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2021年8月

2021年8月31日 (火)

11年前のベーカム論お蔵出し

9784165030904_20210831200801 なんだかケチをつけているだけに思われるのも嫌なので、2009年末に出た『日本の論点2010』に載せたベーシックインカムに関する拙小論をお蔵出ししておきます。時代の雰囲気は漂っていますが、現在と本質的には何ら変わっておらず、その論点の全てについて修正する必要をなんら認めません。

 マクロ社会政策について大まかな見取り図を描くならば、20世紀末以来のグローバル化と個人化の流れの中で、これまでの社会保障制度が機能不全に陥り、単なる貧困問題から社会的つながりが剥奪される「社会的排除」という問題がクローズアップされてくるともに、これに対する対策として①労働を通じた社会参加によって社会に包摂していく「ワークフェア」戦略と、②万人に一律の給付を与える「ベーシックインカム」(以下「BI」という)戦略が唱えられているという状況であろう。
 筆者に与えられた課題はワークフェアの立場からBI論を批判することであるが、あらかじめある種のBI的政策には反対ではなく、むしろ賛成であることを断っておきたい。それは子どもや老人のように、労働を通じて社会参加することを要求すべきでない人々については、その生活維持を社会成員みんなの連帯によって支えるべきであると考えるからだ。とりわけ子どもについては、親の財力によって教育機会や将来展望に格差が生じることをできるだけ避けるためにも、子ども手当や高校教育費無償化といった政策は望ましいと考える。老人については「アリとキリギリス」論から反発があり得るが、働けない老人に就労を強制するわけにもいかない以上、拠出にかかわらない一律最低保障年金には一定の合理性がある。ここで批判の対象とするBI論は、働く能力が十分ありながらあえて働かない者にも働く者と一律の給付が与えられるべきという考え方に限定される。
 働く能力があり、働く意欲もありながら、働く機会が得られないために働いていない者-失業者-については、その働く意欲を条件として失業給付が与えられる。失業給付制度が不備であるためにそこからこぼれ落ちるものが発生しているという批判は、その制度を改善すべきという議論の根拠にはなり得ても、BI論の論拠にはなり得ない。BI論は職を求めている失業者とあえて働かない非労働力者を無差別に扱う点で、「文句を言わなければ働く場はあるはずだ」と考え、働く意欲がありながら働く機会が得られない非自発的失業の存在を否定し、失業者はすべて自発的に失業しているのだとみなすネオ・リベラリズムと結果的に極めて接近する。
 もっとも、BI論の労働市場認識は一見ネオ・リベラリズムとは対照的である。ヴァン・パリースの『ベーシック・インカムの哲学』は「資産としてのジョブ」という表現をしているが、労働者であること自体が稀少で特権的な地位であり、社会成員の多くははじめからその地位を得られないのだから、あえて働かない非労働力者も働きたい失業者と変わらない、という考え方のようである。社会ははじめから絶対的に椅子の数の少ない椅子取りゲームのようなものなのだから、はじめから椅子に座ろうとしない者も椅子に座ろうとして座れなかった者も同じだという発想であろう。
 景気変動によって一時的にそのような状態になることはありうる。不況期とは椅子の数が絶対的に縮小する時期であり、それゆえ有効求人倍率が0.4に近い現状において失業給付制度を寛大化することによって-言い換えれば働く意欲を条件とするある種の失業者向けBI的性格を持たせることによって-セーフティネットを拡大することには一定の合理性がある。いうまでもなくこれは好況期には引き締められるべきである。
 しかしながら、景況をならして一般的に社会において雇用機会が稀少であるという認識は是認できない。産業構造の変化で製造業の雇用機会が空洞化してきたといわれるが(これ自体議論の余地があるが)、それ以上に対人サービス部門、とりわけ老人介護や子どもの保育サービスの労働需要は拡大してきているのではなかろうか。この部門は慢性的な人手不足であり、その原因が劣悪な賃金・労働条件にあることも指摘されて久しい。いま必要なことは、社会的に有用な活動であるにもかかわらずその報酬が劣悪であるために潜在的な労働需要に労働供給が対応できていない状況を公的な介入によって是正することであると私は考えるが、BI論者はネオリベラリストとともにこれに反対する。高給を得ている者にも、低賃金で働いている者にも、働こうとしない者にも、一律にBIを給付することがその処方箋である。
 ある種のBI論者はエコロジスト的発想から社会の全生産量を減らすべきであり、それゆえ雇用の絶対量は抑制されるべきと考え、それが雇用機会の絶対的稀少性の論拠となっているようである。しかし、これはいかにも顛倒した発想であるし、環境への負荷の少ない生産やサービス活動によって雇用を拡大していくことは十分に可能であるはずである。
 上述でも垣間見えるように、BI論とネオリベラリズムとは極めて親和性が高い。例えば現代日本でBIを唱道する一人に金融専門家の山崎元がいるが、彼はブログで「私がベーシックインカムを支持する大きな理由の一つは、これが『小さな政府』を実現する手段として有効だからだ」、「賃金が安くてもベーシックインカムと合わせると生活が成立するので、安い賃金を受け入れるようになる効果もある」、と述べ、「政府を小さくして、資源配分を私的選択に任せるという意味では、ベーシックインカムはリバタリアンの考え方と相性がいい」と明言している*1。またホリエモンこと堀江貴文はそのブログでよりあからさまに、「働くのが得意ではない人間に働かせるよりは、働くのが好きで新しい発明や事業を考えるのが大好きなワーカホリック人間にどんどん働かせたほうが効率が良い。そいつが納める税収で働かない人間を養えばよい。それがベーシックインカムだ」、「給料払うために社会全体で無駄な仕事を作っているだけなんじゃないか」「ベーシックインカムがあれば、解雇もやりやすいだろう」と述べている*2。なるほど、BIとは働いてもお荷物になるような生産性の低い人間に対する「捨て扶持」である。人を使う立場からは一定の合理性があるように見えるかも知れないが、ここに欠けているのは、働くことが人間の尊厳であり、社会とのつながりであり、認知であり、生活の基礎であるという認識であろう。この考え方からすれば、就労能力の劣る障害者の雇用など愚劣の極みということになるに違いない。
 最後に、BI論が労働中心主義を排除することによって、無意識的に「“血”のナショナリズム」を増幅させる危険性を指摘しておきたい。給付の根拠を働くことや働こうとすることから切り離してしまったとき、残るのは日本人であるという「“血“の論理」しかないのではなかろうか。まさか、全世界のあらゆる人々に対し、日本に来ればいくらでも寛大にBIを給付しようというのではないであろう(そういう主張は論理的にはありうるが、政治的に実現可能性がないので論ずる必要はない)。もちろん、福祉給付はそもそもネーション共同体のメンバーシップを最終的な根拠としている以上、「“血“の論理」を完全に払拭することは不可能だ。しかし、日本人であるがゆえに働く気のない者にもBIを給付する一方で、日本で働いて税金を納めてきたのにBIの給付を、-BI論者の描く未来図においては他の社会保障制度はすべて廃止されているので、唯一の公的給付ということになるが-否定されるのであれば、それはあまりにも人間社会の公正さに反するのではなかろうか。
*1http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/e/39789e023a0ba7d25be7d882d9fc84d8
*2http://ameblo.jp/takapon-jp/entry-10308808731.html
http://ameblo.jp/takapon-jp/entry-10309923304.html 

 

ウーバーイーツも労災保険に特別加入@WEB労政時報

WEB労政時報に「ウーバーイーツも労災保険に特別加入」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/login.php

 コロナ禍で街中に目立つようになったUber Eats(ウーバーイーツ)を初めとするフードデリバリーサービスですが、世界的にもUberなどの旅客運送と並び、いわゆる「プラットフォーム労働」の典型として、その労働者性が注目されていることは周知のとおりです。欧米諸国ではここ数年、最高裁レベルでこれら就業者の労働者性を認定する判決が続出しており(2018年4月加州最高裁、2020年1月伊破毀(はき)破毀(はき)院、2020年3月仏破毀院、2020年9月西最高裁、2020年12月独連邦労働裁、2021年2月英最高裁)、EUは年内にも労働者性の推定ないし挙証責任の転換を規定するプラットフォーム労働指令案を提案する予定です。

 こうした中で、・・・・・

 

2021年8月30日 (月)

1人6万円のベーシックインカムで生活保護、児童手当、基礎年金を廃止

もちろん、世の中にはいろんなベーシックインカム論が溢れているわけですが、とはいえ現実政治の世界で、実現可能性のありそうな政策としてこれを打ち出しているのは、いうまでもなく日本維新の会のそれであって、どこぞの夢想家の「ぼくのかんがえたさいきょうのべーかむ」ではない。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/127670(<野党に問う>日本維新の会・片山虎之助共同代表インタビュー 「日本大改革プランを準備」)

「ピンチをチャンスに変える日本大改革プランを今準備している。それは可処分所得を倍増するため税制改革と社会保障改革、成長戦略を一体としたものだ。まず国民に1人6万円のベーシックインカムを保障する。それに伴い、生活保護や児童手当、基礎年金等を廃止する。働き方改革や徹底した行財政改革も行う」

こういう1人6万円ぽっちのベーシックインカムで生活保護、児童手当、基礎年金等々を廃止するというのが、今日ただいまリアリティのあるベーカム論なのであって、もっと寛大で多額のベーシックインカムを配るだけでなく、既存の社会保障もそのまま維持します、なんていうのは、脳内で玩んでいる分には構わないけど、リアルな政治的オルタナティブとして現実政治の世界に持ち出せるなんて思っているとしたらお花畑もいいところでしょう。

 

 

 

2021年8月29日 (日)

松尾研のAI君に要約してもらいました

走れメロスから始まってなんでも3行以内に要約してくれると大評判の松尾研のAIであるelyzaくん。さっそく、三校まで終了し、あとは来月の刊行を待つだけの『ジョブ型雇用社会とは何か』の現在ただいまほぼ誰も読んでない原稿をぶち込んでみました。どうなってるかな、ドキドキ・・・。

Iwanamicover

https://www.digest.elyza.ai/

Elyza

いや、たしかにそうなんだけど・・・。それを強調しているのは確かなんだけど・・・。

(続き)

面白いので、以前の本も要約してもらうと、

Joshi
うーむ、確かにそういうことを書いているけれどもそう切り取りますか、という。

Wakamono

Atarashii

 

 

 

2021年8月28日 (土)

山口二郎氏と竹中平蔵氏の対談(13年ぶりの再掲)+α

何やらまたぞろ竹中平蔵氏をめぐってあれやこれやかまびすしいようですが、少なくとも過去20年以上にわたる新自由主義的な「改革」の原動力をすべて竹中氏ら新自由主義者のみに帰する発想が当を得ていないことだけは間違いないと思います。

そういう話は何回も本ブログで取り上げてきましたが、その中でも旧自公政権の末期の13年前に『中央公論』に載った対談を取り上げたこのエントリは、本人たちみずからが明確に述べていることもあり、大変参考になるはずです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-c012.html(山口二郎氏と竹中平蔵氏の対談)

今日発売の『中央公論』で、山口二郎氏と竹中平蔵氏が「新自由主義か社会民主主義か」というタイトルで対談しています。

もし、ここ10年あまりの対立軸が、本当にそういう軸であったなら、なんとよかったことでしょうか。

そうでなかったことを今になって嘆いてみせる山口二郎氏が、そうではなかった最大の原因がなんであったかを、自らこう語っています。

>山口 90年代には竹中さんと同じ課題に仲間として取り組んだという意識が私にはある。すなわち、官僚支配と自民党の族議員政治こそが日本をおかしくしている悪の元凶であると。そこに竹中さんは経済学の立場から、私は政治学の立場から批判の矢を放ち、一定の世論形成に成功した。

竹中 そうですね。

そこまで分かっているのであれば、「医療費の削減だとか、国民生活に直接影響する施策がたくさん内包されていたのにそれらがまともに吟味されることなく通ってしまった」というような小泉政権下の事態をもたらした責任の一端は、そういう「政治学の立場からの批判の矢」にもあったのではないかとという自省があってもいいように思われます。

五十嵐さん、和田先生の本のエントリーでも述べたことですが、もしカイカクがもっぱら竹中氏らの(新古典派)「経済学の立場から」の議論だけであったとしたなら、ああいう国民全体を巻き込むような熱狂的な「カイカク正義」万歳の大渦にはならなかったでしょう。

まさに山口二郎氏のような「政治学の立場からの批判の矢」が、朝日新聞をはじめとするリベラルなマスコミをも巻き込んで多くの国民を、とにかく極悪非道の官僚を叩いて政治主導のカイカクをやっているんだから正しいに違いないという気分にもっていったのではないかと私は思うわけです。

ちなみに、この対談にはこういう注目すべき発言もあります。

>竹中 法律の問題もあるのですが、労働監督が現場で機能していないというのも大きいんですよね。ここがしっかりしていれば、サービス残業なんて許されないはずなのに。

山口 監督署が人手不足に陥っているという実態もあります。レフェリーが絶対的に足りない。

竹中 おっしゃるとおり。他方、地方農政局なんかには何もやらないでぶらぶらしているような人がごまんといるんです。例えばそこを削って仕事のあるところに回す。それが我々の言う改革ですよ。改革が不十分だからこんな状態になっている。山口先生がご指摘のファクトはすごく正しい。一緒に「改革を推進せよ」よいっていただけませんか(笑)。

