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2022年6月23日 (木)

賃金と賃銀@『労基旬報』2022年6月25日号

『労基旬報』2022年6月25日号に「賃金と賃銀」を寄稿しました。どちらかというと、トリビアな小ネタですが、これはこれで突っ込むとこれだけ味のある話が滲み出てきます。

 今日、雇用契約に基づき労働者が労働の対価として受領する金銭のことは「賃金」と書き、「ちんぎん」と読みます。今ではほぼ誰も疑わないこの余りにもごく普通の用語について、いささかトリビアルにも見える突っ込みを入れてみたいと思います。
 まず、「賃金」を「ちんぎん」と読むことについてです。実は、漢字熟語で「○金」という形のものはほとんど全て「○きん」と読みます。「○ぎん」と読むのは連濁ではないかとお考えの方もいるかも知れませんが、その例はありません。訓読みなら「○金」を「○がね」と読んでも、音読みでは「○きん」となります。例えば、「掛金」は「かけがね」ないし「かけきん」であって「かけぎん」にはなりません。
 一方、ciniiで学術論文をサーチすると、過去に遡るにつれて「賃金」ではなく「賃銀」と表記したものが多くなっていきます。どうも昔は「ちんぎん」を「賃銀」と書くのが普通だったようです。書籍名で検索すると、戦後の本で珍しく『賃銀』と題するものが見つかります。1970年に刊行された大河内一男『賃銀』(有斐閣)です。そのまえがきに、「ちんぎん」の表記法についてかなり長く論じているところがあります。
・・・最後に本書の表題について一言しておかなければなるまい。本書は『賃金』とせず『賃銀』とした。私は昔から「賃金」と書かずに「賃銀」と書いてきたから、いまでもそれを「賃金」に改める必要はないと思っているだけのことである。近頃は法律その他の公式文書、教科書、新聞、雑誌など、いずれも「賃金」としているので、私が原稿に「賃銀」と書いても、編集者か校正係か、ないし印刷所あたりで「賃金」に訂正して、ゲラが私のところへ廻ってくる。私はそれを「賃銀」に直してもう一度差し戻しても結果は同じで、何度でも「金」と「銀」とのやりとりが繰り返されるだけで、新しい用字法の暴力には到底かなわないので、仕舞いには私の方が根負けしてどっちでもいい、という気になってしまう。明治時代には、政府などの調査書や報告書にはよく「賃金」と書かれているものがあるが、これはおそらく「ちんキン」と読ませたのではないか。役人言葉としては考えられることである。ただ日常用語としては「ちんぎん」で、それを文字に移せば「賃銀」であった。こうした穿鑿はどうでもいいことであるが、昨今、「賃金」と書いて「ちんぎん」と読ませているのは納得いかない。昔のようにあえて日常語から離れて「ちんキン」と読むなら「賃金」でもいいが、これを「ちんぎん」と読ませるのは無理であり不自然である。・・・
 もう一つ、1960年に出た山本二三丸『労働賃銀』(青木書店)のまえがきはもっと激烈です。
・・・われわれは、賃銀のことを「チンギン」と発音して、「チンキン」とは発音しない。賃銀という言葉は、ずっと古くからあって、終戦後も賃銀と書かれていた。ところが、今から約十年ほど前に、さる著名な学者が、いつもの素人を感心させる手で、にわかに賃銀を『賃金』と書き改めることを提唱したが、その理由は「賃銀は貨幣である。貨幣は金であって銀ではない。だから賃銀では間違いであって、賃金でなければならぬ」という、全くの屁理屈であった。ところが、この屁理屈が、当時教条主義のはびこっていた左翼陣営においてたちまち受け入れられ、賃銀闘争は『賃金闘争』に切り替えられ、これよりして、賃銀に代わって『賃金』がとうとうとして世を風靡し、ごく少数の心ある学者を除いては、賃銀論の「専門家」まで、無意識にこの字を採用することになり、しかも滑稽なことに、その保守性をもって鳴る自民党政府までが、この左翼的屁理屈に感化されてしまったのである。・・・
この「著名な学者」氏の言い分が屁理屈であることには全く賛成ですが、自民党政府は別段その左翼的屁理屈に感化されたわけではないと思われます。というのは、読者がみんな知っているように、終戦直後に制定された労働基準法が「賃金」と表記しているから、政府はそれに従っているだけだからです。そして、これは日本の労働法制史に詳しい人であれば知っているように、この「賃金」という表記法は戦時中、さらには戦前に遡ります。大河内は「調査書や報告書」と言いますが、そもそも法令上はずっと「賃金」と書かれていたのです。たとえば、初めての包括的賃金法制である賃金統制令(1939年、1940年)や賃金臨時措置令(1939年)がそうですし、これらの根拠法である国家総動員法(1938年)も「賃金其ノ他ノ従業条件」(第6条)と表記していました。これらは戦時体制下の法令名であって、左翼的屁理屈どころの騒ぎではありません。
 では法令上はどこまで遡るかといえば、私の考えでは1916年の工場法施行令(勅令第193号)ではないかと思われます。そこには「賃金」という字面が20個以上出てきます。
第6条 職工療養ノ為労務ニ服スルコト能ハサルニ因リ賃金ヲ受ケサルトキハ工業主ハ職工ノ療養中一日ニ付賃金二分ノ一以上ノ扶助料ヲ支給スヘシ但シ其ノ支給引続キ三月以上ニ渉リタルトキハ其ノ後ノ支給額ヲ賃金三分ノ一迄ニ減スルコトヲ得
