辻廣雅文『金融危機と倒産法制』
辻廣雅文さんより『金融危機と倒産法制』(岩波書店)をお送りいただきました。ありがとうございます。
https://www.iwanami.co.jp/book/b609311.html
日本の金融危機が先進国間で突出して長期化した理由は何か。危機克服のために再構築が進められた倒産法制はその要請に応えられたのか。金融機関、官僚、法律家、研究者等に対する綿密な取材で得られた情報を比較制度分析の手法によって体系化し、経済システム転換の困難さを経路依存性の視点から捉えて全貌を明らかにした。
まずもって、本書のでかさ-物理的なでかさが半端ありません。B5版で900ページ近い分厚さで、お値段も本体17,000円。
しかも、目次は下に示すとおりで、金融論と倒産法という経済学と法学のそれぞれ難所をジャーナリズムの感性でもって切り結ぶという凄い本であって、わたくしなんぞの出る幕はなさそうですが、それが、最後のあたりでしゃしゃり出てくるんですね。
序 章 認識と制度はいかに形成されるか
第Ⅰ部 平成金融危機の真相
第1章 プルーデンス政策における制度的無防備 問題の所在Ⅰ
第1節 長期不況の原因
第2節 金融危機長期化の論点
第3節 銀行の公共的機能と金融危機の概念
第4節 事前的プルーデンス政策
第5節 事後的プルーデンス政策
第6節 規制・監督当局と銀行界の“一体型行政組織”
第7節 時代制約論に対する本書の立場第2章 制度構築の空白期間 寺村銀行局長の時代
第1節 日銀の破綻処理「四原則」
第2節 大蔵省銀行局
第3節 寺村の漸進主義
第4節 フォーベイランス・ポリシー批判第3章 動態的不良債権論 日銀信用機構局の考察
第1節 “破綻処理法制”研究会の成果
第2節 日銀ペーパー
第3節 大蔵省銀行局の拒絶第4章 金融システムの周辺に止まった改革 西村銀行局長の時代
第1節 東京二信組の破綻
第2節 「機能回復」と金融三法
第3節 大手銀行の不良債権の把握
第4節 住専処理第5章 政策形成プレイヤーたちの認識ギャップ
第1節 金融仲介機能に対する感度
第2節 分析枠組みと認識形成
第3節1 990年代前半における教訓第6章 “システムワイドな金融危機” の実際
第1節 財金分離と金融ビッグバン
第2節 金融危機前夜の破綻処理
第3節 1997年「魔の11月」
第4節 規制・監督当局が目指したプルーデンス政策
第5節 早期是正措置第7章 金融国会と長銀破綻
第1節 官僚危機
第2節 公的資金の導入
第3節 金融再生法と長銀破綻
第4節 会計基準の変更と長銀裁判第8章 不毛なる二者択一 柳澤から竹中へ
第1節 第二次公的資本注入
第2節 破綻処理法制の恒久化
第3節 柳澤金融再生相時代
第4節 竹中金融相時代第9章 世界金融危機と国際的金融規制改革
第1節 世界金融危機の実相と教訓
第2節 破綻処理の国際標準
第3節 米国と EU の対応
第4節 日本の対応と公的資金再考
第5節 ベイルイン vs. ベイルアウト第Ⅱ部 倒産処理制度の改革
第10章 倒産処理制度の改革前夜 問題の所在Ⅱ
第1節 倒産処理制度の重要性
第2節 倒産処理の三流国
第3節 法的整理手続の機能不全
第4節 破産法への不信
第5節 和議法と会社更生法の欠陥
第6節 メインバンク・ガバナンスと私的整理手続第11章 倒産法制改革の思想と民事再生法
第1節 司法界の始動
第2節 園尾プロジェクト
第3節 民事再生法の思想と構造
第4節 民事再生法の運用と定着
第5節 民事再生法の実績評価
第6節 民事再生法の今日的課題第12章 事業再生市場と会社更生法改正
第1節 事業再生市場の勃興と更生手続の変化
第2節 新会社更生法の特徴
第3節 DIP 型会社更生の相克
第4節 更生手続の制度としての危機第13章 「企業価値の段差」の克服
第1節 私的整理手続の活況
第2節 「企業価値の段差」問題と商取引債権の保護
第3節 私的整理手続に発生した問題第Ⅲ部 新たな相互補完的な制度体系を目指して
第14章 再び,危機へ 事業再生の今日的課題
