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2021年9月10日 (金)

45歳定年のデジャビュ

なにやら、サントリーの新浪剛史社長が45歳定年制を主張したとかで、

https://www.jiji.com/jc/article?k=2021090901120

サントリーホールディングスの新浪剛史社長は9日、経済同友会の夏季セミナーにオンラインで出席し、ウィズコロナの時代に必要な経済社会変革について「45歳定年制を敷いて会社に頼らない姿勢が必要だ」と述べた。新浪氏は政府の経済財政諮問会議(議長・菅義偉首相)の民間議員を務めるなど論客として知られる。 

常見陽平さんは早速、まずはサントリーで「やってみなはれ」とコメントしていますが、

https://news.yahoo.co.jp/profile/author/tsunemiyohei/comments/posts/16312256039939.78ab.02880/

新浪さん、まずはサントリーで「やってみなはれ」。これでメリット・デメリットが明らかになります。

個人的には、今からもう9年前、民主党政権末期の断末魔の如く、政府のフロンティア分科会とやらが40歳定年制なるものをぶち上げたときのデジャビュがよみがえりますね。

201212 この年の『中央公論』12月号で、海老原嗣生さんと「「四十歳定年制」より大事なこと 管理職を目指さない自由を 」という対談をしたんですが、その時の論点とまあ、殆ど何も変わっていないんだな、これが。

「四十歳定年制」より大事なこと 管理職を目指さない自由を 対談 濱口桂一郎×海老原嗣生

濱口 企業のミクロの人事管理のロジックからすれば、年金支給の時点まで賃金カーブを持続することは不可能です。結果的に、六十歳定年後は再雇用で、賃金を半分以下に落とすということにならざるを得ない。賃金の基本構造を変えずに、五十五歳なり六十歳から先は変えていいですよ、というのは木に竹を接ぐような対応です。でも、現実に多くの企業が欧米のような賃金制度に変える気がない以上、これが唯一可能な対応になる。
 
濱口 でも、それは局所的な合理性に過ぎないとも言える。働いている側からすれば、やはり不合理でしょう。とりわけ五十代の人が自分をどう認識しているかを考えたらわかります。他人からは大して働いていないのに高い給料貰っているように見える人であっても、主観的には自分はそれだけの値打ちのある仕事をしていると思っているものです。そういう人の処遇を落とせば、自分の本来あるべき地位から許し難い水準に落とされたと思うでしょう。数日前に高齢者の雇用状況報告が発表されましたが、再雇用を会社に拒否された人は一・六パーセントしかいません。経済学者たちは高齢者雇用義務化によって失業が増えるなどと言っていましたが、すでに六十五歳までの再雇用は量的にはほとんど達成されています。会社に拒否された一・六パーセントは、その賃金でも会社として雇いたくない人なのです。ところが同時に二〇パーセント以上が自主的にやめている。もちろんそこにはさまざまな理由があるでしょうし、自分からもう働きたくないと思ってもいいわけですが、たぶんその多くは、そんな賃金水準だったら働きたくないという理由だったのではないでしょうか。それによって二〇パーセント以上の人たちが労働市場から退出してしまっているのだとすれば、マクロ社会的にはマイナスをもたらしている可能性があると思います。

濱口 四十歳定年制という提言は、政府が進めている六十歳定年後六十五歳までの再雇用、子会社や関連会社への転籍という政策と正反対に位置するものに見えて、実は同じことをより低い年齢でやろうとしているだけではないでしょうか。提言した側は、これまでの日本の在り方を変えるつもりかも知れませんが、むしろ本質的には何も変わらないことを前提にした議論のような気がします。
 
濱口 日本は正社員であればエリートがデフォルト(初期設定)という特異な国です。欧米はノンエリートがデフォルト。そこを認識しておかないと、おかしなことになります。四十歳定年制に限らずそうですが、ここ数年の諸々の議論の基本的なイメージは、日本のサラリーマンはもっと欧米のエリートを見習って頑張れ、というものです。最近はそこにアジア諸国、特に中国のエリートが加わった。そんな階級社会の上澄みだけ取ってきて、同世代の半分以上を占める日本の大卒がすべてエリートであるかのように比較する。日本の正社員はノンエリートがエリートまがいの期待を背負わされて無茶苦茶に働かされているのです。でも、係員島耕作がみんな課長島耕作になって、社長島耕作になれるわけではない。

濱口 人間の職業人生を、ある時期までは一種の育成期と捉え、それ以降をフラットなノンエリートとして粛々と七十五歳ぐらいまで働けるよう生きていくというイメージで考えるのであれば、それはこれからの働き方を考える上で非常に意味があると思う。みんなが管理職にならなくてもいいのです。
 
濱口 私なら、最初からエリートがデフォルトではなくて、ノンエリートが途中でエリートになりうる社会の方がいい。つまり、特に何もなければノンエリートの道だけれど、本人が思い立ってがんばればエリートになる道も開かれている。もっとも、本当に世界レベルのグローバルエリートは入り口から分けた方がいいかも知れませんが。係員島耕作は大体係長島耕作止まりだが、中には課長島耕作、部長島耕作と階段を駆け上っていく者もいるというイメージです。そこが今までと違う。要は人事管理の多様化であり、それが年とともに明確化されるのです。
 
