安倍晋三元首相暗殺事件に際し、追悼として再掲「半分ソーシャルだった安倍政権」
本日、選挙演説中だった安倍晋三元首相が暗殺されました。卑劣な政治テロリズムに対して、最大限の非難を表明します。しかし、労働問題専門のブログなので、ここでは一昨年当時の安倍首相が辞意を表明したときにアップしたエントリ「半分ソーシャルだった安倍政権」を、追悼の意味を込めて再掲したいと思います。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-9c4269.html
本日突然安倍首相が辞意を表明しました。政治学者や政治評論家や政治部記者のような話をする気はありませんが、労働政策という観点からすれば、14-13年前の第一次安倍政権も含めて、「半分ソーシャル」な自民党政権だったと言えるように思います。半分ソーシャルの反対は全面リベラルで、第一次安倍政権の直前の小泉政権がその典型です。(本ブログは特殊アメリカ方言ではなくヨーロッパの普遍的な用語法に従っているので、違和感のある人は「リベラル」を「ネオリベ」と読み替えてください)
安倍政権は間違いなくその小泉・竹中路線を忠実に受け継ぐ側面があり、労働市場の規制緩和を一貫して進めてきたことは確かなので、その意味では間違いなく半分リベラルなのですが、それと同時に、一般的には社会党とか労働党と呼ばれる政党が好み、労働組合が支持するような類の政策も、かなり積極的に行おうとする傾向があります。そこをとらえて「半分ソーシャル」というわけです。今年はさすがに新型コロナでブレーキを掛けましたが、第1次安倍政権時から昨年までずっと最低賃金の引き上げを進めてきたことや、ある時期経営団体や労働組合すらも踏み越えて賃上げの旗を振ったりしていたのは、自民党政権としては異例なほどの「ソーシャル」ぶりだったといえましょう。
第二次政権の後半期を彩る「一億総活躍」や「働き方改革」も、その中にちらりとリベラルな芽も含まれていながら、相対的にはやはりかなり異例なほどに「ソーシャル」な政策志向でした。その意味では、社労党ではないにしても、社労族ではあったのは確かでしょう。もっとも、司令塔が経産省出身の官邸官僚だったため、総体としては「ソーシャル」な政策の中にちらちらと変な声が混じったりもしてましたが。
一方で極めてナショナリズム的な志向が強烈にあるために、複数の軸を同時に考えることができない短絡的な脳みそでもって、ややもすると中身を吟味することなくレッテル張りがされる傾向もありますが、職を退いたことでより客観的にその政策を分析することができるようになれば望ましいと思われます。
それにしても、「働き方改革」の柱の一つが「病気の治療と仕事の両立」であり、そのためにわざわざ生稲晃子さんを引っ張り出したりしていたのに、ご本人が潰瘍性大腸炎という難病と内閣総理大臣という職責の両立を断念して辞任するに至ったというのは、やはり仕事のサイズの大きさによってはその両立はそうたやすくはないということなのでしょうか。これもいろいろと考える素材になりそうです。
ちなみに、「半分ソーシャル」といえば、安倍首相がことあるごとに「悪夢のような」と形容していた民主党政権も同じように(いや違う側面でですが)やはり「半分ソーシャル」でした。労働組合が最大の支持勢力であるはずなのに、なぜかふわふわした「リベラル」な空気に乗って、構造改革を競ってみたり、仕分けと称してやたらに切り刻んでみたり、挙句の果ては間違いなく選挙の時に一番一生懸命動いていたであろう組合員の首を平然と斬ったりしていましたね。まあ、それでも下駄の雪よろしくついていく組合も組合ですが。
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私の周りの左派は「安倍政権が日本をめちゃくちゃにした」という認識の人が多いのですが、あまりに党派的で事実を歪めているという印象です。
