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2021年10月 3日 (日)

給特法制定時の中基審建議及び覚書(再掲)

労働基準さんがこういう疑問を呟いていますが、

https://twitter.com/labourstandards/status/1443897003637755904

当時の労働省はなぜ給特法を阻止できなかったんでしょうね。元教員が私立学校(幼稚園含む)を設立して、公務員の労働時間管理を持ち込んでいて民間もめちゃめちゃ迷惑しているのだが。

これに対して皆さんいろいろとコメントしていますが。

https://twitter.com/tomofullmoon/status/1443925965629902855

給特法は旧文部省が所管する法律でしたから、縦割り行政で労働省が阻止する立場にありませんでした。

https://twitter.com/labourstandards/status/1443926322611310599

各省協議というのがあるとおもうんですが。

https://twitter.com/tomofullmoon/status/1443928209326678020

う~ん、昭和46年ですよね。当時の労働省は各省協議できるような存在だったのか、あるいは各省協議するような状況になかったのか詳しくは分かりませんが、労働省が出てくる場面ではなかった時代だったような気が…。

https://twitter.com/yamachan_run/status/1443930020779466756

医師の働き方改革に関する議論でで、労働基準部が蚊帳の外状態であることに似ていますね。。

https://twitter.com/labourstandards/status/1443930055311192076

各省協議って基本的に記録が残っていないんで何ともわからないんですけどそのあたり研究してみたいです。

いやまあ、弱小労働省に給特法を阻止するなんてことはできるはずはありませんが、それでも黙って指をくわえてみていたわけではありません。中央労働基準審議会がちゃんと建議を行い、各省協議の結果、両省間で覚書が取り交わされています。

この件についても、本ブログで2年前に取り上げたことがあるので、そのまま再掲しておきますね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/03/post-92c5.html(給特法制定時の中基審建議及び覚書)

=====================================

先月、『労基旬報』に「公立学校教師の労働時間規制」を寄稿したのですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/2019225-de99.html

その後、興味を持って給特法が1971年に制定されたときの解説書をぱらぱらと読んでいくと、

https://www.amazon.co.jp/%E6%95%99%E8%82%B2%E8%81%B7%E5%93%A1%E3%81%AE%E7%B5%A6%E4%B8%8E%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%8E%AA%E7%BD%AE%E6%B3%95%E8%A7%A3%E8%AA%AC-1971%E5%B9%B4-%E6%95%99%E5%93%A1%E7%B5%A6%E4%B8%8E%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A/dp/B000J9JRF6(文部省初等中等教育局内教員給与研究会編『教育職員の給与特別措置法解説』第一法規

法案を国会に提出する前に、当時の労働省の中央労働基準審議会に報告し、1971年2月13日に同審議会から次のような建議が出されていたんですね。


1 労働基準法が他の法律によって安易にその適用が除外されるようなことは適当でないので、そのような場合においては、労働大臣は、本審議会の意向を聞くよう努められたい。

2 文部大臣が人事院と協議して超過勤務を命じうる場合を定めるときは、命じうる職務の内容及びその限度について関係労働者の意向が反映されるよう適切な措置がとられるよう努められたい。

この建議はあくまでも労働大臣に宛てたもので、文部大臣宛ではないのですが、これを受けてその二日後、次のような覚書が結ばれていたようです。


覚書

昭和46年2月15日

文部省初等中等教育局長

労働省労働基準局長

「国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(案)」について

第65国会に提案される「国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(案)」に関し、文部省と労働省は下記の通り諒解し、文部省はその趣旨の実現に努めるものとする。

1.文部省は、教育職員の勤務ができるだけ、正規の勤務時間内に行われるよう配慮すること。

2.文部大臣が人事院と協議して時間外勤務を命じうる場合を定めるときは、命じうる職務については、やむを得ないものに限ること。

なお、この場合において、関係教育職員の意向を反映すること等により勤務の実情について十分配慮すること。

60年近く昔の証文ですが、給特法がほぼそのまま生きている以上、これも一応生きているはずでしょうね。

(追記)

なお、社労士講師の大河内満博さんがこう続けてつぶやいていますが、

https://twitter.com/tomofullmoon/status/1444777562798841857

この時点でのツイートは何を考えていたのかと言えば、昭和46年頃の労働省は何か大変な労働問題を別に抱えていたはずで、給特法に関わっていられない状況にあったはずのことを思い出そうとしていたのです。そうそう、今頃思い出しましたが、当時の労働省は、住友セメント事件(東京地判昭和41.12.20)を 契機として次々と男女雇用差別訴訟が提起され、勤労婦人に対する法施策の問題に忙殺されていた時期でした。そして、昭和45年の「勤労青少年福祉法」に続き、ようやく昭和47年に「勤労婦人福祉法」を成立させたのですから、給特法に関わることなどできるはずもなかったのです。 昭和40年代は、経済界から「勤労婦人の過保護論」まで出ていましたので、労働省は経済界との調整に苦労していた時代です。「勤労婦人福祉法」を全面改正して「男女雇用機会均等法」を成立させたときもそうでした。経済界から「女子に参政権など与えるべきではなかった」などとも言われたくらいでした。

いやいや、給特法が関わるのは労働基準法の労働時間の規定であって労働基準局の所管であり、男女差別問題は婦人少年局の所管であり、労働基準局が婦人問題に忙殺されることはあり得ません。

ついでにいうと、男女均等立法化問題が本格化するのは1980年代からであって、1970年代初頭は(一部界隈は別として)世間的にはほとんど関心がなく、勤労婦人福祉法など、ほとんど中身のない空っぽの法律であって、そもそも「労働省は経済界との調整に苦労 」すらしていません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

ということは、労働基準局が忙殺されていたのは、労働基準法第5章を独立した法律にするための作業ですかね。100条近くありますし、政令も作らなきゃいけないし、省令はそのままでいいにしても手直しは必要だろうし。

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