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2021年11月22日 (月)

EUレベル労働協約の指令化拒否に最終判決@『労基旬報』2021年11月25日号

『労基旬報』2021年11月25日号に「EUレベル労働協約の指令化拒否に最終判決」を寄稿しました。

ややマニアックな話題だと思われるかも知れませんが、先日の日本労働法学会138回大会のワークショップで井川志郎さんが話したことのいわば裏側の話にあたり、こういうことも念頭において考えることが必要ではないかという意味では、けっこう本質的な問題を提起しているテーマでもあります。

 私は1998年にEU代表部から帰国して以来、EU労働法の解説、あるいはむしろ宣伝に努めてきましたが、その中でも最大の目玉商品は、1991年のマーストリヒト条約附属社会政策協定で導入され、現在はEU運営条約に規定されているEUレベル労働協約の指令化という制度でしょう。2007年から2009年にかけて、日本で労働政策に関する三者構成原則についての議論が盛んに行われた頃には、私はこのEUの仕組みをあちこちで説明する機会がありました。その頃私が書いた「労働立法と三者構成原則」(『ジュリスト』2008年12月15日号)には、「EC設立条約という憲法的規範のレベルで、労使団体の関与やイニシアティブが規定されており、いわばコーポラティズムが立法における民主制の現れとして明確に位置づけられている」とか、「議会民主制と並ぶもう一つの民主制原理を労働立法過程の中に持ち込むものと評価しうる」などと述べていました。
 この評価自体は、私は今も変わることはありませんが、肝心のEUの方が、その後この仕組みに対して必ずしも熱意を持たなくなっていったように見えます。それはいくつかの面がありますが、まず、1997年のアムステルダム条約により男女均等待遇について別の立法根拠が設けられるとともに,性別,人種・民族,宗教・信条,障害,年齢,性的指向を理由とする差別に対する立法に関する規定が新たに導入され,差別禁止政策という労働法の重要な分野が労使立法システムから事実上あるいは法的に外されたのです。
 一方2001年以来,条約上の根拠のないまま欧州委員会通知(COM(2002)704)に基づき,広く市民社会団体等への一般協議が行われ、2009年のリスボン条約により、これが条約上の仕組みに昇格するに至りました。今日まで、2006年の労働法の現代化に関する協議をはじめ、労使立法の基軸に位置するような内容を扱いながら,労使団体への協議ではなく,広く一般への協議という形のみをとることも多く、労働側の強い反発を招いています。
 しかしながら、欧州委員会がEUレベルの労使団体に協議を行い、これを受けた労使団体間で交渉が行われ、労働協約が締結され、労使団体の申出を受けた欧州委員会がそれを指令案として提案し、閣僚理事会がそれを指令として正式に採択するという、この労働立法サイクル自体に変わりはないはずでした。労使団体側が指令にしてくれなくてもいい、自分たちで実施するという自律協約もテレワークやハラスメントなど出てきたとはいえ、本筋はEUレベル労働協約の指令化だと、みんな思っていたはずです。しかし、2010年代に入るとそれがだいぶ怪しくなってきました。
 最初に問題が持ち上がったのは、欧州委員会の協議に基づくのではなく、EUレベルの業界労使の間で自発的に交渉を初めて締結した労働協約の指令化についてでした。2012年4月26日にEU理美容協会(Coiffure EU)と欧州サービス労連(UNI europa)の間で締結された「理美容部門における労働安全衛生の保護に関する欧州枠組協約」(European framework agreement on the protection of occupational health and safety in the hairdressing sector)を、EU運営条約第155条に基づき指令として法的拘束力あるものとすることを求めたのです。
 この協約は、アレルギー反応を引き起こす危険性のある皮膚刺激的な化学物質に長時間曝されないような措置を使用者に求めるほか、労働環境に関わるさまざまな規定を盛り込んでいます。そしてこの段階では、欧州委員会は本協約を「労使による労使のための、小企業にテーラーメードの規制」であり、「合意された防止措置を実施する費用は低」く、「病休や転職を減らす効果は高い」と高く評価していました。