あのう、笑ってる場合ではないんですけど。竹中大臣が在任しておられた5年間、経済財政諮問会議で、そういうご発言をいただいたという記憶は残念ながらないのですが、本当にそうお考えであったのであれば、是非小泉首相をはじめとする皆様の前でご発言いただきたかったところです。

とりわけ、労働基準法なんかいらない、労働基準監督署なんかいらない、労働行政なんかいらないと、政府の中枢ではっきり断言されたあの奥谷礼子氏の面前で、はっきりと「馬鹿なことを言うではない」と叱りつけていただきたかったところですね。 

22844_20210828083701 この構造がずっと尾を引いていて、たとえば今年出た宮本太郎さんの本でも基調低音として響いているわけです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/04/post-31054e.html(宮本太郎『貧困・介護・育児の政治』)

・・・・この三つの力のうち、とりわけ日本の福祉政治を考えるうえで重要なのは、磁力としての新自由主義でしょう。日本の新自由主義というのは決して竹中平蔵みたいな典型的イデオローグによって引っ張られてきているわけではなく、とにかく増税を憎み、減税をほめたたえる左翼方面にも極めて根強い(例の社会党の北朝鮮無税化礼賛を想起せよ)思想が根っこにあるので、例外状況で社会民主主義的な政策が実現しても、すぐにそれを掘り崩す方向に力が働いていくのでしょうね。 

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_46a5.html(山口二郎氏の反省)

・・・今頃あんたが後悔しても遅いわ、なんて突っ込みは入れません。この文章自体がまさにそれを懺悔しているわけで、人間というものは、どんなに優秀な人間であっても、時代の知的ファッションに乗ってしまうというポピュリズムから自由ではいられない存在なのですから。
まあ、でも90年代のそういう風潮に乗せられて、いまだに生産の場に根ざした連帯を敵視し、それこそが進歩だと信じ込んで、地獄への道をグッドウィルで敷き詰めようとする人々が絶えないんですからね。 

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-9826.html(山口二郎氏の反省その2 参加や直接政は必ずしも民主主義を増進させないのか!?)

・・・立派な政治学者が今頃になってそんなことを言い出さないでよ!!といいたくなりますね。
実は、山口二郎氏と私は同年齢。同じ年に同じ大学に入り、同じような環境にいたはずですが、私がその時に当時の政治学の先生方から学んだのは、まさに歴史が教える大衆民主主義の恐ろしさであり、マスコミが悪くいう自民党のプロ政治のそれなりの合理性でした。 

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-2dac.html(宮本太郎・山口二郎編『リアル・デモクラシー』または憂しと見し世ぞ今は恋しき)

でも、何で今こういう本を出すのかを率直に述べているのは、山口二郎さんの「終わりに」です。
その冒頭に出てくるのが、上の百人一首の歌なんですね。

長らへばまたこのごろやしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき

どういうことか?

・・・打破すべき悪しき仕組みや悪者たちを除去した結果、政治は均衡を失い、首相は強権をほしいままにし、人々の生活も不安定になった。そうした変化は、かつて政治過程の重要な登場人物であった組織、団体が弱体化したことに起因している。・・・

いやまさにその「悪者たち」を除去すべしと論陣を張って先頭に立っていたのが山口二郎さんたちであったわけですが、まさにだからこそ「憂しと見し世ぞ今は恋しき」なんですね。

・・・政治改革の中で、自立した個人を単位とする政治参加のモデルと考えられてきた。日本人が、それぞれのしがらみを断ち切って、自分で考え行動するようになれば、自民党による一党支配は崩れるだろうという期待が存在した。集団主義は封建的、あるいは伝統的な保守支配の地盤であり、個人主義が民主主義をもたらすという図式が暗黙のうちに共有されていた。・・・
・・・既存の集団を既得権にしがみつき守旧派と攻撃し、組織されざる大衆に改革をアピールするという手法は、小泉純一郎以来、扇動の能力を持つ政治家に愛用された。これも、政治における個人主義浸透の結果であり、ある意味で90年代以来の民主化の帰結ということもできるだろう。・・・・・・・

そう、だからこそ「憂しと見し世ぞ今は恋しき」なんですね。 

 

2021年8月27日 (金)

首都圏青年ユニオン連合会の第三のおしごと

なんだか紛らわしい名前の首都圏青年ユニオン連合会については、ちょうど1年前に東京都労委が大変珍しい命令を下したのでブログで取り上げ、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-50e58d.html(首都圏青年ユニオン連合会はまっとうな労働組合に非ず@東京都労委)

昨日、東京都労委はグランティア事件という不当労働行為救済申し立て事案について、却下するという決定を下しましたが、その理由を見ると、そもそも申し立て組合つまり首都圏青年ユニオン連合会はまっとうな労働組合じゃないと一刀両断されていて、私の知る限りこういうケースって初めてなんじゃないでしょうか。 ・・・

労働組合の資格審査なんて、労働法の教科書ではどちらかというとあんまり力が入っていない部分ですよね。だいたい、不当労働行為事件で労働組合の適合性が問題になっても、「ここをちゃんと直してね」と親切に勧告して、規約を直してくればそれでOKというのが一般的なパタンなので、ここまではっきりと労組法第2条の要件を欠くから駄目じゃ!と蹴飛ばしたのはほとんど例がないと思います。 

その後、別冊中央労働時報に載ってる佐田事件にもこの団体が顔を出していることに気づいて紹介し、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/03/post-843385.html(御用組合の外部調達)

都労委の方では典型的な合同労組、コミュニティ・ユニオン的な行動をとる一方で、こちらではこれまた典型的な御用組合として大活躍しているようで、商売繁盛というところでしょうか。

しかし、御用組合というのは普通、自社の子飼いの中から作らせるものではないかと思うのですが、こちらはわざわざ首都圏から東北地方にまで出張しての外部調達、それもUAゼンセンの組合相手に御用組合をやろうというのですから、なかなか度胸があります。 

せっかくの面白ネタなので、労働委員会関係者向けに『中央労働時報』6月号に命令の評釈を書きました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/06/post-b0c70e.html(労働組合の資格審査@『中央労働時報』6月号)

Ima_20210827100101 ・・・そうです、これは不当労働行為事件でありながら、会社側の名前なんかどうでも良くて、申し立て組合の名前が大事なんです。

その名は、人呼んで、遊星仮面、じゃなくって、首都圏青年ユニオン連合会。

あの、首都圏青年ユニオンとやたらに紛らわしい妙にいろんなところに出没する団体です。 

その、遊星仮面ならぬ首都圏青年ユニオン連合会が、またまた別のところでまたまた全然異なる役回りで、労働委員会命令に登場しているようです。今月一回書評を連載している『労働新聞』ですが、

https://www.rodo.co.jp/news/111385/(団体交渉 他の組合同席は不当労働行為 使用者が対応を一任 千葉県労委)

千葉県労働委員会(舩越豊会長)は、団体交渉の場に他の労働組合の組合員を同席させ、交渉を一任した使用者側の対応を、不当労働行為と認める命令書を出した。社会福祉法人千歳会の労働組合が懲戒解雇に関する団体交渉などをめぐり救済を求めた事件で、不誠実交渉に当たるとして、団交応諾やポストノーティスなどを命じている。交渉を一任されていたのは「首都圏青年ユニオン連合会」の組合員を名乗る男性で、千歳会労働組合によると、組合つぶしのために同法人が引き入れた労務コンサルタントだという。・・・ 

・・・男性は「首都圏青年ユニオン連合会」の組合員を名乗り、「組合があまりにも横暴ということで来た」「自分は同法人の法人事業部で労務総務の仕事を行っている」と話し、同労組と同法人の間を遮るように座った。・・・

さっそく、千葉県労委のホームページに飛んでみましたが、こちらも概要が載っているだけで、命令書自体はアップされていないようです。

https://www.pref.chiba.lg.jp/chiroui/press/2021/31-2-meireigaiyou.html

残念ながら、『別冊中央労働時報』に載るまで詳細は待たなければならないようですが、でもこれだけの記事からでも、そもそも使用者が「交渉を一任」するような労働組合とは一体なんなのかという疑問がわいてきますね。なんにせよ、個別労働紛争の労働者側解決代理人といういかにも合同労組っぽい第一のおしごと、既存の組合に代替する御用組合という第二のおしごとに加えて、今回は既存の組合との交渉を使用者側から一任されるという第三のおしごとまでまことに幅広い大活躍ぶりです。

 

 

 

2021年8月26日 (木)

労働価値説は経済学の真理@ヨニウム

あのヨニウム氏がわたくしをネオリベと並べて批判しているというので見に行くと、

https://twitter.com/yoniumuhibi/status/1430372307537592321

価値の実体は労働である、とマルクスは言った。このマルクスの労働価値説に対して、この間ずっと、ネオリベや濱口桂一郎が揶揄や罵倒を放って否定し、口汚く貶めて排斥してきたが、こうしてその正しさが証明され、経済学の真理として説得力をもって響いてくる。 

ふむ、中国共産党やタリバンを熱狂的に支持するヨニウム氏は、労働価値説を堅持する断固たるマルクス主義者でもあったようです。「経済学の真理」ときたよ。

それにしても、いま現在マルクス系の人も含めて、正面から経済学的に厳密な意味での剰余価値理論を奉じている経済学者というのはどれくらいいるのでしょうか。メタファーとしてではなく。

一方、リンク先の記事からすると、日本の物価が安いのは賃金が低いせいだという近頃よく言われている話のようで、それがどう経済学的な労働価値説とつながるのか?などとヨニウム氏に問い質すような愚かな真似は誰もしないでしょうが、これはこれで極めて重要な話であり、なにゆえに労働側が弱体化してきたのかという問題は、それこそ(こちらのコメント欄で暴れている「中国」さんは毛嫌いしているようですが)ピケティの議論から始まって、いろいろと論ずるべきネタはありそうです。

 

 

 

2021年8月25日 (水)

『日本労働研究雑誌』2021年9月号(No.734)

734_09 『日本労働研究雑誌』2021年9月号(No.734)は「高年齢者の活躍と雇用」が特集です。

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2021/09/index.html

提言
全員参加・生涯参加 秋山弘子(東京大学名誉教授)

解題
高年齢者の活躍と雇用 編集委員会

論文
高齢者の就労と年金─改正高年齢者雇用安定法と年金制度改正法の意義と課題 島村暁代(立教大学准教授)
高年齢者の雇用確保と企業側の調整 梶谷真也(京都産業大学准教授)
正社員化を進めた60歳代前半層の人事管理の特質と課題─65歳定年制導入企業3社の事例分析をもとに 田口和雄(高千穗大学教授)
わが国の60代労働者の就業変化と労働市場への影響 上野有子(一橋大学経済研究所特別研究員)
人事管理からみた中・高年期のキャリア支援─高齢社員の活用戦略と支援方針に着目して 藤波美帆(千葉経済大学准教授)
改正高年法の「社会貢献事業」は企業ボランティア活動か? 小野晶子(JILPT副統括研究員)

先日『プレップ社会保障法』をお送りいただいた島村暁代さんが2020年の高齢法改正を論じているんですが、お行儀がいいな、というか、もっといくらでも突っ込めるような気が。

お前だったらどう突っ込むんだ?という方は、是非来月発売の『ジョブ型雇用社会とは何か』の第2章の三、「定年と高齢者雇用の矛盾」を御覧下さい。

 

低学歴を詐称することは懲戒解雇に値するが、高学歴を詐称することは雇止めにも値しない

こんな増田が話題を呼んでますが、

https://anond.hatelabo.jp/20210824201719(中途採用社員が経歴詐称だった)

中途採用した社員が経歴を、完全に詐称していた。これが俺の係で大問題になっている。
事の発端は1本の電話からだった。・・・

112483_20210825111601 正確には経歴詐称ですらなく、「スキルの一部と成果を申告しないだけ」なんだが、それで大騒ぎになっている。いかにも日本的な光景ですが、これがいかに日本的なのかを、10年前に出した『日本の雇用と労働法』(日経文庫)の中でこう説明していたので、ご参考までに。

 採用に当たり学歴詐称が問題になることは洋の東西を問いません。ただし、欧米のジョブ型社会で学歴詐称といえば、低学歴者が高学歴を詐称することに決まっています。学歴とは高い資格を要するジョブに採用されるのに必要な職業能力を示すものとみなされているからです。日本でもそういう学歴詐称は少なくありません。しかしこれとは逆に、高学歴者が低学歴を詐称して採用されたことが問題になった事案というのは欧米ではあまり聞いたことがありません。
 新左翼運動で大学を中退した者が高卒と称してプレス工に応募し採用され、その後経歴詐称を理由に懲戒解雇された炭研精工事件(最一小判平3.9.19労判615-16)の原審(東京高判平3.2.20労判592-77)では、「雇用関係は労働力の給付を中核としながらも、労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係」であるから、使用者が「その労働力評価に直接関わる事項ばかりでなく、当該企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知する義務を負」い、「最終学歴は、・・・単に労働力評価に関わるだけではなく、被控訴会社の企業秩序の維持にも関係する事項」であるとして、懲戒解雇を認めています。大学中退は企業メンバーとしての資質を疑わせる重要な情報だということなのでしょう。
 これに対して中部共石油送事件(名古屋地決平5.5.20労経速1514-3)では、税理士資格や中央大学商学部卒業を詐称して採用された者の雇止めに対して、それによって「担当していた債務者の事務遂行に重大な障害を与えたことを認めるに足りる疎明資料がない」ので、「自己の経歴について虚偽を述べた事実があるとしても、それが解雇事由に該当するほど重大なものとは未だいえない」としています。低学歴を詐称することは懲戒解雇に値するが、高学歴を詐称することは雇止めにも値しないという発想は、欧米では理解しにくいでしょう
 

