髙木一史『拝啓 人事部長殿』
髙木一史さんより『拝啓 人事部長殿』(サイボウズ式ブックス)をお送りいただきました。ありがとうございます。
https://cybozushiki.cybozu.co.jp/books/2022/05/post-1.html
「拝啓」とこの本の形をとった長い手紙を送っている相手は、トヨタ自動車の人事部長です。髙木さんは新卒でトヨタ自動車に入社し、(意に反して)人事部に配属され、次第に人事の面白さに目覚めながら、閉塞感に苛まれていき、トヨタを辞めてサイボウズに転職します。しかし彼はトヨタが嫌いになったのではなく、大好きなのです。彼が感じた閉塞感とは、日本的な雇用の在り方そのものだったのであり、彼はその後雇用システムについて思索を重ねるとともに、いろんな会社の人事改革の試みを調査し、この本に結実したというわけです。
【序章】ぼくはなぜ、トヨタの人事を3年で辞めたのか
【1章】会社を成り立たせている10のしくみ
-「一律平等」と「多様な個性」のあいだで
【2章】なぜ「会社の平等」は重んじられるのか?
-1930年代(戦前)~1950年代(戦後)「青空の見える労務管理」
【3章】なぜ「会社の成長」は続いたのか?
-1960年代~1980年代(高度経済成長期)「ジャパン・アズ・ナンバーワン」
【4章】なぜ「会社の変革」はむずかしいのか?(現在)
-1990年代~現在「3つの社会問題」と、日本社会の「会社依存」
【5章】現地現物レポート
-あたらしい競争力の獲得を目指す12企業
《採用》富士通《契約》タニタ、ANA《時間・場所》ユニリーバ・ジャパン、ヤフー、みずほ銀行《配置/異動》ソニーグループ《報酬/評価》 NTTデータ《健康(安全配慮)》味の素《コミュニケーション/風土》コンカー《育成》ソフトバンク《退職》良品計画
【6章】サイボウズ人事制度の変遷レポート
-情報の民主化が、しくみと風土を変えていく
【7章】会社をインターネット的にする
-デジタルネイティブからの提案
【終章】ぼくはなぜ、この手紙を書いたのか?
ときどきにやにやとしながら読み進んでいた私が思わず嘆息したのは、
ぼくが生まれた翌年、Windows95は発売された
という小見出しでした。
1995年、私は初めての海外勤務でブリュッセルに赴任し、まるでドメスチックだった頭が揺さぶられ、いろいろとものを考えるようになり、平凡だった役人人生が妙な方向に曲がっていくことになるのですが、そうか、そのころに生まれた若者がこうして様々な経験を重ね、いろいろとものを考え、こういう本を書くようになったのだなあ、と、なんだかとても年を取った老人になったような気がしました。
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コメント
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リンク先でページ数を見て驚愕、経歴(学歴)を見て納得。
文科省は文系院生の職場での活用を求めているが、こういう本をかける人が現場にいることを考えると、文系院生の存在意義の方を見直した方がいいのではないかと思う。
翻訳ビジネス書によくある具体的な事例の記述は、日本人が書いた書籍としては異例。ただ、イオンの内部文書をコンサル会社のデロイトトーマツがそのままセブン&アイホールディングスに流したのが週刊ダイヤモンドの記事で発覚することもあるので、人事という内部事情についてどこまで書けるかは難しいところがある。ここは「デジタルネイティブからの提案」に絡んできて、未読なのに言及するのもなんだが、テレワークを進められない理由が会社の秘密の保持の保証にあると思う。イーロン・マスク氏がテスラの社員に「職場に戻れ」と指示してるのはこれだと思うが、日本のメディアで理由まで掘り下げようとする記事は見たことがない。(なのに同氏が「出生率がこのままだと日本は滅ぶ」というツイートは嬉々として取り上げる。)
なんかいろいろ、同時代性を感じたので、書籍を読んでもいないのにコメントしてしまいました。
投稿: ちょ | 2022年6月18日 (土) 01時34分
『拝啓 人事部長殿』を読み終えました。第1章から第4章は、濱口さんや海老原さんのこれまでの議論を整理し、日本の大企業の人事の仕組みを解説した内容です。筆者がトヨタで人事部門での仕事を担当し始めた頃に、こうした内容を理解していたらその後のキャリアがどうなっていのかと考えました。