 ところが同年10月、オランダを初めとして、イギリス、ドイツ、エストニア、フィンランド、スウェーデン、ルーマニア、クロアチア、スロベニア、ポーランドといった諸国の政府が、この分野におけるいかなる規制にも反対するという意見書を提出しようという動きがあると、欧州サービス労連が公表し、同年11月にはEU理美容協会と欧州サービス労連が本協約を擁護する共同声明を発表しました。
 欧州委員会は翌2013年10月2日、EUの規制改革プログラム(REFIT)の一環として撤回される提案等を示しましたが、その中に「欧州委員会が行動をとらない分野の例」として、「ノーアクション:現在の任期の間、欧州委員会は理美容業の労働安全衛生における立法を提案しない。EU運営条約第155条に基づき、労使団体は欧州委員会に理美容従事者の安全衛生規則に関する協約を実施する指令を提案するよう求めた。欧州委員会は現在の任期中そのような協約を提案しないと決定した。本協約の適切さとEU付加価値性がまず十分に審査されなければならない。2012年には中小企業が本分野における立法が繁雑で費用がかかることを示した。労働安全衛生分野におけるEU法制の総体的な評価が現在進行中であり、労使団体への特定の協議もそれに含まれる。その結論は2015年には示される。それがこの立法分野におけるさらなる展開を指し示すであろう」という一節が含まれていたのです。事実上の拒否回答です。これに対してEU理美容協会と欧州サービス労連は遺憾と怒りの意を表明し、過去20年間発展してきた労使対話へのアプローチを完全に変えるものだと批判しました。
 その後、理美容業労使は新たな協約の締結に向けて交渉をしていましたが、2016年6月23日には新たな「理美容部門における労働安全衛生の保護に関する欧州枠組協約」の締結が発表されました。その前文でも2012年協約と同様、EU運営条約第155条に従い本協約をEU加盟国で拘束力あるものとする決定のため、欧州委員会に本協約を理事会に提出することを求めています。しかし欧州委員会の拒否の姿勢は変わらず、やり取りの結果2019年12月4日、両者はこの自律的に締結した協約を自律的に実施することとなったようです。
 同様の問題が欧州司法裁判所に持ち込まれるに至ったのが、2015年12月21日に欧州公行政経営者協会(European Public Administration Employers, EUPAE)と労働組合行政代表(Trade Uninon's National and European Delegation, TUNED)の間で締結された「中央政府行政の公務員及び被用者への情報提供及び協議のための一般枠組み」(General framework for informing and consulting civil servants and employees of central government administrations)という協約です。こちらはさらに複雑なことに、純粋な意味での自律協約ではなく、欧州委員会によるEUレベル労使団体への協議に基づいていました。2015年4月10日に行われた労働者への情報提供・協議に関するEU諸指令の統合に関する第一次協議です。この協議文書(COM(2015)2303)には、情報提供・協議諸指令の適用範囲について公企業以外の公的部門にも拡大すべきかどうかという論点が明記されていました。
・・・適合性チェックはEU諸国の公行政において情報提供・協議の権利がどの程度まで行使されているのかを、とりわけいくつかの国で生じている公的部門のリストラの文脈において、検討する必要があると指摘した。
 多くの加盟国では、公的部門は厳しい財政制約の中で効率化のために重要な改革を進めつつある。しばしばそれら改革は大規模なリストラとその結果の大量解雇や労働条件の変更をもたらす。公的部門労働者の雇用関係もますます民間部門の契約に近づいている。官吏と雇員の区別も次第に不分明になっている。これらを踏まえ、欧州委員会は加盟国に対し、雇用関係の性質にかかわらずリストラ上質枠組みを公的部門に適用することを呼びかける。
 この文脈で情報提供・協議諸指令について、公行政がその人的適用範囲に含まれるのか等を検討する機会である。・・・
