、

https://twitter.com/ka_ka_xyz/status/1580021814230937600

このあたり、濱口圭一郎的な「メンバシップ型雇用下では社員の職種転換でプログラム需要に対応したため報酬体系もそのまま。米国的なジョブ型雇用下ではプログラマというジョブとそれに応じた報酬体系が生まれた」みたいな説明の方がしっくりきそうな。

ジョブ型社会では、プログラミングという新たな仕事が生み出されると、それを専門に行うプログラマーという職種が生み出され、そういう新たな職種の労働者を、その仕事をしてもらう必要のある企業が自ら雇用して、プログラマーというジョブに対応するプログラマーのペイを払って、社内ニーズ向けのプログラミングの仕事をやらせるという形で組み込んだのに対し、

メンバーシップ型社会では、社員は一律平等かつ配転前提なので、社内にプログラマーという専門のジョブを確立することは困難。なので、そういう専門家は社外において、社内ニーズ向けの開発も社外への業務請負という形で活用する。実質的には社内業務なのに請負にしているので指揮命令がどうとかこうとか変な問題が生じるし、アジャイルにも対応しにくい。他方、社内の人は下請の監督役になってしまう、ということではないのかと思います。

この業界には詳しくないので誤解しているかも知れませんが、メンバーシップ型の弊害の一つは、社内化すると処遇を同じにしなければいけないので、本来社内に置くべき仕事をわざと社外化して、しかし実質社内みたいに指揮命令して問題化するというパターンが多いことだと思っています。

 

 

 

2022年10月11日 (火)

公立学校教師の労働時間をめぐる判決の矛盾@WEB労政時報

WEB労政時報に「公立学校教師の労働時間をめぐる判決の矛盾」を寄稿しました。

 公立学校の教師の労働時間問題に関しては、もう3年近く前になりますが、2019年12月24日付けの本欄で取り上げたことがあります。
 そこでその経緯を若干詳しく解説した「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(=給特法)をめぐって、昨年から今年にかけて世間の注目を集めた判決が出ました。埼玉県の私立小学校の教師であった原告は、時間外労働に対する割増賃金の支払を求めて訴えた埼玉県事件でした。さいたま地裁の判決が2021年10月1日、東京高裁の控訴審判決が2022年8月25日に出され、現在最高裁に上告中です。
 この事件では、原告側の理屈の立て方がひとひねりされていました。・・・・

 

2022年10月 8日 (土)

家政婦(派出婦)は女中ではない・・・・はずなのに

例の家政婦の労災問題は、労働基準法の家事使用人の適用除外がけしからんという風に議論されています。そういう意見も分かるのですが、実は、この規定がもともと念頭に置いていた「女中」タイプの家事労働者と、今回の方のような「家政婦」タイプの家事労働者とは、もちろんやっている作業自体はほとんど共通ではあるものの、その法的性格は微妙に違っており、実は労働基準法は家政婦に対してまで適用除外しようとはしていなかったのではないかと考えられるのです。

労働基準法の制定過程については詳細に明らかになっていますが、今の家事使用人の適用除外規定の原型は、一番最初の第1次案に既に現れています。ただし、その表現はだいぶ違いました。

第1次案:本法は左の各号の一に該当する事業にして同一の家に属せざる者を使用するものにこれを適用する。

第1次案修正:ただし同一の家に属する者のみを使用する事業についてはこの限りに非ず。

表から書くか裏から書くかの違いはあれ、要するに「同一の家に属する者」であるかどうかで線引きしようとしていました。「同一の家に属する者」というのは、古代語では家つ子(=やつこ)、中世語では「家の子(郎党)」と呼ばれる血縁関係のないものも含めた拡大家族的な「イエ」の構成員ということです。

この時代にはまだ、住み込みの女中といわれる人々が結構いましたが、彼女らはまさにこの意味での「同一の家に属する者」でした。

そういう家の子と、血縁関係のある家族を一緒にしたカテゴリーが、この「同一の家に属する者」であったと考えられます。

この用語法が変わるのは、第7次案からです。

第7次案(修正):ただし同居の家族のみを使用する事業及び家事使用人には適用しない。

この流れから判断すると、それまでの「同一の家に属する者」が、「同居の家族」と「家事使用人」に分割されたと考えられます。それまで入っていなかった同一の家に属していないような他人が「家事使用人」としていきなり入り込んできたわけではないのです。

そして、この規定ぶりが制定当時の労働基準法第8条柱書に(「家族」が「親族」になりますが)ほぼその形で盛り込まれ、現在は附則に移行してそのまま生きているわけです。

そして、この「家事使用人」という言葉が、一般家庭と直接雇用契約を締結してその指揮命令を受ける「家政婦」にも適用されるのは当たり前だという理解のもとで、今回の判決に至っているわけです。

