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2022年5月 3日 (火)

大学・大学院とメンバーシップ型

世の中には、最高学府レベルにまで行きながら自分自身も含めた社会のありようというものが全然見えていない人が結構いるんだな、というだけのことかもしれませんが、せっかくなので(何が?)某所で喋った一部を。

--文学部は就職で苦戦するからと、経済学部など社会科学系の学部に進む生徒がいる現状についてはどうお考えですか?
濱口 端的に言って、それは勘違いだと思います。つまり、文学部が役に立たないというのであれば、法学部や経済学部が役に立たないことと本質的に何の変わりもありません。日本の大学の法学部出身者の圧倒的大多数は法律家になりません。そのような意味から言うと、日本の法学部で学んだことがそのまま役に立つ人は、指で数える程度しかいません。ましてや経済学部は、ほぼいません。ということは、文学部でシェイクスピアを学んだ人と何ら変わらないのです。けれども、法学部、経済学部、文学部では就職状況で明らかな違いがあります。
 何が違うのかというと、そのジョブを遂行するスキルではなく、「何でもやります」の覚悟です。つまり、法学部や経済学部に進学するということは、「会社員としてバリバリやっていきます」という信仰告白を大学に入る段階でやってることになるのです。文学部に進学するということは、そうした世俗の会社のためにバリバリ働くということから背を向けて、文学や哲学などこの世ならぬ話が好きな人なのではないかと見られてしまう。役に立たないという意味では何の変わりもないけれども、やる覚悟があるかという意味で違うと見られるから差が出るのだと思います。
 この話はあたかもジョブ型のロジックと勘違いされますが、そうではありません。ジョブ型社会では「文学部でシェイクスピアを学んだ人は求めていません」などという話はしません。「この仕事のこのスキルはありますか?」という基準のみで、採用が決まります。学部による就職状況の違いは、ジョブ型のロジックではなくて、むしろメンバーシップ型のロジックに基づくものであるということはわきまえていたほうがいいと思います。
--日本では大学院に行くと、かえって就職しにくくなりますが、これはメンバーシップ型の問題に関係していますか?
濱口 文部科学省が作った大学院が全面的に失敗している最大の理由は、根本のOSが全く変わっていないからです。
 世界中、学歴水準は上がっています。20 世紀初頭は、初等教育がマジョリティだったところから、中等教育がマジョリティーになり、今は高等教育がマジョリティーになっている。そんななかで、日本以外の国では、上層部を取る。つまり、大学院を出た人間を採用する方向で進化してきました。日本も中卒から高卒へ、高卒から大卒へと同じように進んできたんですが、大学院へ進学した人を積極的に採用しようとはしません。
 ジョブ型ではジョブの中身が高度化すれば学部卒レベルでは不十分で、大学院卒レベルの人をはめ込むことになります。けれども、メンバーシップ型の日本の企業では、学部卒の若者なら採用するけれど、大学院卒ではiPS細胞がだんだん硬くなり、どこにも適合できないと判断されてしまうのです。

 

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コメント

今日私のツィッターのタイムラインで日本では大学院修了は企業に採用されない。博士号まで行ったら研究職しかない。しかも研究職は生活が苦しい・・・。と言う現状を嘆くツイートをやたら見かけました。

もっとも以前からずっとそんなツイート上がってばっかりだった気がしていますけどね。

私の参加している猫町倶楽部と言う「生涯学習の仕組み」がどうこうの言っている日本最大の読書コミュニティでは一部には社会人大学や院に行って真面目に学んでいる人たちも相当います。
しかし彼らも今の日本では現職、あるいは転職でのスキルアップは厳しそうですね。

と言う事は日本人は社会人大学で学びたいというやる気のある人でもスキルアップは諦めて定年後の年金収入と貯蓄を糧に学んで老後の趣味的に研究をする、と言うのが現実的なのでしょうか。
しかしそれでは潜在的な人的資源の無駄遣いに終わりそうですね。

これでは日本経済は沈み続けるのは必然か(T_T)

> 日本では現職、あるいは転職でのスキルアップは厳しそうですね。と言う事は日本人は社会人大学で学びたいというやる気のある人でもスキルアップは諦めて定年後の年金収入と貯蓄を糧に学んで老後の趣味的に研究をする