濱口
 日本はこれまでみんなをエリートにすることでホワイト化してきました。これからはホワイトなノンエリートを作っていくことを考えた方がみんなが幸せになるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

みんなエリートという建前が問題となるわけですが、まあ企業にとってのクリティカルな問題は賃金カーブですよね。

中高年になると多くの従業員が仕事に見合わない高給取りになるのでリストラを繰り返すというのを日本企業はもう何十年も繰り返してるわけですからね。45年や40年定年制は非現実的な解決策というしかなくて、賃金カーブをフラット化するしかないと思いますが、そうすると現状の日本では住宅費や教育費の問題が出てくる(それは45年定年制でも変わらない)。

結局企業の人事政策だけでは対処できない問題であって、政治が持ち家取得政策を破棄して普遍主義的な家賃補助給付を導入し、教育費の政府補助を増やすしかない。教育システムも、みんなエリートという建前から脱却するためには複線型に移行して職業教育を拡大させるしかない。

今般の自民党総裁選ではこのような方向性に親和的な候補もいるようですが、野党は相変わらず頓珍漢なことばかり言っているようですね。まあ野党こそ「みんなエリート」という戦後的幻想に立脚している側面が大きいからかもしれません。

まあ、特定の政治家のだれがどうこうといったことはここで言うべきことではありませんが、せっかくの好機に、神聖なる憎税同盟に足を引っ張られて、新自由主義からの脱却という一番大事な錦の御旗をみすみす相手方にとられている人々にはあきれ返るしかありません。

> 反緊縮だの弱者のためだのがことごとく減税ニッポンにからめとられていき、もう一方のあれもやりますこれもやりますとの矛盾
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/09/post-61de80.html
> 「新自由主義か社会民主主義か」というタイトルで対談しています。もし、ここ10年あまりの対立軸が、本当にそういう軸であったなら、なんとよかったことでしょうか
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/08/post-45a52c.html

> 持ち家取得政策を破棄して普遍主義的な家賃補助給付を導入し、教育費の政府補助を増やすしかない。教育システムも、みんなエリートという建前から脱却するためには複線型に移行して職業教育を拡大させるしかない

(私自身は新自由主義に近い側ですので税金憎しはともかくとして、)「新自由主義の対抗馬と目されてるのはバラモン」って状況の長期継続の弊害は大きいと思いますね。
リフレな方々がクールグマンの転向により、しれっと財拡を言い出して、「財出の財源はインフレ課税で」ってことね、ってなったのは、ご愛嬌程度の話と認識してますが。

こんな内容があるが
要はエリートがデフォルトだから
ということなんだよな。
つまりのつまり、新卒採用のやり方
新人の研修
若手の給与体系だけでなく
国のなりよう
全て改革が必要
(維新的改悪ではなく🤣)

基本は無期雇用のジョブ型であり、メンバーシップ型は最高45歳まで、だって言うなら、実は今後の方向性を適切に打ち出してるのかも。例えば、「60歳未満に定年を設定した場合、それ以降は無期転換するものとする」みたいな感じで年齢差別を規制して見てはどうでしょうかね?無効と何が違うのか、いまいち、良くは分からないかもだけど。

実は、現在の高年齢者雇用安定法第8条の解釈として、「六十歳を下回ることができない」のに60歳未満の定年を定めた場合の法的効果として、当該定年規定(のみ)が無効となり、結果的に定年がなくなる、という有力説があり、その場合、年齢以外の理由でもって解雇しなければ雇用は永遠に終了しなくなります。(ちなみに、定年があるということは無期契約を前提にしているはずです)

自己都合退職で雇用が終了することもあるでしょうし、その場合は解雇では
ないと思うのですが。まあ、以上は単なる前振りです。

定年退職って、解雇なんですかね。どっちと言えば、雇止めに近いような。
さらに言えば、有期では確かにないのでしょうけど、果てして無期なのか。
有期でも無期でもない何か、グロテスクなもののような気もするんですが。

定年の法的性質を論じだすと、膨大な分量が必要となり、到底コメント欄で済みません。
一応は、年齢のみを理由として強制的に雇用関係が終了する定めとは言えますが(日本国政府の公式英訳ではmandatory retirement age)、実は現在の日本国法制の下では、65歳までの継続雇用が義務付けられているので、60歳で年齢のみを理由として雇用が終了すると違法となります。つまり、60歳定年と呼ばれているものは、それまでの無期契約とその後の有期契約を結節する労働条件精算時点でしかないのですが、この点を本気で突っ込んで議論している人は、(このブログ主を除くと)ほとんどいません。
なお、この点については、本日刊行されたばかりの『ジョブ型雇用社会とは何か』の中で若干詳しく論じているので、ご参考までに。

> 定年退職って、解雇なんですかね。どっちと言えば、雇止めに近いような

雇止めも解雇と言えば、(65歳以上の定年の場合は)解雇でしょうね
「狭義の解雇」ではないような気は致しますが
広義の無期ではあるが、狭義の無期ではないということなのでしょうか

> 65歳までの継続雇用
> その後の有期契約
> 『ジョブ型雇用社会とは何か』の中で若干詳しく論じている

法的義務の期間は年齢で区切っているのに、労働契約は有期なんですね
無期雇用にしてしまうと「継続雇用の義務違反」の恐れがあるのかしら

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