アラン・シュピオ『労働法批判』
アラン・シュピオ著、宇城輝人訳『労働法批判』(ナカニシヤ出版)をお送りいただきました。ありがとうございます。
http://www.nakanishiya.co.jp/book/b607790.html
いやしかし、500ページ近いフランスの労働法学者の専門書を、居並ぶ労働法学者ではなく、社会学者の宇城さんが訳して出すというのも、すごい話です。まあ、最近シュピオは人文科学方面で結構人気のようなので、おかしくはないのかもしれませんが、労働法学者何やってんだい、お前ら紹介するだけかい、という声がかかりそう。
第三版へのまえがき
カドリッジ版へのまえがき
――「制御」批判、またはグローバリゼーションに提訴された労働法
予備的考察
序論 労働を問う
準備章 契約と身分のあいだ
――ヨーロッパの労働関係を俯瞰する
Ⅰ ふたつの文化
Ⅱ 契約に身分を組み込む
Ⅲ 新たな不均衡
第一部 人と物
第一章 労働、法の目的
Ⅰ 物の効力――「財産」としての労働
Ⅱ 身体と財産――労働契約のあいまいな目的
第二章 労働者、法の主体
Ⅰ セキュリティ
Ⅱ アイデンティティ
第二部 従属と自由
第三章 集団的なものの発明
Ⅰ 自発的服従のアポリア
Ⅱ 集団的なものの道
第四章 企業の文明化
Ⅰ 企業のなかの自由
Ⅱ 企業の権利
第三部 法的なものと基準的なもの
第五章 法律を裁判にかける
Ⅰ 労働における合法性
Ⅱ 法化批判
Ⅲ 基準の誘惑
第六章 さまざまな基準の形態
Ⅰ 技術基準――労働法と欧州共同体法における基準化
Ⅱ 行動基準――「人的資源」の基準化
Ⅲ 経営管理基準
結論
人名訳注
訳者の覚書き
実は、訳者の覚書に書かれているように、本書の準備章と第1部は四半世紀ほど前に労働問題リサーチセンターから白表紙で翻訳が印刷されており、それはちらりと眺めたことはあるものの、ほとんど覚えていませんでした・・・。
https://cir.nii.ac.jp/crid/1130282269364177792
と思っていたのですが、実は覚えていないだけで脳みその中にはしっかりと入っていたようです。というのも、今回、宇城さんの訳業を読み進むにつれて、何とも言えず懐かしい思いがこみ上げてきて、あれ?これどこかで書いたよな?と思ったら、本ブログでこんなことを書いてたんですね。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-53fc.html(ジョブとメンバーシップと奴隷制)
世の中には、ジョブ型雇用を奴隷制だと言って非難する「世に倦む日々」氏(以下「ヨニウム」氏)のような人もいれば、
https://twitter.com/yoniumuhibi/status/283122128201609216
本田由紀とか湯浅誠とか、その亜流の連中が、そもそも正規労働を日本型雇用だと言ってバッシングし、正規雇用を非正規雇用の待遇に合わせる濱口桂一郎的な悪平準化を唱導している時代だからね。左派が自ら労働基準法の権利を破壊している。雇用の改善は純経済的論理では決まらない。政治で決まる問題。
https://twitter.com/yoniumuhibi/status/290737267151077376
資本制の資本-賃労働という生産関係は、どうしても古代の奴隷制の型を引き摺っている。本田由紀らが理想視する「ジョブ型」だが。70年代後半の日本経済は、今と較べればずいぶん民主的で、個々人や小集団の創意工夫が発揮されるKaizenの世界だった。創意工夫が生かされるほど経済は発展する。
それとは正反対に、メンバーシップ型雇用を奴隷制だと言って罵倒する池田信夫氏(以下「イケノブ」氏)のような人もいます。
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51870815.html(「正社員」という奴隷制)
非正社員を5年雇ったら正社員(無期雇用)にしなければならないという厚労省の規制は、大学の非常勤講師などに差別と混乱をもたらしているが、厚労省(の天下り)はこれを「ジョブ型正社員」と呼んで推奨している
・・・つまりフーコーが指摘したように、欧米の企業は規律=訓練で統合された擬似的な軍隊であるのに対して、日本の正社員はメンバーシップ=長期的関係という「見えない鎖」でつながれた擬似的な奴隷制なのだ。
もちろん、奴隷制とは奴隷にいかなる法的人格も認めず取引の客体でしかないシステムですから、ジョブ型雇用にしろメンバーシップ型雇用にしろ、奴隷制そのものでないのは明らかですが、とはいえ、それぞれが奴隷制という情緒的な非難語でもって形容されることには、法制史的に見て一定の理由がないわけではありません。
著書では専門的すぎてあまりきちんと論じていない基礎法学的な問題を、せっかくですから少し解説しておきましょう。・・・・
というつかみのあとでごちゃごちゃ書いていたことが、本書の第1部の議論なんですね。忘れたようでしっかり脳裏に残っていたようです。
こういう労働法の基礎法学的な議論というのは、やんなきゃいけないことの多すぎる当世の労働法学者は敬遠しがちなので、宇城さんのような社会学、哲学系の方が担うことになるのでしょうか。
そういえば、『法的人間 ホモ・ジュリディクス』も『フィラデルフィアの精神』も、人文系の橋本一径さんと社会保障法の嵩さやかさんの共訳です。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/post-6ef2.html
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/09/post-5634a0.html
(追記)
一点誤植の指摘を。
P343の3行目、キリスト教系労組は「CFCT」ではなくて「CFTC」です。たぶんすぐ上の「CFDT」に引っ張られたんでしょうけど。
(再追記)
https://twitter.com/usrtrt/status/1548185718706806784
これは濱ちゃんがどうしたわけか勘違いしておられて、この個所は間違っておりません
超絶技巧的枝葉末節の極致で申し訳ないんですが、フランスのキリスト教労働組合連盟は「Confédération française des travailleurs chrétiens」で、その略称は「CFCT」ではなくて「CFTC」のはずです。少なくとも本人がそう申しております。
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これは面白そうですね。しかし図書館で借りて読み切れるかどうか。日本労働法学も本書のように原理的に省察することができるのでしょうか。
投稿: 希流 | 2022年7月 5日 (火) 17時14分
す、すみません。老眼のせいか確認したにもかかわらず間違えました!感謝とお詫びを申し上げます。
ご紹介いただきまして誠にありがとうございました。
投稿: うしろ | 2022年7月21日 (木) 18時25分
超絶枝葉末節の指摘で申し訳ありません。
実は、来月早々に出るある業界紙に本書の紹介を書いております。
多くの人々に読まれることを祈っております。
投稿: hamachan | 2022年7月21日 (木) 20時02分