> 産業別労働組合、地域の商工会議所、雇用者連合、州政府あるいは連邦政府が一体となってカリキュラムをつくる。企業は人材と資金を提供し、職業教育に不可欠な就業の場も用意します。カリキュラム修了者には一定の資格が付与され、就職に大いに役立つ上、共通のカリキュラムを使うため、企業横断的な技能も習得できます
https://www.bengo4.com/c_5/n_14392/

hasi様 コメントありがとうございます。

折角なのでコメント続けます。
私の参加している猫町倶楽部では社会人教育の場として通信制大学、あるいは放送大学の人気が高く、彼らも学びに大変積極的です。
ただ、やっぱりそれがスキルアップに結び付くかどうかは、彼らの書き込みからは見えてこないかな。
必死に単位、レポート、論文に取り組んでいるのでそれどころではないようですが。

通信制大学、放送大学の教育の質は高いらしいですね。
しかしその教育が職業でのスキルアップに確実に結びつくかわからない。
これはhasi様がシェアされた記事にありますとおり、日本ではジョブ型を前提にした教育システムが未構築だからなのでしょうね。
逆に言えばこれから造ればいいとも言えますが、しかしそのためには強力なリーダーが必要でしょうし、お金、人材も必要ですね。

>日本の法学部で学んだことがそのまま役に立つ人は、指で数える程度しかいません。ましてや経済学部は、ほぼいません。
>ジョブ型社会では ・・・ 「この仕事のこのスキルはありますか?」という基準のみで、採用が決まります。

よく理解できていないので分からない点があります。
 ・日本がジョブ型社会になったら法学部や経済学部も文学部並みに就職難(?)になるのでしょうか?
 ・欧米等のジョブ型社会の国では法学部や経済学部は就職難なのでしょうか?
  それともそれらの国の法学部や経済学部ではそのまま役に立つ事を教えているのでしょうか?


>ジョブ型ではジョブの中身が高度化すれば学部卒レベルでは不十分で、大学院卒レベルの人をはめ込むことになります。

ジョブ型で中身が高度化したジョブに大学院卒レベルの人をはめ込む事が可能なのは、大学院で学んだ事がそのまま役に立っている(高度化したジョブのスキルに適合している)からだと思います。
日本で大学院へ進学した人が積極的に採用されないのは
 ・大学院では(学部と異なり)そのまま役に立つ事を教えているが、
  採用側からはiPS細胞が硬くなっていると思われている
   → ジョブ型社会になれば採用が増える
 ・大学院でも(学部と同様に)そのまま役に立つ事を教えていないので、
  高度化したジョブのスキルに適合していない
   → ジョブ型社会になっても採用が増えない
のいずれが原因でしょうか?

参考までに:

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/post-720b.html
(ヨーロッパ型法学部の上にアメリカ型ロースクールを乗っけた帰結)

この問題の根源には、そもそもヨーロッパ型の法学部、つまり大学が専門職業教育機関であり、大学法学部をきちんと卒業すれば一応法曹と認められることを前提にした仕組み(でありながら、現実はそれとはかけ離れたものですが)の上に、アメリカ型の大学自体は教養教育機関であり、その上に専門職業人育成のためのロースクールがある仕組みをを、システムが全然違うということを無視して安易にのっけたことの必然的な帰結という感じがします。
私が今から20年以上前に、EU日本政府代表部に勤務していたころ、ベルギー労働省に勤務する若手職員の人としゃべっていて、彼がこう語ったことを今でもよく覚えています。曰く、私は大学法学部を出て当然のように弁護士になったけれど、なかなか顧客が出来ず、商売にならないので、ベルギー労働省に就職して、今法務の仕事をしているんだ、と。
日本では役人になってから司法試験を受けて弁護士になるのはいるけれども、逆はいないなあ、というと、不思議そうな顔をしていましたな。
日本に帰ってからこの話をしても、逆になかなか分かってもらえないので、日本だって医学部は学部出たら(医師国家試験に合格して)医者になるでしょ、そして選考採用で厚生官僚になるのもいる、といったら、ようやくわかってもらえた。で、アメリカではそれもメディカルスクールという大学院レベルが職業教育機関なんですね。
だから、そもそも日本にいっぱいある法学部ってそもそも何のためにあるのかという根本問題抜きに、3年にするとか言ってもその理屈がよくわからないということになります。
ぶっちゃけ、ロースクールで2年みっちりやる前提なら、その予備門的存在として、教養課程2年だけでいいのではという議論だってありうるかもしれない。いや、これは労働市場問題は抜きの議論ですけど。

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