一人自営業者労働協約ガイドライン案@『労基旬報』2022年1月25日号
『労基旬報』2022年1月25日号に「一人自営業者労働協約ガイドライン案」を寄稿しました。
去る1月5日号(新春号)では、昨年12月9日に欧州委員会から提案された「プラットフォーム労働における労働条件の改善に関する指令案」について詳しく紹介しました。これは、フリーランスの労働問題が注目を集める現代日本にとっても極めて重要な示唆を与える指令案ですが、実は同日付で欧州委員会はもう一つのフリーランスに関わる提案を公表していたのです。それは、労働条件の指令案と一つのパッケージにまとめられていましたが、欧州委員会の所管総局は異なります。労働条件の指令案が雇用社会政策総局(日本の厚生労働省に相当)の担当であるのに対し、もう一つの提案は欧州委員会の競争総局(日本の公正取引委員会に相当)から出されたものです。というと、本紙の読者は昨年1月5日号に掲載された「フリーランスと独占禁止法」を思い出すかもしれません。その前、一昨年7月25日号に掲載した「自営業者の団体交渉権-EUとOECDの試み」では、同年6月30日に欧州委員会の競争総局が、自営業者の団体交渉問題に取組むプロセスを開始したと紹介しました。その話が一歩進められたのが、今回労働条件の指令案と同日付で出された一人自営業者労働協約ガイドライン案なのです。こちらは集団的労使関係法制との関係でも極めて重要なものであり、日本でもウーバーイーツユニオンが東京都労委に申立てを行っていることを考えれば、喫緊の課題に関わるものと言えます。そこで今回は、前回に続いて同じ昨年12月9日に提起された「一人自営業者の労働条件に関する労働協約へのEU競争法の適用に関するガイドライン」(Guidelines on the application of EU competition law to collective agreements regarding the working conditions of solo self-employed persons)と題するコミュニケーション案(C(2021)8838)の内容を見ていきたいと思います。欧州委員会競争総局はこの文書に基づいて、2022年2月24日までの期間で一般協議を開始しています。このガイドライン案では、EU運営条約第101条により協定や共同行為が禁止される「事業者」の適用対象外とされるべき一人自営業者の類型を3種類挙げています。まず第1の類型は経済的従属一人自営業者、すなわち完全に又は優越的に一つの取引相手にその役務を提供する一人自営業者です。彼らは取引相手との関係で経済的に従属しており、市場におけるその行動を独立して決定することができず、取引相手の事業の不可欠の一部をなしています。さらに彼らはその作業の遂行について指揮を受けやすいため、(ドイツ労働協約法第12a条の「労働者類似の者」のように)一定の要件下に団体交渉権を与えている加盟国もあります。欧州委員会は、その年間収入の50%以上を単一の取引相手から稼得している一人自営業者を経済的従属の状態にあるとみなして、当該一人自営業者と当該取引相手との間で労働条件の改善に関して締結された労働協約はEU運営条約第101条の適用範囲外であり、これは当該一人自営業者が国内の当局や裁判所において労働者と再分類されなかったとしても同様であるとしています。第2の類型は同一の取引相手企業で労働者と「並んで」(side by side)同一の又は類似の課業を遂行している一人自営業者です。彼らは取引相手の指揮下で役務を提供しているので、当該取引相手の労働者と比較可能な状況下にあり、取引相手の活動の商業的リスクを負っておらず、経済活動の遂行に関していかなる独立性も有していません。労働者と並んで働く自営業者の契約関係を雇用関係と再分類するか否かは国内の当局や裁判所の権限ですが、仮に一人自営業者が労働者と再分類されなかったとしても、なお団体交渉の権利を享受することができます。本紙2015年6月25日号の「EU法における労組法上の労働者性」で紹介したオランダからEU司法裁判所に付託されたFNV事件のフリーランス楽団員はこの類型に該当する可能性が高そうです。第3の類型はデジタル労働プラットフォームを通じて労働する一人自営業者です。これについては、本ガイドライン案と同日付で提案されたプラットフォーム労働指令案が雇用上の地位について反証可能な法的推定を導入しようとしていますが、競争法サイドとしては、当該プラットフォーム労働に従事する一人自営業者が国内の当局や裁判所で労働者と再分類されなかったとしても、EU運営条約第101条の適用範囲外であることに変わりはないということになります。なおこれら3類型に当たらなくても、取引相手との交渉力格差が大きく、その労働条件に影響を及ぼすことができない場合はありうると認め、①取引相手が年商200万ユーロ超又は従業員10人以上である場合、②国内法で団体交渉権を認めていたり、競争法の適用除外としている場合についても、欧州委員会競争総局はその労働協約に介入しないとしています。このように、このガイドライン案は労働法サイドにおける労働者性(雇用関係性)とは一応独立に、競争法サイドとして団体交渉、労働協約が許容される一定の一人自営業者を明確にするという趣旨です。これを競争法上の労働者概念と呼ぶこともできるかもしれませんが、少なくとも競争当局の用語法上はそのような言い方をしているわけではなく、あくまでも特定類型の一人自営業者への条約の適用如何の問題だと見るべきでしょう。
« ラスカルさんの拙著書評 | トップページ | フリーランスにも(局部的に)失業給付?@WEB労政時報 »
コメント