 

2021年8月22日 (日)

慶應義塾大学産業研究所HRM研究会35周年記念シンポジウム「ジョブ型VS.メンバーシップ型:日本的雇用制度の未来」

米軍がアフガニスタンから撤退し、タリバンが権力を握る今日この頃、そのもとになった同時多発テロ事件からちょうど20年目に当たる来月、2021年9月11日に、慶應義塾大学産業研究所HRM研究会の35周年記念シンポジウム「ジョブ型VS.メンバーシップ型:日本的雇用制度の未来」がオンラインで開催され、わたくしもパネリストの一人として報告をいたします。

https://www.sanken.keio.ac.jp/behaviour/HRM/

慶應義塾大学産業研究所「HRM研究会35周年記念シンポジウム」のお知らせ【登録制】

ジョブ型VS.メンバーシップ型:日本的雇用制度の未来

日時:2021年9月11日(土)13:00~17:00(Zoom)(開場:12時45分)   

アジェンダ 

13:00~13:05     開会挨拶   石岡 克俊 氏  慶應義塾大学法務研究科教授、慶應義塾大学産業研究所所長   

13:05~13:10     本日のシンポジウムについて   八代 充史 氏   慶應義塾大学商学部教授、産業研究所兼担所員    

13:10~13:40     第1報告   清家 篤  氏   日本私立学校振興・共済事業団理事長、慶應義塾大学名誉教授、産業研究所兼任所員 「ジョブ型VS.メンバーシップ型と日本的雇用制度」  

13:40~14:10     第2報告   濱口 桂一郎  氏  労働政策研究・研修機構研究所長   「ジョブ型VSメンバーシップ型と労働法」                       

14:10~14:20     休 憩                       

14:20~14:50     第3報告   中村 天江  氏   リクルートワークス研究所主任研究員  「日本的ジョブ型雇用-人材起点の日本企業が選んだカタチ」

14:50~15:20     第4報告   植村 隆生  氏   人事院事務総局企画法制課長  「国家公務員とジョブ型VSメンバーシップ型」                       

15:20~15:30     休 憩                       

15:30~15:45     コメント    山本 紳也 氏  株式会社HRファーブラ代表取締役                         

15:45~16:55     パネラー間の意見交換、フロアとの質疑応答

16:55~17:00     閉会の辞   八代 充史 氏     

 

 

 

島村暁代『プレップ社会保障法』

585604 島村暁代さんより『プレップ社会保障法』(弘文堂)をお送りいただきました。

https://www.koubundou.co.jp/book/b585604.html

プレップというと、どうしても森戸さんの怪著を思い出すわけですが、ああいうノリはありません。しごく真面目な教科書です。

でも、真面目であることは通り一遍であることを意味しません。いや、むしろ社会保障法というものに対して真摯に向き合い過ぎて、年金だの医療だの介護だのといった縦割りの法律構成を全部崩してしまい、学生時代から始まって、就職し、いろいろとあり、結婚、妊娠、、出産、子育てといったことがやってきて、時には離婚したり死別したり、中高年になって介護したりがんになったり、そして老人へ、という人生行路、今風に言えばライフステージごとに、その都度必要になる社会保障法の知識を端的にまとめていくという、思い切った構成になっています。

第1部 はじめに

第2部 ライフステージごとに
 第1章 大学生
 第2章 就職
 第3章 就職後の健康とケガ・病気
 第4章 キャリアの展開
 第5章 結婚・妊娠・出産・子育て
 第6章 離婚・死別
 第7章 中高年の介護事情とがん
 第8章 高齢者

第3部 すべてのライフステージに関して
 第1章 生活への困窮
 第2章 障害者
 第3章 感染症と社会保障法
 第4章 虐待
 第5章 外国人

第4部 おわりに

このやり方のメリットは、なんか関係ねえ話だな、詰まんねえな、と思いがちな学生に、まさに学生の置かれた状況から説き起こしていることで、とてもいいやり方だと思います。

冒頭、けがや病気になったら保険証もって医者に行くよね。さてこの保険証ってなんだろ、というところから話が始まり、親が健保なら被扶養者、親が国保なら被保険者になること、一方年金のほうは20歳で1号被保険者になること、とさりげない形で、制度の基本を説きます。そして多くの学生がやっているアルバイトを取り上げて、

アルバイトをし過ぎてお金を稼ぎすぎると、親御さんの扶養から外れる可能性があります。・・・

・・・が、学業が本分である以上、4分の3という基準を満たすことはほぼないでしょう。

というわけで、

住所を媒介に国保の被保険者として整理されることになります。・・・ということは、国保の保険料が発生します。

今日の社会保険制度における非正規労働者の問題の中心的な論点がさっそく登場してきます。

まあ、本書は「プレップ」なので、ここでは

そもそも学生の本分は学業なので、アルバイトばかりにうつつを抜かし過ぎないようにしましょう。

という戒めで締めていますが、いやいやうつつを抜かすというか、アルバイトで学費を稼いでいる学生も結構いるわけで、ほんとはそう単純にも言えないところです。

いずれにしても、就職する前の段階でこれだけの社会保障法の論点が並ぶという構成はさすがです。

あと、若い女性研究者の著書として、出産から子育て期の記述には自らの経験に裏打ちされたところがいくつも感じられます。「保活」なんていう項目は、あんまりほかでは見当たりません。

コロナ禍のさなかに出されるテキストとして、「感染症と社会保障法」の章もとても有益です。

森戸さんのプレップとは全く違う方向でですが、大変型破りでしかも成功している教科書だと言えましょう。

 

 

 

 

 

2021年8月21日 (土)

こんなに違うデリバリー配達員の仕事の現場。ウーバー、出前館、Woltは?@溝上憲文

ビジネスインサイダーに溝上憲文さんが「こんなに違うデリバリー配達員の仕事の現場。ウーバー、出前館、Woltは?」を書いていて、各社ごとにかなり異なる就労条件について詳しくルポしていますが、

https://www.businessinsider.jp/post-240579

その冒頭のあたりで、EUの動向に少し触れていて、その関係で私の小文も使われています。

Food1w1280 タクシー型旅客輸送の運転手やフードデリバリーの配達員など、ネット上のアプリを介して単発の仕事で働く「ギグワーカー」の保護に向けた動きが世界的に加速している。

目指しているのは、契約上自営業者とされているプラットフォームワーカーにも、企業などに雇われている「労働者」と同じ権利と保護が受けられるようにするための、EU統一のルールづくりだ。

かたやEUでギグワーカーを保護する判決や、保護に向けた政策的な動きが加速する中、フィンランドの「Wolt」、ドイツの「foodpanda」、韓国の「FOODNEKO」などヨーロッパを含む世界のデリバリー大手が相次いでコロナ禍の日本に集結している。

EUの動きに連動した、日本のギグワーカーの実態を追った。・・・

 

 

 

『ジョブ型雇用社会とは何か』書影

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はじめに
 
序章 間違いだらけのジョブ型論
1 氾濫するおかしなジョブ型論
 全社員の職務経歴書作成がジョブ型?
 世界30万人をジョブ型に転換?
 職務遂行能力はジョブ型ではない
 ジョブ型は成果主義ではない
 ヒラ社員まで査定する日本
 ジョブ型は解雇しやすいわけでもない
2 ジョブ型の毀誉褒貶
 ジョブ型はほんとは古くさい
 ME化ではメンバーシップ型が賞賛されたが
3 メンバーシップ型の矛盾
 メンバーシップ型で誰が得をし、誰が損したか
 揺れ動く日本型雇用への評価
 取り残された氷河期世代
 サラリーマンとOLは別範疇
 バリキャリとマミートラックのはざま
 働き方改革で矛盾は解決したか?
 
第1章 ジョブ型とメンバーシップ型の基礎の基礎
1 ジョブ型契約とメンバーシップ型契約
 日本型雇用システムの本質は三種の神器ではない
 雇用のジョブ型、メンバーシップ型
 賃金のジョブ型、メンバーシップ型
 労使関係のジョブ型、メンバーシップ型
2 入口と出口とその間
 欠員募集と新卒採用
 内定が既に雇用契約のメンバーシップ型
 整理解雇が最も正当なジョブ型
 定期人事異動がつきもののメンバーシップ型
 素人を鍛えて育てるメンバーシップ型
3 賃金制度と「能力」
 値札はヒトに貼る?椅子に貼る?
 人事査定のジョブ型、メンバーシップ型
 「能力」という絶対に通じない概念
4 対照的な労使関係
 職業の組合、社員の組合
 利益の争議と家庭争議
5 非正規労働者と中小企業労働者
 低位ジョブ型としての非正規労働者
 非正規労働者の社会問題化
 ジョブもメンバーシップも薄い中小企業労働者
6 法律と判例の複雑な関係
 日本の実定法は実はジョブ型
 労働組合はカルテルである
 裁判所がメンバーシップ型の社会規範に合わせてきた
 
第2章 入口と出口
一 入口-就職と採用
1 採用の自由と採用差別禁止
 ジョブ型社会の入口問題
 ジョブ型社会における採用差別禁止の意味
 日本人が理解していない差別禁止の意味
 日本型採用法理は市場社会の大原則ではない
 ジョブ型で採用の自由を捨てる覚悟はあるのか?
2 試用期間の意味
 試用期間だから問題になり得た
 ジョブ型社会の試用期間
 メンバーシップ型社会の試用期間
3 学歴詐称の意味
 低学歴詐称は懲戒解雇に値するが
 高学歴詐称は雇止めにも値しない
4 入口の年齢差別禁止法
 年齢差別禁止法はあるけれど
 究極のザル法になる理由
5 周縁地帯の中途採用
 職業安定法はジョブ型の法律だが
 上級国民はハローワークを使わない
 中途採用の情報公表
 日本の中途採用
 ジョブとメンバーシップのはざまの民営職業紹介事業
二 入口以前の世界
1 教育と職業の密接な無関係
 教育訓練のジョブ型、メンバーシップ型
 職業的レリバンスの欠如した教育システム
 かつては職業教育を重視していたが
 実業を嫌う教育界
 職業高校が落ちこぼれ扱いされる社会
2 日本型雇用の収縮に取り残される教育
 日本型雇用に過剰適応した日本型大学
 利子付き奨学金に復讐される大学生
 アルバイト収入に依存する大学
3 アカデミズムの幻想と職業訓練の世界
 頑固に維持されるアカデミズム幻想
 周縁的世界の公的職業訓練
 雇用と教育は鶏と卵
 大学はiPS細胞の養成所から脱却できるか?
4 学び直しというけれど
 リカレント教育が暇つぶし教室になるわけ
 学び直しがうまくいかない理由
 スキル認証制度がうまくいかない理由
5 学習のフォーマルとインフォーマル
 資格が全てのジョブ型社会
 ジョブ型社会のアキレス腱
 当たり前すぎて見えないインフォーマル学習
三 定年と高齢者雇用の矛盾
1 定年退職は引退に非ず
 定年制は年齢差別だが
 そもそも今の定年は強制退職年齢ではない
 今の定年は処遇の精算年齢
 賃金制度の矛盾の露呈としての定年後再雇用
2 根っこにある中高年問題
 貢献に見合わない中高年の高給
 追い出し部屋という象徴
 貴方に適した職務はない
3 矛盾に矛盾を重ねる高齢者雇用対策
 70歳までの就業確保措置
 再就職支援は内部労働市場政策?
 フリーランスもボランティアも内部労働市場
四 解雇をめぐる誤解
1 ジョブ型社会で最も正当な整理解雇
 ジョブ型社会にも解雇規制はある
 借家契約と雇用契約
 リストラが最も正当なジョブ型社会、極悪非道の日本
 雇用維持助成金の性格
2 誤解だらけの「能力」不足解雇
 ジョブ型社会では能力不足で解雇し放題?
 ジョブ型社会のスキル不足解雇
 日本では中高年が「能力」不足解雇
 老化したiPS細胞の悲劇
 会社への忠誠心不足が正当な解雇理由になる日本
3 現実社会の解雇の姿
 日本は実は解雇だらけ
 中小零細企業は「貴様ぁ解雇」でいっぱい
 金銭解決もできない泣き寝入り労働者が多数派
 解雇の金銭解決制度は20年経っても実現していないが
 解雇は現実に金銭解決しているのになぜ立法化できないのか
 解雇無効判決といえども実際は金銭解決になってしまう理由
 解雇規制が立法されなかったために金銭解決が困難に
 民事訴訟法の訴訟物理論が原因?
4 移る権利・移らない権利
 気がつけば別会社に!
 元の会社に残されるのが最大の悲劇
 
