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2022年7月

2022年7月30日 (土)

技能実習制度の見直しへ

昨日、古川法務大臣が技能実習制度の見直しの開始を述べたということですが、

https://www.asahi.com/articles/ASQ7Y0G29Q7XUTIL02D.html(技能実習制度「目的と実態が乖離」 本格見直しを検討へ 法相)

Asa_20220730160601 開発途上国への技術移転を目的とした「外国人技能実習制度」について、古川禎久法相は29日の閣議後会見で、本格的な見直しに向けた考え方を示した。実習生が日本の人手不足を補う労働力になっている実態を踏まえ、「目的と実態に乖離(かいり)がない仕組み」づくりなどを打ち出した。 

政府は今秋にも関係閣僚会議の下に有識者会議を設置し、今回の考え方を踏まえた具体的な制度設計を検討する。古川氏は「長年の課題を歴史的決着に導きたい」と述べた。・・・ 

ちょうど『労基旬報』の7月25日号に、「技能実習制度の見直し」という記事を寄稿したばかりだったので、何かの参考までにお読みいただければと。

 今年の1月14日、古川禎久法務大臣は閣議後記者会見で、「特定技能制度・技能実習制度に係る法務大臣勉強会」を設置し、「両制度の在り方について,先入観にとらわれることなく,御意見・御指摘を様々な関係者から幅広く伺っていきたい」と述べました。記者の質問に対しては、「虚心坦懐に勉強会を進めていきたい」、「あらかじめ予断を持って,このような方向性であるとか,こういう論点でということを決め打ちして始めるというものではありません」、「様々な御意見にしっかり耳を傾けながら,改めるべき点があれば,勇気を持って,誠実さを持って改めていくという姿勢でこの勉強会に臨む」と回答しており、何らかの制度改正は必要だという認識はあるようです。
 ただ、この勉強会はあくまでも私的な会合という扱いのようで、法務省や入国在留管理庁のホームページ上にはこの勉強会に関する情報はほとんど載っていません。ただ、大臣記者会見で、1回目は政策研究大学院大学学長の田中明彦氏で、以後、国立社会保障・人口問題研究所国際関係部長の是川夕氏、移住連(移住者と連帯する全国ネットワーク)代表理事の鳥井一平氏、日弁連人権擁護委員会委員長の市川正司弁護士、タレントのパトリック・ハーラン氏、 一般社団法人国際人道プラットフォーム代表理事の菅野志桜里氏(国会議員時代は山尾志桜里名義)、東京大学名誉教授の養老孟司氏、政策研究大学院大学特別教授の西村清彦氏、多摩大学学長の寺島実郎氏、自由民主党元総裁の谷垣禎一氏という名前が示されているだけです。
 政治的にセンシティブな問題でもあるだけに、去る7月10日の参議院選挙までは具体的な動きはできるだけ外に出さないようにしていたのだろうと思われますが、与党の勝利によって今後3年間政治的な安定期間が確保されたことから、これからいよいよ本格的な見直しの検討が進められていく可能性があります。現時点では、政府からは全く具体的な見直しの案は示されていませんが、この問題に関心を持つ人々からはいくつかの提起がされてきています。
 ここでは、今年の4月15日に、日本弁護士連合会が公表した「技能実習制度の廃止と特定技能制度の改革に関する意見書」を見ておきましょう。これは、技能実習生の人権擁護に活躍してきた指宿昭一弁護士らが中心になってとりまとめられたものです。この意見書はまず、「技能実習制度を直ちに廃止する」ことを要求した上で、特定技能制度を以下の条件を満たす制度に改革するよう求めています。
(1) 特定技能1号と2号を一本化して,特定技能制度により,現在は技能実習生として受け入れている技能レベルの非熟練分野の外国人労働者の受入れを開始し,在留期間更新を可能とする制度を導入して定住化を進める。
(2) 特定技能で受け入れた当初から,家族帯同の可能性を認めた上で,永住審査の要件である就労資格をもった在留の期間に含める。
(3) 転職の実効性を確保する。
(4) ブローカーによる労働者からの中間搾取を禁止することを前提とする。
 さらに、外国人労働者の権利保障のための施策と,外国人労働者及びその家族の定住化支援のために次のことを実施するよう求めています。
(1) 賃金等の労働条件における国籍や民族を理由とする差別の禁止を徹底する。
(2) 労働者の権利の保障等のための相談,紛争解決の仕組みを充実させる。
(3) 日本語教育を含む職業訓練や職業紹介制度を充実させる。
(4) 医療,社会保障,妊娠,出産,育児,教育,生活習慣等に関する情報を外国人労働者及びその家族に提供する。
 一つ目の技能実習制度の廃止論は、「名目上は,労働者受入れ制度ではなく,開発途上国等へ日本の高度な技術等を移転することにより国際貢献を果たす」ための制度とされながら、「現実には,日本の深刻な労働者不足を補うための労働者受入れ制度として機能しながら,労働者不足の深刻化とともに制度が維持拡大してきて」おり、「制度の名目と実態の乖離が甚だしい」からです。とりわけ、「技能実習生に対し,入国後3年間は技能を同一の雇用主の下で一貫して習得するとの名目の下に雇用主変更を制限する仕組みにつながっている」ために「制度の構造が悪質な人権侵害の温床となっている」点や、「送出し機関による保証金の徴収や送出し国の法令の規定を超える高額な手数料徴収の事例が後を絶たず,技能実習生が来日前に高額な借金を作って来日する」点を、その弊害として厳しく批判しています。また、コロナ禍による経営状況の悪化により技能実習を継続できない技能実習生について、「特定活動」への在留資格変更を認め,事実上異業種への転職を認めたことを捉えて、「技能実習制度の制度上の目的は既に維持できていない」ではないかと、鋭く指摘しています。
 技能実習制度廃止後は、基本的には現行の特定技能制度を修正改良して対応すべきというスタンスですが、そのうち一番深刻で、そして一番対処が困難なのが、ブローカーによる中間搾取の問題でしょう。意見書はまず、韓国の雇用許可制に倣って、「民間を通さない政府間の受入れ(いわゆるGtoG)による仕組みの導入」を提示していますが、過去30年間、世界的に労働市場ビジネスに対する規制が緩和され、公共から民間へという流れが進んできている中で、これはいわば逆行する動きになり、なかなか難しいといわざるを得ません。
 実は、2009年7月の入管法改正に向けた2008年6月の厚生労働省の研修・技能実習制度研究会の報告書においては、「あっせん行為を公的機関が一元的に管理する方法」も検討しつつも、結論としては「現実的な方策としては、あっせん行為は従来通り民間に委ねつつ、これを適正にコントロールする方策を探ることが適当」としていました。しかし、国内の業者であれば職業安定法やその上乗せ的な法規制は可能でしょうが、海の向こう側で(場合によっては現地政府の黙認の下で)行われる事実上の中間搾取行為を有効に規制するのはなかなか難しいでしょう。
 今後の外国人労働者法政策がどういう方向に進んでいくことになるか、注目して行きたいと思います。

 

 

 

2022年7月29日 (金)

『高木剛オーラル・ヒストリー』

労働関係者オーラルヒストリーシリーズの『高木剛オーラル・ヒストリー』をお送りいただきました。インタビュワは例によって、南雲さん、梅崎さん、島西さんです。

高木剛さんといえば、言わずと知れた元連合会長ですが、その前のゼンセン同盟会長時代、さらにその前の旭化成労組時代など、いろんなエピソードがてんこ盛りです。

ゼンセンといえば、本ブログでも紹介した二宮誠さんのようなオルグ馬鹿一代記みたいな武闘派が思い浮かびますが、逢見直人さんのような学者肌のプロパーもおり、そして高木さんのような企業単組から引っ張られて来た人もいます。高木さんは東大卒業後旭化成に入って、数年後に、本部書記長が来て「君に組合に来てもらうことになったからね」の一言で、4年のつもりが50年になったと述懐しています。鷲尾さんなどと同じタイプです。

旭化成労組書記長時代で興味深いのは、職務給導入にまつわる話です。

・・・ただ、完全職務給化していくというのは大変で、全職種について職務分析をやらなければならないし、職務分析がちゃんと真っ当なものか、一方的に会社のいうことだけではなくて、組合も一緒になって評価しないと組合員の信頼にも関わるから、職務分析・評価の作業に組合も付き合うのが大変だった。全職種を職務分析・評価するのは大仕事。だから労使とも、担当者が主事業所を飛び回って、年のうち何百日出張だというのを2年ぐらいやったのかな。それで、全職種。職務給も、1級からあるけれど、一番低いのは実質的には3級ぐらいから。それで8級まで職務価値で格付ける。9級から上はもう役付だから、職務分析に値せずということで。・・・

管理職からジョブ型にするなどという近頃のひっくり返った訳の分からない話に比べれば、ランクアンドファイル中心に職務給導入という、労使とも真っ当な発想であったことが分かります。そういう昔のことを覚えている人がほとんどいなくなったので、インチキコンサルのでたらめジョブ型が流行るんでしょうけど。閑話休題。

それから、いま統一協会の件で選挙活動の手足になるボランタリー労働力の問題が注目を集めていますが、労働組合は別に宗教団体じゃないので、神仏の御心でただ働きというわけにはいかないけれども、公職選挙法上はただ働きしてもらわないと困るというわけで、こういう話になるようです。

・・・これは新聞に書かれると困るような話もいっぱいあるけどさ。公職選挙法というのは厄介で、戸別訪問したらいかんというし、仕事中に抜けていって選挙運動をやると運動買収だというし。だから、年休を取らさなければいけない。個人が勝手に個人の意思で年休を取って、たまたま選挙運動にいっただけだというふうにせなあかんわけだから。みんなに「年休を取って選挙運動にいってくれ」と頼むわけよ。それは最初の1年、2年はよかったけれど、毎年続くと「あの年休は後で返せよ」ということになる。・・・

また、昨年茨城の方で実現した労組法18条の労働協約の拡張適用についても、高木さんがゼンセン産業政策局長時代に、愛知県で実現しているんですね。

・・・労組法18条を具体的に運動としてやって実現させたところはそう多くない。それは大変なこと。4分の1の労働者を雇用する経営者は、「何で俺らが県の言うことを聞かなあかんのだ。県の命令かなんか知らんけど、なんじゃ」と。県にも文句を言うわ。県会議員は出てくるわ、大騒ぎよ(笑)。それは15年ぐらい続いたのかな。拡張適用をね。・・・

高木さんの話はまことに多岐にわたります。今朝の朝日新聞の「(中国共産党大会2022)指導部にガラスの天井 政治局員25人中、女性は1人」に出てくる孫春蘭副首相も、中華総工会の秘書長時代に、ILOの理事選挙関係でガイ・ライダーを交えて交渉したという思い出を語っています。

https://www.asahi.com/articles/DA3S15371768.html

・・・その時に交渉に来たのが、総工会の秘書長で孫春蘭という女性。立派な人だったよ。いまは、中国共産党の政治局員だな。女性でいま一番偉いのか。常務委員にはなっていないけど。このおばさんは、いまは副首相をしているよ。孫春蘭さんといって、もともとは女工さん上がりよ。優秀な人で、交渉もタフだった。・・・

そして、ちょうどいまデッドロックに引っかかったみたいになっている最低賃金ですが、これが急激に上がり始めた第1次安倍内閣のときのこういういきさつも、率直に語っています。

・・・最賃の話は、連合の時に頼まれて俺もだいぶ骨を折ったから。「もう、1円、2円上げる話はやめた。そんな最賃なら決めてくれんでいい」といってがんばった。安倍内閣の厚労大臣をやっとったのが愛媛出身の塩崎(恭久)氏で、その塩崎氏が官房長官の時の話だが、「最賃をなんとかならないか」と言ったら、「やりましょうや」と言ってやってくれて、塩崎氏と大田弘子さんの2人が骨を折ってくれた。「1円、2円の話は付き合わんぞ。何十円の話だ」と説得し、結局、何十円の話になった。だから、これも連合会長時代の話だけど、「最賃の問題を最賃審以外の場で、官邸の場で協議するようにしたから、組合も付き合ってくれ」という流れになった。そこで、私は連合で、「最賃のプロはもういい。官邸の会議には連れて行かん。お前らが議論するとまた1円、2円の話をしてくるから」と。・・・

官邸主導の最賃政策の裏ばなしですね。

そして、これは制度を作る上で高木さんが一番重要な役割を果たした労働審判制度についても、こんな思い出を語っています。

・・・こんな議論をしながら、菅野和夫先生にえらい骨を折ってもらって本郷三丁目の角に、いまはもうなくなったらしいけれども、「百万石」という料亭があったが、そこで菅野さんと矢野さんと私の3人で何回か議論をしたこともあった。・・・