少なくとも貧困や社会保障に関心を持っている人間からすれば、安倍元首相には若干好意的な評価にならざるを得ません。民主党政権まで吹き荒れた公務員叩きや税金の無駄遣い叩きの政治(その帰結としての生活保護バッシング)がなくなり、経済政策を全面に出したこと、社会保障制度改革を政局にしなくなったこと、失業率や自殺率や(小幅とは言え)貧困率が低下したことなど。幸運もあったでしょうが、そこそこましな時代だったことは明らかだと思います。公務員叩きや税金の無駄遣い叩きは、そもそも旧民主党の人たちが中心だったのに、今の左派は非正規公務員や教員の過労問題について、当事者意識がなさすぎだと思います。
もちろん新自由主義政策は安倍政権下でも基本的に継続されましたが、公務員の削減が日本の最大の政治課題であるかように語られ、過激な公務員叩きを展開していたみんなの党や橋下維新が躍進していた、その直前の時代を想起すれば、安倍元首相は新自由主義の激流を食い止める側であったと評価されてもいいはずです。
投稿: いち社会的左派 | 2022年7月10日 (日) 05時35分
安倍さんは結局はお祖父さんの岸信介さんの思想的後継者だったという事になるでしょうか。
岸さんは戦後日本社会党に真剣に入党を考えた、と言われるくらいマルクス主義に近い左翼的な面を持っていた。
一方では戦前の官僚出身者らしい右翼的な国家主義者だった。
岸内閣では国民皆保険皆年金と言う左翼的な政策が実現し、一方で廃案になった警職法改正などの国家主義的な政策も打ち出された。
安倍さんはそのお祖父さんの思想的後継者として育った。
そのためお祖父さんの国家主義者としての面が靖国神社参拝などの「右派」的な面として顕れ、一方でマルクス主義に近い左翼的な思想面が第二次安倍内閣の同一労働同一賃金などの働き方改革などのソーシャルな政策に反映されたと思えます。
ただ、岸さんの思想・政策は日本が欧米にキャッチアップする過程である昭和時代には上手く時代に適合する余地はあったのでしょうが、成熟期に入った平成時代ではあちこちで軋みを起こしてしまった、と言う事ではないか。
日本の左派は岸・安倍両氏の思想に見られる左右両翼思想について冷静に、きちんと総括しないといけないと思います。
投稿: balthazar | 2022年7月10日 (日) 12時59分
hamachan先生、いち社会的左派様、balthazar様、その他皆様
安部氏の祖父、岸信介の一高、東大時代の大親友に三輪寿壮(労働・農民運動の弁護士として活躍するとともに、戦前は日本労農党、社会大衆党などの無産政党の書記長となり、戦後は1955年の左右社会党の統一の立役者となった。1894年~1956年)がいました。
三輪寿壮の孫にあたる、三輪建二氏による、祖父の伝記本「祖父 三輪寿壮-大衆と歩んだ信念の政治家(2017年、鳳書房)」の第六章「出会いと交流」に、立場は違っても保守・革新の二大政党制の実現を目指していた、二人の交友関係と三輪が岸に及ぼした影響が書かれていますが、同書によれば、岸の孫にあたる、、安部氏も政治家として、この二人の関係については熟知しており、「自分も社労族のはしくれである」と常日頃から言っておられたとのことです。
マイナーな出版社な本ですが、間違いなく入手して読んでみる価値のある本です(1937(昭和12)年、三輪寿壮が衆議院に初当選したときの選挙で、岩波茂雄が出していた、推薦のハガキなども見られます)ので、一読をお勧めします。
それにしても、大変残念なことですが、現在の左派には、三輪寿壮のような勉強家で信念のある政治家は、ただの一人も見当たりませんね、
投稿: SATO | 2022年7月14日 (木) 16時05分
SATO様
コメント拝読しました。
>安部氏も政治家として、この二人の関係については熟知しており、「自分も社労族のはしくれである」と常日頃から言っておられたとのことです。
思い当たる節があります。
私は年金を扱う機関にいた事があるのですが、5年前に年金の加入資格期間が25円から10年に短縮され、それまで年金をもらえてなかった多くの人から年金の裁定請求が行われたのですが、「安倍総理が年金の裁定は国家的プロジェクトとして速やかにやるように、とはっぱをかけている」と言う話が現場まで降りてきました。
安倍さんは第一次内閣で記録問題に苦しめられ、イメージが傷つきました。
しかし年金問題で大騒ぎした民主党がいざ政権を取ってみると例の「ミスター年金」大臣がもう滅茶苦茶な事をなされ、おかげで民主党への信頼は地に堕ちました。
