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2022年8月 8日 (月)

ウェッブ夫妻の説く「集合取引」の本旨

9-1 労働に関する常識が雲散霧消してしまった現代日本では、「賃上げ」とはそもそもどういうことであったかをきちんと説明してくれるような本がほとんどなくなってしまったので、私は一昨年、海老原嗣生さんとの共著で『働き方改革の世界史』(ちくま新書)を刊行したのですが、ジョブ型本と違ってこっちはあんまり売れてくれず、依然として世間に常識として広まってくれていないようなので、この際、その第一講のウェッブ夫妻の『産業民主制論』を取り上げた章の肝心要の部分を引用して皆さまの閲読に供覧いたしますね。さもないと、とんちんかんな反応がそのままになりかねないので。

Dscf15491_20220808094901 3 団体交渉とは集合取引 
 本題のコレクティブ・バーゲニングです。現在でも労働組合のもっとも中心的役割と見なされている機能です。でも、戦前の本だけあって、訳語が古いですね。「集合取引」だなんて、まるで市場で商品を取引しているみたいな表現です。もしちくま学芸文庫で新訳を出すのであれば、ちゃんと「団体交渉」と訳して欲しいところです・・・・。って、いやいや、冗談じゃありません。戦後の「社員組合」に慣れ親しんだ人々の、会社の仲間同士の間での、必ずしも切れ目がないその上の方の人々と下の方の人々で行われる、会社の売上げのどれくらいを会社の中のどの層にどういう風に配分するかを決めるための、日本型「団体交渉」とはまるで違うのが、このコレクティブ・バーゲニングであるということを腹の底まで理解するためには、まずはその用語を古めかしい「集合取引」としておく必要があります。そう、それは市場取引なのです。労働という商品の取引なのです。まさにバーゲニングなのです。
 ではなぜ取引を集合的にしなければならないか?それは「各人の特殊なる必要の影響を全然度外視し得る」からです。「若し職長が各職工と個人的に取引したとすれば、或る者が非常なる困窮に陥つて半日も仕事を離るゝに忍びないことを知り、これを利用して非常に安い賃銀を強制することも出来るであらう。・・・然るに、集合取引の方法が行はるゝときは、職長は、これら両種の職工の競争を利用して、他の職工の所得を低下せしむることが出来なくなる」からです(邦訳202頁)。そして、都市や地方のすべての雇主と職工を拘束する「従業規則」(ワーキング・ルール)によって、「雇傭に関して、最も富裕なる企業者も、破産に瀕せる建築業者も、又注文輻輳せる会社も、閑散を極めてゐるものも、皆これに依て一様の地位に立つことゝなる」からです(邦訳203頁)。おやおや、また古くさい訳語が出てきました。「従業規則」だなんて。今度ちくま学芸文庫で新訳出すときにはちゃんと「就業規則」って・・・。いやいや、企業内だけで通用する現代日本の「就業規則」なんて言葉で訳された日には、読者の頭の上には?マークが林立しちゃいますよ。これは地域的産別協約そのものなんです。何故それが必要なのか?「一地方に於ける凡ての会社、又は一産業に於ける凡ての地方が、人間労力の購買価格に関しては、出来得る限り同一の立場に置かるゝとすれば、彼等の競争は、自ら機械の改良、良質安価なる原料の仕入、有利なる販売市場の獲得の形を取るの外はないと云ふことになる」からです。こうして百年前のイギリスでは既に、「曾ては雇主の労働組合に答ふる常套語であつた『自分は各々の職工にその必要又は働きに応じて報酬を与ふるのであつて、自分自身の使用人以外何人とも交渉するを肯んじない』と云ふ言葉は、最早今日は、主要産業に於ては、或は片田舎の地方とか又は格別に専横なる雇主の口よりする外、殆ど耳にしなくなつた」のです(邦訳206頁)。
 「人間労力の購買価格」!現代日本ではおそらく、労働者をモノ扱いするとはなんというふざけた奴だ、という非難が、とりわけ「社員組合」の方面から集中するでしょう。いやいや、労働という商品を出来るだけ高く売るための仕組みがトレード・ユニオンなんです。そのためには、上述の「各個罷業」をみんなで一斉にやる「同盟罷業」も有効です。「かくの如き労働の停止は、吾々の見解を以てすれば、個人的にしろ団体的にしろ、労働の雇傭に関する凡ての商取引に必然的なる附物であつて、これは、恰も御客が番頭の云ひ出し値段に同意しない時その店を去る所の小売商売に伴ふ所の事柄と同様である」(邦訳256頁)。「商売」なんですよ。
 