第3章 賃金-ヒトの値段、ジョブの値段
一 生活給を「能力」で説明した年功賃金の矛盾
1 職務評価による固定価格がジョブ型賃金
 職務評価はヒトの評価ではない
 職務評価は男女平等の武器に
2 生活給から「能力」主義への曲がりくねった道
 軍人が生活給を提唱し
 労働組合が生活給を作り上げ
 経営側が職務給を提起し
 政府も職務給を唱道したが
 経営側が職務給をやめた
 「能力」主義で決着
3 下がらない「能力」の矛盾とご都合主義の成果主義
 「能力」はスキルと異なる不可視の概念
 下がらない「能力」の幻想
 「能力」と情意の人事査定
 ご都合主義の成果主義
二 日本版同一労働同一賃金という虚構
1 非正規労働者の均等・均衡処遇政策
 同一労働同一賃金に「踏み込む」だって?
 同一労働同一賃金はジョブ型社会の原則
 身分による賃金制度の違いを前提にした均等・均衡処遇政策
 日本型正社員を法律に書き込んだ改正パート法
2 同一労働同一賃金という看板を掲げた政策過程の裏側
 常識外れの立法政策
 職能給への統一を目指した水町理論?
 「注」が全てのガイドライン
 踏み込む前も踏み込んだ後もほとんど変わらない同一労働同一賃金
三 家族手当と児童手当の間
1 家族手当の展開
 生活給の精髄としての家族手当
 家族手当を守る労働組合
2 児童手当の曲がりくねった細道
 ジョブ型政策としての児童手当
 メンバーシップ型感覚から攻撃される児童手当
3 矛盾に満ちた家族手当
 賃金二分説と家族手当
 家族手当の男女差別
 間接差別としての家族手当
 根を張り続ける配偶者手当
 
第4章 労働時間-残業代と心身の健康のはざま
一 残業代とエグゼンプションの迷宮
1 労働時間とは残業代と見つけたり
 残業代ピンハネ批判ばかりの労働時間論議
 日本的な労働時間法理
 恒常的残業は雇用維持の安全弁
 雇用維持>労働時間規制という本音
 過労死認定基準の労働時間規制
2 適用除外制度をめぐるねじれた経緯
 ジョブ型社会の管理職
 メンバーシップ型が求めるスタッフ管理職
 企画業務型裁量労働制とホワイトカラー・エグゼンプション
 高度プロフェッショナル制度をめぐる奇々怪々
3 月給制と時給制の一体化
 時間外手当とは何か?
 戦時体制下の工員月給制
 ホワイトカラーとブルーカラーの一本化
4 管理職は職種か処遇か
 管理職も職種である
 平等社会のアイロニー
二 本当のワーク・ライフ・バランス
1 夫と妻のワークライフ分業
 ガンバリズムの平等主義
 夫と妻のワークライフ分業
2 迷走するワーク・ライフ・バランス
 女性専用のワーク・ライフ・バランス
 女性総合職の矛盾
 長時間労働がデフォルトルール
 いのちのワーク・ライフ・バランス、生活のワーク・ライフ・バランス
3 転勤という踏み絵
 正社員に転勤拒否権はない
 配慮しろというけれど
三 過労死防止のパラドックス
1 残業規制の源流は過労死裁判
 過労死認定基準の労働時間規制
 過労死が認められるまで
 メンバーシップ型の職場健康診断
 職場健康診断を基軸とする過重労働対策
2 健康とプライバシーのはざま
 健康情報は機微な個人情報
 プライバシーを会社に委ねていいのか?
 安全配慮とプライバシーのトレードオフ
四 メンタルヘルスの迷宮
1 メンタルヘルスのパターナリズムとプライバシー
 過労自殺も裁判から労災認定基準へ
 メンタルヘルスでプライバシーと激突してストレスチェックへ
 使用者責任追及がパターナリズムを強化する皮肉
2 メンバーシップ型はパワハラの培養土
 ハラスメントは世界共通の問題だが
 日本特有の善意のパワハラ
 
第5章 メンバーシップの周縁地帯
一 女性活躍というけれど
1 女子は若いのに限る-花嫁候補のOLモデル
 OLは結婚までの短期的メンバーシップ
 OLは男性正社員の花嫁候補
2 ジョブの平等、コースの平等
 総合職、一般職という職種
 ジョブ型社会の男女均等
3 ジョブなき社会の女性活躍
 女性管理職割合30%目標は達成困難だが
 何でもありでやれてしまう面も
二 障害者という別枠
1 メンバーシップ型になじまない障害者雇用
 障害者差別禁止が空振りになるわけ
 障害とスキルと「能力」の関係
2 発達障害と躁鬱気質のパラドックス
 空気が読めない発達障害者
 気が利きすぎる躁鬱気質の悲劇
三 ローエンド外国人-サイドドアからフロントドアへ
1 サイドドア型外国人労働者導入政策
 雇用許可制失敗の要因
 二つのサイドドア
2 サイドドアからフロントドアへ
 奇怪な研修・技能実習制度
 ようやくまともな技能実習法ができたが
 特定技能というフロントドア
四 ハイエンド外国人の虚実
1 ジョブ型「技人国」在留資格とメンバーシップ型正社員の矛盾
 「技人国」はジョブ型の制度だが
 メンバーシップ型の常識に道を譲る
 アルバイト留学生という単純労働力
2 専門職はどこまで高度か
 高度専門職の水増し
 介護は専門職だけど
 介護は技能労働でもある
 
第6章 社員組合のパラドックス
一 企業別組合-労働組合だけど従業員代表
1 ジョブ型社会の労働組合と従業員代表
 労働組合の原点はトレイド
 ジョブで団結し、交渉する労働組合
 職場で協議する従業員代表機関
 片翼だけのアングロサクソン労使関係
2 事業一家の覇者交替
 産業報国会から企業別組合へ
 階級闘争という名の社内奪権闘争
3 戦後日本社会の設計図
 生産管理闘争から生産性向上運動へ
 企業民主化試案
 労働組合は企業のインサイダー
4 労働争議の蔓延と絶滅
 労働争議が家族争議になる日本
 労働争議の絶滅と個別労働紛争
 ネガフィルムとしてのコミュニティ・ユニオン
二 従業員代表制は転機になるか?
1 企業別組合から排除された人々
 労働者の大部分は団結とも参加とも無縁
 非正規労働問題の解法は集団的労使関係にあり?
 実を結ばない従業員代表制の提起
 管理職は使用者の利益代表者か?
 管理職ユニオンという不思議な存在
2 1949年改正の隠れた意図
 管理職を組合から引き離す
 経費援助のパラドックス
3 企業別組合と従業員代表制の複雑な関係
 連合の労働者代表法案
 企業別組合の内部的機能分離論
 既に現実問題の公正代表義務
 
参考書

2021年8月20日 (金)

ジョブなき里のインターンシップ@『労基旬報』2021年8月25日号

『労基旬報』2021年8月25日号に「ジョブなき里のインターンシップ」を寄稿しました。

 去る2021年5月、文部科学省高等教育局は「ジョブ型研究インターンシップ(先行的・試行的取組)実施方針(ガイドライン)」を策定しました。インターンシップにわざわざ「ジョブ型」という形容詞をつけているということは、ほかのインターンシップはジョブ型ではないということなのでしょう。しかし、インターンシップという言葉の語源からすると、ジョブ型でないインターンシップというのは語義矛盾です。語源のインターンというのは、医学部を卒業して医師国家試験に合格した医者の卵が、病院という医療の現場でそれまでの畳の上の水練を実地に試す機会ですし、教育学部の教員実習というのも、座学で学んだ教育理論を生徒たちの前で試す機会です。こういう言葉の正確な意味におけるジョブ型教育システムにおけるインターンシップとはかけ離れたところで、特殊日本的な「いんたーんしっぷ」は発展してきました。
 日本におけるインターンシップの出発点に位置するのは、1997年9月の文部省・労働省・通商産業省による「インターンシップの推進に当たっての基本的考え方」(三省合意)ですが、そこではインターンシップを「学生が在学中に自らの専攻、将来のキャリアに関連した就業体験を行うこと」と定義しました。この定義の中に、ジョブなき社会にインターンシップを持ち込む無理が凝縮されています。「自らの専攻」と「将来のキャリア」の間にさりげなく打たれた「、」(てん)は、「及び(and)」という意味なのでしょうか、それとも「又は(or)」という意味なのでしょうか。
 ジョブ型社会の本来のインターンシップであれば、前者に決まっています。大学で学んだ専門知識の延長線上にその専門知識を使った職業キャリアがあるのが前提だからです。ところが、日本の大学生の大部分、とりわけ文科系の学生たちにとって、入社したら全部忘れてこいといわれるような大学の授業と、入社後に上司や先輩からOJTで叩き込まれることの間にはほとんど内容的関連がありません。私のいう「教育と職業の密接な無関係」の世界です。とすると、この「、」は「又は」でしかなく、ごく一部のジョブ型職業を除けば、「、」の前の「自らの専攻」は無視しても良いということにならざるを得ません。
 こういう特殊日本的「いんたーんしっぷ」がガラパゴス的に進化していった挙げ句の果ての姿が、「ワンデイ・インターンシップ」と呼ばれる一日職場見学会ですが、別にワンデイでなくても、よくある1週間のインターンシップであっても、素人さん相手の職場見学会でしかないことに何の変わりもありません。重要なのは期間の長短というよりも、「自らの専攻」と「将来のキャリア」につながりがあるかどうかなのですが、そういう正論を持ち出すと、圧倒的大部分のインターンシップがインチキだということになってしまうので、ワンデイだけ槍玉に挙げて見せたのでしょう。
 実のところ、日本の企業にとってインターンシップとは、採用選考指針によって縛られた在学生の青田刈りを正々堂々と行うための抜け穴でしかなかったのでしょう。だからこそ文部科学省や大学側は「インターンシップは教育目的であって、採用目的ではない」という建前を振りかざしてきたわけです。ジョブ型社会であれば、インターンシップで実習する内容は「自らの専攻」なのですから、当然教育目的です。その教育目的のインターンシップが実習先の企業にとっては同時に採用目的になりますし、大学生本人にとっては就職目的になるわけで、「自らの専攻」と「将来のキャリア」をつなぐのがインターンシップということで、その間に何の矛盾もありません。それがジョブなき里では矛盾の塊になるというわけです。
 経団連の故中西会長は2018年、それまでの採用選考指針をやめると宣言し、翌2019年には大学関係者との間に「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」を立ち上げました。その2020年度報告書「ポスト・コロナを見据えた新たな大学教育と産学連携の推進」では、第Ⅲ章「Society 5.0 の採用・インターンシップの実現に向けて」において、「模擬的な作業を含め、業務を体験する場面が全くないものもインターンシップとされていることや、多くの学生が就職活動に直接的なメリットをもたらすと期待される短期のインターンシップへの参加を偏重する傾向にある点が最近のインターンシップをめぐる混乱につながっている」ことと、「国際的に見ると、現在のわが国におけるインターンシップのあり方は諸外国のそれとは内容を異にするものであり、優秀な人材が自ら活躍する場を求めてグローバルに移動する Society 5.0 にあっては、インターンシップを通じて、優秀な外国人材を日本企業に呼び込むためにも、わが国のインターンシップのあり方を国際標準に合わせる必要がある」との現状認識に基づき、「インターンシップとは、学生が、その仕事に就く能力が自らに備わっているかどうか(自らがその仕事で通用するかどうか)を見極めることを目的に、自らの専攻を含む関心分野や将来のキャリアに関連した就業体験(企業の実務を体験すること)を行う活動」と定義しました。
 この報告書に掲載されている「学生のキャリア形成支援における産学協働の取組み」の図は以下の通りですが、タイプ1(オープン・カンパニー)とタイプ2(キャリア教育)がインターンシップではないと排除しつつも、ジョブ型インターンシップのタイプ4だけではなく、一般大学生向けのタイプ3もインターンシップに含めています。

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 もちろん、それまで排除してしまうと現実には何も残らないからでしょうが、このタイプ3「汎用的能力・専門活用型インターンシップ」の説明は、なかなか苦労の跡が見えます。「主に大学学部の高学年学生や大学院生を対象とし、学生は、その仕事に就く能力が自らに備わっているかどうか見極めることを目的に、一方、企業は、主として採用選考を視野に入れた評価材料を得ることを目的に、企業の職場等で学生が一定期間、実際の業務に従事するプログラム」ということなので、大学での専攻とは必ずしも一致していなくてもいいという点では日本的なメンバーシップ型に片足を置きつつ、「学生は、実際に職場等で業務や研究に携わり、その仕事に就く能力が自らに備わっているかどうか(自らがその仕事で通用するかどうか)を見極めることを目的とする」という点で、辛うじてインターンシップに含めているわけですが、拠り所になるべき専門性が欠如しているのであれば、これは限りなく採用選考のための一過程に過ぎなくなる可能性があります。
 本来の意味でのインターンシップに相当するのは、ここでは「大学院生向け」の「試行」として登場するタイプ4「高度専門型インターンシップ」ですが、その説明は「高度な専門性を有する大学院生を主な対象として、学生が自身の専門知識や能力を研究開発などの実践で活かし、向上させるとともに、ジョブ型の採用を見据えてその業務(ジョブ)が自身の能力や意向にうまくマッチするかを見極めることを目的とするプログラム」とされています。そのモデルになっているのが、本稿の冒頭で取り上げた文部科学省のジョブ型研究インターンシップです。その後文部科学省は2020年9月に経団連とともにジョブ型研究インターンシップ推進委員会を設置し、2021年5月にガイドラインをとりまとめたというわけです。
 このジョブ型研究インターンシップは以下の要件を全て満たすもので、当面の間、博士課程学生であって、学生の専攻分野は自然科学系を対象とし、修士課程学生については、引き続き検討とされています。
• 研究遂行の基礎的な素養・能力を持った大学院学生が対象
• 長期間(2ヶ月以上)かつ有給の研究インターンシップ
• 正規の教育課程の単位科目として実施
• 本ガイドラインに沿ったジョブディスクリプション(業務内容、必要とされる知識・能力等)を提示
• インターンシップ終了後、学生に対し面談評価を行い、評価書・評価証明書を発行
• インターンシップの成果は、企業が適切に評価し、採用選考活動に反映することが可能
 ジョブ型研究インターンシップの類型(契約形態)には、直接雇用型と共同研究型があります。前者では企業と学生の間に雇用契約が結ばれるのに対し、後者では大学と学生の間に雇用契約が結ばれます。大学と企業の間は、前者では必要に応じてインターン実施契約であるのに対し、後者では共同研究契約になります。
 またジョブ内容としては、テーマ探索型(企業・大学からはインターンシップ募集時に学生に研究開発テーマを具体的に提示せず、学生が新しい研究開発テーマを提案・探索)、テーマ付与型(企業・大学がインターンシップ募集時に学生に研究開発テーマを提示)、研究開発支援型(企業・大学はインターンシップ募集時に学生に特定の研究開発支援業務を提示)の3つがあります。
 今後、大学と企業からなるジョブ型研究インターンシップ推進協議会(コンソーシアム)を設立し、その事務局がマッチング支援を行うことになりますが、この事務局は有料職業紹介事業者ということになります。
 これが今後どのように進展していくのか、労働サイドからも一定の注意を持って見守っていく必要があるでしょう。

 

トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』(非売品)

09048_1 みすず書房さんから薄い封筒が送られてきました。何じゃらほいと開けてみると、開けてびっくり、中から出てきたのは桃から生まれた桃太郎、じゃなくって、トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』!