 EUPAEとTUNEDにより設けられた欧州中央政府行政労使対話委員会(SDCCGA)はこの協議に反応して、同年6月2日から条約に基づく拘束力ある協約に向けた交渉を開始し、同年12月21日に協約の締結に至りました。
 同協約は必須協議事項として、労働安全衛生、労働時間とワークライフバランス、組織構造やサービスの変更が雇用に及ぼす影響を挙げるとともに、各国法制や労使対話に従って報酬、訓練、男女平等、社会保護も情報提供・協議の対象としうるとし、守秘義務や被用者代表の保護等も規定しています。とりわけ前文で、特定の公的被用者が適用除外される場合には正当な理由が必要で、本協約の目的に照らして例外を見直すべきと述べている点は重要です。
(前文)・・・これらの理由から、委員会は全ての公的被用者が情報提供と協議の権利を享受することが枢要だと考える。国内法で特定範疇の公的被用者に例外を定める場合、その例外は正当な理由が必要である。委員会は加盟国に対し、本協約の目的に照らしてこれら例外を再検討し、新たな例外を設ける場合はその目的を無視しないよう奨励する。
 翌2016年2月1日、両者は共同で欧州委員会に対し、同協約を実施する理事会決定案の提出を求めましたが、同年3月5日、欧州委員会はこれを拒否したのです。そこで2018年5月15日、欧州公共サービス労連(EPSU)とその事務局長によって欧州委員会に対する訴えが提起されました。EU労使対話の歴史上空前絶後の事態です。これに対する一般裁判所の判決(T?310/18(EPSU v Commission))は2019年10月24日に下されましたが、訴えは却下されました。これに対してEPSU側は控訴し、2021年9月2日に大法廷の判決(C-928/19P)が下されました。結論は再び却下でした。
 その理由は、EU運営条約第155条第2条の「EUレベルで締結された労働協約は、・・・締結当事者の共同要請により、欧州委員会からの提案に基づく閣僚理事会決定により実施されるものとする」の「shall be implemented」は、欧州委員会に決定案を義務づけるものではなく、提案するかしないかの裁量を認めるものであるということです。「shall」が義務づけでないというのはその通りでしょうが、そもそも立法府たる理事会には当然その協約に基づく決定案を採択するかしないかの権限があり、採択を義務づけられているわけではないという当然の理路とごっちゃになっている感があります。マーストリヒト時の立法経緯からすれば、ここでの欧州委員会の役割は何も余計なものをつけずに理事会に協約を送り届けるだけの「子どもの遣い」であって、理事会の判断に委ねないという裁量権があるというのはいささか違和感が残ります。
 この問題がいささか複雑なのは、理美容業協約の時は新自由主義的なバローゾ委員会であったのに対し、今回の中央行政協約は「欧州社会権基軸」を掲げて新自由主義からの脱却を訴えたユンケル委員会の下で行われているということです。30年間欧州委員会雇用社会総局に勤務して労使関係課長等を務め*1、2018年に欧州労働組合研究所(ETUI)に移ったジャン・ポール・トリカール氏は、昨年の論文「昔々欧州労使対話がありました」*2で大変厳しい批判を加えています。
・・・欧州労使対話は労使団体とEU機関とりわけ欧州委員会の間の信頼感の下で発展したが、今や不信と憤激がこの関係を彩っている。・・・2010年代半ばの労使対話の衰退を考えれば、欧州労使対話の再提起はいい機会だ。こうしてユンケル委員会は労使団体との信頼を回復することができた。しかし、バローゾ委員会時代以来の欧州労使交渉から生ずる立法への敵意ある態度を変えず、欧州労使対話の役割を著しく弱めたのである。
 

*1筆者のEU日本政府代表部在勤時代にはお世話になった。
*2Jean-Paul Tricart 'Once upon a time there was European social dialogue'("Social Policy in the European Union 1999-2019 : the long and winding road" ETUI(2020))

 

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