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2022年2月27日 (日)

いんちきジョブ型論への最良の解毒剤

4121022750 「ジョブ型」なる言葉を能力主義やら成果主義のさらに輪をかけたすっごい奴みたいに売り込むいんちき論者がはびこる中で、一昨年来「ジョブ型は古くさいぞ、硬直的だぞ、だけど労働者にとって楽なんだぞ」と百万回繰り返してもなかなか伝わらないわけですが、本場アメリカのジョブ型の最も典型的な自動車産業の現場の姿をリアルに描き出したのが篠原健一『アメリカ自動車産業』(中公新書)です。もう8年前に出された本書を、今この時点で改めて紹介しているのは、書評家ブロガーの山下ゆさん。

https://merkmal-biz.jp/post/6461

・・・そして、本書は近年日本でも話題になっている「ジョブ型」と呼ばれる働き方がいかなるものであるのかを教えてくれる本でもある。日本では、ジョブ型という働き方を今までの日本的な働き方(メンバーシップ型)より新しいものとして捉える向きもあるが、本書を読めばそうした誤解も解けるはずである。・・・・

出来れば本書をじっくりと読まれるといいと思いますが、この山下ゆさんの的確な要約を一瞥するだけで、世にはびこる「ジョブ型」論がいかにものごとを正反対に取り違えたインチキな代物であるかがよくわかると思います。

・・・ただ、本書の面白さはそこだけにとどまらず、

・アメリカ = 能力主義
・日本 = 年功序列

という一般的なイメージを覆してくれるところにもある。生産現場においては、アメリカでは「公正ではない」と退けられた能力主義が日本では受け入れられているのである。

 また、本書はここ最近日本でも話題になっているジョブ型の働き方がどのようなものであるかを、わかりやすく実感させてくれるものとなっている。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-389a48.html(「ジョブ型」の典型は、アメリカ自動車産業のラインで働くブルーカラー労働者である)

・・・・・こういうのを見ていると、この日経記者さんは、日米欧の過去100年以上にわたる労働の歴史なんていうものには何の関心もなく、そういう中で生み出されてきた「ジョブ型」システムというものの社会的存在態様なんかまったく知る気もなく、ただただ目の前の成果主義ということにしか関心がなく、それに都合よく使えそうならば(実は全然使えるものではないのだが)今受けてるらしい「ジョブ型」という言葉をやたらにちりばめれば、もっともらしい記事の一丁上がり、としか思っていないのでしょう。

最近のときならぬ「ジョブ型」の流行で、ちゃんとした労働関係の本なんかまったく読まずにこの言葉を口ずさんでいる多くの人々に、とにかく一番いい清涼剤を処方しておくと、

「ジョブ型」の典型は、アメリカ自動車産業のラインで働くブルーカラー労働者である

これ一つ頭に入れておくと、今朝の日経記事をはじめとするインチキ系の情報にあまり惑わされなくなります。

世界の労働者の働き方の態様は実に千差万別です。その中で、アメリカ自動車産業のラインで働くブルーカラー労働者は、そのあまりにも事細かに細分化された「ジョブ」の硬直性により有名です。

間違えないでください。「ジョブ型」とはまずなによりもその硬直性によって特徴づけられるのです。

だってそうでしょ。厳格なジョブ・ディスクリプションによってこれは俺の仕事、それはあんたの仕事と明確に線引きされることがジョブ型のジョブ型たるゆえんなんですから。

数か月後に刊行される『働き方の思想史講義』(仮題、ちくま新書)の中でも引用していますが、監督者がごみを拾ったといって組合が文句をつけてくるのが本場のジョブ型なんですよ。

そういうジョブの線引きの発想はホワイトカラーにも適用され、雇用契約というのは契約の定めるジョブの範囲内でのみ義務を負い、権利を有するという発想が一般化したわけです。それがジョブ型労働社会の成立。おおむね20世紀半ばごろまでに確立したと言われています。

一方、賃金支払い原理としての成果主義か時間給かというのは、一応別の話。

一応といったのは、むしろジョブ型が確立することで、それまで一般的だった出来高給が影を潜め、時間給が一般化していったからです。

これも、不勉強な日経記者をはじめ、圧倒的に多くの日本人が逆向きに勘違いしているようですが、ジョブ型の賃金制度とは、ジョブそのものに値札が付いているのであり、ということは、人によって値段が違うということはそもそもあり得ないのです。

そもそもジョブ型ではなく、人に値札が付くのがあまりにも当たり前に思っている日本人には意外に思えるかもしれませんが、日本以外の諸国では、ブルーカラーはもとより、ホワイトカラーでもクラーク的な職務であれば、成果による差というのは原則的になく、まさにジョブにつけられた値札がそのまま賃金として支払われます。

ホワイトカラーの上の方になると、そのジョブディスクリプション自体が複雑で難しいものになりますから、その成果実績でもって差がつくのが当たり前になりますが、それは労働者全体の中ではむしろ少数派です。末端のヒラのペイペイまで査定されるなんてのは、人に値札が付くのを不思議に思わない日本人くらいだと思った方がいいくらいです。まあ、日本の「査定」ってのは大体、成果なんかよりもむしろ「情意考課」で、「一生懸命頑張ってる」てのを評価するわけですが、そういうのは日本以外ではないって考えた方がいい。やったら差別だと言われますよ。

で、欧米のジョブ型でも上の方は成果主義で差が付きます。はい、日本の最近のにわか「ジョブ型」論者は、なぜかそこだけ切り出してきて、それよりはるかの多くの労働者を(頑張りで査定している)疑似成果主義の日本を、あたかも純粋時間給の社会であるかのように描き出して、ジョブ型にして成果主義にしようといい募るんですね。いや純粋時間給は欧米の一般労働者の方ですから。

そうじゃないのがいわゆるエグゼンプトとかカードルで、彼らは初めからそういう高い地位で就職します。そういうハイエンドのジョブ型は、日本みたいに頑張りで情意評価なんてのはなくて業績で厳しく査定されますから、多分そこだけ見れば日本が甘くて欧米が厳しいみたいな感想が出てくるのでしょう。

 

 

 

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