そして、高木さんによればその副産物が労働契約法なのですが、そこにこういう齟齬があったようです。

・・・これについては部分的に賛否両論がいろいろあって、連合も中途半端な対応だったものだから菅野さんが後で怒っておった。「お前がやれと言うから一所懸命やったら、連合が横から口を入れてくるから叶わんかった」と言われたけどさ。「ええ、そんなことがあったんですか。申し訳ありませんでした」と謝罪したことがあった。・・・

これも、労働法政策的には大変興味をそそられる裏話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界の最低賃金

ドイツのハンス・ベックラー財団の経済社会研究所(WSI)が出している「WSI最低賃金リポート2022」に、今年1月現在の世界主要国の最低賃金の状況が載っています。

https://www.wsi.de/de/faust-detail.htm?sync_id=HBS-008280

まずは、実額ベースで見ると、

Wsi01

当然のことながら、高い国、中くらいの国、低い国とあるわけですが、日本は韓国、アメリカと並んで中くらいに位置します。ロシアもウクライナも低いですが、若干ウクライナの方が高め。で、意図的かどうかはともかく、そこで色分けを変えてますね。ウクライナは中くらいだが、ロシアは低いと。でも、大事なのはそこじゃない。

最低賃金がその国の賃金水準に比べてどれくらいかという観点で見ると、違った様相が見えてきます。これは最低賃金がその国の賃金の中央値の何%に当たるかというグラフですが、

Wsi02

たぶん、ドイツのWSIの人が言いたいのはこちらで、ドイツの最低賃金は高いというけれど、中央値の50%しかないじゃないか、ということでしょう。フランスは61%、イギリスだって58%だと。60%のところに線が引いてあるのは、ここまでは上げるべきだという趣旨でしょう。

ちなみに、日本は45%ですが、アメリカに至っては30%弱ですね。面白いのは韓国が中央値の63%とトップクラスに高いことです。

 

 

 

2022年7月28日 (木)

ほとんどの民間企業は5年無期化を難なくこなしたのに、大学は10年無期化で大騒ぎ

https://mainichi.jp/articles/20220725/k00/00m/040/289000c(研究者らに「雇い止め」危機 無期転換適用逃れ? 迫る来春期限)

大学や研究機関で長年働く非正規職員らが2022年度末での労働契約の打ち切りを告げられる事例が出ている。同じ職場で通算10年働いた有期雇用契約の職員が23年4月以降、「無期雇用」への転換を申し込む権利を得ることが背景にある。一部の大学や研究機関では期限を前に「雇い止め」が相次ぐ可能性があり、「研究力の低下につながる」との指摘もある。・・・

何かというと、民間企業はちゃんとやっているのに云々と言いたがる人に限って、その民間企業が難なくこなしていることを大学などのアカデミック使用者ができないと、その責任を法律に転嫁したがる傾向にあるようです

いうまでもなく、2012年に成立し2013年に施行された旧改正労働契約法は、10年じゃなくて5年で無期転換する権利を有期労働者に付与していました。

民間企業は10年じゃなくて5年です。2013年の施行後5年経った2018年の段階で、つまりもうすでに5年前の段階で、5年経過した有期労働者を雇止めするのか、それとも5年も働いてきて使い物になっているのをみすみす捨てるのはもったいないからと、無期化(いうまでもなく「正社員化」ではない)するかという選択を迫られて、ごくごく一部の企業を除いて、大部分はそのまま無期労働者として使い続ける道を選んだわけです。

正社員化した企業もあれば、正社員ではなくただの無期労働者にした企業もありますが、いずれにしろみすみす雇止めというのは非常に少なかった。もちろん、その背景には、2018年当時労働市場が逼迫気味で、ただでさえ人手不足なのに使える有期労働者を雇止めするのが難しかったこともあります。

この原則の5年を、わざわざ大学などのアカデミック使用者についてのみ10年に伸ばしたのは、産業競争力会議主導での議員立法によるものでした。アカデミック分野でのみ無期化を5年から10年に延ばすと、どういう理由でイノベーションが発展するのかさっぱりわかりませんが、なんだかそういうような理屈でやられたようです。

で、民間企業がとっくの昔に無期化を難なくこなしてから5年近くがたち、民間企業の2倍の時間を与えてもらっていた大学などのアカデミック使用者が、ここにきて慌てふためいて雇止めだなんだという騒ぎになりつつあるというのですから、情けない限りです。もちろん、お金の出処が云々という話があるのでしょうが、少なくともその責任を、規定上の5年の期限が来てから5年近くたってほとんど問題も起こっていない旧改正労働契約法に押し付けるような恥ずかしい議論をするような人は、まあ少なくともまっとうにアカデミックな人の中にはいないでしょうね。

 

 

 

 

2022年7月26日 (火)

エグゼンプトは採用から退職までずっとエグゼンプト

これも、本ブログの読者にとっては「またか」という話ですが、過去数日間本ブログで取り上げてきた管理職という職種の問題、専門職という職種の問題等々をひとまとめにした労働法上のトピックが、過去20年以上にわたってねじれにねじれた形で議論され続けてきた、いわゆるホワイトカラー・エグゼンプションになります。

ホワイトカラーのうち、クラークと言われるようないわゆる事務職は、残業代や休日出勤手当の対象になるけれども、管理職、専門職、運営職といういわば上層ホワイトカラーは、残業代や休日出勤手当が出ない、という風に説明すれば、それ自体は間違いではないのですが、そもそもそういう職種があまり、あるいはほとんど、あるいは全然確立していない日本のメンバーシップ型社会で、このジョブ型の職種に基づく身分社会の概念をうかつに振り回すと、いかに訳の分からない話になって混迷していくかは、皆さまよくご存じの通りです。

管理職も専門職も事務職もみんな同じで、人事異動で軽々とその微細な境界線を越えていく日本人にとっては、ホワイトカラーエグゼンプションというのは、いままで事務職としてたっぷり残業代を稼げていたのに、会社の人事発令一枚で、いきなり「お前は今日から管理職だ」「お前は今日から専門職だ」「今日からお前は運営職だ」と言われて残業代を召し上げられる事態でしかなくなるのは見やすいことです。

ジョブ型社会とはそういうものではないのです。職種に基づく身分社会だと思った方がいい。もちろん、ノンエグゼンプトの事務労働者が、一念発起してどこかの学校に通い、ディプロマを獲得して、それを以て同じ会社のエグゼンプトのポストに応募して採用されれば、客観的に見ればそれは社内でノンエグゼンプトからエグゼンプトに移ったことになりますが、それこそ言葉の最も正確な意味における「転職」というべきでしょう。そして、自分でわざわざ高給のエグゼンプトのポストに移った人が「残業代ゼロケシカラン」と叫ぶこともあり得ません。

エグゼンプトは採用時から退職時まで一貫してずっとエグゼンプトだし、ノンエグゼンプトは(自分で「転職」しない限り)採用時から退職時まで一貫してずっとノンエグゼンプトである、というこの基本のキが完全に欠落している日本社会で、ホワイトカラーエグゼンプションなるジョブ型概念を振り回すと、どういうワケワカメが現出するかというのは、私もさんざん書いてきましたし、本ブログの過去ログにも山のように書かれていますね。

 

 

 

2022年7月25日 (月)

光成美樹『[環境・気候変動]情報開示ルールの潮流』

1941_kankyokikouhendo_jyohokaijithumb115 光成美樹『[環境・気候変動]情報開示ルールの潮流 規制と市場動向によるサステナビリティ経営の深化』(経団連出版)をお送りいただきました。

https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/pub/cat/558d6c83105bb8a2cf4f1ff573969328b55a8cd4.html

昨今、上場企業を中心に求められている気候変動をはじめとするサステナビリティに関する情報開示と、その情報を活用して拡大するESG投資などの金融市場の動きを、主要なキーワードを通してQA形式で取りまとめました。
海外から取り入れられた環境規制や政策名は、カタカナやローマ字表記が多いため、キーワードをわかりやすく概説し、ESG経営や気候変動の大きな流れを、企業経営や実務にかかわる方々に必要な時に少しずつ読んでいただけるように構成しています。サステナビリティの情報開示については、IFRS財団の動きや、TCFDに次いでルール策定が進むTNFD、欧州やアメリカの規制動向を紹介するとともに、TCFDに準じた情報開示に必要な、CO2の算定、目標設定、物理的リスク評価などの実務情報に加え、カーボンプライシングやサーキュラー・エコノミーなど、環境政策のキーワードを取り上げました。
情報開示とともに発展するESG投資やSDGs債などの金融市場の動向も概説します。

正直言うと、労働や人権関係の情報開示と違って、この環境気候変動関係のトピックにはそれほどの関心は持っていないのですが、手法としては共通するものが多いので、その観点からは興味深く読めそうです。

Ⅰ章 サステナビリティ情報開示ルールの進展
Ⅱ章 TCFDと気候変動に関する情報開示
Ⅲ章 気候変動政策と環境規制
Ⅳ章 金融市場におけるサステナビリティの推進(ESG投資とSDGs債)
Ⅴ章 財務情報に組み入れられた環境費用(環境債務と資産除去債務)
Ⅵ章 参考資料(資産除去債務に関する会計基準)

 

技能実習制度の見直し@『労基旬報』2022年7月25日号

『労基旬報』2022年7月25日号に「技能実習制度の見直し」を寄稿しました。

 今年の1月14日、古川禎久法務大臣(当時?)は閣議後記者会見で、「特定技能制度・技能実習制度に係る法務大臣勉強会」を設置し、「両制度の在り方について,先入観にとらわれることなく,御意見・御指摘を様々な関係者から幅広く伺っていきたい」と述べました。記者の質問に対しては、「虚心坦懐に勉強会を進めていきたい」、「あらかじめ予断を持って,このような方向性であるとか,こういう論点でということを決め打ちして始めるというものではありません」、「様々な御意見にしっかり耳を傾けながら,改めるべき点があれば,勇気を持って,誠実さを持って改めていくという姿勢でこの勉強会に臨む」と回答しており、何らかの制度改正は必要だという認識はあるようです。
 ただ、この勉強会はあくまでも私的な会合という扱いのようで、法務省や入国在留管理庁のホームページ上にはこの勉強会に関する情報はほとんど載っていません。ただ、大臣記者会見で、1回目は政策研究大学院大学学長の田中明彦氏で、以後、国立社会保障・人口問題研究所国際関係部長の是川夕氏、移住連(移住者と連帯する全国ネットワーク)代表理事の鳥井一平氏、日弁連人権擁護委員会委員長の市川正司弁護士、タレントのパトリック・ハーラン氏、 一般社団法人国際人道プラットフォーム代表理事の菅野志桜里氏(国会議員時代は山尾志桜里名義)、東京大学名誉教授の養老孟司氏、政策研究大学院大学特別教授の西村清彦氏、多摩大学学長の寺島実郎氏、自由民主党元総裁の谷垣禎一氏という名前が示されているだけです。・・・・・

 

2022年7月24日 (日)

ジョブ型原理が嫌いな人々の群れ

なんだか、薬学部なんか無駄だとか、薬剤師免許なんかいらないとかいう議論が一部ではやっているようですが、学校教育で職業資格を得た人間がその職業の専門技能を有していると社会的に見なされて当該職業を遂行していく、という日本以外では当たり前のジョブ型社会の基本原理が、なまじ原則的にそうじゃない日本の労働社会で例外的に妙に厳格なジョブ型原理を持ち込むと、どういう反発が発生するかのいい見本になっていますね。

実のところ、ビジネススクールにせよ、なになにスクールにせよ、そこのディプロマを得た若造が、長年無資格で勤め上げた現場のたたき上げよりも有能であるというのは、ジョブ型社会のお約束事に過ぎないわけですが、世の中全体がそういうお約束で動いている以上は、その若造が卒業とともにエグゼンプトとかカードルとかいうエリートとして偉そうにあれこれ指図し、段違いの高給をもらい、一生動かないノンエリートを横目にあちこち動きながら早々と出世していくのは、そういうものなわけです。

日本に一応あることになっている職業分類というのは、そういうジョブ型原理で作られていますが、しかし実際にある労働者をどちらに分類するか、たとえばあるサラリーマンを管理的職業とするか事務的職業とするか、といった局面になると、世の中がそういう原理でできていないという事実が露呈するわけです。

管理的職業というのは、管理的職業になるためのビジネススクールのようなところで高度(ということになっている)教育を受け、管理的職業として採用され、入ったその日から辞めるまで管理的業務をする職種であり、事務的職業というのは、それよりも下の中くらいレベルの教育を受け、事務的職業として採用され、入ったその日から辞めるまでずっと事務的業務をする職種です。

日本は戦中戦後の激動の中で、戦前にはあったそういう社内職業階層社会を会社員(であるかぎりみな)平等社会に作り替えてしまったわけで、それにどっぷり漬かって3~4世代を経過した現代日本人にとって、役に立っているのかどうかも分からない職業資格なんて言うのは、眉に唾をつけて見られるようなものであるということが、よくわかります。

