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2021年10月19日 (火)

「アジャイル型開発と派遣・請負区分」@『労基旬報』2021年10月25日号

『労基旬報』2021年10月25日号に「アジャイル型開発と派遣・請負区分」を寄稿しました。

 去る9月25日、厚生労働省のホームページにひっそりと「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(37号告示)に関する疑義応答集(第3集)がアップされました。この問題に関心のある人しか気が付かなかったでしょうが、これは昨年来問題となっていたアジャイル型開発と派遣・請負区分に一定の決着をつける文書だったのです。
 アジャイル型開発とは、システム開発において、計画段階では厳密な仕様を定めず、小さな単位に分けられた開発を「スプリント」と呼ばれる単位で繰り返して実施し、最終的なシステムを完成させる開発手法です。細部にわたる仕様をすべて決定してから開発工程に進むのではなく、ユーザにとって優先度の高いものから順次開発・リリースして、運用時の技術評価やユーザの反応に基づいて素早く改善を繰り返すことにより、システムの機能同士の結合リスクを早期に解消できたり、システム利用開始までの期間を短くできたりする利点があります。
 従来のウォーターフォール型の場合、要件定義、設計、開発、テスト、リリースといった工程に分割し水が上から下に流れるように次の工程に進みます。前の工程に後戻りはしないことが求められるので、プロジェクトの途中での事業環境の変化による仕様変更などに柔軟に対応することが困難です。これに対し、アジャイル型の場合、開発プロセスを比較的短期間に区切った上、最小限の仕様でシステムを開発し、システムへの機能追加を繰り返してシステムを完成させます。いったん開発したシステムを試してみてから、機能の追加変更や優先順位の変更がされることも想定されるので、業務要件の変更に柔軟に対応することができるのです。
 このようなアジャイル型開発では、チームの人数が少人数であり、ユーザとベンダの要員が1名ずつペアを組んで作業を行うこともあり、またより密なコミュニケーションが求められることから、ユーザがベンダの個々の要員に対して直接に作業の依頼・指示をする場面が多くなります。このような状況が、ベンダの雇用する要員がユーザの直接の指揮命令を受けてユーザのために労働に従事させられていると評価されると、偽装請負と判断されてしまいます。
 この問題をまず提起したのは、昨年2020年10月13日の経団連の規制改革要望『改訂 Society 5.0の実現に向けた規制・制度改革に関する提言』で、「アジャイル開発等のシステム開発における発注者、受託者、委託先との直接的な意思疎通や協働が偽装請負と判断される「直接な作業指示」にあたらないことを明確化すべきである」と要望したのです。この問題は政府の規制改革推進会議の成長戦略ワーキング・グループでも2021年2月25日に取り上げられ、6月1日の『規制改革推進に関する答申~デジタル社会に向けた規制改革の「実現」』に盛り込まれるとともに、6月18日に閣議決定された『規制改革実施計画』でも、「厚生労働省は、関係府省とも連携の上、アジャイル型開発の環境整備に向け、労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準の具体的当てはめの明確化について、新しい開発手法を活用するベンチャー企業等を含めた実務者会合を早期に立ち上げ、システム開発の実態を踏まえつつ検討を行う。その結果に基づいて疑義応答集等で考え方を明らかにし、広く周知を図る」こととされました。
 こうした動きに対応するため、厚生労働省は同年5月31日から7月21日にかけて3回にわたって「派遣・請負区分のあてはめの明確化に関する実務者ヒアリング」を開催しました。ヒアリングメンバーは学識経験者2名(うち1名は鎌田耕一)、システム開発関係者2名、システム開発関係団体2名、労使関係団体2名(連合と経団連)、省庁関係者2名(内閣官房IT総合戦略室と経産省)の計10名です。その議事要旨もアップされています。これを受けて先月公開された疑義応答集(第3集)は、6頁7問答の全てがアジャイル型開発に充てられています。
 まず基本的な考え方として、「アジャイル型開発は、発注者側の開発責任者と発注者側及び受注者側の開発担当者が一つのチームを構成して相互に密に連携し、随時、情報の共有や助言・提案をしながらシステム開発を進めるものですが、こうしたシステム開発の進め方は偽装請負となりますか」という問いに対して、このように答えています。
 アジャイル型開発においても、実態として、発注者側と受注者側の開発関係者(発注者側の開発責任者と発注者側及び受注者側の開発担当者を含みます。以下同じ。)が対等な関係の下で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に判断して開発業務を行っていると認められる場合には、受注者が自己の雇用する労働者に対する業務の遂行に関する指示その他の管理を自ら行い、また、請け負った業務を自己の業務として契約の相手方から独立して処理しているものとして、適正な請負等と言えます。
 したがって、発注者側と受注者側の開発関係者が相互に密に連携し、随時、情報の共有や、システム開発に関する技術的な助言・提案を行っていたとしても、実態として、発注者と受注者の関係者が対等な関係の下で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に判断して開発業務を行っていると認められる場合であれば、偽装請負と判断されるものではありません。
 他方で、実態として、発注者側の開発責任者や開発担当者が受注者側の開発担当者に対し、直接、業務の遂行方法や労働時間等に関する指示を行うなど、指揮命令があると認められるような場合には、偽装請負と判断されることになります。