しかし、本当にそうなのか、労働基準法の第1次案から第6次案まで存在していた「同一の家に属する者」というカテゴリーに、女中は当然含まれるとして、家政婦は本当に含まれるのか、というのは、実は疑問の余地があるのです。

なぜなら、労働基準法とともに施行された労働基準法施行規則第1条には、法第8条の「その他命令で定める事業又は事務所」として、「派出婦会、速記士会、筆耕者会その他派出の事業」というのがあったからです。

労働基準法施行規則(厚生省令第23号)

第一条 労働基準法(以下法という)第8条第17号の事業または事務所は次に掲げるものとする。

一 (略)

二 派出婦会、速記士会、筆耕者会その他派出の事業

三 (略)

派出婦というのは家政婦のことです。え?家政婦は適用除外される家事使用人じゃないの?

つまり、施行当時の労働基準法担当者は、自分らが作った条文に書かれている適用除外の「家事使用人」には、派出婦会から派出(=供給、派遣)されてくる家政婦は含まれていないと認識していたとしか考えられないのです。

そして、それは労働基準法施行時点では何ら不思議なことではありませんでした。

今から見れば終戦直後のどさくさで労働組合法やら労働基準法やら職業安定法やらが続々と作られたように見えますが、でもその間には時差があり、労働基準法が施行される直前までは戦前来の工場法が生きていたのであり、職業安定法が施行されるまでは戦前来の職業紹介法が生きていたのです。

労働基準法の施行は1947年9月です。職業安定法の施行は1947年12月です。その間の3か月間は、労働基準法と職業紹介法が併存していました。つまり、職業紹介法に基づいて労務供給事業規則が存在し、許可を受けた労務供給事業は立派に合法的に存在していたのです。

そして、1938年に制定された労務供給事業規則の別表1の所属労務者名簿の備考欄には、供給労務者の職種の例として、大工、職夫、人夫、沖仲仕、看護婦、家政婦、菓子職といったものが列挙されていたのです。

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そう、家政婦というのは、労務供給事業者である派出婦会に所属する労務者なのであって、派出される先の一般家庭に所属しているわけではないのです。

似たような作業をしているからといって、女中と家政婦をごっちゃにしてはいけないのです。女中は働いている家庭の「同一の家に属する者」、つまり一般家庭のメンバーシップを有するものと認識されていたからこそ、労働基準法が適用除外されているのに対して、家政婦はあくまでも派出婦会から派遣されてきて家事労働に従事しているだけの「他人」なのであって、それゆえに、派出婦会から派遣されてくる家政婦は第8条柱書きの適用除外ではなく、各号列記の一番最後の第17号に基づく省令で定める事業として、立派に労働基準法の適用対象事業になっていたわけです。

これは何ら問題のない法体系です。1947年9月から11月までは。

ところが、1947年12月から職業安定法が施行され、GHQのコレットさんの強い主張により、弊害のあった労働ボス型の労務供給事業だけではなく、こういう派出婦会みたいなタイプのものも一律に禁止されてしまいました。

これは実は職業安定法案を審議する第1回国会でも懸念されていたことでした。そもそも、8月15日の労働委員会で、米窪労働大臣の提案理由説明に続いて、上山顕職業安定局長が説明する中で、自分からこんなことを喋っています。

次に第四十四條以下に勞働者供給事業について規定がございます。これはただいまの大臣の説明にもございましたように、いろいろ弊害を起しやすい仕事でございますので、原則的には全面的に禁止をいたしておるわけでございます。ただ關係者が自主的な組合をつくりましてやつてまいりたいという場合には、勞働組合の許可を受けさせまして、弊害がないと認めました場合には、無料の勞働者供給事業を認めたいつもりでございます。ことはたとえば、家政婦なんかも勞働者供給事業ということになつているわけでございますが、ただいまのように、営業的にやります家政婦會というようなものは認められないことになります。しかし現在家政婦であつた人たちが集まりまして、組合組織でやつてまいりたいというような場合には、勞働者供給事業ということにはなりますが、特に勞働大臣の許可を受けて認めていこう。こういう考えでございます。なおこの勞働者供給事業が廢止されますと、ただいま關係者が相當おりまして、現にこういう仕事をやつておる際でございますので若干影響は考えられるのでございますが、私たち對策といたしましては、一つはただいま申しました勞働組合法による組合をつくつてやる場合を認めております。