第22条 職工ニ給与スル賃金ハ通貨ヲ以テ毎月一回以上之ヲ支給スヘシ
 ただし、1911年に制定された工場法それ自体にはこの言葉は出てきません。そして、ここが興味深いところですが、法律はできたけれどもまだ施行されず、勅令や省令もできていない段階の1913年に刊行された岡實『工場法論』(有斐閣書房)では「賃銀」という表記法であったにもかかわらず、法施行後の1917年に刊行された岡實『改訂増補工場法論』では、勅令や省令の表記法に従って「賃金」になっているのです。どうも、ここで表記法が変わったようです。
 工場法は、担当局長の岡實によれば「之レカ制定ニ至ル迄ニハ実ニ約三十箇年ノ星霜ヲ積ミ、此ノ間主務大臣ノ交迭ヲ重ヌルコト二十三回、工務局長又ハ商工局長トシテ主任者ヲ換フルコト十五人、稿ヲ更ムルコト亦実ニ百数十回ニ及ヒタル」法律ですが、その検討案段階の条文を見ていくと、「職工ノ賃銀ハ帝国ノ通貨ヲ以テ払渡スコト」(1987年職工条例案)とか、「職工規則ハ左ノ事項ヲ規定スヘシ 一 賃銭ニ関スル規程」(1998年農商工高等会議諮詢法案)と書かれていました。
 では、工場法施行令で「賃金」という表記法が登場したのはなぜなのか、岡實の本をいくら読んでも出てきませんが、おそらく他の法令との表記を統一すべきと内閣法制局あたりから指摘があったからではないかと思われます。というのは、工場法に先立ち1896年に制定されていた民法典に、「賃金」という表記がいくつか登場していたからです。とはいえ、それは概ね現在「賃金」と呼ばれているものではなかったようです。
 文語民法を検索すると全部で三つの「賃金」という表記が出てきます。まずは賃貸借契約における対価で、一般には家賃とか借賃といわれているものです。
第601条 賃貸借ハ当事者ノ一方カ相手方ニ或物ノ使用及ヒ収益ヲ為サシムルコトヲ約シ相手方カ之ニ其賃金ヲ払フコトヲ約スルニ因リテ其効力ヲ生ス
 この規定は、2004年の民法口語化によって現在は「賃料」になっています。ただそれまでも、全ての民法の教科書では条文上の「賃金」を「賃料」に直して説明していました。この「賃金」は、まさに「ちんきん」と読む言葉であって、そのことは国語辞典でも明記されています。
 次に1年の短期消滅時効に係る債権です。
第174条 左ニ掲ケタル債権ハ一年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス
一 月又ハ之ヨリ短キ時期ヲ以テ定メタル雇人ノ給料
二 労力者及ヒ芸人ノ賃金並ニ其供給シタル物ノ代価
 ここには労働者らしき者が二つ登場します。「雇人」と「労力者」です。前者に支払われるのは「給料」であり、後者に支払われるのが「賃金」で、この労力者は「芸人」と同類のようです。民法学者によると、前者は雇傭契約に基づく労務者であるのに対して、後者は雇傭契約に基づかない大工、左官、植木職人を指すとのことで、そうするとこの「賃金」も「賃銀」ではなかったようです。いずれにしても、この短期消滅時効は2017年の民法改正で廃止され、それが2020年の労働基準法改正につながったことは周知のところでしょう。
 最後の「賃金」は農工業労役の先取特権です。こちらはやや複雑で、一般の先取特権に「雇人ノ給料」があり、動産の先取特権に「農工業ノ労役」があります。
第306条 左ニ掲ケタル原因ヨリ生シタル債権ヲ有スル者ハ債務者ノ総財産ノ上ニ先取特権ヲ有ス
二 雇人ノ給料
第308条 雇人給料ノ先取特権ハ債務者ノ雇人カ受クヘキ最後ノ六个月間ノ給料ニ付キ存在ス
第310条 左ニ掲ケタル原因ヨリ生シタル債権ヲ有スル者ハ債務者ノ特定動産ノ上ニ先取特権ヲ有ス
八 農工業ノ労役
第324条 農工業労役ノ先取特権ハ農業ノ労役者ニ付テハ最後ノ一年間工業ノ労役者ニ付テハ最後ノ三个月間ノ賃金ニ付キ其労役ニ因リテ生シタル果実又ハ製作物ノ上ニ存在ス
 第174条の解釈からすれば、前者が雇傭契約に基づく労務者で、後者が雇傭契約に基づかない職人ということで良いようにも見えますが、そうではなく、後者は雇傭契約に基づく労務者も含むと解釈されてきました。ということは、その部分に関する限り、「賃金」は雇人の給料と重なるということになります。ただ、この解釈が立法者の意思に合致しているのかどうかは分かりません。
 何にせよ、1916年に工場法施行令が制定される際に、それまで工場法草案等で「賃銀」「賃銭」等と表記されていたものが、民法の(ほぼ対象領域が異なる)「賃金」という表記に引っ張られる形で、「賃金」と書かれるようになった、というのが、以上の状況証拠から推定される事態の推移であったようです。そして、それがその後の政府の表記法を決定し、戦時下の統制法令を経て、戦後労働基準法その他の法令に確立し、労働運動や学者の表記法もそれに統一されるようになったのでしょう。
 以上、今日の労働問題にはほとんど関わりのないまことに趣味的な穿鑿ではありますが、労働研究では最もよく出てくる用語の表記法に意外な裏話があったというのは、何かの話のネタにちょうどいいかも知れません。

 

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