ジョブ型もメンバーシップ型も天使でもなければ悪魔でもない
口が酸っぱくなるくらい言い続けている割に、全然理解されないのが、ジョブ型とかメンバーシップ型というのは、一方をこの世のものならぬくらい褒め称えたり、他方をあの世のものであるかのごとく罵倒しつくしたりするような類のホットな価値概念などではなく、現実に存在する雇用システムを類型化してできた事実認識のための枠組みであるという点でしょう。
まあ、ジョブ型を世界中で追求されるべき新商品であるかのごとく売り込みを図る一部経営コンサルやその尻馬に乗るマスメディアがその手の印象操作をやりまくるのは、彼らの生計の道であるということを考えればやむを得ないとも言えますが、そういう手合いのおかげで、あちこちでこういうことを繰り返し言い続けなければならないこっちの身にもなってくれよと、まあぼやきたくもなるわけです。
2020年には突如として「ジョブ型」という言葉が流行し、ネット上で「ジョブ型」を検索するとほぼ毎日数十件の新しい記事がヒットするという状態が続きました。これは、同年1月経団連が公表した『2020年版 経営労働政策特別委員会報告』が大々的にジョブ型を打ち出したことによるものですが、記事の多くは一知半解で、間違いだらけのジョブ型論ばかりが世間にはびこっています。
「ジョブ型」「メンバーシップ型」というのは、言葉自体は私が十数年前に作った言葉ですが、概念自体はそれ以前からあります。これは現実に存在する雇用システムを分類するための学術的概念であり、本来価値判断とは独立のものです。つまり、先験的にどちらが良い、悪いという話ではありません。
一方、商売目的の経営コンサルタントやそのおこぼれを狙う各種メディアは、もっぱら新商品として「これからはジョブ型だ!乗り遅れるな」と売り込むネタとのみ心得ているようです。そのためジョブ型とは何か、メンバーシップ型とは何かという認識論的基礎が極めていい加減なまま、価値判断ばかりを振り回したがる傾向が見られます。
そもそもジョブ型は全然新しくありません。むしろ産業革命以来、先進産業社会の企業組織の基本構造は一貫してジョブ型だったのですから、戦後日本で拡大したメンバーシップ型の方がずっと新しいのです。
その日本でも、民法や労組法や労基法といった基本労働法制は全部ジョブ型でできています。それとメンバーシップ型でできている現実社会との落差を、さまざまな判例法理が埋めてきているのです。また、日本でも高度成長期の労働政策はジョブ型を志向していました。1970年代半ばから1990年代半ばまでのほんの20年間には、「新商品」としてメンバーシップ型礼賛論が溢れましたが、すぐに古びたのです。
と思ったら、今度は180度逆方面から、こういう手合いの経営コンサルと同じように(うすっぺらな)ジョブ型をもてはやしているかのごとく妙な攻撃めいた言いがかりをつけられているようでもあり、なかなかしんどいものでありますな。
いうまででもなくジョブ型の方が古臭く、メンバーシップ型の方が新商品だったのですよ。1970年代から1980年代にはね。当時はドーア先生はじめとして、日本型雇用こそが人類の未来だという議論が一世を風靡したもんです。
ジョブ型は大変硬直的だからダメなんだ、メンバーシップ型はこんなに柔軟だから凄いだろう。いやいや全くその通り。社会全体の持続可能性を抜きにして、その局面だけに着目すれば、今でも全くその通り。
ジョブ型の古さ自体は何の変りもない。ただ変わったのは、流行の意匠としてさっそうと登場したメンバーシップ型の雇用が、そんな最先端がどうのこうのという、経営コンサルが言いつのりたがる局面なんかではなく、女性、中高年、非正規労働者等々といった、そういう流行を追いたがる連中の眼にあまり入らないけれども、社会全体の持続可能性という観点からはこの上なく重要な部分において、かなり致命的な欠陥を示してきたということなんだが、そこが経営コンサル的感性の持ち主にはあまり目に入らないんだろうな。
1980年代には、世界的にもこの日本型雇用システムこそが日本の圧倒的な経済的競争力の源泉であるともてはやされていましたが、その時期においても、誰がそれで得をし、誰が損をしていたかを考えると、性と年齢でかなり差がありました。
日本型雇用で得をしていたのは若者です。ジョブ型社会というのは、「この仕事ができる」人が優先して雇われる社会です。若者というのは定義上中高年よりも経験が乏しく技能が劣ります。それゆえに労働市場で不利益を被り、卒業してもなかなか職に就けず、失業することが多いのです。ところが日本では、仕事の能力が劣っていることが明らかな若者ほど好んで採用されます。ところが一方、職安には中高年が長い列を作っていました。日本型雇用で損をするのは中高年です。いったん失業したら、技能も経験もあるのに嫌がられ、なかなか採用してもらえません。
若者といい中高年といい、暗黙のうちに想定されていたのは男性です。実のところ、日本型雇用システムにおいて一番割を食っていたのは女性です。男女均等法以前の日本企業においては、男性は新卒採用から定年退職までの長期雇用が前提であるのに対して、女性は新卒採用から結婚退職までの短期雇用が前提で、その仕事内容も男性社員の補助業務が主でした。結婚退職した後は、主婦パート以外に働く場はほとんどありませんでした。
1990年代半ば以降、日経連の『新時代の「日本的経営」』に示されるように、長期蓄積能力活用型という名で正社員を絞り込みつつ、雇用柔軟型という名の非正規雇用が拡大していきました。それまでのように若者は誰でも正社員になれる時代ではなくなり、正社員コースに入りこめなかった氷河期世代の若者は非正規労働に取り残されたまま今日中高年化しつつあります。この格差問題こそ、メンバーシップ型雇用社会が未だに解決できていない最大の矛盾です。また、若い男性を前提にした無限定な働き方と、家事育児負担を負った既婚女性との矛盾も大きくなっています。
こうして矛盾だらけになった(古びた新商品としての)柔軟すぎるメンバーシップ型を見直し、もっと硬直的なジョブ型の要素を持ち込もうというのが「働き方改革」であって、その意味ではこれは復古的改革というべきものです。
この期に及んで、ジョブ型は古いんだぞ、日本はすでに1960年代から「脱ジョブ化」していたんだぞ、偉いだろう、みたいな議論をやってられる感性が正直信じられない。いや全くその通りなんだが、その帰結が今の姿なんだが。
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ああいう人達と話していて思うことなんですけど、本当に彼等は東京でスーツを着た人のことしか知らんのですよね。たとえば地方のロードサイドの携帯電話販売店で働いている人がどんな契約でどんなことしてるのかなんて一切知らない。あるいは逆に都内のITベンチャー勤務で在宅勤務をずっとしてる人のこととかだって知らない。
投稿: ssig33 | 2021年11月26日 (金) 10時11分
ホント、誰も理解してないのネ
https://twitter.com/ShinHori1/status/1464477287869341704?s=20
投稿: ほぺいろ | 2021年11月28日 (日) 08時32分
要するに
日本企業はケチなだけなんちゃうかと。
仕事はなんでもやらせりゃいいし
残業や休日出勤も、カネ払えばいいという制約(払ってない場合もあるんだが)
、かつ率も1.25やら1.5と安い)
素人採用するから、教育の費用も慣れろってだけで済む
若い内に安く使い倒せるし
年取ったらいらんくなる
ということちゃうのか?
投稿: ほぺいろ | 2021年11月29日 (月) 12時34分