そういう日本社会の中で、例外的にジョブ型原理でもって構築されているのが医療の世界。医師とは、医学部を出て医師国家試験を通過し、医師として採用され、入ったその日から辞めるまで医師として働く職種であり、看護師とは・・・、なになに技師とは・・・、以下同文、という世界です。

すぐ横にそういう純粋ジョブ型社会があるのを見た薬剤師たちが、俺たち私たちも、と考えるのは不思議ではありません。まことに自然な反応なわけですが、ところがそういう医療の世界を離れた日本社会全体は、それとは全く正反対の、ジョブなき社会でもって生きているわけです。

興味深いのは、そういう欧米社会が作り上げてきたジョブ型社会の原理に疑問を呈するための小道具として、かなり過激な市場原理主義的経済理論が使われる傾向にあることです。市場原理主義からすれば、職業資格のようなジョブ型のあれこれのインフラストラクチャーは最も適切なマッチングを妨害し、市場を歪める代物ということになるわけでしょう。

日本的なメンバーシップ型社会とは、その意味で言えば、職業資格などという下らんものを無視して(その会社の社員であるという唯一無二の資格を有する限り)最も適切なマッチングを人事部主導でやれるとてもいい仕組みなんだ、と、30年以上前の日本型雇用礼賛者であれば言ったのでしょうがね。

(追記)

念のため、やってることは同じじゃねえか、と言われている薬剤師と薬の販売員について、職業紹介の現場で使われているハローワークインターネットサービスの職業分類を見てみましょう。これは、現場で使うために該当例と非該当例というのが載っていて、大変面白いです。

https://www.hellowork.mhlw.go.jp/info/mhlw_job_dictionary.html

まず、薬剤師ですが、これは大分類の「B 専門的・技術的職業」の中分類「12 医師、歯科医師、獣医師、薬剤師」に含まれ、れっきとした専門技術職です。その「124 薬剤師」の中に、「124-01 薬剤師(調剤)」として、「該当例:調剤薬局薬剤師、薬剤師(病院調剤所)」と「非該当例:調剤助手[379-99] 」が挙げられ、続いて「124-02 薬剤師(医薬品販売) 」として、「該当例:医薬品販売員(薬剤師) 」と「非該当例:医薬品登録販売者[323-08] 」が並んでいます。

一方、大分類の「D 販売の職業」の中分類「32 商品販売の職業」には、「323 小売店販売員 」として、「323-08 医薬品・化粧品販売店員 」というのがちゃんと挙がっており、該当例は「医薬品登録販売者、化粧品販売員、美容部員」で、非該当例は「薬剤師(医薬品販売)[124-02]、化粧品宣伝販売人[324-02] 」です。

同じように薬局で薬を売っているだけなのに、何で一方は専門技術職で、他方は販売職なんだと思うかも知れませんが、それが職業分類なるものを作り出したジョブ型社会の常識だったからですね。

まあ、とことん考え突き詰めていけば、大学教授と情報商材販売員もやってることは似たようなものなのに、なんで一方は専門技術職で、他方は販売職なんだという議論にもなりかねませんけど。

 

 

 

2022年7月22日 (金)

ウクライナの労働者権利破壊法

Se17750x386 例によってソーシャル・ヨーロッパですが、これはなかなか深刻なテーマ。既に数か月間ロシアの軍事侵略と闘っているウクライナですが、労働者の権利を破壊する立法を通したと批判する文章です。

https://socialeurope.eu/ukraine-to-pass-laws-wrecking-workers-rights

Ukraine to pass laws wrecking workers’ rights

Zero-hours contracts are set to be legalised and 70 per cent of the workforce exempted from workplace protections.

ウクライナは労働者の権利を破壊する法律を通した。

ゼロ時間労働は合法化され、労働者の70%は保護を受けられなくなる

この後者はどういうことかというと、

The latter measure means the national labour code no longer applies to employees of small and medium enterprises; instead, it is proposed that each worker strikes an individual labour agreement with their employer. It also removes the legal authority of trade unions to veto workplace dismissals. 

後者の措置は国の労働法典が中小企業従業員にはもはや適用されず、その代わりに各労働者が使用者と個別労働協定を締結する。また、労働組合が職場の解雇に拒否権を行使する権限を削除する。

読んでいくと、これは昨今出てきた話ではなく、2019年にゼレンスキーの国民の僕党が政権について以来の一貫した労働市場規制緩和政策のようです。

それにしても、ロシアの侵略でEU加盟の動きが進み出したとはいえ、EUの労働法政策とはかなり異なる方向を志向しているようでもあり、どういうつもりなのか興味を惹かれます。

ここに来て、日本でも便乗派も含めてウクライナ本は山のように出されていますが、こういう国内政治、とりわけ労働政策に言及したものはほとんどないようなので、こういう記事は参考になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年7月21日 (木)

日本の外国人労働者法政策―失われた30年―@上智大学『グローバル・コンサーン』第5号

Logo_20220721141101 上智大学グローバル・コンサーン研究所の『グローバル・コンサーン』第5号に、「日本の外国人労働者法政策―失われた30年―」が掲載されました。これは、2022 年 4月 16 日に開催されたシンポジウム「検証・日本の移民政策」で喋ったものです。

https://dept.sophia.ac.jp/is/igc/publications_gc3.php?n=6

https://dept.sophia.ac.jp/is/igc/pdf/jnl/006/002.pdf

 ご紹介いただきました濱口と申します。労働政策を専攻しておりまして、最近はジョブ型の話でもってあちこちに呼ばれて、ジョブ型の話ばかりさせられて飽きていたところ、珍しく外国人の話をしてくれという話をいただきまして、新鮮な気持ちで今日はお話をさせていただきます。・・・・・

 

 

 

2022年7月19日 (火)

『日本の労働経済事情』2022年版

1940_2022labereconomicsinjapanthumb1638x 例年どおり、『日本の労働経済事情』2022年版(経団連出版)をお送りいただきました。

https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/pub/cat2/f6a7330ac20fd7b995b55d37005c746b0836d1ee.html

本書は、人事・労務全般に関する基本的な事項や、重要な労働法制の概要と改正の動向、わが国の労働市場の動向などについて、1テーマ・1頁を基本に、図表を用いてわかりやすく簡潔に解説しています。
2022年版では、雇用保険法、職業安定法、公益通報者保護法等に関する重要な法改正のほか、テレワーク活用に関する実務上の留意点、エンゲージメント向上のための施策等、最新の動向を解説しています。

人事・労務部門の初任担当者がはじめに学習する際に役立つことはもちろん、新任管理職など、業務等を通じて人事・労務に関心を持たれた方が基本的な事項を理解・確認する手引きとしてもご活用いただけます。

 

 

 

多様な『通常の労働者』@WEB労政時報

WEB労政時報に「多様な『通常の労働者』」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers

 本連載の今年4月19日付けで寄稿した「無期転換ルールと多様な正社員の雇用ルールの見直し」では、今年3月30日に公表された「多様化する労働契約のルールに関する検討会」報告書の内容を簡単に紹介しましたが、そのうち多様な正社員についての法令改正は、非正規労働者の均等・均衡待遇(いわゆる「同一労働同一賃金」)にもなにがしか影響を及ぼす可能性があります。・・・・・・

 

2022年7月18日 (月)

河野龍太郎『成長の臨界』

28340 パリバ証券の河野龍太郎さんから『成長の臨界』(慶應義塾大学出版会)をお送りいただきました。ありがとうございます。最近ヒットを連発している慶應出版会の増山さんの手になる薄緑色の表紙の重厚な本です。

https://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766428346/

 「別の未来」は手にできるのか?
ローマクラブの『成長の限界』から50年、世界経済は新たな局面に突入している。地球風船は永遠の繁栄が続くという幻想を極限まで膨らませ、いつ破裂してもおかしくない緊張の中を漂っている。現状はもはや維持できないのか? 新しい秩序はどう形成されるのか? 著名エコノミストが経済・金融の視点からのみならず、政治学・歴史学・心理学などの知見も交えて現況を怜悧に分析し、迫り来る次の世界を展望する、読み応え十分の一書!
▼経済・金融分野でわが国きっての実力派エコノミストが満を持して書き下ろした本格経済解説書!
▼単なる時事解説とは一線を画す、深い洞察を伴った現代経済社会分析。 

リンク先の目次を見ればわかるように、まことに広範な領域を片っ端から一刀両断して回るような本です。とはいえ、いわゆる経済論壇の関心はいわゆるリフレ派やアベ政策を批判的に扱う第5章の金融政策や、はやりのMMTにも批判的に言及する第6章の財政政策にあるのでしょう。しかし、それだけに着目して読むのはあまりにももったいない。

恐らくわたくしのようなものにも送られてきたのは、「第3章 日本の長期停滞の真因」の「3 日本型雇用システムの隘路」で、わたくしの議論を引きつつ、日本のメンバーシップ型が変容して労働市場の二極化という問題を生み出していることを、経済停滞の一因として指摘しているからでしょう。

一昨年以来「ジョブ型」「メンバーシップ型」を口走るエコノミストはやたらに増えましたが、きちんと深い認識をもって語る人はそれほど多くありませんが、河野さんはさすがにその社会システムとしての複雑な連関をよく理解したうえで論じています。

ブログではよく取り上げた話ですが、(自分の専門分野ではないためもあって)活字ではほとんど論じたことのない「スマイル0円が諸悪の根源」系の生産性の議論と通じる一節もあります。

諸外国に比べてサービスの水準が高いのに、それを安く売るものだから(付加価値)生産性が低くなるという話を、消費者余剰が大きいという風に解説します。このあたりの文章は、私の言いたかったことを経済的に説明するとこうなるんだな、という感慨でした。

という具合に、一つ一つのトピックをいちいち取り上げて論じていくときりがありませんが、経済学の門外漢としては、やはり第5章と第6章で一刀両断される「様々な意匠」への批評の鋭さが印象的でした。ああ、広くて深い議論というのはこういうのをいうんだな、と、ページをめくりごとに感じさせられる本というのは、それほど多くあるわけではありません。

はじめに

第1章 第三次グローバリゼーションの光と影

 1 ホワイトカラーのオフショアリングが始まったのか
 2 権威主義的資本主義 vs リベラル能力資本主義
 3 ICT革命と際限のない人類の欲望の行方

第2章 分配の歪みがもたらす低成長と低金利

 1 債務頼みの景気回復が招く自然利子率の低下
 2 常態化する「資本収益率>成長率>市場金利」の帰結
 3 経済成長と社会包摂の両立
 4 テクノロジー封建主義の打破

第3章 日本の長期停滞の真因

 1 「失われたX年」はいつまで続くのか
 2 過度な海外経済依存が招く内需停滞
 3 日本型雇用システムの隘路
 4 日本人は2010年代に豊かになったのか

第4章 イノベーションと生産性のジレンマ

 1 景気回復の長期化と生産性上昇の相剋
 2 日本企業のイノベーションが乏しいのはなぜか
 3 消費者余剰と生産性の相剋
 4 グリーンイノベーションの桎梏
 補論 外国人労働と経済安全保障

第5章 超低金利政策・再考

 1 「デフレ均衡」崩壊までの距離
 2 漂流する日銀の金融政策
 3 公的債務管理に組み込まれる中央銀行
 4 円高回避の光と影

第6章 公的債務の政治経済学

 1 財政政策の復活と進行するMMTの二つの実験
 2 超長期財政健全化プランの構想
 3 人類の進化と共感

第7章 「一強基軸通貨」ドル体制のゆらぎ――国際通貨覇権の攻防

 1 金融イノベーションの帰結
 2 ドル一強とその臨界
 3 「トゥキディデスの罠」を避けられるのか

終 章 よりよき社会をめざして

 1 豊かだが貧しい社会
 2 成長の臨界
 3 コミュニティ再生のためのヒント
 4 多面的にアプローチする視点を持つ


おわりに

2022年7月17日 (日)

ミドルスキル労働者の非正規化と正社員のロースキル化

過去30年間に進行し、私も含めていろいろと議論されてきた労働力の非正規化の一つの解釈として、それまでは企業メンバーシップに包摂されていたミドルスキル労働者が非正規化していったというのがあるわけですが、その一つの例証のような記事が、noteに載っていました。「やま」さんという方の吐露です。

https://note.com/yama0117/n/n39d6666beb0b

○事務派遣時代

私は3年半ぐらい生産管理の事務派遣をしていた。
生産計画を立て日々の進捗を確認してやる仕事。
一品毎に仕様が違う部分があるので設計にフォローを入れて特殊品がある場合は先に購買に情報を流し、更には営業が入れた納期が本当かの確認を行い、生産進捗を行うというまあ後から分かったけどかなり大変な生産管理を経験した。
正社員と同じで担当ラインを持ち、そこを任されるという形。