第1節 事業再生制度の機能不全
第2節 金融行政による倒産の阻止
第3節 来たるべき倒産法再改正の課題
第4節 法的整理手続と私的整理手続の架橋
第5節 企業金融論と倒産法終 章 1975年体制の克服
第1節 長期雇用制度とメインバンク・ガバナンス
第2節 高まる中小企業の生産性改革の必要性結 語
が、まずその前に、版元の岩波書店のサイトに載っている白川前日銀総裁の推薦の辞を:
白川方明(前日本銀行総裁)氏推薦
倒産制度は経済や社会のありようを最も深い所で規定している。日本のバブル崩壊以降の経験はこのことを端的に示している。不良債権問題の「先送り」も近年の生産性上昇率の低迷も、倒産制度という補助線を引き、しかも「通し」で議論することなしには理解できない現象である。しかし、この作業は容易ではない。まず制度自体が複雑である。同じ倒産でも金融機関と一般企業とではシステミック・リスクの有無をはじめ重要な差異も存在する。そして何よりも、制度の変容をもたらす大きなメカニズムについての理解が必要である。著者は倒産制度の変遷を単に追うだけでなく、それをもたらした政策形成プレイヤーの行動に注目し、政治や社会との関係、組織と個人、理論と実務等幅広い視点から様々な教訓を引き出そうとしている。私はこうした書物の出現を長い間渇望していた。この難しい課題に挑戦した著者の勇気、情熱、責任感に心より敬意を表するとともに、現在の閉塞的な社会状況からの脱却の糸口を探している多くの人に本書を推薦したい。
白川さんの言う「現在の閉塞的な社会状況からの脱却」を論じているのが、「第Ⅲ部 新たな相互補完的な制度体系を目指して」の「終章 1975年体制の克服」であり、その「第1節 長期雇用制度とメインバンク・ガバナンス」で、わたくしの議論がかなり縦横に引用され、金融と労働という二つの世界を繫ぐ議論が展開されています。
・・・・このようにして、1975年体制は瓦解し始め、その中核にある日本的雇用慣行の「雇用保証」も変質せざるを得なくなった。しかし、1975年体制は戦後の日本を作り上げた強固な成功モデルであるから、制度としての自己拘束性は強靱であり、制度的解体が一挙に進むものではなかった。環境変化に対して、「雇用保証」制度は周辺からゆっくりと変容して対象の範囲は狭まっていくものの、中核部分は頑健に継続され、制度としての適合性と不適合性の両方を経済社会に対して発揮することになった。
その「制度としての適合性」の例として示すのが、「雇用保証との代替で賃金の引下げを可能とする機能の発揮」であり、ここで上で推薦文を書いている白川前日銀総裁が登場し、
・・・不良債権問題が依然として解決せずに経済が一段と悪化した2000年代初頭においては、日本がなぜデフレスパイラルに陥らないのか、各国は関心を深めていた。白川(2018)は、その理由について・・・「名目賃金の設定が伸縮的になり、下方硬直性がなくなったこと」を挙げている。・・・つまり、社内雇用の維持と引き換えに正規社員の賃金を引き下げることでデフレスパイラルに陥ることが防がれたのであり、それは1975年体制の特質そのものと言えよう。
他方、制度としての不適合性とは、社内雇用の維持が日本企業の競争力の低下に結びついたことである。・・・・上述のように、日本企業は経済的ショックに対して、企業内で雇用を維持することで「外圧への抵抗力」を発揮しようとする。その経済ショックが景気後退というような一時的な需要の低下であるなら、雇用維持は企業特殊的な技能の温存というメリットをもたらして、意図通りの耐性を発揮することになる。ところが、経済ショックが長期的あるいは構造的なものである場合は、ビジネスモデルの変革が必要になるが、雇用維持はその変革を阻んで不採算部門の温存というデメリットを生んでしまう。・・・・
ちなみに、p835の注52では、わたくしへのインタビューで私が喋ったらしいことが出てきます。たぶん本邦初公開です。
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