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2021年10月12日 (火)

育児休業、最初の導入企業どこ@日経新聞

Https___imgixproxyn8sjp_dsxzqo1128217007 日経新聞の10月11日夕刊に、かなりでかく「育児休業、最初の導入企業どこ」という記事が載っています。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD163P50W1A910C2000000/

2020年度に育児休業を取った人は42万人(給付金受給者)と、過去最高を記録した。同年度に生まれた赤ちゃんが82万人だから、いまや育児休業は子育てになくてはならない存在だ。いったいいつ、どこの会社が始めたのだろうか。

「さぁ、わかりませんね」。育児・介護休業法を管轄する厚生労働省職業生活両立課に尋ねれば、すぐ分かるだろうという甘いもくろみはいきなり挫折した。・・・

というわけで、記者は育児休業法制定時に担当補佐だった伊岐典子さんに聞きに行き、「電電公社がルーツだと思う」と聞いて、そのいきさつを調べます。

41g9c5v8cjl このミステリ仕立ての叙述は記事を読んでいただくとして、このあたりは『働く女子の運命』でもちょびっと触れたところです。

先駆的な育児休業制度
 日本で初めて育児休職制度を導入したのは、影山裕子氏がまだ男女差別に悩まされていた当時の電電公社でした。彼女は自伝『わが道を行く:職場の女性の地位向上をめざして』(学陽書房)の中で、この制度導入は自分が言い出したことであるかのように書いていますが、萩原久美子氏の『「育児休職」協約の成立』(勁草書房)によれば、そういう事実はなさそうです。同書は、当時の電電公社の労働組合、全電通の近畿地本執行委員だった松葉頴子氏のアイディアから、電話交換手の就労継続のための育児休職構想が労働組合の要求として打ち出され、1965年に協約として確立していく過程をビビッドに描き出しています。
 法制度としては1975年に議員立法で成立した「義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に関する法律」が最初です。この法律の出発点は、1963年の日教組定期大会で、「これから婦人教師はどんどん増加するのだから、既婚婦人もさらに増加するし、従って育児休職制度が必要だ」と提起されたことにあります。出産育児を理由に退職を余儀なくされた女性教師たちが、復職を希望してもきわめて困難という状況下で、日教組婦人部が本格的に検討を開始し、1966年には法制化を求める決議を行い、同年にはILOとユネスコの「教員の地位に関する勧告」という国際的な追い風も吹いたこともあり、翌1967年に当時の日本社会党から法案が提出されました。こうした活動には前例があります。日教組婦人部の運動により、産休補助教員を取り入れるための「女子教育職員の産前産後の休暇中における学校教育の正常な実施の確保に関する法律」を、議員立法により1955年に成立させていたのです。ちなみに、日教組といえば政治団体だと勘違いしている人もいますが、確かに政治活動に熱心な活動家もいましたが、こういうまっとうな労働組合としての活動にも熱心に取り組んでいたのです。閑話休題。社会党案の審議未了が3回繰り返された後、与野党間で参議院文教委員会に小委員会が設置され、自民党も合意して1972年に法案にまとめ、参議院本会議で可決し、衆議院に送付するところまで行きましたが、衆議院では審議未了廃案になってしまいました。
 一方、看護婦等の育児休業を求めたのは労働組合からではなく、国立病院の看護婦不足に悩む厚生省サイドでした。1969年斎藤昇厚生大臣が人事院総裁に看護婦の育児休職制度を検討するよう要望し、自民党内部で検討が進められたのです。これが1974年頃、看護婦・保母人材確保法案としてまとめられましたが、国会に提出するに至らず、野党側が対抗法案を出しています。結局1975年に、厚生族の橋本龍太郎議員と文教族の西岡武夫議員を中心に両者統合した法案が準備され、成立に至りました。
 重要なのは、労働組合主導であれ政府主導であれ、この時期に女性のみの育児休業制度といえども確立したのは、出産育児で退職されては困るような特定職種の女性たちだけだったということです。そうでない普通の女性の場合はどういう扱いだったかというと、1972年の勤労婦人福祉法にあるように「必要に応じ、育児休業の実施その他の育児に関する便宜の供与を行うよう努め」ればよかったのです。そして、この点は1985年の男女均等法でもほとんど変わりはありませんでした。


 

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