はっきり言って正社員の方々より上手くやれていたし、メンタルを病んで居なくなった正社員のケツ拭きや病んだ理由の調整が難しいラインの担当までした。朝から晩まで働いたし、土日を出て生産調整もした。納期に遅れないために外注に部品を取りに行ったこともやった。製造、調達、技術、更には協力会社の方々を呼んで会議をして、短納期対応できるようにしたことは何度もあった。課長級の方々には間違えなく認められていた。
やってる仕事は正社員と変わらない。何故派遣なのに?って思うかもしれないが、そうしないと回らない訳。だからやるし、やらないと切られるからやる。正社員としてやる仕事で人が足りてないならわしを正社員にしてくれれば良かったじゃんと今でも思う。

しかし正社員にはなれなかった。
今だに分からない。正社員より働いたし、結果も出した。
にも関わらず、給料は正社員より少なく、ボーナスは無し。


○技術派遣(客先常駐)

派遣会社の正社員だが、客先に派遣されてやる形の派遣。
3社回って計6年〜7年近く勤務していた。
派遣先で既存ラインの改善、新規ラインの立ち上げなどを担当していた。というか、既存ラインについては、わしが面倒を完全に見ていた。
不良低減会議を主催、不良も確実に低減させた。稟議資料作成/部長への説明、新規ラインの進捗会議の主催。図面を書いて部品を手配したし、改善提案も書いて実現もさせて、不良設備トラブルや品質トラブルがあれば現場に各課を集めて話を聞いて利害調整した。当たり前だけど、会議や打ち合わせを滞りなく行かせるために根回しもした。
更に言うなら設備数は少ないかもしれないが、客先担当が居ない中で同じ派遣会社の後輩君と新ラインの立ち上げも行った。外注業者との調整、設備調整、工程能力取りなど立ち上げに関する様々な仕事と説明資料作成。それをやりながら既存ラインの面倒まで見た。現場からは頼られていた自信はあるし、改善については顔が広くなっていたので私が忙しくてらやれないことについては具体的に落とし込んだら色々やってくれるおじさん達を組み合わせてやってもらったりとマネージメント的は働きもした。

でも客先の正社員より給料が低い。ボーナスも低い。
単に言われたことをやるのではなく、旗振り役までした。
しかし正社員になれない。世の中に恨みや絶望を感じた。 

技術の派遣は製品や設備、ライン固有の問題にやればやるほど詳しくなるわけで、現場としても数年で居なくなると困るはずなんですよ。というか、困ってますよ。更には長い間いるから他の課と人脈が出来て仕事の根回しがどんどんやれるようになるわけで、派遣にそこまでやらせるなら正社員採用して残した方が良いはずなんですよ。でもやらない。

後、コロナ禍になり、派遣切りは無かったけど、契約満期で切るのは私の周りでは多発した。私と私の後輩はライン立ち上げをしていて、正社員無しでやっていたこともあり、特例で残れたけど、周りは軒並みやられた。仕事がめちゃくちゃ出来る人も居なくなり、現場から悲鳴が上がっていた。
当たり前だが、この時に派遣先の組合は全く動かなかった。
組合はつまり私達を仲間だと思っていなかったことの現れなんだろうし、私が組合に対して必要だと思いつつも不信感があるのは、この経験をしたからに他ならない。

この方の仕事の内容は、かつての日本型雇用全盛時代であればまさにその中核をなしていたであろうような、華々しくはないけれども司司をしっかりと締め、そこがしっかりしているから組織がちゃんと回り、物事が動いていくような、そういう仕事です。

それこそ、日本型雇用礼賛時代に、これこそが現場力だとか、知的熟練だとか、日本の競争力の源泉だとかほめそやされていたミドルレベルのスキルの仕事ではなかろうかと思います。

過去30年間の日本企業は、(私もそういう説明をしてきましたが)日本型雇用システムのうち、企業の競争力にとって重要な中核部のメンバーシップは維持し、そうでない周辺部をどんどん非正規化してきた、とそう考えてきました。

ある部分のメンバーシップを維持し、そうでない部分を非正規化してきたというのは確かですが、正社員として維持された部分は本当に競争力の中核部だったのか、非正規化された部分は本当に競争力にとって本質的でない周辺的な部分だったのか、むしろ、ある面では逆だったのではないか、というのが、部分的非正規化を始めてから30年たって、じわじわと感じられ始めていることではないか、という話です。

こういう企業の競争力に縁の下の力持ちとして貢献しているミドルスキルの労働者を周縁視し、市場原理を旗印にして不安定低処遇の非正規化する一方で、市場原理に抗してメンバーシップをひたすら守ってきた「中核部」は、「働かないおじさんand/orおばさん」としてむしろ企業の競争力にマイナスの貢献をしてきたのではないか、というのが、そういうハイブリッド方式を始めてから30年たって、じわじわと感じられ始めているように思います。

ところが市場主義者たちの攻撃の矢は、こういう不当に非正規化されている人々への細々とした保護政策をこそ目の敵にするんですな。

2022年7月14日 (木)

次期イギリス首相はインド系?

Chancellor_rishi_sunak_cropped ジョンソン首相が辞任に追い込まれる中で、次期イギリス首相の本命がリシ・スナクという人ですが、この人はおじいさんがインドのパンジャブ出身で、1960年代に移住してきたインド系3世で、もしそうなると、イギリス保守党というのは、旧植民地出身者を首相にした最初の政党ということになりますね。

日本で言えば、蓮舫さんが首相になるようなものかと思いましたが、彼女は父親が台湾人でも母親が日本人なので、両親ともインド系のスナク氏の方が純粋外国系ということになりますが、そのあたりがイギリス保守党という政党の懐の深さかも知れません。

 

2022年7月12日 (火)

ヨーロッパで検討進むAI規制案 労働法はAIとどうかかわるか

2207_cover 『情報労連REPORT』7月号が「AIと人事・働き方 働く側はどう向き合うか 」という特集を組んでいて、その中にわたくしも「ヨーロッパで検討進むAI規制案 労働法はAIとどうかかわるか 」という小文を寄稿しています。

http://ictj-report.joho.or.jp/2207/sp04.html

ボスがアルゴリズムだったら?

人工知能(AI)と労働を巡る議論は、これまでどちらかというとAIによってどれだけの仕事が奪われるかという、マクロ的ないし経済学的関心が主でした(フレイ&オズボーンの2013年論文やその日本版など)。しかし近年、AIが労働のあり方をいかに変えるかという、ミクロ的ないし社会学的関心が高まっています。採用から業務管理、業績評価、解雇に至るまでの人事労務管理の全般にわたって、AIがもたらしつつある変化が、これまでの労働法が前提にしていたものを突き崩しつつあるのではないかという問題意識です。オックスフォード大学法学部のアダムズ・プラスル教授の最近の論文「もしボスがアルゴリズムだったら?」(『比較労働法政策雑誌』41巻1号)というタイトルは問題を端的に示しています。

これまで採用を巡る問題の中心は不完全情報による「レモン」(職務能力の乏しい者をつかんでしまう)問題でした。しかし今や、ネット上に存在する応募者に関する情報を探索し、プロファイリングすることで、問題社員を事前にチェックすることも可能になりつつあります。それでどこが悪い?と考えるかもしれませんが、応募者のさまざまな属性や特徴から一定の傾向を抽出し、それに基づいて採用の判断をすることは、労働法が抑制しようと努めてきた統計的差別を公然と復活させることになりかねません。問題はそれが経営者の偏見などではなく、ビッグデータに基づく「科学的に正しい」予測だという点です。

入社後の日々の業務管理も、これまでは不可能であったような微細なモニタリングとデータ収集により、継続的な監視の下に置くことが可能です。飽きっぽい生身のボスではなく、アルゴリズムがリアル空間でもネット空間でもあなたを見張っているからです。これをアダムズ・プラスルは、百眼の怪物アルゴスになぞらえて「今日のパノプテス」と呼んでいます。会社は監視監獄パノプティコンになるのでしょうか。

EUの規制案とは?

こうして日々収集されたデータは日々分析され、労働者の業績評価に用いられます。繰り返しますが、恣意的で偏見に満ちた生身のボスではなく、ビッグデータに基づく科学的な判定です。しかしその判断過程は外から見えません。AIの中でどういうデータに基づいてどういう判断が下されたのか、生身のボスにもわからないのです。「なぜ私の評価はこんなに低いんですか?」「AIの判断だから私にもわからないけど確かだよ」。

これは解雇の判断でも同じです。「なぜ私はクビなんですか」「AIの判断だから私にもわからないけど確かだよ」。誰も説明できないのに、クビになる根拠があることだけは確かです。そう、AIは意思決定を限りなく集権化する一方で、その責任を限りなく拡散するのです。

こうした事態がすでに局部的に現実化しているのがウーバーやウーバーイーツなどのプラットフォーム労働の世界です。仕事の依頼に何秒以内に対応したか、仕事の依頼をいくつ断ったかで細かく評価され、客先の採点で低い評価が続けば、アプリにアクセスできなくなってしまう、というのは、他分野での労働の未来絵図を先取りしているのかもしれません。そこに着目して規制を試みているのがEUです。

2021年12月に欧州委員会が提案したプラットフォーム労働指令案は、(私も含めて)労働者性の法的推定規定の方に関心が集中していますが、実はもう一つの柱はアルゴリズム管理の規制です。そこでは、自動的なモニタリングと意思決定システムの透明性、人間によるモニタリングの原則、重大な意思決定の人間による再検討、労働者代表への情報提供と協議といった規定が設けられています。審議はこれからですが、これらはプラットフォーム労働に限った問題ではなく、労働の場におけるAI利用の全分野に関わる問題です。

欧州委員会のAI規則案

欧州委員会は2021年4月に人工知能規則案を提案しています。こちらは労働に限らず、全分野にわたるAI規制を試みたもので、AIをそのリスクによって4段階に分けています。最も上位にあるのが基本的人権を侵害する可能性の高い「許容できないリスク」で、潜在意識に働きかけるサブリミナル技術、政府が個人の信用力を格付けする「ソーシャルスコアリング」、そして法執行を目的とする公共空間での生体認証などが含まれます。これらは中国では政府が先頭に立って全面的に展開されているものですが、EUはその価値観からこれらを拒否する姿勢を明確にしています。規則案の公表以来、世界中のマスコミが注目しているのもこれら最上位のリスクを有するAIに対する禁止規定です。

しかしながら、その次の「ハイリスク」に区分されているAI技術の中には、雇用労働問題に深く関わるものが含まれています。ハイリスクのAIは利用が可能ですが、本規則案に列挙されているさまざまな規制がかかってくるのです。

4 雇用、労働者管理および自営へのアクセス

(a) 自然人の採用または選抜、とりわけ求人募集、応募のスクリーニングまたはフィルタリング、面接または試験の過程における応募者の評価、のために用いられるAIシステム

(b) 労働に関係した契約関係の昇進および終了に関する意思決定、課業の配分、かかる関係にある者の成果と行動の監視および評価に用いられるAIシステム

見ての通り、入口から出口まで人事労務管理の全局面にわたってAIを用いて何らかの意思決定をすることが本規則の適用対象に入ってきます。ただし、AI規則案はあくまでもAIに対する規制であって、利用者(企業)に課せられるのはリスクマネジメントシステムの設定、データガバナンスの確立、運用中の常時記録(ログ)、そして人間による監視といったことです。

日本や労働組合への示唆

このように、EUのAI規制への意気込みは大きいとはいえ、プラットフォーム労働という小領域向けの指令案と、全社会を対象とする規則案の間に、労働におけるAI利用に向けた中範囲の規制の動きはまだ存在しません。これに対し、欧州労連(ETUC)は2020年7月「人工知能とデータに関する決議」で、職場の不適切な監視を防ぎ、バイアスのあるアルゴリズムに基づく差別を禁止する法的枠組みを要求し、2021年6月には欧州議会議員への書簡で、採用・評価に限らず、職場で用いるすべてのAIシステムをハイリスクに分類し、リスクアセスメントは第三者が行うべきだと求めています。また、欧州労連のシンクタンクである欧州労研(ETUI)も2021年7月の政策ブリーフで、雇用におけるAIを対象とする指令を要求しています。

日本ではまだプラットフォーム労働への規制も緒に就いてすらいませんし、AIについても2021年7月に経済産業省が「AI原則実践のためのガバナンス・ガイドライン」を策定したにとどまり、そこでは法的拘束力ある横断的規制は否定されている状態です。しかし、職場の現実は世界とくつわを並べてどんどん進んでおり、本稿前半で述べたような世界の到来は決して遠い将来の夢物語ではありません。この問題意識を社会に喚起していく上で、労働組合の役割は極めて大きいものがあるはずです。

 

2022年7月11日 (月)

労働組合は8勝1敗

昨日の参議院選挙結果については、マクロな話は政治学者と政治評論家と政治部記者にお任せするとして、ここでは連合が股裂きになりながら推薦していた比例区の労働組合組織内候補の勝敗だけ見ておきます。