4 標準賃銀率
 トレード・ユニオンの「商売」の目的は何か?労働という商品の値段を標準化することです。「一様に適用せらるべき或る一定の標準に従つて賃銀を支払ふべしとの主張即ちこれである」(邦訳330頁)。この「標準賃銀率」(スタンダード・レート)の発想がない国では、同一労働同一賃銀という舶来の概念もあらぬ方向にばかり迷走していってしまいます。その意味では、大変アクチュアルな概念でもあります。
 本書には、当時の経済学者が労働組合を「熟練、知識、勤勉及び性格の相違を無視して、均一賃銀率を求めるといふ、最も誤れる最も有害な目的」(邦訳333頁)と非難している文章も出てきます。今日の日本でも見られる光景です。ウェッブ夫妻はかかる非難を的外れと評します。「英国労働者は決して共産主義者ではない」と。むしろ、トレード・ユニオンが求めるのは「同一骨折に対する同一報酬の原則、換言すれば普通に所謂標準賃銀率」であり、これは「賃銀の平等とは正反対のものである」(邦訳385頁)と断言します。
 ここでは詳説はしませんが、戦後日本の年功賃金制の原型が呉海軍工廠の伍堂卓雄の生活給思想であり、終戦直後の電産型賃金体系であり、その主たる哲学的動因がジョブの如何に関わらない社員としての平等にあったことを考えれば、イギリスのトレード・ユニオンが生み出したスタンダード・レートの発想ほど、日本の社員組合の生活給思想の対極に位置するものはなかったとすら言えるかも知れません。戦後日本ではイギリスの労使関係についての文献が山のように出されてきましたが、この一番肝心要の所はしかしながらあまり明確に指摘されてこなかったように思われます。

5 雇傭の継続と日本型デフレ
 最後に日本型社員組合にとって何よりも大事な雇用継続に対する姿勢を見ておきましょう。「雇主にその雇はんとする労働者に継続的の雇傭を供する義務を負はすが如き労働組合規制は実に一つもない。賢明か不賢明かは知らぬが、労働組合は、資本家は労働者へ仕事を与へることの出来る間彼等に賃銀を与へるやう期待され得るのみであると云ふ見解を暗黙に承認してゐる。故に雇傭の継続は、消費者の需要の継続に、或はもつと正確に云へば需要供給の的確なる調整に左右せらることゝなる」(邦訳535頁)。仕事がないのに雇い続けろなんて発想はないのです。むしろ、彼らが抵抗するのは日本型社員組合が真っ先にやりたがるようなやり方です。以下、ウェッブ夫妻の説くところを見ていきましょう。
 「併し乍ら、資本家と筋肉労働者とは、少数の例外は双方にあるが、それを得るに正反対の方法を主張して来てゐる。事業が閑散となり売れ行が現象する時、雇主の第一本能は価格を下げて顧客の購買心をそゝることである。」「この低下を彼は主として賃銀率の方面に求める。」「労働組合運動者はこの政策と全然意見を異にする。」「労働組合運動者が雇主の彼に要求する犠牲は無用と云ふよりも更に悪いものであると信ずることは、彼の激昂を一層烈しからしむる所以となる。単に商品をヨリ低廉な価格にて提供することは、商品に対する世界の総需要を毫も増加するものではない。」「唯一の結果は、労働者は同一賃銀に対してヨリ多くの仕事を為さねばならぬ。」(邦訳535~528頁)
 雇用の継続を至上命題とし、それゆえ長時間労働と賃金の下落を受け入れ、結果的にデフレの20年間を生み出してきた日本型社員組合とは対極的な19世紀末のトレード・ユニオンの姿が、百年の時を隔ててくっきりと浮かび上がってくるのが感じられないでしょうか。

