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« ウクライナ民族の最終的かつ不可逆的な確立 | トップページ | 鎌田耕一・諏訪康雄編著『労働者派遣法 第2版』 »

2022年4月13日 (水)

成功した起業家が陥る‘ブラック企業’への道(再掲)

経済同友会が「創業期を越えたスタートアップの飛躍的成長に向けて」という提言を出しているようですが、

https://www.doyukai.or.jp/policyproposals/uploads/docs/220412a.pdf

その中で、「スタートアップの実情に対応した多様で柔軟な働き方の実現」という項で、こういうことを述べているのですが、

スタートアップの躍進が日本経済全体の成長の原動力になることを鑑みれば、グローバル競争に勝ち抜いていくための有為な人材が集うことが重要である。そのため、彼らがより活躍しやすい多様で柔軟な働き方を実現することが求められる。
旧来の日本型雇用システムは、正社員で構成される企業の傘の下、働く個人を一律に保護しようとする考え方に基づいており、多様な働き方を求める現状との乖離が大きくなりつつある。
相対的に弱い立場にある社員の健康や生活を法律によって十分保護する必要は言うまでもないが、働き方やライフスタイルの多様化が進む現在、就労時間に基づく一律の規制は働く個人の自由を妨げている。守るべきは労働時間ではなく、社員の健康や生活である以上、多様な管理の仕方によって個人が自由な働き方を選択できる法制度を整えていくべきである。
特に、兼業・副業、短期間での転職や海外からのリモートワークなど、従来にない働き方の普及が進むとともに、自らの成長・キャリアアップを強く求める人材も多いスタートアップでは、健康管理を条件に労働時間の制約を見直していくことが必要である。
例えば、オープンイノベーション促進税制などスタートアップ関連施策で定められている既存の企業要件よりもさらに対象を限定し、一定の対象範囲(企業要件)と適用要件を満たすスタートアップ21に関しては、時間外労働の上限規制の適用対象から除外し、個人が自らの意思に基づき、実情に応じた多様で柔軟な働き方を選択できる実効性の高い制度を構築すべきである。また、適用に際しては、労使合意の下、社員の健康と生活を守るための健康管理措置(例:定期的な健康診断、産業医との面談、ウェアラブルデバイスの取得データによる健康状況のモニタリング)などの設定が必要だと考えられる。
そのほか、創業間もないスタートアップについては、株式保有者(ストック・オプション含む)は役員(取締役)に準ずるものとし、時間外労働の上限規制の対象外とすることも考えられる。
また、新たな労働慣行をスタートアップから作っていく観点から、前記の企業要件を満たしている場合には、個別契約に労働の期間や形態、報酬、雇用の終了条件等を明記することで、スムーズな契約終了や再契約が行えるように既存の法律22の見直しを図るべきである。雇用条件を明確に定め、人材の流動性を高めることで、労働者と雇用者の対等な働き方が実現する。また、機動的な経営が求められるスタートアップは必要な人材を柔軟に確保できるようになるため、わが国全体で人的資源をより適切に活用できると考える。

一般論としていえば、労働者の有り様が多様化する中で、労働時間法制を含め労働法規制のあり方について個々に検討し、見直していくべきであるというのはまさに私の考え方でもあります。ただし、それは労働者の多様性に応じて、であって、労働者と関わりのない企業側の多様性に応じてではありません。

スタートアップ企業であるか否かは、経営者にとっては極めて重要でしょうが、労働者にとってはいかなる意味でも本質的ではありません。

そう、ジョブ型社会であるならば、ね。

雇用労働者をあたかも出資者であるかのように「社員」呼ばわりするメンバーシップ型社会の感覚にどっぷり浸かっているのであれば、スタートアップ企業に雇われて就労する労働者は起業家みたいな者に見えるのかも知れませんが、そういう日本型雇用システムに骨の髄まで浸かりきった人は、間違っても「ジョブ型」を唱道したりはしないでしょうね。

一方、日頃ジョブ型を米帝の手先と目の仇にしている諸氏は、こういうときこそ心の底から経済同友会に唱和すべきなんだけどな。

という話は、なんだかやたらにデジャブを感じたので、昔のエントリをほじくってみたら、こんなのが出てきましたよ。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-a461.html(成功した起業家が陥る‘ブラック企業’への道)

