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2021年11月25日 (木)

芳野連合会長の注目すべき発言

連合のHPに、11月18日の記者会見の動画と文字起こしが載っています。

https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/rengotv/kaiken/20211118.html

例によってマスコミの皆さんは政治政局の話が大好きで、どの党がどうとかこうとか、そういう記事ばかりがデスク受けして載るんだろうな、というのはよくわかりますが、そういうのだけ見てたんではもったいないようなやり取りもちゃんと交わされています。

そのうち、最近はやりの「安い日本」の元凶という意味で、芳野会長が大変本質的なことにちらりと触れているところがあったので、ちょっと引用しておきますね。

・・・・あともう1つは先ほど少し触れた適正価格の問題ですが、おそらくこれまで労働組合としても物価が上がるということに対しては消極的だったかというふうに思います。前回の記者会見のときにも申し上げたかもしれませんが、私たちが消費者の立場で考えるのか労働者の立場で考えるのか、そこでまた変わってくると思います。私自身も、例えば良いもの安く買いたいと誰でもが思うことで、ただそれを通してしまうと、じゃあそこで物を作っている人たちの製品の価値もそうですし、物を作っている人たちの価値も下げてしまうということになるかと思うので、そこは私たち消費者もきちっとその物づくりをしている労働者のことも考えながら適正な価格できちっと買っていく。で、そこでは賃上げ、まあ賃金というと企業側はコストにはなりますが、賃上げも含めたその価格設定にして、そうすれば中小の人たちも給与が、賃金が上がりますから、そうなると消費にも回るということで、ある意味そういう好循環に持ってきたいっていう考え方です。日本全体がこう物価が上がっていくということになかなか理解を示すということは難しいのでどこまでできるかというのはありますが、適正価格はそういうことだというふうに思いますので、それは連合の中でもしっかり議論していきたいと思います。

ここはとても重要なことに触れているんですが、マスコミの方々にはあまり関心がなかったのか、そのままスルーされてる感じですね。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/11/post-6a801f.html(労働者が消費者意識を高めたら賃金が上がらなくなった件について@WEB労政時報)

・・・・・今から30年前、昭和から平成に変わった頃の日本では、(今では信じられないかも知れませんが)「高い日本」が大問題であり、それを安くすることが労使共通の課題であったのです。1990年7月2日、連合の山岸会長と日経連の鈴木会長は連名で「内外価格差解消・物価引下げに関する要望」を出し、規制や税金の撤廃緩和等により物価を引き下げることで「真の豊かさ」を実現すべきと訴えていました。同日付の物価問題共同プロジェクト中間報告では、政府、企業、労働組合、消費者が果たすべき役割の4本柱を次のように掲げていました。
1.公的規制の緩和・撤廃
2.市場原理の徹底・公正競争の促進
3.消費者重視の徹底、国民生活の質的向上に貢献する産業構造への転換
4.政府、企業、労働組合、消費者の連携・協力
 なるほど、賃金を、つまり生産要素の価格を引き上げることが第一義のはずの労働組合が、企業や消費者と連携して価格の引下げに向けて全力投球してくれるのであれば、その後の日本社会がその通りの道筋を辿っていくことに何の不思議もなかったことになります。
 当時の連合はなぜそういう発想だったのでしょうか。同中間報告には、「労働組合は、職業人の顔とともに、消費者の顔をもつ」とか、「企業に対しては、労使協議の場等を通じて、消費者の声を産業・企業に反映し、消費者の利益を重視する経営を目指すよう、促す」べきだとか、挙げ句の果ては「労働組合自らが消費者意識を高め、消費者に対しては物価引下げに必要な消費者意識や消費者世論の喚起に努めるべき」とまで言っていたのです。消費者にとって嬉しい「安い日本」は労働者にとって嬉しくないものではないのか、という(労働組合本来の)疑問が呈されることはなかったようです。
 マクロ経済面については、1993年8月の日経連内外価格差問題研究プロジェクト報告がこのようなバラ色の未来像を描き出していました。
「物価引下げ→実質所得向上→経済成長」
 物価引下げによる実質所得の向上は、当然、国全体の実質購買力の増加となる。1992年度の数字で考えれば、仮に3年で10%の物価が引き下げられれば、毎年約9兆円の実質所得の向上になるが、これは各年度の雇用者所得を約4%程度も引き上げるのと同じ数字になるということも認識すべきである。
 その結果は、国民は新しい購買力を獲得し、そこから商品購買意欲の高まりが生まれる。それにより、企業としても、新商品開発、新産業分野への参入など積極的な行動がとれるようになり、将来の市場動向の安定をみて、研究開発や新規設備投資を行いやすい環境となる。このように、個人消費と設備投資の拡大は、経済成長を大いに刺激することになる。
 その後の失われた30年のゼロ成長は、このもっともらしい経済学的論理回路が100%ウソであったことを立証しています。名目賃金も実質賃金も下がり続け、国民の購買力も縮小する中で、その商品購買意欲も(その貧しさに見合った形で)収縮していき、企業の研究開発や設備投資も欧米どころか中国など他のアジア諸国にも見劣りする水準にまで後退し、これら全てが日本の経済力の劇的な引下げに大きく貢献してきたことはもはや明らかでしょう。よくぞこんなバラ色の未来図を白々しくも描けたものです。・・・・・