いやいや、まさかあの分厚い本が出たわけではありません。50ページほどの小冊子の表紙の真ん中あたりには、

内容見本(非売品)

12月上旬刊行予定

の字が。

ふむふむ、1000ページを超える大著の前宣伝に、抜き刷り方式で「中身のチラ見」をやろうというわけですな。

抜き刷りされているのは、第1章が始まる前の「はじめに」だけなんですが、それだけで50ページを超える代物。目次を見ると、今回の本が格差レジームを切り口に人類史を一刀両断するものすごい本であることが分かります。

ちなみに、細目次はみすず書房のHPに載っているのでみてください。

https://www.msz.co.jp/book/detail/09048/

はじめに
第I部 歴史上の格差レジーム
第1章 三層社会――三機能的格差
第2章 ヨーロッパの身分社会――権力と財産
第3章 所有権社会の発明
第4章 所有権社会――フランスの場合
第5章 所有権社会――ヨーロッパの軌跡
第II部 奴隷社会・植民地社会
第6章 奴隷社会――極端な格差
第7章 植民地社会――多様性と支配
第8章 三層社会と植民地主義――インドの場合
第9章 三層社会と植民地主義――ユーラシアの道筋
第III部 20世紀の大転換
第10章 所有権社会の危機
第11章 社会民主主義社会――不完全な平等
第12章 共産主義社会とポスト共産主義社会
第13章 ハイパー資本主義――現代性と懐古主義のはざまで
第IV部 政治対立の次元再考
第14章 境界と財産――平等性の構築
第15章 バラモン左翼――欧米での新たな分断
第16章 社会自国主義――ポスト植民地的なアイデンティティ主義の罠
第17章 21世紀の参加型社会主義の要素
結論

最近人口に膾炙しているバラモン左翼という言葉も、この文脈で出てきたものであることが分かります。

ていうか、今までほとんど何のおつきあいもなかったみすず書房さんから今回の抜き刷りが送られてきたのは、おそらく本ブログで何回かバラモン左翼論を紹介したきたからじゃないかと思われます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/post-83eb.html(バラモン左翼@トマ・ピケティ)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/05/post-3616d9.html(バラモン左翼と商売右翼への70年)

これはもう、『労働新聞』で月一回当番で回ってくる書評用には当選確実ですが、それだけじゃなく本気でじっくりと隅から隅まで読んでみたい本です。

 

 

 

 

2021年8月19日 (木)

中谷巌の労働者自主管理論

希流さんが見当たらないと言っているのですが、

https://twitter.com/kiryuno/status/1428091712069521410

濱口桂一郎/海老原嗣生『働き方改革の世界史』文中に、中谷厳が1970年代は労働者自主管理に関する論文を何本も書いていた、との指摘があったので検索してみたのですが見つからなかった。中谷厳の70年代の業績がそもそも見つからないですね。もとから資本主義大絶賛かと思いきや、そうでもなかったか。

いや、ciniiに載ってますよ。

https://ci.nii.ac.jp/naid/40003072052

労働者自主管理--その理想と現実 日本労働協会雑誌 21(4), p13-23, 1979-04

https://ci.nii.ac.jp/naid/40002883057

経営参加と企業行動--明示的な参加制度の導入を(現代経済学講座) 日本経済研究センタ-会報 (292), p31-35, 1977-03-15

https://ci.nii.ac.jp/naid/40000607885

経営参加と企業行動 (経営参加と団体交渉<特集>) 季刊労働法 (102), p39-48, 1976-12

https://ci.nii.ac.jp/naid/40000303889

不完全競争下の企業成長--資本主義的企業と労働者参加企業 (大野忠男博士還暦記念論文集) 大阪大学経済学 26(3・4), p67-77, 1977-03

 

 

 

 

 

 

 

2021年8月18日 (水)

『情報労連REPORT』8-9月号

210809_cover 『情報労連REPORT』8-9月号をお送りいただきました。特集は「国内外の情勢から平和を見つめ直す自由や民主主義、人権から考える」とやたらに風呂敷が広いですが、昨今の内外の情勢から、人権と自由、民主主義の問題を改めて取り上げています。

http://ictj-report.joho.or.jp/2108-09/

おなじみ阿古智子さんが中国・香港について怒りを湛えつつ静かに書いていますが、

http://ictj-report.joho.or.jp/2108-09/sp02.html(反対意見封じる社会中国・香港情勢から学ぶべきことは?)

210809_sp02_face ・・・隣国である以上、日本は中国と向き合っていかざるを得ません。日本が声を上げたからといって中国が変わるとは限りませんが、中国との連携がまったくできないわけではありません。例えば、気候変動や労働者の権利という側面では、国際的な枠組みで一緒に考えていくこともできるでしょう。その点では、企業は重要な役割を果たします。企業がどうあるかによって国際社会のあり方は大きく変わっていくと思います。

この点に関して、「職場からできることは何か」を論じているのが佐藤暁子さんの

http://ictj-report.joho.or.jp/2108-09/sp05.html(「ビジネスと人権」から考える平和職場から取り組みを始めよう)

210809_sp05_face ・・・労働組合の皆さんにお願いしたいのは、国外の労働者や労働組合の連携を強化することが一つ。

もう一つとして、日本で働く労働者の皆さん一人ひとりが、人権の主体であるという意識を深めてほしいと思います。自分の権利者性に対する意識が薄ければ、他人の人権侵害にも鈍感になってしまいます。自分たちをエンパワーメントすることがサプライヤーで働く労働者への共感につながり、人権侵害の解消にもつながっていくのではないでしょうか。

また、自分たちが働く企業が生み出す製品やサービスがどのようにつくられて、社会にどのような影響を与えるのかについても、意識してほしいと思います。自社の製品やサービスが行う人権侵害に対して声を上げることは、会社への背信行為ではありません。自社をよりよい会社にしていくための行為です。経営者もそうした声を封じ込めるのではなく、対話を通じて、経営に反映させてほしいと思います。

ウイグルで起きている人権侵害やミャンマーの軍事クーデターなども、ビジネスと無関係ではありません。企業ひいてはそこで働く人たちが、それらの問題に対してどのように責任を果たすのかが問われています。

本ブログでも取り上げたように、この問題は近年盛り上がりつつありますが、それだけに矢面に立つ企業にとっては厳しい判断を迫られる状況も多くなると思われます。戦後長らく経験していたような、平和とか人権とか言っていれば済むような生やさしい時代ではなくなりつつあるという覚悟が必要なのでしょう。

なお、最後のページで渋谷龍一さんが「ジョブ型」を取り上げていますが、

http://ictj-report.joho.or.jp/2108-09/doragon.html

Mainvisual_dragon ・・・しかし、JBにシフトしたという企業は、MSのまま成果主義にしただけで、JBとは関係ないよ、と濱口さんは嘆きます。そりゃ、そうでしょう。極論ですが、配置転換がなく当然転勤もなく、上司から仕事ぶりや成果の評価を受けることもなく、職場の中で勤続期間が長い順に昇進することも多いのがJBですから。

ここは、きちんと腑分けして論じるとそれなりの長さになるのですが、来月出る『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)を読んでください。

 

 

 

 

 

 

2021年8月16日 (月)

改める元の地裁判決がないんですけど・・・それも出ました

裁判所HPに令和3年7月15日 大阪高等裁判所判決「執行停止申立についてした決定に対する抗告事件」というのが載っていて、これ例の名古屋で問題になった表現の不自由展を大阪でやろとしてトラブった事件で、その場所がエル・おおさかだということで気になってた事件ですが、その控訴審判決です。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/519/090519_hanrei.pdf

「表現の不自由展かんさい」の開催を目的とする大阪府立労働センターのギャラリーの利用承認を同センターの指定管理者が取り消す旨の処分をしたところ,原審において上記の取消処分の執行停止(効力停止)が認められ,これに対して申し立てられた即時抗告が棄却された事例

なんですが、これ、近ごろの高裁判決によくあることなんですが、地裁判決にいちいちこまかく、・・・を加える、・・・を削る、・・・を・・・に改める、といわゆるひとつの改め文形式で書かれていて、まことに読みにくい。いやいや読みにくいだけじゃなく、そもそもそのもとの改める元になる地裁判決がどこにもないじゃないか。

チェシャ猫じゃあるまいし、改める文だけあって、何を改めるかがわからないので、結果どう改められたかもわからないという、ほとんど訳の分からない状態に置かれることになります。

結局最後まで改める文の連続で、最後にこう結論がほうりだされるんですが、なぜそういう結論に至ったのかの理論的理路が全然わからないまま。

以上によれば,本案事件の第1審判決の言渡しまでの間と定めて本件取消処分の執行停止(効力停止)を認めた原決定は相当であって,本件抗告は理由がないので棄却することとして,主文のとおり決定する。

この際、こういうスタイル止めませんか。

(追記)

まさか最高裁が本ブログを見たからじゃないでしょうが、高裁判決が改める元の地裁判決が今日になってアップされました。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/531/090531_hanrei.pdf

ちなみに、中身とは全く関係ありませんが、この大阪地方裁判所の判決に名を連ねている陪席裁判官のこの名前に思わず目が釘付けになりました。

裁判官 豊臣亮輔

大阪に豊臣あり!

 

 

 

 

 

2021年8月15日 (日)

紅か専か・・・

こういう記事を読むと、

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO74777830T10C21A8FF8000/(中国、教育分野の統制強化)

中国の習近平(シー・ジンピン)指導部が教育分野の監督を強めている。上海市は9月の新学期から小学生の期末試験で、これまで実施していた英語の試験を除外する。試験の回数も減らす。学生の負担を軽減するためというが、同時に「習近平思想」を必修にして思想教育は徹底する。米国との対立長期化をにらみ、子供に強い愛党精神を植え付ける狙いもあるとみられる。・・・

なんだか、毛沢東時代の「専より紅」の雰囲気が漂ってくる感じですが、そういう路線の延長線上にいかなる未来が待っていると思っているのか、なまじ近現代中国史をすこしばかり齧っていると、不思議な気がしてくるのですが、しかし習近平からすると、鄧小平以来の「紅より専」こそが、その経済成長という帰結よりも、中国共産党支配を掘り崩す危険性をもたらしたものとみなされているのかもしれません。

 

 

 

 

 

山本陽大さんが弁護士ドットコムに登場

Yamamoto 弁護士ドットコムに、JILPTの山本陽大さんが登場して、日本と比較したドイツの働き方と労使関係について語っています。短い中に端的によくまとまっているので、ぜひご一読のほどを。

https://www.bengo4.com/c_5/n_13401/(日本とドイツ「柔軟な働き方」論の背景にある大きな違い JILPT山本氏に聞く)

https://www.bengo4.com/c_5/n_13402/(労組が衰退する日本で、労使関係をどう再構築すべきか JILPT山本氏が語る、ドイツとの比較)

この最後のところで言っている「日本の従業員代表は、もはや労働条件を超えて、労働者ではない人の契約条件の決定についてまでも関与するようになっているという機能変化を見てとることができます」というのは、私も繰り返し論じているところではあります。

 

 

 

 

 

 

 

2021年8月13日 (金)

現代の理論v.現代の理論事件

裁判所のHPに、東京地裁令和3年1月21日の商標権と不正競争をめぐる訴訟の判決が載っています。それがどうしたの?と思うかもしれませんが、その商標というのが「現代の理論」なんですね。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/526/090526_hanrei.pdf