参院比例区は組織内候補者の名前を書かせる各労働組合の力量が試される選挙であるとともに、政党自体への風の吹き工合にも大きく左右されるので、必ずしも各産別の力量それ自体ではない面もありますが、その順位はやはり意味を持つでしょう。

竹詰仁(国民、電力総連)238,956 当選 

浜口誠(国民、自動車総連)234,744 当選 

川合孝典(国民、UAゼンセン)211,783 当選 

鬼木誠(立憲、自治労)171,619 当選 

矢田稚子(国民、電機連合)159,929 落選

古賀千景(立憲、日教組)144,344 当選 

柴慎一 (立憲、JP労組)127,382 当選

村田享子(立憲、基幹労連)125,340 当選

石橋通宏(立憲、情報労連)111,703 当選

というわけで、ただ一人落選の憂き目を見た矢田さんは、自分の名前はそれなりに書かせられたけれども、政党効果で落ちてしまったことになります。電機は3年前に引き続き落選で、組織内議員がいなくなってしまいました。

逆に、前回国民から出して落選したJAMは、今回は立憲から出た基幹労連に乗って雪辱を果たしたことになります。

いずれにしても、国民は3人当選の全員組合だし、立憲も7人当選中5人が組合なので、辻元さんのようなぶっちぎりの人気者でない限り、事実上組合頼みであることは確かなようです。そのくせ・・・・(以下略)

2022年7月 8日 (金)

安倍晋三元首相暗殺事件に際し、追悼として再掲「半分ソーシャルだった安倍政権」

本日、選挙演説中だった安倍晋三元首相が暗殺されました。卑劣な政治テロリズムに対して、最大限の非難を表明します。しかし、労働問題専門のブログなので、ここでは一昨年当時の安倍首相が辞意を表明したときにアップしたエントリ「半分ソーシャルだった安倍政権」を、追悼の意味を込めて再掲したいと思います。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-9c4269.html

本日突然安倍首相が辞意を表明しました。政治学者や政治評論家や政治部記者のような話をする気はありませんが、労働政策という観点からすれば、14-13年前の第一次安倍政権も含めて、「半分ソーシャル」な自民党政権だったと言えるように思います。半分ソーシャルの反対は全面リベラルで、第一次安倍政権の直前の小泉政権がその典型です。(本ブログは特殊アメリカ方言ではなくヨーロッパの普遍的な用語法に従っているので、違和感のある人は「リベラル」を「ネオリベ」と読み替えてください)

安倍政権は間違いなくその小泉・竹中路線を忠実に受け継ぐ側面があり、労働市場の規制緩和を一貫して進めてきたことは確かなので、その意味では間違いなく半分リベラルなのですが、それと同時に、一般的には社会党とか労働党と呼ばれる政党が好み、労働組合が支持するような類の政策も、かなり積極的に行おうとする傾向があります。そこをとらえて「半分ソーシャル」というわけです。今年はさすがに新型コロナでブレーキを掛けましたが、第1次安倍政権時から昨年までずっと最低賃金の引き上げを進めてきたことや、ある時期経営団体や労働組合すらも踏み越えて賃上げの旗を振ったりしていたのは、自民党政権としては異例なほどの「ソーシャル」ぶりだったといえましょう。

第二次政権の後半期を彩る「一億総活躍」や「働き方改革」も、その中にちらりとリベラルな芽も含まれていながら、相対的にはやはりかなり異例なほどに「ソーシャル」な政策志向でした。その意味では、社労党ではないにしても、社労族ではあったのは確かでしょう。もっとも、司令塔が経産省出身の官邸官僚だったため、総体としては「ソーシャル」な政策の中にちらちらと変な声が混じったりもしてましたが。

一方で極めてナショナリズム的な志向が強烈にあるために、複数の軸を同時に考えることができない短絡的な脳みそでもって、ややもすると中身を吟味することなくレッテル張りがされる傾向もありますが、職を退いたことでより客観的にその政策を分析することができるようになれば望ましいと思われます。

それにしても、「働き方改革」の柱の一つが「病気の治療と仕事の両立」であり、そのためにわざわざ生稲晃子さんを引っ張り出したりしていたのに、ご本人が潰瘍性大腸炎という難病と内閣総理大臣という職責の両立を断念して辞任するに至ったというのは、やはり仕事のサイズの大きさによってはその両立はそうたやすくはないということなのでしょうか。これもいろいろと考える素材になりそうです。

ちなみに、「半分ソーシャル」といえば、安倍首相がことあるごとに「悪夢のような」と形容していた民主党政権も同じように(いや違う側面でですが)やはり「半分ソーシャル」でした。労働組合が最大の支持勢力であるはずなのに、なぜかふわふわした「リベラル」な空気に乗って、構造改革を競ってみたり、仕分けと称してやたらに切り刻んでみたり、挙句の果ては間違いなく選挙の時に一番一生懸命動いていたであろう組合員の首を平然と斬ったりしていましたね。まあ、それでも下駄の雪よろしくついていく組合も組合ですが。

 

2022年7月 7日 (木)

【本棚を探索】第25回小坂井敏晶『格差という虚構』

51otmnzkual245x400 『労働新聞』に月イチで寄稿している書評コラム「本棚を探索」、今回は小坂井敏晶『格差という虚構』(ちくま新書)です。

https://www.rodo.co.jp/column/134165/

  前回は『実力も運のうち 能力主義は正義か?』を取り上げたが、そのメリトクラシー批判をさらに極限まで突き詰めると本書に行き着く。タイトルだけ見ると「格差なんて虚構だ」というネオリベ全開の本と思うかもしれないが、むしろ格差を非難し、少しでも減らすようにとの善意に満ちた考え方の虚構を暴き立てる本である。彼に言わせれば、近代の平等主義とは、現実に存在する格差を正当な格差と不当な格差に振り分け、階層構造の欺瞞から目を逸らせるための囮に過ぎない。
 メリトクラシーを論ずる第1章は、前回の議論と響き合い、そのもたらす残酷な帰結をこう突きつける。「現実には環境と遺伝という外因により学力の差が必ず出る。ところが、それが才能や努力の成果だと誤解される。各人の自己責任を持ち出せば、平等原則と不平等な現実との矛盾が消える。学校制度はメリトクラシーを普及し格差を正当化する」と。
 第2~3章では、遺伝・環境論争を、両者とも外因に過ぎないと斬り捨て、行動遺伝学の欺瞞を暴く。遺伝も環境も本人にとっては外因であり、能力の因果とは無縁であるにもかかわらず、まるで遺伝が内因であるかのように議論が進む。遺伝率という概念のおかしさを指摘する著者の眼は鋭い。
 第4~7章までは、応報正義の根拠とされる主体の虚構性とパラレルに、分配正義の根拠である能力の虚構性を論じていく。最も抽象的な哲学論が、最もアクチュアルな現実の政策論と接するあたりを駆け抜けていく感覚がぞくぞくする。格差が縮小すれば人は幸せになるのではない。逆に微小な格差に執着し、不満が増幅するのだ。「人は常に他人と比べる。そして比較は優劣を必ず導く。近代社会では人間に本質的な違いがないとされる。だからこそ人は互いに比べ合い、小さな差に悩む。自らの劣勢を否認するために社会の不公平を糾弾する。私は劣っていない。社会の評価が間違っているのだと」。
 ここまで読むと、出口のない絶望感に打ちひしがれる。ではどうしたら良いのか? 著者が示す救いの道は意外なものだ。それは偶然である。今までの正義論は偶然による不幸を中和し補償することを模索する。それが思い違いなのだ。偶然は欠陥でもなければ邪魔者でもない。偶然の積極的意義を掘り起こし、開かれた未来を見付け出そうと呼び掛ける。とはいえ、こんな処方箋で現実の労働現場で悩む人々が救われるかといえば、その可能性は乏しいだろう。全ては外因だからといって、みんな平等にしましょうで済むわけではない。「こんなに違うのになぜ同じなのだ?」との声が噴き出す。大きな格差も小さな格差も格差なしも、どれもが不満をもたらす。
 ちなみに、著者は30年近くフランスの大学で教えているが、それが本書の考え方に大きな影響を与えているのではないか。フランスは自由、平等という正義を高らかに掲げるが、階層の固定性は高く、エリートとノンエリートの格差が著しい。著者のいる普通の大学は、トップエリートの集うグランゼコールと違い、先の見えた中くらいの準エリートを養成する機関なのだ。そう思って読み返すと、いろいろ腑に落ちてくる。

 

 

2022年7月 6日 (水)

アンチが騒ぐ前にリベラル派が騒いで潰した人権擁護法案

朝日のこの記事に、

https://www.asahi.com/articles/DA3S15344730.html(あらゆる差別禁止、法律化求める動き 「包括法」欧州各国で制定進む)

おきさやかさんがこうつぶやいているんですが、

https://twitter.com/okisayaka/status/1544266020172341248

欧州だけでなく韓国も導入してたような。日本は2000年代にアンチが騒いで頓挫した

歴史的事実を正確に言うと、右派のアンチ人権派が騒ぐより前に、本来なら人権擁護を主張すべきリベラル派が報道の自由を侵すと騒いで潰したんですよ。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-0347.html(人種差別撤廃条約と雇用労働関係)

・・・・実は、2002年に当時の小泉内閣から国会に提出された人権擁護法案が成立していれば、そこに「人種、民族」が含まれることから、この条約に対応する国内法と説明することができたはずですが、残念ながらそうなっていません。
 このときは特にメディア規制関係の規定をめぐって、報道の自由や取材の自由を侵すとしてマスコミや野党が反対し、このためしばらく継続審議とされましたが、2003年10月の衆議院解散で廃案となってしまいました。この時期は与党の自由民主党と公明党が賛成で、野党の民主党、社会民主党、共産党が反対していたということは、歴史的事実として記憶にとどめられてしかるべきでしょう。
 その後2005年には、メディア規制関係の規定を凍結するということで政府与党は再度法案を国会に提出しようとしましたが、今度は自由民主党内から反対論が噴出しました。推進派の古賀誠氏に対して反対派の平沼赳夫氏らが猛反発し、党執行部は同年7月に法案提出を断念しました。このとき、右派メディアや右派言論人は、「人権侵害」の定義が曖昧であること、人権擁護委員に国籍要件がないことを挙げて批判を繰り返しました。
 ・・・一方、最初の段階で人権擁護法案を潰した民主党は、2005年8月に自ら「人権侵害による被害の救済及び予防等に関する法律案」を国会に提出しました。政権に就いた後の2012年11月になって、人権委員会設置法案及び人権擁護委員法の一部を改正する法律案を国会に提出しましたが、翌月の総選挙で政権を奪還した自由民主党は、政権公約でこの法案に「断固反対」を明言しており、同解散で廃案になった法案が復活する可能性はほとんどありませんし、自由民主党自身がかつて小泉政権時代に自ら提出した法案を再度出し直すという環境も全くないようです。 

政策の中身よりも政治的対立軸を優先する発想からすれば、小泉純一郎内閣が出してきた法案などけしからんものに決まっているのだから、メディア規制がけしからんとかいろいろ理屈をつけて潰せば野党の得点になると思ったのでしょうけど、あにはからんや、世の中はもう少し複雑怪奇であって、その政府自民党の中からナショナリストの右派が人権擁護法案絶対反対を叫びだし、自民党はそちらに足並みがそろってしまい、民主党政権になってかつて自分たちが潰した法案を出しなおしてみても、結局潰されて、いまだに何もないという状況になっているわけです。

そういう歴史的事実をきちんと学ばないから、いつまでたっても同じ過ちを繰り返すんだと思いますよ。何よりも政治的「対立軸」を大事にする発想が何を生み出し、何を潰すかという歴史的事実を。

 

 

 

 

 

 

 

就職難でもマルクス専攻ならウハウハ@中国

Https___d1e00ek4ebabmscloudfrontnet_prod フィナンシャルタイムズ紙の皮肉たっぷりな記事

https://www.ft.com/content/36d34b2f-7f69-4224-8322-87d99a820f64(China’s Marxism majors prosper amid labour market woes)

Xi’s ideology drive is ensuring keen demand from companies and schools for graduates in communist theory

習近平のイデオロギー攻勢が企業と学校に共産主義理論専攻の卒業生への需要を強めている

Chinese university graduates are struggling to find work in the country’s worst labour market in years — unless they have degrees in Marxism.

中国の大学卒業生はこの国の最悪の労働市場状況の中で仕事を見つけるのに苦しんでいるーもっとも彼らがマルクス主義専攻でなければだが。

Despite being China’s ruling ideology, Marxism has for decades been an obscure major for students. But it is enjoying a revival under President Xi Jinping, who has urged Chinese Communist party cadres to “remember the original mission” as he prepares to begin an unprecedented third term in power this year.