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コメント

芳野さんの発言を、よいしょしてもらいましたので、蛇足ながら一言。
最初にJAMの「価値を認め合う社会」の考え方ですが、大きく言って生産物と労働力という二つの商品の価値を適切に決定すべきことが含意されています。まず中小企業が自ら生み出した付加価値を企業内で確保できるように適正な単価で取引されるべきことです。付加価値=売上高-中間投入ですから、付加価値を確保するには取引先である企業との間で、原材料価格の上昇や消費税率の引き上げ分を適切に転化した取引単価が設定されなければいけないということですね。一方で、そのようにして確保された付加価値を企業内の労使の交渉(闘争)で賃金と利潤に適切に分配するというのが次の過程です。中小では配分すべき付加価値の相当部分を大企業に収奪されてしまうため、配分の原資が足りずに労働分配率が上限に張り付いてしまい、更なる賃上げが困難になっているのが現状です。この過程(順序)および二つの価値の区別と連関が明確に理解されていないと賃金闘争は迷走してしまいます。つまり、消費者がより安い価格を求めることが物を作っている人の価値を下げてしまうというのは、いささか皮相な見方で、大企業が中間投入の原価を低減するために不公正取引で下請け単価を押さえつけていることが、中小企業で物を作る人(サービス・流通分野でも構造は同じ)の価値を下げているという実態を曖昧にしてはいけないのです。
 次に労働組合がインフレ抑制を要求することについてですが、これを生産要素の価値を下げる主張とのみ捉えるのはあまりに一面的です。上で観た労使交渉による付加価値の配分の結果、賃金の取り分が決まったとして、企業側が次期の市場展開で賃上げ原資をコストアップ分として価格に転嫁し、そのことで売り上げ→利潤を拡大したとすれば、賃金水準がそのままであれば企業内の労働分配率は低下してしまうので、次期の賃金交渉でその分を取り戻すという形で賃金交渉のいたちごっこが続きます。一方ですべての企業が賃上げ分を価格転嫁すれば、一種の合成の誤謬で社会的にはインフレが生じます。インフレは実質賃金の引き下げによって、企業が賃上げの成果を奪い返す手段として、特に高度成長期には常套的に用いられてきました。その際、賃金の購買力=実質賃金を維持するために労働組合がインフレ反対を叫ぶのには合理性があったわけです。これは所得政策の是非ともつながる話ですが、欧州についての研究では、所得政策を採用している国とそうでない国、同じ国でも所得政策を採用している時期とそうでない時期を比べると所得政策を採用している方が実質賃金の伸び率は高かったという実態もあるようです。いずれにしても労働組合が企業内分配率を維持するために賃上げ分の価格転嫁に反対したり、実質賃金を維持するためにインフレ阻止を叫ぶことには、時代状況によって合理性もあるのです。むしろ連合・日経連連盟の「内外価格差解消・物価引下げに関する要望」の問題点は、公的規制の緩和・撤廃や市場原理の徹底・公正競争の促進などという、それこそ今では考えられないような市場原理主義一辺倒の要望に労組のナショナルセンターが与していたということでしょう。これこそ万死に値するというべきです。

1989年は、消費税が導入され、連合が発足し、12月に東証平均株価が最高値を記録し、1990年7月はまだ東証株価が2万円を割る前で、不動産だけでなく、物価も右肩上がりに急上昇していた時代だったので、物価を下げようという発想に至ったのかなと思いました。
適正価格というのは、物価と賃金を釣り合わせるという意味でしょうから、デフレ時代とインフレ時代では、その差をどう埋めるかという手段も変わってくるのだと思います。賃金が上がっても物価が上がらない、賃金が下がっても物価が下がらない、というのが一番危険なのかと思います。とはいえ、賃下げ方向に連合が陣頭指揮をとるというのは違和感を覚えますが。

上の文はいささか労働組合自身の責任というところに強調点を置いていますが、当時の社会の雰囲気を思い出してみれば、猫も杓子も「高い日本ケシカラン」の大合唱であったことは間違いなく、出来たばかりの連合も素直にその雰囲気(時代精神)に乗っていただけなんだろうなと思います。

仰るとおり、連合も規制緩和や少し後に出てくる構造改革論議などにも当時は肯定的だったわけで、時代の雰囲気に飲まれていた面はありますね。まあ連合が意図したのは実質賃金の維持と言う面もあったでしょうから、同床異夢的な要素もあったろうとは思いますが。日経連が物価上昇に神経質であったのは、オイルショック後の狂乱物価に際して、組合は30数%の賃上げで実質賃金確保にある程度成功したために、産油国などへの所得流出の大部分を企業部門が負担することになったトラウマもあったかも知れません。日経連の超希望的見通しが空振りに終わったのは、3年で10%の物価下落など起きるはずもなく、前提が絵空事なら予測は外れます。実際には売り上げが伸びなくても利益が確保できる損益分岐点引き下げ経営に邁進するため、総額人件費の抑制や下請け単価の引き下げ、金融機関にあっては貸し渋り、貸し剥がしが横行したわけで、結果はhamachanの言う通り「名目賃金も実質賃金も下がり続け、国民の購買力も縮小する中で、その商品購買意欲も(その貧しさに見合った形で)収縮していき、」「日本の経済力の劇的な引下げに大きく貢献してきたことはもはや明らか」となった次第です。オイルショック後は、生産性基準原理なるものによる実質賃金の上がらない日本型インチキ所得政策が採用されたのですが、90年代以降はそれがさらに劣化した賃金デフレ政策になってしまったようです。連合が「日本高い」に悪乗りしたことが、そこへの道を拓いたとすれば、確かに罪深いことではあります。

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