当時の労働省職業安定局は、派出婦会はみんな労働組合にしてしまえば問題は解決すると思っていたようですが、実際には田園調布家政婦労働組合のように労働組合化したケースも若干はありましたが、大部分は組合化しなかったのです。この問題は尾を引いて、色々揉めたあげく、最終的に特定の職種についてのみ認められていた有料職業紹介事業として認めることで決着しました。

この結果、ビジネスモデルとしてまごうことなき労務供給事業、すなわち現在でいうところの労働者派遣事業以外の何物でもなかったはずの派出婦会が、職業紹介をしているだけであって、使用者責任はすべて全面的に紹介した先の一般家庭にあるというおかしなことになってしまいました。

やっている作業は似たようなものであっても、もともと家庭のメンバーである女中とは全く違い、派出婦会のメンバーとして家庭に派遣されてくるはずの家政婦が、女中と何ら変わらないことにされてしまったのです。「他人」だと思っていたらいつの間にか「家族」まがいにされてしまっていたわけですね。

そして、おそらくこういうやり方で何とか片を付けた人々は全く意識していなかったのでしょうが、その結果として、職業紹介法とそれに基づく労務供給事業規則が存在した時代には、労働基準法施行規則第1条に基づき立派に労働基準法の適用対象であった派出婦会から派遣されてくる家政婦たちが、その派出婦会というのが職業安定法で非合法化されてしまった後は、女中と同じ家事使用人扱いされ、労働基準法の適用から排除されるという憂き目をみることとなってしまったわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人自営業者の団体交渉権ガイドライン

去る9月29日に、EUの競争当局(日本の公正取引委員会に相当)が、正式に「一人自営業者の労働条件に関しEU競争法の労働協約への適用ガイドライン」を策定しました。

https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_22_5796

昨年12月に、プラットフォーム労働条件指令案と一緒にガイドライン案が提案されたときに紹介しており、拙著『新・EUの労働法政策』でもその概要を解説しているので、それほど目新しいわけではありませんが、例のFNV事件EU司法裁判決で沸き起こった問題に、一応の決着が付けられたということになります。

The European Commission has adopted today its Guidelines on the application of EU competition law to collective agreements (‘Guidelines') regarding the working conditions of solo self-employed people. The Guidelines clarify when certain self-employed people can get together to negotiate collectively better working conditions without breaching EU competition rules.

欧州委員会は本日、一人自営業者の労働条件に関しEU競争法の労働協約への適用に関するガイドラインを採択した。ガイドラインは一定の自営業者がEU競争ルールに抵触することなくより良い労働条件を集団的に交渉することができる場合を明確化している。

Executive Vice-President for a Europe Fit for the Digital Age and Commissioner for Competition, Margrethe Vestager, said: “Solo self-employed people in the digital economy and beyond may not be able to individually negotiate good working terms and therefore may face difficult working conditions. Getting together to collectively negotiate can be a powerful tool to improve such conditions. The new Guidelines aim to provide legal certainty to the solo self-employed people by clarifying when competition law does not stand in the way of their efforts to negotiate collectively for a better deal." 

デジタル担当副委員長兼競争担当委員のマルグレーテ・ヴェスティガーは、「デジタル時代の一人自営業者は個別に良い労働条件のために交渉することはできず、それゆえ困難な労働条件に直面している。集団的に交渉することはかかる条件を改善するうえで強力なツールである。新たなガイドラインは、競争法がより良いディールに向けて集団的に交渉する努力を邪魔しない場合を明確化することによって、一人自営業者の法的確実性を提供することを目指している」と述べた。

 

2022年10月 4日 (火)

EU最低賃金指令本日採択

本日の閣僚理事会で、EUの最低賃金指令が最終的に採択されたようです。

https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2022/10/04/council-adopts-eu-law-on-adequate-minimum-wages/

The Council of the EU today gave its final green light to a directive that will promote the adequacy of statutory minimum wages and thus help to achieve decent working and living conditions for employees in Europe.