中国の支配的イデオロギーであるにもかかわらず、マルクス主義は過去数十年にわたって学生の専攻としてはぱっとしないものだった。しかし今や、今年空前の第三期目を目指して中国共産党幹部に「初心を忘れるな」と説教する習近平主席のもとで復活を享受している。

“This is the golden time for Marxism majors,” said an official at the university, who asked not to be identified because he was not authorised to speak with foreign media.

「今はマルクス主義専攻者にとって黄金時代だ」と、外国メディアに喋る権限のないがゆえに身元を明かさぬよう求める大学の幹部は言う。

Private sector companies are also hiring Marxism majors in an effort to showcase their allegiance to the party in the wake of crackdowns on technology and property entrepreneurs such as Jack Ma, founder of Alibaba and Ant, and China Evergrande chair Hui Ka Yan.

民間企業もまた、共産党への忠誠の証としてマルクス主義専攻者を雇う。さもないとジャック・マーのように潰されるので。

Tong recently hired a Marxism expert to help his firm improve communication with local authorities. The hire had an immediate impact.

トンは最近、自社の地方政府とのコミュニケーションを改善するためにマルクス主義専門家を雇った。この採用はてきめんの効き目をもたらした。

Shortly after starting, the in-house Marxist showed Tong an “inappropriate” article in his company’s internal magazine that had criticised China’s draconian film censorship regime.

入社早々、この社内マルクス主義者はトンに、中国の厳格な映画検閲体制を批判した社内報の「不適切」な記事を指摘した。

・・・・・・・・

というわけで、現代中国においては、マルクス主義の職業的レリバンスは著しく高いようです。それが19世紀のひげ面のユダヤ系亡命ドイツ人の思想と何らかの関係をなお有しているかどうかは保証の限りではなさそうですが。

(参考)

ちなみに、中国共産党とマルクス主義との間のまことに「密接な無関係」については、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/200-994a.html(マルクス200年で中国が銅像っていう話)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/post-855b.html(中国共産党はマルクス主義がお嫌い?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/post-0e60.html(中国共産党はマルクス主義がご禁制?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-ba65.html(中国にとってのマルクス主義-必修だけど禁制)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-855d.html(中国左翼青年の台頭と官憲の弾圧)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-509022.html(マルクス主義と中華文明の共通性@潘岳)

こうしてみると、本心ではご禁制にしたいほど毛嫌いしている革命的なマルクスの思想を、共産党政権の正統性の根源たるご本尊として拝む屁理屈を作らなければならない党イデオロギー官僚のみなさんほど、脳みそを絞りに絞ってへとへとになる商売はこの世に外にはほとんどないように思われます。

まあ、時々、わざわざその中華ナショナリズムを断固として擁護してくれる奇特な日本人がいてくれるのがせめてもの慰めなのかもしれません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/09/post-f2ea3d.html(資本主義批判はご法度@中国)

ついでに余計なことを言っておくと、ピケティがその資本主義批判の本の出版を断念した中国で、自分のマルクス礼賛本の翻訳が出たと自慢たらたらな、自分では反知性主義の反対だと思い込んでいるらしいおっさんがこちら。よっぽど、中国資本主義にとって無害な代物だと思われたんですね。それをまた恥じるどことか自慢してるんだから始末に負えない。ピケティの爪の垢を呑む気などはなからなさそうです。

「共産党員および領導幹部への推薦図書」の帯をつけて平積みにされているのですから、よっぽど中国共産党のお気に入りなんですね。読んでも上に出てくるまじめな左翼青年のような社会への疑問を持つことはないと、太鼓判を押してもらっているわけです。よかったね。

 

 

 

2022年7月 4日 (月)

解雇の金銭解決制度

今朝の朝日新聞に、解雇の金銭解決制度に関する記事が載っていますが、

https://www.asahi.com/articles/DA3S15343186.html(浮上20年「解雇の金銭解決制度」、議論低調 「新しい選択肢に」「金額予想できる」政府が検討)

解雇された働き手から申し立てを受け、裁判所が不当解雇と判断すれば、一定の金銭を会社に支払わせることで解決とする――。そんな「解雇の金銭解決制度」の導入を政府が検討している。ただ、労働者側は「安易なリストラ のトピックスを開リストラにつながる」などと反発し、使用者側も解決金が高額になることへの懸念などから慎重で、実現の見通しは立っていない。・・・・

・・・この日の会議では結局、これまでに訴訟の和解や労働審判で金銭解決した事例を再調査したうえで、夏以降に議論を再開することになった。ただ、労使ともに消極的で、先行きは見通せないのが実情だ。

記事の最後には、土田道夫、神林龍両氏も登場しています。

Assen 記事の真ん中あたりで、裁判上の和解と労働審判について実際の解決金額等を調査したデータがちらりと出てきていますが、これはわたくしが2013年の裁判記録等を調べて報告書にまとめたもので、下記報告書や刊行物で読めます。

https://www.jil.go.jp/institute/reports/2015/documents/0174.pdf

中央値で見ると、あっせんは156,400円、労働審判は1,100,000円、和解は2,301,357円であり、後者ほど高額であるが、いずれも下表に見るように散らばりが大きくなっている。

図表2 解決金額(労働審判)

0174_02

図表3解決金額(和解)

0174_03

 

 

2022年7月 3日 (日)

ロシアのカルチャーをキャンセルしないで@フルシチョワ

Ninalkhrushcheva115x115_20220703163401 最近ときどきソーシャル・ヨーロッパに登場するニーナ・フルシチョワ(ニキータのひ孫娘)が、今回は「ロシアのカルチャーをキャンセルしないで」(Don’t cancel Russian culture)と訴えています。

https://socialeurope.eu/dont-cancel-russian-culture

Refusing to engage with Russian culture will not change Putin’s calculations, let alone impel him to withdraw from Ukraine. 

ロシアの文化とかかわりを持つことを拒絶しても、プーチンの方策を変えることはできないし、ウクライナから撤退させることもできやしない。

まあ、言いたいことはタイトルに尽きるんですが、もちろんこのタイトルは、近年世界的に流行りの「キャンセル・カルチャー」と掛けているわけですね。

彼女のプーチン論については、4月に紹介しています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2022/04/post-c7defa.html(フルシチョフのひ孫娘のプーチン論)

 

2022年7月 2日 (土)

育児休業給付の将来

今朝の朝日新聞に「非正規労働者などにも育休給付 政府が抜本的見直し検討、課題は財源」というかなり突っ込んだ記事が出ています。

https://www.asahi.com/articles/ASQ7164LBQ71UTFK00Q.html

政府は、子どもが1歳になるまでの間の育児休業中に支払われる育児休業給付の対象者を拡大するため、制度の抜本的見直しの検討に入った。現在の対象は正社員を中心とした雇用保険の加入者に限られているが、非正規労働者や、出産や育児で離職した再就職希望者などを念頭に拡大をめざす。財源問題を伴うだけに、負担をどうするかが大きな焦点となる。

 複数の政府関係者が明らかにした。少子化対策は喫緊の課題で、育休給付の対象拡大は、子育て世代が男女ともに収入やキャリア形成に不安なく、仕事と子育てを両立できる環境整備を進めるねらいがある。

 見直しの背景には、雇用保険制度の限界がある。加入には「週の労働時間が20時間以上」「31日以上の雇用見込み」などの要件があり、加入できる非正規労働者は一部にとどまる。フリーランスや自営業者も対象外だ。

 そもそも雇用保険の主な財源は事業主と労働者から徴収する保険料のため、子育て支援より失業防止が重視され、育休給付の対象者は限定されている。それでも近年は利用者が増え続け、来年度に赤字に陥る可能性がある。

 このため、政府内では現行制度では対象拡大は難しいとの見方が強い。給付を雇用保険制度から切り離す案も浮上しているが、その場合、新たな財源をいかに捻出するかが課題となる。・・・・

この「複数の政府関係者」ってのは、おそらく全世代型社会保障改革構築本部の方々だと思われますが、この育児休業給付の問題は幾重にも話が絡まり合っているので、せっかくなのでここでごく簡単に整理しておきましょうか。

まずもって現在育児休業給付の財源となっている雇用保険サイドですが、一昨年のコロナ禍のとば口あたりで行われた雇用保険法改正で、育児休業給付が失業等給付から独立して、0.4%の独自の保険料率をもつ、いわば雇用保険制度内の準独立的な制度になったことはご案内の通りです。ところがその後のコロナ禍で雇用調整助成金が払底して失業等給付の方からお金を持ってきてもまだ足りず一般会計からつぎ込む事態となっていることはご存じの通り。そういう中で、雇用保険法の保険料率を引き上げる改正が今年行われたのですが、その元になった労政審雇用保険部会の報告では、「育児休業給付については、男性の育児休業促進策等に係る制度改正の効果等も踏まえつつ、中長期的な観点から、その充実を含め、他の子育て支援制度の在り方も合わせた制度の在り方を総合的に検討することが適当である」とした上で、「この点に関し、労働者代表委員及び使用者代表委員から、育児休業の取得促進は少子化対策の一環として行われるものであり、育児休業期間中の経済的支援は、国の責任により一般会計で実施されるべきであるとの意見があった」と、労使の意見が示されています。。

https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000879039.pdf

また、先の国会でこの雇用保険法改正案が可決された際の国会の附帯決議でも、「令和6年度までに、育児休業給付等の国庫負担割合の引下げの暫定措置の見直しだけでなく、育児休業給付の財源確保の在り方を含め、雇用労働者に限らず、フリーランスとして就業する者などを含む全ての働く者の育児・子育てを広く社会で支援する体制の構築を検討すること」と、より明確な意見が打ち出されています。

https://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/current/f069_032901-1.pdf

そして、すでに去る5月から厚生労働省は雇用保険制度研究会(学識者6名、座長:山川隆一)を開始しており、その論点の中に「育児休業給付とその財源の在り方」も挙げられています。これがこれまでの枠組みにおける正式な制度的な検討の場ということになります。

しかし、上の記事にもあるように、雇用保険の枠を超えて育児休業給付を拡大していくということになると、これは雇用保険制度の検討を超えます。ではそれはどこで進められるのかというと、すでに官邸の全世代型社会保障構築会議で議論が出されています。

かつての安倍政権における産業競争力会議に相当するのは新しい資本主義実現会議ですが、社会保障改革についてはこの全世代型社会保障構築会議が司令塔的な役割を果たすこととされているようです。去る5月にとりまとめられた「議論の中間整理」では、「子育て・若者世代が子どもを持つことによって収入や生活、キャリア形成に不安を抱くことなく、男女ともに仕事と子育てを両立できる環境を整備するために必要となる更なる対応策について、国民的な議論を進めていくことが望まれる。その際には、就業継続している人だけではなく、一度離職して出産・育児後に再び就労していくケースも含め、検討することが重要である」と、ややぼかした表現になっていますが、

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/zensedai_hosyo/pdf/20220517chukanseiri.pdf

例えば2022年3月の第2回会合では、「育児休業給付を雇用保険制度の給付としていることを見直し、より個人としての取得の権利を確立し、非正規雇用者を含めて子育て支援を前面に出した制度に見直していくべき」という意見が示されています。

Yamazaki 実をいうと、この全世代型社会保障構築会議の事務局のトップにいるのが、元厚生官僚で昨年駐リトワニア大使から戻ってきた山崎史郎氏で、彼が昨年11月に出版した近未来小説『人口戦略法案』には、彼の主張する子ども保険構想が詳細に描かれています。それは、育児休業給付と児童手当等の子ども関係の諸給付をまとめて一個の社会保険制度を作ろうという話で、彼がかつて携わった介護保険の夢よもう一度というストーリーですが、今回の記事の裏にあるのも、おそらくこの山崎氏の子ども保険構想ではないかと思われます。そのとっかかりが育児休業給付の非正規やフリーランスへの拡大ということなのでしょう。

というわけで、来週の参議院選挙が終わったら、この動きが一気に加速していく可能性があります。

上記朝日の記事の最後には、

・・・こうした事態に対応するため、政府は社会保障の支え手を増やすため、厚生年金や健康保険への加入対象を広げる「勤労者皆保険」を掲げる。これに先んじて始まる育休給付の対象者拡大に向けた議論は、全世代型社会保障の構築に向けた「試金石」となる。政府関係者の一人は「少子化対策を拡充するための入口にしたい」とも打ち明ける。

と、きわめて率直な見解が記されています。リークというよりも、意図的な号砲記事の感もありますが、記事の背景を解説するとほぼ以上のようになります。

(おまけ)