 本件は,⑴ 「現代の理論」季刊電子版(以下「原告出版物」という。)を発行している権利能力なき社団と主張する原告編集委員会が,被告NPOは,原告編集委員会ないしその構成員である原告Bその他の編集委員(以下,原告Bその他の編集委員を「原告Bら」という。)との間で,「現代の理論」という名称の出版物を発行しない旨の合意(以下「本件合意」という。)をしたにもかかわらず,原告編集委員会の商品等表示として需要者の間に広く認識されている「現代の理論」という標章(以下「原告標章」という。)と同一の商品等表示である「現代の理論」という標章(以下「被告標章」という。)を付した別紙出版物目録記載1及び2の各出版物(以下「被告出版物」という。)の出版販売等をし,被告会社は,そのうち同目録記載2の各出版物の発売元として,その販売等をしていると主張して,被告NPOに対しては本件合意及び不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項1号,3条1項,2項に基づき,被告会社に対しては同法2条1項1号,3条1項,2項に基づき,被告標章を付した出版物の出版販売等の差止め及び被告出版物の廃棄を求めるとともに,被告NPOに対しては平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「改正前民法」という。)415条,不競法4条,5条3項1号又は民法709条に基づき,被告会社に対しては不競法4条,5条3項1号又は民法709条に基づき,連帯して55万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成30年11月30日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,⑵ 別紙原告商標権目録記載の商標権(以下「原告商標権」といい,その登録商標である「現代の理論(標準文字)」を「原告商標」という。)を有している原告Bが,被告NPOは,原告編集委員会ないしその構成員である原告Bらとの間で,本件合意をしたにもかかわらず,被告らは,原告商標と同一の標章である被告標章を付した被告出版物の出版販売等をして,原告商標権を侵害していると主張して,被告NPOに対しては本件合意及び商標法36条1項,2項に基づき,被告会社に対しては同条1項,2項に基づき,被告標章を付した出版物の出版販売等の差止め及び被告出版物の廃棄を求めるとともに,改正前民法415条,商標法38条3項又は民法709条に基づき,連帯して55万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成30年11月30日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

Cover3_013_2007_9 Gr_cover030 現代の理論というのはかつて高度成長期には共産党に批判的な構造改革派左翼の雑誌として有名でしたが、21世紀になって再度刊行され、その時には私も何回か寄稿しています。その後今では電子版のマガジン「現代の理論」として発信されています。こちらが原告側の現代の理論です。

http://gendainoriron.jp/vol.27/index.html

Opinon101 一方被告側のNPO現代の理論も雑誌「現代の理論」を出していて、こちらはかつて「OPINION FORUM」というタイトルだったころに何回か寄稿(というか講演録の掲載)したことがあります。

https://sites.google.com/site/gendainoriron/forumopinion/2021natsu

もともと人的にも共通する似たような潮流の雑誌なんですが、そこが「現代の理論」というある意味後光が差すような有難い雑誌名をめぐっていわば家庭争議的に喧嘩しあっているということのようです。親の位牌を取り合う兄弟喧嘩とでもいうべきか。

どちらの最新号にも、元電機連合の小林良暢さんが寄稿していますね。

これも30ページを超える判決文がなかなか面白い。

ここに出てくる人々の名前が全部わかったらこの道のプロです。

ア 雑誌「現代の理論」は,昭和34年5月,月刊誌として創刊されたが(第1次発行),同年9月頃,日本共産党中央の干渉等により,一時終刊となった。その後,Eらが,統一社会主義同盟を結成し,スターリン批判や中ソ論争等を媒介にしながら,歴史の転換点に立った新しい政治・理論潮流の形成に踏み出し,雑誌「現代の理論」は,昭和39年1月,月刊誌として再刊されたが(第2次発行),平成元年12月,終刊となった。
イ 雑誌「現代の理論」は,発行が現代の理論社,編集兼発行人がF(元東京経済大学学長),発売が河出書房であり,編集はG(岐阜経済大学名誉教授)編集長ほか,H(元神奈川県知事),E,I(桃山学院大学名誉教授)らが中心となって行っていた。
雑誌「現代の理論」の第2次発行の休刊に際しては,平成元年12月27日付け朝日新聞書籍欄に「休刊宣言」が掲載され,休刊号は「戦後史と『現代の理論』」を特集し,F,G,H,Iらといった再刊時からの構成員に加え,Jを含む学者や評論家等の論客が揃い,KやLらも寄稿した。

 

2021年8月12日 (木)

労働政策フォーラム「新型コロナによる女性雇用・生活への影響と支援のあり方」がyoutubeにアップされました

去る6月29日にオンラインで開催された労働政策フォーラム「新型コロナによる女性雇用・生活への影響と支援のあり方」の各報告とパネルディスカッションの動画がyoutubeにアップされています。

https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20210629/video/index.html

ここに各動画へのリンクが並んでいます。

このうち、わたくしが司会したパネルディスカッションの動画はこちらです。

https://youtu.be/k5itk6v4CS4

コーディネーター
濱口 桂一郎 労働政策研究・研修機構 労働政策研究所長

パネリスト
周 燕飛 労働政策研究・研修機構 客員研究員 日本女子大学 人間社会学部 教授
白波瀬 佐和子 東京大学大学院 人文社会系研究科 教授
矢野 正枝 内閣府 男女共同参画局 調査室長
大西 連 認定NPO法人 自立生活サポートセンター・もやい 理事長
植野 ルナ 公益財団法人 横浜市男女共同参画推進協会 事業企画課 課長
赤石 千衣子 認定NPO法人 しんぐるまざあず・ふぉーらむ 理事長

Forum<


 

 

2021年8月11日 (水)

『ジョブ型雇用社会とは何か』

Iwanami_20210811110801 岩波書店の新刊案内に『ジョブ型雇用社会とは何か』の広告が出ました。

https://www.iwanami.co.jp/files/annai/202109.pdf

Shinsho

 

 

『POSSE』vol.48

9784909237606 『POSSE』vol.48をお送りいただきました。なんだか表紙の雰囲気ががらりと変わりましたな。

https://info1103.stores.jp/items/60fd1be1bc1e646f8c501779

特集は「ジェネレーション・レフトの衝撃」なんですが、冒頭の斎藤幸平氏の解説からしてなんだかよくわからないし、その後の記事もそれぞれにいろんなことがてんでに書かれていて像を結ばない。今野さんのは、外国人労働問題に労働運動がどう取り組むべきかという古くて新しい問題を取り扱っていて、これはこれでアクチュアルだと思うけど、それと世代論がどうつながるのかよく分からない。

内容的にとても面白いのがミニ企画という位置づけの木下武男『労働組合とは何か』をめぐる記事です。

◆ミニ企画「ユニオニズムで未来を構想せよ――木下武男『労働組合とは何か』を読み解く」

燎原の火をつけろ!――現場で闘う若手アクティビストと読む『労働組合とは何か』
木下武男(労働社会学者(元昭和女子大学教授))×稲葉一良(プレカリアートユニオン書記長)×佐賀正悟(さっぽろ青年ユニオン執行委員)×原田仁希(首都圏青年ユニオン委員長)×佐藤よしと(総合サポートユニオン関東エリア執行委員)×青木耕太郎(総合サポートユニオン共同代表)

書評 木下武男著『労働組合とは何か』
篠田徹(早稲田大学教授)

ユニオニズムの創造に向けた理論と実践
浅見和彦(専修大学教授)×木下武男(労働社会学者(元昭和女子大学教授))×今野晴貴(NPO法人POSSE代表)

最後の鼎談では、浅見さんが「本書では、イギリスとアメリカを取り上げて国際比較をしていますが、この二国だけでは偏りが出てしまうように思います。ドイツ、フランス、イタリアなど、大陸ヨーロッパの国々の話も必要なのではないでしょうか」と、ちょうど本ブログで本書を取り上げたときと同じ感想を漏らしています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/03/post-9c1e6b.html(木下武男『労働組合とは何か』)

敢えて言えば、半世紀前に書かれた労働運動史みたいです。当時の労働史研究では、なんといっても断然イギリス、次いでアメリカ、その余はおまけみたいな感じでしたからそれでいいでしょう。でも2021年に出す本でもそれでいいのかというのが最大の疑問です。・・・

ここに、私は本書の一つ目の問題点を見ます。半世紀前の英米労働史中心史観のままでは、現在の世界の労使関係状況を分析できないのではないかということです。そしてそれはもう一つの大きな論点につながります。

これに対して木下さんは、

企業外組織と企業内組織という二本立て組織論というのは明確にしておかなければなりませんね。日本の労働運動の将来を考えた場合、企業別組合を従業員代表制度に衣替えして、企業外組織を外部構築するという展望になってくるのではないかと思います。

と、新たな議論を展開し、これに浅見さんは

大胆な構想なので、その話も本書の中で展開していただきたかったですね。企業別組合をどうするんだという話がないと、大部分の読み手のヒトは、企業別組合をどうして切って捨てるんだっていう疑問を持つと思います。

と返しています。

実はここのところは、今日の日本で労働組合を論じようとするときの最重要ポイントなんです。

昨年海老原さんと出した『働き方改革の世界史』の歳後の対談の終わりのところで、ちびっと私なりの構想を披露していますが、来月出る『ジョブ型雇用社会とは何か』では、最後の「第6章 社員組合のパラドックス」のそのまた最後の「企業別組合と従業員代表制の複雑な関係」の項で、もう少しそこのところを展開しておりますので、ご関心のある向きは是非。

単発記事の中では、青木耕太郎さんの「女性の更年期症状と労働問題――その実態と射程」が、今までほとんど注目されてこなかった女性労働問題と安全衛生問題の交錯する分野を扱っていて、興味深かったです。これは、冒頭のジェネレーションレフトの特集の方に入っている

「生理×社会問題」で資本主義と闘う――“普通”じゃない仲間と創る“普通”じゃない社会
谷口歩実(「#みんなの生理」共同代表)×福井みのり(「#みんなの生理」共同代表)×塩野美里(「#みんなの生理」企画責任者

とも通じています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年8月10日 (火)

多様な働き方促すフリーランスの安全網@『月刊公明』2021年9月号

G112109500 『月刊公明』2021年9月号に「多様な働き方促すフリーランスの安全網」を寄稿しました。

https://komeiss.jp/products/detail.php?product_id=333

1 フリーランス問題の経緯
2 労働者性に係る監督復命書等の内容分析
3 雇用類似就業者の実態
4 労災保険の特別加入
5 休業と失業のセーフティネットは

 

 

 

『労働法律旬報』8月上旬号(No.1989) 

588385 『労働法律旬報』8月上旬号(No.1989)は「フリーランスの保護について考える」という特集で、今年3月に出たフリーランスガイドラインに対して批判的な論考が並んでいます。

https://www.junposha.com/book/b588385.html

[特集]フリーランスの保護について考える
『フリーランスガイドライン』の検討=大山盛義…………06
フリーランスの労働問題と法的課題=川上資人…………17
「雇用/非雇用二分法」の克服をめざして―雇用類似保護の検討とMICフリーランス連絡会の歩み=北 健一…………24
[資料]フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省 2021.3.26)…………48

厚生労働省で進められていた雇用類似の検討会がなぜか中断して、その間に公正取引委員会中心のガイドライン策定に話が急展開していった政治的経緯については、(恐らく経産省や官邸が絡んだいきさつがあるのでしょうが)正直よく分からないところもありますが、少なくともそれで問題が解決したわけではないことだけは確かでしょうから、改めてEUにおけるプラットフォーム労働指令への動きも睨みながら、次の一手をどう打つべきかを考えていく必要があると思われます。

参考までに

https://www.jil.go.jp/researcheye/bn/066_210622.html(JILPTリサーチアイ 第66回 EUのプラットフォーム労働の労働条件に関する第2次協議に見える立法構想)

第1の選択肢は、プラットフォーム事業者とそれを通じて就労する者との間の契約が雇用関係であるという反証可能な推定規定である。この推定を覆すためには、プラットフォーム事業者は司法手続きによりその者が真に自営業者であることを立証しなければならない。かかる法的推定規定は、労働・社会保障当局が彼らを労働者として再分類する上で明確なルールを提供することとなる。

第2の選択肢は、司法手続きにおける立証責任の転換又は証拠基準の低減である。プラットフォーム事業者を通じて就労する者は自動的に雇用関係とみなされるわけではないが、雇用関係が存在する証拠となるごくわずかな基本的事実(プリマ・ファシ)を提示すればよく、その場合その者が真に自営業者であることを立証すべきはプラットフォーム事業の側となる。プリマ・ファシとなりうるのは、報酬の水準がプラットフォーム事業者によって決められているとか、顧客とのコミュニケーションを制限しているとか、外見や接客について特定のルールを要求しているといったことでよい。

なお、巻頭言で深谷信夫さんが「戦前から戦後への歴史をどう研究するのか」を論じていますが、大石嘉一郎氏の資本主義論との関係に焦点が当たりすぎていて、正直もう少し労働社会法制における連続と断絶という議論に正面から挑んでいただきたかった感は残りました。

 

 

 

 

2021年8月 9日 (月)

全部文庫になってる!