 

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コメント

 
 この本の日本語版は高野岩三郎(1871年~1949年)の監訳です。東大法学部から経済学部を独立させるとき(1919年)、その中心になっていたのが高野岩三郎だったのは何かの因縁でしょうか。

 高野岩三郎は社会統計学者であるとともに、日本における労働組合運動の先駆者だった、兄高野房太郎(1869年~1904年)の影響もあって、戦前期日本の労働運動・無産政党運動に理論的バックボーンを提供すべく、多くの労組・政党の顧問に就任するとともに、東大辞任後は、大原社会問題研究所(今は法大の附属機関になっています)の初代所長を長く勤めました(1920年~1949年)。この「産業民主制論」の翻訳も、初版本は大原社研出版部から1923年に出版されたものですから、森戸事件(1920年)で東大経済学部を罷免され、大原社研に移った、森戸辰男ら弟子筋の学者との協同作業だったのでしょう。
 
 「高野岩三郎伝」(岩波書店、1968年)を以前読んだことがありますが、戦後は天皇制廃止を内容とする「日本共和国憲法私案要綱」を公表するとともに、日本社会党の顧問ともなった、高野岩三郎が労働に関する常識が雲散霧消し、左派の政治運動が不振を極める今日の日本の状況を知ったらいったいどう思うでしょうか、考えてしまいますね。

> 左派の政治運動が不振を極める
 
不振と言うよりも、「何だか妙な方向で盛り上がってますね♪」感がしますですけど。

『産業民主制論』の日本語訳は文語体で本当に読みづらいです。復刻よりも現代語訳で出版してほしかった。こういうのを読むことが苦にならない人はうらやましい。

なので、上記著書では何回も「もしちくま学芸文庫で新訳を出すのであれば」と繰り返してみたのですが、うんともすんとも動きはありませんね。
いや別にちくま書房でなくても、岩波文庫で新訳を出すというなら大歓迎ですが、そういう動きもなさそうです。

『産業民主制論』とウェッブ夫妻は、社会政策・福祉国家研究者にとっては超重要の古典文献なのですが、隣接分野の政治哲学者、社会学者、主流派経済学者(およびマルクス主義者)からは軽視および黙殺されているので、需要が少ないと思われているでしょう。専門に研究している人も江里口拓さんくらいでしょうか。私にとってはフーコーやピケティなどよりも遥かに重要なんですけどね・・・。

>いや別にちくま書房でなくても、岩波文庫で新訳を出すというなら大歓迎ですが、そういう動きもなさそうです。

 岩波文庫はこういうバリバリの非マルクス主義的社会主義の文献は最近出してないような・・・。

結局、かつてマルクス主義中心にばかり社会主義思想が紹介消費されたために、マルクス主義がノックアウトされて退場してしまった後に、まだまだ通用するはずのそれ以外の社会主義思想がほとんど知識人の世界に根を張っておらず、割と素朴な市場主義か、そうでなければ個人の偉大な抵抗にばかり着目する思想ばかりが流行ってしまう一つの原因が、このあたりにありそうです。

そういう意味からも、ウェッブ夫妻の本を(岩波文庫でもちくま学芸文庫でも講談社学術文庫でも)どこでもいいから、ちゃんと現代人が読みやすい形で提供する義務があると思うんですがね。