 こうした事態が生じないよう、例えば、発注者側と受注者側の開発関係者のそれぞれの役割や権限、開発チーム内における業務の進め方等を予め明確にし、発注者と受注者の間で合意しておくことや、発注者側の開発責任者や双方の開発担当者に対して、アジャイル型開発に関する事前研修等を行い、開発担当者が自律的に開発業務を進めるものであるというようなアジャイル型開発の特徴についての認識を共有しておくようにすること等が重要です。
 受注者側が自律的に開発業務を行っておればよいというのが原則論ですが、それでは心配になる点がいくつも出てきます。以下の問答は、それに一つ一つ丁寧に回答しようとしています。特に、受注者側の自律性をどこで見るかが問題になります。受注者側の管理責任者の選任、同席との関係です。この点について、「両者が対等な関係の下で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に開発業務を進めている限りにおいては、受注者側の管理責任者が会議や打ち合わせに同席していない場合があるからといって、それだけをもって直ちに偽装請負と判断されるわけでは」ないと言いつつ、受注者側の開発担当者に対して指示を行う必要がある場合に「発注者側の開発責任者や開発担当者が、直接受注者側の開発担当者に当該指揮命令を行ってしまうと、たとえ受注者において管理責任者を選任していたとしても、偽装請負と判断されることにな」ると釘を刺しています。
 また、発注者側の開発責任者と受注者側の開発担当者間、あるいは開発チーム内のコミュニケーションがどの程度許されるのかも注目されています。この点についても、「発注者側の開発責任者が受注者側の開発担当者に対し、その開発業務の前提となるプロダクトバックログの内容についての詳細の説明や、開発業務に必要な開発の要件を明確にするための情報提供を行ったからといって、それだけをもって直ちに偽装請負と判断されるわけでは」ないとか、「実態として、両者間において、対等な関係の下でシステム開発に関する技術的な議論や助言・提案が行われ、受注者側の開発担当者が自律的に開発業務を進めているのであれば、偽装請負と判断されるものでは」ないと言いつつ、それが「実態として、受注者側の開発担当者に対する業務の遂行方法や労働時間等に関する指示などの指揮命令と認められるような場合には、偽装請負と判断されることにな」ると釘を刺します。
 さらに、「会議や打ち合わせ、あるいは、連絡・業務管理のための電子メールやチャットツール、プロジェクト管理ツール等の利用において、発注者側及び受注者側の双方の関係者全員が参加した場合」でも、「実態として、両者が対等な関係の下で情報の共有や助言・提案が行われ、受注者側の開発担当者が自律的に開発業務を進めているのであれば、偽装請負と判断され」、その「全ての機会に管理責任者の同席が求められるものではない」としつつも、それらの場において「実態として、発注者側の開発責任者や開発担当者から受注者側の開発担当者に対し、直接、業務の遂行方法や労働時間等に関する指示などの指揮命令が行われていると認められるような場合には、偽装請負と判断される」と釘を刺しています。
 基本的には上述の基本的な考え方を様々な状況下で繰り返しているだけですが、結局外形的な指標で一律に判断することはできず、「対等な関係」とか「自律性」が保たれているかどうかという実質的な判断に委ねられざるを得ないということが伝わってくるQ&Aになっているといえます。「自律性」というのは言い換えれば「裁量性」ですが、考えてみれば今回問題となっているシステム開発の世界は、1987年改正労働基準法で専門業務型裁量労働制が導入されたときからその典型業務として適用されてきているように複雑な知的労働力の典型です。そうした高度な専門技術者が企業の枠を超えて(その企業同士の契約形式が請負であれ準委任であれ)知的行為をぶつけ合いながら無形のシステムを構築していくような世界に、派遣・請負区分という終戦直後以来の法的枠組みを当て嵌めようとすることから生じているのが、このアジャイル型開発の問題なのかも知れません。
 そもそもこの派遣・請負区分(いわゆる37号告示)の前身は終戦直後の1948年職安法施行規則第4条の労働者供給事業と請負の区分基準ですが*1、今まで問題となってきたのは建設業の重層請負や製造業の構内請負であって、相対的に単純な物理的労働力の提供者に対する指揮命令の有無が主として問題になってきました。1951年に刊行された労働省職業安定局雇用安定課編『労働者供給事業認定基準並に疑義解釈集』(労働法令協会)は150ページを超えるかなり分厚い本ですが、そこに取り上げられているのは土木建築業をはじめ、電気通信工事、沿岸荷役、派出婦、運輸業、ビル清掃、貨車積卸、道路修繕、造船、鉱夫、林業、溶接作業、石材切出等々と、ほとんど全て肉体労働系です。1960年代に事務処理請負という名で広まり、1985年の労働者派遣法によって法的に位置付けられた事務系派遣も、英語でいうクラーク業務であって、基本的には全てボスの指揮命令によって作業をするものであり、自律性、裁量性といった性格は希薄でした(日本の派遣法が日本型雇用システムを守るためという屁理屈で「専門技術的26業務」という虚構を作り出したために概念が混乱している面はありますが)。
 その意味では、これら単純作業系とは対照的な真の意味での高度専門技術者が企業の枠を超えて知的行為をぶつけ合う世界に、70年以上昔の発想による区分基準を当てはめるようなやり方がなお有効なのか、そろそろ根っこから見直す必要が生じてきつつあるのかもしれません。皮肉なことに、この疑義応答集が出された2021年というのは、前年からのコロナ禍で、zoomなどのオンラインツールを用いたリモート会議や打ち合わせが急速に一般化した年でもあります。発注者側の開発責任者と開発担当者、受注者側の管理責任者、開発担当者が画面上にてんでに並んで様々なコミュニケーションをしている状況の中から、何が指揮命令で何がそうでないのかを区別しようとするのは、なかなかに難しいことではないでしょうか。

*1さらに遡れば、戦前の1938年改正職業紹介法で労務供給事業の規制が導入されたときに発出された通牒(昭和13年収職第514号)が「事業請負ノ形式ナルモ其ノ内容ハ主トシテ労務ノ供給ヲナス場合ハ本規則ノ適用ヲ受クル」と指示したのが最初です。

 

 

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