人事担当者に教育や研修に長年携わってきた経験によると、これまで担当してきた業務に関しては詳しくても、例えば「企業経営における人事管理の機能は?」と尋ねると説明できない方が少なくなかったです。つまり、自分が担っている業務の企業内における位置づけを理解できていない方が多いです。こうした点は、人事担当者としてのキャリアを積むことで自動的に解決できることではないです。初期キャリアの段階で、担当している業務の位置づけがわかるような「理論的な学び」の必要性を感じた次第です。濱口さんや海老原さんの著作から学んだ10の会社の仕組みは、人事管理の教科書(今野・佐藤(2022)、佐藤・藤村・八代(1999)、平野・江夏(2018))などでも通常、解説されています。こうした点は、人事担当者だけでなく、経理財務、生産管理、購買、営業など企業内の各職能分野に当てはまると思いました。後半に関する感想はまた書きます。
投稿: 佐藤博樹 | 2022年8月20日 (土) 13時00分
この佐藤博樹さんのコメントは、わたくしのエントリへというよりも、髙木さんの著書それ自体へのコメントというべきものですね。
後半へのコメントも、おそらく髙木さんにとって意味の深いものになると思われます。
投稿: hamachan | 2022年8月20日 (土) 21時44分
濱口さんのご指摘のように著者の高木さん宛になりますね。ただ多少なりとも「理論的な学び」の意義を指摘したかったのでご了解ください。それでは第5章以降の後半の感想です。
第1に、結論である「1人ひとりの個性を重視する仕組み」つくりのために「選択肢」を増やすとの提案には賛成です(454頁)。その理由は、著者が指摘しているように「つねに両方の視点を持ち、会社と個人双方の理想をバランスさせるためのしくみをつくっていくことこそが、人事の仕事」(508頁)だからです。人事管理として社員の「選択肢」を増やすことが必要になった理由は、個人が多様化したことにあります。教科書的(佐藤・藤村・八代1999)に言えば、企業経営のおける人事管理の機能は、企業の労働サービス需要の充足にありますが、そのためには労働サービスの提供者である社員の就業ニーズの充足が不可欠で、その社員の就業ニーズが多様化したためです。言い換えれば、企業の人事担当者が人事管理の役割を理解していれば当然の取り組みになります。著者も指摘しているように「これって、ものすごく当たり前のことじゃないの?」ということになります(455頁)。また、「理想の人事制度、会社のしくみというのは、会社の数だけある」(同上)ことも重要です。人事管理では、すべての企業にとって望ましいベストプラクティスは存在しないのです。
第2に、「選択肢」(393頁や405頁など)を増やすことに関しての感想です(483頁以降)。厚労省の多様な正社員制度の紹介もありますが、最近の週休3日制や、従来の職種限定雇用や勤務地限定制度、さらには利用目的を限定しない短時間勤務などが、多様な正社員制度に該当します。多様な正社員制度の導入目的は従来の無限定の働き方以外の選択肢を社員に提供する仕組みです。選択肢を増やすための取り組みを否定しませんが、私が危惧しているのは、従来の無限定の働き方ができない社員やそれを望まない社員の増加に対して、新しい選択肢を提供することのみで、無限定の働き方の改革に取り組んでいない企業が少なくない点です。例えば、週休3日制の導入に関する社員ニーズは、既存の働き方に規定されている部分が少なくないのです。恒常的な残業があるフルタイム勤務で有給休暇も取得しにくい職場では、週休3日制のニーズが高くなると思います、しかし、そうした働き方が改革され、残業する日と定時退社する日を選択できるメリハリのある働き方が実現できると、週休3日制へのニーズが減少する可能性が高いのです。例えば、育児目的の短時間勤務ですが、大企業では法定(子が3歳まで取得可能)を大幅に上回り、小学校3年や6年まで取得可能としている例も少なくないです。これはフルタイム勤務に戻ると残業が多く、フルタイム勤務では仕事と子育ての両立が難しい職場が多いためです。言い換えれば、「選択肢」が多いことだけでは、企業の人事管理の仕組みを評価できないことになります。この点は、第5章で紹介された各企業の取り組みに当てはまる可能性もありそうです。
第3に、第5章の企業インタビューに基づいて作成された「新しい風土」(多様な距離感と自立的な選択、405頁)がありますが、10の構成要素が人事管理システムとしてどのように機能するのかを知りたいです。さらに第5章の事例紹介を見ると、以前の勤務先のトヨタ自動車についても紹介可能な取り組みがあると思います。この点は、いかがですか?
以上、かってな感想まで。
投稿: 佐藤博樹 | 2022年8月21日 (日) 12時36分