数日後にEU官報に掲載されると思われます。私の私訳:

EU最低賃金指令

欧州連合における十分な最低賃金に関する欧州議会と理事会の指令(2022/ )

第1章 総則

第1条 主題
1 欧州連合における労働生活条件、とりわけ上方への社会的収斂に貢献し、賃金の不平等を縮小するため、労働者にとっての最低賃金の十分性を改善する観点で、本指令は次の枠組みを設定する。
(a) まっとうな生活労働条件を達成する目的で法定最低賃金の十分性、
(b) 賃金決定における団体交渉の促進、
(c) 国内法及び/又は労働協約により規定される最低賃金保護の権利へ労働者の有効なアクセスの向上。
2 本指令は労使団体の自治を全面的に尊重するとともに、その団体交渉し労働協約を締結する権利を妨げない。
3 条約第153条第5項に従い、本指令は最低賃金の水準を設定する加盟国の権限、労働協約に規定する最低賃金保護へのアクセスを促進するために法定最低賃金を設ける加盟国の選択を妨げない。
4 本指令の適用は、団体交渉の権利を全面的に遵守するものとする。本指令のいかなる部分も、次のことを義務付けるものと解釈されてはならない。
(a) 賃金決定がもっぱら労働協約を通じて確保されている加盟国に対して、法定最低賃金を導入すること、
(b) いかなる加盟国に対しても、労働協約の一般的拘束力を付与すること。
5 国際労働機構の理事会によって承認された合同海事委員会又は他の機関が定期的に設定する船員最低賃金に関する措置を実施する加盟国の立法には第2章は適用しない。かかる立法は団体交渉の権利及びより高い最低賃金水準を採択する可能性を妨げない。

第2条 適用範囲
 本指令は、欧州連合司法裁判所の判例法を考慮しつつ、各加盟国で効力を有する法律、労働協約又は慣行で定義される雇用契約又は雇用関係を有する欧州連合内の労働者に適用される。

第3条 定義
 本指令においては、次の定義が適用される。
(1) 「最低賃金」とは、公的部門も含めた使用者が、所与の期間中に、遂行された労働に対して、労働者に支払うよう求められる、法律又は労働協約によって決定された最低報酬をいう。
(2) 「法定最低賃金」とは、適用される規定の内容について当局にいかなる裁量の余地もない一般的拘束力を付与された労働協約によって決定された最低賃金を除き、法律又はその他の拘束力ある法的規定によって決定された最低賃金をいう。
(3) 「団体交渉」とは、加盟国の国内法及び慣行に従って、一方において使用者、使用者の集団又は一若しくはそれ以上の使用者団体、他方において一又はそれ以上の労働組合との間で、労働条件及び雇用条件を決定するために発生するすべての交渉をいう。
(4) 「労働協約」とは、一般的拘束力を有するものも含め、国内法及び慣行に従いそれぞれ労働者と使用者のために交渉する能力を有する労使団体によって締結される労働条件及び雇用条件に関する規定に関する書面による合意をいう。
(5) 「団体交渉の適用範囲」とは、次の比率で算定されるところの国レベルの労働者に占める労働協約が適用される者の割合をいう。
(a) 労働協約が適用される労働者の数、
(b) その労働条件が、国内法及び慣行に従い労働協約によって規制される労働者の数。

第4条 賃金決定に関する団体交渉の促進
1 団体交渉の適用範囲を拡大し、賃金決定に関する団体交渉権の行使を容易にする目的で、加盟国は労使団体を関与させつつ、国内法と慣行に従って、次の措置をとるものとする。
(a) とりわけ産業別又は産業横断レベルにおいて、賃金決定に関する団体交渉に関与する労使団体の能力の構築及び強化を促進すること、
(b) 労使団体が賃金決定に関する団体交渉に関してその機能を遂行するために適当な情報にアクセスできるという対等の立場で、両者間における賃金に関する建設的、有意味で情報に基づく交渉を奨励すること、
(c) 適当であれば、賃金決定に関する団体交渉権の行使を保護し、労働者や労働組合代表に対して賃金決定に関する団体交渉に参加し又は参加しようとしたことを理由とするその雇用に関する差別から保護ための措置をとること、
(d) 賃金決定に関する団体交渉を促進する目的で、適当であれば、団体交渉に参加し又は参加しようとする労働組合及び使用者団体に対して、その設立、運営又は管理において互いに又は互いの代理人若しくは構成員によるいかなる干渉行為からも保護する措置をとること。
2 これに加えて加盟国は、団体交渉の適用率が80%未満である場合には、労使団体に協議して又は労使団体との合意により、団体交渉の条件を容易にする枠組みを導入するものとする。これら加盟国はまた、労使団体に協議した後に、労使団体との合意により又は労使団体の共同要請に基づき労使団体間の協定により、団体交渉を促進する行動計画を策定するものとする。この行動計画は、労使団体の自治を最大限に尊重しつつ、団体交渉の適用率を段階的に引き上げる明確な日程表と具体的な措置を規定するものとする。この行動計画は定期的に再検討され、必要があれば労使団体に協議した後に、労使団体との合意により又は労使団体の共同要請に基づき労使団体間の協定により更新するものとする。いかなる場合でも少なくとも5年に1回は再検討するものとする。この行動計画及びそのすべての更新版は公表され、欧州委員会に通知されるものとする。

