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2022年8月12日 (金)

給料が上がらないのは美徳の不幸、悪徳の栄えが必要?

先日、ある方と喋っていて、言っている中身は今までと同じことなんですが、つい口をついて出てきた台詞が、自分でもびっくりするくらい名文句になっていたので、ちょっとご披露。

なんで日本の給料は上がらないのか、情報労連REPORTの昨年12月号では、今から30年前に、できたばかりの連合が、物価引下げを求める消費者意識ばかりを掲げていたことを引用しましたが、

http://ictj-report.joho.or.jp/2112/sp01.html労働組合は「安い日本」を変えられるか?

・・・今から30年前、昭和から平成に変わった頃の日本では(今では信じられないかもしれませんが)、「高い日本」が大問題であり、それを安くすることが労使共通の課題であったのです。1990年7月2日、連合の山岸会長と日経連の鈴木会長は連名で「内外価格差解消・物価引下げに関する要望」を出し、規制や税金の撤廃緩和等により物価を引き下げることで「真の豊かさ」を実現すべきと訴えていました。同日付の物価問題共同プロジェクト中間報告では、「労働組合は、職業人の顔とともに、消費者の顔をもつ」と言い、「労働組合自らが消費者意識を高め、消費者に対しては物価引下げに必要な消費者意識や消費者世論の喚起に努めるべき」とまで言っていたのです。消費者にとってうれしい「安い日本」は労働者にとってうれしくないものではないのか、という(労働組合本来の)疑問が呈されることはなかったようです。

マクロ経済面については、1993年8月の日経連内外価格差問題研究プロジェクト報告が、「物価引下げによる実質所得の向上は…商品購買力の高まりが生まれ…新商品開発、新産業分野への参入など積極的な行動が取れるようになり…経済成長を大いに刺激することになる」と論じていました。失われた30年のゼロ成長は、この論理回路が100%ウソであったことを立証しています。

それにしても、サービス経済化が進展し、労働への報酬がほぼサービス価格となるような経済構造に向かう中で、労働組合が(賃金引き上げを求める)労働者意識よりも(価格引き下げを求める)消費者意識に重点を置いてしまったら、賃金が上がらないのはあまりにも当然でした。サービス業において付加価値生産性とは概ねサービス労働者への賃金を意味しますから、これは日本経済における生産性の停滞を意味することになりました。そして、日経連報告とは逆に、賃金停滞による実質所得の停滞は成長しない経済をもたらし、欧米どころかアジア諸国よりも安い日本をもたらしたのです。・・・

でも考えてみたら、労働者が自分たちの利益ばかりを考えて、俺たちの給料さえ上がればいいんだ、物価が上がろうが、インフレになろうが知ったことか、というかつて批判されていた欧米の労働者のような行動をとらないことは、利己主義ではなく利他主義の見本であり、まことに「美徳」と申せましょう。

それに対し、欧米の労働組合どもときたら、利己主義の塊、自分たちの給料さえ上がれば、マクロ経済がどうなろうと知ったこっちゃないと嘯いて、平然と消費者を困らせるような賃上げばかりを要求していたのですから、これこそまことに「悪徳」と申せましょう。

美徳の極みの日本の労働組合と、悪徳の極みの欧米の労働組合の、その後の運命のいたずらはまことに心をかきむしられる思いがします。

消費者のことを第一義に考え、物価が上がらないように上がらないように賃上げをひたすら我慢してきた日本は、その後賃金と物価のデフレスパイラルで、ビッグマック指数は韓国やスペインをも下回るほど安い国になりました。国を安くした功績はやすくに神社に祀ってもいいくらいです。

消費者のことなんか知ったことじゃないと賃上げを我慢しなかった諸外国は、労働コストが商品価格に跳ね返り、それがまた賃上げに跳ね返りと、賃金と物価の正のスパイラルが30年間効いてきた結果、賃金も物価もそれなりに高い国になっていったわけです。

マクロ経済的に意味を有する生産性概念は付加価値生産性しかないので、これを生産性の言葉でいえば、賃金をひたすら我慢してきた日本は、(工場内の物的生産性は上がったかも知れないけれど)付加価値生産性は上がらなかった。賃金を上げ、商品やサービスの価格を上げてきた諸外国は、(実のところ工場内の物的生産性が上がってるかどうかは分からないけれど)少なくとも価格ベースの付加価値生産性は毎年着実に上がってきたわけです。

61xw42eznl_sy291_bo1204203200_ql40_ml2_ そして、最大の皮肉は、消費者のために賃金を我慢するという「美徳」を貫いてきた日本の労働者は、(社内でのみ計量可能な物的生産性は必死の努力で上がっていても)価格ベースの付加価値生産性は全然上がっていないので、「おまえら日本の労働者は生産性が低いから駄目なんだ!」と、罵られ、ますます必死の努力をするけれども、それがなんら価格ベースに反映されないままという、まさにサドの描く「美徳の不幸」そのもの。

51y12ekgtl_sx343_bo1204203200_ それに対して、消費者のことなんか知ったこっちゃないと賃金を上げ、物価を上げてきた諸国は、(物的生産性はともかく)商品やサービスの値段だけはちゃんと上がっているので、付加価値生産性が高くなっている立派なことだと褒められる。まことにサドの描く「悪徳の栄え」そのもの。

そろそろ利他主義の「美徳の不幸」から脱却して、利己主義の「悪徳の栄え」を目指した方がいいのではないか、という話。いや中身はいままで言っていることなんだけど、なぜかふいとサドの小説のタイトルが飛び出してきました。

 

 

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コメント

マンデヴィルの「蜂の寓話」と言うのもありますね。

それにしてもhamachan先生、マルキ・ド・サドを譬えに使うとは。
思いつきませんでした。

前述のマンデヴィルの「蜂の寓話」は資本主義の祖、アダム・スミスの「国富論」に書いてますね。スミスはこの寓話を用いて市場経済で各人が欲望に従って行動すれば国は豊かになると説きました。
同時にスミスはもう一つの主著「道徳感情論」にて人間は「共感」に基づいて行動する、と主張しています。スミスは倫理学の先生で、キリスト教の倫理すなわち「隣人愛」に基づいて「道徳感情論」を書いてます。
と言う事は欧米の労働組合は「隣人愛」「共感」に基づいて団結し、各人各人の「欲望」を団結による集団的な要求として経営者に突きつける事で賃上げを実現した、と言う事になるでしょうか。
これが資本主義体制下での労働運動の行動原理だとしますと、「美徳の不幸」に突き進んだ日本の労働組合の運動は資本主義体制下の労働運動とは似て非なるものである、と言う事ですね。

やっぱり昨年の大河ドラマ「青天を衝け」は渋沢栄一翁の「日本は私の願った資本主義体制にはなっておらんぞ!」と言う天からの声を聴いたスタッフによる警世のドラマとして制作されたのかなあ。
やれやれです(^^;

税金や社会保険料を下げろという話にも通じるものがありますね。

消費者というか経営者に対して要求する事をビビってるのでは?

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