参考までに、育児休業給付については、去る5月17日 にWEB労政時報に「育児休業給付の過去・現在・未来」という小文を寄稿していますので、知識の確認用にどうぞ。

 新型コロナウイルス感染症が急速に蔓延し始めたさなかの2020年3月に成立し、翌4月に施行された改正雇用保険法により、育児休業給付は失業等給付から独立し、子を養育するために休業した労働者の生活及び雇用の安定を図るための給付と位置付けられました。そしてこのため、育児休業給付の保険料率(1,000分の4)を設定するとともに、経理を明確化し、育児休業給付資金を創設することとされました。その後の約2年間、日本の雇用政策はコロナ禍に振り回されたこともあり、この育児休業給付の問題はあまり注目を集めることはなかったようですが、労働法政策の観点からは興味深い論点がいくつもあります。
 育児休業法は1991年5月に成立しましたが、当時野党や労働側は育児休業中の経済的援助の創設を求めていました。野党が国会に提出していた法案では、国労使が3分の1ずつ負担する掛金により賃金の60%の手当を賄う育児休業手当を規定していましたが、使用者側の強い反対でこの時には実現しませんでした。
 しかし、1993年にこの問題が再度審議され、1994年6月の雇用保険法改正により、高年齢者雇用継続給付と並んで育児休業給付が設けられました。その位置づけは、本来失業というリスクに対する保険制度である雇用保険制度を財源とするために、「職業生活の円滑な継続を援助するための給付」(雇用継続給付)ということにされました。そして、その趣旨を確保するために、そもそも休業前賃金の25%相当額という渋めの給付水準のうち、20%を育児休業基本給付金として休業期間中に、残り5%は育児休業者職場復帰給付金として休業後6か月間雇用された後に支給、という仕組みにしていました。育児休業期間中のみに給付を行うこととすると、わずかな期間だけ形式的に職場復帰することにより、職場復帰後に支給する育児休業給付を受給すると退職してしまうといった制度本来の趣旨に反した濫用を招きやすいからと説明されていますが、未だに女性の就労意欲があまり信頼されていなかったことの現れかも知れません。
 そもそも、この25%という数字は高年齢雇用継続給付のそれと一致しているように見えますが、こちらは60~65歳の賃金にその25%を上乗せするというものです。無収入の育児休業期間の経済的援助として25%(当面は20%)というのは、かつての野党法案の60%には到底及ばず、ここにも当時の政策の軽重の意識が露呈しているように見えます。
 1995年6月の育児休業法改正により介護休業が創設された後、1998年3月の雇用保険法改正で(教育訓練給付と同時に)介護休業給付が設けられました。同給付の給付水準は25%で、一見育児休業給付と同じ水準に見えますが、こちらは職場復帰6か月後まで5%お預けになっていません。もちろん休業期間に差があるから(育児休業は子が1歳に達するまで、介護休業は3か月)ではあるのですが、育児休業する者は給付をもらったらさっさと退職するかも知れないが、介護休業する者はそんな心配は要らないと言っているかのようでもあり、なにやら妙なジェンダー意識が後ろにちらついているようにも見えます。
 この20%+5%という育児休業給付の給付水準が引き上げられたのは2000年5月の雇用保険法改正時です。同改正は主として、自己都合離職者等の給付日数を大幅に削減するものでしたが、育児休業給付については休業前賃金の40%相当額(30%を休業期間中に、残り10%は休業後6か月雇用された後に支給)に引き上げられました。なお、介護休業給付も同時に40%となりましたが、こちらは従前通りお預け分なしに全額まとめてです。育児休業取得者に対する不信感は依然として継続しているようです。
 2004年12月には、育児・介護休業法の改正に合わせて雇用保険法の両休業給付の規定も改正され、育児休業給付についてはその支給期間が一定の要件で子が1歳半に達するまでに延長されました。もっとも給付水準やお預け分に変わりはありません。
 この30%+10%という育児休業の給付水準がさらに引き上げられたのは2007年4月の雇用保険法改正時です。同改正は主として短時間労働者の被保険者区分をなくし、一般被保険者として一本化するとともに、受給資格要件に離職理由で差を付けるものでしたが、育児休業給付については暫定措置として原始附則に第9条を追加し、復職6か月後に支給されるお預け分を10%から20%に引き上げました。これにより、育児休業給付の総額は休業前賃金の50%相当額となり、そのうち30%を休業期間中に、残り20%は休業後6か月雇用された後に支給という仕組みとなったわけです。なおこの時併せて、育児休業期間の算定基礎期間への不算入といった被保険者期間に係る調整規定も設けられました。
 ここまで一貫して一部はお預けという仕組みを維持してきた育児休業給付が、ようやく介護休業給付と同じように休業中に全額支給される制度となったのは、2009年3月の雇用保険法改正によってでした。同改正は主として非正規労働者への適用拡大として1年以上の雇用見込みを6か月以上の雇用見込みに改めるものでしたが、育児休業給付についてはようやく基本給付金と職場復帰給付金の二本立て方式が廃止され、育児休業給付金に一本化されたのです。ただし、2007年改正が附則による暫定措置であり、本則上は30%+10%であるのを附則で暫定的に30%+20%としている状態であったため、この2009年改正による一本化についても、条文上は、本則上は40%であるのを附則第12条で暫定的に50%とするという形になっています。
 この本則の給付水準を附則で10%嵩上げするという仕組み自体は変わらないまま、2014年3月の雇用保険法改正により、さらに支給率が一部引き上げられました。育児休業期間のうち最初の6か月間は67%、それ以後は50%です。規定ぶりは大変ややこしく、本則上は40%のまま、附則で原則50%に、さらに当初の6か月間は67%に嵩上げするという複雑怪奇な仕組みです。これは、2013年8月の社会保障制度改革国民会議の報告書が育児休業期間中の経済的支援の強化を求めたことがきっかけで、同年12月の労政審雇用保険部会報告書では出産手当金の水準を踏まえ、育児休業開始時から最初の6か月の間については67%の給付率とすべきとされたためです。
 この間、育児休業給付の受給者数は年々増大し、それに伴って支給額も毎年増大していき、遂に求職者給付を追い抜くほどとなっていきました。その状況を雇用保険事業年報で見てみましょう。2008年度までは育児休業基本給付金と育児休業職場復帰給付金が別建てになっていましたが、初回受給者数は基本給付金の数値であり、総額は両給付金の合計です。
年度
 
初回受給者数 総額(千円)
 
 
1995       59,720       59,603        117    11,847,763
1996       59,292       59,159        133    22,163,086
1997       65,343       65,177        166    25,747,927
1998       71,413       71,230        183    29,151,507
1999       75,960       75,766        194    32,079,976
2000       85,144       84,925        219    37,239501
2001       92,796       92,517        279    59,748,853
2002       98,462       98,164        298    70,766,585
2003      103,478      103,019        459    76,282,017
2004      111,928      111,416        512    82,753,772
2005      118,339      117,625        714    89,495,294
2006      131,542      130,564        978    95,506,913
2007      149,054      147,824       1,230    120,795,633
2008      166,661      165,221       1,440    151,144,314
2009      183,542      181,908       1,634    171,153,523
2010      206,036      202,745       3,291    230,431,411
2011      224,834      220,767       4,067    263,111,959
2012      237,383      233,544       3,839    256,676,405
2013      256,752      252,582       4,170    281,072,650
2014      274,935      269,462       5,473    345,720,437
2015      303,143      295,412       7,731    412,300,202
2016      327,007      316,596       10,411    450,343,708
2017      342,978      328,803       14,175    478,372,543
2018      363,674      344,987       18,687    531,237,726
2019      381,459      353,667       27,792    571,348,709
2020      419,386      373,445       45,941    643,584,516
 このように、育児休業給付の支給額は一貫して増加を続け、遂に基本手当に匹敵する給付総額となることが見込まれるに至りました。そこで、労政審雇用保険部会の2019年12月の報告書は、「このまま育児休業給付を求職者給付等と一体的な財政運営を続けた場合、景気状況が悪化した際には、育児休業給付の伸びに加えて求職者給付の増加が相まって財政状況が悪化し、積立金の取り崩しや保険料率の引上げが必要になり、ひいては給付にも影響を及ぼすことも懸念される」と述べ、「このため、育児休業給付については、新たに「子を養育するために休業した労働者の雇用と生活の安定を図る」給付として、失業等給付とは異なる給付体系に明確に位置づけるべきである」とし、「併せて、その収支についても失業等給付とは区分し、失業等給付全体として設定されている雇用保険料率の中に、育児休業給付に充てるべき独自の保険料率を設けて、財政運営を行うべきである」と、その失業等給付からの独立を求めました。
 この報告書に基づき、翌2020年3月に行われた雇用保険法の改正により、これまで同法の「第3章 失業等給付」の「第6節 雇用継続給付」の「第2款 育児休業給付」であったものが「第3章の2 育児休業給付」となり、失業等給付や雇用安定事業等と同格に引き上げられました。そしてその収支も失業等給付とは区分し、雇用保険料率の中に育児休業給付に充てるべき独自の保険料率(4/1000)を設けて、財政運営を行うこととされました。これに伴い、それまで育児休業給付が属していた失業等給付(他の政策的給付もまだ含まれている)の保険料率は6/1000から2/1000へと究極的に縮小しました。なお、育児休業給付自体の要件や効果は変わっていませんが、それまでの本則の給付水準を附則で10%嵩上げするというやり方をやめて、素直に本則上に最初の6か月間は67%、それ以後は50%と書き込まれました。
 この2020年改正によってほぼ完成された育児休業給付の制度設計を、改めて育児休業法制定前に当時の野党から出されていた育児休業法案の育児休業手当の条項と読み比べてみると、30年以上の月日を経て、ようやくそれに近い制度にまで到達したと評することができそうな気がします。細かく言えば、給付率では同法案が1年間60%であるのに対して現制度は半年間67%+半年間50%ですし、費用負担は同法案が国労使3分の1ずつであるのに対して現制度は労使折半+国が8分の1ですが、雇用保険制度の中に独自の保険料率をもった半独立的な勘定区分を設けたというのは、同法案の「掛金の徴収」が少し違う形で実現したようなものだとも言えます。
 ところが、育児休業給付の保険料率が0.4%として独立し、その分失業等給付の保険料率が0.6%から0.2%へと激減した2020年4月は、同年2月から急激に蔓延を始めた新型コロナウイルス感染症の影響が全国に及び始めた時でもありました。2020~2021年度の2年間で雇用保険2事業の雇用調整助成金が5兆円も支給され、雇用安定資金はあっという間に払底して失業等給付の積立金を借り入れ、そちらも払底して一般会計から繰り入れて凌ぐ事態となったのです。2022年3月の改正でようやく段階的に0.8%に戻すことになりましたが、このタイミングの悪さは特筆するに値します。もちろん育児休業給付の責任ではありませんが、改めて育児休業への経済的援助という社会構造的な政策を、雇用保険財政という景気変動に対応した循環的対応が不可避の制度の中に設けることのメリットとデメリットを考えさせられた経験と言えます。
 2021年6月の育児・介護休業法改正により父親出産休暇(正式名称は出生時育児休業制度)が創設されるのに伴い、雇用保険法においても育児休業給付の一つとして出生時育児休業給付金が設けられました。支給水準は67%で、これは育児休業給付の当初6か月分と同じですが、同じ時期に産後休業中の母親に支給される出産手当金(2/3)ともほぼ同じです。また、出生時育児休業制度では休業期間の半分まで就労が可能となりますが、これについては最大で10 日(これを超える場合は 80 時間)の範囲内とし、賃金と給付の合計額が休業前賃金の80%を超える場合には、当該超える部分について給付を減額する仕組みとしています。
 なお、これに向けた労政審雇用保険部会の報告では、上述のようなコロナ禍による雇用保険財政逼迫にも言及し、「育児休業給付の在り方については、今般の男性の育児休業促進策等に係る制度改正の効果等も見極めた上で、雇用保険制度本来の役割との関係や、他の関連諸施策の動向等も勘案しつつ検討していく必要があるものである」と釘を刺しています。同部会では、労使各側委員から「育児休業期間中の経済的支援は、少子化対策の一環として行われるものであり、少子化対策は社会全体で子育てを支えていく観点から、税による恒久財源で賄うべき」といった意見が示されていました。ここまで膨れあがった育児休業給付のあり方をめぐって、同報告は「現在の保険料率で安定的な運営が可能と確認できている令和6年度までを目途に検討を進めていくべき」としており、今後更なる議論の展開が予想されます。
 