東大生協の必読書リスト、いかにも知的背伸びしてる風情が半世紀前と変わらないけど、よく見るとこれら全部文庫になってるんだな。

https://twitter.com/ut_ryuunen/status/1423864849679802372

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私の記憶では、1970年代にはこのうち文庫に入っていたのはフロイトとウェーバーくらいだったはず。

 

 

今から予想される批判の諸類型

Iwanami_20210809142401 来月刊行予定の『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)ですが、今からどういう批判が出てくるかはほぼ予想がつきます。

まずまともな批判としては、「欧米はお前が言うほどジョブ型じゃねえぞ」というのと「日本はお前が言うほどメンバーシップ型じゃねえぞ」という事実認識レベルの批判がいろんな局面に着目する形で出てくるでしょう。これは、本書にもちらちらと書き込んではいるんですが、局部的にはまさにその通りなので、おおむね「そこはそうだけど、マクロ的に類型化すればこうなんだよ」という回答になると思われます。

それに対して、たぶんずっと多いと予想されるのは、価値判断レベルの批判で、「お前はジョブ型をほめたたえている、経団連の手先だ」みたいな、序章の初めのところすら全然読んでないような批判と、なぜか昔の3法則氏みたいに、「お前はメンバーシップ型をほめたたえている、クソ役人の成れの果てだ」みたいな一行も読んでないような批判が、ほぼ間違いなく一定の方面からくることでしょう。これはもうどうしようもないクズ批判なのでいちいち相手はしません。

もう一つの価値判断レベルの批判としては、「お前はあれこれ分類するばかりで、どうしたらいいのかを指し示そうとしない」という実践理性過剰の批判が予想されます。これは、つまるところザインにゾレンを求めているので筋違いなのですが、とはいえ世の中には本を読むということは生きるうえでの指針を指し示してもらうために読むのだと思っている人も多いので、そうむげにもできない感もあります。どういう批判がどれだけ出てくるか、今から楽しみです。

 

 

 

 

2021年8月 8日 (日)

力士の労働者性について(お蔵出し)

2021072107201191sph0001view 先日、貴源治が大麻使用で解雇というニュースが流れた際、こたつさんが

https://twitter.com/ningensanka21/status/1421035169222316038

力士って労働契約じゃなくて準委任契約じゃなかったっけ。「解雇」が可能なの?

と呟いていましたが、いやいやその話を始めるとこれが長いんですよ。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_c64e.html(力士の労働者性)

・・・ちなみに、民法の方々には疾うに周知のことと存じますが、旧民法においては、「角力、俳優、音曲師其他ノ芸人ト座元興業者トノ間ニ取結ヒタル雇傭契約ニ之ヲ適用ス」(265条)という規定がありました。現行民法制定時にもこれらが外れたわけではありません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_fd03.html(時津風親方の労働者性)

・・・いや、もちろん、ビール瓶で頭をかち割り、兄弟子たちにお前らもやれといって金属バットでぼこぼこにぶん殴らせたというのですから、まあそれは当然なのでしょうが、「解雇」という文字が新鮮でした。時津風親方って労働者だったんですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_bbf0.html(幕下以下は労働者か?)

労働法学会のあとの懇親会で力士の労働者性についてくっちゃべっているうちに気になったのが幕下以下の力士って法的に何なんだろうってこと。十両以上にならないと給料が出ないというのはよく知られていますが、そうすると幕下以下は労働者じゃないってことか。いわば研修生という扱い?・・・

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-d31a.html(力士の解雇訴訟)

・・・仮に雇用契約ではないとしても、雇用類似の長期継続的労務提供契約であることは間違いないわけで、その一方的解除が、大麻を持っていたこととか、ましてやおしっこから反応が出たことを理由として正当化しうるのか、というのは情緒的なマスコミの報道が通り過ぎた後になれば、なかなか興味深い論点となるはずです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-b776.html(朝青龍と労働法)

誰か書くかなと思っていたら、弁護士の小倉さんと監督官出身社労士の北岡さんがさっそく朝青龍問題について書かれています。・・・

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/by-916f.html(力士をめぐる労働法 by 水町勇一郎)

・・・水町先生は、力士の労働者性はもはや前提として話されていますね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-4251.html(力士会は労組として八百長の必要性主張を@水谷研次さん)

「シジフォス」の水谷研次さんが、いまや政治家やマスコミ全体を覆いつくさんとする八百長非難に対して、敢然と反論しています。・・・

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-2ce8.html(力士の労働者性が労働判例に)

この力士はモンゴル出身の幕下(最高位は東幕下10枚目)だったようですが、親方が勝手に廃業届を出したので力士登録を抹消されたのですが、日本相撲協会との間に雇用契約関係、仮にそうでないとしても準委任類似の契約関係が存在するとして、地位確認または報酬の支払いを求めた事案です。・・・

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-5f5d.html(蒼国来の解雇無効判決)

・・・非違行為を理由とする解雇において、当該非違行為が認定されないという典型的な事案ですが、そもそも相撲力士は労働者なのかという話はさておき(「解雇」という言葉は、日本相撲協会の規則にある言葉ですが)、根拠のない理由で一方的に契約関係を断ち切ることが許されるのか、という意味では、上記事実認定からすれば当然の結論なのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロナ禍が新卒一括採用に与えた影響・変化と今後の展望について@『DIO』368号

E7iehiyviaaevyv 連合総研の『DIO』368号をお送りいただきました。今号の特集は「コロナ禍が新卒一括採用に与えた影響・変化と今後の展望について」です。

https://www.rengo-soken.or.jp/dio/dio368.pdf

新型コロナウイルスショックの大卒者の就職活動に関する影響に関する考察〜そして、新卒一括採用は残った〜 常見 陽平
大学のキャリアセンターから見た就職活動の変化−亜細亜大学の事例より− 柏木 仁
「ジョブ型雇用」と新卒一括採用 太田 聰一
新卒採用は「ニューノーマル」に移行するか?−コロナ禍を契機として− 児美川 孝一郎  

おなじみの方々もいますが、ここでは亜細亜大学の柏木さんの論考から、ジョブ型雇用とインターンシップについての部分を。

・・・・ジョブ型雇用に関して、本学のような文系の学生にとっては、理系の学生と比較すると、在学中に自分の職種まで絞り切れるのかという難しさがあります。ビジネス経験のある人材の中途採用とは異なり、新卒でジョブ型雇用を行うとすれば、より長期のインターンシップと併せて実施することが必要になるかもしれません。職業上の自己イメージも専門性も確立していない学生にとって、就業体験することは極めて重要です。現在日本では、長期(目安として1か月以上の期間、主に学生の特定のスキルを養成することを目的に就業体験が行われるもの)、中期(目安として1週間以上の期間、学生がその会社をより深く知るために様々な業務を体験するもの)、短期(1日以上の期間、より多くの学生を対象に、就業体験というよりも主に会社説明会等を行うもの)の3つのタイプのインターンシップが行われています。ジョブ型雇用が行われるようになると、長期インターンシップがより重要性を増してくると思われます。大学の授業とどのように両立させて取り組むのか、様々な課題がありそうです。 

 

 

2021年8月 6日 (金)

神社本庁解雇事件の判決文

去る3月の神社本庁の部長解雇事件の判決文が裁判所HPにアップされてました。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/517/090517_hanrei.pdf

この事件、かなり話題になりましたが、やはり文春オンラインのこの記事が強烈です。

https://bunshun.jp/articles/-/44319(神社本庁が「絶対に負けられない戦い」で全面敗訴 裁判で訴えた“強烈な言葉”とは)

Bunshun 法廷闘争の末、全国約8万の神社を束ねる“総本山”が断罪された――。

 内部告発を理由に懲戒解雇されたのは不当だとして、宗教法人「神社本庁」(渋谷区)の元部長(61)らが処分の無効を訴えた訴訟。東京地裁は3月18日、「懲戒権の行使に客観的な合理性はなく、社会通念上相当性を欠く」と原告の訴えを認める判決を言い渡した。

「神社本庁が15年10月に1億8400万円で売却した職員寮が即日転売され、後に3億円以上に値上がりした疑惑が発端でした。元部長らは同様の案件が複数あり、売却先が同じ不動産業者で随意契約だったことを問題視。『不当に安く売却したのは背任行為に当たる』などとした内部告発の文書を配布したのです。これに対して神社本庁は17年8月、元部長を懲戒解雇し、裁判になっていました」(神社本庁関係者)・・・

その判決文は86ページに及ぶ膨大なものですが、失礼ながら下手な企業小説より面白い。結論部分を引用しますが、それに先行する事実認定のところがスリリングで夏の読み物として最適です。

以上をまとめると,解雇理由1に係る行為は,被告の事務所に本部を置く政治団体の長であるJ会長及び被告の代表者であるH総長が,本件売買についての背任行為に関与したとの事実,及び,被告の幹部職員であるL部長及びM課長が,この背任行為に加担し,これを隠匿するために原告A2に根拠のない叱責を加えているとの事実を,それぞれ多数人に対して摘示し,もってJ会長,H総長,L部長及びM課長の社会的評価を低下させ,これらの者の名誉を毀損し,これらにより,被告の信用を毀損し,被告の組織における秩序を乱す行為であり,また,神職の定めにも反する行為であり,被告15 の就業規則に定める懲戒事由に外形的に該当する行為である。
しかし,H総長及びJ会長が,本件売買について背任行為を行った事実,及び,M課長がこれに加担した事実については,①真実であるとは認められないものの,前記エ(ウ)~(カ)の事実関係の下,本件文書を理事2名に交付した当時,原告A1が,これを真実と信じるに足りる相当の理由があったといえ,②不正の目的であったとはいえず,③手段は相当であったから,公益通報者を保護し,公益通報の機会を保障することが,国民生活の安定などに資するとの公益通報者保護法の趣旨などに照らし,本件文書の交付をもってこれらの事実を摘示した行為は違法性が阻却されて懲戒すべき事由といえないというべきである。 

 

2021年8月 5日 (木)

【GoTo書店!!わたしの一冊】第28回『勤勉革命』ヤン・ド・フリース著

『労働新聞』で月1回回ってくる書評ですが、今回はヤン・ド・フリースの『勤勉革命』です。

https://www.rodo.co.jp/column/109984/

A49b9c6151da4d323e0d3c17550dbb42281x400  「勤勉革命(Industrious Revolution)」といえば、日本の速水融が資本集約的なイギリスの「産業革命(Industrial Revolution)」に対して、江戸時代の労働集約的な経済発展を指す言葉として提唱したものだが、本書でいう勤勉革命はだいぶ趣が異なる。

 その性格付けはむしろ、最後の第6章で論じられる近年の第二次勤勉革命に近い。それは、妻や子供などが外で働いて稼ぐようになり(複数稼得世帯化)、稼いだ金で衣服や音楽を購入し、自宅で食事を作るよりも外食が増えるといった事態を指す。これに先立つ時期は、第5章のタイトルのとおり、大黒柱と内助の功(Breadwinner Homemaker Household)の時代であったわけだが、そういう男性稼ぎ手モデル確立以前の社会のありようを、今日の第二次勤勉革命のイメージを逆照射する形で描き出したのが本書である。

 なので、「勤勉」革命という標題は読者をまごつかせる。一世帯からの総労働時間数が増えることを指して「勤勉」といっているのだが、その主たる動機は消費なのだ。懐中時計、蒸留酒、コーヒー、白パン、陶磁器など様ざまな魅力的な商品を手に入れたい、そのためにもっと稼ぎたい、という欲望に牽引されて、妻や子供たちも外で働くようになったというのだ。男性稼ぎ手モデル時代の経済理論である低所得多就業のように、貧困ゆえに家族まで働きに出ざるを得なかったというわけではないという逆転の理論である。

 そのモデルは長い18世紀のオランダである。イギリス産業革命に先立つ時期に、オランダでは消費主導の勤勉革命が進行していたというのは、これまでの経済史観をひっくり返すものだ。消費という目的を達成するために、より多くのモノやサービスを市場から調達するようになり、市場向けの労働、とりわけ女性の子供の労働が拡大していったというのだ。著者はこれまでの通説である抑圧された労働者、栄養失調の労働者といったモデルを実証的に批判する。

 やがて19世紀半ば以降、工場立法によって妻や子供たちが労働から隔離され、男性稼ぎ手モデルが確立していくが、その背景にあるのも「消費願望の方向性の転換 購買不可能性」だったという。かつては悲惨な女子年少労働者の保護として(左右両派から)称賛され、近年は家父長制的な女子年少者の労働市場からの排除として(フェミニストから)批判されたこの動きを、市場で購入可能な財をより快適に消費するための世帯内行動パターンと捉えるのだ。

 こうして冒頭述べた第二次勤勉革命の時代に辿り着く。今日、かつての長い18世紀と同様、妻や子供たちが再び外で雇われて働くようになった。その原動力も新たな個人消費への欲求であった。家で食事を作るよりもレストランで外食をし、家で衣服を作るよりもファッショナブルな既製服を購入する。音楽や演劇などエンターテインメントにもお金が掛かる。そのためにも、妻や子供たちはますます長く働き、たくさん稼がなければならない。消費主導の勤勉革命再び、である。

 

 

就職氷河期はメンバーシップ型雇用が生んだのか@WEDGE Infinity

WEDGE Infinityというネットメディアに、「就職氷河期はメンバーシップ型雇用が生んだのか」というインタビュー記事が載りました。インタビュワの本多カツヒロさんは、自分も就職氷河期世代なので・・・と、熱心に聞いていただきました。

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/23842

Img_07be082a8a055689cce2c70e8858c0fd5699 ・・・就職氷河期は日本の雇用の構造が生んだのではないか。そんな疑問を持ちながら、独立行政法人労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎氏に、日本の雇用制度、就職氷河期は日本の雇用制度が生んだのか、就職氷河期の自己責任論などについて話を聞いた。・・・

 

 

2021年8月 4日 (水)

