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2021年11月26日 (金)

『POSSE』49号

2a2a7d089ed62cd5d2cb 『POSSE』49号をお送りいただきました。

https://info1103.stores.jp/items/619467621bfe19110afc7602

◆特集「ケアの市場化の果てに」

「小泉改革以降の新自由主義的な政策を転換する」。2021年秋、岸田首相がそう言って掲げた「新しい資本主義」が注目されている。そこには、「公的部門」で働く人々への「分配」も含まれている。
 しかし、2000年代以降、ケアや公共サービスの職場をここまで歪めてきたのは、その責任を国や自治体から営利企業に開放した「市場化」そのものにほかならない。同時に、自治体の内部さえも市場の論理に侵食されていった。この根幹に手をつけず、「分配」だけで何が変わるというのだろうか?
 この20年間で市場がケアにもたらした変化を直視することが必要だ。特にケアワーカーたちの労働の現場では、一体何が起きてきたのか。低賃金、長時間労働、非正規雇用、サービスの質の劣化、利用者の虐待、事業撤退、「ブルシットジョブ」、外国人労働者……。保育、介護、教育、児童相談所、保健所などさまざまな分野から検証していく。そこから、ケアをめぐる新しい労働運動を構想していきたい。

座談会 ケアの市場化の20年と、崩壊する介護・保育の現場―労働の視点から福祉現場を再生する展望を描く
小林美希(ジャーナリスト)×松田貴弘(京都民医連事務局長)×後藤道夫(都留文科大学名誉教授)×三浦かおり(介護・保育ユニオン共同代表)

なんですが、冒頭のこの座談会のトーンにはかなり異論があります。

ケアの市場化がけしからんという言い方は、あたかも市場化以前は全てが公的サービスで賄われていたかの如き印象を与えますが、そうではありません。とりわけ最大の問題である高齢者介護の領域においては、官から民へという風にものごとを捉えること自体がごまかしであって、むしろ、家庭の中に美風として私的(プライベート)なことだと押し込められていたことが、そうではなくて公的(パブリック)なことなんだ、だから(サービス提供者は官民様々であっても)公的なサービスとして行われるべきなんだという大きなシフトが起こったことに着目すべきです。それ以前の日本の介護をごく一部の公的サービスで捉えること自体が間違いで、表に出てこない「恍惚の人」の地獄絵図こそが介護保険を作り出したというのは、この分野を研究した人であれば周知のことだと思うのですが、どうもそこの認知が歪んでいるように思われます。介護保険の20年がいろいろと問題だらけであることは確かですが、それ以前がバラ色だったかのように描くのはいかがなものかと思いますよ。

とはいえ、ほかの記事は結構読みでがあります。特に、上林さんの議論はもう何回も紹介していますが、

ブルシットジョブに喰われるエッセンシャルワーク―公務労働のリアル
上林陽治(公益財団法人地方自治総合研究所委嘱研究員)

やはり何回も読まれる必要があります。

 

 

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