三党合意はこの時の失敗を反省した野田佳彦内閣の下で合意しました。
この合意を受けて受給資格の短縮も実現しました。
安倍さんが速やかに裁定するように、とはっぱをかけたのも社労族である、と言う意識もあったのでしょうね。
ついでに言えば以前から消費税を国家の安定財源にすることを主張され、三党合意を実現させた民主党の藤井裕久さんも先日亡くなられました。
藤井さんも気骨ある政治家だったと聞いております。
安倍さんと藤井さんのご冥福を改めてお祈りいたします。
投稿: balthazar | 2022年7月14日 (木) 20時21分
SATO様
おっしゃられる内容に非常に共感いたします。
民主党政権の人たちの失敗は、田原総一朗氏などテレビジャーナリストの責任も大きいと思うのですが、彼らがテレビの見栄えに最適化しすぎたことが一因だと考えています。人の話を大きな声で遮り、歯切れ良く一方的にYesかNoかを断言するパフォーマンスばかりが上手になり、さまざまな利害や立場の人たちの落とし所をつけるとか、何より行政の実務の現場で働いている人たちの声を尊重するとか、そういう政治の基本について、それを「古い政治」だと切り捨ててしまいました。社会保障の専門家も、厚労官僚の代弁者にすぎないかのように対峙していました。このような政治の中から、重厚で有能な政治家が生まれるはずもありません。
自民党は、総裁選で河野太郎氏の年金改革論に対して、他候補が一斉に批判したように、社会保障の勉強の跡が感じられます。しかし、立憲民主党は相変わらず社会政策というと「減税」を掲げるばかりで、社会保障の勉強の跡がいつまで経っても感じられません。コロナ禍でも、不勉強(あるいは偏った情報に基づく勉強)のまま専門家の尾身氏を詰問するパフォーマンスに興じる場面が見られました。「日本を救った」という安倍政権支持者の評価は失笑だとしても、こうした政治から決別したことは素直に評価すべきだと思います。
投稿: いち社会的左派 | 2022年7月15日 (金) 14時09分
balthazar殿
>ついでに言えば以前から消費税を国家の安定財源にすることを主張され、三党合意を実現させた民主党の藤井裕久さんも先日亡くなられました。
>藤井さんも気骨ある政治家だったと聞いております。
だいぶ前ですが国民福祉税を提唱した小沢一郎氏や民主党政権で消費税増税を主張した菅直人氏も気骨ある政治家だとお考えでしょうか?
韓国に
自分がやればロマンス、他人がやれば不倫
という言葉があるそうです。
消費税増税を主張する政治家や関係者の方は、”自分達の(低所得者に対する)増税はロマンスである” と思っているように私には見えてしまいます。
投稿: Alberich | 2022年7月15日 (金) 22時03分
いち社会的左派殿
>自民党は、総裁選で河野太郎氏の年金改革論に対して、他候補が一斉に批判したように、社会保障の勉強の跡が感じられます。
以前にも別の方に伺ったような気がしますが、河野太郎氏の年金改革論(基礎年金の保険料をなくし消費税で代替する)は、どのような点が問題なのでしょうか?
基礎年金の保険料(月額1万6590円)をなくし消費税で代替するには消費税を6%上げる必要があるそうです。 16,590/0.06=276,500 なので、毎月の支出が27万6千円(共働きの場合は55万2千円)以下の世帯は消費税が6%上がっても基礎年金の保険料が無くなれば収支はプラスです。毎月の支出は27万6千円以下という事は年間の手取りの収入が330万円(共働きの場合は660万円)以下という事なので大部分の世帯が該当すると思います。
つまり河野案では大部分の収入の少ない世帯では負担が軽くなると思います。
河野案に対して岸田候補(現首相)は、
それは以前に民主党が提案した案と同じだ
と批判したそうです。以前に民主党が同様の提案をした際は財源が消費税という点が不評で提案を取り下げたそうです。
私は民主党は不評であっても提案を取り下げるのではなく
(逆進性の強い)消費税が上がっても(消費税よりもさらに逆進性の強い)年金保険料がなくなるので
全体として逆進性は減少し、収入の少ない世帯ほど負担が軽くなる
と説得すべきだったと思います。
投稿: Alberich | 2022年7月19日 (火) 22時20分