 育児休業給付を子育て支援という大きな政策の枠組みの中で位置づけ直そうという動きは、2009年から2012年の民主党政権において試みられたことがあります。その目玉政策の1つとして、「子ども・子育て新システム」の検討が進められたのです。
 2010年1月、幼保一体化を含む新たな次世代育成支援のための包括的・一元的なシステムの構築について検討を行うため、閣僚レベルの「子ども・子育て新システム検討会議」が設置され、同年4月に「子ども・子育て新システムの基本的方向」をまとめていますが、そこでは「育児休業の給付と保育を一元的に制度から保障し、育児休業明けの円滑な保育サービス利用を保障」という文が入り、子ども手当、一時預かりや地域子育て支援等、すべての子どもの育ちを支援する基礎給付(1階)の上に、幼保一体給付(仮称)や育児休業給付等、仕事と子育ての両立支援と、幼児教育を保障する両立支援・幼児教育給付(2階)を設けるという構想を示していました。
 同年6月の「子ども・子育て新システムの基本制度案要綱」では、「事業ごとに所管や制度、財源が様々に分かれている現在の子ども・子育て支援対策を再編成し、幼保一体化を含め、制度・財源・給付について、包括的・一元的な制度を構築する」という考え方に立ち、「実施主体は市町村(基礎自治体)とし、新システムに関するすべての子ども・子育て関連の国庫補助負担金、労使拠出等からなる財源を一本化し、市町村に対して包括的に交付される仕組み(子ども・子育て包括交付金(仮称))を導入する」という大胆な一本化構想を提起しています。これにより給付の内容は、①すべての子ども・子育て家庭を対象とした基礎的な給付と②両立支援・保育・幼児教育のための給付の2種類となります。
 具体的な制度設計としては、まずすべての子ども・子育て家庭支援(基礎給付)として、子ども手当(個人への現金給付)と子育て支援サービス(個人への現物給付)を一体的に提供します。次に、妊娠から出産、育児休業、保育サービスの利用、放課後対策まで、切れ目のないサービスを提供するという観点から、「両立支援・保育・幼児教育給付」(仮称)を提起しています。この中に、産前・産後・育児期における就業中断中においても安心して子どもを生み育てることができるよう、妊娠から保育サービスまで切れ目なく給付が受けられる仕組みとしての「産前・産後・育児休業給付(仮称)」が提起されているのです。これが、幼稚園・保育所・認定こども園の垣根を取り払う「こども園」(仮称)などの「幼保一体給付」(仮称)、放課後児童給付(仮称)などと並べて記述されており、これにより「育児休業の給付と保育サービスを一元的な制度により保障することにより、育児休業から保育サービスへの円滑な利用を保障する仕組みとする」ことが目指されているわけです。この両立支援・保育・幼児教育給付には事業主・個人が拠出すると想定され、さらに「既存の特別会計(勘定)の活用などにより、子ども・子育て勘定(仮称)を設け、各種子ども・子育て対策の財源を統合し」「子ども・子育て包括交付金(仮称)として、市町村に対して必要な費用を包括的に交付する」と書かれています。
 その後、作業グループと基本制度、幼保一体化、こども指針の3つのワーキングチームが設置されて検討が進められ、そのうち基本制度ワーキングチームの第4回会合に、「出産・育児に伴う休業中の給付について(案)」が提示されました。
 そこでは、まず給付の趣旨として、健康保険による出産手当金と雇用保険による育児休業給付を統合し、産前・産後・育児休業期間を通した一貫して給付を行うとし、その意義を女性労働者にとっては連続した就業中断であり、期間中の所得保障という共通の目的になじむとしています。また健康保険、雇用保険から子ども・子育て新システムに移行することにより給付改善が可能となる制度的環境が整うとしています。さらに、子どもの年齢とともに仕事と子育ての両立の在り方も就業中断・育児専念型から保育利用・就業型へ移行するが、復職時の保育サービスが利用しにくい状況を解消するために、これらを一元的な制度とする必要があるとしています。
 受給者の範囲については健康保険と雇用保険で異なり、またいずれでも除かれる者をどうするかという問題が提起されています。週20時間未満の短時間労働者については徴収ルートがなく、自営業者の場合子育てのために休業していることの認定が難しいとしています。さらに、給付水準についても問題があります。
 事務主体をどうするかも大きな問題で、市町村とした場合には一元的な給付が実現しますが、市町村の事務負担と事務処理体制の必要に加えて、本人の申請負担も生じます。健康保険や雇用保険の保険者とした場合は申請負担は増加しませんが、包括的・一元的な制度とならないとしています。
 こういった難点もあり、2011年7月27日の「中間取りまとめ」では、注釈的に「産前産後・育児休業中の現金給付から保育まで切れ目なく保障される仕組みの構築が課題であるが、出産手当金(健康保険)、育児休業給付(雇用保険)の適用範囲や実施主体に違いがあること等を踏まえ、両給付を現行制度から移行し一本化することについては将来的な検討課題」と書かれているだけで、この段階での見直し項目からは落とされました。
 その後、2012年3月に「子ども・子育て新システムの基本制度について」が少子化社会対策会議決定によって決定されましたが、これの別添2「子ども・子育て新システム法案骨子」からは、出産・育児に係る休業に伴う給付は消えています。こうして、同月子ども・子育て支援法案が国会に提出され、同年8月に可決成立しました。同法により、子どものための現金給付、子どものための教育・保育給付及び子育てのための施設等利用給付からなる子ども・子育て支援給付が設けられ、その財源として児童手当拠出金を拡充して事業主からのこども・子育て拠出金が設けられました。しかし、一時一元化が検討されていた出産手当金と育児休業給付は別建てのままとなりました。
 もっとも、附則第2条第1項には「政府は、総合的な子ども・子育て支援の実施を図る観点から、出産及び育児休業に係る給付を子ども・子育て支援給付とすることについて検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」とわざわざ規定されており、火口は残した形になっています。
 一方、2016年3月に子ども・子育て支援法が改正され、事業主拠出金の率の上限が1.5/1000から2.5/1000に引き上げられるとともに、その対象事業として仕事・子育て両立支援事業が設けられました。これは、事業所内保育を中心とした企業主導型保育事業への助成です。所管する内閣府はそのメリットとして女性活躍の推進、優秀な人材の採用と確保、地域貢献、企業イメージの向上等を挙げていますが、その大部分は企業の労務管理上のものであり、実質的には企業に対する雇用助成金というべきものになっています。
 育児休業法制定時に託児施設の設置運営は事業主の選択的措置の1つとして位置づけられ、今日でも「労働者の三歳に満たない子に係る保育施設の設置運営その他これに準ずる便宜の供与を行うこと」が選択的義務として、3歳から小学校就学の始期までは選択的努力義務として省令に規定されています。この企業主導型保育事業への助成は、いわばこの部分についてのみ取り出して別財源でもって手当てしたような形になっています。
 
 さて、2021年11月に官邸に設置された全世代型社会保障構築会議では、再び育児休業給付の位置づけの見直しの議論が提起されています。例えば2022年3月の第2回会合では、「育児休業給付を雇用保険制度の給付としていることを見直し、より個人としての取得の権利を確立し、非正規雇用者を含めて子育て支援を前面に出した制度に見直していくべき」という意見が示されています。今後どのような方向に進むかはまだ分かりませんが、子ども・子育て新システム構想で一時打ち出された案が再び登場してきているようです。
 一方、内閣府の経済財政諮問会議では、2022年4月の第4回会議で有識者議員から「育児休業給付は、支給対象が雇用保険の被保険者に限定されている。必要な者には、制度にかかわりなく、子供の養育のために休業・離職していずれ復職するまでの間、給付が行われるようにすべき」との提起がなされています。これがどのような法政策につながっていくのか興味深いところです。

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年7月 1日 (金)

アラン・シュピオ『労働法批判』

607790 アラン・シュピオ著、宇城輝人訳『労働法批判』(ナカニシヤ出版)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.nakanishiya.co.jp/book/b607790.html

いやしかし、500ページ近いフランスの労働法学者の専門書を、居並ぶ労働法学者ではなく、社会学者の宇城さんが訳して出すというのも、すごい話です。まあ、最近シュピオは人文科学方面で結構人気のようなので、おかしくはないのかもしれませんが、労働法学者何やってんだい、お前ら紹介するだけかい、という声がかかりそう。

 第三版へのまえがき
カドリッジ版へのまえがき
  ――「制御」批判、またはグローバリゼーションに提訴された労働法
予備的考察
序論 労働を問う
準備章 契約と身分のあいだ
       ――ヨーロッパの労働関係を俯瞰する
      Ⅰ ふたつの文化
      Ⅱ 契約に身分を組み込む
      Ⅲ 新たな不均衡
第一部 人と物
第一章 労働、法の目的
      Ⅰ 物の効力――「財産」としての労働
      Ⅱ 身体と財産――労働契約のあいまいな目的
第二章 労働者、法の主体
      Ⅰ セキュリティ
      Ⅱ アイデンティティ
第二部 従属と自由
第三章 集団的なものの発明
      Ⅰ 自発的服従のアポリア
      Ⅱ 集団的なものの道
第四章 企業の文明化
      Ⅰ 企業のなかの自由
      Ⅱ 企業の権利
第三部 法的なものと基準的なもの
第五章 法律を裁判にかける
      Ⅰ 労働における合法性
      Ⅱ 法化批判
      Ⅲ 基準の誘惑
第六章 さまざまな基準の形態
      Ⅰ 技術基準――労働法と欧州共同体法における基準化
      Ⅱ 行動基準――「人的資源」の基準化
      Ⅲ 経営管理基準
結論
人名訳注
訳者の覚書き

実は、訳者の覚書に書かれているように、本書の準備章と第1部は四半世紀ほど前に労働問題リサーチセンターから白表紙で翻訳が印刷されており、それはちらりと眺めたことはあるものの、ほとんど覚えていませんでした・・・。

https://cir.nii.ac.jp/crid/1130282269364177792

と思っていたのですが、実は覚えていないだけで脳みその中にはしっかりと入っていたようです。というのも、今回、宇城さんの訳業を読み進むにつれて、何とも言えず懐かしい思いがこみ上げてきて、あれ?これどこかで書いたよな?と思ったら、本ブログでこんなことを書いてたんですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-53fc.html(ジョブとメンバーシップと奴隷制)

世の中には、ジョブ型雇用を奴隷制だと言って非難する「世に倦む日々」氏(以下「ヨニウム」氏)のような人もいれば、

https://twitter.com/yoniumuhibi/status/283122128201609216

本田由紀とか湯浅誠とか、その亜流の連中が、そもそも正規労働を日本型雇用だと言ってバッシングし、正規雇用を非正規雇用の待遇に合わせる濱口桂一郎的な悪平準化を唱導している時代だからね。左派が自ら労働基準法の権利を破壊している。雇用の改善は純経済的論理では決まらない。政治で決まる問題。

https://twitter.com/yoniumuhibi/status/290737267151077376

資本制の資本-賃労働という生産関係は、どうしても古代の奴隷制の型を引き摺っている。本田由紀らが理想視する「ジョブ型」だが。70年代後半の日本経済は、今と較べればずいぶん民主的で、個々人や小集団の創意工夫が発揮されるKaizenの世界だった。創意工夫が生かされるほど経済は発展する。

それとは正反対に、メンバーシップ型雇用を奴隷制だと言って罵倒する池田信夫氏(以下「イケノブ」氏)のような人もいます。

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51870815.html(「正社員」という奴隷制)

非正社員を5年雇ったら正社員(無期雇用)にしなければならないという厚労省の規制は、大学の非常勤講師などに差別と混乱をもたらしているが、厚労省(の天下り)はこれを「ジョブ型正社員」と呼んで推奨している

・・・つまりフーコーが指摘したように、欧米の企業は規律=訓練で統合された擬似的な軍隊であるのに対して、日本の正社員はメンバーシップ=長期的関係という「見えない鎖」でつながれた擬似的な奴隷制なのだ。

もちろん、奴隷制とは奴隷にいかなる法的人格も認めず取引の客体でしかないシステムですから、ジョブ型雇用にしろメンバーシップ型雇用にしろ、奴隷制そのものでないのは明らかですが、とはいえ、それぞれが奴隷制という情緒的な非難語でもって形容されることには、法制史的に見て一定の理由がないわけではありません。

著書では専門的すぎてあまりきちんと論じていない基礎法学的な問題を、せっかくですから少し解説しておきましょう。・・・・

というつかみのあとでごちゃごちゃ書いていたことが、本書の第1部の議論なんですね。忘れたようでしっかり脳裏に残っていたようです。

こういう労働法の基礎法学的な議論というのは、やんなきゃいけないことの多すぎる当世の労働法学者は敬遠しがちなので、宇城さんのような社会学、哲学系の方が担うことになるのでしょうか。

そういえば、『法的人間 ホモ・ジュリディクス』も『フィラデルフィアの精神』も、人文系の橋本一径さんと社会保障法の嵩さやかさんの共訳です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/post-6ef2.html

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/09/post-5634a0.html

(追記)

一点誤植の指摘を。

P343の3行目、キリスト教系労組は「CFCT」ではなくて「CFTC」です。たぶんすぐ上の「CFDT」に引っ張られたんでしょうけど。

(再追記)

https://twitter.com/usrtrt/status/1548185718706806784

これは濱ちゃんがどうしたわけか勘違いしておられて、この個所は間違っておりません

超絶技巧的枝葉末節の極致で申し訳ないんですが、フランスのキリスト教労働組合連盟は「Confédération française des travailleurs chrétiens」で、その略称は「CFCT」ではなくて「CFTC」のはずです。少なくとも本人がそう申しております。

https://www.cftc.fr/

 

 

 

 

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