第2章 法定最低賃金

第5条 十分な法定最低賃金の決定手続き
1 法定最低賃金を有する加盟国は、法定最低賃金の決定及び改定の必要な手続きを設けるものとする。かかる決定及び改定は、まっとうな生活条件を達成し、在職貧困を縮減するとともに、社会的結束と上方への収斂を促進し、男女賃金格差を縮小する目的で、その十分性に貢献するような基準に導かれるものとする。加盟国はこれらの基準を国内法によるか権限ある機関の決定によるか又は三者合意により定めるものとする。この基準は明確なやり方で定められるものとする。加盟国は、各国の社会経済状況を考慮して、第2項にいう要素も含め、これら基準の相対的な重要度について決定することができる。
2 第1項にいう国内基準は、少なくとも以下の要素を含むものとする。
(a) 生計費を考慮に入れて、法定最低賃金の購買力、
(b) 賃金の一般水準及びその分布、
(c) 賃金の成長率、
(d) 長期的な国内生産性水準及びその進展。
3 本条に規定する義務に抵触しない限り、加盟国は追加的に、適当な基準に基づきかつ国内法と慣行に従って、その適用が法定最低賃金の減額につながらない限り、法定最低賃金の自動的な物価スライド制を用いることができる。
4 加盟国は法定最低賃金の十分性の評価を導く指標となる基準値を用いるものとする。このため加盟国は、賃金の総中央値の60%、賃金の総平均値の50%のような国際的に共通して用いられる指標となる基準値や、国内レベルで用いられる指標となる基準値を用いることができる。
5 加盟国は、法定最低賃金の定期的かつ時宜に適した改定を少なくとも2年に1回は実施するものとする。第3項にいう自動的な物価スライド制を用いる場合には少なくとも4年に1回とする。
6 各加盟国は法定最低賃金に関する問題について権限ある機関に助言する一またはそれ以上の諮問機関を指名又は設置し、その機能的な運営を確保するものとする。

害6条 変異及び減額
1 加盟国が特定の労働者集団に対して異なる法定最低賃金率又は法定最低賃金を下回る水準にまで支払われる賃金を減少させる減額を認める場合には、加盟国はこれら変異及び減額が非差別と比例性(合法的な目的の追求を含む)の原則を尊重するよう確保するものとする。
2 本指令のいかなる部分も、加盟国に法定最低賃金の変異や減額を導入する義務を課すものと解釈されてはならない。

第7条 法定最低賃金の決定及び改定における労使団体の関与
 加盟国は、法定最低賃金の決定及び改正において、第5条第6項にいう諮問機関への参加及びとりわけ次の事項を含め、意思決定過程を通じた審議への自発的参加を提供する適時かつ効果的な方法で、労使団体の関与に必要な措置をとるものとする。
(a) 第5条第1項、第2項及び第3項にいう法定最低賃金の水準の決定と、自動物価スライド制がある場合にはその確立と修正のための基準の選択及び適用、
(b) 法定最低賃金の十分性の評価のための第5条第4項にいう指標となる基準値の選択及び適用、
(c) 第5条第5項にいう法定最低賃金の改定、
(d) 第6条にいう法定最低賃金の変異及び減額の確立、
(e) 法定最低賃金の決定に関与する機関及び他の関係当事者に情報を提供するためのデータの収集及び調査と分析の遂行の双方に関する決定。

第8条 法定最低賃金への労働者の効果的なアクセス
 加盟国は、労使団体の関与により、労働者が適切に効果的な法定最低賃金保護(適当であればその強化と執行を含め)にアクセスすることを促進するために、次の措置をとるものとする。
(1) 労働監督機関又は法定最低賃金の施行に責任を有する機関によって行われる効果的、比例的で非差別的な管理及び現地監督の提供、
(2) 法定最低賃金を遵守しない使用者に狙いを定め追及するための訓練と指導によるガイダンスによる施行機関の能力向上。

第3章 通則

第9条 公共調達
 EU公共調達指令(2014/24/EU、2014/25/EU、2014/23/EU)に従い、加盟国は公共調達又は営業権の授与及び遂行において、事業者及びその下請事業者が、賃金に関して適用される義務、EU法、国内法、労働協約又はILOの結社の自由と団結権条約(第87号)及び団結権と団体交渉権条約(第98号)を含む国際的な社会労働法規定によって確立した社会労働法分野における団結権及び賃金決定に関する団体交渉権を遵守するよう確保する適切な措置をとるものとする。

