ウクライナ民族の最終的かつ不可逆的な確立
プーチンはウクライナ民族なんてのは虚構だと思っていた。ロシア語の方言を喋るロシア辺境の田舎者をつかまえて、ロシア革命の勢いでレーニンがでっち上げたインチキな幻想にすぎないと思っていた。
実のところ、その議論には、まったく真実のかけらもないわけではない。
そもそも「民族」というのは、多かれ少なかれ主観的-共同主観的なものだろう。
ある人間の集団を民族と呼ぶか否かは、とても明確な場合もあるが、かなり不明確な場合もある。
いい例がユダヤ人だ。ユダヤ人は一つの民族なのか、それとも自分や先祖がユダヤ教徒であったところのドイツ民族やロシア民族であるのかというのは、そう簡単に答えが出るものではない・・・いや、なかった。
答えを出したのは、ロシアで繰り返されたポグロムであり、それに最終的かつ不可逆的な結論を出したのはヒトラーだ。
お前たちは殲滅されるべきユダヤ民族だ、と名指しされ、殺されることによって、それまではまだ不分明であったユダヤ民族というのは存在するかという問いに答えが出されたのだ。
然り、いまやユダヤ民族は存在する、と。(ここ、フレドリック・ブラウン風に)
プーチンはウクライナ民族などというものは存在しないことを証明しようと思って高貴なる武力を行使した。
ロシアの刃を一振りすれば、ウクライナ民族などという幻想は一夜の夢の如く消え失せ、ロシア民族としての意識に目覚めるであろうと。
かくして、それまでなお不分明を残していたウクライナ民族の存在について、ついに答えが出された。
それも最終的かつ不可逆的な結論が出されたのだ。存在を否定しようとするプーチンに殺されることによって。
否、今やウクライナ民族は存在する、と。
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