労働調査会のHPに載っている「労働あ・ら・かると」に、日本人材紹介事業協会の岸健二さんが「成功した起業家が陥る‘ブラック企業’への道」というエッセイを書かれています。

http://www.chosakai.co.jp/alacarte/a12-07.html


・・・今年は、なぜか相談に応じた方々が皆「自分が勤めた企業はブラック企業なのではないか?」という疑問を抱いてのご相談でした。

・・・ご相談者の勤務先はいずれもここ10年20年で起業から急成長し、中には上場を果たした企業もあります。お話に共通するのは、創業者が経営陣として君臨しており、「創業時の起業家精神を忘れるな」と良く口にしているということです。もちろん企業を立ち上げ、発展させていく精神力をはじめとした様々な努力には、本当に心から敬意を表するものですが、困ってしまうのは、「創業時には、小さな賃借事務所に寝泊まりして、家には帰らず頑張ったものだ。(だから君たちもそのように働いて欲しい)」と言い、現実にそのように忠実に「滅私奉公」した急成長期からの社員を重用するので、経営幹部になった急成長期に「苦楽を共にした戦友」達も、同じことを新入社員たちに強要している体質があり、そこに何の疑問も抱かないことです。

いやあ、これはまさに、わたくしがブラック企業の一類型として提示した「強い個人型のガンバリズム」ですね。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/alter1207.html(日本型ブラック企業を発生させるメカニズム(『オルタ』2012年7-8月号 ))


強い個人型ガンバリズムが理想とする人間像は、ベンチャー企業の経営者だ。理想的な生き方としてそれが褒め称えられる。一方、ベンチャー企業の経営者の下にはメンバーシップも長期的な保障もあるはずもない労働者がいる。しかし、彼らにはその経営者の考えがそのまま投影される。保障がないまま、「強い個人がバリバリ生きていくのは正しいことなんだ。それを君は社長とともにがんばって実行しているんだ。さあがんばろうよ」と慫慂される。こうして、イデオロギー的には一見まったく逆に見えるものが同時に流れ込むかたちで、保障なきガンバリズムをもたらした。これが現在のブラック企業の最も典型的な姿になっているのではなかろうか。

こういうベンチャー型ブラック企業に対する岸さんの感想:


もしご相談者の勤務先の経営者の方とお会いできる機会があれば、「雇う側」と「雇われる側」には大きな立場の違い(労働基準法をはじめとするさまざまな労働法の適用の有無)と責任の種類の違い(ハードソフト両方の働く環境を整備する義務責任と、職務を忠実に行う義務責任)があることについてお話できたらなぁと、つくづく思います。

私もつくづく思いますが、しかしながら、、「雇う側」と「雇われる側」をごっちゃにするところに、ベンチャー企業や、とりわけそれを礼讃する低級マスコミの議論の特徴があるので、言ってもなかなか理解されないでしょうね。


また、人材からのご相談をお受けしていて思うのは、もう一つの「ブラック企業」の特徴として、経営陣に「経営に強大な権限を持つ一方、株主、雇った人びと、その企業の製造物や提供するサービスの利用者、延いては社会全体に対して重い責任も負っている」という根本的な責任の自覚がないということです。そして、責任は他人や組織内の弱者(名ばかり管理職など)に押し付けているという点がどうしても見えてきてしまうのです。

今回ご相談に応じた若い人材の方々の勤務先の経営者は、まるで自分の責任は全くなく、当事意識は全くなくて責任はすべて「現場管理職」にありとの言動をしたそうで、その管理職の訴えに聞く耳を持たなかったそうです。

この辺もいかにも、という感じです。

しかし、岸さんは最後に、そういう企業に入ってしまう学生さんたちにも厳しい目を向けます。


一方、新卒で就職活動をされる学生さんの中には、テレビ広告でよく見かける企業や、企業家精神にあこがれて応募入社される傾向も見て取れるのが事実でもあります。

マスコミによく登場し経営について弁舌さわやかな言辞を弄している経営者が経営している企業に於いて、一方では過労死や個別労働紛争が多発したりしていることもよく指摘されています。このような情報の公開を、どう実現していくかが事態の解決に役立つようには思いますが、皆さんいかがお考えでしょうか?