第10条 監視とデータ収集
1 加盟国は、最低賃金保護を監視するために効果的なデータ収集用具を確保する適切な措置をとるものとする。
2 加盟国は次のデータおよび情報を2年ごとに、報告年の10月1日までに、欧州委員会に報告するものとする。
(a) 団体交渉の適用範囲の比率と進展、
(b) 法定最低賃金については、
(i) 法定最低賃金の水準及びその適用される労働者の比率、
(ii) 既存の変異と減額の説明及びその導入の理由とデータが入手可能であれば変異の適用される労働者の比率。
(c) 労働協約によってのみ規定される最低賃金保護については、
(i) 低賃金労働者に適用される労働協約によって設定される最低賃金率又は正確なデータが責任ある国内機関に入手可能でなければその推計、及びそれが適用される労働者の比率又は正確なデータが責任ある国内機関に入手可能でなければその推計、
(ii) 労働協約が適用されない労働者に支払われる賃金水準及びその労働協約が適用される労働者に支払われる賃金水準との関係。
 一般的拘束力宣言を受けたものも含め、産業別、地域別及び他の複数使用者労働協約については、加盟国は第10条第2項第(c)号(i)にいうデータを報告するものとする。
 加盟国は、本項にいう統計及び情報を、できる限り性別、年齢、障害、企業規模及び業種によって区分集計して提供するものとする。
 最初の報告は国内法転換年に先立つ3年間を対象とするものとする。加盟国は国内法転換日以前に入手可能でなかった統計及び情報を除外することができる。
3 欧州委員会は第2項にいう報告及び第4条第2項にいう行動計画において加盟国から送付されたデータと情報を分析するものとする。同委員会はそれを2年ごとに欧州議会と理事会に報告し、同時に加盟国から送付されたデータと情報を公表するものとする。

第11条 最低賃金保護に関する情報
 加盟国は、法定最低賃金保護とともに一般的拘束力を有する労働協約の定める最低賃金に関する情報(救済制度に関する情報を含む)が、必要であれば加盟国が決定する最も関連する言語によって、包括的かつ障害者を含め容易にアクセス可能な仕方で一般に入手可能とするように確保するものとする。

第12条 不利益取扱い又はその帰結に対する救済と保護の権利
1 加盟国は、適用される労働協約で規定される特別の救済及び紛争解決制度に抵触しない限り、雇用契約が終了した者も含む労働者が、法定最低賃金に関する権利又は国内法若しくは労働協約でその権利が規定されている最低賃金保護に関する権利の侵害の場合において、効果的で適時かつ中立的な紛争解決及び救済の権利にアクセスすることを確保するものとする。
2 加盟国は、労働組合員又はその代表者を含む労働者及び労働者代表が、使用者からのいかなる不利益取扱いからも、また使用者に提起した苦情又は国内法若しくは労働協約でその権利が規定されている最低賃金に関する権利の侵害の場合に法令遵守を求める目的で提起したいかなる手続から生じる不利益な帰結からも保護するに必要な措置をとるものとする。

第13条 罰則
 加盟国は、本指令の適用範囲内の権利及び義務が国内法又は労働協約に規定されている場合、当該権利及び義務の侵害に適用される罰則に関する規則を規定するものとする。法定最低賃金のない加盟国においては、これら規則は労働協約の執行に関する規則に規定される補償又は契約上の制裁への言及を含むか又はそれに限定することができる。規定される罰則は効果的で比例的かつ抑止的であるものとする。

第4章 最終規定(略) 

2022年10月 3日 (月)

岸田文雄は池田勇人の夢を見るか または 職務給の見果てぬ夢

本日の読売新聞に、「年功給から「職務給」移行」という記事が出ています。

https://www.yomiuri.co.jp/economy/20221003-OYT1T50001/

 政府が月末に策定する総合経済対策のうち、「新しい資本主義」にかかわる施策の概要がわかった。職務を明確にして専門性や能力を重視する「ジョブ型」雇用の普及に向け、仕事内容で賃金が決まる「職務給」の採用を促す。日本で長年続いてきた年功制の雇用形態からの移行を図る。
 近く開かれる「新しい資本主義実現会議」(議長・岸田首相)で取りまとめる。
 賃金について、日本企業では年功制の「職能給」を採用するケースが多い。中長期的に賃金水準を引き上げるため、働き方や給与形態を見直す姿勢を明確にする。成長分野に人材が移りやすくするため、副業を認める企業名を公表するほか、転職を積極的に受け入れる企業への支援を強化する。
 こうした施策の具体的な進め方について、政府と経済界が来年6月までに指針を策定する。