ウェッブ夫妻だけではなく、福祉国家論の古典がまともに翻訳されていないことや、かなり古い翻訳しかないことが多いです。ベヴァリッジにしても、さすがに『社会保険と関連サービス』は新しい翻訳が出ましたが、『自由社会における完全雇用』は入手困難で、『ボランタリーアクション』は抄訳すらありません。ティトマスも、『福祉国家の理想と現実』が文庫化されるべきという以前に、代表作で現在でも論文でよく参照されている『贈与関係論』が翻訳されていません。比べるものではないのかもしれませんが、かたやフーコーやルーマンが、あんなに必要あるのかというぐらい翻訳されているのに……と正直思います。結局、本をたくさん買って読むのが大好きな人文社会学系の人たちからの人気がないのでしょうね……。

共著者のウェッブ夫妻(夫:シドニー 1859~1947年、妻:ベアトリス 1858年~1943年)は、世界史の教科書などで、マルクス主義とは異なる、独自の漸進的社会主義を主張した団体としてとりあげられている、フェビアン協会(Fabian Society、1884年結成)を代表する知識人として知られていますが、このフェビアン協会は、英国労働党(野党第一党、現在世論調査では保守党を逆転して第一党になっている)のシンクタンク的組織として、現在も左派知識人と労働党首をはじめとする政治家との間での、重要な意見交換の場として活動しており、私もよくホームページを拝見しています(https://fabians.org.uk)

英国もまた、(多くのその他の先進諸国と同様に)いわゆるところの、「マルクス主義」ではない社会主義が根づいている社会であるわけですが、現代の日本人は、ほとんどこのことを理解できていないのかもしれませんね。

非マルクス的社会主義が日本で根付いていないのは、やはり日本にキリスト教が根づいていないことも大きいのかとは思います。
日本の戦前の社会主義をリードしたのはキリスト教社会主義者の鈴木文治、安部磯雄、片山哲でしたね。
ついでに言えばマルクス主義者にも荒畑寒村のようにクリスチャンからの転向者がいます。

しかしながら戦前のキリスト教会は布教が自由に出来ず、ミッション系の学校でも布教が出来ない。まさに大日本帝国憲法28条の「日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス」と言う制限された信教の自由の下にあった。
だからキリスト教が広まらなかった。
そのためキリスト教に根差す非マルクス的社会主義も広がりを見せなかった。
と言う事ではないでしょうか。

他にも阿部謹也先生の言う「世間」が強く自立した個人同士が構成する「社会」が出来ていないから「社会主義」が根づかないのであろう、とも想像されます。
日本では社会主義が個人の自立を認めない思想であるかのように思われていますが、それは日本では個人主義を前提とした社会が成立していないゆえの勘違いではないでしょうか。

そう言えば今は自由主義者、と言われてしまっている河合栄治郎も戦後ほとんど紹介されないですね。
彼はイギリスの労働運動を研究し、そしてマルクス主義、ファシズムを批判しているので非マルクス的社会主義者と言うのが正確ではないのですか?

戦後河合のお弟子さんたちが保守、あるいは右翼と思われてしまっているようですが、それは師匠のマルクス主義批判に焦点を当てすぎたからではないかと思います。

河合栄治郎は、むかし社会思想社から出ていた現代教養文庫に結構入っていた記憶がありますが、今はなくなってしまったようですね。

社会思想社はまさに河合栄治郎のお弟子さんが作った会社だそうですね。
なお、河合栄治郎の著作集は一般財団法人アジア・ユーラシア総合研究所の出版部門から出ています。

https://www.asia-eu.net/

面白いことに賀川豊彦選集も出されているようですね。
でも河合も賀川もちくま学芸、講談社学術、岩波のいずれも出してないと言うのはあんまりですね。
他に安部磯雄、片山哲など戦前の社会主義者たちの著作や伝記も出てないですね。

昨年渋沢栄一がドラマになりましたが、あのドラマが放送されたのは「日本は資本主義社会のつもりになっているようだが、実は渋沢栄一が奮闘しても資本主義は根付かなかったし、今も根付いていないのですよ」と言う事なのかもしれません。

