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2022年8月28日 (日)

発達障害と日本型雇用の正社員モデル

「職場の発達障害者に潰される」というネット記事(note)が話題になっていたようです。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/tender_tulip463/n/n6bfa6436ae65

この記事がどこまで事実を忠実に述べているのかいないのかはわかりませんが、おそらく最重要のポイントは、

彼の武勇伝は、彼が入社した当時にまで遡る。
研修も終わり、配属先が決定した当日、伝説となる発言を放ったのだ。
「私は発達障害持ちです。フォローをお願いします」
配属先である部署の人達は、唖然としたという。
なぜなら、彼は正社員雇用だったからだ。 

この人物が、メンバーシップ型雇用社会の中のジョブ型亜空間としての障害者枠ではなく、初めは何にもできないけれども一生懸命取り組んで何でもできるようになるまで頑張ることがデフォルトの純粋メンバーシップ型正社員という枠で入ってきてしまったことでしょう。

Fzmhfluacaaelep_20220828080101 世の中にいろんな障害を持つ人々がおり、それら障害にもかかわらずちゃんとこなせる仕事はあるので、その出来る仕事に着目して障害者を雇えば、ほぼみんなを雇用社会のどこかにはめ込むことができる、というのが世界共通の障害者雇用というものの基本的な考え方です。ところが、それが当てはまらないのが日本特有のメンバーシップ型社会です。ここについては、昨年出した『ジョブ型雇用社会とは何か』でやや詳しく解説しましたが、

障害とスキルと「能力」の関係
 改めて、雇用における障害とは何かを考えてみましょう。障害とは日常生活や社会生活における行動を制約する心身の特徴ですが、職業生活との関係で考えれば、その障害が遂行するべき仕事にとって不可欠な部分に関わることもあれば、そうでないこともあります。障害者は全て何らかの特定の部分についての障害を有する者なのであって、他の部分では必ずしも障害を有しているわけではありません。肢体不自由な身体障害者であっても事務作業は抜群にできるかもしれませんし、知的障害者であっても辛抱強く単純作業をこなせるかもしれませんし、精神障害者であってもマイペースでやれる仕事には向いているかもしれません。
 ジョブ型社会においては、採用とはそのジョブに最もふさわしいスキルを有するヒトを当てはめることです。健常者であっても障害者であってもその点に変わりはありません。違うのは、そのジョブにふさわしいスキル以外の点です。そのジョブをこなすスキルは十分持っているけれども、そのスキルとは直接関係のない部分で障害があり、その障害に対応するためには余計なコストがかかるので、例えば車椅子で作業してもらおうとすると職場を改造しなくてはならないので、その障害者を採用しないというケースが典型的です。個々のジョブレベルではそれは不合理な決定です。しかし企業の採算というレベルでは合理的な判断です。とはいえマクロ社会的な観点からはスキルのある障害者を有効に活用できないのでやはり不合理な決定と言わざるを得ません。この不整合を是正し、ミクロなジョブレベルでもマクロな社会レベルでも合理的な決定に企業を持って行くためのロジックが合理的配慮という発想です。差別禁止と合理的配慮という組み合わせは、ジョブ型社会の基本理念に基づくものなのです。
 ところがメンバーシップ型社会では、その全ての基本になるべきジョブやスキルの概念が存在しません。その代わりにあるのは無限定正社員とその不可視の「能力」です。そういう社会の中に、特定のジョブのスキルは十分あるけれどもそれ以外の部分で就労を困難にする要因がある障害者をうまくはめ込むのは至難の業になります。障害者には日本的な意味での「能力」があると言えるのか。考えれば考えるほど答えが出ない領域です。これまでの日本の障害者雇用政策がもっぱら雇用率制度により、別枠として一定数の障害者を雇用させる手法に頼り、とりわけ特例子会社というような形で人事労務管理も完全別立てにすることが多かった理由はそこにあります。

2 発達障害と躁鬱気質のパラドックス

空気が読めない発達障害者
 近年、障害者の中でも注目されているのがアスペルガー症候群などの発達障害です。この発達障害がとりわけ、知識やスキルよりもコミュニケーション能力を重視するメンバーシップ型雇用と相性が悪いと言われています。
 ジョブ型社会であれば、コミュニケーション能力も特定のジョブにおいて必要とされる一つのスキルです。それが求められるジョブにはコミュニケーション能力の高いヒトが採用されるでしょうが、一人で黙々とやればよいジョブであれば、そんなスキルは特に必要ありません。直接の上司が職務上接触するときにだけ気を遣えばいいのです。それが最低限の合理的配慮ということになるでしょう。
 ところがメンバーシップ型社会では、コミュニケーション能力が全ての大前提です。そもそも特定のジョブのスキルもない素人を、たまたまあてがわれた上司や先輩が手取り足取りOJTで教育訓練していくわけですし、どんな仕事を進めていく上でも、周りの人々との協調性が全てに優先する要件になります。まるで、空気が読めない発達障害の人が仕事をしにくいように、しにくいようにしつらえたのかと思うような相性の悪さです。

このメンバーシップ型社会の前提する正社員モデルと発達障害との相性の悪さを、現場の同僚たちに押し付けてしまっているのがこの設例ということになるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

> 一生懸命取り組んで何でもできるようになるまで頑張ることがデフォルトの純粋メンバーシップ型正社員という枠で入ってきてしまったことでしょう。
> メンバーシップ型社会では、その全ての基本になるべきジョブやスキルの概念が存在しません。その代わりにあるのは無限定正社員とその不可視の「能力」です。
> ジョブ型社会であれば、コミュニケーション能力も特定のジョブにおいて必要とされる一つのスキルです。それが求められるジョブにはコミュニケーション能力の高いヒトが採用されるでしょうが、一人で黙々とやればよいジョブであれば、そんなスキルは特に必要ありません。
 
同様のシステムによって、困難を抱えてるにも拘わらず

   コミュニケーション能力の欠如した男性

をやたらと忌み嫌うフェミニストの方々って、何なんでしょうね?同族嫌悪ですかね???

失礼します。発達障害が認定される前から該当の人間は大昔より存在したはずですが
メンバーシップ型社会でも、初期の1次2次産業や会社ではない
個人事業主、中小企業の家族経営のため親族では問題視されなかったため
メンバーシップ型社会でも問題にならなかったんでしょうかね?
昭和期でもメンバーシップ型社会にいた発達障害者よりも感情労働
等コミュニケーション能力の水準があがったため平成後期や令和ではきつく
なったということなんでしょうか?

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