先週土曜にニューヨーク証券取引所での発言を受けて書いたことが急速に進んでいるようです。

これは、実は同じ広島県出身の宏池会の大先輩の池田勇人元首相時代の国民所得倍増計画で力説されていた話の62年ぶりの復活でもあるのですが、さてどうなりますか。

07101940_559fa1188fd9f ・・・・労務管理制度も年功序列的な制度から職能に応じた労務管理制度へと進化して行くであろう。それは年功序列制度がややもすると若くして能力のある者の不満意識を生み出す面があるとともに、大過なく企業に勤めれば俸給も上昇してゆくことから創意に欠ける労働力を生み出す面があるが、技術革新時代の経済発展を担う基幹的労働力として総合的判断に富む労働力が要求されるようになるからである。企業のこのような労務管理体制の近代化は、学校教育や職業訓練の充実による高質労働力の供給を十分活用しうる条件となろう。労務管理体制の変化は、賃金、雇用の企業別封鎖性をこえて、同一労働同一賃金原則の浸透、労働移動の円滑化をもたらし、労働組合の組織も産業別あるいは地域別のものとなる一つの条件が生まれてくるであろう。

ちなみに、旧日経連もこの当時は同一労働同一賃金原則に基づく職務給を唱道していました。

71iuiopdlel ・・・賃金の本質は労働の対価たるところにあり、同一職務労働であれば、担当者の学歴、年齢等の如何に拘わらず同一の給与額が支払われるべきであり、同一労働、同一賃金の原則によって貫かるべきものである。・・・職務給の本質は、同一価値労働同一賃金原則の近代的賃金原則を企業内における各職種の質的相違に対する経営としての一定の秩序付けに応じて賃金の適正な差異を設定し、全体として均衡のとれた賃金体系を確立するところにある。・・・その職務をどの程度に且つどの位遂行する能力なり、また実際遂行したかという労働能力と労働成果-従業員としての労働力の担い手の内容に対する評価は含まれていない。

 

 

 

2022年10月 2日 (日)

家政婦が家庭の直接雇用となった原因は・・・

一昨日の続きです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2022/09/post-a8cff7.html(再掲:「家事使用人の労働基準法」@『労基旬報』8月25日号)

今回の件のいささか不思議というかおそらく多くの人の腑に落ちにくい点は、同じ家事労働に従事していても、企業に雇われてそこから家庭に派遣されて就業していたら労働基準法が、それ故労災保険法も適用される労働者なのに、家庭に直接雇われていたら労働基準法が、それ故労災保険法も適用除外されてしまうという点ではないでしょうか。

法理論的にはいろいろ議論があるところだと思いますが、実はそもそも家政婦が家庭の直接雇用であるということ自体が、歴史上の偶然がもたらしたものだという面があるのです。

家政婦という職種は、終戦直後に対象職種に追加されて以来ずっと職業安定法に基づく有料職業紹介事業の対象です。職業紹介ということは、民営紹介所は仲介をしているだけであり、雇用主はいうまでもなく紹介先の家庭ということになります。

この法律構成を前提とすると、立法論的には議論はあり得ても、民営紹介所によって紹介された家政婦は労働基準法の適用除外される家庭の直接雇用者だといわざるを得ません。

Fvcq2vsuuaas9a4 しかし、これはもう13年も前に出した『新しい労働社会』の中でやや詳しく論じたように、家政婦は元々戦前は労務供給事業、つまり戦後の労働者供給事業であり、今日の労働者派遣事業でもって運営されていたのです。それが、終戦直後占領軍の厳命で労働者供給事業がほぼ完全に禁止されてしまい、どうにか逃げ道を見つけ出そうとして、無理矢理有料職業紹介事業にしてしまったのです。