だから河合、賀川ら非マルクス的社会主義者が今なお認められていないのですよ、きっと。

「職業別組合による賃上げ」という方法は
キリスト教の布教とともに世界に広まって
いった。キリスト教の布教が不充分な国に
おいては職業別組合の存在感は小さい、と
いう推察が自然に成立します。そういった
国は現在では日本など、ごく少数の例外に
限られます。

> 統一協会の件で選挙活動の手足になるボランタリー労働力の問題が注目を集めていますが、労働組合は別に宗教団体じゃないので、神仏の御心でただ働きというわけにはいかないけれども、公職選挙法上はただ働きしてもらわないと困る
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2022/07/post-c4962a.html

察知様 コメントありがとうございます。
やはりそうなのですね。
私はクリスチャンですが、労働組合はキリスト教の隣人愛と大いに関係がありますね。
資本主義もそうです。
労働組合にせよ、資本主義にせよそれは近代合理主義、あるいは啓蒙主義的な考えが根っこにある。
しかし近代合理主義、啓蒙主義は実はキリスト教から発展したものである、と言う事を日本人は忘れがちです。
いや、むしろ明治時代の方が意外とそれに気づいていて、だから丸山真男が言ってますが、天皇制、国家神道を疑似的なキリスト教として作り出した。
しかし戦争でその権威はあっけなく崩れた。
にもかかわらず天皇制、国家神道の代替物を生み出すことが今なお出来ていない。
それゆえ近代合理主義も根付かずに資本主義、労働組合も根付かない、と言う事になると考えています。

キリスト教と社会主義との間に密接な関係があるのは、キリスト教の教義である「働かざる者食うべからず」といった発想が、労働価値説(労働に比例した対価が支払われる「べき」である)といった客観価値説と親和的であったからではないでしょうか。
こうした客観価値説はある意味で普遍主義的であり、キリスト教道徳とも親和的であるように思います。
非常に本能的かつ直感的であり、少なくない人々が規範としても内面化している価値観ではありますが、現代(主流派)経済学ではこうした立場は取りませんし、社会の世俗化や複雑化が進行した現代社会においては、訴求性に欠ける価値観であるように思います。
社会主義思想や左派勢力の衰退の原因も、この辺りに一因があるのかも知れません。
「ジョブ型雇用」に対する理解や支持が日本社会で広がっているとは言い難いのも、案外この辺りが原因なのかも?

戦後日本において非マルクス派社会主義の潮流が広く支持されなかった要因の一つには同盟、民社系のいわゆる民主的社会主義の存在もあるのではないかと思われました。建前としての社会主義はともかく、実態はほとんど現状追認、自民党の施策と大差ない主張で要するに左派、左翼への対抗としてのイデオロギーという意味合いが強かったわけですから、社会主義という点では魅力に乏しかったのではないかと。この潮流が西欧、北欧の社会民主主義と繋がるような主張をもっと実践的に行っていたら話は色々違ってきたかもしれませんが。

希流様

その民主的社会主義、あるいは民社系ですが、私も身に覚えがございます(^^;

数年前まで旧民社党の青年組織の事務局長だった人と交流がありました。
彼はブログを書いていて社会主義インター系の諸政党の情報が紹介されていてその記事は良質なものでした。
しかし本人の思想はと言えば「この人本当に民主社会主義、あるいは社会民主主義なの?」と言う印象でした。
財政的な裏付けのある質の高い社会保障の実現など実践的、あるいは政策的な思想面の知識はほとんどありませんでした。
人脈は旧民社党、あるいは民社協会の人で反共右翼色の強い知り合いから逆に社会民主党の人など幅広いのは良いのですが、その知り合いたちには大規模な消費税減税もしくは所得税減税、あるいは財源の裏付けのない掛け声だけは勇ましい(^^;大胆な財政支出を主張するなどトホホな人たちが多かったです。