ほらほら、そこのシューカツ産業にいいように操られて「テレビ広告でよく見かける企業や、企業家精神にあこがれ」たり、「マスコミによく登場し経営について弁舌さわやかな言辞を弄している経営者」にあこがれたりしている、そこの無考えな学生さんたち。

こういう本当にあなた方のことを考えて言ってくれている言葉にきちんと耳を傾けましょうね。

もひとつおまけに、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-68f8.html(ホリエモン氏が自分でそのように行動することを労働法は何ら規制していません。ただし・・・)

いうまでもなく、雇用される労働者ではなく自営業者であるホリエモン氏が自営業者たる自分の行動様式として、以下のように行動することを労働法は何ら規制していません。

また、このエントリに感動した若者が自ら企業を興し、自分についてはそのように行動しようとすることを、労働法は何ら規制していません。

http://ameblo.jp/takapon-jp/entry-10500476221.html(起業してほぼ確実に成功する方法)

>どうもたまに上手くいかない人がいるみたいだ。
なぜだろう?と疑問に思って考えてみた。

で、これなんじゃないか?と思ったことが一つだけあった。
それは睡眠時間以外のほぼ全てを仕事に使っていないということじゃないかと。

>土日も勿論ない。旅行も年に1度行くか行かないか。盆も正月も無い。ずっと仕事であった。デートもしないので、プロセスが省略できるという理由で一時期風俗にはまっていたこともある。風呂に入る時間や髪を切りに行く時間など完全に勿体無いと思って、ほとんど行っていなかった。
果ては家に帰る時間すら勿体無くなって、ずっと会社のベッドで寝ていたこともある。一時期は会社の仮眠室にシャワーまでつけていた。

それくらいやったらほぼ確実に成功すると思うんだよなあ。。。

自営業者が土日も盆も正月もなく、デートもなく風俗で済まし、風呂も散髪もなく、家にも帰らず、会社のベッドで寝ようが、それは本人の勝手であって、労働法が介入すべき筋合いではありません。

問題は、ホリエモン氏であれ誰であれ、とかくこういうタイプの企業家は、自分が雇用する労働者に対しても、あたかも自分と同じ自営業者であるかのように、あるいはあるべきであるかのように、「土日も盆も正月もなく、デートもなく風俗で済まし、風呂も散髪もなく、家にも帰らず、会社のベッドで寝」ることを要求しがちであるということです。

そして、それに対してささやかな抗議をしようとすると、

http://twitter.com/takapon_jp/status/7501328812

>曲解ブログ発見。どうやったら、「労働基準法守るなんて馬鹿馬鹿しい」って読めるんだろうね?今の労働基準法が馬鹿馬鹿しいんであって法令順守は当たり前。でも改正の必要ありといってるんだよ。頭わるいのか?こいつは。

と罵倒される仕儀に相成ります。やれやれ。

(ついでに)

たぶん、ホリエモン式ベーシック・インカムの世界というのは、「土日も盆も正月もなく、デートもなく風俗で済まし、風呂も散髪もなく、家にも帰らず、会社のベッドで寝」られる人間がフルに働いて稼ぎ、残りのそれに耐えられない人間はさっさと市場から退場してベーシック・インカムという名の捨て扶持で生活する(できるかどうかは知りませんが)社会なのではないかと思われます。それを素晴らしき新世界と感じられるかどうかが、判断の分かれ目になるのでしょう。

(追記)

こういうベンチャー経営者とそれを崇拝する人々が作る社会がどのようなものになるかは、ダイヤモンドオンラインの秀逸なリポートをどうぞ。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-b066.html(決まってるじゃないか。自分の成長のためだよ!)

 

 

 

 

 

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コメント

すみません、読んでいたら、以前hamachan先生が書かれていたこのエントリ思い出しました。
すき家・ゼンショーの経営者が学生運動にのめりこみ本気で世界革命を目指して挫折。
そして資本家になった結果が…と言う記事です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-7448.html

日本の起業家は過去右だろうが左だろうがいかなるイデオロギーを抱こうが油断しているとブラック企業経営者に陥りがちである、と言う教訓となりましょうか(^^;

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