臨時日雇い型有料職業紹介事業
 もう一つ、実態として極めて登録型派遣事業に近いのが、家政婦、マネキン、配膳人といった臨時日雇い型の有料職業紹介事業です。これらにおいても、求職者は有料職業紹介所に登録し、臨時日雇い的に求人があるつど就労し、終わるとまた登録状態に戻って、次の紹介を待ちます。ところが、こちらは職業紹介という法的構成を取っているため、就労のつど紹介先が雇い入れてフルに使用者になります。実態が登録型派遣事業と同様であるのに、法的構成は全く逆の方向を向いているのです。これは、占領下の政策に原因があります。
 もともと、これらの職種は戦前は労務供給事業で行われていました。ただし、港湾荷役や建設作業のような労働ボス支配ではなく、同職組合的な性格が強かったと思われます。ところが、これらも職業安定法の労働者供給事業全面禁止のあおりを受けて、弊害はないにもかかわらず禁止されてしまいました。一部には、労務供給業者が労働組合になって供給事業を行うケースもありました(看護婦の労働組合の労働者供給事業など)が、労働組合でなくてもこの事業を認めるために、逆に職業紹介事業という法的仮構をとったのです。
 しかしながら、これも事業の実態に必ずしもそぐわない法的構成を押しつけたという点では、登録型派遣事業と似たところがあります。最近の浜野マネキン紹介所事件(東京地裁2008年9月9日)に見られるように、「紹介所」といいながら、紹介所がマネキンを雇用して店舗に派遣したというケースも見られます。マネキンの紹介もマネキンの派遣も、法律構成上はまったく異なるものでありながら、社会的実態としては何ら変わりがないのです。その社会的実態とは労働者供給事業に他なりません。
 このように、登録型労働者派遣事業、労働組合の労働者供給事業、臨時日雇型有料職業紹介事業を横に並べて考えると、社会的実態として同じ事業に対して異なる法的構成と異なる法規制がなされていることの奇妙さが浮かび上がってきます。そのうち特に重要なのは、事業の運営コストをどうやってまかなうかという点です。臨時日雇い型有料紹介事業では法令で手数料の上限を定めています。労働組合の労働者供給事業は法律上は「無料」とされていますが、組合費を払う組合員のみが供給されるわけですから、実質的には組合費の形で実費を徴収していることになります。これと同じビジネスモデルである登録型派遣事業では、派遣料と派遣労働者の賃金の差額、いわゆる派遣マージンがこれに当たります。正確に言えば、法定社会保険料など労働者供給事業や有料職業紹介事業では供給先や紹介先が負担すべき部分は賃金に属し、それ以外の部分が純粋のマージンというべきでしょう。この結果明らかになるのは、派遣会社は営利企業であるにもかかわらず、臨時日雇い型紹介事業と異なり、その実質的に手数料に相当する部分について何ら規制がないということです。派遣元が使用者であるという法律構成だけでそれを説明しきれるのでしょうか。

念のため、戦前は労務供給事業であったということの証拠を見せておきましょう。1938年の労務供給事業規則の別表ノ1所属労務者名簿の備考欄に、職種の例として、大工、職夫、人夫、沖仲仕、看護婦、家政婦、菓子職といったものが列挙されています。

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つまり、看護婦や家政婦は労務供給事業による供給労働者だったのであり、つまり今日的にいえば人材派遣事業による派遣労働者だったのです。

ところが、GHQの厳命で労働者供給事業は全面禁止され、その後なんとか生き残ろうとする旧業者たちの必死の陳情の結果、ごく少数の職種だけは認められていた有料職業紹介という抜け道を使って、この戦前以来の業態が再生されることになったのです。

とはいえ、やってることは戦前来の労務供給事業そのままでした。それこそ、数年前に放送されていた市原悦子主演の「家政婦は見た」に描かれているように、紹介所といいながら家政婦たちを紹介所に住まわせて、派遣依頼を受けるつど家庭に派遣して、紹介料金を受け取り、その中から手数料をさっ引いて家政婦に給料を払うというビジネスモデルを長年続けてきたのです。

この点は最近批判を受けて変わりましたが、問題はむしろ、元のやり方の方が本来の姿だったんじゃないのか、そしてそれこそ、家政婦の雇用主は家庭なんじゃなくて、世を忍ぶ仮の姿で紹介所ですと言い続けてきているけれども、その実は戦前来の労務供給事業であるとすると、労働基準法の適用除外である家庭の直接雇用なんじゃないのではないか、という問題につながっていくのです。

そして、意外に思われるかもしれませんが、(直接家庭に雇われた)家事使用人を労働基準法の適用除外にしているその当の労働基準法自身が、戦前来の労務供給事業で派出された家政婦は労働基準法の適用対象であると考えていたらしいのです。

これは、上のリンク先の論考の最後のところで述べましたが、

労働基準法とともに施行された労働基準法施行規則第1条には、法第8条の「その他命令で定める事業又は事務所」として、「派出婦会、速記士会、筆耕者会その他派出の事業」というのがありました。

派出婦会から派出された家政婦は労働基準法の対象になるということですが、その派出婦会は、戦前は労務供給事業の許可を得て営業していたものの、戦後は職業安定法による労働者供給事業の禁止で潰れてしまい、ようやく民営職業紹介事業として再生できた結果、直接雇用の家事使用人になってしまい、せっかく労基則で対象になれたはずなのになれなくなってしまった、という悲喜劇が起こってしまったわけですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

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