どこが民主社会主義・社会民主主義なんだよ!と思いましたね(^^;

民社系のいわゆる保守系への接近現象には、戦後日本社会の特殊事情も背景にあるのではないかと思います。
 もともと社会党が左右分裂してできたのが民主社会党であり、その当初は西欧の社会民主主義政党に近い立場であったことは確かでしょう。ただ、戦後日本では憲法や安保条約などのいわゆる平和主義をめぐる対立構図が、経済社会的な対立軸よりもより政治的に先鋭であり、なまじ非社会主義的勢力の中にもそういう平和主義に親和的な人々(左翼ではないいわゆる「進歩的」な人々)が多かった中で、客観的に見れば西欧の社会民主主義政党に近い防衛安保政策をとった民社系は、その「民主社会主義」でもって中道とみられるよりも、その防衛政策でもって右翼とみられる傾向があったように思われます。
その一つの現れが、産経新聞の「正論」にいわゆる保守系と並んでかなり頻繁に民社系の知識人が登場していたことです。
社会の基本的な政治軸がそちらにある以上、民社系は右翼と分類されるのはやむをえないことでした。興味深いのは、今から40年前に、非マルクス経済学者(当時の言い方では「近経」)の森嶋通夫が「ソ連が侵略してきたら白旗と赤旗を掲げて迎えればよい」と主張したのに対して、民社系の関義彦が断固戦うべしと批判したことです。ウクライナ侵攻のいまから見ると今昔の感がありますが、当時は侵略者と戦えということ自体が右翼的だったのですね。
そういう中で、民社系の人々はもっぱらそういう話の通じる保守系の人々とだけ付き合うようになり、もともとの「民主社会主義」などよりも、目先の政治論で話の通じる仲間との共通の保守ネタにのめり込むようになっていったのではないか、というのが、いささか乱暴ですがわたくしの見立てです。

私の友人の元民社党青年組織事務局長氏は独自核保有論者です(^^;
さすがに彼は極端な例だと思いますが。

「現実主義」の観点から国際政治を論じ、多くのお弟子さんを育てた高坂正堯さんのお師匠さんは猪木正道さん。
その猪木さんは非マルクス主義的社会主義者の河合栄治郎のお弟子さん。
高坂さんも広い意味での民社系知識人と言えますね。

一方民社系と対立するマルクス主義者の側も「非武装中立論」を唱える山川均・向坂逸郎両氏を批判し続けた荒畑寒村氏のようなどちらかと言えば現実的な安全保障政策を論じた人もいましたね。

しかし彼らの主張が戦後左派の主流となる事はありませんでした。
だからの日本の左派は見る影もなく衰退したのでしょうね(T_T)

なかなか興味深い話で面白いです。僕自身はゼンセンの宇佐美忠信の本を読んで、これはただの右翼ではないか、とちょっと驚きました。民主的社会主義論者となると関嘉彦や中村菊男でしょうか。民主的社会主義云々以前にやはり左派へのイデオロギー的対抗ありきでずれた方向へ行ったのかと改めて感じます。また右派、同盟系の主導権を大企業中心のJC系が掌握したことも問題であったのではないかと。中小中心の総同盟系は冷遇されていましたよね。結局同盟系の政策制度要求の主軸はサラリーマン減税一本となってしまい、社会民主主義などの主張ともかけ離れてしまったように見えます。これは官公労中心の総評系でも同じでしたが、充実した企業福利や高賃金を大前提とするJC系では社会主義という発想がそもそも出てこないようにも感じられました。当ブログでも濱口さんが繰り返し指摘しておられますが、最近はともかく右も左も減税という主張がとにかく一般的でしたよね。これでは西欧流の社会民主主義などとても受容出来る下地がなかっただろうと思われますが、ここの発想が違えばもしかすると非マルクス派社会主義がもっと影響力を持つことができたかもしれません。国防政策でのオリジナリティは正直日本でどれほど必要なのかと。

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