本田茂樹『待ったなし!BCP[事業継続計画]策定と見直しの実務必携』

1933_bcpthumb1166x1654450 例によって経団連出版の輪島忍さんより、本田茂樹『待ったなし!BCP[事業継続計画]策定と見直しの実務必携 水害、地震、感染症から経営資源を守る』をお送りいただきました。

https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/pub/cat/22a5b4986319cae8cc765a037b230f46ba753e1e.html

日本では近年、多くの自然災害に見舞われ、甚大な被害、はかりしれない損失が生じています。
企業においても、建物・設備への被害、ライフラインの途絶、従業員が出勤できないことによる事業の縮小・停止を余儀なくされた例は数えきれません。また、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行による外出自粛やイベントの中止なども事業活動へさまざまな影響をもたらしています。
それら災害がいつ、どこで発生するかを予測することは、残念ながらできません。
止めることもできませんが、企業には、不測の事態に見舞われたときでも、その被害を可能な限り小さく抑えるとともに、自社の事業を中断させず、また中断した場合でも速やかに事業を復旧・継続し、その社会的責任を果たすことが求められますので、あらかじめその対応策(事業継続計画;BCP)を策定しておくことが推奨されています。
本書では、原因が何であれ、事業を継続できない場合に備え、的確に対応するために必須となるBCP[事業継続計画]策定の基本を押さえるとともに、「想定外」の事態が生じることがないよう、自社のBCP見直しのポイントを解説します。
 
《おもな内容》
Ⅰ章 リスクを認識する
 BCP(事業継続計画)とは何か/企業の事業活動に与えるリスクを認識する
Ⅱ章 BCPの考え方を理解する
 BCPと防災計画の関係/今、なぜBCPが求められるのか
Ⅲ章 事業を止めない-防災がBCPの大前提
 発生事象で異なる経営資源の守り方/地震、水害、感染症から経営資源を守る/従業員の自宅での対策と備蓄品
Ⅳ章 策定の基本手順
 BCPは代替戦略/BCP策定の流れ/BCP策定の基本手順
Ⅴ章 実効性を高める-BCPの見直しとレベルアップ
 災害の教訓に学ぶ/社内教育実施のタイミング/訓練と新たな課題への対応
Ⅵ章 参考資料
 事業継続ガイドライン、首都直下地震の被害想定と対策

 

「ジョブ型」雇用とは?第一人者が語るメリット・デメリットと大きな誤解@リクナビNEXTジャーナル

リクナビNEXTジャーナルに「「ジョブ型」雇用とは?第一人者が語るメリット・デメリットと大きな誤解」というインタビュー記事が載っています。

https://next.rikunabi.com/journal/%e3%80%8c%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%83%96%e5%9e%8b%e3%80%8d%e9%9b%87%e7%94%a8%e3%81%a8%e3%81%af%ef%bc%9f%e7%ac%ac%e4%b8%80%e4%ba%ba%e8%80%85%e3%81%8c%e8%aa%9e%e3%82%8b%e3%83%a1%e3%83%aa%e3%83%83%e3%83%88/

Jobgatasub_2コロナ禍によるテレワーク拡大などを背景に、日本ならではの雇用システムを欧米型の「ジョブ型」に切り替えるべきだという議論が各所で起こっています。ただ、よく耳にはするけれど、そもそも「ジョブ型」の意味を誤解している人や、成果主義と混同してしまっている人も多いようです。

そこで、「ジョブ型」の名付け親であり、労働問題の第一人者として知られる濱口桂一郎さんに、ジョブ型雇用について、そしてジョブ型にまつわる議論や今後の方向性について解説いただきました。・・・

・ジョブ型雇用は決して目新しいものではない
・ジョブ型雇用=成果主義は明らかに誤解
・完全なるジョブ型への移行は、日本においては考えにくい
・一人ひとりが今の情勢を読み、身の振り方を考えることが必要 

 

2021年8月 3日 (火)

雇用仲介事業の百花繚乱@WEB労政時報

WEB労政時報に「雇用仲介事業の百花繚乱」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/login.php

去る7月13日、厚生労働省の労働市場における雇用仲介の在り方に関する研究会(学識者7名、座長:鎌田耕一)は報告書を公表しました。「雇用仲介」という言葉は、1997年のILO第181号条約の「Employment Agencies」の訳語として用いられるようになりましたが、現時点ではなお法律上の用語ではありません。・・・・・

 

 

 

2021年8月 2日 (月)

『生活経済政策』8月号のシンポジウム

Img_month_20210802123401 『生活経済政策』8月号をお送りいただきました。

http://www.seikatsuken.or.jp/monthly/index.html

特集は「総会記念シンポジウム 貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ」で、登場するのは三浦まり/宮本太郎/香取照幸/今井貴子/平川則男の各氏ですが、メインスピーカーは宮本さんで、本ブログでも紹介した彼の『貧困・介護・育児の政治』をめぐっての議論です。

この本について紹介したのは、今年の4月ですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/04/post-31054e.html

22844_20210802123601 メインタイトルの「貧困・介護・育児の政治」は、これはもうここ30年間の福祉政治を見事な切れ味で分析していて、宮本さん自身がまさにその題材の政治過程の真っただ中にいて政策の方向付けに力を尽くしてきたことを、かくも客観的に、三つの福祉政治のイデオロギーの複雑怪奇な絡み合いによって描き出せるのか!という感嘆すべき作品になっています。・・・

宮本さんの発言を読んでいくと、なんといきなり私の名前まで出てきてびっくりしました。

・・・濱口さんのブログでは、ベーシックアセットなどと難しく議論していくより、ベーシックインカムとかベーシックサービスなどの議論は、怪しいけれども分かりやすくてエッジが立っていると言うことも仰っているわけです。・・・

こんな場末のブログまで見ていただいて恐縮です。三つの福祉政治の分析があまりにも鮮やかだったので、最後の部分がいささか得心いかないままになってしまった感があります。

シンポジウムの中で、特に興味深かったのは、香取さんが労働組合の役割について触れているところです。介護保険の時には、それまで措置制度の権化だった自治労が内部で大論争して介護保険に賛成となり、連合を動かし、政治を動かしていったけれども、子供子育ての時には「現場で支えるだけの力のある市民団体、当事者団体はなかったし、既存の施設保育団体や幼稚園団体内部にも自己改革していこうという動きはほとんど起こらなかった」、「要するに、ものごとを変えていくことができるような、いわば『現場』というものが形成されなかった」と語っています。これを受けたパネラーの言葉も興味深いですが、是非本誌をみてください。

 

 

 

 

 

 

2021年8月 1日 (日)

アンシャンレジームの法の支配は人権の敵か?

ある憲法学者のこのツイートが炎上しているようですが、

https://twitter.com/sansabrisiz/status/1421471058930982914

一番簡単な例え話しようか。法の支配からすれば、契約は守らねばならないはず。
でも、強欲な社長が、劣悪な条件で労働させようとしたらどうする?
契約という法を守れというのか?

https://twitter.com/sansabrisiz/status/1421472367381938183

刑罰謙抑性を主張して労基法の罰則を廃止しろというのか。もう少しこの世の中のありようを考え直してもらいたい。

この方が、自ら実定法学の一つである憲法学者と名乗って呟いている以上、これが炎上するのはあまりにも当然です。

(この法律違反の契約)
第十三条 この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。

 労働基準法は単なる刑罰法規であるだけではなく、それに違反する労働契約を無効とし、その中身を労働基準法によって置き換えるという民事法規でもあるというのは、少なくとも法学部の労働法の授業の最初に叩き込まれるはずのことであって、それを忘れ果てている憲法学者が炎上するのは当然です。

 なんですが、それだけで済ませるにはややもったいない面もあります。

実定法学は現在効力を有する実定法の範囲内でだけ議論を完結させがちですが、そもそもなんでそんな法律が作られたのか、という歴史的な場面に踏み込めば、労働基準法ができる前には、あるいはむしろその前身の工場法ができる前には、まさに「法の支配からすれば、契約は守らねばならないはず。でも、強欲な社長が、劣悪な条件で労働させようとしたらどうする?契約という法を守れというのか?」という状況が現にあったわけです。

その状況下においてはまさに「アンシャンレジームの法の支配は人権の敵」であり、かかる悪法を修正して、あるべき方に置き換えるべきという議論は、運動論として存在しうるし、まさに存在したし、それによって現に工場法や労働基準法が生み出されてきたことも確かです。

そういう次元の違う話が、実定法学者の解釈論であるかのごとき誤解を招く仕方で呟かれたというのが、この炎上の原因なんでしょうね。

ついでにいうと、こういう話のネタとしては、労働基準法よりも労働組合法の方がより適切です。世界中どこでも、産業革命の開始時期には団結禁止法ないしそれに類する弾圧立法により、そもそも労働者が集まって権利を主張すること自体が犯罪扱いされていたわけで、それに従ったりすることなく、それに逆らってその当時の実定法に違反して運動を繰り広げたから、多くの先進国に今あるような労働組合立法が存在するようになったわけです。

とはいえ、このツイートは立派に炎上するだけの値打ちのあるものであることは確かですが。

 

 

 

 

 

『ジョブ型雇用社会とは何か』予告

すみません、出るのはまだだいぶ先ですが、新著の予告をさせていただきます。

『ジョブ型雇用社会とは何かー正社員体制の矛盾と転機』(岩波新書)2021年9月刊行予定

間違いだらけの「ジョブ型論」を一刀両断!

「ジョブ型雇用」の名づけ親である著者が、巷にはびこる誤解を正し、この概念の意味を基礎から解説。さらにジョブ型とメンバーシップ型の対比を駆使して日本の様々な労働問題を分析、隠された真実を明るみに出す。

Iwanami

 はじめに

序章 間違いだらけのジョブ型論
1 氾濫するおかしなジョブ型論
2 ジョブ型の毀誉褒貶
3 メンバーシップ型の矛盾

第1章 ジョブ型とメンバーシップ型の基礎の基礎
1 ジョブ型契約とメンバーシップ型契約
2 入口と出口とその間
3 賃金制度と「能力」
4 対照的な労使関係
5 非正規労働者と中小企業労働者
6 法律と判例の複雑な関係

第2章 入口と出口
第1節 入口-就職と採用
1 採用の自由と採用差別禁止
2 試用期間の意味
3 学歴詐称の意味
4 入口の年齢差別禁止法
5 周縁地帯の中途採用
第2節 入口以前の世界
1 教育と職業の密接な無関係
2 日本型雇用の収縮に取り残される教育
3 アカデミズムの幻想と職業訓練の世界
4 学び直しというけれど
5 学習のフォーマルとインフォーマル
第3節 定年と高齢者雇用の矛盾
1 定年退職は引退に非ず
2 根っこにある中高年問題
3 矛盾に矛盾を重ねる高齢者雇用対策
第4節 解雇をめぐる誤解
1 ジョブ型社会で最も正当な整理解雇
2 誤解だらけの「能力」不足解雇
3 現実社会の解雇の姿
4 移る権利・移らない権利

第3章 賃金-ヒトの値段、ジョブの値段
第1節 生活給を「能力」で説明した年功賃金の矛盾
1 職務評価による固定価格がジョブ型賃金
2 生活給から「能力」主義への曲がりくねった道
3 下がらない「能力」の矛盾とご都合主義の成果主義
第2節 日本版同一労働同一賃金という虚構
1 非正規労働者の均等・均衡処遇政策
2 同一労働同一賃金という看板を掲げた政策過程の裏側
第3節 家族手当と児童手当の間
1 家族手当の展開
2 児童手当の曲がりくねった細道
3 矛盾に充ちた家族手当

第4章 労働時間-残業代と心身の健康のはざま
第1節 残業代とエグゼンプションの迷宮
1 労働時間とは残業代と見つけたり
2 適用除外制度をめぐるねじれた経緯
3 月給制と時給制の一体化
4 管理職は職種か処遇か
第2節 本当のワーク・ライフ・バランス
1 夫と妻のワークライフ分業
2 迷走するワーク・ライフ・バランス
3 転勤という踏み絵
第3節 過労死防止のパラドックス
1 残業規制の源流は過労死裁判
2 健康とプライバシーのはざま
第4節 メンタルヘルスの迷宮
1 メンタルヘルスのパターナリズムとプライバシー
2 メンバーシップ型はパワハラの培養土

第5章 メンバーシップの周縁地帯
第1節 女性活躍というけれど
1 女子は若いのに限る-花嫁候補のOLモデル
2 ジョブの平等、コースの平等
3 ジョブなき社会の女性活躍
第2節 障害者という別枠
1 メンバーシップ型になじまない障害者雇用
2 発達障害と躁鬱気質のパラドックス
第3節 ローエンド外国人-サイドドアからフロントドアへ
1 サイドドア型外国人労働者導入政策
2 サイドドアからフロントドアへ
第4節 ハイエンド外国人の虚実
1 ジョブ型「技人国」在留資格とメンバーシップ型正社員の矛盾
2 専門職はどこまで高度か

第6章 社員組合のパラドックス
第1節 企業別組合-労働組合だけど従業員代表
1 ジョブ型社会の労働組合と従業員代表
2 事業一家の覇者交替
3 戦後日本社会の設計図
4 労働争議の蔓延と絶滅
第2節 従業員代表制は転機になるか?
1 企業別組合から排除された人々
2 1949年改正の隠れた意図
3 企業別組合と従業員代表制の複雑な関係

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